毒の広がり
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 7 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月14日〜10月24日
リプレイ公開日:2009年10月25日
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●オープニング
キエフにその報告が届いたのは、十月に入ってしばらくしてからのことだった。
「ウラル? 暗黒の国の森の奥にある山脈だったわね。黄金竜が住むとか、ブランが採れるとか色々言うけれど、そもそも禁域でしょう?」
「ここ数年か、十数年かは一攫千金を狙う連中が入り込むことも増えていたようですよ。オーストラリアでブラン鉱床が見付かった話はけっこう漏れているようですが、それならそれでこっそり発掘したい輩もいるのでしょう」
「それで、今回問題になっている地域は、その違法発掘狙いと関係がありそうなの?」
「今のところはなし。ウラル山脈の方向からキエフに向かって広がっているって程度ですね。それでも数百人規模では捨て置けないので、ご助力を期待しますよ」
久方振りに仕事中の母親を訪ねてきたパーヴェル・マクシモアは、のんびりした口調で王城文官の印章が入った書面を広げて、冒険者ギルドに依頼をしていった。最初と最後の挨拶こそ、家族らしい親密さがあるが、話の内容と金銭面のやり取りは殺伐としている。特に金銭面。
ともかくも、無事に依頼受諾の体裁は整って、依頼書が張り出された。
依頼内容は、広範囲に人為的に撒かれた毒への対応。
犯人らしい集団はすでに関係する各公国が兵士を出して追っているので、被害地域での毒の被害者の救援活動が主となる。
被害地域は町、村、蛮族集落と多岐に渡り、被害者も数百人に及ぶが、そのうちの村三つが冒険者ギルドに依頼された対応地域だ。被害者数は、依頼時点で百人余。各村ごとに二十人から五十人前後の被害者がいる。
被害者の症状は複数の植物毒と、二種類ほどの鉱物毒に分けられるが、どこの村でも三種類全部の被害が出ている。割合は、不明。複数の毒を摂取してしまった者も多い様子。
解毒剤、解毒効果の薬草などは順次被害地域に運ばれており、神聖魔法の使い手も被害地域に入っているが、いずこも人手と薬が足りない状態。
また毒の被害を警戒して被害地域では飲食がままならず、老人や子供が寝付く事例も多発。毒の被害者か病人か分からない者も増加してきている。
可能な範囲での解毒手当てやその支援、及び村内の不安解消などに努めることが、羅列された被害状況の最後に淡々と記されていた。
●リプレイ本文
依頼に出発する当日。待ち合わせ場所は冒険者ギルドの前だった。
「六人だから、全員揃ったのかしら?」
移動用に準備されたと思しき荷馬車の傍らには、なぜかギルドマスターのウルスラがいて、集まった人数を目で数えて口を開いた。けれども一人はハティ・ヘルマン(ec6747)の見送り兼に荷物積込みの手伝いだから実際は一人足りない。しばし待っても現われないので、『登録後の手続きの説明が足らなかったかしら』という受付の人々がぎょっとした顔で振り向いたウルスラの一言に見送られる形になった。
その前にはジーザス教黒派クレリックのヴィタリー・チャイカ(ec5023)が、幾つかの紋章を染めたり刺繍した布を託されている。うち一つは教会の使うものだ。他は目的地集落の領主や騎士の紋章で、身分証明として王宮から届いていた。
毒物を広めた連中は地方周りの監察官を詐称し、王宮からの支援物資として毒が入った食料を置いていったところまで調査が進んだからと教えられた一行は、まずはキエフの街中で必要と思う物資を買い求め始めた。エチゴヤはじめ幾つかの店舗が、彼らを大歓迎したことだろう。
