この薬を、あの方の元に

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月23日〜03月28日

リプレイ公開日:2009年04月03日

●オープニング

 ウィルの冒険者ギルドに、その日尋ねてきたのは行商人と騎士の集団だった。
「荷物を運んで欲しいのだが」
「中身は薬草と保存食、あと布です。ほとんど食料になります」
 目的地は騎士達の主君がいる領地で、荷馬車でゆっくり行って二日目の夕方に到着するくらい。
 普段は行商人がウィルで仕入れた品物を届けに行くのだが、最近この領地までの途中の地域に魔物が出るようになった。姿からすると、黒きシフールと呼ばれる下級の魔物が数体だ。
 やることは、冒険者や騎士達が度々『地獄』と呼ばれる場所で出会う魔物やジ・アースのデビルに比べればささやかで、人の生死に関わることは滅多にない。
 馬車馬に小さな怪我をさせて暴れさせたり、手綱を切って馬を逃がしたり、時には通る人に泥をぶつけたり、小さな荷物をを掠め取っていったりする。一度だけシフール郵便のシフールが掴まって、殴る蹴るの暴行を受けたが、これは幸いにして自力で逃げ出して、現在療養中だ。
 このシフールの目撃証言から、相手から黒きシフールだと判明したが、当のシフールはじめシフール郵便の面々からは『ちょっと姿が似てるくらいで、シフールの名前を使われちゃ腹が立って仕方がない』との苦情も入っているそうだ。

 それはまあ別に考えるとして、依頼は荷物を運ぶことである。行商人は同行しない。荷物を整え、馬車を用意しておくので、それを目的地まで運ぶ。御者もいないので、馬を操れる者がいることが望ましい。
 行商人が同行しないのは、家族にそんな危険な時期に行かなくてもいいではないかと懇願されたためだ。初孫がもうすぐ生まれるのにと言われ、騎士達にも領主には事情を伝えるからと窘められて、初老の行商人は冒険者ギルドの利用を思い立ったのである。
 そうして騎士達は、行商人が頼まれたのとは別に個人毎に領主や領内の家族に届けて欲しい品物や手紙があり、それを馬車に積んでもらうことで依頼料の一部負担を申し出ていた。
 故に連れ立って依頼に出向いてきている。

 ギルド側からは、魔物退治を依頼にして、それが終わったら行商人が出掛けていってもいいのではないかと尋ねたけれど、それでは荷物の到着日が遅れてしまうので急ぎたいとのことだった。
「あそこのご領主は足を痛めてましてね。ご本人は我慢強いし、年のせいだから仕方がないっておっしゃるけど、薬草が遅れて辛い目にあわせたくはないですしね」
 でも行商人が無理に出掛けたら、それはそれで無茶をしてと怒るだろうとは騎士の弁だ。騎士達が戻れればいいのだが、それぞれ役目があってウィルにいるので、勝手に帰ることも出来ない。
 そうした事情は分かったが、塗り薬を取り出して『これは効果があるだろうか』と真剣な顔で尋ねられても、そのご領主の症状を知らないギルドの人々には答えようがない。

●今回の参加者

 eb4181 フレッド・イースタン(28歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb9419 木下 陽一(30歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

