●リプレイ本文
ウィルのゴーレム工房を、久し振りに信者福袋(eb4064)が訪れた日、工房内は空気からして苛立っていた。
「師走ですね」
「十二月です」
出迎えに来たミーティア・サラト(ec5004)は、相変わらずのほほんとした様子だが、周辺は違う。見れば書類を抱えたラマーデ・エムイ(ec1984)が、皆の前を駆け抜けていった。
「なるほど、これは里帰りも出来ないわけだ」
ナージ達が帰省叶わず、そのせいもあって呼び出されたなと多少の事情を知っているカルナック・イクス(ea0144)も納得したが、あまりの慌しさにセレス・ブリッジ(ea4471)は辺りを見回し、篠原美加(eb4179)と岬沙羅(eb4399)も信者と同じく『師走だ』と呟いている。
「一体どんなゴーレムの作成が進んでいるのでしょうかねぇ」
「時期的なものもあるけれど、それは気になるところね」
ギエーリ・タンデ(ec4600)が相変わらずやたらと晴れ晴れした様子で口にして、越野春陽(eb4578)が日頃からゴーレム工房で仕事をしているミーティアに尋ねたが、おっとりと『どれもこれも』と返されてしまった。
「それならゴーレム作るところに行きたいな」
ティアイエル・エルトファーム(ea0324)が小さい握り拳に力を込めて宣言したが、とりあえずは修行の成果を報告するのも兼ねて、師匠達に会いに行くのが最初のお仕事である。途中でラマーデも追いついてきて、全員久し振りに勢揃いだ。
それからしばらくして。
使える魔法を確認され、フロートシップ関連にカルナックと沙羅、春陽が、人型ゴーレムの素体作成関係にギエーリとラマーデとティアイエル、鍛冶師工房にセレスとミーティア、美加が割り振られた。文官の信者は、書類の山が待っているようだ。
そうして彼らはばらばらに、各所に引き取られていった。
では、信者の場合。
当人は他の仲間から工房への希望や上申があれば書類作成するつもりでいたが、それ以前に人手が足りていないらしい。なぜかと思えば、ダーニャが『イムンに帰った』と説明してくれた。どうやら分国側で本格的にゴーレム工房が稼動することになり、出身者が纏めて帰国したようだ。
「国内需要の増大ですか。輸出も増えているのでしょうかね。国内外で書類の様式が違ったりするなら、その辺りから教えていただかないとミスが増えますので」
「よその国が関係する書類は少ないわよ。外交のこともあるから、王宮で専門に扱う人もいるし‥‥この辺りが、大体工房でよく見る書類ね」
セトタ語についてはしっかりと学んだ信者は、渡された書類に一通り目を通してみた。多くは素体や外装甲、武器防具その他の材料等の売買と納入、使用量、どういうゴーレム機器用に割り振りしたかを記録したものだ。
後は工房のどこで、いつ、何がどれだけ作成され、保管・納入場所がどこで、金銭授受が発生したかどうか。見本なので日付は古いが、非常に細かく記載されている。
それと、残りは工房内の人々に支払われる給与関係の書類。
「こちらの書類にしては、字が大きいようですね。普通はもっと小さな字でしょう」
信者が眼鏡を拭きながら指摘すると、ダーニャは『不正防止』と一言。こちらの世界にも監査があるのかと、信者は今から頭が痛い。
企画書はないかと探したが、あいにくと一般的ではないのだろう、見本には混じっていなかった。その書類を所定の棚に戻して、今度は大きな机の上に山積みにされた書類と向き合わされる。他の文官達も集まってきて、
「なんですか、これは」
「今月末の工房全員の給与計算。筆記具はそこから選ぶといいわ」
雑多な筆記具が置いてある棚を示されて、信者は要望書を書いている場合ではないことを察した。年末に給与遅配があったら、何を言われるか分かったものではない。
これから数日、信者は夕方に萎れた様子で目撃されることが多くなっていた。要するに他の時間は、歩いてなどいない。
かたや、走り回っていたのは鍛冶工房に回された三人だ。普段から働いているミーティアと同じ上着を支給されたはずだが、美加とセレスは前が留まらないのでより大きいものを、代わりに袖をちょっとまくって着用する。
ゴーレムニストだが魔法はまだ修行途上のセレスと美加が、得意分野を生かしてここに配属されるのは当人達も分かるが、ミーティアがどうして魔法付与に回らないかと言うと、
「素体が間に合わないからなのよね。私はまだ素体そのものを作る腕前にはならないんだけれど」
実は目を血走らせた文官達に、信者も同じことを尋ねていたけれど、各地からのゴーレム配備の申請や購入の申し込みに合わせて、現在はバガンの作成が進んでいる。金属ゴーレムは本来隊長機、それだけを購入する金満領地はない。
しかし、隊長機はその身分や役職、実力の持ち主には必要だから、素体は作らねばならない。ついでにゴーレムはすべからく鎧を作るから、人手は幾らあってもいいのだ。
