●リプレイ本文
ジャイアントラットで一儲けしようという依頼人は、非常に陽気な男だった。
「冒険者って言うのは、こうガタイのいい男がやるもんだと思ってたよ。シフールのお嬢ちゃんもいるんだねぇ」
「だからさ、あたしは子供じゃないのよ」
今はシフールのシャリン・シャラン(eb3232)が相手をしているが、早朝にキエフを出発してから依頼人の口は滅多に閉じることがない。矢継ぎ早に喋る、喋る。今回依頼を受けた冒険者は四人、連れてきた精霊が三体、犬が二頭、ユニコーンが一頭に熊ことキムンカムイが一頭だが、まず四人についての微妙に一般的感覚とずれた感想や誉め言葉を述べまくってくれた。
シャリンについては、どう聞いても子供扱いの誉め様だし、ラルフェン・シュスト(ec3546)やディアルト・ヘレス(ea2181)、ユクセル・デニズ(ec5876)に対しては朝から艶話込みであれやこれやと話し掛けてくる。騎士とテンプルナイトとウィザード。その職業と個人の性質に直接の関係はないにしても、朝からその話題はどうなのかと思わなくもない話好きだ。シャリンが子供だと思うなら慎めと、ユクセルが言ってやろうかと思ったくらい。
だが一転して動物のことになると、流石に詳しかった。一瞥で二頭の犬の性格もだいたい言い当て、ユニコーンは褒めちぎり、キムンカムイはおおよその重量を察するなど、牧場主らしいところを見せる。これがなかったら、皆、依頼を受けたとはいえ帰りたい気分に襲われたこと間違いない。精霊についての質問攻めで、一部すでにそんな気持ちになった者もいたかもしれない。
なんにしても、
「我々のせいで困っているのですから助けないわけにはいかないでしょう」
多少の差はあれ、ディアルトの零したこれが皆の気持ちをおおまかに示していた。もうちょっと軽い気持ちの者もいるが、肉食ペットがいれば餌の心配は切実に感じるだろう。自分の騎獣にネズミを食べさせるかどうかは、まあ飼い主によりけりだが。
「ネズミは病を運ぶとも言うが、その点は大丈夫なのか?」
「仕事で世話になってるお人に、白いのを飼っている人がいてね。小屋を馬並みに綺麗にして、腐ったものと生ものを食わせなければ汚くならないって聞いたんだよ」
ラルフェンの問いには、小屋は木造だと当然齧って穴を空けるから、壁にぐるりと茨を這わせるとか、ある程度育った雄は喧嘩しないように一匹ずつ飼うとか、一応色々調べて、考えているようでそこは安心出来る。
ただ。
「これが当たれば、ぼろ儲けだなー」
そんなあけすけに言って大笑いされても、四人は返答に困る。
ジャイアントラット運搬用に荷馬車も貸してくれるし、森の中では使わない荷物も、連れて行くと騒がしい精霊も家に預かってくれる辺りはありがたいが、もうちょっと会話は何とかならないものかと、四人ともこっそり思って、互いの態度や表情から同じ考えだと察していた。
さて翌日。
森歩きで使わないものは依頼人の家に置かせてもらい、ディアルトのミスラ・アポロンが行きたそうな顔をしていたのを気を逸らして留守番にして、四人と二体と三頭は出発した。もう一頭の留守番は、ユニコーンのアルテミスだ。自分が行く必要性を、厩舎で寛いでいるユニコーンは認めなかったらしい。
「ヘリオス、一緒に来い」
キムンカムイのヘリオスも、どうせ行くなら森より川が良さそうだったが、呼ばれて仕方なく腰を上げた。そういう風に見える辺り、熊も案外表情豊かだ。更にユクセルと視線で会話していたが、案内役の依頼人が魚を振って呼んでいるのを目にして、とことこと先に歩き出した。すぐ後ろはユクセルが付く。
というのも、依頼人に借りた荷馬車の馬が熊を怖がって足を踏ん張るので、ラルフェンが先に行ってくれと頼んだのだ。それでも馬は臭いがするのか立ち尽くしていたが、シャリンのテレパシーとディアルトも加わっての世話でようやく歩き出した。前日荷台に乗っていた時は気づかないでいたから平気だったらしい。
目的地までは歩いて三時間ほど。巣の近くはともかく、途中までは熊よけに話をしていたほうがいいので、ジャイアントラットの捕獲方法を詰めておく。依頼人に喋らせておいてもいいが、ただ聞かされるだけも結構疲れるし。
「ご飯と安全なおうちがあるわよって言えば、来ないかしら〜」
そのためにテレパシーリングを持って来たシャリンが、この説得にチャームの魔法を使えばねずみ達が自分で歩いてくれて便利と提案したが、ラルフェンとディアルトにやや困惑の表情を浮かべられた。
「繁殖させた後はドラゴンの餌だと‥‥理解するかは不明だが、話が違うとなったら扱いが難しくならないか」