 荷物をかなり積んだ馬車が二両、宿場町に入ってくる。一頭立てだから、物慣れた商人なら荷物の見た目の割に重くはないと察したろう。ついでに馬に詳しければ、片方の馬が荷役馬にしては相当体格がよいことにも目を留めただろうが、他の心配事があるのでそこまで注目することはなかった。
 心配事とは、この先の道にカオスの魔物が出ることだ。この頃にはその話は結構有名で、どうしたら被害を受けずに済むかと顔見知り同士で相談していたりする。
「そのあたりだけ、速度を上げて突っ切ったら駄目なのかな」
「それで成功する時もあるが、馬に怪我させられて横転した馬車もあるからなぁ‥‥」
 もちろんそうなると人も馬もただでは済まないが、この時は他にも馬車がいたので、すぐに救助された。それでも大損害だが、魔物に殺されるよりはましだろう。
「もう一日二日待って、数を揃えて移動するつもりなんだよ。あんた達もどうだい?」
「俺達、約束の日が近いから‥‥仲間と相談するよ」
 大人数で移動すれば安全のようだと聞いて、馬車の移動ですっかりと痛くなってしまった尻を擦っていた木下陽一(eb9419)はよろよろしながら乗ってきた馬車に戻った。噂がないか調べたほうがいいと言ったのはフレッド・イースタン(eb4181)だが、彼ももう一人の依頼を受けたエリーシャ・メロウ(eb4333)も鎧騎士だからか、今ひとつ商人らしくは見えないのだ。服装も気を使い、武器は目立たないように隠して出発したが、準備の段階で見送りに来た依頼人達が口を揃えて『似合わない』と言ったのだから、相当であろう。
 木下が見た頃、姿勢が良すぎるのと言葉遣いが違和感をかもし出す原因のようだ。今回はまず見た目が問題なので、服装を念入りに準備して、情報収集は木下が請け負うことになった。
「どうでしたか?」
「擬態はシフールだけだから、何種類も出てくることはなさそうだ」
 馬の世話をしていたフレッドが尋ねてくる。連れている馬は依頼人が用意していたものから、彼自身の馬に替えているので世話も慣れた様子だ。エリーシャなど目立たないようにと戦闘馬を繋ぎ替えて来たので、周りの馬より一際大きな馬の世話の真っ最中だ。
 木下が聞いてきたのは、出てくる魔物の様子。シフールに擬態して出てくることはあるが、人間などに化けたことはないので、警戒するのはシフールに見えるものだけでよい。当のシフール達には迷惑なことだが。
「我々のすぐ後に別の方々が通るとなると、撃ち漏らしは避けないといけませんね」
 生真面目にエリーシャが考えているが、実際のところ相手の存在を確認する術を彼らは一つしか持ち合わせていない。エリーシャの持っている石の中の蝶がそれだが、これは魔物が近付いたことを知らせるだけで、数や距離、方角は分からない。それで撃ち漏らしがないようにというのは、かなり困難だ。それでも、出会う人のうちシフールにのみ注目すればいいと分かれば、索敵の方法も絞り込める。
 後は道の様子を確かめて、出来るだけ広いところで迎え撃てるように馬車の速度を調整しながら行くことにした。狭いところは目立たない程度に速度を上げ、広いところでゆっくりと。
 その辺りの相談は実に手早くまとまった。この手の依頼で一緒になるのは初めてではないから、互いのこともそれなりに分かっている。エリーシャが依頼人達に慕われる、目下の者に心配りを欠かさない領主を困らせないように、魔物退治共々輸送もきちんとやり遂げねばと思うのに、二人も同意していた。
 よってフレッドとエリーシャは自分の馬を連れてきたのだし、木下は出発前に細々とした奪われやすい荷物を大きな箱にまとめていた。その箱の積み方は依頼人の行商人が馬に負担が掛からない方法を教えてくれ、フレッドが船を操る時の知識で解けにくい紐結びで固定してある。
 最後に木下が天気の様子を見て、雨にはならない曇天やよしと出発することになった。もちろん他の人々には考え直せと言われたが、薬を運んで急いでいると言っての出発だ。嘘ではないので、この時は三人共に口は滑らかだった。

