●リプレイ本文
アデラが拾った山羊の梅さんは、顔付き目付きの凛々しい奴だった。
もちろん瞳は縦長。そんなきりっとした目付きの梅さんの前には、まだ夜も明けやらぬ早朝からマート・セレスティア(ea3852)が座り込んでいた。じっと見るのは、梅さんの逞しい後ろ足。
「食べ応えありそうだな〜。やっぱり丸焼きだね」
もうちょっと太らせたほうが美味しいかもしれないが、大きさは悪くない。
そんな風にすっかり梅さんを食べるつもりのマーちゃんは、ただ今うっとりと楽しい食卓を夢見ている。
ちなみにこの時間、アデラも家族もまだ寝ていた。
同じ頃。
「お館様、また迷ってみたいです‥‥ここどこでしょう?」
きっとパリの街は迷宮なのですと口走りつつ、文月太一(ec6164)は言葉通りに道に迷っていた。目的地はアデラの家のはずだが、周囲が薄暗いこともあって、正しい道がどこだか分からない。
そのくせうろうろするから、目的地と違う方向にどんどんそれる。もう少し人通りが出てこないと、彼が道を尋ねる事は叶わないだろう。
そうして、あってなきが如しの集合時間よりかなり早くに、サラフィル・ローズィット(ea3776)とリュヴィア・グラナート(ea9960)の二人が現われた。今回も当然のごとく、マーちゃんが食卓で皿に残った料理の最後の一口まで食べようとしていたが、二人とも気にしない。
なにより今回は、お茶会とは別に仕事があるのだ。しかも他人様が関わるとなれば、アデラにだけ任せておくことは出来ない。ジョリオにしっかりして欲しいところだが、仕事が忙しいのでは仕方がなかろう。アデラが梅さんを肉屋に連れ込まないように注意してくれただけ、良かったのである。
「梅さんというのは、飼い主の名前ではないかと思うのだが」
「アデラ様、どうしても食べたいとおっしゃるなら飼い主の方を探して交渉してからですわよ」
手拭に名前となれば持ち主の名前であるほうが可能性は高い。それとジャパンの名前の付け方からして、雄山羊に梅はなかろうとリュヴィアが言う。
手拭は梅の花模様で、結構使い込まれている。女性が使っていても不思議はないので、梅さんの飼い主は女性かもしれない。サラとリュヴィアが触ったところ、生地は元々薄めだったようだ。冒険者が持つものよりは、普及品だろう。とはいえ、それもあくまでジャパンでの話。
「持ち主はジャパンの方ですかしら。こちらにお住まいの方か、商用でいらした方か。ジャパンから連れてきた山羊なんてことは」
「「ない」」
珍しくアデラまで断定口調で、サラの意見を否定した。この二人が言うのだから、わざわざジャパンからヤギを連れてくる者は滅多にいないのだろう。まあ、多少面構えは違うかもしれないが、山羊ならノルマンにもいることだし。
となると、どこから探索の手を広げたものかと二人が悩んでいると、なにやら賑やかな歌声が響いてきた。
「迷子の迷子の雄山羊さん、あなたのおうちはどこですの〜」
歌声は素晴らしいが、歌詞が不可思議なのは気のせいではない。挙げ句に歌っているニミュエ・ユーノ(ea2446)の腰にはレースのリボンが結ばれていて。端を紅天華(ea0926)がしっかりと握り締めているとなれば不可思議さはなおのこと。
約束の時間なのでどこかで一緒になったらしいもう一方の梅さん捜索隊のラルフェン・シュスト(ec3546)と、謎のお茶の作成者見たさで付いてきた妹のリュシエンナも、困惑した表情を隠さない。が、ニュミエは全然気にせず、天華は無表情を保っている。
そのうちにラルフェンは、ここのお誘いならこういうのもありかと思い至ったようで、リュヴィアやサラとどこから探そうかと相談を始めた。
ニュミエは梅さんを執拗にかいぐりかいぐりして、何度か着ているものを齧られたりしたが、散々触ってからようやく満足したようで一言。
「これはきっと‥‥ご主人様とそりが合わなくて家出していらしたのね」
彼女なりの結論に達していた。でも梅さんが彼女を避けるのは、人嫌いではなくしつこい人の相手が嫌になったからだと思われるが‥‥
「春だからな。恋人を求めて山羊殿も一念発起することもあるかもしれないしのぅ」
天華までそんなことを言い出したので、他の者もどう口を挟んだらいいか。ニュミエに到っては、どこからそういう考えになるのか分からないような壮絶な梅さんの半生を作って語りだしている。生まれて三日で親兄弟と引き離されって、そんな変な家畜の育て方をする人は普通いない。挙げ句に、
「それでもご主人様が忘れられないのね。そんな目をしていらっしゃいますわ」
ニュミエ、早くも先程の発言と食い違っている。
この時の天華はいつものことと放置し、その様子からサラとリュヴィアはアデラとは別の性質の難物だと把握しやはり放置。ラルフェンはこの面子で迷い山羊の飼い主探しは大丈夫だろうかと心配した。
ついでに、家主達はそういう状況も気にせず仕事にお出掛けあそばさるし。
