●リプレイ本文
月霊祭、新年を迎えるにあたり月道の恵みや月精霊に感謝する日。
だがしかし、祭りの日となれば飲めや歌えの大宴会は付き物だ。
そんな訳で、この日、色々な職人ギルドの有志はこう誓っていた。
『飲んで、歌って、食って、踊って、楽しく年を越そうじゃないか!』
だってほら、月精霊は歌や音楽が好きだと言うし。
お題目はもはやどうでもいいが、『この時間くらいから始まる』と聞いていた時間には、参加者は半数以上がほろ酔い加減以上だった。すでに相当飲んでいる。更に参加者はどんどんと増えていて、七割がたは素面ではない。
それより大分早くに到着したアシュレー・ウォルサム(ea0244)は、故郷の聖夜祭を実現すべく走り回った時同様に燃えていた。なぜって、料理の手配が非常に怪しかったからだ。酒樽は積みあがっているが、食べ物は『誰かがなんとかしてくれる』と思っていたらしい。
もちろん誰も何もしておらず、確たる幹事もいないので食べるものは揃わない可能性が高かったのだが、
「俺が来たからには、そんなことにはさせない。宴会はご馳走があって始まるものだ」
クラウンマスクを着けたまま言われても、すでに気分がいい人々はまさか彼が作ってくれるとは思っていない。きっと買いに行ってくれると期待したが、
「よし、俺がここの準備をしている間に、材料を買って来い。君らは手伝って」
職人見習い風の少年達を買い物に行かせ、少女達には料理をする場の設営を手伝わせる。男女でかっきり仕事が分かれるのは、彼なりの意味があるのだろう。
ともかくも、宴会料理は心配ないようだ。
しばらく後の、宴会開始少し前。
ぞろぞろと吟遊詩人ギルドを介したのか、いかにも楽士やその仲間らしい一団がやってきた。でも実は冒険者ギルドやゴーレム工房も介しているあたり、只者ではない。
只者ではないのだが、相手はすでに酔っ払っていい気持ちの人々だ。アシュレーが作った料理が少しずつ出てきて、非常にご機嫌なので、相手が何者かはあまり気にしていない。多分今なら、勝手に混ざりこんでのただ飯にもありつけるぞという雰囲気だ。
お祭りなので、そんな感じでもいいのだろうが、
「別に舞台が設営されているわけでなし。月精霊に感謝を捧げて歌い踊る祭りでは?」
「あそこで喧嘩してない?」
「いやぁ、あれは独創的な歌声ですよ。よくお聞きください、ちゃんと祈りが込められているではありませんか」
職人が集まるのなら、今後のためによしみを通じておくといいだろうと足を向けた越野春陽(eb4578)はゴーレムニストだ。一緒にゴーレムニスト仲間のラマーデ・エムイ(ec1984)、ギエーリ・タンデ(ec4600)が来ているが、この三人は、音楽に対しての感覚が少しずつ違っていたようだ。
彼女達と彼の視線の先では、始まる前から泥酔一歩手前の一団が何やらがなっている。会場には祭壇があるわけでもなく、歌や踊りを奉納する舞台もない。ついでに始まる前から、開催が危ぶまれる飲みっぷりだ。
でも一応、がなっている一団は当人達だけ気持ちよく歌っているつもりのようだ。これを歌だと言うかと、ラマーデと春陽は不審そうだがギエーリは自信たっぷり。
「同意するのはいささか抵抗があるがのう」
「祭りとはいえ、始まる前からあの調子では先が思いやられるな」
触れ込みは占い師だが踊りが得意なユラヴィカ・クドゥス(ea1704)と楽士のディアッカ・ディアボロス(ea5597)は、月精霊はこういう賑やかより華やかなほうが好きではないかと脱力気味だ。もう一人の楽士のケンイチ・ヤマモト(ea0760)も、最初から乱れかけている宴会に苦笑を禁じえない。
中には職人仲間に誘われて参加しているゴーレムニストのミーティア・サラト(ec5004)のように挨拶回りをしたり、仕事の話で盛り上がったりしている人々もいるのだが、むちゃくちゃやっている方が目立つのは仕方がない。
時間ちょうどにお偉いさん達が来たときにはすでに結構な騒ぎだったが、こういうことは珍しくないのか、ギルドの公式行事でもないせいか、至極あっさりと挨拶があって、月霊祭の宴は始まった。
