●リプレイ本文
「ここに積んである箱、全部そうです!」
「一つずつでいい。でも急いで入口まで運んでくれ」
「ここのを全部ね。わかった」
冴木美雲(ec6326)が足元の定かではない部屋の中、来た道を大荷物を抱えて走り出した。その前後に、同様に動きを制限されないぎりぎりの重さと大きさの荷物を抱え、土御門焔(ec4427)や風烈(ea1587)も走る。
「そのゴーレムに、四つくらい抱えてもらいましょう。ロープならありますから」
「フィリオネ、停止して」
周囲の様子を伺いつつ、ルイス・マリスカル(ea3063)がシシリー・カンターネル(eb8686)の連れたストーンゴーレムに手際よく木箱を括りつける。足は遅いが、人より多数の荷物を持てるなら運んでもらわねばならなかった。当然二人も、それぞれ一つ、二つと箱を抱える。
「皆さん、防衛お願いっすよ」
空飛ぶ絨毯が置かれた建物の入口手前では、クリシュナ・パラハ(ea1850)が一声叫んで木箱を置き、奥にとって返す。同様に木箱を抱えてきた元馬祖(ec4154)がものも言わずにオーラボディをまとって、守護の体勢をとった。他の者は、ただひたすらに建物の奥と入口とを行き来して、木箱を抱えてくる。
カオスの魔物とデビルが求める品物、木箱の中身をすでに聞き及んび、建物の外で防衛線を張っているレフェツィア・セヴェナ(ea0356)、アマツ・オオトリ(ea1842)レインフォルス・フォルナード(ea7641)、アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)の四人にも扉の内側の気配は察せられる。
エイジス・レーヴァティン(ea9907)だけは、仲間達の行動に目もくれず、迫り寄る魔物達に冷たい視線を投げていた。
ディーテ城砦の左門から入って、一時間ほど。
目的の建物までの道のりは、幸いにしてはっきりと分かっていた。近くにカオスの魔物がいるかどうかを関知するアイテムもあり、一行はそれほど苦労せずにそこまでは到着している。
けれど、一見何の変哲もない建物の周囲には、確かにぶよぶよと蠢くジェルが徘徊していた。遠目に分かるくらいだから相当数がいるだろう。更にこの辺りに来ると、まだ見付かっていないのが不思議なくらいに魔物の反応があった。
ここまで来ると、もう魔物を避けていることは難しい。それでも多少偵察の心得があるものが近くまで行って、罠の有無や扉の様子を確かめた。
罠はおそらくない。中のものを取りに来た魔物達が引っかかっても馬鹿馬鹿しいので、そこまでの警戒はしていなかったようだ。
扉には鍵穴が一つ。この鍵が失われて、中のものが取り出せないでいるのだろうか。
「馬鹿だね〜。でも、何が入っているんだろう」
「鬼が出るか、蛇が出るか、何が眠っているのやら」
エイジスと烈が、傍目には緊張感のない様子で小声の会話を交わしている。そのすぐ横で小さくなっている美雲は、信じられないようなものを見る目付きでそちらを眺めていた。依頼初参加でここまで来てしまった美雲にしたら、目にするものの大半が気味の悪いものばかりだ。
だが総勢十二名の他十一名は、こうした依頼にも慣れている。焔とクリシュナは建物の内部構造を知ろうと、ここまでの道のりを書いた地図と見える範囲の光景からどこの壁に張り付くのが安全かと相談していたが、偵察をした馬祖やルイス、各所を観察したレインフォルスの報告から、どこも結局ジェルを退治しないと駄目だと分かる。となれば、魔物との戦闘も避けられまい。
この時点で決まっているのは、扉の鍵明けを試みるが馬祖、内部の構造確認が焔で、音を探るのがクリシュナ。仮に扉が開かなければ、ルイスのドヴェルグの黄金か馬祖のクイックラストの魔法、他の者の力技で開けることになりそうだが、いずれが有効かはまだ分からない。
そうして扉が開いた折には、焔、クリシュナ、馬祖、シシリーと美雲、護衛を兼ねてルイスと烈が内部で魔物達が求める品物を探すことになっている。
残るレフェツィア、エイジス、アマツ、アルトリア、レインフォルスは、内部の探索が終わるまで入口を死守しなくてはならない。首尾よくモノを手に入れたら、今度はそれを守って、地獄から脱出する。
魔物が求めている品物がわからないのが難点ではあるが、魔力を探知する方法も揃えてあり、内部でもたつくことはないと思われた。
だが最初の難関は、まったく別のところにあったのである。
「まるで見えないね。何の魔法だろう」
「こっちは反応がない‥‥ですかね?」
「壁面全部、無理です」
建物が内部に侵入を試みた魔物を弾いたことから、なんらかの魔法の罠があることは察していたが、建物全体が魔法の代物ではエックスレイビジョンは効果がない。馬祖が試みた鍵の構造確認も出来ず、自分の指先の感覚に頼ることになった。当然、時間が掛かる。
