ゴーレム工房 〜ゴーレム移送

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月26日〜03月03日

リプレイ公開日:2009年03月10日

●オープニング

 その日、ウィルの王都のゴーレム工房内部、風信器開発室には、朝一番で不機嫌そうな表情のお客人がやってきていた。目的は半分ここに住んでいる二人のゴーレムニストに書状を届けることだ。
 開発室を自称する一応責任者のナージ・プロメとそのお目付け役のユージス・ササイは、それぞれ自分宛の書状の封蝋を確かめた後に広げて読み始めた。
 それからしばし。
「なんだかぁ、ユリエラさんからぁ、怒られてるみたいなのよぉ」
 自分宛の書状を読み終えたナージが、それをユージスに差し出しながら言った。
 ユージスも自分宛の書状をナージに渡して、貰ったほうの文面に目を落とし、
「これは『みたい』ではなく、絶縁状に近いお怒りの文面ですよ。あの人、文句なくセレのエルフだから」
 こう返事した。
「何がいけなかったのかしらぁ」
「部下のしつけが出来てないってことでしょ。尻でも叩けば分かりますかね」
 何が書いてあったものやら、どちらも故郷であるはずのセレ分国ゴーレム工房の長からの手紙だというのに、緊迫感はあまりない。でも、内容はとんでもないのではないかと、開発室のほかの面々は考えている。
 なにより、セレ分国からいらしたお客人は、相変わらず不機嫌そうだ。
「ユリちゃん、怒りんぼ〜」
「それが耳に入ったら、将来もセレに召還されませんよ」
 緊張感の欠片もない二人の会話に、お客人の額のしわがくっきりと深くなって、その唇から溜息が漏れた。
「ユリエラ様も多忙を極めている折のことで、いつもより神経質になられていますが」
「え〜、ユリちゃんはぁ、いつもよぅ」
 話の腰をいきなり折られて、額を押さえている。
 でも立ち直ったのは、ナージの性格もよく知っているからだろう。
「お二人には、ユリエラ様のお腹立ちにもう少しご理解をいただきたいのですが」
「お仕事にぃ、集中したいのねぇ」
「十分に留意しておきましょう」
 ナージはともかく、ユージスの応対で納得したらしいお客人は、それからしばらくはセレの近況を話して帰っていった。

 同日の昼頃。今度は度々風信器開発室にやってくる冒険者が、ユージスを訪ねてきた。
 ちなみにこの冒険者、依頼で来たことは一度もない。でも工房の中に入れてもらえる、珍しい人物だ。大体ユージスが招いたことになっているらしい。
「いつものがこれ。こっちが例のやつ。これは、あぁ、似顔絵」
 びっしりと細かく字の書かれた大量の羊皮紙を持参して、置いていく。これはユージスが目を通してから、工房のどこかに運ばれていくが、どこに行くのかを知っているのはあと一人二人だけだ。
「ねえぇ、それ、なぁに?」
 ナージもなんだか知らなくて、尋ねている。
「冒険者ギルドの報告書のまとめですよ。人型ゴーレムの運用状況や参加している工房関係者は確認しておかないと」
「大変ねぇ」
 そういう方面はまったく関知しないナージは、吟遊詩人が持ってきてくれたメイのお菓子とやらを開いて、お茶の準備をしている。

 同日の夕方。風信器開発室には、一つの指示が届いていた。
「うちはぁ風信器の開発室なのにぃ」
「仕事ですよ、仕事。しかしこのブンドリ号修繕監督って、修理費の捻出は工房でやってくれるんだよな」
「壊したのが工房派遣のあのお馬鹿だから、仕方がなくて‥‥どこからこんなお金を出すのよ!」
 先だって冒険者ギルドの依頼で派手に壊れたフロートシップの修理の監督まで任されて、げんなりしている人々がいる。

 ウィルのゴーレム工房・風信器開発室より、冒険者ギルドに依頼。
 ウィルの国より冒険者ギルドに無期限貸与される人型ゴーレムはじめとするゴーレム機器を、専用格納庫に移送するために必要な人手を派遣すること。移送後の整備についても同様。
