感謝の祈り 〜パリにて

■イベントシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:27人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月31日〜08月31日

リプレイ公開日:2009年09月12日

●オープニング

 パリの街の一角。
 王城や月道管理塔に勤務する人々が多く住んでいる住宅地の一軒で、アデラ・ラングドックと姪の三人が、アデラの夫のジョリオに怒られていた。
 理由は、姪のシルヴィがスカート姿で木登りしていたからだ。アデラとシルヴィは、『家の庭なら他の人がいるわけではないしー』と考える性格で、シルヴィの妹達マリアとアンナはそんな叔母と姉がいるのだから、やっぱりたいして変わりはない。
 対してジョリオは女の子の立ち居振る舞いについては厳しいほうで、夜勤仕事から帰ってきたら、庭で展開されていた出来事に不機嫌である。
 この家にはもう一人、シルヴィ、マリア、アンナの姉のルイザがいるのだが、彼女はジョリオと入れ替わりで仕事に出掛けていた。その際に叔母と妹達に『叔父さんに怒られるんだから』と言いおいていったのだが‥‥ルイザの叔母と妹達は、彼女の注意に耳を傾けなかった。
 ま、それについては家の近くの通りでジョリオに会ったルイザも『叔母さんとシルヴィが、また変なことをし始めた』と報告していたのだから、彼女自身、効果があるとは思っていなかったのだろう。
 ちなみにし始めた『変なこと』は、家のさくらんぼの木の枝に、色とりどりの布を結びつけることだった。確かに、何を思って始めたのか分からない。
 更によく見ると。
「祈り紐じゃないか。あんな大事なものを木に結ぶなんて、何を考えているんだ」
 ジョリオは、不機嫌さに拍車が掛かったのだが。
「大事なものだからですわ」
「あのね、お姉ちゃんがね、インドゥーラの人から聞いたのよ」
「おばちゃんがよー。インドゥーラの高い山では、ああいうことするんだって」
「あたしの祈り紐、ジーザス教の信徒と違う人に結んでもらったー」
 この家は、よく喋る女性ばかり。そして彼の妻のアデラは、思い込みが激しく、思い付きを即実行したがる、結構はた迷惑な性格の女性だった。
 ジョリオが口々に説明されたことを、頭の中で整理したところによると。

 最近、パリの街でも祈り紐を教会に納めて、司祭様にお祈りしてもらおうという行動が増えている。特にこの界隈では実際に地獄に出向いた者も多く、無事に帰還した場合にはそれと一緒に感謝を捧げるミサをあげてもらうのが一種の流行だ。
 だが、王宮や月道管理塔などの関係者は大半がジーザス教の白派を信仰しているが、たまに客分などで信仰が違う人々がいる。そうした人々も大抵は自分の信仰の聖堂などに出向いていたが、余りおおっぴらではない精霊信仰とか、祈り紐の持ち主はジーザス教徒だが結んだのは仏教徒といった祈り紐はさてどこに納めるべきかなんて事を、月道管理塔バード見習いのシルヴィが他の人々と話題にしていた。
 それを耳にした月道管理塔文官のアデラが、たまたま月道を利用した各宗教の聖職者に片端から尋ねて回り、インドゥーラの方から『経文を書いた布を風の通る場所に掲げることで、祈りが天に届く』と聞いたのだ。
 そこから色々短絡した結果、彼女達は『我が家の祈り紐は、風に乗せて天に還す』と決心して、シルヴィが木登りに挑戦していたらしい。

 もちろんジョリオは、住宅地の中とインドゥーラの高山では風の吹き通る度合いが違うだろうとか、宗教概念に基づいた行動だけ真似をするのは教会にも先方にも失礼だとか、木登りするならスカートは駄目だとか、色々言いたいことはあったのだが。
 この家では珍しくないことに、彼の言い分は女性達の耳にはろくすっぽ入っていなかった。
「じゃあ、畑のところにするー?」
「畑はなんかの目印みたいよー」
「その向こうの原っぱならいいんじゃないかな」
「そうですわね。広いところがいいですわよね」
 結局ジョリオが言ったことは。
「自分達だけで行くんじゃないぞ」
 これは、『自分も付いていくから』という意味だった。
 けれども。
「では、他の方々もお誘いしてみましょうねー」
 話はどんどんと大袈裟になっていっている。

