ゴーレム工房 〜粉骨砕身も程々に
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月29日〜06月05日
リプレイ公開日:2009年06月10日
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●オープニング
ウィルのゴーレム工房で、ゴーレムニストのナージ・プロメが転んだ。これは別に珍しいことではない。以前の怪我をしたのが元で足の動きが良くない時があって、彼女は何もないところでも良く転ぶからだ。
しかし、何も言わず、起き上がっても来ないのは不自然だ。
「もぉう、駄目よぉ」
どうしたのかと他の者が近付いていくと、ナージはしくしくと泣いていた。
多くのゴーレムニストは、先月あたりから休みがなくなって、せっせと働いている。ゴーレム増産でひたすらに働いているのはいいが、体力のないナージがとうとう泣き言を並べ始めたのだ。
本気で起き上がる体力がないようなので、女性が何人かで助け起こし、貧乏くじを引いた青年がナージを背負って、風信器開発室に連れて行った。貧乏くじの青年は、その間中ずっと耳元で繰言を聞かされてげんなりしている。
というわけで。
「人手不足は確定している。が、新人を教育する余裕に欠けるのも事実だ。さて」
「呼んでほしいのよぅ。それでぇ、皆で一日ずつぅお休みしましょぉ」
長椅子の上で横になりつつじたばたしているナージは、ユージス・ササイが思い悩んでいる事柄を、別の理由で一蹴した。ともかく人手が足りないのだから、冒険者ギルドにいるゴーレムニスト他に招集をかけて、工房の人々が少し休んだほうがいいのだ。
問題点は、そうすると冒険者兼ゴーレムニストで日頃冒険者の仕事を優先している人々を、的確に仕事に割り振れるかということになる。新人と呼ぶのは色々経験があって適さないが、人によりゴーレムニストとしての仕事には配慮が必要なはずだ。
でもまあ、はっきり言ってそれすらも余裕はない。
「フロートシップの作成を一通りと思っていたんだが‥‥日程を合わせられるかな?」
「むり〜」
珍しく素早く返答が、しかも否定で返ってきたとユージスが思ったら、ナージはすやすやと寝入っていた。寝言で無理と言うのは、自分のことだろう。
その後ユージスはあちこちにしかるべき話を通して、流石に現状を憂いていたらしい工房長にも細かく指示を貰って、代理人を冒険者ギルドに走らせたのだった。
●リプレイ本文
デスクワークかと思ったら、山積みの書類を書庫に運ぶ力仕事に駆り出された信者福袋(eb4064)はこれまで入ったことがない部屋に連れて行かれた。書庫の棚に書かれているのは、ウィルの各分国名に近隣諸国の名前だ。
「何ですか、これは」
「分かった範囲のゴーレム関係の各国の動き、何をどのくらい輸出したか、その後の増減具合、新規開発の内容、出陣・活用具合や頻度のまとめって所かしらね。城ほどじゃないけど、工房で独自に集めた資料も入ってるわ」
中には各地のゴーレム工房関係者の記録もある。よく見れば、福袋達が最初に登録した際に聴取された本人確認のための様々な事柄の記録も収められていた。
「ドラグーンの売買に関わりたいって言ったでしょ。実際はもうウィルから機体を買わず、独自開発している国がほとんどだけど、国内での移動と他国派遣の際の手続きはあるから‥‥城で苛められても平気なように知恵付けておきなさい」
「つまり、ゴーレムの売買などは城の管轄と。ではこちらの工房を管理しているのは、分国だとどちらでしょう」
所在はフオロで、国王はトルク家の方だがと述べた福袋に、ダーニャは静かにしろと身振りで示した。非常にデリケートな問題らしいと察した福袋が、どうせ誰もいないのだが書庫の一番奥でダーニャとぼそぼそと語り合ったところによれば。
元々現国王から前国王に献上の形で世に出たゴーレム技術は、その当時は前国王の振る舞いからトルク家の創造品でも『ウィル王国のもの』だった。他に工房もないので、ウィル国王直下の国有財産。けれども国王が変わり、分国ごとに大きなゴーレム工房を構えてくると、ウィルの都にあるゴーレム工房の所属がどこかは非常に難しい問題になる。
