●リプレイ本文
パリの街に天使が降臨した。
と言っても夢の中のことだが、それに刺激されてあちこちの教会は参詣の人で賑わっていた。その中には自身が夢を見たのか、それとも話を聞いて奮い立ったか、冒険者も多く混じっている。
ただ、その前に自宅で飼っていた猛獣に噛まれただの、待っているよう言ったら跳ね飛ばされて逃げられただのと、冒険者街では幾つか騒動があったようだ。
ノルマンの国教はジーザス教の白派。よって街に点在する教会のほとんどは白派の教会だ。黒派の教会も少数あるが、仏教となると‥‥
「あの僕、仏教徒なんだけど」
異国の神様を祭っているところでも祈らせてもらえるだろうかと、街の人々の歩く方向についていったら辿り着いた教会で、月下真鶴(eb3843)は少々覚束ないゲルマン語で尋ねてみた。なにしろ街のどこを見渡しても、寺院らしい場所など見付からないので仕方がない。
だが、返答は否。
「案内をつけましょう」
連れて行かれた先には、人家を改築したと思しき弥勒菩薩を祭った小さな寺があった。
「天の遣いが降り来たと噂を聞いて、矢も盾も堪らずやってきたのですよ」
でもまさか、弥勒菩薩に祈れるとは思いませんでしたと真鶴を迎えたのは、ジャパンでもなかなか見掛けないはずの河童、木下茜(eb5817)だった。
ジャパンからの支援を受けて復興なったノルマン王国では、王城がジャパン人の信仰に対しても寛容な態度を示すので、月道商人達が造った簡素な寺が何箇所かあるのだと‥‥それを二人が知ったのは、
自分の持てる力で、悪魔による虐げられるものを救えるように力をお貸しください。
如何か死の招き人より、懸命に命有る者や、自然を守る者達に導きと祝福をお授けください。
そう、思う存分に祈った後だった。
ジーザス教白派が国教であるから、当然住人も大半が白派の信徒だ。そうした人々は常日頃から通っている教会に行くのでほとんど混乱もないが、一部混乱をきたしているところがあった。
人の出入りが多い港の周辺である。普段は祝祭でもなければたくさんの人は押し寄せてこないし、パリの地理に不案内な人も多いので、あちこちで目指す行き先を見付けられずにいる人々が多い。教会は白派も黒派もあるだけ全部、仏教の寺院も同様に門戸を広く開いてはいるが、一箇所に押し寄せられたりすると一時に入れなくて騒ぎになる。
という話をどこから聞いたのか、冒険者街やギルドから集まってきた人々がいた。多くはパリを中心に活動している人々だ。ただし、信仰はばらばらである。
彼、彼女達が行っているのは、祈るのに適した場所がなかったり、教会などがいっぱいで長く待たされそうな人々への声掛けだった。十野間空(eb2456)が描いた旧聖堂の場所を記した板を驢馬の背に掲げて、もっぱら東洋系の人を中心に声を掛ける。当人はどちらかと言えば八百万の神々を信仰しているが、神道ならともかく精霊崇拝はあまりはっきりとは言わない。
同様に皆が夢の話に気を取られている隙を狙う悪党を警戒しているリスター・ストーム(ea6536)や、道案内のはずが喧嘩の仲裁がもっぱらになったアンリ・フィルス(eb4667)は精霊崇拝だが、多くのジーザス教圏では教化されていないと軽んじられたりすることや、その生まれ、身分もあって表向きはジーザス教徒と称している者もいる。彼らは港の近くを巡りつつ、相手の身なりで信仰宗派の大体の見極めをして、行き先を示してやっている。いかにも教会とは縁のなさそうな、でも信仰心は持っていそうな相手には、『草木があっていいところだから』と旧聖堂を勧めている。
時には、
「顔色が悪いな。何か変なことがあったなら、お祈りにいってみたらどうだ?」
スリからすり返した財布を持ち主に返して、盗んだ方には明らかにものが違う石の入った袋を入れたりして、柄にもなく改心を促してみたり、
「続きはここでやるがいい」
喧嘩していた両人を教会の入口に置き去りにしたりしていた。
そんな彼らが祈れたかは、また別の話。
