デスハートンの白い玉 〜キエフ発

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 32 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月13日〜07月20日

リプレイ公開日:2009年07月25日

●オープニング

 デスハートン。
 カオスの魔物が使う魔法で、主に主従の契約を望む者から魂を奪うのに使うものと言われる。
 また言葉巧みに人を騙し、その望みを叶えてやるとそそのかして、代わりに魂の一部を得るためにも使う。
 主従の契約を望む者は進んで魂を差し出すから、魔法を掛ければ必ず魂の一部が手に入る。
 けれども多くは魔物との契約など望まない。それで相手を騙して、魂を得ていく。または差し出すしかない状況に追い込んでいく。
 魔物の群れに村が襲われて命も危うい時に、『お前の家族の命を助けてやろうか』と言えば、多くの人はそれにすがってしまうだろう。ここで『助けてくれ』と言えば、魔物の側からは契約完了だ。
 そうやって集められたのだろう多くの魂が、地獄のゲヘナの丘で捧げ物とされて、消滅した。
 けれどもそうされるはずだった魂の一部は、ディーテ城砦から冒険者達によって奪還されたのである。

 最初は大半がアトランティスに運ばれた奪われた魂は、ディーテ城砦やコキュートスの戦いの合間に教会関係者を通じて、一部がジ・アースにも送られた。なにしろ出所がわからない魂のこと、ジ・アースに持ち主がいないとも限らないからだ。
 そうして、木箱で三つ、数でおおよそ六百個がキエフの教会にも届いたのである。
 後は魂を奪われた人々を集めて、持ち主がいないか一つずつ地道に探して行くだけなのだが‥‥今回は、その持ち主候補達が問題だった。

 魂を奪われたと確認されているのは、先のラスプーチンとの戦闘で捕虜となったエルフ達だ。蛮族と呼ばれ、ラスプーチンの軍勢に組み込まれていた人々である。
 ラスプーチンに協力した理由は色々あるようだが、要するに敵。今はほとんどが怪我人で療養中だとはいえ、あちらも素直に話を聞くつもりがない。
 魂を戻すのは、ジーザス教黒派の教会から人が出向くことになっている。だが怪我人でも前線で戦っていたエルフ達だ。諍いが起きないように、護衛をして欲しいとの依頼である。
 また、当然のようにラスプーチンからの妨害も警戒されていた。

●今回の参加者

 ea5886 リースス・レーニス(35歳・♀・バード・パラ・ノルマン王国)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ec0938 レヨン・ジュイエ(29歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 馬車とはいえ、キエフから一日の旅程である。幾らロシアが暗黒の国とまで呼ばれる深い森を抱えていても、辺境ではないはずだ。
 しかし。
「てーきーがーきーたー」
 リースス・レーニス(ea5886)が、甲高く叫んだ。馬車の荷台で、横を歩かせていた驢馬のかぽの手綱を引き寄せつつ、器用に荷物の陰に隠れている。
 傍らではエルディン・アトワイト(ec0290)がホーリーフィールドを展開して、続けて今度はディテクトアンデッドを唱えていた。
「三体ですね。一体はリリスですか」
 木々の向こうから馬車目掛けて飛んできた魔法はファイヤーボムだ。見ただけで聖職者と分かる者が五人、遠目だと子供か成人か区別が付きにくいパラの女性一人が乗っている馬車を襲うのだから、ろくな相手であるはずがない。御者をしているジーザス教黒派の聖職者は、いつでも走り出せると言いたげに振り返ったが、
「逃がさないもんねーっ」
 正体を一目で断じられたリリスが、むきになった声音で再び魔法を放ってきた。これはホーリーフィールドを破るほどの威力はなく、荷台の箱を庇う位置に入ったレヨン・ジュイエ(ec0938)の目を細めさせただけ。彼もホーリーフィールドなどは使えるが、同じ魔法を重ねても意味はないし、相手の姿が一体しか見えない中で魔法が使えることをひけらかすこともないので、まだ様子見だ。エルディンが小声であと二体は人型とそれよりもう少し大きいと知らせてきた。リリスは魔法のほかに魅了も使うが、これは近付けなければいいので、エルディンはそれを見込んで直径が大きなホーリーフィールドを張っている。今はレジストデビルを皆に付与しているところ。
 問題はもう二体が直接戦闘を得意をする場合。この中の誰も武器を使うのには優れず、相手によっては一方的に攻められることになりかねないこと。今回の依頼に集まった冒険者三人はいずれも魔法を使うが、リーススとレヨンはさほど使いこなせるわけではない。黒教会から派遣されてきた聖職者達は護身用の短剣と聖水は持っているが、神聖騎士でもなし、戦うのには向かない。
 と言うわけで、
「かぽ、逃げるよーっ」
 馬車は傍らに驢馬を従えて、ホーリーフィールドが解ける時間とあわせるように進行方向に向かって走り出した。相手の出方を探って、迎え撃つ方法を変える計画だ。敵が連携よく追ってくるなら総力戦だが、個別なら各個撃破も狙える‥‥という考えだったけれど。
「追ってきませんねぇ。このリリスは別として」
「わざわざ戦いたいわけではありません。ですが、この道を使う方々が襲われても困りますね」
 レヨンのコアギュレイトで動けなくなったリリスだけが、荷馬車を追って来た。何度かリーススとの間で魔法の応酬があったが、エルディンやレヨンの応援、防御もあって、リーススは『ちょっと痛い』で済んでいた。
 捕まったリリスは、黒教会の人々が一応問い掛けたラスプーチンや仲間の居所を『言っても言わなくても殺されるなら、言うもんかー』と喚き散らして暴れたので、速やかに浄化された。もう二体のデビルは気配が消えたままなので、警戒だけして追うことはしない。人手も足りないし、聖職者の一人が『槍を持った騎兵だった』と遠目に目撃していたので、この面子では危険だというのもある。
 目的地には神聖騎士も派遣されているそうだから、そちらに対処を依頼して、街道の安全確保に努めてもらうことにした。