「さあ、まずは腹ごしらえから行こうか〜」
なぜか道化師が料理を配りつつ言い、明らかに大工や職人ギルドではない一行にも、別に席を作ってくれた。
確かに補給を怠ると、この騒ぎは乗り切れなさそうだ。
宴会の始まりからしばらくして、騒ぐ人々もひとしきり楽しんだか、それとも酔いつぶれたかして少し静かになったところで、幾つもある人の輪のちょうど真ん中に道化師が現われた。アシュレーである。
「さーて、皆様、今宵はつたない手品ですが、どうぞ存分にご堪能ください」
実はほとんど手先の器用さだけで乗り越えている手品だが、いきなり音楽に入っても振り向かなさそうな人が多かったので、まずは人目をひきつけるのに大仰に。ふわふわと飛び回っているフェアリー達のほうが注目されていたかもしれないが、何か始まったぞと思わせたあたりで、ユラヴィカに場所を譲る。
「月精霊への奉納、この場を借りてわしも一つ躍らせてもらおうか」
ちょっとだけ食べつつ観察していたところでは、この宴会で揃って難しい踊りなど多分無理。場所の都合もあるが、皆で輪でも作って踊るか、好き勝手に躍らせるか。何か見苦しいことにならなければ、それで月精霊も手を打ってくれる事を祈るしかない。でもいきなり踊ると酒が回るので、少し休憩していただく間に、本職らしく奉納舞をしておこうと言う考えだ。
伴奏はケンイチとディアッカ、アシュレーが努め、合間にギエーリが今年の会心の詩作を吟じるという筋立てだ。本職の二人は当然、アシュレーも負けず劣らずの腕前だから、演奏には何の心配もない。ユラヴィカがこんな曲と頼んだもので、三人ともが知っている曲を選べば、それで準備が整うくらい。
「さあさあ、こちらは楽士も踊り手も、どこに行っても拍手喝さいの上にあと何日でも居てくれと頼まれる、素晴らしい方々ですよ。これを見逃したら、新年早々涙に暮れることになりかねません」
詩作の前に朗々とギエーリが前宣伝するものだから、宴会も少しは本来の目的を思い出したらしい。寝込んでいた者も起こされて、目をこすりこすり、何が始まるかと中央に目を向けた。
ギエーリの言うことは大げさだが、実力についてはまったく嘘偽りのない踊り手と奏者である。エレメンタラーフェアリー達も機嫌よく舞い踊り、場に花を添えた。ギエーリの詩朗読も、曲に合わせて楽しいものしんみりするものを声と共に使い分け、観客と一緒に悦に入っている。
しばらくして、拍手喝さい、もっとやってくれの掛け声があったのは間違いない。これに最初に答えたのは、意味不明の歌を合唱し始めたフェアリー達だ。
「では、今度は皆様が歌いたい歌を」
演奏しますよとケンイチが水を向けたが、反応したのはフェアリーばかり。歌こそなかったが、あんまり見事な演奏と踊りに続いて自分がとは言いにくいらしい。
「確か教会で大工さんの息子の歌があったから、それでも歌ってみるか」
うろ覚えだが、大工も多いことだしとディアッカが助け舟を出し、雰囲気に呑まれて手を上げられなかった春陽もフレイムエリベイションで気合を増して参加表明をしたが、してから気付いた。
「教会で大工さんの息子の歌って、もしかして」
「讃美歌だと思いますが、ご存知ですか?」
同じ天界人でも、ケンイチと春陽はもと居た世界が違う。ケンイチと同じジ・アース出身でも、ディアッカは信仰を持たないシフールだったのだろう。賛美歌が『大工さんの息子の歌』と言われていると知ったら、教会関係者は頭を抱えるかもしれないが、幸いこの場にはいない。
「私の知っている歌と同じかどうか」
分からないから困ったなと春陽がいう暇はない。周りがそれはいいと、歌もよく知らずに大喜びして、ディアッカは本当にうろ覚えで、でもそれらしいものを演奏し始めたのだ。
現在、歌うと宣言したのは春陽だけ。皆が天界の歌だと期待に満ちた目で見たが、ディアッカが演奏し始めた曲は知らない。流石に知っていたケンイチが歌いだすと、今度はまた素人には混ざりにくい雰囲気になったのだが、