クリシュナのバイブレーションセンサーは建物内部の音らしいものを伝えず、周辺に集まってきた魔物やジェルモンスターの出す振動が騒がしい。もちろん、それを迎え撃つ仲間達の足音が一番大きな振動だ。
建物の入口を中心に、ぐるりと大きな半円を描くようにしているのは、外部で迎撃を担当する五人のうちのレフェツィア以外。レジストデビルを付与してもらい、扉が開いた折に探索班が魔物の追撃なく駆け込めるように、近付く魔物とジェルを迎え撃っている。
流石に四人では手が足りないから、四人の作る半円のすぐ内側は、それぞれ扉まで一、二動作で駆けつけられるような距離を保った探索班の烈やルイスがいる。いずれもが、中空からも襲ってくる魔物に対抗し、手早く片付けるために、叶う限りの最大威力で攻撃を当てていた。この点は魔法使いも、仲間を巻き込まない限りにおいては同じだ。
そうしていること二十分あまり、見える範囲のジェルモンスターは一通り退治し、魔物達の攻勢も一時的にだろうが収まった頃合に、馬祖が長く詰めていた息を吐いた。
「魔物の反応は‥‥ない」
「こちらも大丈夫ですね」
烈とルイスがそれぞれ魔物探知のアイテムの反応を皆に知らせ、今のうちにと内部に滑り込む。灯りはシシリーと美雲、馬祖が持った。
「中にあるのはモレクの遺産? こうしてやってくる者への罠でないことを祈りますわ」
好奇心を抑えきれないという顔でシシリーが呟いて、何人かに振り返られて赤面したが‥‥誰も何も言わなかったのは、その反応が理由ではなく。
「何を探せば良かったんだっけ?」
美雲が誰にともなく指示を仰いだが、誰一人として返答は出来ない。
二十メートル四方、平屋作りだから、高さは一番高いところで五メートル程度。窓が点在していることから、冒険者のいずれもが内部に幾つか部屋があると考えていたのだが、丈夫そうな柱が等間隔に並んでいる以外に壁はなく、内部は大きな一部屋だったのである。
そうしてその部屋中に、箱や袋に入れられたり、ただ積み重ねられたりと、雑多な品物が数え切れないほどに置いてあったのだった。
内部に一団が突入してからしばらく、建物の外は静かだった。
「何がどうなっているのかな?」
前哨戦では人手もあったからか、かろうじて狂化をまぬがれたエイジスが不思議そうに首を傾げている。あいにくと魔物を探知する方法は、外に残った面々にはない。だから透明化して魔物を見切るには、気配を見逃さないように神経を研ぎ澄ます必要があるのだが‥‥そんなことをせずとも、辺りで様子を窺っているのが分かる。気配を消しきれない連中が、うろうろとしているのだ。
「まだ、中に入って十分です」
アルトリアが時計を見て言うが、その十分の間に魔物は一体も襲ってこないのだ。扉が閉められていて、中に入れないと手出しを控えるくらいなら、最初から襲ってこないだろう。
「人数が減ったら、ここぞとばかりに攻め寄せてくるかと思ったが」
アマツの言い分ももっともだが、先程も襲ってきたのは下級の魔物ばかり。数を頼みにしていたが撃退されて、様子見に転じた可能性もある。
「または、援軍待ちだな」
「そろそろ効果が切れるから、今のうちに掛けなおしておく?」
レインフォルスの予測ももっともだが、それにしては魔物達の様子が不自然だ。おろおろしているように見える。
いずれにしても、前線四人で建物全方位は守りきれないから、扉を中心になる。今のうちにレフェツィアにレジストデビルを掛け直してもらう。その発動光で刺激される魔物が出るかと思いきや、それもなかった。
「もしかして‥‥」
こちらが扉を守っている間に窓から侵入を試みているかと、周囲を巡るのに人を裂いても異常はなし。
ならば、中から狙いのものが運び出されてくるのを待っているのだろうと、五人は今のうちに体力魔力の回復を行って、その時に備えることにした。
内部では、予想より広い空間に手持ちの照明を全部灯し、二、三人ずつに分かれて放り込まれているものを確かめていた。最初のうちは烈が水鏡の指輪で魔力があるものを選び取ろうとしていたが、あまりに多すぎて意味を為さず、結局自分の目を頼りにすることになったのだ。
「これは戦場で拾い集めた武器防具の類に見えますね」
ルイスが言う通りなのだろう。雑多な品物が無造作に放置されていたり、場所によっては妙に整然と並べられていたりする。大切なものなら丁寧に扱っているのではないかと、半ば願うようにしてそうして品物を優先で探してみるのだが、そういうところに限って土埃にまみれた保存食の山だったりするのはどういうことか。
「使えるものがいっぱいなんでしょうが、こうなると判別が付かないですよ」
暗いのもあって、もしや『あれではないか』と思うものもたくさんあるが、判然とはしない。クリシュナでなくても欲しいものが多分ごろごろしているが、それを抱えていると作業が進まない。魔力があるアイテムというだけなら、魔物達があれほど必死に手に入れようとするはずがないので、目標のものを探し当てるのが先だ。