 それと共に、専用武装の製作、開発等の予算折衝を中心とする会議も行われるので、意見具申があれば受け付ける。以前に意見具申があったもののうち、精霊碑文の記載は風信器素体で継続実験されているが、それ以外は棚上げ状態。理由は予算がないか、人手がないか、緊急性が薄いか。
 それに追加して、冒険者ギルド専用フロートシップの一隻ブンドリ号の修理も行われているため、技能と共に材料の提供もあればありがたい。

●今回の参加者

 ea0144 カルナック・イクス(37歳・♂・ゴーレムニスト・人間・ノルマン王国)
 ea0324 ティアイエル・エルトファーム(20歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ノルマン王国)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4213 ライナス・フェンラン(45歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4578 越野 春陽(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 ec1984 ラマーデ・エムイ(27歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)
 ec4600 ギエーリ・タンデ(31歳・♂・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)
 ec5004 ミーティア・サラト(29歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

 ゴーレム移送を中心とする依頼に応じて冒険者ギルドから派遣された扱いの十名は、文官一人、ゴーレムニストが六人、鎧騎士が三人だった。文官の信者福袋(eb4064)とゴーレムニストでは越野春陽(eb4578)もゴーレムは操れるので、鎧騎士のオラース・カノーヴァ(ea3486)、ライナス・フェンラン(eb4213)、エリーシャ・メロウ(eb4333)と合わせて、半数の五人が主な仕事となるゴーレム移送に携わることになる。
 後の五人、カルナック・イクス(ea0144)、ティアイエル・エルトファーム(ea0324)、ラマーデ・エムイ(ec1984)、ギエーリ・タンデ(ec4600)、ミーティア・サラト(ec5004)も雑多な仕事が待っている。
 最初に示されたのは、冒険者ギルド用のゴーレム機器格納庫だが、
「これは、別の建物にする意味がわからないのだけれど」
「単に後から付け加えたから。増築より隣に建てるほうが簡単で、色々区別が付け易いんだろう」
 春陽が思わず問い掛けたほどに、その建物は近かった。冒険者ギルド側の格納庫は特にひさしが長く伸びていて、ゴーレム工房側の建物と接しそうだ。雨が降っても濡れずに移動出来るだろう。
 流石に格納庫間の移動をするには、双方の出入り口が離れている上に、それぞれがだだっ広いので移動距離はそこそこにある。
「この距離だと、グライダーの移動はかえって気を使いそうですね」
 一度工房側から飛び出して、どこかで反転して戻ってくるか、それともそろりと飛び立って低速で移動させるか。複数人が作業に携わる場合には、どちらか決めておかないと事故の元だ。
 それと人型ゴーレムは全員が搭乗出来るが、グライダーとチャリオットはそうはいかない。特にチャリオットはライナス一人しか操縦出来ず、それもあまり慣れていないので、作業中の周辺状況にも注意を払わなくてはならないだろう。
 手順を相談して、それで問題がないか工房側とすり合わせて、先方の都合もあるので移動は二日に分けて行うことになった。