工房長のオーブルは現国王に取り立てられたから、トルクの家臣と見る向きが多勢を占める。所在地はフオロで、城下から多数の技術者、ゴーレムニストを輩出している。ただし古株は技術を創ったオーブル側近達で、トルク領出身が多い。いずれそれぞれの分国ごとに工房が分割されることを睨んで、両者は角つき合わせている。オーブルがトルクに肩入れしないので、決定的な衝突が回避されているだけのこと。
ただし、ゴーレムニストの要請依頼や技術、機体の販売などは、王城の文官達が多くを取り仕切っている。福袋が見ておけと示されたのは、そういう関係の書類だった。
あとはユージスにも話を聞けと言われて、後日尋ねたら、『あれは飛び抜けて有能か、特殊か、その両方を苛立たせない現実的な言動が出来ることが大事。後から入ったくせに賢しげなって思われると、弾かれる』と具体的ではないことのみ。
似たようなことを疲労が滲んだユージスに、越野春陽(eb4578)が尋ねていた。返答も大体同じだが、念押しされたのは『他国に行ってもゴーレム工房には近寄らないこと』だ。春陽も冒険者ギルドで、受付係が鷹栖冴子(ec5196)へ工房側の意向として『他国のゴーレムニストの雇用不可』を言い渡していたのは目撃したし、そのためにユージスが出向いてきたのも気付いていた。今とは比べ物にならない険しい顔をしていたので、カルナック・イクス(ea0144)や岬沙羅(eb4399)と、変なことにならなきゃいいがと話していたのだが。冒険者ギルド側も厳しく言えと要求されたのか、受付係が慌てていたのが少々可哀想でもあった。
「天界人だから受け入れ可能とはならないとはいえ、自分で言えばいいのでは?」
「断るだけでも会わないほうが、メイでも疑う余地がなくて楽だろう。向こうの間諜に目を付けられるのも面倒だし」
「そんなのが簡単に入り込める場所でもないだろうにね」
一緒になってゴーレム工房の派閥闘争について聞いていたカルナックが、いつの間にか作った軽食を差し出して話題に入ってきた。沙羅は味見をしたようで、絶対に疲れが取れると力強く主張している。ユージスの様子を慮っての部分もあるだろう。
「ゴーレムニストなら簡単に出入りできるとなったら、当然俺達にそういう仕事の要求が来るんだぞ。ゴーレムを作って過ごしたければ、身の振り方は日頃から注意しないと」
フロートシップもゴーレムのうち。妙に重々しく言われて、三人は顔を見合わせている。
いきなり一人減っても、仕事内容が変わるわけではない。福袋は書庫から備品倉庫に連れ去られたので、それ以外の六人が冒険者ギルド専用のゴーレム機器確認を行うことになる。
「移送から三ヶ月、どのようなことに使われたでしょうね。ぜひともその勲を謳いたいものです」
「地獄の戦いにしょっちゅう使われてたよ。誰が詳しいかな」
ギエーリ・タンデ(ec4600)が相変わらず英雄譚にするための題材を求める発言をして、ラマーデ・エムイ(ec1984)がざっと説明をしている。普段から工房にいるラマーデとミーティア・サラト(ec5004)は使用状況には詳しいが、地獄での使われ具合はまた別。とはいえ、ギエーリがユージスに『工房内ではそっちの仕事は忘れろ』と言われてしまうと、知っている面々も言い出しにくい。疲れて不機嫌な人には、速やかに用件を済ませて休んでもらうに限る。
「グライダーに一機、ひびがあるので春陽さんに確かめてもらおうと思って」
念のためだろう、ミーティアがユージスにも確かめるかと問い掛けて、破損状態の見極めが出来るかどうかを全員で見てみることにしたが、
「昨日はこんなにひび入ってなかったのよ、これなら危ないって分かるもの」
ラマーデが蒼くなって声を上げる羽目になった。一日おいている間に、ひびが明確な破損になっていたのだ。内部の亀裂が表側にも侵食してきたのだろう。細かいことが分かる木工の得意な者はいないが、翼の裏が割れているのは見れば分かる。
機体の使用限界も近く、酷使された影響が出たのだろうとなったが、ならば今度は全部の機体に同様の不具合がないかを見て回る必要が出来た。二日でやるなら、手際よく作業の順番と時間を決めてやりましょうと沙羅が提案して、六人で急ぎ相談する。