●今回の参加者

リーディア・カンツォーネ(ea1225)/ リル・リル(ea1585)/ 三笠 明信(ea1628)/ ウリエル・セグンド(ea1662)/ クリス・ラインハルト(ea2004)/ ユリゼ・ファルアート(ea3502)/ シェアト・レフロージュ(ea3869)/ ラシュディア・バルトン(ea4107)/ ラファエル・クアルト(ea8898)/ リリー・ストーム(ea9927)/ サラン・ヘリオドール(eb2357)/ 明王院 未楡(eb2404)/ 十野間 空(eb2456)/ 玄間 北斗(eb2905)/ 明王院 月与(eb3600)/ オルフェ・ラディアス(eb6340)/ サクラ・フリューゲル(eb8317)/ セイル・ファースト(eb8642)/ アニェス・ジュイエ(eb9449)/ エルディン・アトワイト(ec0290)/ ククノチ(ec0828)/ 辰若 清吉(ec1606)/ エフェリア・シドリ(ec1862)/ ラルフェン・シュスト(ec3546)/ レリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)/ レオ・シュタイネル(ec5382)/ リーナ・ラリック(ec6094

●リプレイ本文

  祈りを
   隔てるものの無い空へ
   命を育む大いなる海へ
   煌と燃える希望の灯火へ
   私達の生きるこの大地へ

  祈りを
   柔らかな癒しの月光へ
   暖かな躍動の太陽へ
   慈しむ全ての神々へ

  祈りを還しましょう
  そうしてまた紡ぎましょう




 祈り紐。
 世界まで違えた色々な場所で、多くの世界と国の老若男女が、様々な祈りと願いを込めて結んだ、材質も色々な紐。
 これを感謝の祈りと共に天に還そうと考えた者がいて、それを聞いて集った人々がいる。まだ少数だが、人数はこれからもっと増えるだろう。
 ぜひとも準備をせねばと、早くに指定場所に駆けつけたクリス・ラインハルト(ea2004)は、サラン・ヘリオドール(eb2357)を連れてきていた。この集まりを言いだしたアデラ・ラングドックに紹介しようと思ったのだ。
「このサランさんは、祈り紐の発案者なのですよ」
 早朝からやってきて、草原で草むしりに勤しんでいたアデラは、この紹介に『あらまあ、素敵な方ですわね』と応えて、握手を求めようとしたが両手が泥だらけ。そんなことは気にしないサランから手を握って、互いに笑顔で挨拶と祈り紐にまつわる四方山ごとを語り合う。
「思い付いたのは私だけど、育ててくれたのはクリスさんと‥‥結んでくれた人達、皆よね」
 それはクリスには聞こえないように囁かれた言葉で。
 クリスはその時、アデラの姪のルイザから華やかな色糸やはぎれを貰って喜んでいた。
「後でお茶を飲みに来てくださいましね」
 このアデラのお誘いに二人とも頷いて、姪達にぎょっとした顔で振り返られていた。

