硝子の行く先

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 97 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月29日〜02月05日

リプレイ公開日:2009年02月09日

●オープニング

 依頼内容は、男性二人、女性三人の五人の人間を迎えに行くこと。
 そして合流した後は、出来るだけ早くメイディアの指定の家まで連れてくることだ。
 まずは目立たないことが肝心で、次に五人に掛かるであろう追っ手を不用意に傷付けてはならない。ともかくも目立たず合流し、こっそりとメイディアまで帰ってくるのが肝要だ。
 依頼人はゴーレムニストのエリカだが、もちろん工房の仕事ではない。

 追っ手が掛かると言うので、犯罪者の逃亡などでは困ると食い下がった係員に示されたのが、なぜかレミエラの素体で。
「記録があると思うけど、ゴーレムの武器につけられるのよ。魔力が付与出来るなら、それなりに役に立つ可能性があるわね」
 けれども工房全体としては、レミエラ付与に賛同とはいかない。
 なぜならこれは、メイほどの大国でもチブール商会がほとんどの流通を仕切っている独占品だ。現状工房側で独自生産できない。安定供給されるか分からない、しかも他国にも販売網がある商会の品物に依存は出来ないというのが、最も大きい理由だ。
 他に工房側の一部の魔法使いの『面白くない』との気分とか、これまで便宜を図ってきた商人達の打算や計算、その他諸々絡んでいる。
 ならばどうするか。
 チブール商会独占状態を打破する。具体的には、他のところにレミエラを作る職人がいればよい。
 もちろんレミエラを作る職人は多数いるわけではなく、チブール商会影響下のガラス職人達のギルドに少数が囲い込まれている状況だ。
「ギルドからの脱走は、場所にもよりますが罪になりますよ」
「本人達が助けてくれって泣き付いてきたのよ」
 当然ごく少数の職人だから優遇されているが、他所の商会や領地からの引き抜き工作もある。それを警戒して自由度は制限されているのだが、今回は当人達がその厚遇を捨てて逃げると決めたのだ。
 理由はその町で絶大な権限があるガラス職人のギルドマスターの専横、具体的にに職人兄弟の妹とそれぞれの妻をまとめて差し出せと言ってきたことにある。流石に周囲が止めたり、あれこれ口裏を合わせて断るのに協力したりしてくれたが、ギルドマスターはまったく懲りずに横暴に振る舞うばかり。
 いよいよもって貴重なレミエラ職人の兄弟の身も危うければ、妻や妹もいつ連れ去られるか分からない状況になり、以前から極秘に接触してきていた引き抜きに応じて安全を求めることにしたらしい。
 この依頼を、どうしてエリカが持ってくるのかは当人が口をつぐんで答えないが、彼女が出て来るからには工房と関係が深い商人が関与しているのだろう。チブール商会以外のレミエラ入手先を作るつもりなのは明らかだ。
「難しいことはいいから、単純な人助けと思って来てくれる人が好ましいわね。それと女性が含まれているとなおいいわ」
 レミエラのことなど考えず、人助けで働いてくれというあたりが怪しいが、実際追い詰められている一家族を救うことになるのは間違いない。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5684 ファム・イーリー(15歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ec4986 トンプソン・コンテンダー(43歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