 ところで、ブンドリ号というフロートシップがある。普通の船に推進機関等をつけ、ゴーレム魔法を付与した旧式と呼ばれるものだ。名前の由来は、以前に起きた事件の際に船体を確保したといえば聞こえはいいが、『敵』から分捕った船だから。
 『敵』の正体はいまだ不明、カオスの魔物が関与していることは疑いようもなく、更に衛生面で非常に問題があったものを消毒したとはいえ流用しているので、見た目は綺麗とは言い難い。挙げ句に前方に大穴が開いていて、修理というより大規模修繕の様相を呈している。
 これがどうしてこうなったのかは、実はオラースが知っているが、ユージスの『操縦士が無茶した』以上の説明は面倒かつややこしいので、放置してある。今回はそういうことを知りたがるラマーデが、こちらも諸々あって元気がないので問い質す人がいなかったせいもある。
 修理はほぼすべて船大工達がやるが、細かいところで他の職種も関係してくる。その調整をするのがゴーレムニストの主な役割で、こうなるとナージかユージスの出番で、それを見て勉強するのが皆の仕事だ。
 そしてもう一つ重要なのは、冒険者ギルド専用格納庫に入れた機体の整備である。こちらも大体はそれぞれの整備専門家が携わるのだが、細かい動きは実際に操縦してみないとわからないことも多いし、冒険者ギルドの機体ならば冒険者でもある彼らがいずれは整備全てを取り仕切れるようにならなくてはならない。文官は、もちろんその全面支援をすることが求められるだろう。
「がぁんばってねぇ」
 ナージは相変わらずのほほんと、十人にそう言った。

 初日、午前中は打ち合わせと場所確認で終わってしまったが、午後からは人型ゴーレムの移動が始まった。どれから動かしてもいいのだが、格納庫にどう収めるかは一応決まっている。奥に入れるものから移動させることになっていた。
「バガンから行くぞーっ。足元を不用意に歩き回るなよ」
 オラースが工房側の格納庫で、見物に出張ってきた風信器開発室の少年少女に声を掛けてから、バガンに乗り込んだ。起動させて、関節部の動きを一通り確認してから、ゆっくりと歩き出す。
 続いてライナス、エリーシャ、春陽とそれぞれバガンに乗り込んで、隊列を組んでいるかのような一列になって歩き出した。そうする必要があるわけではないが、目的地が同じだから自然と一列になる。
 その行列が二順目になったところで、ライナスが風信器で連絡を寄越した。
『どうも左の膝関節に引っ掛かりを感じるんだが』
「左の膝ですか。確認しますので、修理用の台座に向かってくださいな」
 工房側の格納庫で風信器の前に陣取っていた一人のミーティアが返事をしている間に、こちらは携帯型風信器を持ったカルナックが、ギルド側格納庫に控えているティアイエルとギエーリ、ユージスにその内容を伝えた。不具合の確認は、後ほど鎧鍛冶師が外装甲を取り外すところから始まるが、どういう感触だったかを聞き取りしてもらわないといけない。
 異常の報告は人型ゴーレムではこの一騎だけだったが、途中で福袋がバガンやグラシュテを『比較的廉価』と言ってしまったことで、一騒動起きていた。相手は福袋の教育役ダーニャだ。
「作るだけで五千ゴールド掛かる代物を、廉価と言うなんて、神経が疑われるわよ!」
 もちろん福袋が『人型ゴーレムの範疇で比較するなら廉価』と言ったのは、ダーニャも承知している。だがしかし、経理担当文官には聞き捨てならない言葉だったようだ。ちなみにバガンは千四百ゴールドくらい。売値はもちろんそれの何割増しか。売り渡す相手がウィルの国内と他国とでは、それも異なる。
 そういう大切な商品でもあるのだから、作っているものが廉価などと評してはいけないのだと、滔々とお説教である。他の者が口を挟むとややこしくなりそうなので、周囲は黙って見ているが、説教の端々に出てくる金額が大きいので、ギエーリとティアイエルが揃ってユージスに『もう少し安く作る方法は』とお伺いを立てた。