積込みをラルフェン・シュストに手伝って貰い、何か細工されたらすぐ分かるようにテントの布できっちりと封をされた食料、各種解毒剤などを載せた馬車には、白派クレリックのレヨン・ジュイエ(ec0938)とヴァレンティ・アトワイト(ec6603)、ウィザードのカメリア・リード(ec2307)が荷台に、御者台には固い表情のハティが座っている。ヴィタリーは自分の馬で、すぐ横を進んでいた。
荷物が予想外の大量になったが、幸いなことに替え馬にカメリアとヴァレンティの馬がいる。ハティの御者の腕はよいとは言えないが、ヴィタリーとカメリアが出発前によく世話をしたおかげで馬達はよく働いていた。馬車でも二日近く掛かろうかと思われた最初の村まで一日半で到着したのは、借りた二頭も含めた四頭の馬が元気に働いてくれたおかげだ。
「皆さーん、こちらですよー」
途中、大体村の位置が分かったところでカメリアがフライングブルームに身分証明をくくりつけて先行し、村への先触れを務めた。空を飛んで怪しげなものが来たと最初は騒がれたようだが、見るからにおっとりした彼女一人で悪事を働くようには見えなかったのだろう。それほど時間を要さず話を聞いてもらえて、被害者のうち動ける何人かが村の集会所に集まってきてくれていた。
「こちらのヴァレンティ師とカメリア女史が毒の区別をしてくれます。それに合わせて、ハティ卿とレヨン師と私で毒を取り除く魔法を行います。特に症状が重い人がいれば、その方から先に致しましょう」
他の冒険者が口調の違いに振り返りそうな丁寧さで、ヴィタリーが村長などに手順を話している。装備は色々だが、いずれも身なりのきちんとしたカメリア以外は聖職者然とした人々だ。カメリアも分厚い本を取り出したところなどは、村人の思うウィザードの姿に重なったらしい。
村の主だった面々でどうするのか相談している間に、許可を得てカメリアとヴァレンティがすでに集まった被害者達から自覚症状を聞いて、発疹などが出ていれば確かめさせてもらう。
「長々と相談されても時間の無駄になるが」
話だけですぐに分かった四人ほどだけでも解毒出来ないかと、ヴァレンティが言い出したのは十五分程度後のこと。速やかに解毒すれば楽になれる者を前にして、相談が長引いているのに少々不満を覚えたらしい。とりあえず出来る応急手当はしているが、レヨンやヴィタリーに訴える口調はやや尖がっている。
「信用を得るのは難しいだろうと聞いていたではありませんか。ここはヴィタリーさんに進めていただくのが早道ですよ」
ロシアに多い黒派の村なので、説得役はヴィタリーに任せて、家から出てきた人々への挨拶をして、話を聞いて回るように促すのはレヨンだ。白派の教義は受容を大切にするから、ヴァレンティも否やはない。
聖職者達がそうしている間に、ハティはカメリアの指導の元、馬車からすぐに使うことになるだろう品物を選んで下ろしていた。
しばらく待たされたが、村側の相談もまとまって、家族が連れてこられる被害者は集会所に集まることになった。家族が担いで来られない者は他の村人がなんとかすると言われたが、あまり様子が悪いようなら診て回るとヴィタリーが伝えておく。
最初に解毒の魔法を受けた四人が、体の衰弱ばかりはなんともしがたいものの痛みやだるさ、発疹が次々と改善した様子に、ようやく村人達も冒険者達が真実信用できると考えたようだ。家族や隣近所が助け合って、次々と被害者を運んでくる。
ただ中には飲食がままならなくなって衰弱している者まで混じってしまい、明らかにそれだと周囲が分かっている者は外してもらうようにと言い聞かせるのにまたしばらく掛かる。
「水が心配でしたら、こちらを使ってください。食料は持ってきたものがありますから、今日はそれを食べてもらえば安心ですよ」
差し支えなければ自分も調理の手伝いなどして、一緒に食べたいところだがと銀のネックレスを村長に貸し出したレヨンが口にした。実際は解毒魔法で忙しく、それどころではないから持参の保存食を齧ることになるだろうと、彼だけでなく他の四人も思っていたが、どうも『一緒に食べる』は更に安心感を増す一言だったらしい。