 さて、そんな草原ではもっと熱心に草むしりに勤しんでいる人々がいた。
 祈り紐を天に還そうと聞いて、その方法に焚き上げを考えたり、精霊への感謝を捧げたいと思う人々だ。火を使うのだから、間違って周辺に類焼しないようにと準備をしているところ。
 準備するのは、火を焚くに問題ない範囲で草が刈り込まれた場所と、祈り紐を結んで風に吹き流す棒や紐だ。前者は多少力仕事だが、集まったのは男性が多いから心配はいらない。後者はインドゥーラの高山地域の習慣の伝聞で、言いだしっぺも見たことはないのだからどうなることかと思われたが。
「長い棒や石の塔を立てて、そこからテントを張るようにロープを周囲に張ったものに、経典が書かれた布を結ぶ地域があると聞いたことはあります」
 多分細かい宗教背景もそこそこ耳にしているだろうが、簡単に形式だけを説明してくれたのはパラディンの三笠明信(ea1628)だ。棒というか柱用の木材やロープはアデラの夫ジョリオが用意していたので、それを使えばよい。
 明らかに力仕事だが、三笠とジョリオの他にウリエル・セグンド(ea1662)、オルフェ・ラディアス(eb6340)、十野間空(eb2456)、玄間北斗(eb2905)と準備に名乗りを上げた男性がいるから、まあ苦労はないだろう。棒を立てるには地面を掘る必要があるので、そちらに少し人手を多くして、手分けして作業を始めた。
 玄間と十野間は草刈りに精を出して、刈った草は馬や驢馬に合わないものをアデラが引き抜いて、残りは皆のペットが食べられるように山積みに。
 草刈りが済めば、木材を井桁に組んで、篝火を着けやすいようにする。ジャパン人同士、お焚き上げという習慣の知識も共通しているからか準備は着々と、おおむね完璧に進んでいた。問題があったとすれば、アデラが引き抜いた雑草をどう処分したのか見ていなかったところだが、そもそも彼女のお茶に興味がない彼らでは仕方がない。
 吹き流しの準備は、三笠とジョリオが穴を掘ったところに、ウリエルとオルフェが倒れないように土台を作って、更に材質も吟味した柱を立てている。穴を掘っている間に、オルフェとウリエルがロープを張るための取っ掛かりも木材の上部に作ってくれたので、こちらも作業は滞りなく進んでいる。後は地面に杭を打って、それと柱の上部とを解けないように結んで張り巡らせればよい。
 この間、彼らのペット達はのんびりと休息を取ったり、あちらこちらを飛び回って遊んでいたり。力仕事の助けにはならないが、誰の邪魔もしなければよい。
 だが同様にペット連れが多い、この集まりの参加者だろう人々が続々と集まってくるのに気付いたら、ロープの本数は増やしたほうが良さそうだ。
 そして、ユリゼ・ファルアート(ea3502)が力仕事やこの後の火の番をするだろう人達の分まで凍らせた果物などを差し入れてくれ、一緒に消火用の水も作っていってくれた。水桶は大きいものをジョリオが持参していて、エルディン・アトワイト(ec0290)が荷馬車から下ろして運んでくれた。でも三つもあったその水桶の一つは飲用水をアデラが作って溜めて置く専用らしい。ここはそのことより、クリエイトウォーターの使い手が複数いることを記憶しておくべきだろう。

 吹き流しのロープに祈り紐を結ぶのは、用意さえ出来れば簡単なことだ。でも焚き上げだとまずは篝火を起こすところから始まるので、なんとはなしにそちらの準備も整ってから、それぞれ自分が思う方法で祈り紐を天に還すことになった。
 それで、焚き上げを選んだ人々が薪を運んだり、火の番を順番にこなしたりしているが、集まった全員がやるほどのことはない。かえって邪魔になってしまうので、中には荷物を広げて、あれこれ始めている者もいた。明王院未楡(eb2404)と明王院月与(eb3600)の母娘もそうだ。この二人の場合、広げたてるものの大半は食材で、やろうとしているのは料理だとすぐ分かる。月与は道具を運んできただけで、実際に調理するのは未楡の方だとも。
 竈はアデラが作り掛けていたのを何人かが手伝って、共用に。主に煮炊きするのは未楡で、後はお湯を沸かす程度のことだろう。種火はすでに大きく火が熾きてきた篝火から貰ってくる。
 その頃にはククノチ(ec0828)も、たくさん食材を持ち込んで、竈が使えるかどうかを確かめに来ていた。流石に一つでは足りなくなってきたので、もう一つ追加。やはり種火は篝火から貰い受ける。
 調理はまだ続くが、炊き上げはそろそろ始まりそうだ。同時に、様々な祈りも。

