猫と首飾りに愛の手を

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月11日〜01月18日

リプレイ公開日:2005年01月19日

●オープニング

 ノルマン王国の王都パリには、その昔の遺跡として下水道なるものが通っている地区がある。一部は今も使われているそうだ。

「ご自宅の下の下水道跡は、現在は未使用ですか。そうでなければ確かに入り込みませんけれどねぇ」

 冒険者ギルドの受付で、いつものように受付の係員が、よくある光景の慌てた依頼人から、何事でそんなに難儀しているのかを確認していた。
 パリに限らず多くの冒険者ギルドは、年中無休の一日丸々営業、どんな深夜に飛び込んでも係員が必ずいる。元は商人ギルドの護衛募集から発生したといわれる同業者組合だけに、火急の用件にも対応できるように体制が整っているのだ。
 よって、いまだ冒険に出たことのない者が、時間を考えずにいつ来ても、誰かしらが迎えてくれるということだ。なかなか丁寧、かつ優しくとはいかないが。

「猫ですよね? それほど慌てて騒がなくても、勝手気ままに飽きたら戻ってくるかもしれませんが、依頼なさいますか?」
「これが慌てずにいられるか! 大至急で、下水道から外に出ない内に見付けてほしいんだよ」

 ただし、依頼人はその仕事を果たした冒険者には報酬を、ギルドには仲介手数料を、そして両方に社会的な信用や周囲からの信頼をもたらしてくれる相手なので、基本的に丁寧かつ優しく迎えてもらえる。例え興奮のあまり、唾を飛ばして話をしようと。
 もちろん係員の笑顔だって崩れないが、カウンターの後ろから覗き込んだら、係員だって拳の一つくらい握っているかもしれない。でも、顔はにっこり。

「あれがないと、うちの信用は台無しなんだー!」

 とうとう号泣し始めた依頼人から、係員が根気強く聞きだした事情は以下の通りだ。
 この依頼人、宝飾品を扱う商人である。職人と買い手の間を取り持って、利益を上げているようだ。先日も馴染みの職人から、首飾りを一つ受け取った。これを別の職人に頼んだ美麗な箱に収めて、買い手に渡せば万々歳。‥‥そのはずだったのだが。

 彼は猫好きだった。

 首飾りが届いて、入れる箱も出来上がり、商人は非常にいい気分で首飾りを箱に収めようとしていた。その時、可愛い飼い猫は横にいたという。
 ところが、使用人が彼を呼んだので、彼は首飾りを手にしたまま後ろを振り返り、飼い猫がなにやら手に擦り寄ってくるのを反対の手で撫でていたところ、である。

「首飾りが、うちのウィルの体に引っかかったんだ。こんなときになんだが、それは良く似合っていてねぇ」
「さようですか。猫の名前はウィルくん、と」

 商人の個人的感想はさておき、運悪く首飾りが絡まってしまった飼い猫は、金具が耳に引っかかって驚いたらしい。そのままの姿で部屋を飛び出し、あちこち走り回った挙句に下水道跡に逃げ込んでしまったのだ。
 以降半日、行方が知れない。
 もちろん首飾りも一緒に行方不明のため、商人は青くなって冒険者ギルドに飛び込んできたのである。

「首飾りが見付からないと信用は台無しだし、あの子が見付からなかったら生き甲斐がなくなってしまう」

 商人の希望は、飼い猫と首飾りを探して、どちらも自分の手元に戻してほしいというものだ。
 片方でも戻らなかったら、そのまま倒れてしまいそうな勢いではある。

「下水道跡ね。街中だからオークが出ることはないし、せいぜいがネズミ程度で最初に受けるには悪くない話だよ。たまに一メートルくらいのネズミも目撃されるらしいけど」

 係員は簡単に言うが、一メートルのネズミことジャイアントラットは猫より大きい。早く猫を探さないと、猫がネズミにバリバリごっくんなんてことも考えられるだろう。
 お祈りの姿勢で固まっている商人のため、または将来の英雄殿の最初の一歩として、下水道に潜ってくれる冒険者をギルドは募集している。

●今回の参加者

 ea1731 日下部 まろん(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea7165 ターシャ・リトル(25歳・♀・ファイター・パラ・ノルマン王国)
 eb0025 レリス・ウィリア(23歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 eb0377 ルーシェ・フィオル(21歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0428 フォルテ・マエストロ(21歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