多分女性だからだろう、カメリアに『何を作ったらいいかしら』と知らないとはいえ適性を無視された問いかけがなされ、困った彼女がハティに尋ね、ハティからヴィタリー、ヴァレンティにレヨンと伝言が回って、聖職者らしく『作っていただけるのなら、何でも』的発言になった。当然村の女性達も困ってしまうから、やはり女性に頼りたかったかハティに再度相談が持ち込まれた。
女性達以上に困ったのはハティだが、そういう内心があまり表情にも態度にも出ず、移動中に大分練習していた柔和な表情もなかなか出せず、
「ロシアの料理はよく知らないので‥‥この村でよく作る料理だとありがたい」
散々悩んだ末に、具体的な料理名が分からないし、体が弱っている者に慣れない物を食べさせてはいけないと思い至って、ハティは考え考え女性達に『お願い』した。どうしても笑顔などは出てこないが、不機嫌ではないのは伝わったようで、田舎料理だけどと保存食と村の畑の収穫で何かしら頑張ってくれるようだ。
念のため、ハティも解毒魔法付与の合間を縫って、異常がないかを見回っている。ヴィタリーが持参した白光の水晶球の見張りは、村人が交代で勤めてくれている。
この村では、二人ほど衰弱が激しいので毒の種類を判別している場合ではないと判断された者がいて、解毒剤を服用させた以外は、深夜まで及んだ毒の判別と解毒魔法の付与とで対処が済んだ。流石に徹夜仕事で疲れた冒険者達は魔力回復も考慮して午前中は休んだが、午後には次の村に向かって出発する。
移動に際して、道が分かる村の若者が御者も兼ねて同行してくれたので、次の村では速やかに話が進んで、毒の見極めも解毒魔法も、衰弱した主に子供への解毒剤投与も手早く進んだが‥‥やはり仕事は深夜まで、というか明け方まで続いた。
そうして三つ目の村。
こちらは症状はさほど深刻ではないが、最も被害人数が多いと二つ目の村で聞いたので、五人は残った解毒剤や保存食の数を確かめつつ、道を急いでいた。二つ目の村でも紹介のための人を付けてくれたが、今回は実家の家族の看病に駆けつけた女性だったので御者はハティだ。
非常に慌しい日程だが、不幸中の幸いはどこも水源の汚染がなかったこと。疑心暗鬼で口にしていいものか迷っていた人々も、銀のネックレスで分かりやすく、またヴァレンティとカメリアの毒の説明が功を奏して、普通の生活に戻り始めた。あれなら被害を受けた人や病人の回復も早いことだろう。
段々と混入された毒物のことも被害者の症状も分かったし、次の村では手早く診断をしようとヴァレンティとカメリアが手筈を相談し、レヨンが付き添いの女性に村の様子を聞かせて貰っていたところ。
カメリアの連れている愛犬・ハウンドが短く吠えた。一声だがただならぬ様子に、愛馬で併走していたヴィタリーが馬車の中に声を掛けようと振り返って、
「伏せろっ!」
これまたただならぬハティの叫びに、馬から落ちそうになった。幸い姿勢が崩れても落馬には到らず、代わりに何か投げつけられた愛馬・ニールは不意に道に現われた影に臨戦態勢だ。それを見た影は、甲高い悲鳴を上げて逃げていってしまったが‥‥『また怪しい奴が来た』と叫ばれたのは、全員の耳に入っている。子供の声だ。
「そんなに怪しまれる姿はしていないはずだが」
非常に緊張した面持ちになったヴァレンティが、硬い声でそう口にした。よほど驚いたらしく冷や汗までかいているが、傍らのカメリアも似たようなものだ。女性はそれはもう恐縮していたが、レヨンに頼まれてハティと一緒に先に事情を説明に村に向かった。
「大丈夫ですか?」
「‥‥ちょっと気を抜いてました」
不意打ちに緊張しすぎたハーフエルフ二人の背中をさすってやりつつ、レヨンはしばらく様子を見ていたが、二人ともにすぐ落ち着いた。睡眠はとっていても強行軍で、疲れも溜まっているから、今のような騒動がよくないことは冒険者なら大抵は分かる。
女性の付き添いには同性ということでハティに行ってもらったので、村まではヴィタリーが馬の手綱を引いて馬車を移動させていくことになった。