 今回、奪われた魂の持ち主と目されるのは無辜の民ではない。エルフのエルディンが『同族がデビルに加担するとは』と落胆していたが、ロシアでは蛮族と称されるジーザス教の洗礼を受けていない人々だ。元々はロシア王国領内に古くから住んでいて、ただ教化されていないだけとの考え方もあるが、実際に武器を振るって他の蛮族の集落やロシアの町村を襲ったりしたことに間違いはない。
 すでに捕虜となっている者は他にもいるが、魂を取られておらず、怪我も癒えている者は保護された女性や子供、老人と共に何箇所かの開拓地に分かれて強制労働中だ。
 よってここにいるのは怪我人ばかりだが、レヨンが治癒魔法の使用に制限はあるかと尋ねたところ、現地の責任者はなんともいえない表情になった。
「頑なな態度にはそうした癒しは効果があるかもしれないが、神の慈悲が簡単に与えられると勘違いさせたくはない。魔法の使い手は市井には少ないし。また、我々は黒の信徒にて」
 最後に苦笑が混じったのは、白の信徒のレヨンやエルディンの使うリカバーと違い、大いなる父の治癒魔法は魔力が枯渇する代償が必要だから。魔法を使う怪我人はいないが、魂を取られて気力体力が落ちているところに使ってその方面での不調を感じたら、ジーザス教に対する忌避感が増す恐れもある。
 そういう説明だったが、素直に納得したのはリーススだけ。エルディンやレヨンが見たところ、エルフ側に魔法の発動光の色がデビルの魔法と似ている黒派の魔法への警戒心が強いのと、まずは自らの力に拠って立つ事を尊ぶ宗派の考え方もあるだろう。もう一つ理由があったが、それは後ほど判明した。
 重傷者がいたり、対処が悪ければ幾ら黒派の国であろうと食い下がるところだが、ざっと見たところではテントの中も外も清潔だし、一定範囲での行動の自由も確保され、仲間同士で助け合っている。食料も十分だが、レヨンが少々気になったのは傷病者に出すものとしてはいささか粗食に過ぎると言うところ。教会の人々が世話をしていては気にならないだろうし、エルフ達も食事には不満がない、と言うより食べられるだけ幸せと思っている様子が強いが、早く治ってもらうにはもう少し工夫が欲しいところだ。
 料理については得意な者がいなくてと、レヨンが調理に加わり、色々工夫することは先方にも喜ばれたので、彼は初日はそちらで腕を振るうことにした。
 同族のエルディンは少しは親近感があろうかと、話を聞くことから始めることにした。その前に護衛の際には有用だからと身に着けていた華美な魔法物品は仕舞っておく。十字架も外そうかと考えていたのだが、エルフ側もそこまでの拒絶感はないようだから安心して着ける。やはりあるとないのとでは、気持ちが違う。
 パラのリーススは信仰心が篤いのか違うのか分かりにくいが、物怖じしないのは間違いない。異種族を見慣れないエルフ達は子供だと思っているようで、エルディンやレヨンに対するより反応が柔和だ。リーススが無防備ににこにこ近付いてくるので警戒心を抱かせないのもあるだろう。子供が何をしに来たのかと、一行の目的を尋ねられたのはリーススにだ。向こうも黒教会の規律を重んじる生活に慣れた人々よりは、リーススのほうが話し易かろう。
 問われたリーススは子供に見えてもいっぱしの吟遊詩人だ。デスハートンのことから始まって、その魂がキエフにやってきたいきさつから黒派の教会が持ち主を地道に探している事まで、身振り手振りを交えて分かりやすく語り聞かせていた。
 ただ、説明はそれできちんとしてくれたリーススだが、周りが本当に怪我人ばかりで、中には大分回復しているようだがかなり傷跡が目立つ者も混じっていて、見ているうちに色々思い出したらしい。
「あのね、ずっと前にね、魂取られちゃった人のこと聞いたの」
 デスハートンで魂を取られても、全部を取られなければ死ぬことはない。でも魔法を掛けられた強さや回数で被害者は病人のような状態になったり、やや疲れやすい程度で済んだりと色々だ。ただし、魂を取り戻せなければ一生そのままで生きていくしかない。
 レヨンなどはデスハートンとは無関係に、種族や年齢、性別、その他の差で人それぞれに体の丈夫さは違うのだから、命があるなら二度とデビルに付け入られずに生きていくことは可能だと言うし、エルディンも蛮族と呼ばれるエルフ達とも言葉が通じるなら話し合うことで理解も生まれ、時間が掛かっても改善の道はあると信じているが、リーススは目の前の事柄に影響されやすい方だ。
 目の前に辛そうな人がいると寂しいよぅとうなだれてしまい、エルフ達の間で『誰か子供を苛めたのか』と変な方向に話が流れている。エルディンが以前からいた聖職者に付き添ってもらって、『彼女はあなた達の怪我を見て、少し悲しくなっているだけ』と説明した。エルフ達はゲルマン語を話してはいるが、大分訛っているので、時々話が伝わっているようでちゃんと理解されていないと分かる。現地の人々は気付いていたが、リーススは言葉の選び方が巧みなので問題ないと油断していた。
 実際はリーススは立派に成人女性だが、他に同族がいないからまったく分からない。そして、この騒ぎに驚いたレヨンが急ぎ作った間食用の少し甘いパンをエルフ達と一緒に食べて機嫌が直っているところは、たぶん勘違いを助長しているが‥‥
「なかなか、新鮮な反応でしたね」
 エルフ達が捕虜になるまでには、あちこちで壮絶な争いごとがあり、蛮族同士でも殺しあっている。デビルやラスプーチンがそそのかしたとはいえ、そこには以前からの蛮族の集落同士、また開拓村との諍いなども加わって、だから彼らはああも頑ななのだと、あまりロシアの政治向きのことに詳しくないレヨンとエルディンは説明された。中には度々餓死者を出すような村が、食料の配分を代償に協力したり。これまでは彼らも触れてこなかったから聞くこともなかったが、リースス言うところの『ケンカした』理由は一つではない。
 後程、レヨンが味と食べやすさに配慮して作った食事は『何か祭りの日か』と問い掛けられるほど豪勢に見えたようだが、味については特にエルフ達からは言及がなかった。
「残してないから美味しかったと思うよー。いい匂いだったしね」
 片付けを手伝うリーススはそう言っていたが、エルディンとレヨンは三人ほどはもう少し粥にするなど配慮が必要な怪我人がいるのを見付けていた。元からいた人々も知っているのだが、なにしろ周囲の仲間がなかなか近寄らせてくれないので、効果的な治療も出来ずにいるところだった。
「まだ子供のような年頃ではありませんか。何かあるのでしょうか」
「魂を取られた割合が多いのだろうと思う。怪我の治りも遅いから、余計に心配で囲い込んでいるのだね。我々に対する恐怖感が強い少年でもあるし」
 命に別状はないが、治癒が早い方が向後のためにもいいに決まっている。弱っている体が何の病に取り付かれて、体調を悪くすることがないとも限らないのだ。ただ聖職者が近付くのを嫌がるようでは、元からいた人々も治癒魔法を施すことも出来ないし、彼らの繋がりを壊してしまうのは、後々贖罪のために開拓にやられることがわかっている中では避けたいこと。この先も苦労が続くのだから、それを乗り越えるために必要な力を減ずることなく増やして送り出す、そういう助力は惜しまないのも黒派の教会の人々だ。
 冒険者三名は偶然にノルマン出身ばかりで、レヨンとエルディンは白派の者だが、そのやりように文句はない。
 結局、初日は自分達がなにをしに来たのかは伝えたものの、具体的な行動には到らないうちに日が暮れて、魂の持ち主を探すのは翌日からとなった。

