片付けられないエルフ達〜ドニの化け物借家

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:4人

冒険期間:01月26日〜01月31日

リプレイ公開日:2009年01月31日

●オープニング

 エルフの代書人ドニは、パリの一角に借りている借家の軒下で営業している。家主が元は小間物屋で、やはり軒下で商売していたから、ひさしはちょっとの雨が降っても濡れないくらいに張り出していて便利なのだ。
 その軒下に、明るくなったら机を出し、道具の入った箱を置いて、自分とお客用の椅子が用意できたら仕事の始まり。夕方暗くなったら、仕事は終わりだ。
「ドニ、息子が仕事先から手紙を寄越したんだけど」
「それはなにより。元気でいるって事ですね」
 代書人と言ったって、仕事は何かを書くことばかりではない。
 ドニのところには、遠方の家族から手紙が来たが自分では読めないとか、その逆で手紙を出したいけど書けないとか、商用の書類があるけれど意味が良く分からない、仕事で書類が必要になったから手伝ってくれなどなど、文字と文章と手紙と書類とその他諸々の用件で人がやってくる。
「ドニ、あんた、嫁は貰わないのかい。紹介してやろうか?」
 たまに、仕事と関係のない用件の人も来る。実は結構度々来る。
「いやあ、まだそういう気にならないから」
「そう言い続けて、もう十年だよ。そろそろ真面目に考えな」
 ドニはエルフだから、十年そういう話を誤魔化しても、まだ十分に若い。慌てて相手を捜す必要はないが、周りの人は皆知っている。
 ドニには、決定的な欠点があるのだ。
「じゃあ、ドニ。家の片付けをしようよ」
「そのうちにね」
 彼は、徹底して片付けが出来ないエルフだった。

 そんなある日。
「家の中から、何か黒いものが覗いてた!」
 ドニが仕事を終えて机をしまおうとしていた時、近くにいた子供が家の戸口から何か変なものが見えたと叫んだのだ。皆がネズミだろうと言ったのだが、
「こんな大きかったよ!」
 両手を広げて見せたのである。ざっと一メートル、そんな大きなネズミは普通はいない。犬や猫だったら、見れば分かるだろう。
 そして、家の中では何か変な音が‥‥
「ドニ、家に帰ったら食われちまうよ」
「うちに泊まれ、うちに。それから家の中を片付けよう」
 なんだか分からないモノがいる事が判明した家は、ご近所の恐怖の的になっている。

●今回の参加者

 ea0926 紅 天華(20歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea1628 三笠 明信(28歳・♂・パラディン・ジャイアント・ジャパン)
 ea2004 クリス・ラインハルト(28歳・♀・バード・人間・ロシア王国)
 ea3852 マート・セレスティア(46歳・♂・レンジャー・パラ・ノルマン王国)
 ea9927 リリー・ストーム(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

君影 鈴蘭(eb5712)/ アルミューレ・リュミエール(eb8344)/ 大嵐 呼太郎(ec2310)/ ミシェル・サラン(ec2332

●リプレイ本文

 依頼一日目夕方。
「もう帰りますわ。あなた〜」
 様々な凛々しい通り名に、猛々しいものも含めた多数の武勇伝を持つはずのリリー・ストーム(ea9927)が、さめざめと泣いていた。
「あー、びっくりしたね」
 地面に抱きついた姿勢で、持ってきた食料を口にすることも忘れたマート・セレスティア(ea3852)が、少々どころではなく力の抜けた笑い顔でいた。
「片付け‥‥あれをですかぁっ!」
 朝は元気に鼻歌を披露しつつ、掃除道具を両手にしていたクリス・ラインハルト(ea2004)は、現在頭を抱えて嘆いていた。
「片付けは‥‥わたくしがやるべきでしょうな」
 取り立てて身分詐称する必要もないが、パラディンだと名乗る必要もなく働いた三笠明信(ea1628)は、珍しくも顔色が悪かった。
「‥‥」
 友人二人にも手伝いに来てもらったのに、皆でとんでもないものを観てしまう羽目になったエルディン・アトワイト(ec0290)は、ひどい姿だった。
「こんな寒いところでよく頑張ったのう」
 死屍累々といった感じの仲間達を尻目に、紅天華(ea0926)だけが一人で元気だ。
 彼女の腕には、『一メートルほどの黒っぽい細長いもの』が巻き付いている。