「ここでは、皆さんのお話をよく聞いたほうが良さそうですね」
レヨンが言うことはもっともで、子供が警戒心も露わに石を投げてくるのでは、村の雰囲気も察せられた。そうした緊張をほぐさねば、解毒だけしても体調は良くならないことは、特別知識がなくても大体分かる。
流石に村人が同行で口添えしてくれたので、まずは村長などの平謝りで迎えられたが、同時に多大な期待も感じられた。今すぐにでも体調が悪い者を一気に治してくれるのではないかと思っていそうな様子で‥‥
「老人と子供には優先で解毒剤を与えて、まずは安心させることに務めるか」
そうヴィタリーが溜息をついた。
理より情を優先しすぎるのはジーザス教黒派の教義上好ましくはないが、苦しんでいる者を助ける術を持っていて速やかに手を打たないのも教義に反する。ましてや事情を聞いて、あまり体調が良くないのを無理して出てきて、子供が無礼を働いたと蒼白を通り越した白い顔で謝罪されれば尚の事だ。件の子供達はさぞかし怒られたようで、泣きながら頭を下げてくるし。
また動ける、動かせる者は村の教会に集めてもらい、老人と幼児には先に解毒剤を飲ませるようにと家族に渡す。それからは今まで同様に毒の判断をして、それに合わせて解毒魔法を使うことになるが、待たせる可能性が出てきたら順次毒に適した解毒剤を渡して、また飲ませる。
一見無尽蔵に薬が出てくるので、村長が村も費用を負担するのだろうかと内々に尋ねてきたが、カメリアが『必要ありません』と断言を返していた。実際は彼女達の持ち出しで、依頼料と比べたら赤字も甚だしいが、そんなことを教えても仕方がない。そもそもが自分達の判断でしたことで、ひけらかすことでもなかった。
だから冒険者は薬の出所がどこかなど一言も言わなかったのだが、持参したのが五人なのは間違いがない。そのために拝まれるように礼を言われたりして、ハティやヴァレンティが真っ赤になって、返答に窮している姿も見られた。レヨンやヴィタリーは相手を安心させる会話や、なかなか言葉にならない困惑などを上手に察していて、先の二人から羨望の眼差しで見られている。
そんなこんなはあったが、結局また深夜まで、この日ばかりは魔力回復アイテムも多用しながら被害にあった村人の解毒に努めた五人は、翌朝はまた早くから起き出していた。もう魔法使用の必要がないので、今度は村の作業を幾らかでも手伝ってから出発するためだ。
レヨンとヴィタリーは各家庭を回って、まだ回復しきらない人々の療養に適した環境を家族に説明して歩く。一人住まいも数軒あったが、それは村長や近所の住人が回復まで責任を持って自宅に預かると言ってくれたので一安心だ。回復期の食事などもこまごまと助言して、全体の負担が軽くなるように心掛けておく。
カメリアはハティと元気な子供達と一緒に、村の家畜を見て回っていた。村人の半数近くが倒れていたのでは、家畜の世話も万全とはいかなかったから、様子を確かめて調子が悪そうなものは別にする。家畜小屋の掃除などは子供達が、元気な馬はハティが外に連れ出して運動させた。
神聖騎士のハティには、何かかっこいい話を期待する男の子達がよく纏わり付いていて、彼女のやや堅苦しい喋り具合も『騎士様は違うな』と納得していた。カメリアは女の子に『なんでも知ってる』と感心されて、どちらも真っ赤になってしどろもどろになっていたようだ。
そうしたことの一番はヴァレンティで、昨日石を投げてきた子供達に軽い拳骨一発を見舞った後、彼としては当然のつもりで細々した作業の手伝いをさせていた。それが散々怒られた子供達には嬉しかったようで、帰らないでくれと泣く子供も出て、他の誰よりヴァレンティが困惑していた。
ただし一番は。
「大きくなったらお嫁さんになってあげる」
五歳くらいの女の子の、この一言だったろう。ハティまで思わず笑ったくらいだから、聞いた大人達の反応は推して知るべし。
「‥‥人事だと思って」
帰り道、茹でた蟹のようなヴァレンティの繰言が、他の四人のキエフまでの楽しい話題になっていた。