船乗りが皆ゲルマン語を十分に解すればいいのだが、中には片言しか分からない者もいる。そうした者も母国語で噂は聞くのか、教会を目指して来たはずが、些細な行き違いで喧嘩を始めたりする。夜更けの酒場ほどではなかろうが、度々起こるそれにリーディア・カンツォーネ(ea1225)はかなり振り回されていた。近くの教会の人も、駆けつけたアハメス・パミ(ea3641)も対処に駆け回ってくれているが、中には酔ったままやってきた者もいて、手当てが進まない。リディエール・アンティロープ(eb5977)も担ぎこまれる怪我人の傷を洗っていたが、水が追いつかなくて大変だ。ついでに何をしに来たのか分からない酔っ払いに絡まれて、止めに入った別の者との喧嘩の火種になっている。
そして、また怪我人増加‥‥
そういう者も治癒魔法を使えばすぐ治るけれども、自分達の行いを反省しないのでは困ると教会からの申し入れもあり、応急手当が主だ。後は、慣れた者がお説教。アハメスの一撃で一時的に動けなくなっている輩には特に効果的だろう。
少し手が空いたら、今度は港周辺に住む老人や子供が人波にもまれていないか、目的地に安全に向かえているかと確かめて‥‥忙しい。
そうした間にも、道案内は大体滞りなく進んでいて、更にもう一つの行動も人の耳目を集めるのに成功していた。
「ただの紐に見えるかもしれないが、これが人に化けたデビルを見破る効果を持つことも出来るんだ」
教会で熱心に祈ったのがあまりに前で、ちょっと気後れがしたのか、ラシュディア・バルトン(ea4107)は教会前で人の列をしばらく捌いていたが、やがて帰ろうとする人々が増えたので祈り紐を結んでくれるようにと声を掛け始めた。分かりやすく魔除けになると説明して、用意していた紐を結んでくれと願ったところ、『魔除け』が効いたのか予想以上に足を止めてくれる人が多かった。
『これはやね、祈り紐言うて‥‥』
これには傍らで、かなり流暢なイギリス語で解説をしてくれた藤村凪(eb3310)や、ゲルマン語は解さないが立て看板を持って人集めに一役買っている瀬崎鐶(ec0097)の尽力も大きかった。東洋衣装の女性がにっこりとしていれば、まあしていなくても、物珍しさで立ち止まった男性陣は少なくない。
ただ、
「追加を持ってきたが、まだ足りないか?」
なぜか獣耳ヘアバンドをつけたルザリア・レイバーン(ec1621)が、結構大きな木箱にいっぱいの紐を持って来てくれたが、協力してくれる船乗り達の数にまだ足りない。その割に鐶の抱えている一回り小さな木箱に祈り紐が少なかった。
「祈る前に心労が溜まるのも、もちろん祈り紐を結ぶのに時間が掛かりすぎて疲れるのももってのほかだけど! その疲れを癒すためなら、そりゃあもう頑張っちゃうけど!」
途中でディーネ・ノート(ea1542)が思わず叫んだが、『魔除けになる』と聞いた船乗り達がまず自分で結んで、それから完成品の箱に入っている別の紐を取って、それから自分の結んだ紐を入れるからだ。どこかで『海の魔物に合わないためのお守り』と広まったらしい。
当然持って帰るのは駄目とは言えず、でもちっとも増えず、そのために準備した紐ばかりが減っていくのを、その場の冒険者一同困惑の表情で見守っていたのだが‥‥
「こういう紐でも使えるのかい?」
先程一団でやって来たどこかの船の人達が、自分達はジーザスの黒派だがと言いながら、かなり長い細紐の束を置いていってくれた。結構な重量なので、ラシュディアと面倒見よく駆けつけたアハメスが二人掛りで適度に伸ばして、ディーネやルザリアがいい長さで切っていく。
その光景に手伝いに立ち寄ってくれる人がいると、信仰が違っても協力し合うことが力になり、その前線に立てることは悪くないと思えてくる。
案内先の旧聖堂は、常にない人の数で賑わっていた。多くの宗派の聖職者もやってきていて、教会や寺院に入れなかった人々と会話を交わしている。それを聞いていると、やはり夢を見たのはジーザス教の人達ばかりのようだ。エジプトの信仰を追い求めるシェセル・シェヌウ(ec0170)には残念なことだ。