「あ〜、あたし達が飼う訳じゃないしねぇ」
あまり表情が変わらないユクセルが、それでも少しばかり眉を寄せて指摘した。実際に飼育する依頼人はテレパシーなど使えないし、ジャイアントラットも肉食獣の餌になる運命だから普通に捕獲しようということになった。
方法は生け捕りが目的だから、直積的な攻撃はしない。餌でおびき出して、巣から出てきたところを魔法で束縛する手筈だ。ディアルトのコアギュレイトとユクセルのアイスコフィンが中心になる予定で、ラルフェンは捕らえたねずみを縛って運んだりする役目。シャリンのチャームは捕らえた後に気を静めるのに役立つかもしれない。
心配されるのは冬眠前の熊が出てきた場合だが、犬もキムンカムイもいるし、ディアルトもラルフェンも念のため武器は持参しているし、ユクセルも魔法で対抗できなくもない。突然出くわしても大丈夫だろうが、
「普通さぁ、犬がいたら出てこないのよ。だから用心するのは巣の周りだわ」
シャリンが飛びながら腕組みして、したり顔で語っている。依頼人がそのとおりだと感心するので、きっといい気分だろう。実際にこの面子なら熊が出くわしても、よほど至近距離で双方不意打ち的に顔合わせしない限りは熊が逃げていくものだし。万が一に襲ってきた、魔法で眠らせてこちらが立ち去ればいい。
「出くわしたら大声でも出せばいいのか?」
「そうするとびっくりして襲ってくるから、会いたくなければ大声で話しながら移動するのよ。会ったら‥‥普通はにらみ合って、向こうの気がそれたら歩いて逃げるけど、睨みつければ気圧されてくれるんじゃない?」
首を傾げて『多分ね』と言われても、流石にラルフェンもディアルトもそういう睨み合いはしなくて済めば一番だ。
そんなことを話しているうちに巣穴があるだろう場所近くに辿り着き、依頼人は方向を示してから大声であまりうまくない歌を歌いながら帰っていった。後はそれらしいものがないか、四人で手分けして探すことになる。
まあ、探すというほどの事もなく、犬達がさっさと見付けてくれている。
「思い切り洞窟だな」
誰ともなく口にしたが、その通りにパラなら入っていけそうな大きさの洞窟がジャイアントラットの巣穴だった。積み重なった大きな岩の隙間から入って、地下に続いているようだ。
犬とキムンカムイがそわそわしているところを見ると、やはり中には何かがいるらしい。
ねずみは夜行性だから、ジャイアントラットも似たようなものだろう。まずは本当に中にいるのがジャイアントラットかどうかを確かめるのに、撒き餌をしてみることにした。
「保存食を持って来た」
「穀類が好きだと聞いたから、鏡餅を用意してある」
ディアルトとユクセルがそれぞれ用意の物を出して、少しばかり考える。あまり大量に撒き餌をしても他の動物が来てしまうかもしれないし、依頼人宅にありそうなものは食べさせないほうが後々飼育するのにはいいかもしれない。
という訳で、鏡餅を。
「‥‥‥‥」
「‥‥すまんな」
ディアルトとラルフェンが結構苦労して、こんなことに使うつもりではなかった武器で叩き割った。
食べる時は火で炙るか煮れば美味しいが、焚き火するわけにはいかないから固い物を音がしないように叩いて細かくする。シャリンとユクセルは傍らで見守っていたが、それは他にやりようがなかったからだ。こちらの二人で割ったら、三倍は時間が掛かる。
そうこうして、ようやく撒き餌を終えて‥‥後はひたすら、息を潜めてねずみの姿が見えるのを待つことになった。
ラルフェンは愛犬、ディアルトはユクセルの犬を借り、シャリンとユクセルはキムンカムイを抱えたり、抱えられたりして暖を取りつつ、時々交代で様子を確かめに行きながら待つこと数時間。薄暮の頃になって、なにやらちいちいと声がし始めたのである。
ひょこん。
きょろきょろ。
鼻ひくひく。
耳ぱたぱた。
ちいちい鳴きながら、巣穴から顔を出したのは見紛うことなくねずみ。大きさからジャイアントラットに間違いなかったが、その中では少しばかり小さかった。物陰で息を潜めるというか、そろそろ凍えてきていた四人が覗いていると、小さいのの背後から一回り大きなねずみが姿を見せた。こちらは更に辺りを見回して、臭いを嗅いでいる。
四人とも狩猟の心得はないが、今までの経験で風下を選ぶくらいのことは当然している。風向きも大丈夫だが、用心深く相手も出てこない。ようやく出てきて、餅に気付いたと思えば、
「‥‥中に持ち込まれたら意味がないだろう」
