素敵な下働きへの招待

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:13人

サポート参加人数:1人

冒険期間:02月11日〜02月16日

リプレイ公開日:2009年02月21日

●オープニング

 パリの街のとある場所では、数日前から賑やかに作業が行われていた。
 集まっているのは騎士に魔法使い、その見習いにたまに聖職者、後は城や月道管理塔などのいわゆる宮仕えの人々とその家族達だ。
 やっていることは、大半が荷物運び。

 地獄への門、道と色々と呼び方はあるが、そうしたものが開いたがために多数の人々が被害にあい、またデビルと戦うために地獄と思しき場所へと向かった者達がいる。その門番たるケルベロスは倒したものの、新たなデビルが来ることは必定の中、同様のことが起きたらすぐに動き出せるようにとまずは物資の支度を整えているところだ。
 これは国からの命令ではなく、有志の行動だ。大量の物資を持ち込んだ中に、国王の荘園の管理人やブランシュ騎士団副団長の奥方がいようと、その使用人が荷物を運んでいても、とりあえずは有志の志である。王宮の高官はもっと政治向きのことで働いてくれればいいのだ。
 故に集まっている人々も、仕事の時間をやりくりを付けて来ているのだが、中には本人は出向けないからと物資だけ送ってくれる人がいる。名前を伏せていたりもするが、黄色はじめ色とりどりのリボンで目録が括られていたところを見れば、ブランシュ騎士団各分隊からだろう。
 おかげで、品物は多く、積み込む馬車もかろうじて準備できたが、実際に区分けして積み込んだりする人手が足りなくなっていた。いくらパリの街とはいえ、物が物だし、大量なので終夜分かたず見張りが必要なのも大変だ。
 けれども倉庫に仕舞っては危急の事態に間に合わないかも知れず、出来るだけすぐ動かせるようにするためには、寄付された品物を確かめ、分けて、馬車に積み直すような仕事も必要だ。
「もうちょっと人手が欲しいな」
 それは、誰もが思っていることだった。

 そうして、この作業に携わる者の中には、月道管理塔のウィザードのアデラ・ラングドックがいたのである。
「人手が欲しいんですのよ〜」
 彼女が冒険者ギルドに乗り込んできたのは、その夕方のことである。

●今回の参加者

 ea0926 紅 天華(20歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea1225 リーディア・カンツォーネ(26歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1787 ウェルス・サルヴィウス(33歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3852 マート・セレスティア(46歳・♂・レンジャー・パラ・ノルマン王国)
 ea9085 エルトウィン・クリストフ(22歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ea9517 リオリート・オルロフ(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ロシア王国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec0193 エミリア・メルサール(38歳・♀・ビショップ・人間・イギリス王国)
 ec3546 ラルフェン・シュスト(36歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ec4061 ガラフ・グゥー(63歳・♂・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ec4441 エラテリス・エトリゾーレ(24歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)
 ec5210 リンデンバウム・カイル・ウィーネ(47歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

リュシエンナ・シュスト(ec5115

●リプレイ本文

 別にお茶会ウィザード・アデラの悲鳴じみた要請ばかりが原因ではなかろうが、様子を耳にして手伝いに来てくれた冒険者は十名あまり。アデラと知人であるかどうかなど関係なく、あちこちの人からよく来てくれたと歓迎され、そのまま仕事に引きずり込まれていた。
「ふむ、長丁場になりそうだな」
 非常に的確、かつどう見てもそうだよねという状況を理解した紅天華(ea0926)は、危うく力仕事に連れて行かれるところだったが、まかない担当希望である。自前の道具に寝袋まで持って、やる気十分だ。
 持ってきたサーモンは、もちろん料理の材料に。更にアリスティド・メシアン(eb3084)からクッキーや紅茶、ハーブティーが、ラルフェン・シュスト(ec3546)からも大量にサーモンが持ち込まれ、ガラフ・グゥー(ec4061)が寄付した鍋の上に山を為している。エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)ば焚きつけか雑巾にと壊れた桶と大分ぼろになった服が提供された。
 それらの仕分けや飲み物準備を手伝っているのはリーディア・カンツォーネ(ea1225)とラルフェンの妹リュシエンナだが、傍らにはマート・セレスティア(ea3852)の姿もある。
「これ、ちょっと貰っていい?」
「働いてからですよ」
 実際はどうあれ、お菓子が欲しい駄々っ子とそれを嗜めるお姉さんの図の近くでは、天華の飼い猫が爪を研いでいた。つまみ食いは駄目だと、天華に見張りを命じられたらしい。