ただ明らかに異邦人の姿の彼が旧聖堂内の案内をしていても、パリの人々は多彩な風俗を見慣れているのか、不審そうな視線もない。物珍しそうに見る子供の視線はあるが、それはいつものことだ。
他にも明らかに神ではなく精霊への捧げものといった様子で、太陽を強く思わせる踊りを披露しているフェザー・ブリッド(ec6384)が奇異の目で見られることもなく、顔立ちから東洋系と分かるククノチ(ec0828)が踊りの周りに集まった子供達相手に祈り紐を結ばせていても、親達もけっこうゆったりと構えている。
ククノチの場合、生国が自然崇拝でジーザス教とは隔たった信仰の地だが、子供達に紐を結ばせつつ自分も結び、その度に何か祈っている姿が浮くこともこの場ではない。当人が、祈りの向かう先がどこでも積み重なって悪意を砕く一滴となることを信じているように、皆が悪いことを打ち払いたいと願っているからだろうか。
また、リル・リル(ea1585)は一心不乱に祈っていた。普段は地獄への進軍のための祈りがまとまるようにと心を砕いているが、今この時は祈りに集中したい。
地獄から悪魔が出てこられないようにする方法を見付け出せるようにとか、敵を倒すための力に溺れないように知るべきことがたくさんあるだろうとか、色々と考えも浮かぶが‥‥そういうものを振り切って祈って、
「最後は皆で大宴会出来るように」
思わず口にしたら、通りすがりの誰かがどこそこの通りの店で請けるよと彼女の頭を撫でていった。多分撫でたつもりだろうが、リルはつんのめっている。
祈りという形の誓いが行きかって、その宗派が様々でも、旧聖堂には変わらず心地よい風が吹いている。
天気よし、風心地よく、暑くも寒くもなく快適。
そんな日だからこそ、皆こぞって時間を作ってはお祈りをしようと出歩くのだろうが、パリの街の多くの場所では祭りさながらの人手だ。となると、嫌でも出てくるのが迷子。
ほとんどの教会の周りで親とはぐれた子供と、子供を見失ったと慌てている親がいたが、大宗院透(ea0050)の場合その心配だけはなかった。母親のエリー・エル(ea5970)がペットに逃げられたと泣きついて来たからだ。そういうことがなくても抱きついてくる人だが、迷子の保護所にいるからにはかまっている場合ではない。こういう時は一緒に子供の世話をしてくれるくらいでなければ困るのだ。
あまり血の繋がりがあるように見えない二人が、幾ら女性同士に見えてもくっついたままでは、迷子の親探しもはかどらない。しばらく後には、しょぼんとしながら連れの息子夫婦とはぐれた老人に慰められているエリーがいた。
かたや、迷子が集まっているとは思えないほど賑やかなところもある。鳳令明(eb3759)が修道院生まれの遊びケーゲルシュタットで、子供達に歓声をあげさせている。白派の教会が近いので、大人が祈っている間、じっとしていられない子供達まで集まっているようだが‥‥子供の歓声の合間に悲鳴がするのはどういうことだか。もちろん子供のものではない。
その近くでは、この陽気でも暑かろうにまるごと防寒具のたぬきさんを着て、体中に色とりどりの紐を結ばれた玄間北斗(eb2905)が猫さんキャップを被ったクリス・ラインハルト(ea2004)と、子供達を和ませているのか、それとも子供達に遊ばれているのか‥‥どちらとも付かないが、色々な種族の子供で出来た団子がそこにあるのは間違いがない。
迷子がいたら保護して、親が見付かるまで遊ばせたり、祈り紐を結んでもらって待ってもらおうと思っていたのだが、姿の面白さから子供達に群がられてしまっている。
祈り紐は、両端を引っ張れば結ばれるように準備してあるから、子供達は大喜びで引っ張ってくれたが、用意した紐がなくなるよりは、抱きつかれまくっている二人が暑さで倒れるほうが早いかもしれない。