●彼らは今、道に迷っていた
「だから‥‥あれほど言ったでしょう」
 いつも冷静で、この四人の中ではまとめ役をしているフォルテ・マエストロ(eb0428)がそう呟いたのは、もちろんパリ市街地下の下水道の中だった。彼の前では、日下部まろん(ea1731)が照れ笑いを浮かべている。
「あのねフォルテさん、まろんさんも悪気があったんじゃないし、許してあげてよ。ね?」
 おさげのルーシェ・フィオル(eb0377)が、取り成しているようで当たり前すぎることを言っている。
「とりあえず、来た道を戻ってみるしかないよねぇ」
 こちらもおさげのターシャ・リトル(ea7165)ものんびりと口にしたが、それで事態が改善するかは未知数だ。
「ごめんね、次は気をつけるからね」
 まろんが心底反省したように頭を下げたが、彼女の『次は気をつける』はこれで三回目だ。フォルテが『ここで自分が踏ん張らないで、誰がこの三人をつれて帰る』と、自分を奮い立たせたことは内緒だ。『リーダー』とは、心の琴線を震わせるなかなかいい言葉である。
「今度からは、一人で走り出したら駄目だよ? みんなでせーのっだからね」
 ルーシェが外見的には同年代のまろんに言い聞かせ、この中では文句なし最年少で一番小柄なターシャがもっともらしく頷いている。ターシャが小柄なのはパラなので当然だが。
 皆で走り出してもいけないんだと、フォルテは言うべきか悩んでいる。
 依頼人の愛猫ウィルを捜し始めて二日目。これが初仕事の冒険者四名は、仲良く自分達が遭難しかかっていた‥‥

●たまにはそんなこともある
 初心者冒険者達の一日目。
 冒険者ギルドの係員は、依頼を受けたのは五人だと言っていた。しかし当日になって集まったのは四人だ。係員によれば、時になんらかの事情で人数が増減することもなくはないらしい。
 それで四人になってしまった彼と彼女達だが、依頼人は人数が足りないとかなんとかは言わなかった。とにかく猫を見付け出してくれと、いい歳をして、地位も財産もありそうな男性がぼろぼろ泣いている。
 この様子に俄然やる気を出したのが、ルーシェとターシャだ。早く見付けてウィルちゃんにはご飯を、依頼人には安心をあげようと燃えている。当人達はあまり考えていないが、それが出来ないと彼女達自身の評価にも関わるのだ。失敗するとごめんなさいでは済まない。
 この二人に問われるままに、依頼人はウィルの好きな食べ物や日頃使っている古毛布などを出してくれた。捕まえたときに運ぶための籠も、二つも貸してくれる。
 ちなみに、このウィルは全体に茶色っぽい猫で、性格はやんちゃ。よく庭から虫や小鳥を取ってきて、家の中に置いていくとか。
「それでは、地下でもそう簡単に怪我をしたりしないでしょう」
 年取っていたり、野性味を無くしている猫だと心配だったがとフォルテが口にした途端、依頼人はふらふらと倒れかけた。それが問題の下水道の入口に案内してもらうところだったから、慌ててフォルテが支えようとして踏ん張り切れず、まろんが手を貸してまたふらつき、そんなまろんの腰をターシャが、ルーシェが皆の反対側から依頼人を引っ張って事なきを得た。
 いくら男性でもエルフのウィザードと、若い女性、そして若い女性でもファイターなのだが小柄なパラ、実はハーフエルフのレンジャーである彼と彼女達は、こんな些細なことで気を引き締めた。油断大敵だ。
 そして、用意してきたランタンに灯をともして下水道の中に入っていったのだが‥‥この日は何の生き物の姿も見ることが出来ず、最初の分岐点でまろんとフォルテ、ルーシェとターシャの二組に別れて、中の見取り図を描いたり、分岐点の度に壁にしるしを描いたりして終わってしまった。フォルテはずっと屈んで歩き、その上で見取り図を描いていたから、出来映えが大変気に入らないようだ。
 帰る道々、少しずつウィルの餌をまき、入口に近いところで籠を一つ使って簡単な罠をかけた。これはルーシェとまろんの共同製作で‥‥ターシャとフォルテは思ったものだ。
 自分が作るよりは絶対にましだが、素早い猫に通じるか不安だと。素人仕事より幾らかまし程度の腕なので、これは致し方ない。修練すれば、いずれはその方面で名を上げるかも知れないが‥‥それとてまずは初仕事を果たしてからだ。
 とりあえず、寒い下水道跡から戻って、高い保存食を消費することなく、暖かい料理にありついた四人は思っていた。
「上着がないと寒いですね」
「まだパリの町中だからいいけどね」
 フォルテとターシャの会話の間、罠作りで冷たい石の床に屈み込んでいたまろんとルーシェは温まった器で手を暖めている。