 返答は、『素体材料から鍛冶師、燃料まで、各地から租税と賦役の納税にする』だった。ダーニャが言うのは、素材の買い付けや働く人々への給料などの各種支払いをきちんと行った場合の金額だからだ。現在はたまに材料が納税されたもので賄われる以外は、御用商人が持ってきたり、各所と直接取引きで入手した品物で作られる。当然雇われている人々には、その仕事内容に応じた報酬も支払われていた。
 ゴーレムニストも鎧騎士も、普段そうした方面にはあまり触れないものだから、思わず聞き入ってしまった者もいる。ギエーリなどは、後になってから福袋に色々頼んでいたようだ。
 そんなことはあったが、人型ゴーレムの移動そのものは滞りなく終わって、今度はミーティアも含む鎧鍛冶師の出番である。一緒にティアイエルと春陽、カルナックにオラースも張り付いて見ていた。ラマーデは輪に入りきれずに後方でうろうろしていたので、ユージスに輪の中に押しやられている。
 鎧鍛冶師達が外装甲を取り外して、点検する。これで異常がなければ素体を確かめて、修正が出来なければ素体廃棄となるのだが、
「ああ、ここが原因ですね。一日あれば直せると思います」
 ミーティアが膝に当たる装甲の内側に出っ張りを見付けて、削ればよいだろうと見立てた。それで問題なしと、先輩格の鍛冶師も頷いている。直して、もう一度取り付けて、動きを確かめるので一日から一日半くらいだろう。他の機体も外装甲に異常がないか、鍛冶師達の確認も入ることになっている。
 二日目はグライダーを春陽とエリーシャが、チャリオットをライナスが移動させている。チャリオットは一人しか動かせないのでまっすぐ移動だが、前日のことがあるのでグライダーは周囲を一巡りしてみることにしていた。どちらもこれといって不具合はないが、外装甲がいささかくたびれているものが幾つかあるので、それは移動させてから修繕が入ることになっている。
 全部の移動が終わったのは、ひっきりなしで移動させた甲斐があって昼頃のことだが、冒険者ギルド配備分一式が並んだ格納庫を見て、エリーシャが感嘆の声を上げた。
「分国王に準じる程の大領主でなくば、これ程の数と質を有する事は叶わぬでしょう。ジーザム陛下のご英断に竜と精霊の祝福のあらんことを」
「その分働けってことじゃねえのか」
 オラースが思っていても口にしてはいけない類のことを言ったものだから、エリーシャから睨まれる一幕もあったが‥‥どちらの言う事も真実であろうから、聞いている側は苦笑したり、困惑したり。どちらにしても、これまでよりよほど簡便な手続きで使用出来るのだから、鎧騎士にとってはその腕を振るう機会も増えるだろう。
「壊れた時の修繕費って、どうなるのでしょうねえ」
 福袋が皆をぎょっとさせる発言をしたが、流石に操縦者の故意の破壊行動によるものでもなければ壊した本人に負担させることはないだろうとのこと。反面、もしも故意や皆から絶対に無理と言われたような行動で壊せば、新規作成費用の支払いを迫られるということだ。
 と、身を乗り出してきたのはラマーデで。
「それって、費用を負担したらゴーレムも作らせてもらえるってこと?」
 彼女は出身のセレ分国の工房に見学したいと申し入れて、しこたま叱り飛ばされ、出入り禁止を申し付けられたのだが、仕事先のウィルのゴーレム工房の人々にはその辺りが伝わっていない。ユージスとダーニャからは一度きつく『事前に連絡もせず、他の工房に出向くな。冒険者ギルドの依頼なら、依頼以外のことにかまけるな』と言われたがそれだけだ。
 どうしたものか良く分からず、ユージスやナージの荷物もちをさせられて過ごしていたが、流石にゴーレム作成の話となると元々の性格が出てくるものらしい。昔馴染みのギエーリやエリーシャが心配する落ち込みぶりだったし、他の者も対応に困るので元気になってくれたほうがいいのだが。