その近くでは、親とはぐれた不安も忘れて遊びに遊んで疲れた子供達が、シェアト・レフロージュ(ea3869)の奏でるメロディーに引き込まれるように、その周りですやすやと寝入っていた。引き取りに来た親達も、その姿には苦笑したり安堵したり。
白派の教会が多く、信徒も同様のパリでは、もちろん迷子や子供に限らず連れとはぐれる者も、白派が多い。けれども黒派の教会があるあたりでは、やはり黒派の教会に通っている子供達が多いのが道理だ。
それでも元々の人数が少なく、教会近辺なら常日頃から通っている人々が互いに顔見知りで迷子になるより、知り合いに親元まで連れて行かれる子供のほうが目立つ。だから『表向きジーザス教黒の信徒』であるアナスタシア・オリヴァーレス(eb5669)が、教会に入るのは悪いと周辺を歩き回っていても、滅多に迷った子供に行き会うことはなかった。一人二人はいたけれど、いずれも速やかに親元に引き渡し済みだ。
これなら風の精霊への敬意を示す誓いと見守りの願いも遅くならないうちに行けるかもと思っていたアナスタシアだが、世の中はそううまくはいかない。
迷子の少なさに開店休業かと思っていた迷子保護所で、ファング・ダイモス(ea7482)とラグナート・ダイモス(ec4117)が、親達が祈っている間にじっと待っていられない子供達を集めて、世話しているのに遭遇したからだ。
「うーん、これはなかなかの光景だわ」
冒険者街ならともかく、パリでたくさんは見ないジャイアントの、それも特に体格がよい二人が、彼らに比べたら小さい小さい子供を相手に、暑さにやられないように飲み物を与えたり、何か面白おかしい話を聞かせてやったり、飛び切り可愛い色の紐を結ばせたり、時には抱っこしてあやしているのだ。
多分相当苦労しているだろうが、滅多に見られない光景でもある。
その光景に二の足を踏んだのは、両手に子供体型のものを抱えた羽鳥助(ea8078)だ。これまたジーザス教徒でも仏教徒でもないのだが、人様のお手伝いをするのはやぶさかではないと黒の教会近くで皆が祈りに集中出来るようにと働いていた。
ところが自身の連れている犬は人波に興奮して走り回ろうとし、もう一頭の犬共々ちょっと苦労。挙げ句に保護したのが‥‥
「姐さんもお仲間でござるかぁ」
この日、パリの街では時々見掛けた人外の子供というか、精霊達。アナスタシアも、一体手を繋いでいる。空を飛ぶので、手を離すとまた迷子だ。
ここの迷子保護所は騎士の二人に任せていても心配なさそうなので、精霊を連れた二人は旧聖堂の救護所に向かっている。
そうした賑やかと騒々しさの中間にある出来事が外で繰り広げられている中、教会、寺院の中では静かに祈りが捧げられていた。外とは切り離されたような静寂と緊張が、どこの場にも広がっている。
仏教黒派の寺院では、僧侶の他には時々しか参詣の人も現われないが、やってきた善男善女に『この二人もお仲間か』と首を傾げられつつ、カーラ・オレアリス(eb4802)とフォルテュネ・オレアリス(ec0501)が熱心に何かを祈っている。二人が僧侶だと知れば、ほとんどがジャパンと華国出身の信徒達はさぞかし驚くことだろう。
かと思えば、信徒の全てが知人友人ではないかと思われる阿修羅教の寺院では、パラディンのアンドリー・フィルス(ec0129)の後に、侍の鳳双樹(eb8121)がやって来て門衛の阿修羅僧をしばし悩ませた。が、こちらもパラディンの身内と名乗ってからはすんなりと入れる。
二人が案内されたのは瞑想の間で、十字架や仏像に祈るのとは違ってくる。自分の心を研ぎ澄ませて、求めることを実現するために何をなすべきか、ただ神に縋るだけではない方法を見出すこと。それが大切だ。
皆の願いが叶うように。
命と魂の尊厳を護らせたまえ。
そう祈るのであれば、次に立ち上がる時には自分の為すべき行動も知りえていなければならないだろう。