●そして発見はあったけど
 二日目の朝。
 昨日より顔色が悪くなった依頼人に見送られて、四人は再度下水道跡に潜っていった。最初に確認するのは、もちろん昨日仕掛けた罠だ。
「あ〜っ! 見て見てっ!」
 通路内に響き渡る大声は、もちろんまろんである。昨日一日で、残る三人はよく理解した。まろんは一生懸命のあまりではあるが、無理を言い、無茶をすることを。おかげで組んでいるフォルテのクールさが際立ち、自然と彼がリーダー格として物事を仕切っている。
 もう一組はターシャが分岐点ではあまり悩まず行き先を決め、ルーシェが無邪気に頷くという傾向で、なかなかうまく言っている。
 ただ、彼女達は何かとよくしゃべるので、仮に何かがいても寄ってこないだろうと思われたりもする。
 ともかく、この時まろんが叫んだのには、もちろん理由があった。罠にしていた籠が動いており、その隙間からきらきらしたものが見えるからだ。もちろん彼女達は走り出す。唯一走れないフォルテは、それでも早足で後を追った。こんな場所で、ランタンの灯に反射するものなど滅多にない。少なくとも昨日はなかったものが、そこにあるのは間違いなかった。
 でも‥‥
「ウィルちゃんがいないよぉ」
 がっくりと肩を落として、ルーシェが三人分の心境を代弁した。確かに置いてあった餌はなく、罠がきちんと動いた形跡はあるのだが、籠はひっくり返されていた。ウィルが籠を蹴飛ばして、逃走を図ったのだろう。
 かかったのがウィルだと言うのは、籠の中に落ちていた首飾りが証明してくれる。一応彼と彼女達の仕事の半分は達成されたことになるが‥‥
「落ち着きましょう。まずは依頼人にこれを届けなくては」
 その後交代で、罠の見張りと下水道跡の奥の捜索とをしたほうがいいと言いたいフォルテだが、『ウィルちゃん大事』で一致している女性陣が聞く耳を持たないのが悩みの種だ。
 そうして、揃って首飾りを届けにいき、ついでにウィルの好きな餌を大量に貰って下水道跡に戻った四人は。
「何かいた!」
 という一言で走り出したまろんにより遭難しかけたが、凍死も餓死もしないうちには外に出られた。もう真夜中だったりしたが。
 依頼人は心労のあまり、寝込んだそうだ。

●クールに行こう
 前日、大変な思いをした三日目。
 それでも罠だけは強化して、再度仕掛けておいた四人は、フォルテの『これ以上無様な真似はしないように』との注意のもと、二手に別れて罠の確認と、奥の捜索をすることにしていたが、予定は予定通りになど進まない。
 入口をくぐった途端に、罠を仕掛けたあたりでシューッと息を吐く音がする。しかも二つ。合間にフギャッやキュッと鳴き声もするが、どうやらそれは二種類ある。
 罠には、ウィルの好きな餌がこんもりと盛ってあるし、片方の鳴き声は猫のものだからウィルだろう。では、もう一つは?
「‥‥ジャイアントラット?」
 声を潜めてターシャが口にしたものの可能性は高い。他に何かいるなんて聞いていないし、声もそれっぽいからだ。
 問題は、誰もウィルとジャイアントラットが同時に見付かると思っていなかったこと。ましてや双方、餌を巡ってにらみ合いの最中らしい。下手に踏み込めば、両方が逃げてしまうだろう。ジャイアントラットには逃げてもらって、まったく構わないのだけれど。
 そうして、三対六つの目がまろんに向いた。彼女の忍術には、相手を眠らせるものがあると聞いているからだ。これはもう、彼女に任せるのが得策だろう。
 そして当人も昨日の失態を払拭するべく、非常にやる気だった。が、気分が高揚しすぎたか、単なる経験不足か、なかなか忍術が発現しないでいる。
 この間にルーシェは万が一に備えて弓矢を準備し、ターシャも剣の柄に手をかけた。残念ながらフォルテの魔法はこの場向きではないので、灯を持つ係になる。ターシャのマントを借りて覆い代わりにし、ちょっとずつ近寄ってはまろんが気張っているのをやや遠方から見守っていた三人の耳に『ギャーッ!』という鳴き声が響いたのは、この時だ。他にまろんの周囲で何か見えたが、暗がりでは何だったのか分からない。
 そしてもちろん、まろんはちゃっちゃっと走り出している。慌てたフォルテが覆いを外し、灯が遠くまで届くように天井近くまでランタンを掲げた。
 彼と彼女達に見えたのは、一対の緑色に光る目だ。もっと近付くと、かっと開けた口の中が真赤に染まっている。
「ウィルちゃん、強いんだね」
 結局のところ、まろんの忍術は彼らなりに戦闘状態だった猫とネズミには利かず、ウィルは自らの力で勝利をもぎ取っていた。
「やんちゃと言うより、乱暴な‥‥」
 思わずこんな感想を漏らした者もいたが、依頼人には聞かれなかったので良いとしよう。
 発見されたウィルは、置いてあった餌を心行くまで食べた後、下水道跡の奥へは四人に邪魔されて行けないと知ると、意気揚々と入口に向かっていった。途中、違う道に進みそうになったので、ルーシェが首を掴んで抱き上げ、そのまま嫌がられながらも運び出してしまう。

●依頼人は大喜び
 愛猫発見に、依頼人はまた涙を流していた。今度は嬉し泣きなので、まあ問題はない。
「昨日はなかなか戻らないからどうなることかと思いましたが、何か仕掛けをしてたんですね」
 いや素晴らしいと、かなり的を外れたことを言い、勝手に感激している依頼人を前に、四人は言えなかった。
 昨日は自分達も迷っていたんです、とは。
 でも。
 二度とこんなことがないように、よくよく修業しようと思ったかどうかは、人それぞれなのである。