 翌朝、まずは弱っている人用にレヨンが消化がいいようにと工夫を凝らした食事を用意した。これまでも配慮されていたろうが、腕前の違いはかなり明らかだったようだ。エルディンも薬草師を兼ねる聖職者と相談して、皆にお茶を飲ませることにした。リーススは本日は機嫌よく、お湯を沸かしている。
 それから六百個あるという魂の白い玉を持ってきて、エルフ達に見せた。もちろん全員分の魂がないことも、他のところに回っている白い玉があることも、それが順次被害者のところに回ってくることも念入りに説明してある。
 そこまでしても、エルフ達は協力的ではなかったが、まったく興味がないわけではないらしい。どうですかと持って行っても手を出さないが、エルディンとレヨンは強制せずに話を聞いたりするところから始めた。リーススは、『早く元気になってねー』と果物でも売っているような調子で篭を持って歩き、こちらも強制はしないが、断られ続けているうちにまたへたばってきた。
 そして、エルフ側の何人かが根負けした。
「うーん、女性には勝てませんか」
「エルフとパラではどうでしょう。エルフか、人間だったらまた変わりますが」
 エルディンがちょっと茶化したら、ロシアらしい返事があった。この場のエルフ達は異種族婚など縁がなかろうが、聖職者がこんなことを言うのはやはりお国柄である。レヨンは何か変なことを聞いたとばかりに振り返ってから、ここはロシアだったと思い直したらしい。
 リーススは根負けした人々について、確かめた魂とこれから確かめてもらう魂を混ざらないように注意している。レヨンは確認がまだのものと済んだものを交換して、他の人に勧める役だ。エルディンは薬草知識もあるからと、怪我が重い少年についている人々と話を始めた。
 この日は一人だけ魂が見付かって、見た目に大きな差はなかったが、少しは楽になったような気がすると証言してくれた。また怪我がある相手なので、流石に万全とは行かないだろう。
 まだ確認を拒否する者の方が多いので、このエルフが明日にはもっと元気になっているがいいがと、これは冒険者ばかりの心情ではない。