 現場での食べ物準備はさほど人数を割く必要もなく、仕事の基本は力仕事である。寄付などで集まる物資は色々で大量で、そこにリーディアの持参した芋がら縄、アリスティドからレーションリング、鳳双樹(eb8121)は緑の豆、ガラフからは鍋の他に木材と毛糸の靴下、リンデンバウム・カイル・ウィーネ(ec5210)からも木材の提供があった。
 これらの品物に、ウェルス・サルヴィウス(ea1787)とエミリア・メルサール(ec0193)は感謝の祈りを捧げてから、エルトウィン・クリストフ(ea9085)は元気に、
「じみ〜な作業なら任せて!」
 元気のよい掛け声と共に、まずは仲間達からの寄付品を所定の仕分け場所に運び始めた。

 山と詰まれた箱や袋を、まずは全部開いて中身を確認する。一応ゲルマン語で中身は書いてあるが、数までは分からないことはほとんどで、箱や袋の大きさはまちまちだ。これを数えて、仕分けして、出来るだけ同じ大きさの箱に詰めなおすのが仕事の一つである。
 商人でもあるリンデンバウムが王宮や月道の文官と一緒に、目録を作って品物の管理が適切かつ速やかに行なわれるように手配する。たまに武官が入って、一両の馬車にどんな品物があれば戦場で役立つかの助言も貰って、割り振りを考える。
 行き先が地獄の只中で、物資を使う中には異世界の人々まで混じっているので、途中から相談の中に加わったガラフが箱に分かりやすい絵を描いておいてはどうかと提案した。そもそも文字が読める者ばかりではないし、人が入り乱れれば読める言葉も同じとは限らない。誰でも分かる絵か紋様があれば、現地での中身の取り違えもなくなって時間の節約になろう。それが場合によっては、誰かの命を救うかも知れない。
 絵を描く者が揃うかと、時間短縮が必要だと相談が交わされて、最後は絵というより紋様化した記号に落ち着いた。ついでにその記号を焼印出来る道具を造ろうとなる。それが間に合わないうちは絵を描くし、絶対に間違えないように馬車の側面と幌に頭文字が何を示しているのか、各国語で記すことにした。
「欧州各国は言葉が似ているからよいがのぅ。他国の言葉が書ける者が多数いないと辛いぞ」
 本人はジャパン語と精霊碑文が少し書けなくもないガラフが、焼印に細工する絵を描きつつ、大丈夫かとリンデンバウム達を見上げた。リンデンバウムはジ・アースの言葉なら大抵分かるが、アトランティスの言葉は知らない。と思ったものの、月道管理塔からアトランティスの言葉との対比表が貸し出されてきたので、なんとかしなければならないようだ。
 以降、リンデンバウムは目録作りと仕分けの指示、加えて馬車等への記号一覧の転写、ガラフはその作業を書ける言葉で手伝いつつ、合間に記号を描いては職人への発注に細かい案を出している。
 この作業には、他にも何人か駆り出されて、中で一番活躍していたのがエミリアだった。イギリス、ゲルマン、ラテン、アラビアの四ヶ国語に通じ、古代魔法語と精霊碑文も書く。アトランティス側でも古代魔法語と精霊碑文はジ・アースとほぼ同じらしいので、誰かが読んでくれるだろう。
 これはデビルやその手の者が物資への汚染を画策したりする危険性を心配していたエミリアには、よい配置場所でもある。なにしろ扱うのは、この後は封をされて運び出されるまで厳重に警備される直前の品物だ。デビルが紛れ込んでいる可能性も考えて、ディテクトアンデッドを適時使用しているが、周囲は魔法にも慣れているから神聖魔法に警戒がない。見た目は黙々と仕事をしているエミリアだから、誰に疑われることなく目的と仕事の両方を達成し、特に異常も見付からなかった。
「治療のポーションにソルフの実‥‥無駄にしてはなりませんね」
 段々作業にも慣れてきて、割れ物は壊れにくいように詰め直したりもしている。