困るのは破損したグライダーの代わりの新しい機体が回ってくるか。こういう申請はラマーデもミーティアもこなしたことがないが、二日のうちにダーニャが福袋を使ってやってくれることになった。
他にも申請が必要なら出来るだけ一緒のほうが話が早い、などと言われると、六人は忙しい。
そうして、結局。
「夕方に素体が来ますので、それまでに魔法陣を描いてください。図案はこれ、ラマーデ様と越野様が適任でしょう。顔料は後程届きます。風信器素体も明日届くので、魔法陣は明日の昼までにもう一つですね。グライダーが木製、風信器は今回鉄製と木製なので、魔法付与の担当も決めてください」
三日目の朝、『久し振りに事務で残業三昧でしたよ』と妙に嬉しそうだった福袋が、色々な書類を抱えて皆のところに現われた。場所は冒険者ギルド専用のゴーレム格納庫、壊れたグライダーは運び出されて廃棄となり、新しいのが貰えるなら春陽が取りに行くことまで決まっていた。ここに集合を掛けたのは、福袋だ。
いきなり何事かと思わされる早口の説明によれば、作成中のゴーレム機器で各部署の魔法陣はいっぱい、ゴーレムニストも手が空かず、現在作成中のグライダーは配備先が決まっている。素体には余裕があったので、それなら今いる六人で作れるのではないかと誰かが言ったのだ。
必要な魔法はゴーレム生成に精霊力制御装置、推進装置作成、精霊力集積機能で、素体が木だし、グライダーだと習熟度が低くても作成に参加できる。風信器は、チャンネル数の都合でナージが風信器魔法を付与するから、ゴーレム生成だけ。
各部署の仕事を手伝うはずだったが、これもその一環だし、冒険者が使うものを作るのに文句がある者はない。ただ春陽とラマーデは、これまで経験がない魔法陣を描くことに、かなり頭を悩ませることになった。
「新しい魔法陣を描くことって少ないの? あ、直径は簡単に計れるから、棒とロープを用意してくれればいいわ」
「少ないし、慣れた人がやるからって回ってこないのよ〜。やらなきゃ憶えられないのに、時間が勿体無いって」
ミーティアとラマーデは工房内での苦労話もあるようだが、うまい具合に全員で手分けしたら魔法付与に一通り関われるので、かなり嬉しそうだ。バード魔法がつかえないギエーリも含めて、かなり高い習熟度で魔法を使えるのだが、なかなかその力を出す魔法付与の機会が回ってこないらしい。
ともかく今は、棒二本に長さを測ったロープを結んで、二人掛かりできれいな円を描くのに苦心惨憺している。中二階からギエーリがその円がちゃんと描けているか眺めているが、
「よい具合ですよ。その調子で頑張ってください。少し筆先が引っかかるようなので、力を入れすぎないように、でも問題ないでしょう」
途中から、いいのか悪いのか分からなくなってきて、励ましが大半になってしまった。綺麗に円が描けないと進まないから、カルナックも昇って確かめる。途中で一度様子を見に来たユージスは、描きかけの魔法陣の線の太さをこのくらいと指示しただけだから、問題点はなかったようだ。
代わりに沙羅を連れて行って、風信器の素体に刻む精霊碑文を書かせていた。ミーティアは人型ゴーレム用の剣の交換があって、書類仕事の福袋と一緒に受け取りに。
「これ、普段何人ぐらいでやってるんだ? 結構大変だぞ」
「三人くらいかなぁ」
春陽とラマーデが下書きしたものを、指示された太さの線でギエーリとカルナックも加わって、ようやく昼過ぎに描き上げた。夕方に素体を置く頃には、きっと乾いているはずだ。
魔法陣はきちんと描けていて、グライダー素体を置いても問題はなかったが、その頃には風信器用の陣を描いていた人々は、かなり目が疲れていた。
それでも、ゴーレム生成の魔法付与を春陽がやって、無事に成功して皆で一安心している。一日おいて、今度は沙羅の推進装置かミーティアの精霊力制御装置だ。これは魔力浸透に一日は掛かるので、立て続けてとはいかない。最後がギエーリの精霊力集積装置で、飛ぶはず。カルナックは木製の、ラマーデは鉄製の風信器のゴーレム生成担当だ。
