●リプレイ本文
見たくもないのに見せられてしまった心境。今、彼らの気分はそれだった。
いや、当初話だけ聞いていた時は、別に一目くらいは見てもいいかなと思ったのだ。エルディン・アトワイト(ec0290)など見てやろうと言わんばかりに意気込んでいたが、現在は耳までうな垂れている。
そこまでではないが、カメリア・リード(ec2307)は愛犬を意味もなく撫でているし、ヴィタリー・チャイカ(ec5023)は道端の草を、オルフェ・ラディアス(eb6340)は空を眺めている。
かろうじて最初に立ち直った気配のエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)が、迎えに来たユーリーにマントを羽織るように勧めて、ようやく皆のなんともいえない変な気分の原因は隠れたが‥‥
赤ん坊のようにガーゴイル像の出来損ないみたいな素焼きの像を背負っている、女顔の騎士ってどうなのか。
これが、依頼人であるユーリーに対する皆の印象だった。当人はにこにこと、皆が口々に勧めた『大事なものが土埃を被らないように』という方便を信じている。
さて、ノモロイの悪魔像との劇的な出会いはさておき。
五人が請け負った依頼は三十キロの街道整備と通行人の荷物改めだが、場所はキエフから徒歩一日半から二日半くらいの位置だった。作業に従事する人数は七十人程度。食事の支度や荷物の運搬補助の名目で十人ほど、女性や少年が付いている。これに代官達と冒険者が各五人でおおよそ九十人。作業に携わる人々はすでに現地に向かっていて、必要な道具も運び込んでいるところだ。
この合流場所が馬などの移動手段を持っている彼らであれば、急げば半日前後で到着出来そうな場所だったので、出発前に冒険者達から幾つか希望が出された。
まず彼らの計画は、作業範囲を代官の人数に合わせて五つに分け、人も同様に配分。六キロごとに一班配置して、それぞれに作業を進めてもらう。出来れば一キロか二キロ毎に、作業完了距離を掴む為の看板でも立て、そこに何か応援の言葉でも書いたらどうかというのが一つ。
荷物改めは皆が必ず通行する箇所に一つから三つくらい関所を設けて、問題なければ確認の印としてヴィタリーの友人ジルベールが作ってくれる印章を押した布を持たせる。出来れば確認した関所か人毎に印章を押す色を変えたいのだが、これは印章が一つだと色が混ざると指摘されたので、布に色糸をつけてもらうことにした。そういうものなら現地で用意した中にあるから、あるだけ使っても構わないそうだ。
「針も必要ですが、大丈夫でしょうか」
「女の人は仕事の合間に裁縫もするから、全部借りられますよ」
オルフェが念を入れて確かめたが、キエフで買い足す必要があるのは印章を掘る木片だけのようだ。これの支払いはユーリーがして、エルンストが彫刻刀のマイスターグレイバーを貸し、彫り終えたらペガサスで追いかけてもらうことになる。
掘るのはジャパン語の愛の文字。左右非対称で真似がしにくいとの判断らしい。読めるのはエルディンとヴィタリーだけだが、そのくらい馴染みがないほうが目印にはよいだろう。
後はエルンストが口にしたように、荷物を改めて通行証を渡した相手の記録を取る羊皮紙への記録の仕方を揃えたり、どこに通行証を縫い付けるかなど相談しながら移動する。
途中、すれ違う人に街道の様子を尋ねると、ユーリーが話した武器の密輸の話が出てきたものの、それ以外には目立って不穏な気配を感じることはないようだった。所々ですでに関所が出来ているため、移動に少し時間が掛かると、そんな話もある。
そこまではたいした問題はなかったが、作業の達成距離を示す目印にユーリーが『僕の天使様を使っていいですよ』と申し出て、五人が冷や汗をかく一幕はあった。そんなに何体も持ち歩くなよと思ったけれど、いずれも対応は大人。
更にエルディンとカメリアが、
「それなら、読めないまでも聖書の文言を書き記して、少しでも憶えてくれるようにしましょう」
「私も動物の絵なら描けます、多分」
それぞれ出来ることを畳み掛けて、ユーリーに看板用の板も用意してもらうことにする。これで決める事は全部決めて、準備の協力も取り付けたが、妙に疲れた五人だった。
疲れはしたものの、道程は非常に順調で昼過ぎには印章を受け取るために途中で待つことにしたヴィタリー以外は、全員が合流場所に到着した。作業する村人との顔合わせもして、すぐにまずは班分けと目印設置に動き始める。班分けは村人の様子が分かる代官達に任せ、看板をエルディンとカメリアが描き、オルフェが作る。
関所の位置は地図を見ながら、エルンストがユーリーと相談だ。人数と作業の手間を考えると、設置はやはり一箇所が限界だろうとなり、出来るだけ迂回路がないか、周辺の見回りがしやすい場所を選んで、他の人々の意見も入れつつ決めておく。