 さて、翌日。
 今更巨大な虫や動物には驚かないと自分に言い聞かせた様子の三笠とエルディンが、『なんだかよく分からなかったもの』をパリの城壁の外で燃やしていた。二人とも口と鼻だけは清潔な布で覆っていたから、悪臭がしているかどうかは分からない。
 なんとなく、いや確実に変な臭いがしているだろうなとは思っているのだが。体力の落ちているエルディンは、レミエラ万歳、だ。
 でも、近所のおばさんがくれた白い布が、実はエルディン提供の褌だと知らないからの状態である。おばさん達は馴染みのない代物を、掃除に使うなど勿体無いと切り分けて、掃除に使える藁束やぼろ布、その他諸々の必要道具と交換してくれたのだ。
 よって、元が褌の布で顔を覆い、仕事に勤しんでいる三笠とエルディンだが、モノがモノだけに全部灰になるまでは傍を離れられない。仕方なく、灰を埋める穴を掘ったり、ご近所の伝手で借りた荷馬車の埃を払ったり、馬の世話をしていた。
「いやしかし、ドニ殿もとんでもないモノと同居していたようで‥‥こんなのがいて、どうして気が付かなかったんでしょうね」
「まったく。しかしあの家の中を見るに、奥のほうで何があっても分からなかったのかもしれませんが」
 朝一番で、前日に崩した荷物の山を家の外に運び出し、惨劇の跡を始末して、『なんだかよく分からなかったもの』を運び出した二人は、異様に疲れていた。
 どちらも危険な橋も散々渡ったし、強大な敵も多数対面したし、デビルが出たって怯まないのだけれど‥‥今回の『あれ』は結構気持ち悪かったのだ。
 あーんな姿とか、こーんな口の中とか、どばびしゅのいろんな色の体液飛び散りとか、千切れてぴくぴくしていた細長いものとか、ぶちっと噛み切られたあれやこれやは人家の中にあっていいものではなかった。片付けも女性陣と子供(みたいなの)が揃って逃げたので、紳士の責任として行っているけれど。

 そして、『なんだかよく分からなかったもの』がめらめらと燃えている頃。
 脅威が去ったドニの家では、クリスが改めて腕まくりをしていた。前日は志半ばどころか、一部屋目の途中で頓挫してしまったお片付けを、どんどん進めなくてはならない。
「さ、皆さん。今日こそはやりますよー!」
 気合十分の彼女の横からは、リリーが疑り深い顔付きで、家の中を窺っていた。
「もう、本当に出てこないかしら」
 昨日の光景があまりに鮮烈だったので、リリーがまだ逃げ腰だ。非常に珍しい光景ではあるが、これでは仕事にならない。
 よって、天華が魔法で中を確かめることになった。街中だから、ご近所の人々に魔法効果を説明してから、発動させる。ちなみにそんな細かいことは、少々ぽやんとしたところのある天華は気付かないし、リリーは現在目付きが半眼で怖いので、クリスが行っている。
 結果。
「うむ、何もいない」
 天華が違いなしと頷いたので、ようやくクリスを先頭に家の中に入って片付けを再開する。昨日のうちに、この家には大型家具などほとんどないことは判明しているので、女性三人でも荷物の運び出しは出来なくもない。
 問題は、異様に物が多いことだ。それは最初から分かっていたけれど、埃まみれの服や毛布、それと商売道具のはずの羊皮紙やペンが、あっちからもこっちからも出てくるのである。
「これはつまり、ドニさんは洗濯はせずに安い古着を次々買って着るものを間に合わせ、仕事道具も目の前にない時は探さずに買って来ていたということですね」
 どこかから発掘した籠に、服だけどんどん積み重ね、それを外に運びながらクリスが推理している。室内は埃もひどいが、それを払おうとしても室内が霞むだけなので、窓全開でとりあえず出せるものは外へ。
「マオ、何か出てきたら教えるように」
 ちょっと態度が偉そうな飼い猫に頼んだ天華も、せっせと室内のあちこちから出てくる筆記具を纏めている。こちらは近所の人の譲ってもらった箱に、まずは放り込んでいた。
 最初は皆で相談して、仕事に必要な物と日用品は残すことにしていたのだが、なにしろ屋内のほとんどがその仕事道具と日用品だったので、当面使う分以外は処分することにしたのだ。
 そのドニは、いつも同様に『自分が持ち運べるだけの仕事道具』を軒下に出して、代書屋さん営業中だ。これはクリスが『お伺いを立てたら片付かない』と言い切り、親戚を知るマートが『嫌なら出掛けていれば』と言ったら、仕事を始めてしまった。
 更にそのドニの近くでは、舞い上がる埃にあっという間に逃げ出したリリーが、運び出された服と筆記具の山から、見目良いものだけ選んでいた。後は時々様子を伺いに来る近くの古着屋と雑貨屋に売り払う。
「いや奥さん、これはそんなにならないから。全部洗濯しなきゃいけないし」
「お洗濯? ああ、積んでおけば誰かが綺麗にしてくれますわよね」
「奥さん、どうしてこんな仕事に来たの?」
 ナイト、多分本人お金持ち、旦那もきっと高給取りのリリーとの交渉は、古着屋と雑貨屋にとっては未知との遭遇だったが、まあ仕事中のドニの代わりに品物を見張って、お金の受け取りをする人がいてくれればいいのである。そもそも古着屋も雑貨屋も、ドニとは顔見知りだし、ご近所の一員だし、あこぎなことはしない。
 クリスが服を、天華が筆記具を次々と、本当に次々と運び出してきて、途中からはげんなりした表情で帰ってきたエルディンと三笠も入って、ひたすらに荷物を運び出すこと一日。
「へえ、この家って広かったんですねぇ」
 心底感嘆したドニの言いっぷりに、誰かがその頭を殴りつけたくなっても責められまい。けれども弱者に親切なナイトやパラディン、聖職者の神聖騎士や僧侶、平和を愛する吟遊詩人は非暴力を貫いた。
「兄ちゃんってば、何年住んでるんだよ!」
 パシンといい音をさせて頭をはたいたのは、一日目に荷物雪崩を起こし、本日は日がな一日エルディンがクリスに貸したはずのパリの裏地図を片手に料理屋巡りをしていたマートである。本日の彼の仕事、明日以降の弁当の手配。
 朝一番から『おなかすいた』とあまりにうるさいので、ドニ同様に放り出された結果、当人なりに満足がいく質と量の弁当が手配できたらしい。昨日と本日は、マートと有志が出した保存食と引き換えで、ご近所の食堂が色々と提供してくれている。大半は、マートが食べた。