その前に、現在人型ゴーレムが使用しているレミエラ付きの剣を、魔力付与された剣に差し替えるのが一本。新しく作られた斧にレミエラを付与するのが一本、使用中の剣帯が傷んでいたので、革職人のところに予備を貰いにいって付け替える作業もある。ちょうど地獄の戦線から戻ってきたところで、あちこち不具合があったから、他のところに手伝いにいく時間はあまりなかった。まあ、荷物を一緒に運んで、ちょっと遠回りして届け物をするくらいは誰でもやったけれど。
風信器は素体を取りに行くことになったりして、何かと慌しいながら、皆それぞれに考えてきたことがあって、時間を見つけてはユージスやナージに尋ねている。
最初はカルナックが浮遊機関の最も低い効果でも、たくさん繋いだら魔法効果が上がらないかと言ったもの。板に浮遊機関をかけて、何枚も重ねて繋ぐと一枚の時より重いものが浮かせられるかもしれないが、『板もぉ重いじゃなぁい』とナージが突っ込んでくれた。試した人がいないのではっきりしないが、細やかな動きが出来るようになるわけではないから、大きなチャリオットが作れるとはいかないだろう。
春陽や沙羅が口にした鉄製のグライダーは今と同じ形に作るのが難しい、重心が移動するから形を変えると操縦が難しくなるかもと、これはミーティアが鍛冶師の立場から意見を出した。沙羅は流線型とはなから形を変える心積もりだが、今のグライダーの『人が騎乗する』形とはそぐわなさそうだ。
春陽は精霊砲の砲撃を砲弾という形にして、精霊砲の小型化を試みた上で、大型グライダーや小型フロートシップに搭載し、敵への一撃離脱の砲撃を専門とする機体にしたいと語って、『水雷艇』の単語でアトランティス、ジ・アース人と認識を通じさせるのに苦労していたが、どちらか片方でいいのではないかと複数に指摘された。
「船足を早くして、強い一撃を与えて離れるのなら、連続で撃たなくていいんだろ。ランのエレメンタルバスターは見たことはないが、今の精霊砲でも使えるんじゃないのか」
「砲弾の利点は、ゴーレムニストの魔法付与によるパワーチャージがなくても、五発以上撃てるかもしれないということですよ」
「それと、一分以内に二発撃てるようになるかもと思って」
ランのゴーレムニスト、カーガン・カームの作ったアザレアやフロートキャッスル、エレメンタルバスターの威力は、工房では時折話題になる。なにしろランからの要請で派遣したフロートシップ・グリフィンはこれで木っ端微塵にされたのだ。ラン国内の乱によるものゆえ、フロートシップ撃墜がそのままウィルとの開戦とは進まないが、エレメンタルバスターを見たことがある春陽は、精霊砲の改造が使い方を誤らねば悪いものではないと考えたのだろう。同じ天界から来た福袋や沙羅は、似たような武器を知っているから飲み込みが早い。
他の人々はマジッククリスタルのようなものを砲身から打ち出すようにすると言われれば、よく分かる。ラマーデはそういうのが出来たら、一騎打ちは別にして、使い道がありそうだと目を輝かせていた。ただ最初に作った人間が、精霊を殺すような真似をしているとも聞いているから、いきなり作れるものではないとも分かっている。
だがそういうことがあったせいか、今回作られた鉄製風信器は無骨な鉄の箱で、飾り気はない。速やかに遠距離通話が可能なものをと、療養中のグリフィン艦長から熱望されて作った試作機だ。沙羅が天界のラジオ電波の説明はしたけれど、風信器の送る通話を中継するという方法が今のところない上、方法論が思いつかないから現状はどうも出来ない。
同様に、春陽が口にしたゴーレムの感覚強化も、完成したゴーレム機器はゴーレム魔法以外を受け付けないので暗視などの魔法能力付与は難しい。制御胞をどうこうするという話ではなく、そういうゴーレム魔法がなくては難しいと、これはラマーデが説明した。多分彼女は、アザレアが空を飛ぶゴーレムだと聞いて、そういう魔法があるのかと調べて、ゴーレム魔法では無理だと察したのだろう。ドラグーンには別の魔法が関与しているのは、ある程度工房に関われば、公然の秘密というものである。
魔物との戦いを考えたら、精霊魔法や神聖魔法の効果が得られると有利だが、操縦者個人に掛ける魔法も制御胞外には影響を及ぼせないから難しい。
「憶えることもいっぱいだし、やらなきゃ皆が大変なこともいっぱいだし、やりたいことに辿り着けない〜」
ラマーデが肩を落として漏らしたことは、大抵の者に共通している。
そっと笑ったのは、福袋くらいだ。