●リプレイ本文
その朝。
ベリー収穫の依頼を受けた冒険者を迎えに来た村人が、冒険者ギルドの受付に蒼い顔でこう言った。
「そこに熊と狼がいるっ!」
受付は時々あることと、至極丁寧かつ落ち着いて説明した。
「あれは冒険者が連れているペットか相棒ですよ」
村人は簡単には納得しなかったが、他の動物を見ても唸ったりしないので『きっと襲われない』と思い込むことにしたらしい。
「猟犬か六本足の馬の代わりのドラゴンとか、ああいうのが来たら熊や狼も逃げるよなって、皆で話していたんだよ」
村人が言うのはフィールドドラゴンのことだろうが、もっと大きなドラゴンを連れている冒険者も増えているなんて聞かせたら腰を抜かすかもしれないと、依頼を受けた六人の冒険者は一様に考えた。
「それじゃあ、お兄ちゃんとお姉ちゃんが二人ずつに女の子がシフールさんも合わせて四人で男の子が一人だね。この馬の飾りは付けたまま?」
そして村人はパラのサリ(ec2813)とシフールのシャリン・シャラン(eb3232)を精霊達と一緒に子供に数え、ラルフェン・シュスト(ec3546)のペガサスは飾りを付けた馬だと思い込んでいる。ユクセル・デニズ(ec5876)の汗血馬は、村人達の『こんなのが来てくれたらいいな』に当たる立派な馬扱いらしい。
動物に詳しいエリザベート・ロッズ(eb3350)は他の者の苦笑と驚愕を見て、色々説明してやりたい衝動に駆られたが、この程度の誤解は行く道すがらで訂正すればよいと考え直したようだ。時間も限られているのだから、まずは移動を始めなくては。
でも、荷馬車に最初に当然のような顔をして乗り込んだサリの熊ことキムンカムイ・ピリカが御者席の後ろに陣取ったので、卒倒しそうな村人の代わりにルネ・クライン(ec4004)が手綱を取って出発することになった。
こうしてシフールとパラとハーフエルフとエルフが一人ずつ、人間が二人、姿を見せている精霊が三体に色々動物、一部神様の御使いを合わせて出発した一行は、無事に目的地まで到着したのだった。
仕事はベリーの収穫と果樹園の見回り。
「見回りは一日一回やってくれたら助かるなあ。難しかったら二日に一度で頼むよ。反対側の小麦畑も一度くらい見て回ってくれると助かるけど、そこまで頼むのは悪いからねえ、止めたんだよ」
前者は一生懸命、後者は夜間も含めて一日二回はやらなくてはと考えていた一同に、村人のこの『依頼』は『そんなちょっとでいいのか』の衝撃的内容だった。見回りの内容も、大きな音を立てながらぐるりと回ればいいとそれだけだ。
もしもその最中に動物の出入りした痕跡が合ったら追い払ってもらいたいと希望が出ていたのに、男性が二人だからといきなり諦められている。全員魔法が使えるけどと告げた時には、しばらく冗談だと思われていた。別れ際にも『怪我しないようにしてくれれば』と、今回集まった冒険者の戦力を信用しているのかどうか。
「たまにはのんびりした仕事もいいわねーと思ったけど、ここまでとは思わなかったわ!」
シャリンが村人と別れてからぼやいたように、見るからに善良・朴訥な村人は考え方もそうだった。でも実ったベリーを無駄にはしたくないと、その一念はよく伝わってきた。
よって、二人一組で手分けして初日はベリーの生り具合を見て回り、翌日からの作業を見直すことにした。ついでにちょっとくらい摘まんでもいいとお許しが出ているので、どの色が熟しているのか確かめるためと称して、皆で味見もする。
「ピリカ達は、採ったらいけませんよ」
報酬の現物支給も、村に残されている畑の作物の使用も許してくれた村人だが、熊がベリーを木から採るのだけは駄目ときつく言っていた。確かにピリカでも木が野生か人のものかなんて見て区別はしないだろうから、サリもこればかりは厳しく言い聞かせている。
「さて、ドゥリーンヌイはこれでいいとして。ソーンツァはお仕事よ」
エリザベートは連れてきた蛇を果樹園に放し、精霊は収穫をするように促している。何か弟を扱き使うように自然にやらせているが、そんなことなどしたことがない精霊は熟していない赤い実をもぎたくてうずうずしているようだ。当然、エリザベートはそんなことは許さず、熟した黒っぽい実を採るように言いつけている。
同様のことはユクセルもやっているのだが、こちらの精霊千早は人見知りでもするのか、彼からなかなか離れようとしない。それでもどの実を採るのかは、ちゃんとわきまえているようだ。
「ああそうだ。これは汁が飛ぶと落ちないから、精霊にも上着は忘れないようにな」
ユクセルが言う通りに、ベリー類はものによって汁が飛ぶ。指先がしばらく染まるくらいならいいが、服に付くと落ちない。ものの見事に黒っぽい紫の染みになる。精霊にもこだわりの服を着せていたりする冒険者達には有用な助言だ。上着そのものは、村にあるものを借りていいことになっている。
