●リプレイ本文
●出陣前
ラスプーチン討伐に組み込まれる一部隊を形成する冒険者達は、合計七名。
ロシアで生まれた者、キエフに縁深い者、偶然依頼を受けた者と色々だが、昨今のキエフに数日いれば、デビルどもの活動具合には嫌でも詳しくなる。
冒険者酒場あたりで少し訊いてみれば、ラスプーチンなる男についても、かなりの話が聞けることだろう。外見から性格から色々と出てくるが、聞く相手を間違えると眉唾物の話だけが積み重なることになる。
そういう弊害をなくすには、せめても顔だけは冒険者ギルドにも回ってきた手配書で確かめるのがよい。とはいえ、
「‥‥変装でもしていそうだな」
オルステッド・ブライオン(ea2449)が言う通りに、王宮にいた頃と同じ姿をしているとは限らないから、手配書の人相書きだけを信用するのは危険であろう。
目立っていた髭やいかにも黒クレリックらしくしていた風体など、魔法がなくても幾らでも誤魔化せる。そう注意を促していたのは、アリスティド・メシアン(eb3084)だ。現在はロシアのナイトのシオン・アークライト(eb0882)と傭兵であるルカ・インテリジェンス(eb5195)と共に、討伐に参加する各部隊の代表に顔合わせや作戦すり合わせのための挨拶周りに出掛けていた。全部に会えるとは限らないが、なにしろ冒険者というのは服装もばらばらなら、見た目も一般的な騎士や魔法使い達とは異なる人々だ。先方とて承知はしているだろうが、敵に誤認されないため、密な連携のためにも、僅かな時間は有意義に使わねばならない。
冒険者ギルドに届いていたものには、他に捜索地域の非常に簡素な地図もあったので、残っているアリスティドやジークリンデ・ケリン(eb3225)、セシリア・ティレット(eb4721)、ガルシア・マグナス(ec0569)の四人はそれを見ながら、野営をするならどこがよいのかの予測を立てたりしていた。元から知られていた目立つ岩が一つ、敵方に切り拓かれたと思しきおおまかな場所の三つばかり記されているだけだが、まったく何もないよりはよい。依頼が回ってきた時点ではこの地図もなかったようなので、随時偵察部隊は該当地域に出入りしているのだろう。中には冒険者がもたらした情報も組み込まれているに違いない。
ほとんど白地図のままの地域に、ラスプーチンがキエフへの進軍の指揮を取りつつ、潜んでいるはずだった。
全員で回っても効率が悪いからと三人で出掛けたシオンとルカとアリスティドは、すでに幾つかの部隊を回っていた。神聖騎士やクレリックの部隊なら、治癒魔法や感知魔法の使い手の数を尋ね、魔法の使い手が多い部隊なら連絡手段の有無を確かめる。それで連携を図るのが目的だから、全体指揮を取る部隊は当然最初に向かったのだが、各地の騎士団との調整が慌しく、その補佐をする部隊のほうに回された。
冒険者ギルドからも連絡が行っているだろうが、相手方に人数と大体の戦力内容を伝えて、全体のおおまかな動きを教えてもらう。騎士団などは馬がいようといまいと目立つに変わりはないので、隠れることなどはなから諦めて狩りの勢子よろしく敵を追い立てるようだ。
「冒険者は能力傾向も一つに絞られないだろうから、遊軍でかまわない。目印は周知しておくが、目立つように着けておいてくれ」
森の中に潜んでいる軍勢に比べると装備がよいから間違えられることもなかろうがと口にしたのは、シオンやルカと同じハーフエルフの青年だった。傍らに副官らしい人間の壮年男性が従っている。どちらも見るからに貴族なので、話をするのはもっぱらシオン。アリスティドは吟遊詩人の職業柄、相手の階級がどうであれそれなりの礼儀を保って話せるし、ルカも傭兵稼業で鍛えた作戦立案能力はあるが、言葉の選び方などはシオンに任せるのが一番安心だ。どちらかと言えば、味方の部隊の人々の様子を確かめるのが二人の仕事である。
後は一人では覚え違いや伝達事項の欠落がないように控えているわけだが、この段階で決まっていた他の部隊の動きを聞いていると、シオンでなくても不自然だと気付くことがあって。
「今の説明だと、動員数と示された数がかなり合わないのだけど」
敬語は省こうという合意の下、いつもの調子でシオンは相手に問い掛けた。少数だがまだこれから合流する部隊があるから、そこの動きが分からないのは仕方がないとして、それでも全体の二割近くが行方不明である。特にルカが気にしていた情報を媒介する能力と偵察に優れた部隊の所在が判然としないのだ。分かっているのは、騎士団や教会から派遣された部隊ばかり。