 宿場町を出発してしばし、先を進む馬車の荷台で、木下が呟いた。
「サス付きのゴムタイヤが懐かしい‥‥」
「何が懐かしいと? 天界のお話ですか?」
「うん。乗り物なんだけどね」
 それはきっと早いことでしょうと、エリーシャは世間話の面持ちだ。油断はしないが、緊張もしていない表れだろう。戦闘馬のファーも、本来すべきではない仕事を従順に良くこなしている。
 やがて二両の馬車は、問題の地域に差し掛かった。エリーシャは緩い緩い上り坂に差し掛かった辺りで、少しずつ速度を落としていく。馬の様子はどちらも余裕があるのだが、速度は重いものを積んでいるかのような様子だ。
 フレッドもその辺りは心得ているから、合わせてゆっくりと馬車を進ませる。
 すると、前の馬車の荷台の後ろから木下が顔を出して、叫んだ。
「馬が蹄に石を挟んだみたいなんだ!」
「わかりました。私も様子を見に行きましょうか」
 少し休憩もしましょうと返して、フレッドは言葉通りに一両目の馬車に近付いていく。辺りの様子を確認するように、彼と木下も視線を巡らせて‥‥やや離れた藪の向こうに、何が群れているのを見付けていた。
 この時期の藪の影に、蝶の羽模様が見えたりしたら目立つに決まっている。商人相手では見付かることもなかったからか、警戒心が見るからに薄い。
 気付かないふりをして、馬の様子を見に馬車から降りた三人は、エリーシャの馬を頚木から外して馬車から少し離す。これは魔物を追うための準備だが、馬の世話として不自然ではない。
 この頃になると、木下はともかくフレッドとエリーシャには魔物がこちらに注目している気配が背中を向けていてもちりちりと感じられる。馬車が並んでいるから、どちらに手出ししようかと品定めしている気配だ。
 結局、フレッドが少し間をおいて離れた馬にちょっかいをかけることにしたらしい。エリーシャが念のため薬を取ると言って、馬車の中に槍を取りに向かうと、姿を消すこともなく荷台の下に移っていった。
 そこから、馬に近付こうとしたのが二体、馬車の中に潜り込もうとしたのが三体。途中で木下がそちらを見たので慌てて隠れたが、一瞬でも数を見て取る彼の視力の程を知らないから様子を伺っていたのも僅かのこと。
 荷台の中には、シフールと同じくらいの大きさでは運び出せる荷物などないから、すぐに目標を馬と人に変えた魔物達は高速詠唱が出来るほど魔法に長けてはいなかったらしい。馬車の下だと思って詠唱を開始した魔物が出た途端に、馬の背中に鋭い爪を立てようとした別の魔物がエリーシャの槍に腹部を貫かれた。
「こいつら変な奴っ」
 どれか一体の上げた魔物主観にしてもあまり賢くない悲鳴など気にせず、木下は魔物が下にもぐりこんでいる馬車の荷台を蹴りつけた。普通ならここで人も馬も慌てるのだろうが、魔物の予測に反して三人と飼い主に手綱を取られた二頭は動じない。
 何の魔法だったか分からないが魔物がてんでばらばらに飛び出してきたので、木下も魔法詠唱に掛かった。彼も高速詠唱は出来ないが、いきなり見付かったことで平常心を欠いている魔物が的確な反撃をしてくるとは思わず、また他の二人が攻撃は防いでくれると思って、かろうじて見える一体にヘブンリィライトニングを落とす。
 その間に、怪我をした一体以外がそれこそ四方に逃げようとするのを、馬上の人となったエリーシャが追いかける。フレッドは自分のほうに向かってきた一体に、シルバーナイフを投げる。羽を切り裂いたナイフはレミエラのおかげで手元に帰ってくるから、何を言うこともなくまた一投。ものすごい悲鳴が上がったが、仲間が助けに来ないところが魔物らしい。
 エリーシャは最も早く逃げに転じた魔物を追っているが、流石に飛ぶ魔物は必死に高みに登って逃走を計る。槍の届く高さではないが、エリーシャとて勝算もなくただ追いかけているわけではない。
 曇天とはいえかなり明るい空から、雷が降った。抜群に視力が良い上に双眼鏡を懐に隠していた木下が、見える範囲に効果を及ぼせる魔法を使うと多少の距離は意味を為さない。魔物が宙でよろめいて高度を落としたところで、鞍上に伸び上がったエリーシャが槍を一閃した。それですぐには消えないと見て、更にもう一度。
 こちらも絶命の叫びには耳も貸さず、馬首を巡らせて馬車のあるほうに戻る。フレッドも魔物相手に奮戦していたが、エリーシャが戻ったのを見て叫んだ。
「一体、姿を消しました!」
 エリーシャが倒したのが一体、木下が魔法で消し飛ばしたのが一体、フレッドが止めを刺したのが一体、今まさにもう一体に雷が落ちて、フレッドが走ってそれを追いかけているところだ。移動速度ならエリーシャのほうが速いが、魔物探知が出来るアイテムを持っているのは彼女だけ。それに反応があるのを見ながら、周囲に気配がないか探るが‥‥
 木下の詠唱があって、もう一度雷を落とされた魔物がフレッドに追いつかれて、サンショートソードで斬り付けられる。その姿はあっという間に塵になって消えた。
 そうして、エリーシャの石の中の蝶の反応も、そこで消えてしまう。
「取り逃がすとは‥‥」
 心底口惜しそうにエリーシャが呟いたが、他の探知方法がないので彼らには追いかけられない。それでもしばらく足を止めて、周囲の様子を確かめたりしたのだが、やはり魔物の反応はどこにもなかった。
 この先の道の警戒と、帰路に叶う限り探してみることとして、三人はもう一つの依頼である荷物を届けるために出発した。

 目的地で無事に荷物を渡し、帰り道にも警戒を緩めなかった三人だが、取り逃がした魔物を見付ける事は叶わなかった。
 だが途中ですれ違ったり、追い越し、追い越されした人々のいずれもが、魔物の被害に遭ってはいなかったので一安心。折があればきちんと退治したいが、まずは依頼終了を報告せねばならない。
 それと、鎧騎士達の家族から預かった手紙を渡すのも、大事な仕事だった。