アトランティスで言う天界人ゆえか、『祈りで世界が救われるなら祈るべき』と考えた皇天子(eb4426)はクレリックとしてはいささか考え方が変わっている。それでもまずは救護所に立ち寄り、大半が休憩所代わりに使っている高齢者と見て取り、大事無いことも一人ずつ声掛けして確かめた。冷たい水まで用意されていて、暑気当たりの心配はないだろう。それから教会に足を踏み入れてしばし立ち止まった。
冒険者街に近いここには、冒険者も多数参詣している。何かすねたような顔付きで、口の中でもごもご言いながら手を組み合わせているのはユリゼ・ファルアート(ea3502)。その隣で居住まいを正して、何か握り締めて祈るのはサクラ・フリューゲル(eb8317)だ。こちらも純粋に祈り続けて、微動だにしない。
他にも見るからに聖職者らしい衣装を着けたウェルス・サルヴィウス(ea1787)やセシリア・ティレット(eb4721)が、まるで彫像のように神像に向かって頭を垂れている。着けている衣類こそ質素だが、同様に身じろぎもせずに祈り続けている人は多かった。
アトランティスでは教会も少なく、聖職者も大半は冒険者である。こうも多数の人々が、一心に祈る姿を見ることは滅多にない。
聖なる母よ、どうか私達をお導きください。
悪魔の誘惑に屈しないように。
世界が平和でありますように。
聖なる母のお恵みが豊かに注がれますように。
誰からともなくあがった祈りの声に、多くの者が唱和した。皇と後からやってきたキル・ワーレン(ec2945)が、祈りの盛り上がりに乗り遅れて身の置き所を探していると、祭礼用の衣装ではないが、持っている十字架はそれらしいエミリア・メルサール(ec0193)が空いている椅子を示してくれた。
「あなた方の行動は聖なる母のお目に留まっていることでしょう」
こうした際の決まり文句の一つだろうが、他の者の邪魔にならぬように掛けられた声にキルは笑みを返して、色々思い出すような仕草を入れつつ、何事か祈りだした。
世界が平和であるよう、尽力できるように。
皆が健やかであるように。
母の慈悲がすべての者に示されるように。
祈る言葉が紡がれなくても、心の中で唱えることも伝わるはずだと、皆それぞれにまた祈りに集中している。
多数の人がいても物柔らかな雰囲気の漂うジーザス教白派の教会と異なり、黒派の教会は厳しく張り詰めた空気を醸していた。目立つ帽子を傍らに置いたナオミ・ファラーノ(ea7372)も、祈りの聖句を繰り返しているようだ。
「夢とはいえ、天使様の降臨。この戦いで悪は消え去り、新たなる世界の訪れに近づけるという前触れのほかありませんわ」
まだ少女の外見色濃いレリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)が、度重なる悪魔の襲撃に不安を訴えた人々に向けた言葉は、黒派の信徒の心を打つものだ。新たなる神の王国の一員に選ばれるため、日々怠惰に囚われることなく、向上を心掛ける。そのための前触れだと言われれば、気持ちも上向こう。
教会内で親から子への続く世界を護りたいと祈っていたジェイラン・マルフィー(ea3000)も、思わず膝を打ちそうになった。そんな落ち着かないことは忌避されるから、もちろん踏みとどまる。
この試練に打ち勝ちたいと‥‥思います、いや打ち勝つよう努力を怠りません。
でいいよなと、胸の内で悩んで、大丈夫と思ってから次の人に席を譲った。
そのためには、可能ならばより多くの悪魔を滅して、その時の訪れを精進しつつ迎えよう。
流石にそう思うのは冒険者だけだろうけれど。
そんな教会の入口では、
「悪魔と戦うのだけが大切なのではなくて、争いの絶えない世界をよいものに変えて行く力を導くことが大切なのよ」
そうゼノヴィア・オレアリス(eb4800)が、子供達に諭していた。
道を歩いていた子供が、かなり勢いよく転んだ。目の前のことで、とっさにリリー・ストーム(ea9927)は手を差し出そうとしたが、彼女と年の変わらなさそうな母親はいらないと身振りで示している。