くわえて運んでいこうとしたので、ディアルトがコアギュレイトをかけて外にいた二匹を束縛した。他のが出てこないうちに、シャリンと精霊二体で宙吊りにして運んでくる。受け取ったラルフェンが手足と口を縛って、更に袋詰めにして荷馬車に乗せた。
次に出てきたのは、アイスコフィンでユクセルが捕まえる。そうやってちょっとずつ出てきたのを魔法で捕まえているうちに、最初のコアギュレイトが解けたねずみがじたばたしているから、シャリンがテレパシーリングで総勢何匹なのか尋ねてみた。
けれども。
『かえるー、かえれー、かえろー』
大きい奴は錯乱していて、会話にならない。小さい方に優しく話しかけると、今度は少しまともに話を聞いている様子ではあったが、数を数える概念がなくて『何匹?』『いっぱい』と返ってきた。
「煙で燻すか、それとも匂いで釣るか。どっちがいいと思う?」
ユクセルが、おなか空いたと目で訴えているらしいキムンカムイと犬を手振りで宥めつつ、皆に小声で相談する。
巣穴に他の出入り口があると煙で燻しても逃げられるだけだが、小さいねずみからあれこれ言い方を変えてようやく確かめたところでは、一箇所だけらしい。わざわざ穴を掘って、巣穴を拡張したのではなさそうだ。
「焼いた食べ物の匂いは馴染みがないだろう」
「出てくれば、リコッタが追い立ててくれるが‥‥どうする?」
しばらく出てこないし、捕まえた頭数も十一匹だし、さすがにもうそろそろ終わりではないかと思うのだが、確かめなくては依頼完遂とはならない。しばし相談して、やはり煙で燻してみようということになった。
明日出直し案も出るには出たが、仲間がいないあからさまな異変に気付いて逃げ出すことも考えられるし、一度で済ませられるなら済ませたい。なにしろ寒いし‥‥
焚き火の準備の間に、ユクセルはじたばた暴れているねずみに順番にアイスコフィンを掛けて回った。暴れて身体を傷めてもいけないし、キムンカムイが気になって仕方がないようだから、二重の安全策だ。荷台に放置しておいても、明日の朝までは溶けないだろう。
その間にディアルトとラルフェンが焚き火の用意をして、シャリンは巣穴の様子を窺うことにしたのだが、ミスラ・サニーがそろそろ退屈も極まったようで勝手に中に入ろうとしている。ライトまで使って、無駄にやる気だ。シャリンとルーナがしがみ付いて止めているが、もうこっそりという雰囲気ではない。
結局、燻してももう一匹も出てこなかったからよかったけれど、
「下手したら、あたしが噛まれるのよ、もうっ」
シャリンはおかんむりだった。
でもミスラの特性上、まったく気にされていない。
他の三人は、早く戻って温かいものでも飲めば機嫌も直るだろうと、用心しいしい荷馬車を進めて、寝惚け眼の依頼人に迎えられたのだった。
翌朝。
「なんか、あんた達も愛嬌あるじゃないのよ」
氷が溶けて、しばし大興奮状態で用意された小屋の中を走り回り、鳴きまくっていたジャイアントラット達は、どんぐりを大量に貰って段々と落ち着いてきた。それでも皆や依頼人を見上げる目付きは鋭かったが、おなかがいっぱいになって多少は警戒心が薄れてきたらしい。子ねずみは干草の山に転がって、ちょっと気持ち良さそうな顔になっている。案外と分かるものだ。
本当は洗ってやればもう少し見栄えもよかろうが、触ろうとすると怒るので、ねずみ達はしばらく置いておくことにした。
そうして。
「あの辺りに行かせてもらおう」
「ユニコーンが出たなんていえば、俺も自慢になるから幾らでも」
ディアルトはユニコーンと一緒に牧場に出て行き、シャリンはミスラに引き摺られるように出掛けていった。なぜかディアルトのミスラまで一緒で、ルーナが慌てて後を追っている。
「菓子があったのに‥‥持っていくか?」
「戻ってから貰おう」
ラルフェンが持参の菓子を出していたが、ユクセルも受け取らずに近くの川まで出掛けていった。こちらは持っていくとキムンカムイに食い尽くされる恐れがあったからかも知れない。
それでラルフェンは一部だけ持って、自分の愛犬と一緒に牧場の端に出掛けていった。そこでのんびり過ごして、後ほど皆でお茶でも飲もうと考えている。そう考えていたのだが‥‥
昼過ぎ、ねずみ達が食べそうな木の実など拾い集めて戻ってきたシャリンと、思う存分走り回ったユニコーンの水浴びに付き添ったディアルトが発見したのは、何を追いかけているのか川の中で暴れているキムンカムイと犬と、川岸で釣り道具を抱えて濡れ鼠になっているユクセルだった。
ねずみを洗うより先に、ユクセルのために蒸し風呂を用意してやることになりそうだ。