「地獄は混沌としていますが、ここは更にひどいですね」
シシリーもフェアリーにランタンを持たせて、懸命に置いてあるものを掻き分けているが、目立って他と違うものは見出せない。これで他と見た目は変わらないのだったら、見付けられないと不安になるが‥‥言っても詮無いことなので口にはしない。
「これだけ全部運び出せれば、いい補給になるけれど、外はどうかしらね」
「さっき連絡したら、魔物は様子見に転じているそうだ」
馬祖が剣の束を脇に置いて、その奥の壁際にあるものを覗いている。隣ではランタンを両手にした美雲が、他に引火しなさそうなところを選んで、馬祖と近くの烈の手元に置いていた。
「珍しいものと言われても‥‥」
「大事そうに梱包されているものでもいいさ」
一作業を終えてから美雲も中を漁りだしたが、天界人で冒険者経験これまで皆無の彼女にはいずれの品物も珍しい。烈に言われて、じゃあと布包みや箱を探し出した。烈もここまで来ると、梱包されているのではないかと、そういうものを探す。
段々に、皆がむき出しのものよりそうでない物を探して、外の五人がじりじりと五十分ばかり待った頃。
「あ、宝石」
美雲が色とりどりの宝石が入った袋を見付け、ルイスがどれと覗きに近付いて、宝石の袋の脇にそれを見付けた。
女性でも簡単に運べそうな大きさの木箱が二十個あまり、壁際に沿うように低く詰まれて置いてあった。これまでの箱は蓋がないものがほとんどだが、これはきちんと閉まる蓋がある。
それどころか、厳重に封がしてあった。
「ようやく出番ですか。今度は役に立てるといいのですが」
さっそく焔がエックスレイビジョンで中を見て、魔物の反応が周囲にはないと言われたのに声を潜めた。
「このくらいの、白い玉が詰まってます」
何のことか分からない美雲が『ピンポン玉みたい』と思ったそれの正体を、他の者は正確に察した。
デスハートンで奪い取られた、人の魂。ゲヘナの丘で捧げものにされているものだ。
魔物達が探しているのは、これに違いない。
魔物が取り戻したいだろう物のことは、テレパシーリングで事前に外にも知らされた。魔物にそれが聞こえるわけはないが、これから運び出すものを知っての緊張を察する程度の知恵があるものもいるのだろう。少し包囲の輪が狭まったようだ。
レフェツィアのユニコーン、アルトリアとレインフォルスの戦闘馬など、荷物を運べそうなものを入口近くに置いて、その飼い主とエイジスとアマツが警戒の素振りを見せ始めた頃に、扉が開いた。
箱を全部入口まで持っていって、空飛ぶ絨毯や馬達に載せて、一路味方がいるところまで走る。問題は馬などはともかく、空飛ぶ絨毯はたくさんのものを運べるが、上の荷物を固定する方法があまりないこと。
それと、魔物が黙って見送ってくれるわけはないことだ。
焔や美雲、馬祖、クリシュナ、レフェツィアが箱を絨毯やユニコーン、馬に積む。
その合間に、シシリーのグラビティーキャノンが魔物の多いところ目掛けて放たれる。他の方向から襲ってくる魔物は、アマツやルイス、烈、レインフォルスとアルトリアがオーラやCOで迎え撃つ。エイジスだけは、もう防衛の陣を抜けて、より強そうな敵がいる方向に走り出していた。
余裕があれば狂化した彼への援護も考慮できるが、今の状況ではまず無理だ。下級の魔物の攻撃程度は跳ね返す準備をしていたというのを信じるしかない。実際、魔物を滅する能力においては、狂化していても他の者に劣るわけでなし。
空を飛ぶものが多いとはいえ、大抵は地上近くまで来たところを斬りあげるか、COで吹き飛ばすかして対応しているうちに、なんとか箱はすべて積み終えた。
「後のことは構うでないぞ!」
アマツの一声に見送られて、アルトリアとレインフォルスが馬、レフェツィアがユニコーンを駆けさせる。馬祖が空飛ぶ絨毯に念を込め、一応の護衛にルイスと烈を乗せて宙に飛び出した。
当然魔物はそちらに向かう。今度は邪魔をするのが冒険者の側だ。
絨毯に群がる魔物と、箱に覆い被さって奪われるのを防ごうとする三人と、後ろも見ずに愛馬を駆けさせる三人。それに魔法と技とで追いすがる五人と敵を求めるもう一人。絨毯も馬も、一度魔物を振り切ってしまえば簡単には追いつかれないから、ほんの数十メートルを乗る者はそのために必死で駆けたが‥‥
絨毯に積まれた大きな木箱を一つ、十数体掛かりで上の三人の腕をようやく引き剥がした魔物達が奪い取った。その途端に、辺りの魔物が木箱を守って密集隊形を作り、幾つもの魔法と技とを喰らって大量の塵を生み出しつつ、それを運んでいった。
それでも人の側に運び込まれた白い玉は大量で‥‥その本来の持ち主達の安否も、住む国、世界すらも分からないままに確保されることになった。