「ほら、お母さんが呼んでるぞ」
傍らのセイル・ファースト(eb8642)が屈んで声を掛けたら、子供は鼻をぐすぐすさせていたが、誰も助けてくれないのでぷーっとふくれて立ち上がった。
「あらまあ、偉いのね。泣かない子には飴をあげましょう」
そんなたいしたことではないのにと母親が苦笑しているが、許しも出たのでリリーが飴を握らせてやると、子供は満面の笑みになった。あまりの変わりように思わず吹き出しそうになる。
そろそろ日も暮れかけてくる頃合、日中は迷子が出たと聞いては親を探していた二人だが、子供が案外と我慢強いものだと悟らされた。少し年嵩になってくると、どこからどう見ても迷子なのに恥ずかしいのか違うと言い張る子供もいる。もちろん泣く子供もいるけれど、我慢しようと頑張る子供もいて、ただ護ってやるだけの存在ではないのだと思わなくもない。
なにしろ、お世話してあげたはずの自分達が、こんなにも楽しい気持ちで、一日が終えられそうなのだ。両親に手を引かれた子供を見ると、少しばかりの寂しさがないわけでもないが‥‥それこそ、聖なる母の思し召しというもの。
一組の夫婦が寄り添って、教会に入っていくのを見送って、ラルフェン・シュスト(ec3546)は連れていたペガサスの周りにいる子供達にそろそろ帰るように促した。珍しい天の使いを間近にした子供達はすぐには言う通りにしないが、結構慣れた様子で押したり引いたり説得して、三々五々に家の方向が同じ子供をまとめて帰らせている。
子供達はペガサスを連れて、色々な冒険譚を分かりやすく話してくれる人から離れたくはないのだが、まさか帰らないわけにも行かず、残念そうに歩いていく。多くの子供はどうしても自分も欲しいとねだって貰い受けた祈り紐を手首に巻いてもらい、落とさないように度々確認していた。
しばらく遠出していて、たまたま帰って来たときにパリでは天使が夢に現われたと、皆が教会を目指していたところに出くわしたラルフェンは、目を細めて子供達を見送っている。
未来が明るいものだと示し、そうでなければならないと思わせる存在に何か願うようにしながら。
日が暮れかけても、まだ教会には祈りを捧げる人々がいた。
「お子さんはお預かりしておきますよ。どうぞ、時間は気にせずに」
仕事の都合だろう、こんな時間になって乳飲み子を抱えてやってきた若い夫婦にクリミナ・ロッソ(ea1999)は穏やかな笑みを向けた。せめて二つ、三つの子供ならお祈りの仕方も教えられるが、乳飲み子では健やかに眠らせてあげるくらいしか出来ない。まあ一日中子供の相手をしていたので、時にはこういう『どうして、なんで』と言わないほどの子供が相手でもいいだろう。
乳飲み子の世話が得意なわけではないが、抱いているだけなら平気と思っていたら、抱かれ心地が違うのかむずがり始めた。これは困ったと思ったら、長いこと教会の入口で帰る人々に手製の菓子を配っていたライラ・マグニフィセント(eb9243)がひょいと交代してくれた。代わりに、彼女が持っていた篭が、クリミナの手元に来る。
「あ、お一つ取っておくれね。この子達の分と、あと二つだから‥‥流石にもう終わりだよ」
手馴れた様子で乳飲み子のご機嫌を取ったライラが示した歌詞の包みは、あと三つ。一つは少し大きいから祈っている夫婦に、一つがクリミナで、もう一つは長いこと祈っているケイ・ロードライト(ea2499)の分ということだろう。
そのケイは、珍しく武器は携帯せずに石細工用の錐のラティを持参していた。
思うのはイギリス生まれの自分が他国に来て数年、不思議と居心地がよくて冒険者稼業の傍ら、穴掘り職の修行まで出来ている。なんと幸せなことか、と。
だから願うのは、自分は騎士ではあるが、武器より平穏な日常で使う道具に祝福を得て‥‥その道具が安心して使える日が一刻も早く来るように。
それは、この日にパリの多くの人々が願ったことと同じだった。