「鎧って人型を大きくしてるのかな。関節の動きが人間と違うから、ゴーレム専用には改良の余地があると思うのよね」
まずはゴーレム鎧を作る中に加えてもらって、それから次のことを考えるわけだが、美加は大変に乗り気だ。元が技術者、職人肌と来れば、希望した仕事にまい進出来るのは嬉しい限り。ちゃっかりと鎧の設計をメモする木板を用意して、鍛冶場のふいごを押す位置に陣取った。
セレスは鍛冶の心得はないが、錬金術に通じているので、金属各種の精製具合の確認補助に回された。
「材料のせいで、予定していた設計通りに行かないこともありますか」
「混ざり具合がおかしい、魔法がうまく掛からないって怒鳴り込まれたことはある」
「‥‥判断の難しいところですね」
材料が悪いのか、それとも魔法が単純に失敗したのか。まあこれはあくまでも『昔時々あった』ことらしい。ゴーレムを多数作れば勝手が分かるから、現在の問題は作業進行に合わせてきちんと材料が準備できるか。この『材料』はその時々で、精製された鉄の塊だったり、溶解した鉄だったり、他の金属だったりする。
素体作成は失敗や作業遅延で完成が延びると、作業予定が全部組み直しだ。これは木材を使用する他のゴーレム機器でも同じで、幾ら期間に余裕を見てあっても簡単にやり直しは出来ない。
材料吟味に加わっているセレスも、ふいごを押している美加も、作業している人々がその道で一流だとはすぐに見て取った。
休憩になって、ミーティアが『ものすごい人達ばかりでしょ』と言ったが、まったくその通りだ。ちなみにミーティアはゴーレム用短刀の打ち出しに加わっていた。ドワーフと人間とエルフで、鎚を振り上げては下ろし、その繰り返しで形を作っている。エルフの彼女には結構辛そうな作業だが、そこは他の二人と同じくやっている間は夢中。
ただ、流石に休憩の時には涼しいところでぺたりと座っていたが、慣れない作業で疲れ果てた他の二人も同様である。
カルナックと沙羅、春陽が回されたのは、当人達の希望もあってフロートシップの工房だった。使える魔法に限りがある上、まだ新米なので最初は素体を運ぶ辺りから始まる。物が船なので、人手で運べるのは船内に積み込む風信器辺りがほとんどだが。
たまに、変わった物もなくはないが、
「浮遊機関は最初は板一枚がせいぜいとは聞いたけど、こういう使い方とはね」
板一枚浮かせて、物を乗せると段々落ちてくる浮遊機関魔法の産物は、ゆっくり落ちる間に木材などを短距離運搬するのに使用されていた。普通に運ぶほうが多いが、練習の成果で出来てしまうものを放置するのも無駄だと使う人がいるようだ。たまに雑用の少年少女が中二階で板に乗って、下までのんびり降りて楽しんでいる。
カルナックの謎はそういう一種衝撃的な光景で解決したが、そこから何か一案生み出せる程こなれてもこない。
「下り専用エレベーターね。昇りも出来れば、便利だけど」
そういうものがあるのだと沙羅の説明にカルナックは頷いているが、実現には遠いことも同時に理解していた。まだ風信器のゴーレム生成を試しにやらせてもらう扱いだから、あれこれやりたいとただ口にしても、一笑に付されるだろう。幸い、初日に任された魔法付与は三人とも成功した。
「これだけ風信器が必要なのだから、フロートシップだけでなくゴーレムシップも増産しているのかしら」
春陽が仕事の合間に話好きそうな船大工に尋ねたら、そうだと返答があった。各重要地点への配備の他、財力に余裕がある貴族が買い求める例も出て来て、船関係は休みなく作られている状態だ。けれども春陽が気にしたような航路の設定や港湾施設の整備には、工房はほとんど関わっていない。
なぜなら、特に港湾施設の整備と航路は国かその地域の有力者の権限下にあり、時に他国の利害まで含んでいるからだ。工房が意見することも、それを求められることもあるが、工房の権限以上のことはしない。
流石に工房に納品されてくる多数の品物の輸送経路・方法の整備には積極的に改善に乗り出しているが、それにゴーレムを積極登用しているかといえばそんなことはない。街道整備などの働き掛けが主だ。結局、各地の領主との関係維持にも注意を払うと、直接行動は取りにくい。ごり押しする必要性も、滅多に生じない。
とはいえ、ゴーレム技術の発達でより大きな船が空を飛ぶようになり、船体改良は急務の課題である。春陽の能力はそちらのほうが買われて、色々な図面にされた船体の細かな調整を試みている。沙羅も入って、地球の大型船舶の図を描き示し、空と海の航路で特に異なる着地と接岸に適した形を考えていたが、合間にふと沙羅が言った。
「推進装置を二つ付けたら速度は上がりませんか」
「グライダーに二つもつけたら、浮かばなくなるかもしれないぞ」
フロートシップもグライダーも、機体・船体ごとに基本とされる推進装置の大きさがある。それを二つつける場所の余裕はないし、小型化しては速度が期待できない。
「この図面より模型のほうがわかってもらいやすいかもしれないわね」