この頃になってもマーちゃんは台所で食べ物を漁り、太一はパリの街中をさまよっていた。
さて、それからしばらくして。
「いかがでしたの?」
「目が二つに鼻が一つ、口が一つで大きい人だそうですわ」
「根本的に人の見分けが付かない上に、色も分からないらしい」
「名前は梅ではないようだが、本名が記憶にないとは」
「それってさ、やっぱり捨ててあったんだよ。食べようよ」
「そんなことはないと思うぞ」
ニュミエが梅さんの苦労話を語りきり、ようやく気が済んだところで天華が彼女はテレパシーが使えることを思い出した。当人はすっかり忘れている。
テレパシーはリュヴィアも使えたので、交代で梅さんに名前や飼い主のことやはぐれた時の様子などを確かめた。けれども梅さんの返答たるや、かなりいい加減で参考にならない。ようやく分かったのは、別に苛められて飛び出したのではなく、お仲間がたくさんいるところから連れ出されて、誰だかに連れられて歩いている最中にはぐれたらしいということだ。その後、一人気ままに歩き回っていてアデラと出くわした。
商人が連れていたのではないかと推測する者が複数いたが、どうやら商人から誰かに売り渡された後で飼い主からはぐれたらしい。
梅さんは質問攻めにすっかり嫌気がさした様子で、口をもぐもぐさせて返事をしなくなったので、リュシエンヌを含む六人は市場や家畜商人に話を聞きに行こうかとアデラの家から出た。アデラ本人が本日は短時間の仕事で帰って来たので、責任者として同行させる。何しろ雑草をどっさりと毟って帰って来たので、下手に一人で置いておけないとお師匠とご意見番が判断したのだ。
そんな訳で、彼女達は連れ立って市場へと出掛けた。
「あ〜、ラングドックさんだ! この前はありがとう、俺ずっと何か恩返ししないといけないと思ってたんだ〜」
太一、市場でようやく一行と合流したが、突然アデラに抱きついて勢い余って抱え上げた彼に、ラルフェンが危うく一撃食らわせるところだった。なかなか現われないもう一人のことは心配していた一行だが、合流したのはいいものの。
「アデラ姉ちゃん、おいらにもご飯食べさせてよ」
早朝から歩き回っていた太一にアデラが何か買ってやれば、マーちゃんが騒ぐ。太一も市場の物珍しいものが気に掛かって仕方がないから、結局二人分。物によりニュミエが加わり、三人分。アデラ本人も加えて四人分‥‥
大人な人達は買い食い班を放置して、市場の人々に話を聞いて回り、小一時間ほどでアデラが梅さんを拾った前日に梅さんと特徴が良く似た山羊を買った親子連れがいたことまで突き止めた。父親は明らかにノルマン人、娘はなんとなく東洋系。
ニュミエの腰のリボンを握ったアデラに、買い食い三昧の二人を回収して、この日の調査は終わりとなった。
二日目は、前日ほとんど調査に加わらなかった太一が一念発起。山羊を飼った人物について調べてくると飛び出したはいいが、アデラの家近くで道に迷っているところをニュミエと天華の二人連れに発見されて、三人で市場や食堂で梅という東洋風の顔立ちの女の子を連れた父親探しに向かった。
「あら、太一様。そんなに急いで行かれたら、またはぐれてしまいますわよ」
「ラングドックさんへのご恩返しと思うと、つい走り出したくなるんだよ」
太一の心栄えは素晴らしいが、端から見れば彼は方向音痴以外の何物でもない。挙げ句にニュミエも筋金入りのそれである。
夕方アデラの家に報告に戻ってきたときの天華は、そんな方向音痴達の腰にリボンを結んで、何食わぬ顔でその端を握り締めていた。
かたやラルフェンとリュヴィア、サラ、マーちゃんの四人はパリの郊外、アデラが梅さんを拾ったあたりに出向いていた。なにしろアデラのことである。探したとは言っても見落としがあるかも知れず、念のためにもう一度回ってみることにしたのだ。
この結果、アデラも一応発見現場周辺の家々にはきちんと事情を説明していて、思ったよりはちゃんと探していたことが判明した。ただ彼女は発見した場所からパリへの方向しか探していないので、反対側のより郊外側に向かうついでに、四人はアデラの所有する畑も見回っておく。こちらも異常なし。
でも、そこまで行くとパリの別の門から出てくる街道も近いことが分かり、今度はそちらを通って戻ってきた。
「やっぱさ、食べていいんだよ」
「俺は山羊肉よりは羊肉のほうが‥‥流石に名前があるとペットのようで、食べ難いが」
男性陣はそんな話をしていたが、サラが駄目と言ったら駄目。本当に飼い主がいなければ、リュヴィアが言うようにつがいにしてミルクを取るのも悪くないが、ともかくも今回は絶対に食べられない。
何にもしていないくせに意思消沈しているマーちゃんを連れて、三人も夕方にはパリに戻ってきた。
三日目は、お茶会の準備もしがてら、飼い主から連絡がないかを待ってみたが、飼い主が訪ねてくることはなかった。