ただしシフールのシャリンや、その精霊のヒューリアは大きさが合わないので自前で行くしかない。ヒューリアにいたっては大きすぎて収穫には役に立たないだろう。荷物運びも少々危ないかも。
だが空を飛べるなら上から見回りをしてもらえるので、収穫は他の面々でその分頑張ればよい。
「使うことはなさそうだが、鎌を研いでおいた。かなり草も伸びているから、時間があれば刈りたいところだな」
ラルフェンは必要な道具がある納屋から大小さまざまな籠を出して、体の大きさに合わせて配っている。ついでに刃物を研ぎ、誰でも使えるようにしておいた。
「見回りは二人ずつと思ったけど、精霊も加えて考え直す? それとも広いから、最初の予定でいいかしら」
来る道すがらの時間で大体の予定は立てていたわけだが、ルネが確かめたところ、それぞれしばし考えて‥‥当初の予定通りに二人一組でとなった。そうすれば、果樹園の他に村全体と小麦畑も見て回れそうだからだ。回数が少なく出来るなら、一回当たりの時間を少し伸ばしてもいいだろう。
というわけで、二日目から収穫、収穫、合間に見回り、また収穫の日々が始まった。
空にはヒューリアが浮かんで、村全体を見渡している。シャリンが荷物運びをしてもらうべく色々試みたのだが、人間用の道具は二倍以上の身長、体格を持つジニールには持ち難いので、適材適所で見張りに送り出された。時々地上と手を振り合って、互いの様子を確かめ合っている。
とはいえ、相棒はシフールのシャリンだからして。
「見てないわねー、もうっ。アーシア、ちょっと降りてきてって呼んで」
人間用の道具が使えないのは同じシャリンが、摘んだ実を入れる籠を腰に結んだアーシアに呼びかけている。
アーシア、エリザベートのソーンツァ、ユクセルの千早は子供用の籠を使って、それぞれの相棒と本人の性格に沿った促され方をしつつ、割り当てられたベリーを摘んでいた。サリが何種類もあるベリーを混ぜるより、区別して摘んだほうがいいだろうと提案したからだ。後で混ぜるかもしれないが、その辺りは村人に任せたほうがいいだろう。
果樹園の中は荷馬車を入れられないところもあるから、大きな籠をキムンカムイ・ピリカと汗血馬・宝に背負ってもらい、皆が摘んだベリーを入れていく。これがいっぱいになると、ヒューリアに村の入口に置いた荷馬車に持って行ってもらうのだ。
ペガサス・シルヴァーナは独自行動で、荷運びには従事していない。狼・スタウトは堂々と果樹園内を見回っている、多分。猫と小熊は、先程からどちらが偉いのかを決めるべく睨みあっていた。蛇は見えないが、あまり存在を主張されなくてもいいだろう。
そして精霊の一部がそこはかとなく『なんで自分は扱き使われるのか』と言いたげな顔をしているが、それは『ベリーが実りに実りまくっているからだ』と返事をする誰かがいたのかどうか。
例えば、ユクセルは作業の合間にベリーを凍らせて、ルネは焼いてきたクッキーを、作業の合間に皆に振る舞って、疲れが出ないように和やかな時間でもと考えていたが‥‥いやもう、それどころではなかった。休憩はもちろんするが、のんびりなど出来ない。木陰で座って、菓子とベリーを摘みつつ、次はどの辺りの収穫を誰と誰がやろうと相談してまた作業に戻る。
ここに到って、ラルフェンが気付いた。村人が見回りは一日一回で十分、小麦畑も見回らなくていいと言う訳だ。なにしろこれだけ忙しいのである。見回りの時間をひねり出すのも大変だ。うっかりすると予定していた時間が過ぎてしまう。
「急いで回ってくるよ。灯りがないと駄目かもしれないな」
明日からは作業前に見回ることにしようと相談してから、ルネとラルフェンが見回りに出た。天気はシャリンが様子を見ながらウェザーコントロールを使ってくれているから安心だ。フォーノリッヂの結果も問題なしと出ているが、見回りを怠るわけにはいかない。
もちろん二人が見回りに行こうと、サリ以外はまだ収穫作業中。サリは持参のハムと鮭のほか、畑の野菜で育ちすぎたものを貰って夕食の準備に取り掛かる。ついでにピリカにはベリーが山盛りの籠を背負ってもらい、荷馬車に積み替えるのもやっておく。それでも手が足りない分は、もちろんヒューリアが。
「ピリカ‥‥その手はなんですか」
籠を下ろしたら、やれやれとでも言いそうに座り込んだピリカが首を傾げて前足を差し出した。目はベリーの籠に行っているから、つまりは『ちょっと分けて』ということだろう。後でと言ったら、『仕方ないなあ』と言う顔付き。他の人には分からなくても、サリには分かる。