「ミー先輩も居たのよー。さあさあ、皆で歌いましょう。こういう時は、気持ちがこもっていればいいのよね」
歌詞分かんないけどとけらけら笑いつつ、春陽の背中にラマーデが抱きついた。よろけた春陽を、ついてきたミーティアが慌てて支えている。ラマーデ、少しどころではなくいい気分らしいが、元々この人はこういう感じなので酒に寄ったのか、祭りの雰囲気に寄ったのかはよく分からない。
もちろん歌詞が分からないので、『らら〜ら〜』ととりあえず調子を合わせて歌っているだけだ。ケンイチのほうが、やはり歌詞が分からないと歌いにくかろうとラマーデに合わせてくれたので、どのあたりが大工さんの息子の歌なのかは聞いている人々にもよく分からない。
訊かれた春陽はどう説明したらいいのか迷ってから、
「癒しの精霊の存在を知らしめた人だから、精霊やその方をたたえる歌なの」
嘘ではないが、大分はしょった説明をした。多分それ以上細かく説明したところで、明日には記憶にないと思われるが、念のため興味があったら教会に行くように付け加えておく。
出来れば合唱で団結力を高め、ついでに多くの人に伝を作っておきたい春陽だったが、ラマーデがふらついているのか踊っているのか微妙な動きを始め、声だけは元気になにやら歌って、ミーティアがそれに付き合って歌いだしたので、まずはそちらの流れに乗ることにした。酔っ払いどもに音楽を教える無茶さも、なんとなく察している。
「天界の歌はともかく、あたしは精一杯歌って踊って、月精霊様を讃えるわよ。魔法が使えるのは精霊のおかげです!」
実際の年齢はともかく、小柄で遠目には子供のようにも見えるので、周りの人々も面白い子が出てきたと思ったのだろう。天界人の春陽と一緒に、時々調子っぱずれに歌うので、こっけいで楽しいのもある。
中には鍛冶師のミーティアの知り合いかと見て取り、どこかの見習いだと考えた職人もいるようだが、年越しの祭りで細かいことは考えない。要するに誰かの知り合いで仲間だと分かれば、
「ラマちゃん、危ない〜!」
転んで怪我をしない程度に、踊れたらいいのである。ラマーデと巻き込まれた春陽は、別の職人達に助けられてとりあえず無事だった。そのまま手を取られて、なんだかよく分からない踊りに突入させられたが。
そのうちに道化師アシュレーが、座を巡って皆を踊りに誘っている。ディアッカもケンイチも、こちらで馴染みの賑やかな歌に演奏を切り替えて、アシュレーの天界楽器と合奏だ。
「これが来ると新年だって気がするわね」
ミーティアも顔見知り、初対面問わずに踊りの輪に加わって、うきうきと過ごしている。最初のうちは春陽を知り合いに紹介していながら踊っていたが、なにしろ誰もが浮かれてしっかり憶えている風がないので、また後日としたらラマーデともはぐれてしまっている。まあ、時々声はするから心配はしない。
希代の演奏者に恵まれたことを気付いた人が何人いたのか不明ながら、器用に皆と一緒に踊るユラヴィカの軽妙な動きにも盛り上がり、歌い踊り、そのうちに話し込んだり休憩したり、祭りの夜はどんどんと更けていき、
「あらラマちゃん、こんなところにいたのね」
夜明け頃、しんみりと飲み交わしている人々以外は轟沈しているような宴会場の片隅で、誰かのフェアリーを抱えて寝ているラマーデをミーティアが発見した。持っていた毛布を掛けてあげる。
同じ頃、仕事のことから世間話まで色々盛り上がって、いい加減に瞼が重くなった春陽が、ある一団に向かって声を掛けた。
「どうして、そんなに元気なんです」
「いやぁ、それはですね。我々吟遊詩人たるもの」
「慣れじゃ」
「祭りとなればいつものことだからな」
「いずこも変わりませんよ」
「皆の警戒心が薄れるときこそ、しっかりとしてあげねば」
仕事への情熱か、始まった時と様子の全然変わらない人々がにこやかにそう返してくれた。
この後の、子守唄にしか聞こえない演奏で、眠りに導かれた人も少なくはない。
新年の朝はもう間もなくだ。