森の中の逃走者

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 27 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月14日〜11月17日

リプレイ公開日:2009年11月25日

●オープニング

 長いこと、船というのに乗った。
 三人一緒で広い部屋に入れられて、物置がないので寝る場所に困ってしまったが、端っこで寝ていても怒られずに済んだ。
 それから馬車に乗せられて、立派なおうちに連れてこられて、今までより親切そうな女の人のところで働かされることになった。
 でも、おうちの偉い人は三人のことが気に入らないようで、すごく怒っていたのだ。
 捨てて来いと言っていたので、三人はこっそりそこから逃げ出した。


 キエフ公国の貴族アルドスキー家の次期当主のイヴァン・アルドスキーが、険しい顔付きで冒険者ギルドにやってきたのはまだ朝も早い時間帯だった。
「人手が欲しい。森の中で子供を捜す仕事だ。今すぐ出られる者はいるか」
「お子さんですか‥‥種族、年齢、外見の特徴などをお願いします。お一人で?」
「三人だ。ハーフエルフで、上から二十、十、六歳。人間年齢だと半分くらいか‥‥もう一つ、二つ下に見てくれ。全員女の子だが、ひどく痩せている。髪の色は上の子から、茶、黒、金だと思うが‥‥相当汚れているから、三人ともこげ茶に見えるな。服装は茶の上下。下はズボンだ。上着がない」
 食料は少しだけ持って出たと言うが、その前の段階が貴族が依頼する人捜しにしては不審すぎて、受付の顔にもそれが出たようだ。
「他国から引き取ったばかりの子供だ。他に相談せずに連れてきたので、私が父親に叱責されていたのを聞いて、驚いて逃げたらしい」
 すでに親族や家臣が出て捜索しているが、小さな子供が三人で森の中だ。人手は多いに越したことはないと、冒険者に依頼を出しに駆けつけたらしい。

 その頃、キエフ郊外の森の中にあるアルドスキー家別邸近くの森を探索中のイヴァンの兄弟達は、家臣と共にぼやいていた。
「他国に出すと、子供を連れてくるのは習性か? 姉妹でもないのを三人も見付けるのは才能だな」
「行った先で人買いが連れていたそうですよ。娼館に売るつもりが引き取り手がなくて」
「他所の国ではそうだろうな。落ち着いた環境で育てなくては、狂化しやすくもなるだろうし」
「そういう輩に金を握らせるのは業腹で、脅したのか、言いくるめたのかして、金は払わずに連れてきたそうですが‥‥次兄殿は子供の世話が下手だから」
 ハーフエルフ至上主義の下、ハーフエルフ同士の現イルドスキー家当主夫妻から生まれた男子は三人、上からエルフ、ハーフエルフ、人間と種族が分かれ、跡取りは次男でハーフエルフのイヴァンと生まれた時に決まっている。
 その跡取りが、他国からハーフエルフの子供を引き取ってきたのは初めてではない。そちらは幼い女の双子で、直前に子が他界していた弟が引き取って養女として育てている。
 前回はそうやってきちんと育てる家庭のあてがあったが、今回はまだ結婚が先の自分が引き取ると言ったので、考えなしと当主に責められた。その叱責を耳にした子供達が怯えて逃げてしまったようなので、当主も大分反省して、大規模探索になっているが‥‥
「子供の世話は下手なくせに、当人は案外子供好きなのが問題だな」
「長兄殿も。今の大問題は子供が間違いなく迷子になっていることですよ」
 森の中は夜が明けても相当寒い。そこに地理も不案内どころか、栄養不良で足元も怪しい子供達が目的地もなく入り込んでいれば、それはもう迷子確定だ。
「犬が出せればよかったが‥‥」
 狩りでも犯罪者の捕縛でもなく、子供の保護が目的だ。子供が怯えるだろう犬での追跡はせずにいるのも、時間が掛かっている理由の一つだった。