この頃、果樹園ではエリザベートがドゥリーンヌイを発見していたが‥‥おなかがネズミほどの大きさに膨れて、至極満足した様子で伸びていたので何もせずに置いてきた。帰る頃に拾いに来れば、いい具合になっているだろう。何がとは、蛇好きでなければ聞かないほうがいい話。
そして見回りのルネは、付いてきた猫のキルシェを抱いて歩いていたが‥‥これがまた、同行のラルフェンに威嚇の唸り声を欠かさない。心臓ばくばくの大興奮だ。ペットの独占欲と笑うには、ちょっと激しすぎる。
せっかく収穫の時はラルフェンと一緒で楽しかったのにというルネの心など知らず、一巡りして皆の所に戻った時にもキルシェはふーふーと鼻息が荒かった。でも熊達を見ると、安全圏のラルフェンの頭の上に。
「キルシェ‥‥その態度はなんなの」
もちろん、聞く耳は持たない。
夕食は精霊分も見込んで作られて、労働後でもありとても美味しかったのだが、食事が絶対に必要なわけではない精霊達はとっとと休んでしまっている。余ったものはいつも以上に空腹だった皆と、何でも一通り食べてみたいらしい熊達のおなかに収まった。
翌日は、シャリンが近くの街道まで収穫物のお届けに回り、ヒューリアとアーシアと一緒に見回りも済ませてきた。小麦畑ではシルヴァーナが、果樹園のベリー以外の地域はスタウトが『自分の縄張り』と主張するかのように歩き回っているので、ついでに激励もしておく。返事はないのだが、異常もないのでまあよい。
自由意志で孤高を保っているものはさておき、人は朝から晩まで大抵が収穫作業だ。時々サリとルネが食事作りで、ラルフェンとユクセルが力仕事で抜ける以外は、朝から晩までベリーの林の中を歩いている。
この時期、案外と夜明けが早く、日暮れは遅いから魔力回復のための睡眠時間が足らなくならないように気をつける必要もあった。
後は、熱心に収穫をしていたエリザベートが四日目の仕事上がりに口にした、
「この染み、いつ落ちるのかしら」
指先が青紫に染まってしまったのも、特に女性達には気になるところ。水で洗っても、ほとんど落ちないから、キエフに戻っても数日はそのままかもしれない。シャリンやサリなど掌まで染まっている。精霊達は手より上着の方が大変なことになっていて、ユクセルが心配していたりする。汚してもいいとは言われたが、派手に染みになっていて何を仕出かしたのかと心配もしていた。
まるでお父さんねと言われて、珍しく二の句が告げなくなっていたりもするが。いわゆる躾にうるさい自覚はあっても、父親自覚はなかったのだろう。まあ千早との関係は良好そうなので、他もからかうだけだ。
やがて明日は帰るという日になって、全員が。
「持って帰っていいのよねー」
「必要ならクーリングもかけるが」
「食べていいのは、終わってからですよ」
「ジャムにしたら美味しそうね」
「菓子もうまそうだ」
「せっかくですから、少しはいただいてみましょうか」
今まで同様一生懸命、でも仕分けの時の籠の数をなんだかいっぱいにして働いたのは、ベリーのお持ち帰りを画策していたからだった。最初から報酬割増し分が出たら現物支給でと頼んでおいたが、三日目に収穫分を届けた際に人数の割にたくさん採れていたと喜ばれ、必要な分だけ取り分けていいと快諾されていたのだ。よって、それぞれが欲しい分量を貰うべく、仕事に勤しんでいた。相談したわけでもないのに、自分が欲しい分量の倍を収穫すればいいかなと思っている。ラルフェンは苗木も欲しかったが、流石に今回は考えるだけ。
皆が持って帰る分は、本日は午前中たっぷりと美味しい草を食べていた宝と、ベリーをしこたま食べたピリカが運んでくれることになっていた。二頭とも、午後からは休憩中。
皆は相変わらずせっせと働いて、目的の量のベリーを確保した。それでルネとサリは午後から洗濯を、ラルフェンは刃物の手入れに精を出す。借りた道具は綺麗にして返したいものである。
流石に夕方には皆疲れ果て、いつもより少し早くに仕事を終えて、一休みと思ったが‥‥
「キルシェーっ! 降りなさい!」
「ドゥリーンヌイ、籠に入れますよ」
大分動けるようになったドゥリーンヌイが、ちょっかいをかけたキルシェに牙をむき、なかなか見事な戦いの図を展開しようとして、シルヴァーナに左右に蹴り分けられていた。キルシェは相当驚いたのかサリ、ユクセルの肩を経て、ラルフェンの頭の上で毛並みを逆立てている。のべつ幕なしにシャーッとやらかしたので、小熊とスタウトが鼻息を荒くしてピリカに背中をなめられていた。
精霊達は、本日も速やかに休息の時間に突入している。
そして、人も倒れるように寝たのだった。明日も早朝はまた働きたい。もうちょっとベリーが欲しいし、見回りもしなくては‥‥
でも、翌朝は起きるのが今までになく辛かったのだった。
頑張って起きて、持って帰れるベリーを増やしたけれども。