 メイディアから馬車で三日。普通なら夕方に到着するという待ち合わせ場所に、三頭立ての馬車が到着したのは三日目の昼過ぎのことだった。
「それっぽいのはいないが、人相書きくらいは貰ってくればよかったな」
 今更のように巴渓(ea0167)が舌打ちしたものの、聞いた特徴を備えた五人連れもいないのだから、まだ到着していないと見るのが正しかろう。ここまで来れば五人と合流できると踏んでいた冒険者達はせっかく作った時間を少しばかり空費してしまった。
「あたしが探してくるよ〜」
 シフールのファム・イーリー(ea5684)が愛馬を置いて飛び立ったのは、どうするかの相談の後。クリシュナ・パラハ(ea1850)にフレイムエリベイションの魔法を付与してもらい、五人が来ると思しき方向に向かう。なにしろ五人が住んでいた町と現在地を結ぶ道は明らかでも、彼らが素直に道を辿ってくるとは限らないので探すといっても難しい。
 迎えの冒険者は四名、まさかばらばらになるわけにも行かないので、偵察はファムのみに留めて、彼女の愛馬と巴の馬、馬車の馬はトンプソン・コンテンダー(ec4986)が世話をする。合流できれば、そのまま取って返して少しでも距離を稼ぎたいが、元から頑健なファムや巴の馬はともかく、ごく普通の馬車馬である三頭は大分疲労していた。
「これから来るご家族も疲労困憊しているだろうから、あまり速度は出せないが、速く連れて行きたくもあり‥‥難しいの」
 依頼人であるところのゴーレムニスト・エリカは『人助けと思いなさいよ』と偉そうに言っていたが、何をどう聞いたところでそれだけではない事情の渦巻く話である。万が一に五人と一緒に捕まりでもしたら、絶対に依頼人は助けに来ないだろう。たぶん失敗した賠償を冒険者ギルドに請求に行くに違いない。
 挙げ句に待ち合わせが街道の交差する場所で、人家こそないがまばらに人通りがある。目立つなと言いながら、この場所で長時間佇んでいれば人目に立つ。一体何を考えているのか、
「わかんねえ女だったしな。ま、ゴーレム乗りが少しでも楽になればいいけどよ」
「そうそう。ともかく人助けですよ。本当に困っているのは間違いないわけですし」
 巴とクリシュナは、馬車の中に毛布を広げて、横になれるスペースを作っている。何しろ連れて行く五人は疲労困憊間違いなしの職人とその家族。冒険者の自分達と一緒に考えてはいけない。楽な姿勢で運んであげることも大事だろうと思っての準備だった。
 結局のところ、目的の五人と合流したのは二時間ほど後、宵闇の気配が色濃くなってきた頃だった。ファムが街道から少し離れた雑木林の中で、背後を振り返りつつやってくるのを見付けたのだ。
 五人は引き抜き先に繋がる商人が迎えに来るものと考えていたようで、巴やファムの馬を見ては警戒し、クリシュナがウィザードだと聞いては及び腰になり、トンプソンが鎧騎士だと名乗ればあたふたしたが、依頼人エリカの名前でようやく迎えだと納得してくれた。
 あとは、メイディアに向かう道をひた走るだけのはずだ。

 合流した三日目は、たいした距離を稼ぐことも出来なかったが追っ手と出くわすこともなかった。五人は待ち合わせ場所に前日には着くつもりで町を出て来ていたが、途中で道を間違えてしまい、戻ってくるのに一日掛かったそうだ。よって、とっくに五人の行方不明を、所属のガラス職人ギルドも把握していることだろう。
「透明なガラスって、天界にはたくさんあるらしいけれど、どうやって作るんでしょうね」
 女性三人は疲れ果てて馬車の揺れも気にならない様子で寝入っているが、神経が休まらないのか兄弟二人は飲食もほとんどせずに足を投げ出して座っている。トンプソンは馬車を御していて、巴とファムが馬で併走となると、話し相手は同乗しているクリシュナのみだ。周辺警戒も大事だが、あまりそういう様子を見ても気が立つだろうからと色々話しかけているが、なかなか会話の糸口が見付からない。
 錬金術の心得もあるクリシュナはガラスのことを、簡単にでも聞きたいが、その話題になったら二人ともむっつりと黙り込んでしまったので彼女も困ってしまった。昨日は合流してから時間を惜しんでメイディアに少しでも近付くようにと急ぎ、ろくに会話もしていない中で、仕事上の秘密に触れたのは失敗だったようだ。考えてみれば、この先その技術一つで新しい場所で一から居場所を築いていかねばならないのだから仕方ない。
 となれば、
「何か甘いものでも食べたら、元気が出ると思いますよ」
 質問が失礼だったのは詫びて、とりあえず飲食に気を向けることにした。エリカは日数分の飲食物に干し果物とか蜂蜜入りの菓子を入れてくれたので、クリシュナは密かにこれが食べられるときを狙っていたのである。
 たくさんあるから、寝ている女性の分は心配しなくても平気と聞いて、兄弟は干しイチジクを少し食べたが、甘いものをたくさん食べたいと思わないらしい。食べていいと言われて、クリシュナが満面の笑みを浮かべたところで、割り込んできたのはファムだ。バードらしく耳のよい彼女は、馬の蹄の音や馬車の車輪の音にかき消されがちな会話をきちんと聞いていたらしい。
「一人で食べるつもりなのかな〜?」
「なんだよ、なんか食ってんのか。一人でいいものとるなって言ってんだろ」
 ファムが巴に手綱を預けて馬車の中に入り込み、歌うように『自分にもちょうだい』と請求する。巴は会話は聞き取ったか分からないが、単純に空腹を憶えたのか、食べ物に対しては勘が鋭くなっていた。
 巴は馬車の中から焼き菓子を投げてもらう間に、人の往来が多い街道に入ったので、速度は落ちるが追っ手からは安全であろうと伝えている。兄弟にとっては、甘味よりそちらのほうが元気の素になったようだ。
 トンプソンは馬の調子を見ながら馬車を進め、すれ違う人がいれば先の道の様子を尋ねている。彼はどう見たところで身なりが行商人でもないし、付き従うのが戦闘馬二頭ならば、何かの使いだと思われるらしい。大抵は親切に教えてくれた。
「この調子で、メイディアまで行けるといいがな。奥方達もお嬢さんも、メイディアの市場でも見たら気分が晴れようぞ」
 当の本人達は起きる気配もないが、女性はきっとそういうところが好きと、トンプソンも折に触れて兄弟に話しかけている。馬車の揺れる荷台で寝ているのだから、後々どこの筋が突っ張って痛いかなど、後刻の対応も知らせておく。
 そんな感じで、四日目も無事に暮れるかと思われたのだが。