 祈り紐の焚き上げは、何かする時間はそれほど長くはない。火の番をしている者以外は、自身の祈り紐を火の中に投げ入れて、祈りを捧げると終わってしまう。リル・リル(ea1585)も、サクラ・フリューゲル(eb8317)とユリゼも、リリー・ストーム(ea9927)とセイル・ファースト(eb8642)も、ラルフェン・シュスト(ec3546)も、リーナ・ラリック(ec6094)も、エルディンも、オルフェも、玄間と十野間も、投げ入れてすぐに元の形を失っていく祈り紐を見て、少し物悲しい気持ちになった。
 思うのは、こんなはかないものに祈りの力が宿って、自分を含めた人々を守ってくれた不思議さ。祈り捧げる相手はそれぞれ違うが、あっという間に手持ち無沙汰な時間が来てしまう。祈る時間が僅かだからではなく、祈り紐のあまりのはかなさに時間の感覚が少しずれてしまった気がしなくもない。
 焚き上げる祈り紐とて山とあるわけではないから、最初に大きくした篝火はそのまま薪を足されることなく燃え落ちていくに任された。
「思いのほか、寂しいものですわね」
「いっそ潔いと思うが」
 これが済んだらすぐに受けた依頼に出向く必要があって重い装備を身に着けたままのリリーの呟きに、夫のセイルが自分の感想を告げていた。エルディンが後々まで地獄の出来事や祈り紐の力を伝えようと、燃やす前に祈り紐の一部を切り取っていたが、そうしたことがなくても燃え尽きるのはあっという間だったろう。
 火で祈り紐を還した後は、その灰をまた精霊に戻すのがよかろうと燃え尽きるのを待っている二人だが、他にも同様のことを考えている人はいる。
 ただしじっと待っていられないし、天に還すなら陽精霊、月精霊にも気付いてもらわねばとリルはクレセントリュートをかき鳴らしている。あちらこちらでも心の赴くままといった様子で、穏やかな音楽が聞こえてきていた。
 その音楽に誘われて来たのではなかろうが、シェアト・レフロージュ(ea3869)とラファエル・クアルト(ea8898)は祈り紐を燃やして天に還しているのだと聞いて、同じ方法を取ることにした。灰になって風に乗るのか、大地に還るのか。どう思うかはそれぞれだが、火の傍の熱い所でしばし祈る姿勢になっている。流石に火の粉が飛ぶのに閉口したか、安全な距離を取って、二人並んで座り込んだ。
 待ち時間がかなりありそうだからと、持って来た弁当を広げ始める者もいる。やはりこの後に依頼への出発が控えているユリゼは、火の様子に目を配りつつ、親友サクラの作ってくれた弁当に舌鼓を打っていた。手伝うようにも言われたが、にっこり笑顔でかわして食べる専門。依頼の準備が忙しかったのだと、そういうことにしておく。
「おやすみなさい、よね」
「‥‥ああ、そうですね」
 あっという間に燃えた祈り紐は、役目が終わって眠るようなもの。ユリゼの手向けの言葉に、説明を聞かずとも納得したサクラににこりと微笑んで、おかずを摘んで口に入れる。祈り紐はおやすみでも、自分達はまだまだ頑張ることが山積みだから、力を入れていかねばならない。二人では食べきれない量のお弁当は、しっかり食べろと言われているようなもの、かも知れない。
 新しい祈り紐を、互いの無事を祈りつつ結ぶのは、もう少し後のことだ。