 三日目は、願っていた効果があって、魂が見付かった一人はこれまでになく血色が良くなっていた。そうすると同じ集落の出身だろう者が試してもいいと言い出して、ようやく作業が円滑に回りだした。そちらの付き添いはリーススや年少者に任せて、エルディンやレヨンを含む聖職者の大半は、いまだ確認を拒む人々の説得に当たる。
 色々話していると、悪魔崇拝ではなく、利益提供を受ける約束で協力していた者ばかりだと分かる。力でねじ伏せられた集落もあったようだ。同一集落の者ばかりではないから、互いの出方を伺うところもあって、反応も様々。大半は理路整然とした説得よりは、情に訴えるほうが効果的らしい。
 それでも、彼らが説得に応じたのは、レヨンが黒教会の人々を説得して、件の少年の魔法治癒の了解を得て、実行してからだった。
「仮にあなたの魂が見付からなくても、怪我さえなければ生活は出来るものですよ。あなたのこれからに幸いがありますように」
「こうして協力してくれることも、あなた方がデビルに打ち勝つ強さがあるということですよ」
 確たる信頼が出来たとは思わないが、少しは相手方の気分が落ち着いたように見えてきた頃に魂の持ち主の確認は終了した。該当者は僅か五人。
「また手伝いに来るからねー」
 この結果には誰もが落胆の色が濃かったけれど、最初にリーススは吹っ切ったようだ。
 またの機会がいつになるのか、時間はたくさんあると言われているエルフ達は気にしていないようだった。