 それだけ作業をすれば、どうしたって喉が渇いたり、空腹になったりする。短時間だけ手伝う者とて、水の一杯も飲んでから帰りたいだろう。
 当初に比べ、突如材料と道具と専従者が増した炊き出し場所には、リーディアが大きな水瓶になみなみと水を、竈の大鍋にはお湯を用意して、水でも白湯でも、寄付のハーブティーでも紅茶でも飲めるように準備していた。
 でも、なぜか大量においてある『ムーンロード』なる雑草茶は避けておく。なにしろその破壊力の噂は只者ではないからだ。これは、最後の手段?
 飲み物については完璧なそこでは、食べ物は多彩だった。天華が『まずは手を洗っていただきますをしてからだぞ』とおたまをふりふり言っているが、特に奪い合わなくても美味しいものが食べられる。やたらと鮭料理が多いのは、寄付の都合。
 天華が作ると、基本は華国風。そこにノルマン風やらイギリス風、料理については元々多彩さを持つ最近のノルマン料理に冒険者の腕が加わって、どこかの料理屋のように皿が並んでいる。
「皆の口にも合ったようで何よりだ」
 時間が掛かるものも手掛けていた天華は、晴れ晴れとした顔で額の汗を拭っていた。次は林檎のパイを作ろうと考えているのだが、その横では彼女の飼い猫が似たような仕草で顔を洗っている。
 そんな天華の料理が色々出来上がった頃合を見計らって、リーディアは長時間働いている人々に『休憩どうぞ』と声を掛けて回り、自分は物資の箱詰めに回っていた。

 そうやって日が暮れると、燃料が勿体無いので作業は大体一区切りだ。たまに夜中の仕事帰りに立ち寄って何かしていったり、寄付を置いて行く者もいるから、物資の見張りと共に受け付けもいるが、動き回っているのは見回りの者くらい。
 これが基本の仕事なのは、マートである。パラだからというだけでなく、非常に飽きっぽい彼は、日中行われている作業のほとんどに適性がないので、他の冒険者に口を揃えて『寝ていなさい』と言われたのだ。元々夜間の見回りに適したレンジャーだし、当人もそれを希望しているので、問題はないはずだが‥‥
「ちぇ、おいらのいない間に、なくなった料理がきっとあるんだ〜」
 すやすや寝ていたくせに、美味しいものを食べ逃したかもと文句たらたらである。
 それでも美味しいもの食べたさで、ちゃんと時間ごとに変わる相棒と一緒に見回りはこなしていて、異常なしの報告をしていた。

 日が変わろうと、皆がやることは変わらない。
 エラテリスが魔法で天気を確かめたら、曇っているが雨はふらないと出たので前日同様にあちこちで品物の検分が行われている。これを屋内、テントの中でとなったら作業が進まないこと甚だしいので、今のうちにどんどん仕事を進めなくてはならない。
 その中で、初日からひたすらに荷物を詰めた箱の積み込みを行っていたエルトウィンだが、男性ほど力があるわけではない。どれだけ頑張っても、流石に疲れが見えてきた。
 同様の作業をウェルスも続けていて、こちらは男性だが、やはり疲れてきた。熱心のあまり、ほとんど休んでいないので当たり前だろう。
 流石に貴重なポーション類も入っている箱を落としてはならないから、途中から二人で安全に箱を馬車の荷台に運びあげることにした。それでも体格がよい者も多数いる力仕事の場では、細くてやや小柄な二人組に見えたようで、どちらとも面識のない男性が一人、手を貸してくれた。助けてもらったら例を言うのが当然と、二人ともそちらに顔を向けたが、男性はエルトウィンの顔を見ると踵を返してしまった。
「あ〜、時々あるんだよね。キミが気にしなくてもいいよ」
 ハーフエルフのエルトウィンは、相手の不自然な態度を気にも留めていないが、ウェルスは何か言いたげだ。こんな時は言葉より態度のほうが雄弁だと分かっていても、志を同じくする仲間なのにと思う。
「口より身体を動かしたほうがいいよ」
 励ますべき相手に励まされてしまい、ウェルスはなんともつかない表情をしばし浮かべていたが、やがて黙々と働き出した。
 まずは物資が必要とされるところに、寄付してくれた人々の善意と共に届くよう、それが誰かを守ってくれることを願いつつ。
「神のご加護と豊かなお恵みがありますように」
 この気持ちだけは、この場の誰もが変わることはないはずなのに。