 三日目と四日目は、目新しいことなど何もない。
「いいですか、リリーさん。こういう窓枠の埃は残すと目立ちますからね」
「これで拭けばいいのね? 何か塗らないの、香油とか?」
「この家を綺麗にするには、そのような手間の掛かることは残念だが出来ん」
 ひたすらに埃を室内の上から順に落とし、掃き出して、その後にこびりついた汚れを擦り、最後に磨く。一部屋ごとにこの繰り返しだ。四日目は天気が良かったので、ドニが寝床にしていた物置部屋も一度空にして、必要最低限のものだけ選り分けて、他は処分した。
 この際、クリスがベッドの敷布と毛布を綺麗に洗おうと思い立ち、実行しようとしたところで、天華が敷布に虫が食った後を発見し、春になったら怖いことになると断言したので処分。今度は古道具屋がやってきて、細々したものを引き取る代わりに綺麗な敷布を置いていった。
 怖い事の具体例は、語るとリリーの悲鳴が近所迷惑なので、天華とクリスが目で通じ合っていた。
 その後に、毛布と当座の服は、天華が親の仇に対するような勢いで洗濯を開始した。クリスも壁の埃が積もった蜘蛛の巣を、憎い相手のようにどんどん落とす。リリーはその二人に指示されたところを、指示されたとおりに、ちまちま拭いていた。
 かたや、男性陣はと言うと。
「見て見て、これだと早いよー」
「もう少し細かく動いてくれないと、擦り残しが子供の落書きのようですよ」
 靴の底に藁束を器用に括りつけたマートが、汚れた床の上を踊るように歩いていく。その後には中途半端に汚れが残った床があるのだが、エルディンが何往復もさせることに成功して、床磨きは少し楽になった。
 とはいえ、子供(みたいなの)が遊び半分でやった後は、三笠が力のいる汚れのひどいところ、エルディンが端っこなどを担当して、大分擦らないといけなかった。
「こうして見ると、あの程度の騒ぎで済んだのは良かったのかもしれませんね」
 女性陣が聞いたら悲鳴を上げるので、三笠がこっそりと口にしたのだが、確かにそうかもしれない埃の具合だった。ドニがまったく料理が出来ず、台所をその用途で使ったことがないのが不幸中の幸いだ。干からびた食物などがあったら、一体どうなっていたことか。
 埃を落とす、掃き出す、磨く、途中からは壁も磨く。洗濯は別に、順次進行中。
 そして二時間おきに、
「働いた後のご飯はうまいなあ」
 なぜか弁当がたくさん届く。普通はそんなにおなかが空かないので、残った大半はマートが、たまに天華も一緒になって食べる。寒いから、途中から酒類も仕入れて、これはリリーががんがん呑んでいた。慣れない家事に、疲れていたらしい。
「家事がこんなに難しいと思いませんでしたわ」
 もちろん、彼女はたいしたことはしていない。出来ないとも言う。
 ともかく、そうやって六人のうちの四人が必死に、二人が当人なりに頑張って働いた結果、五日目の夕方にはドニの家は本人が居心地の悪い家へと華麗な変化を遂げたのだった。
 でもドニは、狭いところにすっぽりとはまるように過ごすのが好きらしい。散々迷って、部屋の角に落ち着いた。せっかく発掘した椅子と卓を部屋の中ほどに据えて、この時は本領発揮したリリーが選び、天華が洗った綺麗な布をかけて、エルディン提供の紅茶の葉を使って、お茶会の準備をしてあげたというのに。
 当然、リリーがにこやかに椅子のところまで片手で引っ張ってくる。
「壁際がいいなら、窓の近くにしたらいかがです。片付いた部屋で、のんびりとお茶を楽しむのもいいものですよ」
「少なくとも、家の中で物が崩れて山を為すようなことは、今後起こさないようにすべきでしょう。危険ですからね」
 エルディンがにこやかに清潔な部屋での食事のよさをドニに指南し、三笠は『なんだか分からなかったもの』が出てくるような生活をしてはいけないと諭している。
 女性三人は、様子を見に来て、あまりの見違えようにお茶会の仲間に入り込んだご近所の人々と歓談中だ。苦労話と、ぜひともドニにはお嫁さんを見付けてもらい、親切で丁寧、仕事も出来る代書屋さんにふさわしい生活をしてもらおうと盛り上がっている。
 その話題に、給仕を務めるエルディンの耳が時々動くのは、エルフの家事好きの娘さんとの縁談が自分に回ってこないかと思っているから‥‥かどうかは不明。三笠はいつの間にやら、ドニが仕事で体験した色々な国の人との面白い話に引き込まれている。
 と、誰かが言ったのだ。
「初日はなんだかすごい声がしたけど、何をしていたの?」
 どうやら初日の騒動を見ていなかった人らしい。
「その鶏肉の焼き物をくれたら、おいらが教えてあげるよ!」
 それに、新たに届いた肉料理を手に入れるために声を張り上げたマートがいて、他の人々は『食事中に語るな』と騒いだ。
 故に、食後にマートが語る。食後なのは他の人々で、彼だけは延々と食べ続けながら、だが。
「ここに来たらさ、家の中にでっかいネズミがいたんだよ」