●今回の参加者

 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0655 ラザフォード・サークレット(27歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb5977 リディエール・アンティロープ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb6340 オルフェ・ラディアス(26歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ec5023 ヴィタリー・チャイカ(36歳・♂・クレリック・人間・ロシア王国)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ ジルベール・ダリエ(ec5609

●リプレイ本文

 事が事なので、移動は速やかに。その為に依頼人が迎えの馬車を呼ぼうかと口にしたのは、キエフの城門を出てからだ。幾ら慌てていても、街中で馬を疾走させるほど理性が飛んでいるわけではないようだ。
 確かに、事が急を要することは皆承知している。ヴィタリー・チャイカ(ec5023)とエルディン・アトワイト(ec0290)が取り出した空飛ぶ絨毯や自分の騎獣に分散して移動することで、まずは話がまとまった。細かい事情を確認するのは難しいが、冒険者ギルドでの説明に追加することはそれほどない。
 子供の名前が年長からマルカ、リーリア、ナターリヤ。ただし名前を呼んでも返事をしたことはなく、恐々縮こまるばかりらしい。
「だいたい三人でこう、一塊にくっついているかな」
「「「「なんですか、それはっ」」」」
 馬を片手で制して、器用に『こんな感じ』と手で示した依頼人に、フィニィ・フォルテン(ea9114)、リディエール・アンティロープ(eb5977)、オルフェ・ラディアス(eb6340)にエルディンと四人の声が飛んだ。別に依頼人の責任ではないのだろうが、幼い子供が三人、背中を丸めて小さくくっついている姿をありありと想像したのか、四人とも顔色が変わっている。
 レティシア・シャンテヒルト(ea6215)は一言も発しなかったが、表情が強張っているし、ヴィタリーは思案顔だ。
「なんと勿体無い。未来の美人は幼い頃から笑顔が似合うというのに」
 一人独自の見解を述べたのはラザフォード・サークレット(eb0655)だが、流石に自分で不謹慎だと思ったのだろう。咳払いをしつつ皆から視線をずらして、前方に向けた時には『急がねばな』と言わずもがなのことを口にしていた。
 そもそもこんな急の出立に付き合うような冒険者達である。気がいいのか、単なる子供好きか、未来への布石かはさておき、捜索の手順は移動しながらもなんとか話し合って、別邸に到着後は速やかに捜索に向かったのだった。

