●リプレイ本文
冒険者ギルドで旅に出るのだと騒いだ子供二人を、そういうことなら送っていこうかと申し出たのは雨宮零(ea9527)とシオン・アークライト(eb0882)の二人だった。ギルド登録の冒険者で、この二人が夫婦だと聞いた教会関係者は申し出そのものを怪しむことはなかったが、すんなりとは頷かない。
「急ぎのシフール便で母御に連絡をしておかねば行き違いになるかもしれないわよ」
流石に子供の声が大きかったか、他の用事で顔を出したのか。ギルドマスターの指摘には零もシオンも納得した。仮に今すぐ出発しても、彼らが子供を送り届ける前に母親は村を出発してしまう。行き違いになって、かえって再会に時間が掛かったら、子供達も落ち込むだろう。
教会側とも相談をして、母親のいる村まで子供達を送り届ける許可を得た。どうせ二人で出掛けようと思っていて、目的地はこれから決めるところだったから、少しは人のお役に立てればよい。そういう態度が信頼を得たのだろう。ただし一つ条件があって、野宿はせずに途中の町に宿を求めること。真冬に子供連れで野宿など、よほど緊急でなければ考えるものではないからだ。
「普通の子供は弱いものよ。よく肝に銘じておきなさい」
冒険者の年少者とは違うのだからと、ギルドマスターに釘を刺された二人は、もう一つ別のことでも呆れられた。だがそちらは本人達だけで実行するならと、一応教えてもらう。
ともかくも、急いでシフール便に出発してもらい、それから子供達の荷物をまとめるのを手伝って、結局二人が子供達と出発したのは翌日の早朝だった。どちらも馬を連れているから、しばらくは兄妹を一人ずつ乗せてやって進むことにする。馬に乗るのは初めての子供達の緊張しきった様子に、短時間でこまめに休憩を取り、様子をよく聞いて時々歩いたほうが良さそうだと判断する。
「かおこわい」
「え、そう? うーん、確かに大きいし、顔つきもきついけど‥‥ほらほら、目は優しいでしょ?」
愛馬の顔付きが険しいと妹に再三怖がられたシオンは、休憩の間に子供に好かれそうなところを探すのに必死になったりしている。考えてみたら戦闘馬の鞍の上は、子供にとっては結構な高さだし、見るからに頼もしい体付きも迫力が先んじるかもしれない。
それでも愛馬の評価が悪いままでは可哀想だと、シオンが妹を抱えあげて馬の顔を見せてやると、『ねこのほうがかわいい』とあっさり。続けて『おねーちゃん、きれー』と来たので、色々と気が萎える。終始愛馬が知らん顔なので、まあいいかと思い直した。
零は兄を同乗させていたが、やはり男の子は少し反応が違って、慣れると馬の移動が楽しかったようだ。とはいえ子供のこと。
「一人で乗ってみたい」
「じゃあ、しばらく乗ってみる?」
無邪気に主張するので、休憩の後に一人で跨らせて、零が手綱を取って歩き始めたら、なにやら不満そうな声が。『全部』一人で乗ってみたいと言っていたのに零もようやく気付いて、しばし考えた後に自分が轡を押さえて進むことにした。
愛馬は無闇と手綱をプラプラさせられるのに閉口していたようだが、主の顔を立てたかおとなしく歩いてくれたのがありがたい。
騒ぎといえばその程度で、四人とも元気に宿泊予定の町に着き、宿屋に部屋を求めたところ。
「四人家族ね。一部屋でいいわよね」
女将にさらりと言い切られて、おたおたした零とシオンがいた。兄妹とはどちらもまるきり似ていないのだが、帽子で髪が隠れていると分からないものらしい。
「一日でこんなに疲れてたら、親は務まらないわよね」
「慣れなんだと思うけど‥‥」
上着を脱がせて、湿気が取れるように広げて、食事をさせて、寝付くまで添い寝もしてやって‥‥下手をすると依頼の時より疲れた二人は、兄妹を間に挟んで明日の予定も相談する前に寝入ってしまった。
里帰りしてみるのはどうだろう。
冒険者ギルドで見掛けた子供達に付き添おうかと思ったが、夫婦で送って行くと言う者がいるのなら遠慮しようと考えたエレェナ・ヴルーベリ(ec4924)に、恋人のクルト・ベッケンバウアー(ec0886)が言い出した。せっかくだからどこか小旅行にでも行こうかと誘ったら、そう返ってきたのだ。
「そういえば随分と帰っていないな」
「そんなことだろうと思ったよ」
なにしろ普段から依頼でどこかに出掛けているか、吟遊詩人として歌い奏でているか。一緒にいる時間はたくさんはないが、どこにいるのかはお互いにだいたい知っている。他国生まれのクルトはともかく、ロシア生まれのエレェナが里帰りしている様子もないのは、クルトも承知のことだった。
偶然二人共に時間があって、どこかに出掛けようという気持ちになった。それならばエレェナの里帰りはどうだろうかと、単純にクルトは思ったのだ。もちろん恋人が育った場所を見て、見てきた風景を眺め、その土地と人の雰囲気を感じてみたいとの気持ちはあったが、あまり難しい事を考えていたわけではない。
だが、しかし。
「私の家族に、何か用があるのか?」
真っ向から問われると、そういう話になるのかなと内心慌てたりもする。ここでそんなことまで考えが到らなかったと口にしたら、どういう反応が返ってくるのか悩んでいたら、エレェナは一人でなにやら納得したようだ。冬場の一人旅など、吟遊詩人であっても危険だから、二人旅の方が郷里の人も安心するとかなんとか。