ルカは自分と同じ工作兵がいるはずだが、それも組み込まれていないと気付いたが‥‥大体の理由はさせられたので、相手の返答を待っている。アリスティドは作戦内容については、女性二人の意見優先の態度だ。
シオンに軽く睨みを効かされ、ルカには半ば納得されたような顔をされている相手は、一癖ありそうな笑顔を崩さずにあっさりと言った。
「独自判断で動けと指示されているのが、そのくらいいる。冒険者も同じ扱いなので、同士討ちさえ注意してくれれば、こちらの動きに必ずしも連動しなくても構わない」
レンジャーや隠密活動を主としたりする者達は、その技能を活かすため、あえて連携は取らないという建前らしい。流石にシオンとルカは、内通者への警戒も含んでいるだろうと気付く。当人にそのつもりがなくても、相手の意思を曲げて従わせる魔法がデビル達にはあるのだし。
「火攻めへの対応は?」
更にただの火であれば行動を妨げられないデビルが使いそうな手段への対応策の有無をルカが確かめると、意外にもあまり意に介していない返答があった。敵にもデビル以外のものがいる以上は、火攻めは敵味方巻き込む最後の手段だ。
「そこまで追い詰めたら、もう消火よりあの国賊の首を取りたいね」
実際に火を掛けられればそうも言っていられないが、森林が広範囲で燃え落ちても仕方のない被害だとすでに割り切っている様子だ。アリスティドが少しばかり眉を寄せたが、プットアウトなどが使えるウィザードがいる部隊はこれこれと示されて、態度を和らげた。もとより戦いに赴く身で、森の被害を最小限などというのはおこがましい。速やかに終わるように、隙なく活動するだけだ。
後はテレパシーで連絡を取り合える相手を見付けて、合言葉を決めたり、野営の場所を相談して、現地での活動開始に遅れないように出発するのみ。
三人が見て回っただけでシフール、パラに人間、エルフ、ドワーフとジャイアント、そしてハーフエルフと、ロシアで暮らしている種族が勢揃いした多数の部隊が同様に出発したのだった。
●森の中・序
件の森の地図は出発直前にも追加事項はなく、つまりはほとんど地勢が分からない。ただ歩くだけならオルステッドが卓越した案内人で、ルカとアリスティドも頼りになるが、今回は更に敵の捜索という『仕事』がある。少しでも地勢が分かっていたほうがよいわけで、目立つのは承知で該当地域に入る前にジークリンデが偵察を買って出た。本人の使用魔法とスクロールを駆使して、上空から地形や敵軍の痕跡を探そうというのだ。
「この場所の木立が見えないので、何か異変があったのでしょう。軍勢がいる気配はありません。それと、このあたりがなだらかに盛り上がっています」
ただしジークリンデは植生を見たりは出来ない。またテレスコープで遠方をしっかりと見られるものの、エックスレイビジョンは対象物が多い木立が相手では大木一本の向こうを透かし見ても偵察の効果は薄い。インフラビジョンで幾つか人型の集団は察知したが、これも人のように温かくはないデビルは感知できなかった。
セシリアのディテクトアンデッドには感知される存在がないので、まだその存在は遠いだろう。アリスティドのテレパシーにも、返答があったのは一件だけだ。近くに何者かがいることは当然伝える。
目印になりそうなものは、聞いたそばからガルシアが地図に書き足していく。魔力の効果時間と距離に制限があるものの、アリスティドも次々と連絡が取れる相手には状況を知らせていた。
「一口に二十キロと言っても、魔法で探すには広すぎますね」
セシリアの言うことはもっともだが、そのために多数の人がこの場所に集められている。今はまだ他と相談して決めた探索場所を動いているのだから、連携も取りやすい。敵の有無ばかりではなく、地勢や植生も確かめて、記録として他と共有できるように務めなくてはならない。
唯一楽なことは、すでにラスプーチン側の軍勢があちこちで移動して、デビルも現われるからか、大型動物はまったく魔法探知に掛からないことだ。いても小鳥や鼠。これがデビルの化けたものだったらと心配するとキリがないが、そちらの魔法探知にも掛からなければただの動物である。これも徐々に少なくなってきたので、周辺からはどんどん動物が逃げていることになるだろう。