 捜索を請け負ったのは九人、うち二人ゴールド・ストームとジルベール・ダリエは時間の制約があり日暮れまでだ。他の七人は見付かるまで探す気概に溢れていた。早く見付かるに越したことはないが、夜間の捜索も躊躇わない勢いだ。
 それでも闇雲に飛び出したところで効果は上がらないので、まずは二手に分かれることにした。エルディン、レティシア、オルフェ、リディエールの四人とラザフォード、フィニィ、ヴィタリー、ゴールドの四人で二手。ジルベールはフライングブルームで上空から探索だ。
 他にすでに森に入っているアルドスキー家の人々がいるが、こちらは十数人で四つに分かれている。冒険者ギルドに応援を頼むとは承知しているから、会えば情報交換は出来るとの事だ。ただしどの辺りにいるかは、別行動の依頼人には当然ながら分からない。
 ともかくも、子供達が森の中に入っただろう辺りから痕跡を追いかけての探索が始まった。アルドスキー家では猟犬は捜索に出していないが、冒険者の連れている犬猫は制限されなかった。普段の犬の躾け方が違うだろうから、役に立つものは連れて行って構わないという様子だ。
 だがそういう態度だったのも、探しあぐねているかららしいとはしばらくするうちに、どちらの班にも分かってきた。貴族別邸とはいえ人家があるから、周りには細いながらも道がある。最初はそこを辿ったとして、どこで道をそれたのか、それとも道なりに歩いているものかが良く分からない。降り積もった落ち葉の上に移動の痕跡があればいいが、なかなかそれらしいものも見付からず、聞いた子供達の背丈に合わせて、移動できそうな隙間を探すとこの季節にはたくさんあるように見えて仕方がない。不幸中の幸いは、大きな動物の気配もないことだ。子供達が獣に追われて逃げ惑う姿など想像しただけでもぞっとする。
 そのせいもあって、犬猫を連れてきたヴィタリー、エルディン、リディエールは彼らを見えない範囲まで先行させることはしなかった。オルフェとフィニィは驢馬、エルディンは馬を連れていたが、こちらも連れ歩くよりは安全そうな場所に繋いで、そこを中心にあたりを探すようにしている。心細くなった子供達が驢馬、馬を見て、近付いてくる期待もある。
「なにか聞こえたよね?」
「鳥の声にも少し似ていましたが‥‥」
 最初に異変に気付いたのはレティシアとオルフェだった。細い叫び声のような、鳥か猫の鳴き声のようなものが聞こえたと口にしたのだ。同行していたリディエールとエルディンの耳には届かなかったが、先の二人が言うことを疑う理由はない。しばらく四人で耳をすませてみたが、二度は聞こえないところが鳥や動物と思うにはいささか不自然だ。
「こちらの期待のなせる業だとしても、聞こえた方向を探したほうがいいでしょう」
「この方向なら、フィニィさん達に行ってもらった方が早いですよ」
 定時でテレパシーの連絡を入れてくれるフィニィにレティシアが事情を説明し、声が聞こえた方角の捜索を頼む。おおまかに行く先の相談もして、自分達は行っていた作業を終わらせて、それから駆けつけることにした。
 テントを張って、そこの入口に毛布や食料を置く。一晩置き去りにしたら霜で湿気てしまうかもしれないが、子供達が見付けて避難してくれればよい。聞いた話の限りでは持てるものだけ持って逃げるかもしれないが、少しでも飢えや寒さが凌げるようになってくれればとエルディンが一式用意したものだ。他の者も、見付けた時に着せるものや子供が好みそうな珍しい食べ物など、持てるだけ抱えている。
「日が暮れないうちに‥‥」
 それは誰ともない呟きだが、皆が思っていることだ。

 連絡を受けたフィニィ達は、示された地域が元からの目的地だと知って、足を早めていた。食料は幾らか持って出たらしい子供達だが、飲み物は一切持っていない。水を探してさ迷っている可能性が高いとラザフォードが指摘して、別宅に近い水場を巡るようにしていたのだ。ただ小川が二つ、もう少し幅広の川が一つと数は少なく、また別邸からも離れていて、小川二つでは今のところ手掛かりは見付かっていない。それでも流れを遡り、下りしていけばと探していたが、そこはアルドスキー家の家臣に任せた。
 こちらで最初に騒いだのは、ヴィタリーが連れてきた忍犬だった。慣れぬリボンを頭の上に結ばれて、いささか落ち着きがなかったがしきりと辺りの匂いを嗅いで、鼻を宙に突き出している。
「どの方向だ?」
 ヴィタリーの問い掛けに、示された方向に目を向けて、フィニィとラザフォード、ゴールドが耳を澄ませてしばらく。
「鳴き声がします」
 そうフィニィが口にした時には、上空を巡っていたジルベールが川の近くに子供らしい存在を感知したと伝えてきた。同時にヴィタリーの犬が、近くの茂みに前に伏せるようにして、皆を見上げてくる。
 茂みを這い潜るようにした跡は、子供の手足の二人分。大きさからすると年長の二人のものだ。痕跡は一人足りないが、子供の気配は三人分あるという。
「小さいのは抱いていったのか‥‥心栄えのよい子供達じゃないか」
 どちらかと言えば、場を明るくするための軽口が多かったラザフォードの声色は、この時ばかりは安堵が滲んでいた。