「それですがね、黄金製の人型ゴーレムを作成するとなると‥‥概算で最低百二十万ゴールドは必要になりますよ。ウィングドラグーンの五割増しくらいです」
 福袋がギエーリに頼まれていた費用概算をした結果を、さらりと報告してくれた。高収入者が多い冒険者でも、かなり非現実的な金額だ。
「ドラグーンって、ええと八万十ゴールドくらい?」
 春陽が速やかな暗算をしてみせたが、正確なところを知っていそうな人々は答えない。ダーニャが福袋の耳を引っ張りつつ、
「維持費も掛かるから、すごい金額なのよ。それを一から作るとか、別のことに流用したいなら、まずは実績と信用が必要なの」
 これだけ言った。
 でも、今度はティアイエルが身を乗り出している。
「フロートシップも、そんなにお金が掛かるものなの?」
 ティアイエルにしたら、ついでにカルナックや春陽などもだが、フロートシップ、ゴーレムシップに掛かる費用も興味のうちだ。作るのならば、細かいところまで色々と知識があったほうがいいに決まっている。
 これにはユージスが、『その半分くらいだったかな』とちょっと自信なさ気に答えた。ブンドリ号ならもっと安いが、形がフロートシップ向けではない普通の帆船なので、離着陸がかえって難しい旧式のフロートシップだ。ゴーレムを複数載せるとか、馬を乗り込ませるには向いていない。そういうものは帆船なら用途ごとに形が異なるので、フロートシップはもっぱらゴーレム機器用に偏っている。
 なんて辺りでいい加減時間も遅くなってきたので解散になったが、『なんか誤魔化されたかも』と思う者もいなくはない。
 翌日、ナージに風信器の値段を尋ねた者がいて、『二十ゴールドくらい』と教えてもらったが、後ほどダーニャがすっ飛んできて、『使用出来るチャンネル数で違うわよ』と念押ししていった。ちなみにナージが使用可能な最高範囲の風信器作成魔法を使って作ると、素体作成費から全部合計で二百ゴールドくらいの時もあるそうだ。もちろんナージは風信器開発室など構えて咎められない実力だから、工房内でも風信器だけなら五指に入る。他はともかく、となるけれど。
「そんなたいそうな人には見えないけどな」
「見た目で人を判断したり、そうなんでも口にするものではない」
 オラースとライナスの会話は、やっぱり皆の思うところをいい具合に突いている。とはいえ、こういう仕事を任されるのだから、ナージとて相応の信用と実績と、対応能力があると思われてはいるのだろう。
 しかしと、ブンドリ号の修理を皆で見に行く途中で口を開いたのがカルナックで。
「ゴーレム工房の出入りって、どこもそんなに厳しいものなのかな」
「そりゃあ、ラマーデお嬢さんが随分と怒られたみたいなので‥‥厳しいのでしょうね」
「イムンの人が帰ったって聞いたから、普通に行き来できると思ったのよぅ」
 語尾がナージみたいになっているラマーデは相変わらず本調子ではないが、つられたのかギエーリも言葉が少ない。これはこれで、よく知っている人々には奇妙なもので、対するときに調子が出なかったりする。いつものように矢継ぎ早に喋られても、それはそれで大変なのだが。
 まあ、ミーティアが鍛冶師仲間に聞いたところでは、ゴーレム製法の基本はもちろんウィルの工房から各地に教えられたものだが、各所で独自に開発した技術がウィルの分国間でも売買されて、ウィル工房に入ってくることがある。特にセレにはそういう技術が多く、その流出には非常に気を使っている上に、セレのエルフは仲間内を大事にする傾向が大変強い。言い方を変えれば、余所者にとても厳しい。セレの工房長はオーブルとは違って激しい性格をしているとも伝わってくるから、それが工房全体の空気を作り上げてもいるだろう。ウィルの工房でゴーレムニストになったナージやユージスも、余所者認定されているらしい。