問題は。
「ここは通れないな。しばし上を回るしかないだろう」
「東寄りに空き地があるはずだ。距離を測ってもらえるか」
ガルシアが通れないというのは、潅木と立ち木が上下からそれぞれ枝を伸ばしているあたり。ジャイアントの彼も通りにくかろうが、つれているペガサスがまず通れない。セシリアのペガサスも同様で、時折木立の上を飛ぶことになる。ここまでの移動には便利だったが、多分今はさぞかし目立っていることだろう。オルステッドのウイバーンは、先程から木立の上を掠めるようにして、少し離れたところを移動していた。ジークリンデもジニールを呼び出すと木立の上を移動させるしかなく、見付けられる危険が高まるので今のところは一人で探索に加わっている。
「この調子だと、他の露払いかもしれないわね」
「それも作戦のうちかもしれないよ。私達は一時雇いだ。そのくらいの扱いでも普通のことだろう」
自分だったら、そういう部隊の三つくらいは用意するしと事も無げに言い放ったルカを、シオンがしばし凝視していたが、二人はそもそも騎士と傭兵と立場が違う。ここで意見を交わしても捜索の役に立つわけでなし、そんな考え方もあるかと話は落ち着いた。
最終的にラスプーチンとその軍勢を平らげて、キエフの安全が確保されればいいのだ。その点は他にも地上を移動しているジークリンデやアリスティド、オルステッドも変わりない。心配なのは、こう度々戦力が分断されると、その時を狙って襲われないかということだ。特に上空を移動する二人は目立つ。
奥に進むにつれて、徐々に感知魔法に人ならぬものが探知される度合いが増え、幾度かは遠方で敵味方が入り乱れて争う音がして、二度ほど雷の魔法が繰り出されるのが離れた場所に見えた。ただし魔法は感知できる範囲ぎりぎり、争う音も雷も、耳や目が優れた者でなければ聞き取れない、見えないような離れ方だったから、七人が被害を受けることはなかった。あいにくと、味方の被害状況も伝わっては来ない。
一日目は、そうして暮れた。
予定していた野営場所に現れたうちの一部隊に怪我人がいて、オーガ族の集団と交戦したと教えてくれる。七割は退治したが、あいにくと五体くらいを逃してしまい、怪我人も出たので追跡は諦めたという。集まった中から魔力に余裕がある者が治癒を施し、他の情報も交換したが、まだラスプーチンは見付かっていないようだ。
一度も敵に会わない冒険者達が稀なのであって、大抵は正面から衝突するかどうかは別として、一度ならず敵の姿を見付けている。奇襲の警戒はしてしすぎることはない。
だがロシアの指揮官クラスに多いハーフエルフには月の光や暗闇を嫌う者もいるので、最初に多くが警戒したのはそうした対策のほうだった。多くの部隊の指揮官がハーフエルフだが、もしもの場合に誰が代わりに指揮を取るのか、あちこちで確認している姿もある。
「‥‥案外、難しいものだな」
オルステッドが誰にともなく呟いたのが、普段はあまり意識しない種族差とロシアの姿を感じさせる一言だった。彼の梟が、近くの枝で泣き声をあげている。
●森の中・破
前日に見られた敵は、大半がエルフかオーガ族で、この双方は当然だが仲が悪い。ほとんどの場合まったく協力することはなく、稀にオーガ族についているデビルがいると、やむを得ず指示に従って一緒に向かってくることがあるらしい。朝になってテレパシーが通じた部隊からの連絡だと、敵の一隊だけ訓練が行き届いた戦士で構成されていて、あちこちに移動してはロシア勢を襲っているようだ。もう一隊、魔法を仕掛けてくる者もいるが、こちらは何人いるのか良く分からない。
他にもラスプーチンの側近なら色々と曲者が揃っていそうなところだが、軍勢があちらこちらに点在する状況に変わりはない。キエフ方面に移動は目論んでいるらしいが、その移動のたびに小競り合いが起きるので、偵察で判明している軍勢のほとんどが相変わらず同じ地域に留まっているのは間違いがないようだった。
「‥‥この先の勾配から見て‥‥移動しやすいのはこちらだ」
敵のデビルがあまり出てこないのだが、それならばエルフやオーガ族を退治して戦力減を図るのは当然のこと。エルフの大半は別の森で暮らしていた蛮族だろうから悪路も乗り越えてくるだろうが、オーガ族は歩きやすい道を通りたがるのではないか。オルステッドとジークリンデの知識をより合わせた結果がそう出たので、オルステッドとルカ、アリスティドが移動しやすい道を選んでいる。上のほうも開けた場所が多いので、ペガサス、ウイバーン、ジニールも楽に同行出来るが、その分目立つのも織り込み済みだ。