港湾施設なども例示に模型があれば、意見具申も通りやすいかもと春陽が気付いたが、作れる者は限られる。ただ工房には先の器用な者が多数いるから、頼めば誰かしらが協力はしてくれるだろう。
彼女達がそんなことをしている間に、カルナックは風信器作成のためにナージを迎えに行かされ、他の仕事が遅れていたものだから、開発計画に余念がない人々に軽食を作って持ってきた。
「またあんたは、こんなにいい料理人まで雇い入れたのかい」
「この人ぉ、ゴーレムニストよぅ。早く覚えてねぇ」
カルナックは自分の認知度上昇を誓っている。料理が好評なのはありがたいが、せっかくゴーレムニストになったのだから、工房ではそちらで有名になりたいものだ。
沙羅は他にもあれこれ頭を悩ませていたが、精霊碑文を推進装置に刻んでみたいと口にして、追い払われかけていた。いきなりは、やはりやらせてもらえないようだ。
魔法以外の技能があるが、まだ魔法では覚えが薄い船舶組と異なり、ティアイエルとギエーリの二人は一応『新米ゴーレムニスト』として人型ゴーレムの工房の多くの人に認知されていた。ラマーデが賑やかに紹介したのもあるが、基本は関わる人数の違いだ。
しかし、やっていることは人型ゴーレム用と普通の風信器のゴーレム生成と、ギエーリは精霊力集積機能の付与と、皆と大差がない。同じ部屋で、人型ゴーレム素体へのゴーレム生成が行われていたりするのを見ると、ちょっと物悲しいが‥‥
「ここで弱音を吐くわけにはいかないよね。自分で選んだ道だもん」
「ユージスせんせも最初は下積みだって言ってたしー。早く魔法陣の描き方、習いたいけどね」
「まったくです。しかし、実際に工房に入ると身が引き締まりますな。いずれ、コハク王陛下に召還されることがあっても、期待外れと言われないように勤めなくては」
三人寄ると、ひっきりなしに何か喋っている。段々興奮してきて、声が大きくなって、誰かにギエーリが頭を叩かれるまで続くのが、この三人の基本だった。
ちなみにイムン分国出身者が召還されたので、そんな可能性もあるかもとギエーリは言っているのだが、セレにはすでにゴーレム工房が存在しているので、今回のような急な話はないだろう。セレの工房で大きな動きがあれば、声が掛かるかもしれないが。
ただ、ラマーデは度々『黄金製ゴーレム』と口にしているが、ドラグーン生産が本格稼動しているウィルの工房での反応は今ひとつ鈍い。他国も独自のドラグーン製造を可能にしている現在、一騎打ちの決戦機はドラグーンだろうとの考え方が主流なのだろう。ウィルの国家象徴機は、ストームドラグーンだ。これについては、ここの三人に沙羅を加え、他の人々も無言の圧力を加えて尋ねたけれども、ナージは『作れるようにぃなったらぁ、作り方も教えてもらえるわよぅ』といつもの調子だった。
そしてギエーリが
「ランには白金のゴーレムがあるのですから、ゴーレム最先進国を自他共に認めるウィルの工房にも、そのようなゴーレムがあってもいいのではありませんか」
と熱弁を振るったところ、人型ゴーレム専門で作っているゴーレムニストが『その機体は作った奴が精霊に弓を引いているから参考にするな』と、日頃の『お前達賑やか過ぎ』と言うのとはまったく違う調子で言って寄越した。
「こうやって聞いていると、案外他の国の様子も知ってるのね」
「やっぱりそう思うー?」
「いやはや、やはり国の大事を預かる場所ですよ
でも、彼女達と彼の口は休むところをあまり知らない。
そんなこんなしていると、十人が顔を揃えることなどほとんどないが、カルナックがナージに乞われて晩餐会もかくやという料理を作った日には集合がかけられた。わさわさあちこちの人も加わっていたが、まあ勢揃いだ。
その際に、頭を寄せ集めて情報交換をして、図面も広げて知恵を出し合い、幾つかの案を工房の書式に乗っ取った書類で提出した。
素体への精霊碑文記載の実行と実験。
月と陽魔法のゴーレム魔法への転用の研究。
チャリオットのゴーレム運送用大型化や一人乗り想定の小型化。
人型ゴーレム外装甲の改良計画。
ゴーレム・フロートシップの航路、港湾施設、離着陸施設の国主導の整備計画立案。
黄金製人型ゴーレム作成計画。
信者がばっちりと書式に乗っ取って纏めた申請書を最初に見たユージスが、
「一人乗りチャリオットで何をするのか、ゴーレムを運ぶ意義は何か、ゴーレムの鎧を変えるとどんな効果があるか、商人や船主のギルドの利権と衝突しない整備案‥‥と、具体案があるほうが通りやすいぞ。精霊碑文は実例があるからいいか。バードとジプシーの協力者にあてはあるのか?」
でも申請書そのものは、多少酒が入っていい気分の各部署の人々にも回されて、熱心に読み込まれていたようだ。
経理担当者は一言。
「全部一度に実行するお金はありません」
と断言し、ならば一つずつなら出来るのだなと冒険者以外の人にも追及されていた。