 ただし。
 子供達が見付かったのは、川の傍の土手の上下。土手と言っても、高さはせいぜいがフィニィの背丈ぐらい。小柄なレティシアでは上の様子は分からないが、フィニィなら背伸びをすれば、他の者なら苦労せずに下に立ったまま上の地面が見える高さだ。切り込まれたように地面が落ちているので、上から見るともう少し高く見えるが冒険者なら恐れる高さではない。
 とはいえ、フィニィ達がその場に到着した時には、切り立った崖か何かの縁で子供が二人震えているように見えた。崖の上で子供は二人だけ、この状況に息を呑んだ者がいたとしても責められまい。その雰囲気に驚いた子供達の体が傾いで、自分達と反対側に転げて行きそうになった。
 この時の状況を、後程ラザフォードが、
「あそこで失敗しない辺りが、私の重力の魔術師としての腕前を示しているといえような」
 などと自画自賛したが、まあ誰も否定しなかった。事実この時にラザフォードがサイコキネシスの魔法を失敗していれば、二人ともに土手の下まで転がり落ちていたのは間違いがないからだ。
 ただ、この時はヴィタリーもフィニィも普段の何倍も素早く動いた気がする。転がりそうな身体を掴まえようと、自分達が半ば転がるように飛び出して、魔法で動きを縫いとめられた子供を一人ずつ抱え込んだ。そのまま土手の下まで飛び出しそうになったのは、ラザフォード達が後ろから掴んで止めている。
 あまりに急激に色々なことがあって、相当驚いたのだろうリーリアとナターリアは目を飛び出そうなくらいに見開いていたが、声は出さなかった。出す元気もなかったのだろうと思うまでには、冒険者の側にも少しばかり時間が必要だったが、それというのも。
「まずは火を焚いてください」
 反対側から駆けつけたオルフェが、膝下の深さとはいえ川をまっすぐに横断して、土手の下に倒れていた子供を抱え上げた。息があると、皆に頷いて見せるまでの張り詰めた緊張は、戦場なら慣れている人々にも辛いものがあったからだ。
 よくよく確かめれば土手には滑り落ちた跡があり、マルカには移動中に付いたと思しき引っ掻き傷以外の怪我はなかった。落ち葉の厚みが土手を踏み誤らせたようだが、代わりに頭を打つこともなく、単に気を失っている。他の二人も寝るというより気絶するように意識を手放したのは、元々弱っていた体に寒空での移動が堪えたからだろうと予測するのは難しいことではなかった。
 なにしろ、男性よりは女性が良かろうと下の二人を抱いたレティシアとフィニィの顔色が寒さで蒼くなり、マルカを懐に入れたリディエールの唇も血色を失ってきたとなれば、いかに身体が冷えているのかはすぐ分かる。結局、連絡を受けて駆けつけたアルドスキー家の人々と交代で三人を懐に抱えて、別邸までの道を急ぐことになった。
 別邸で待っていた医者の診立ても衰弱だったが、命に別状はないと言われて、一同ほっとしたのだった。それでも念のためにヴィタリーが持参したテスラの宝玉も抱かせる。
 三人並んで一つの寝台に寝ている子供達の、まだ少し冷たい足元に入れと言われた猫達は、それはもう不機嫌そうに毛を逆立てて丸くなっていたけれど。
「後で何かご褒美をあげますからね」
 リディエールが機嫌をとったが不審そうな目付きだった猫達は、アルドスキー家から魚を貰って『ここで寝てやるか』という様子に変わっていった。