敵の情報は他の部隊から集めたのと、一度見付けた獣道を踏んで歩いた裸足の足跡から推測して、オーガが大半だろうとあたりを付けた。数は重なっているので分かりにくいが、十体くらいにはなるのだろう。向かっている方向は、やはりキエフのほうだ。
冒険者達を含む討伐隊の多くはキエフ側から捜索地域に入り、ラスプーチンの軍勢は反対からキエフを目指している。単純に中程とはいかないが、双方がぶつかり合う頃合がどこかにあるはずだった。
オルステッドやルカは罠を仕掛けて敵を減らせないのを残念に思っているが、味方がかかってもどうしようもない。敵が仕掛けたものを警戒していたが、今のところはそれも見付かっていなかった。どちらも同士討ちの愚は避けたということか。
探索には広いが、何百人もがいるには狭いはずの地域だが、不思議と冒険者達は敵とも味方とも滅多に会わなかった。セシリアが敵がミミクリーでどこかの部隊のふりをすることを警戒すべきではないかと心配していたが、他の部隊はどこも十人以上。その人数のミミクリーの使い手を集めて使うのは余程の理由がなければ無駄だ。野営の際は警戒をよくし、全般に合言葉で確認を取っている。どうにも怪しそうならリヴィールエネミーを使うことになろう。
それ以前に、冒険者達はなかなか誰とも会わないのだが。
やがて。
最初に異変を知らせたのは、ウイバーンだった。
続いてアリスティドとルカの耳が、それから皆の目にそれが伝わる。
「かなり悲鳴がした」
アリスティドの声は、それまでの潜められたものとは違う。感知魔法によっては、デビルの存在や地面を踏み鳴らす音、その他雑多な、でもほとんどが二本足の生き物の足音などが伝わってきた。
それと、森の中に上がる炎と竜巻。その方向で多数の衝突が始まったのは、間違いがない。
当然、駆けつけようとした七人は、そこで初めて、同様に同じ方角を目指していたオーガの群れとそれを先導する鼠のようなデビルと出くわした。
●森の中・急
戦闘が始まると、それは急激に膨れ上がった。上空からは、連絡を受けて駆けつけたのだろうデビル達が舞い飛び、地上からの魔法で叩き落される。かと思えば、地上の人を打ちのめしている。
足元に叩き落されてきたデビルが塵になる前に、ジークリンデはリシーブメモリーでラスプーチンの居所を聞き出そうとした。
「将はいずこ?」
『この近く』
味方が攻撃されているのを捨て置けぬと集まった者が多いのか、周囲は乱戦の様相を呈している。それでこの近くと言われても、正確な場所など分かるものではない。けれども、この場にいるのなら探し当てるまで。
ジークリンデのジニールからそれを伝え聞いたアリスティドが、テレパシーが繋がる相手に矢継ぎ早に情報を回す。ジークリンデ自身は周辺にいる味方に、似合わぬ姿であるかもしれないが声高にふれて回っている。
そうして、アリスティド達バードのやることは、次は大体同じだ。
「ラスプーチンはどこだっ」
目標が視認できなくとも当てられる稀有な魔法ムーンアローが、あちらこちらから放たれる。そのうちの幾つかは放った本人に返り、アリスティドのものは戻ってこなかった。かなり近いということだ。
その情報も即座に回ったのだが、正確な場所までは分からない。そして冒険者はじめ多くの部隊からも、相手は顔が知られている分影武者を立てている可能性があるのではないかと意見が出ていて、姿だけラスプーチンでも安心は出来ないのだ。きちんとムーンアローが当たった本物を探さなくては。
けれども。
「別に‥‥すべて倒してしまって構わんのだろう?」
それなら簡単だと、オルステッドは極論を吐いて、新しい矢を弓に番えている。乱戦で敵味方の区別がしにくいが、敵陣は服装を揃えたりしていないし、ペガサスを狙うのは明らかに敵だ。そういう区別で、術者の男を中心に狙い打つ。一撃で命を奪うには場所が悪いが、呪文が唱えられないようにするのは何とか可能だ。
ウイバーンも十二分に撹乱に動いてくれるが、時々味方にデビルと誤認されているので、オルステッドは傍らから離さない様に気をつけている。