夕方近くにヴィタリーが無事に合流して、班分けされた人々は宿営地も分けて移動を済ませ、翌日から作業に取り掛かることとなる。
街道で人が多く動くのは、早朝と夕方だ。朝はキエフに向かう近郊の者がほとんど、夕方は用を済ませて帰る者だ。合間に通るのが朝以降にキエフを出発してどこかに向かう者とその逆となる。
関所ではエルディンとオルフェが道行く人に、温和な笑顔で荷物の中身を改めることを申し出ていた。きちんとアルドスキー家と隣接領主らの紋が入った許可証を掲げているし、すでに他でも行われていることなので、大半は今度はここにも関所が出来たかとおおむね協力的。問題は市場や取引先に商品を届けに行く人々で、一刻も早く先に行きたいから順番を巡って言い争いになったりする。
「まあまあ、お二人がそう頑張らずに譲り合ってくだされば、話は早く済みますから」
エルディンがにこやかに仲裁に入ると大概は収まるが、やはりその分時間は掛かる。オルフェは木箱なども手にした道具で速やかに開け閉めして、ほとんど元と変わらない状態に戻して中身の確認済ませていたが、鶏がぎっしり詰め込まれた大きな籠などは開けるわけにもいかない。
そうなると記録と確認済みの印を渡すのに携わっていたエルンストとスクロールの出番になり、念の入った確認の後には徒歩の者、荷馬車の者の別に定められた位置に印章を押した布が縫い付けられた。これは食事の支度の合間に、女性達が交代で協力してくれている。
関所が一箇所なので、色糸は確認したおおよその時間と品物を示すものに変更されたが、それが小さくても花や木の枝などの刺繍だから縫い付けられる方も嬉しそうだ。本当は女性達の作った大事な商品だが、代官の妻が『持ち帰っても使えるものをあげたら手放さないし、こちらの印象も良くなるから』と主張して、大放出に至る。
「俺は雇われのウィザードだな。こんな作業は時間を掛けずに済ませるのが一番だからな」
聖職者に騎士など、明らかに普通の関所とは様子が違うので何か大事件でも起きたかと心配する者もいたが、尋ねられたエルンストは要点のみ返答で不審者については触れなかった。実際にエルディンが並ばせて事情を説明し、オルフェが荷物を改めて、エルンストが記録して許可証を渡す作業は、言い争いなどがなければ流れるようで、午前中に通った八組は言い争い一件のみで通過している。
「税の徴収はしていませんから、お気になさらず。商売頑張ってきてください」
街道の整備も始まっているから、通行税の名目で何か取られると早合点して『卵三つで勘弁して欲しい』などと言われたこともあったが、オルフェがにこやかに激励だけ返したのもよかったようだ。
街道整備は、ヴィタリーとカメリアが代官達と共に目配りする形で始まっていた。
「自分の前はしっかりと、隣と高さを合わせることも忘れずにだぞ。大丈夫か?」
「途中で交代してもいいか」
「休憩したら、違う仕事の人同士で交代にしましょう。それでいいですか?」
やることは、まず障害物があれば取り除く。次に轍の跡や荒天で出来た凹凸を土を入れたり、均したりで平らにし、最後に被せた土が飛ばないように突き固める。道具はきちんとしているが、漫然と仕事をしたらぼこぼこした路面になりかねない。
よってヴィタリーは出発点に村人を均しと突き固めの二人一組で横一列に並べて、自分の前をきっちりと作業しつつ進むように促した。自然と競争のようになってくるので、多少は作業が早く進むかも知れないという期待もある。
その進行具合と出来上がりは、カメリアが主にフライングブルームで上空から確かめてくれることになり、ついでに全体を回ってそれぞれの進行状況も細かに知らせてくれる。こちらも他所と競争する気分で熱心さが増せば、より効果的だろう。
ヴィタリー自身が大きな障害物があるところに率先して赴き、石を取り除いたり、均しに足りない土を掘ってきたりと働くので、村人達もけして手を抜くことはない。代官達は通行人や迂回者の有無と、皆の体調に注意していればいい状態だ。
皆のペットも端々で目を光らせ、でも結局何事もなく、一日は過ぎていった。
二日目も大体同様。
違ったのは、食事場所も二つに分かれた村人達の宿営地で、昨日とは別の人々と一緒に食事をしようとしたカメリアが、女性達に捕まったことだ。
「私は本格的に学んだわけではないのですが〜」
『天使様』見るの嫌さに看板に絵を描いたのが、刺繍しやすい絵柄で色々描けと要求されて慌てている。
そういう様子を端から見ている男性陣は皆元気なものだという感想で、明日からの作業も滞りなく進むだろうと思われた。
けれども、三日目の早朝。毎朝会うので顔なじみになったキエフに食料品を運ぶ近くの村人が、こう言った。
「この後で商人が通るはずだよ。馬車が二つだってさ。他よりここの関所が通りやすいって言ったって」