 祈り紐を結ぶ人々も、実はたいして時間は掛からなかった。うまい具合に風が吹いてきたのを見計らって、張り巡らされたロープの好きなところに祈り紐を結んでいく。
「一番上とか口を揃えて言わないでくれよ。そこは一人しか結べないからな」
 好きなところだが、上の方が風に当たりやすいわけで、アデラ達はなんとかそこにと背伸びをしていた。背伸びしたくらいでは届かないところがいいようなので、レオ・シュタイネル(ec5382)と三笠の二人掛かりで希望の場所に結んでやる。そうしないと、夫のジョリオが道具の片付けに勤しんでいる間に、姪達ととてつもないことをしでかしそうだったからだ。流石に他の人々は、自分の手が届く範囲で結んでいく。
 リーディア・カンツォーネ(ea1225)も感謝の気持ちを持ちつつ、祈り紐を結びつけた。少し離れて、改めて祈りの姿勢になる。レリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)も同様に、居住まいを正して祈っている。風に布がはためく音がするから、それを耳にしながら祈りに没頭しているようだ。
 そうして祈っている人々から少し距離を置いて、エフェリア・シドリ(ec1862)は見える光景を絵にするべく筆を動かしていた。傍らでホーリー・ハンドベルが鳴っているのは、風よりはエフェリアの愛猫の悪戯だ。澄んだ音に促されるように絵を描いている飼い主は、全然気付いていないけれど。
 しばらくすると、精霊への感謝の祈りも終わったのか、アニェス・ジュイエ(eb9449)が演奏もなしに踊りだした。彼女にとっては踊ることが感謝の捧げ方。ここで踊れば、風と太陽と大地の精霊には感謝が届くはずだ。すぐ近くにあるのだから、きっと火の精霊にも。そこから他にも伝わればよいと、この世界全てが故郷と言い切る度量を持つ踊り手は、ただそれだけでも美事な舞を披露している。
 最初は祈り紐がはためく音と時折鳴るベルの音だけが伴奏だったものが、まだ消えきらぬ火を眺めやっていた人々や祈り終えた人々が集まってきて、誰かが伴奏を始めた。最初は祭りの時などに耳にしたような、賑やかな曲。
 演奏がついて、更にあちらこちらに散っていた人々が集まってきて、陽気な精霊などは笑い声を響かせつつ、適当な身振りで踊り出している。
 ひとしきりそうした音楽と舞が披露されて、この時は冷やされた檸檬水が皆の喉を潤して、次に誰かが歌い始めたのは賛美歌だった。ジーザス教白派のノルマン王国では、感謝の祈りと共にあるのはとても自然な歌が一つ、二つと相談したわけでもないのに、次々と歌い継がれていく。伴奏をする側も心得たものが大半で、歌と違った音が出てくることはほとんどなかった。
 歌いながら、祈るように手を組み合わせる者。空を見上げる者。耳を傾ける者と様々だが、ジーザス教の信徒でなくとも感謝の心が届けと思うのは同じで、ただ聞いているだけでも疎外感はない。たまに歌いたくて口がむずむずすることはあったかもしれないが。
 しばらくそうやって、ノルマンなら皆が知っている歌と賛美歌とを歌い繋いで、皆が程ほどに疲れて来たところで、一休みとなった。