かたや味方には仲間ときちんと認識されているペガサスを連れているセシリアとガルシアは、自身と他者に多数の魔法付与を行い、更にセシリアはスクロールを使っている。スクロールは高速詠唱が出来ない分、発動までにどうしても時間を要するから、その時間はガルシアが向かってくる敵を切り伏せている。ペガサス達は、あたりのデビルを魔法で蹴散らし、他の仲間を助けて活躍していた。
どちらも、ペガサスにまで富士の名水やソルフの実を使って魔力切れを防いでいるが、なかなかラスプーチンを見付けられない。いや、オーガ族が壁を作っている向こう側いるのだろうと予想はつくのだが、デビルも捨て身で向かってくる上、蛮族のエルフ達は明らかに操られた風情でだれかれ構わず切りかかって来るから、なかなか移動が出来ないのだ。運が悪いことに、他の仲間と離れてしまったのがよろしくない。
揃っていれば、ガルシアが道を拓いて、セシリアかアリスティドが本物かどうかを魔法かスクロールで見極め、オルステッドやジークリンデが牽制している間にシオンやルカが切り込めたろうが‥‥
「まさかと思いますが」
「いや、近くに向かおう」
ジニールが護衛よろしく張り付いているジークリンデが、二人を見付けたはずだが、気にも留めない様子でオーガの壁に突っ込んでいこうとした。ジニールが羽交い絞めにしなければ、魔法も使わずに飛び込んだことだろう。辺りには石化したオーガが多数転がっているが、ジークリンデはそれをした時とは違っている。
『ルカとシオンがそちらに行った。止めてくれ!』
木々の間を走ってきたアリスティドがテレパシーと叫びとで同時に伝えてきたのと、オーガの壁が切り崩されたのとはほぼ同時。一部はオルステッドなどの矢の効果で、一部はガルシアの剣で、一部はセシリアの魔法だが、大半は違う。
「お退きっ!」
「邪魔を、するなぁっ!」
一人、二人、更にもう二人。ジークリンデを除いても四人の目を赤く染めたハーフエルフが、我が身を省みぬ勢いで刃を振るっていた。その向こう側には、確かにラスプーチンがいて、演劇でも見たかのように手を叩いている。
「ラスプーチンか」
誰かが問い掛けたが、狂化している四人は委細構わず突っ込んでいく。流石に一時にラスプーチンの下に辿り着けるほど周囲の守りも甘くはない。今度はオーガではなく、ジャイアントや人の戦士と思しき面々がハーフエルフ達を止めていた。
合間を縫って、オルステッドの矢がラスプーチンのとっさに掲げた右腕に刺さる。
「大分粘ってくれましたが、やはり狂化も導き出せるようでなにより。種蒔きはこれで終わりです」
「何のことだ」
ガルシアが飛び込む隙を狙いながら問い掛けるも、ラスプーチンは答えない。いや、何か言い返すつもりだったかもしれないが、眼前の敵の刃を弾いて、そのままラスプーチンに向かったシオンが矢の刺さったままの右腕を切り落としたので、何を言う暇もなかったのだ。
切られた腕が、地に落ちる前に塵に変わる。人ではなくなっていることを如実に示す出来事に、ほんの一瞬目を奪われた何人かがいて、シオンやルカは迷うこともなく、けれども連携もせずに逃げる姿を追い、着衣の一部と髪を切り落としたものの‥‥
「転移? まさか」
わあっと、一斉に逃げ出したデビル達が感知魔法の目晦ましになって、おそらくは姿を変えたのだろうラスプーチンを追うのは困難になった。ムーンアローが立て続いて上がったが、塵となったのかどうかは、よく分からない。デビルの眷属であればエボリューションを使ったのかも知れなかった。
側近は覚悟していたのか、それとも見捨てられたと慌てたのか、その辺りは判然としないが、狂化から覚めやらぬ人々になますに切り刻まれていった。
●事後処理
オーガ族はほぼすべて、エルフはじめとする人々は抵抗する者は切り捨てられ、動ける者は大勢が決した後に逃げだした。幾らかの怪我人が捕虜として残っている。
ロシア軍側もかなりの死傷者を出し、遺体が回収できた者は凍らされて蘇生の機会を得るためにキエフに連れ帰られたが、敵の死体までは手が回らない。いずれ何とかせねばなるまいが、今回は放置された。
そうして、後に確認するとハーフエルフの狂化を狙ってデビル達が動いていた節があり、同士討ちを避けるためにも対策を練る必要があると判明したのだった。
敵勢力がキエフ近郊から消え、敗走と見えなくもない状態に追い込みしたものの、終わりとは思えない依頼の終わりだった。