皆も入れ替わりで市場にそれらしい人がいないかを覗きに行き、後はアデラの家の畑を世話したり、鶏の様子を見たり、食料庫の中身を確認する。
梅さんにも二日間で仕入れた情報を尋ねてみたら、梅は女の子の名前のようだと分かった。それが分かるまでに三時間も掛かってしまい、疲れ果てている人もいる。
そうして、四日目。
「あの、こちらで山羊を預かってもらっていると聞いたのですが」
梅さんの飼い主を名乗る男性がやってきた。確かに東洋風の顔立ちの女の子が一緒だ。
この親子連れ、ニュミエの質問攻めと天華の注視にたじろいだが、リュヴィアとラルフェンが尋ねたはぐれた山羊の特徴や手拭いの柄などはしっかり答えた。クレリックのサラがいても態度に不審なところがないから、飼い主に間違いはないだろう。荷車が轍にはまって難渋している間に紐を引き解いて消えたとか。
二人とも妙に落ち着かないのは、アデラは人間の女性だと聞いていたのに家にはエルフ女性がぞろぞろ、やや恨みがましい目付きをする種族の違う子供も二人、珍しい生き物があちこちにいるからで、やましいところがあるわけではない。
途中でジョリオが帰って来て、じゃあラルフェンはここの家長ではないのかとまた不思議そうな顔もされた。確かに、山羊一匹のためにこんなにたくさん人が集まる家があるとは考えないかと、思う者は思ったり。
ともかくも、アデラが仕事でいない間に、梅さんは持ち主に引き取られて行ったのである。おうちには、お嫁さんが待っているそうだ。
梅さんがいなくなった翌日、アデラの家ではお茶会が開かれた。この日ばかりは流石にアデラとジョリオも在宅で、朝から準備に勤しんでいる。
「俺も何かお手伝いします〜」
お茶会初参加で勝手が分からない太一は、台所をうろうろ。手伝うまでもなくどんどん出来上がってくる料理の数々を見て、顔は緩みっぱなしだ。その足元を、料理の一部をちょろまかしたマーちゃんがするすると逃げていく。
この二人はリュヴィアに誘導されて、裏庭の畑の土起こしに駆り出された。
「春先だとはいえ、あまり手が回っていないようだ。よく働くように」
リュヴィアにそう言い渡されて真剣に取り組むのは太一、隙あらば逃げたいのがマーちゃんだが、鶏の様子を見ているはずのリュヴィアは簡単には誤魔化されない。庭の林檎と木苺を観察している時も隙がない。よって、庭の作業は進んでいる。
台所はおおむね手早く料理がこしらえられている。サラは春野菜をたっぷり使った料理に、ラルフェンが差し入れた蜂蜜を使って甘いお菓子もたっぷりとこしらえる。天華は華国の料理を中心に、ノルマンではちょっと珍しいものを色々並べていた。
例外は台所の片隅に陣取ったアデラとニュミエで、二人でパン生地をこねて、形を作っている。二人で楽しそうだが、なかなか進まない。
「アデラ様、生地が乾いてしまいますから、作れた分を寄越してくださいませ」
「大姐、そんなに粉を振ったら、固くなってしまうが」
「「あらぁ〜」」
サラはいつでもにこにこしているし、天華はそんなに表情が動かない。ニュミエとアデラは楽しそうだが、とてもではないがラルフェンとジョリオは一緒になどいられない。居間で卓や椅子を用意して、本日使う茶器を選んで磨いている。三十路前後の騎士が二人でやることでもないが、どちらもそういうことが苦にならないので春らしい器を選んだりとほのぼの。ラルフェンは自前の器に桜の盆栽も持参していて、より春らしさも増している。
そうこうしているうちに、庭で働かされていた二人が戻ってきて、扱き使ったリュヴィアも満足気。畑がいい具合に手入れ出来たらしい。
「ルイザ殿のその後の様子はどうだ?」
ご機嫌が麗しいのは、こういうことを機嫌よく尋ねて来ることでも分かる。アデラの姪達のことを、お茶会の常連は気に掛けているのだ。特にルイザは縁談が、
「来年くらいにはまとまりそうかな」
よい方向に進展中である。そのうちに、また相手を呼んで様子を確認しようとか思っているかどうかは不明。そんなことがあれば、他の人々も嬉々として加わるかも。
台所からはおいしそうな匂いが常に漂っていたが、パンも焼けたらしい。それにつけるバターやジャムも色々用意されて、これからようやくお茶会である。
まあ、やはり最初は初めての太一もいることだし、アデラが配合した雑草茶を、ラルフェンとジョリオが程々に磨いた茶器でいただく。いい茶器はこの後のお茶用だ。
「こ、この世に兵糧丸より不味いものがあるなんてっ」
「本日は、まだ飲める味ですよ」
そうして太一がサラの一言で打ちのめされたところで、いつものようなお茶会が始まるのだった。今回はマーちゃんと太一の料理の取り合いが熾烈かもしれない。
当然慣れた師匠とご意見番と、彼女達と一緒にお茶を楽しむ人々はちゃっかりと確保した料理をつまみつつ、美味しいお茶も楽しむのである。
いつものお茶会の光景だった。