 異変があったのは、街道から少し離れた、度々使用されていると思しき拓けた場所だ。野営は仕方ないとしても、水場がないと困るので、このあたりで日が暮れたら皆ここを使うのだろう。出来れば人目に立たないようにするのが依頼とはいえ、この人数と馬の数と馬車を考慮したら、他にいい場所がファムもクリシュナも見出せなかったので、用心しながら休むことにしようと決めたのだ。
 けれども、野営だからと馬車から降りて五人が一日中ほとんど動かさなかった身体をほぐしている間に、冒険者達で火の準備などしていたところ。
「人の足音が、乱れて聞こえるよ」
 ファムがそうっと告げた。それを聞いたトンプソンが、外しかけていた馬のくつわを付け直した時には、内容は判然としないまでも人の声が複数聞こえている。慌しい声は、こちらを示している。
「後でよくよく休ませてやるからな」
 ようやく一日の仕事が終わったと思っていたかもしれない馬に言い聞かせ、彼が御者台に上がる間に、巴が五人を荷台に押し上げ、クリシュナが引っ張りあげる。
「どうします?」
「流石にいきなり魔法はまずいだろ」
 相手のことを確かめずに攻撃するのは、目立たないようにという依頼内容とも合わない。けれども兄弟が、聞こえた声が同じギルドの者だと言ったから、ここはやはり逃げるしかないようだ。
「元のお仲間は、乗馬が上手だったかね?」
 トンプソンが尋ねたら、なにしろ職人のことだから移動で少しばかり乗れる者がいるだけだと返ってきた。更に武術の方はさっぱりで、そういう腕前が必要ならギルドで護衛を雇っていたそうだ。今回はあまりにも目的が下世話すぎて、よそ者を入れてはいないだろうとの話。
「じゃあまずは突っ切るか」
「揺れますからな。しっかり掴まって、お嬢さんもだ」
 実際、こちらを見付けたらすぐに襲ってくるかと思った一団は、街道のほうでわあわあやっているだけだ。五人しかいないはずが、更に別人がいて、馬車まであることを警戒しているらしい。
「よっしゃあ、踏み潰してやる! 一緒に来い!」
「むちゃくちゃ言わないでよぅ」
 五人にしたら先日までの隣人だから、荷台で寄り集まって顔を伏せている。何があっても見たくないという風情に、クリシュナは毛布をかけて顔が見えないようにして、一応魔法を使う準備はしていたが‥‥馬車の急転回に荷台から転がり落ちそうになった。
「掴まっておらねば駄目だと言うたろう」
 荷台の後方にしがみ付いて、クリシュナは誰か襲ってきてもこれでは魔法も使えないと思っていたが、見るからにそこらの町人の一団は迷いもせずに突っ込んできた巴の馬から逃げ回っている。間違って蹄に掛けられたら本当に死んでしまうから、向こうも懸命だ。
 そこに続けてファムの馬まで駆け抜けるので、とうとうわっと散ったところで、トンプソンが馬車を街道に戻している。
 はっきり言ってクリシュナもファムも魔法どころではないが、仲間でそうだから追っ手など転倒して怪我をした者が出たらしい騒ぎになっていた。多分そうではないかと、ファムが最後に仲間にだけ言ったことで、その時は何がなにやら日が暮れた後でもあり、彼ら自身が怪我せず、はぐれないようにするので精一杯だった。
 挙げ句にこのあと二時間走り続けたところで、馬車馬が潰れる寸前になり、半日あまり休息して、ファムと巴の馬が馬車を引く羽目にもなった。同じ場所に留まっている間が心配だったものの、その手前で街道の分岐を通っていたせいか、追っ手が現われることはなく。
 すんなり帰ってくるより半日遅れで帰還した冒険者達と、予定より少し遅れた五人とは、メイディアの指定された家まで到着した。
「落ち着いたら、そのスケベ野郎をぶったおす依頼でも出してくれよな」
 別れ際に巴がそう声を掛けたら、五人の中で一番若い妹が言った。
「あなた、女の人だったの?」
 全然気付かなかったと、それまでの緊張を滲ませる発言だったが、周りにいた三人は一様にそっぽを向いた。
 大笑いしている迎えのエリカはともかく、謝る兄弟達も義姉達も、当人の顔は見られなかったようだ。