 でも交流がないわけではなく、二人とも度々セレからの使者と面会して、両者を繋ぐ役割を果たしている。これは今でも変わらないし、そのうちにセレから招聘の申し出があれば帰るのではないかとウィルの工房の人々も考えている。その場合の大前提、ナージがオーブルを諦めるというのがあるのだが。
 ちなみにイムンの人々は、いずれ戻る前提で修行していたのが、予定より早く戻ることになって大変だったようだ。今は大分落ち着いたが、冒険者ギルドへ配備されるゴーレム機器を専門で面倒をみるゴーレムニストも鍛冶師も文官も手当て出来ないので‥‥当座はナージとユージスがゴーレム工房の仕事と兼任して、手が足りないと今回のように依頼を出すことになりそうだ。もちろん工房で日頃働いている者も、兼任である。
 そんな話は出たものの、本日の仕事はブンドリ号の修理の手伝いだ。船大工が忙しく働いて、開いた大穴を直していく。オラースも関係者の一人との思いがあるからか、相変わらず素っ気無いことこの上ない物言いだが木材を運んだりしていた。カルナックも手伝おうとしたが、こちらは『うまいものが食いたい』なる希望があって、オラースが提供した兎餅などと一緒に暖を取るためだろう焚き火のところに放り出されている。ゴーレムニストとして顔を売ろうと、彼が決心したかどうか。
 ティアイエルと春陽は、旧式フロートシップらしいゴーレム搭載のし難さや冒険者用なら騎獣のスペースの必要性、なにより船体の古さなどを気にして、細々としたところを確認していたが、大規模改修などするくらいなら作り直したほうが安いかもしれない旧式フロートシップである。そして、そんな金銭の余裕は工房にも冒険者ギルドにもない。
 もしもゴーレムも騎獣も載せられて、更に船足も速いフロートシップやゴーレムシップとなると、一から設計したほうがいいだろう。作るのには、その分日数がどうしても掛かるが最大効果を見込むなら、それが一番である。なおシップ系はゴーレム機器輸送が主目的とされているのは、現在新規開発を試みている工房の人々の思惑でも変わりない。
 よって、船舶設計技術の持ち主達がゴーレム機器全般と騎獣と冒険者まで乗せられる船の案を頭を寄せ合って相談している。それ以外の者は様子を覗いたり、修繕の手伝いをしたりしている。手伝いといっても荷物運びか、細々したものを整理しておくか、そんなところだ。
 実際は現場の様子をつぶさに見ること、作業の手順を知ること、それから直接的な繋がりが人型ゴーレム作成の鍛冶師や細工師より薄くなりがちな船大工と顔見知りになっておくことが重要だったようだが。なにしろ魔法については、修理の際は手順が普通と違うとかで、これまた見学のみである。
 代わりに風信器を作る作業が遅れたと、ゴーレム生成が使える者は一人一つずつ魔法付与を体験させられた。自分で風信器の素体を運んで魔法陣に設置して、魔法付与して成功したら、魔法が浸透するまで一日おいて、翌日は素体に外装を施してくれる職人のところまで持っていくのだから、『させられた』でいいだろう。
 素体とはいえ軽くはないから、結局ライナスやオラースが手伝った者もいる。福袋は別の仕事に扱き使われて、大抵別行動だ。
 整備そのものは極端に調子が悪いものはなく、ブンドリ号はもう少し修理に日数を要するものの、予定通りの日程が進んでいる。どうも工房側は移動させる機体の整備状況に一番不安があったようなので、再確認もしたが問題はなし。
 というわけで、最終日にはこれまでの提案事項の確認などが行われることになった。

 五日目。場所は風信器開発室。
 ここだからと言うわけではないが、風信器へ精霊碑文の刻印をしたものの試験結果が壁の大きな木版に記された。チャンネル数を一から五まで、現行存在するすべての種別で試した結果、いずれも通話に関係する魔法の碑文だと一割前後の送受信距離の延長があった。多少の差の発生原因は不明。音が良くなったという意見もあるが、これは主観も混じるので『多分そうだろう』という程度だ。ちなみに他の魔法の碑文は刻んでいない。