 ここで繰り広げられているのは力仕事が多いが、中にはレミエラの添付された武器は扱いが少し異なる。少数だが魔力が付与される効果のレミエラを装着された武器が届いていて、アリスティドはそれが間違いなく魔力を帯びているのかをアイテムで確かめているところだ。魔力を消費するので、一日中従事してはいられないが、確認できる者が限られるので明日も同じことをすることにはなるだろう。
 元々冒険者も城勤めの騎士達も、自分の慣れた武器を携帯する。現地でレミエラの装着は出来ないから、騎士団などでは魔力付与の算段を整えたり、レミエラをそれぞれで入手したりしているようだ。ここにあるのは、予備である。
「そうやって考えると、流石に豪勢な」
 アリスティドはそう呟いて苦笑しているが、合間にはまったく別のことも考えていた。それはバレンタインデーだが大切な相手への贈り物が用意できなかった多忙な人向けに指輪を寄付しようとしたら、『そういうのは選ぶのも楽しみだから』と妙に熱の入った口調で責任者に返されたことではなく、有事の際にテレパシーで連絡を取る許可を求めた時のこと。
 仲間内でなら構わないが、テレパシーは声と違って相手の区別がつけにくい。魔法発動の瞬間を見ていなかったら、目視出来る位置からの連絡だとたばかられる可能性は捨てきれないからだ。
 冒険者は普段少人数で依頼にあたり、テレパシーの使い道も事前に相談しているから、騙される心配は滅多にしない。けれどもこういう時には確かにそうした心配も必要かと、アリスティドは今更のように考えているのだった。

 同じことを考えているのは、双樹もである。こちらはオーラテレパスの使い手だ。
 地獄との戦いは他国からの軍勢、冒険者も加わっているから、パリにももしや言葉が通じない者がいるかもしれないと思っていたが、アリスティド同様の指摘を受けて、色々考えを巡らせている。
 もちろん、その間も黙って立っている訳ではなく、延々と荷物を運んでいるのだが‥‥
「デビルはなにしろ、ずるがしこいことばかりしてくる相手ですからね」
 補給の内容と経路を学び、進軍の際に役立てようと思っていた双樹だが、いきなり課題を突きつけられた形だ。
 この話はあちこち伝わって、ラルフェンも頭を悩ませていた。ともかくも働くことが最優先と、皆の意見は揺るがないのだけれど、デビルとの戦いは物資と共に知力での準備も重要だと再確認中だった。こちらもオーラテレパスの使い手だから、休憩の合間にバード達も集まっていい方法はないかと相談する。
 指摘した騎士さえも、たまたま気付いたことで、明確にどうしたらいいとまでは考え至っていない。合言葉を決めれば周知するのが大変、特に戦場では合言葉が漏れたら大混乱間違いなしで難しい。
「補給の事を考えてきたのが、宿題を出されたわけか」
 基本的に魔法は目視出来る位置にいる相手か、テレパシーなら知っている相手でないと通じない。目視の距離で付け込まれることは滅多にないだろうが、それぞれが注意すべきだと肝に銘じたのだ。
 具体策は出ないが、偵察に出る人々にはこの点を注意して、情報を受ける側も油断しないようにしなくてはというあたりで話はまとまった。
 他に考え付かなかったのもあるし、なにより作業は日を追って忙しくなるので、頭が追いつかないのもある。考え事をしていると、一両の馬車に積む箱の数を間違えそうになる。遠方から今になって届けられた荷物もあり、その確認と整理と箱詰めと‥‥仕事は尽きない。
 そうして、エラテリスが日暮れ時にぼやくのである。
「もうちょっと、長い時間使えればいいんだけど」
 額に汗して働くという言葉がぴったりの様子のエラテリスは、特に小柄な身体で両足を踏ん張って荷台に箱を押し上げていた。双樹も一緒なのは、これが武器の入った他より重い箱だから。荷台ではラルフェンがそれを受け取って、よいしょと他の馬車と同じ指定の場所に収めていく。
 一つの箱に入っているものは、大体どの箱も中身は同じ。箱の大きさも同じ。荷台で置かれる位置も大体同じ。中身が著しく違うものには、一際大きく中身を示す記号が描かれている。馬車の荷台には、これまた記号が何を示すのかが各国語で記してあった。エラテリスやラルフェンの生まれた欧州の言葉は横書きで、双樹の故郷の東洋は縦書きだから、遠目にはなんだか模様にも見える。幌にも同じことが、出来るだけ大きく、でも見やすいように工夫して描いてある。
 そうしたものを照らすのは、エラテリスのライトの魔法で作り出された光球だ。効果時間が短いが、燃料を使うなら荷物に入れたい人ばかりで、ライト、ホーリーライトの魔法があちこちで輝いている。
 それで箱を積み、その報告を済ませ、今度は順番で見張りをして‥‥時間が経つのは、あっという間だった。寝ている時間も惜しいほど。

 そう。寝ている時間が惜しいので、何人かはアデラが持ち込んだ迷茶『ムーンロード』に手を出した。エラテリスが、作った本人を横に、
「それは、その、あの」
 と口ごもっている間に飲んで、
「ほ〜ら、まずいって言ったろ」
 マートに『それ見たことか』と笑われている。
 でも、確かに目は覚めたかもしれない。行動の正確さが保たれるかは、とても心配なところだけれど。