 一休みとなれば、ここは本格的にお弁当の時間である。まだ昼には早いのだが、朝も早かった者が多いし、なにより。
「味見をお願いしたい。‥‥口に合うだろうか?」
 ククノチが最近覚えたものの他、多種多様な料理を並べてレオに味見を頼んでいる。それだけで満腹しそうな量だが、味はいいようだ。祈り紐を風に流すように結んで、後は得意の踊りを披露する間もなく頑張っていた料理は見栄えもよい。レオも文句なく美味いと、味見からそのまま食事に突入して、ククノチも一安心だが‥‥周辺には、おいしそうな匂いにつられた挙げ句に、自分もご相伴をと狙っている人々が複数いた。
 ここでレオが皆にも勧めてしまったのがいいのか悪いのかは‥‥謎。
 更に未楡の料理も色々と出来上がり、こちらはどんどん食べてとばかりに振る舞われている。あまりの大盤振る舞いに材料費の多少なりと負担するとの申し出は一人二人ではなかったが、未楡はすましたもの。
「先日まで、ノルマンの方々には随分助けられたのでお礼ですよ」
 お互い様だが、本人がそう言うのではお金を差し出すのも無粋である。ならば片付けは自分が、よそうのはこちらが手伝うといった会話があって、弁当を持参した者も、軽食を買ってきた者も、特に何にも用意していない者も、保存食弁当の者も、出来たての料理を口にすることが出来た。これがまた、どちらも美味しいものだから満足しきりである。
「スーさんも美味しいですか?」
 何人かで車座になって食事をしていたエフェリアが、愛猫に尋ねているのは、もちろん保存食の味ではない。返事は態度で示されている。似たような光景は、あちこちにあった。中には、見慣れない食べ物を触ろうとするフェアリーに食事の邪魔をされているオルフェなどもいるが、これまた珍しい光景ではない。
 なにやら安堵したように、満腹した顔の愛犬を横に、料理やお弁当のご相伴に預かっているレリアンナの様子も、ごくありふれたものだ。クリスのように、最初から他人の手作りを狙っていたか、それともうっかり忘れたかは、言わなければどちらも分からない。
 それで『ごちそうさま』となれば誰もが幸せだが、雑草茶の作り手が『後でお茶会しましょうね』と言って歩いているのを聞いたかどうかで、多少気分は変わってくるだろう。
 でも、ご飯はいずれも文句なしに美味しかったので、この時点ではほとんどの人が幸せな気分で、そろそろ燃え尽きようとしている火と、風にはためいている色とりどりの紐とを見やり、笑顔で交わす会話を楽しんでいた。

 おなかいっぱいで気分よく昼寝をしていたウリエルが目を覚ましたのは、なにやら賑やかな歓声が上がったからだ。首を巡らせれば、空に人影が幾つか。魔法の力か、空駆ける騎獣によってか、散歩でも楽しんでいるかと思えば、何かが風に吹き散らされていく。
「ああ‥‥燃え尽きた、か」
 抑揚のない声に含まれる感情を知るのは難しいだろうが、傍らのムーンドラゴンパピー共々、祈り紐の灰が風に散るのに瞑目して、俯いた姿は何事かを祈っているところと見える。同じような姿はレオなども。
「さ、掘るよー」
 そうかと思えば、先程演奏をしていたリルは、楽器を手放して借りた道具で地面を掘っている。道具にぶら下がっているように見える彼女より連れている精霊や神の使いの熊の方がよほど作業が早いが、当人は灰を大地に還すべく努力中だ。演奏に合わせて踊り続けた精霊と熊が、未だに一体と一頭で身体を『ゆすゆす、ふらふら』しているのは、もしかすると応援かもしれない。
 精霊に還すというなら後は月と水だが、前者は歌と音楽で届くことだろう。水は帰り道の小川で流すことになっている。水を作ってくれるウィザードはいるが、どう考えても見た目が麗しくないことにしかならないので、小川まで我慢。
 そうして、しばらく誰もがのんびりとしていたが、また誰かが歌いだした。今度は賛美歌ではなく、それに近い旋律でも誰も聞いたことがない歌だ。即興のようだが、難しい旋律や歌詞はなく、何度か繰り返されるうちに段々と唱和できる者が増えてくる。
 祈りが昇華されて、どこへ向かうのか。何人かが想ったことの返事のような、そんな歌詞が繰り返されていく。
 それに合わせて、また精霊達が踊りだし、今度はククノチもそれに加わったが、なぜか彼女の舞は神の使いが二頭も真似を始めて、不思議な景色になった。ククノチの舞は美事の一言だが、後ろで踊っている熊は神の使いだろうと舞と呼ぶには動きに無理がある。まずククノチの振りとずれ、二頭の間でも全然別の動きになっていって、見てしまった人々は笑っていいものかどうか‥‥少なくとも、厳粛な気持ちと共に楽しい外遊び気分を味わえたのは間違いない。
 結局は、ククノチが踊り終えた後も前足を振り回してどたどたしていた二頭には、大きな笑い声と誰かが持って来ていた肉や魚とが捧げものに。
 一つの歌で色々な気分を味わった人々は、そこからそれぞれに好きなことをして、中には新たに結んでもらった祈り紐を手に依頼に向かう者もいた。依頼があっても、まだ残っている者もいる。
 そんな中で、玄間が用意してくれたござの上で奇妙に静かに俯いているのは、エルディンや月与、アデラの姪のルイザをはじめとする数人だ。時折人が入れ替わって人数も変化するが、この三人は最初からずっと座り詰め。
 やっているのは、お裁縫。祈り紐から切り取ったはぎれや抜き取った色糸を使って、白い布に綺麗な模様を作っているところだ。祈り紐を刺繍や縫い取りにして、エルディンの籍を置く教会や旧聖堂に飾る壁掛けにしようという話になって、心得がある月与とルイザがせっせと手を動かしている。エルディンは糸をほぐしたり、布の形を切り整えたりで忙しい。
 それでも今日だけで終わる作業ではないが、いずれは壁掛けが出来上がって、教会と旧聖堂の壁に掛けられることがあるだろう。