別の村人からの伝聞を知らせて、そんな大荷物が通るから今日は忙しいぞと笑いあっていたのだが、二時間経っても『馬車二両』が通らない。カメリアが街道を遡ってそれらしい一団を探したが見付からず、ヴィタリー、エルンストも加わって更に広範囲で探したが、上空から見えやすいところにはいない。
こうなると不審な一行として探すのが仕事だから、街道整備と関所は代官達に任せて、五人はそれぞれ装備を整えて、目撃証言のあった辺りに向かった。街道から大きく外れた林の中に入る轍の跡を見付けたのが昼過ぎで、それをオルフェが先んじて追いかけ、大分街道を離れて林から出る直前で馬車を発見した。
「馬をくびきから外していたので、夜に移動するつもりでしょう。林の中は日中でないと動けないので、多分休み始めて間がない頃ですね」
馬が四頭で、馬車には幌が被せてあり、轍の深さから荷物は重い。人数は最低四人だが、それはあくまでオルフェに見えた数だ。
「ブレスセンサーで確かめられるが、どうする?」
「呼吸が分かれば、寝ているかどうかも分かるだろう。今のところ頼む」
石の中の蝶にはこれまでまったく変化がないが、エルンストとヴィタリーの相談は手早くまとまった。エルディンは念を入れて、感知魔法でデビルの気配を探るが反応はない。
「クォーツ、まだですよ」
カメリアはハウンドを抱えて、いつでもフライングブルームで相手を囲む位置に移動できる体勢だ。ヴィタリーと二人で見回りと称して回り込む予定。
まずはオルフェの先導でエルンストとエルディンが馬車に近付き、頃合を計ってカメリアとヴィタリーがフライングブルームにまたがった。普段は絶対に上空から人に話しかけることはしないが、今回は地上すれすれまで降りても、まずは相手の手の届かない位置から声を掛けるべく近付いて‥‥
そんな二人の姿が見えると同時に、馬車の外にいた四人が、中から更に三人ほど叩き起こして身構えるのを見た後方の三人は、ほとんど躊躇わなかった。他に人がいないのは、エルンストが確認済みだ。
それでも一応声を掛けようとはしたが、馬車から明らかに商人の自衛のものとは思えない剣を抜いたので、エルンストがウィンドスラッシュで幌を破く。中に木箱が積み上げられていて、それとは別に弓矢も備えられていたのを見て取ったオルフェが、木々に紛れて近付いていく。エルディンはコアギュレイトで捕縛を目指す。
林の終わり、開けた方から近付いたヴィタリーはブラックホーリーで、カメリアはライトニングサンダーボルトを使う。後者は最初の一撃は人に当てないように地面に目掛け、次からは威力を絞って抵抗の素振りを見せる者を狙った。他の人々も、攻撃魔法は威力を絞って、戦意を喪失させる方向で攻めていた。
更に暴れようとすればコアギュレイトか、近付いたオルフェに木刀で殴り倒される。武器は立派だったが、それほど力量があるわけではなく、二人ばかりが失神、三人がコアギュレイトで立ち尽くし、残る二人は戦意を失くして縮こまって、全員が身動きもままならぬように縛り上げられた。
馬車の荷物をざっと改めると、剣が入った箱が複数と乾かした木の枝を刻んだものが二箱。他に回復薬が入った箱もあり、すべて日用品の詰められた箱の下に置かれていた。これだけ持っていて、どこの商人ギルドの身分証明書も出て来ないから、真っ当な取引が出来る身分の者達ではないはずだ。とりあえず縛り上げた七人も馬車に乗せて、関所に戻る。
明るいところで、ヴィタリーとエルディンが木の枝を確かめたところ、燻すと幻覚作用があるものだろうと判った。使用目的を問い質してみたが、縛り上げられた七人は白状しない。
捕らえるところまでは依頼だが、尋問は含まれていないし、重要なことがわかっても彼らではすぐには動けない。場所からして本家が遠いアルドスキー家より、キエフの官憲に任せようということになって、ユーリーが認めた書状を持って、ヴィタリーがキエフに向かった。
この日の夜には、キエフから二十数名の騎士がやってきて、不審者達を引き取っていってくれた。その間に皆が聞きだしたところでは、キエフを迂回して、どこか指定された地域に向かうはずだったようだ。そこまで聞き出せないうちの引き渡しだが、事と次第ではまた冒険者ギルドにも依頼があるだろう。
そうして翌日から。
見回りの回数を増やし、通る者がいない時は皆で整備にも参加。作業が遅れているところは一緒に仕事をして励まし、進んでいるところは誉めて、関所を通る人々には変わらず手早い対応を。
そうして仕事をしている間に、通る人々からはおかしなことがあればすぐに知らせてもらえるようにもなったが、もう一つ。
「すごい捕り物だったんだって?」
噂がこれでもかと大袈裟に広まって、土産話にと事情を知りたがる人々が、かえって関所を混雑させるという不思議なことになっていた。
でも街道は通り易くなって、関所でちょっと時間がかかっても大丈夫なくらいに、整備が完了している。