 そうして翌日。
 子供達の寝台の横では、レティシアが神妙な顔付きで人形を両手で操って踊らせている。時々顔付きとは別人のような声が出るが、人形になりきっているものらしい。『あのね〜』とか『こっちに美味しいものがあるわよ〜』とか色々と。部屋の中にはフィニィもいて、こちらは竪琴で人形が踊る音楽を添えている。こちらも先程まで色々声を掛けていたのだが、今は控えているところだ。
 なにしろ子供達は目を覚ましたものの、最初はぼうっとしていて二人や使用人の女性達にされるがままといった様子で着替えて、食事をしたのだが、少し元気を取り戻したら毛布を被ってその下から出てこないのだ。話に聞いていた通りに、三人で抱き合って、警戒心むき出しである。それでも人形には気を惹かれるのか、隙間から覗いている気配はする。おかげでレティシアも緊張してしまい、笑顔が大切と周りに言われてもなぜか神妙な顔付きになってしまっていた。
 ちなみに『美味しいもの』は見目が警戒心を抱かせなかろうと選ばれたというか押し付けられたリディエールが、あれこれ積み上げられた食べ物の載った盆や茶器を運んで、香りの高いお茶と一緒に卓の上いっぱいに並べている。選抜理由には一言あるかもしれないが、隠れている子供達にも見えるようにと並べ方などは工夫している。
 他の者は、依頼人が時間を作っては声を掛けに来る以外は一日くらい様子を見ようと、隣室に控えていた。細々した手伝いはあるが、結構暇だ。
 それで。
「聖銀の三連星とかいかがです。こう決め台詞なども欲しいですね」
 暇を持て余したなどといえば、頑張っている三人には叱られるだろうが、エルディンが耳を動かしつつオルフェになにやら熱く語っている。
「そんなことを言っている場合ですか‥‥」
 語られる側はまったく乗り気ではないが、子供の気持ちを和ませるためにあれこれ考えているわけだから、ひどく邪険にするのも悪い。でも巻き込まれるのは嫌だなあと、そんな雰囲気だ。
 ラザフォードとヴィタリーはもちろん巻き込まれないように気持ちの上で距離を置きつつ、何か他に出来ることはないかと考えを巡らせている。ロシア生まれのヴィタリーには、今後のアルドスキー家の考えも気になるところだが、それについては手ずから追加報酬だと小袋に入れられた宝石を持って来た長男がこう漏らしていた。
『姻戚を作る人手は、兄弟姉妹で十分足りたしね。わざわざそのためには引き取らないよ。末の妹も結婚して、母が少し寂しそうだから可愛がってくれるだろう』
 依頼人である跡取りが以前に他国からハーフエルフの子供を連れ帰った時は、祖母がひ孫を亡くして寝付いていた時だという。肉親への情が篤いなら、あの子供達も大事にしてくれるだろう。少なくとも、わざわざ当主の息子達が冒険者に出向いたり、捜索に出たりする分、期待が持てる。
「将来性が高いお嬢さん方だ。大事にして欲しいものさ」
 ロシアの貴族の状況はよく知っているラザフォードも、ほっと息を吐いた。
 が、目の前の難題であるところの子供達の態度はこの日の午後が半分過ぎた頃にも、ほとんど変わることはなかった。室内にいる三人が毛布の前に時々置いた食べ物や飲み物を中に引っ込めるようになっただけ、大分ましになったと言うべきなのかどうか、迷う状態だ。
 状況が変わったのは、日が暮れた頃合で。
 『失念していた』とリディエールとフィニィとレティシアが口を揃えたのは、とにかく三人にひもじい思いはさせまいと夢中だったせいだろう。昼過ぎに菓子に手を出したので、色々飲食できるように取り計らったが、毛布をはぐことは出来なかった。そうしたら子供達の誰かが、布団の上に未知の世界の地図を描いたのだ。流石に着替えだなんだと騒ぎになって、すくんでいる子供達を移動させることになった。
「なにも心配しなくていいのよ」
 皆が口々に同じような声を掛けたが、抱き上げられた子供達は緊張で固まってしまっている。
 それでも、翌日の夕方にキエフに帰る前に様子を見た一同は、相変わらず毛布の下だったが、三人が自分達を見上げてきたことに安堵した。変化は急激には訪れないだろうが、これは好ましい変化に見えたからだ。