 これを気にした春陽の疑問、精霊碑文を読む必要はない。もう一つ、刻まれた文字が破損した場合だが、ちゃんと稼動するものをわざわざ壊して試そうなんてダーニャとナージが許すはずもなく、今のところ実戦投入されたうちの一台が修復不可能なほどに破損した例があるが、精霊力の暴走や最初の傷がついた時点での通話不具合は起きていない。
「念のため、あらゆる状況を試したほうがいいとは思うけど」
「いやぁよぉ。それでなくてもねぇ、足らないのよぅ?」
 ナージが反対を貫くし、確かに風信器の増産が掛かっているので、今すぐとはいかないようだ。天界の神話の喩えが効いたのか、ユージスは色々試したほうがいいと考えている様子もあるが、彼は工房の都合を優先する。
 人型ゴーレムの内部で風信器が暴走したら怖いよねーと、ギエーリとラマーデが真剣に考えていたが、制御胞内部の風信器は座席の後背に接している。ここがひどく壊れるような損傷の場合、中の鎧騎士のほうがすでに危ういとライナスが指摘したり。
 ゴーレム魔法のことは全然だが、やはりゴーレムについては詳しい鎧騎士や天界人ゴーレムパイロットを見ているうちにカルナックがゴーレムニストもゴーレム操縦が出来たほうが便利だろうかと、やはり鎧騎士兼ゴーレムニストのユージスに尋ねたが、これはあっさりと否定された。ゴーレムニストに操縦出来る者がいるのは、鎧騎士の経験を理解しやすい利点があるが、全員がそうである必要はない。実際ユージスはシップ系の魔法付与が出来るが、操船はまったく出来ないのだ。
「相手の言うことをちゃんと理解できればいいってことかな」
「自分の経験をきちんと伝えられる話術と語彙も必要だな。出来れば説明は手短に」
 後半のギエーリを見てからの言葉で、見られた当人は、
「僕ももちろん、仕事の際にはそのように心掛けておりますとも」
 堂々と返したが、そうかと心底納得してくれた者は少ないだろう。なにしろ自分の努力のほどを語り始めようとして立ち上がり、エリーシャとミーティアに椅子に無理やり座らせられている。
 ゴーレム操縦は工房長のオーブルとて実際に乗り込むことはないのだから、無理に気張らなくてもよい。すでに知っている者が重用されることもあろうが、それならばカルナックのレンジャーやティアイエル、ラマーデ、ミーティアのウィザード、ギエーリのバードの技能も何で役に立つか分からない。それは技能ばかりではなく、知識についても言えることだが、
「しつこいですが」
 こう前置きして、春陽が申し出たのが、鎧騎士の訓練の一環に災害時の即応できる体制作りのことだ。訓練の一環であるから、これにはゴーレム機器を使用することはもちろん、緊急時に即応できるようにするための日常訓練も含まれるだろう。
 ゴーレム機器云々は仮に脇に置くとしても、災害時の対応は領主の責任だろうと言うのだが、これに応えたのがゴーレムを使用することで生まれる経済波及効果の計算を手伝った福袋だった。
 皆で囲んだ卓の上に広げたのは、色々な計算が書かれた羊皮紙だ。ゴーレムを今までとは異なる作業にも駆り出した場合、どの方面で金銭や人が動くかという概算が書いてあるらしいが、ちょっとだけ分かったのはギエーリとティアイエルとオラースで、後はどこを見たらいいのか迷う。
 ざっくばらんな解説では、ゴーレムの増産で特に工業系の活動が活性化して、様々な職人が恩恵を受ける可能性が高いとのこと。港を整備すれば、人の動きが活性化することも考えられる。
「ですが、実際にこれをすると、これまで工事に携わることで生活していた人々は弾かれます。そうした人々が鎧騎士であることは、ほぼありえませんから」
「天界に巨大な橋梁を作る技術やその工事のための道具があるのは、複数の天界人に聞いた。一人で動かせるそうした道具が多く、災害でも工事でも役に立つらしいな。そういうのを見ていたら人の手と牛馬はまだるっこしいだろうが、ウィルの国でこれだけの金が動く場合、増税がある」