 『あれ』に手を出しては、社交界でのいい物笑いの種になってしまう。
 そう断言したリリーの言い分が正しいかどうかは不明だが、彼女とセイルはアデラの姪達と一緒に紅茶と砂糖入りの菓子を楽しんでいた。
 ここにいる五名の間では、『わざわざ飲まなくたって』と意見の一致を見ている。だがそれを知らないレオは、ククノチに心配されつつ、なぜだか興味を引かれてやまない雑草茶が振る舞われようとしている場を眺めていた。
「何事も挑戦よね」
 このアニェスの一言が、迷っていた人々の背を押してしまったのだが‥‥当人も飲んだのだから、文句は言われまい。別に他人を誘ったのではない。自分に問いかけて、ついつい誘われてしまっただけだ。
 もう一つ言うなら、ラルフェンが落ち着き払った様子で自分にもと所望したのにも、大丈夫かもと思った者がいる。一年前に挑戦し、筆舌に尽くし難いと言うか、何をどう説明したら具体的な味の説明が出来るのか分からないと思っていて飲もうとするのだから、この後に出掛ける依頼はどうするつもりか危ぶまれる。
 でもクリスもサランもリーディアもオルフェも、一仕事の後に火の始末もしっかりと終えて飲み物を欲したエルディンまでもが、そこらの雑草をお湯で煮だしたとしか思えないお茶を差し出されて受け取って‥‥
「だ、大丈夫です、美味しいですよ」
 まったくそうは見えない蒼い顔で、オルフェは言い切った。
 でもその傍らでは辰若清吉(ec1606)が、
「弥勒様と天様に、ちゃんと受け取って貰えるように伝えてきたぜ…ぐふっ」
 と、風にはためく祈り紐を指差して、意識を手放している。
 リーナやククノチが水を飲ませたりと介抱しているが、パリ冒険者ギルドで名の知れた人々が草原に累々と転がっている光景は、しばらく解消しそうにもない。

 夕刻。
 旧聖堂の庭には、人影が長く幾つか伸びていた。
 リーディアと玄間が、花壇の土に灰を混ぜ込んでいる。十野間はその中から分けてもらった灰を包んで、懐に仕舞っていた。どこに持って行くのかとはリーディアは尋ねないし、玄間も同じだが、十野間が大切な場所にそれを持って行くつもりだと疑うこともない。

 そこに戦火に荒れ、怨嗟の血が流された大地があっても、草木と共に新たな祈りと希望が芽吹き、育まれる事を願い‥‥
 祈りは今までも、今も、これからも紡がれていく。