 初日のこと。
 中にいる何かを探そうにも、大量の荷物が邪魔と判断したマート以外の五人とお手伝いの二人が運び出しを始めてすぐ、マートが家の中を走る影に気付いた。それは長い尻尾を持った、体長一メートルを超える黒っぽい灰色のでっかいチューチューで、はっきり言ってこの一同には敵ではない。
 故にマートはものすごい勢いで山と詰まれた荷物を器用に乗り越え、チューチューを追い回して、皆の前に引きずり出そうとしたのだが、そのチューチューに横から飛び掛ったものがいた。
 これまた全長一メートル、黒く艶々といやらしく光る、カサコソだ。足音がかさこそ言う、あれ。これが何を思ったか、皆の前に追い込まれて来たチューチューに飛び掛り、グシャという音を響かせたのである。

 カサコソの体当たり!
 チューチューの口から、身の毛もよだつ悲鳴!
 カサコソはその奇声にも怯まず、チューチューに飛びついて多分噛み付いた!
 チューチューはぷらんぷらんになった前足をものともせず、がぶりとやり返す!

 くんず、ほぐれつ。

 チューチューのあちこちから、赤いものがだらだら。
 カサコソの足がもげたところから、ぬるりとしたものがどばどば。
 噛んだり、噛まれたり、足噛み切ったり、噛み切られたり。
 床にいろんなモノがだらだら、どばどば、まぜまぜ、ぐちゃべちゃ、どろりん。

 ばったり。

 追い回していたマートはじめ、一同その光景にしばし動けず、最初にリリーが悲鳴を上げてエルディンをその戦いの真っ只中に突き飛ばし、三笠が助けに行こうとして、逃げ惑ったマートに飛び付かれ、クリスは膝が砕けて戸口から這い出た。
 天華だけが、この最中に天井の張りから落ちてきた長細いにょろりんを発見して元気を取り戻し、すたこらさとにょろりん共々一足先に脱出したのである。
 他の人々が出てきたのは、中で突然始まった勝負が両者死亡の引き分けで終了してから。エルディンに到っては、色々引っ付いてしまい、皆に追いやられながら湯浴みをする羽目に陥っていた。

「それでさぁ」
 マートは、そんなことを周囲の人々が気持ち悪くなっているのも気付かずに、お弁当をかき込みながらまだ語っている。