 そんな道具があるなら見てみたい、ゴーレムとどう違うのかしらと、ラマーデとティアイエル、なぜかミーティアまでが色めき立ったが、やはりエリーシャにたしなめられる。
「そうでなくとも、そのようなことは工房のみで決められることではありますまい。鎧騎士の養成も、災害時の素早い対応も重要なこと。その両方を鑑みた意見として、上申はすべきかと思いますが」
 増税と聞いて表情が暗くなった春陽だが、エリーシャの意見にユージスが頷いたので、やや困惑気味だ。増税などと言われれば反対だろうと思ったのだ。これに対しては、ユージスは元々乗り気ではなかったようだけれど、『有言実行なら見所がある』と言う。
 春陽が度々こうしたことを言い、先だっては実際に災害復旧にゴーレムが使われる依頼にも参加していたのを確認したそうだ。
 そうして、お鉢はティアイエルに回ってくる。こちらは空き時間に、延々と『ビーストゴーレムの設計図』というのを描いていたが、人型ゴーレム以外の操縦は鎧騎士が自分の体と造りが違うことから扱いを憶えるのが難しいところが問題だ。でも、そういう形でも動かしやすいゴーレムが出来れば、また開発状況も違ってくるだろう。
 なんて急に言われても、ティアイエルもきょとんとしてしまったが、自分に足りない技能を考え始めた。
 ラマーデも相変わらず黄金製人型ゴーレムの夢は捨てていないし、ギエーリもドラグーン製作に滞りがありでもしたらシルバーゴーレムが国内最高峰になってしまうのは国の威信に関わると熱弁を振るったけれど、こちらはナージに却下された。
「ちゃんと人型ゴーレムをねぇ、いっぱい作ってからぁ言うものよぉ」
 経験が足りないのだから、仕事をどんどんこなして、人型ゴーレムのことを十分に知ってからの提案でなければ、他の職人が動いてくれないということらしい。ついでにお金も出してはもらえない。個人で負担できる額ではないのは、すでに説明があった通りだ。
 そうしたら、また福袋が口を開いた。
「自分で使うことは少なそうですが、『カオスの魔物やデビルにダメージが与えられる武器』は早急に作れませんか。ゴーレム武器への魔法付与の計画がすでに動いているのは承知していますが、それだけで量産は出来かねるでしょう」
 自分が作りたいのではなく、現実にゴーレムにのって戦う人々が一番求めているものではないかとの言い分は、それはそうだと特に鎧騎士達の同意を得た。エリーシャはそのために武器が魔力を持つ以外に、長槍はじめウィルの騎士達が使う一般的な武器で、魔物への対抗を考慮して重く突撃に向いたものと具体的な希望も出した。これもカオスの魔物と対峙したことがある者からは、ぜひにと推されている。
 その辺りはミーティアが加わっている依頼で、別に計画が進んでいるが、福袋があげたレミエラはまだ手付かずに近い。これは望む効果を持つ代物を作り出すまでの手間が掛かることもあるし、流通経路と量の問題もある。
 なにより、そこまで手を回したらナージとユージスは本来の仕事に手が回らなくなって、風信器の作成が滞る。
「レミエラを試したければ、そっちの担当に口は利く。でもこちらは運んだゴーレムの維持管理と‥‥状況が安定していれば、シップの魔法付与を一通りやってみるか」
 人型ゴーレムになるかもしれないが、それはその時の様子で異なる。きな臭いことがあれば、それに絡んで別のことで呼集が掛かる可能性もある。
 もちろん鎧騎士にも武器の開発で模擬戦や、場合によっては実戦も考えられると話があった。
「あのね、せんせ」
「鉄で試したいとか言う前に、まず工房全員に顔と名前を覚えてもらえる位の実績を積め」
 色々話している内に元気をすっかりと取り戻した様子のラマーデがナージにすりすりと寄っていったら、ユージスにおでこを爪先で弾かれた。
 実績を積めとは、工房関係者全員に向けられた言葉でもあったろう。