そんなことでいいのだろうかと心配する間もなく、出掛けると決めたら早いうちにとそれぞれに用意をして、二人はキエフを出発した。その前の準備はいつもと違って、途中の休憩で淹れるためのお茶も色々と、簡単に摘める食べ物も二人が好きなものを揃えてから。基本が保存食なのは冒険者の習性みたいなものだが、嗜好品があるのが普段と違う。
「名前はまだないんだ。良ければ、君が付けてくれないか?」
「いいのか? それなら、考えてみよう」
移動手段はエレェナの駿馬二頭。その片方デュークはクルトが借りて、キエフを出発する。名付けが必要な馬はエレェナが乗っているが、やはり片方だけ名前で呼んで、乗っている馬に『こら』とか『おまえ』と呼びかけるのはおかしなものだ。これは早めに考えねばとクルトは思うのだが、行く先の話などを聞いているとなかなかこれという名前が思いつかない。
なにしろ、今までどうして子供の頃の話などしなかったのかと誰かが指摘したら、どちらもはてと首を傾げただろうが、そういう気分にはならなかったのだ。一緒にいて、最近あったことをちょっと報告しあって、それで十分満たされていたから。
それと、ロシアの生まれではないハーフエルフのクルトの昔話を、どちらも無意識に避けていたのかもしれなかった。どうしたところで楽しいことよりは苦しい思いをしたことが多かろう。本人が話したくなったら別だが、今まではそういうことがなかった。
「初めてロシアの話を聞いたときから、憧れていたんだ」
真っ白に雪が積もった牧草地を通りながら、クルトがふと口を開いたのは、余りに生国と違う光景になにか思い出したからかもしれなかった。
語り始めれば、今度は止まらないのだけれども。
気掛かりを片付けよう。
そうメアリ・テューダー(eb2205)が思い立ったのは、舞い散る雪を見たせいかもしれない。久方振りの遠出とはいえ一日かそこらの旅程だからと思っていたが‥‥結構長いこと、研究三昧の日々を送っていたものだから、キエフの街中以外の雪道を歩くのも思うほどにははかどらない。
とはいえ、翌日の昼には目的地に到着した。以前この地の依頼で目撃した白い巨人の詳細な情報をと思えば、当然依頼人のパヴェル老かその客分の魔術師アラン先生を訪ねることとなる。駄目もとで訪ねてみたら、すぐの面会は無理だがと領主館には通してもらえた。以前使った部屋と、その隣とに大量の碑文の石板や羊皮紙が保管されている。
「‥‥これは、見覚えのない記録ですね。以前と比べて、随分と増えているような」
「遺跡から持ち出した碑文に関係するものは、こちらの棚です。その棚は各地の伝承を集めたものになります」
棚の資料はメアリが一度は目にしたことがあるような記述がほとんどだが、白い巨人の行動記録は別。一昨年の夏前に発見された碑文は解読こそ進んだものの、その前の四行詩以上に謎掛けのような単語の羅列で、何が書いてあるものやら未だによく分からない。それでも領内の魔術師等が文章らしいものを組み上げて、封印が出来るのではないかと試してみた様だ。
「呼んで頂ければ、お力添えをしましたのに」
メアリの口調はおっとり上品なものだが、領内の魔術師にしたら冒険者に負けじとする気持ちがあったのかもしれない。試した何に効果があったのかは不明だが、以降は白い巨人はかなり狭い地域をうろうろするばかりで、人里に実害がないのと、昨年はここも例に漏れずちょろちょろと出没したデビルの対応で忙殺されて、監視を続けたまま現在に到っている。
だが、人は相当に図太いもので。
「なるほど。間違いなく出て来ないなら、凍った地域の端に行くくらいは出来ますね」
一番近い村落の者達は、肉類などを被害地域の端まで運んで冷凍保管し、高値の時期に売っている。特に酒が好評だと聞いて、メアリはなんて素晴らしいと目を細めたが、案内役は村人の根性に感心していると思い違えたようだ。彼女の見た目からは、こよなく酒を愛して止まない性格は、見えては来ないだろう。
だが後程面会したパヴェル老はそういうことを憶えていたようで、特典があるからしばしここで知恵を貸してはくれないかと切り出してきた。メアリが近況を問われて、冒険者街で稀少なモンスターの観察に明け暮れていることを話したから、現状ここに一体のみの精霊ならば研究し甲斐もあろうとの申し出だ。冒険者ギルドの依頼ではないが、当然俸禄が伴う話である。
ただキエフに置いてきた多種多様な生き物の話もしていたので、返事はすぐではなくても良いと言う。パヴェル老とて、ドラゴンだけで二頭もいるとなれば、迎える準備も必要だろう。
「望外のお申し出なれば、まずはお礼に一献」
メアリが荷物から出してきた、これまた珍しい酒類を見たパヴェル老は自分が飲みたいだけではないのかと茶化していたが、断ることはなく。
「私の人生はモンスターとお酒で出来上がっているようなものですから」
飲む理由を見出せぬままに保管していた酒を開けるメアリは、満足気に微笑んでいた。
凍った河を眺めたら、それはさぞかし綺麗ではなかろうか。
そう話した時にギルドマスターが『凍死するわよ』とあっさり言い放った理由が、実行してみると確かに分かった。河からの風があったら止めておくよう言われたが、確かにいかに野営の準備を万端整えていても、とてもではないが寒風吹きすさぶ中でやるものではない。特に凍った河を渡ってくる風は、昼間に体験したが身を切るような冷たさだった。
必然として暖を取るための焚き火は大きくなり、それが氷に写りこんで煌めくのは美しかったが、なかなか長時間出来るものではなかった。兄妹を送り届けた村でも景色がよいところを尋ねた時に、今の時期はあまりお勧めしないと言われるわけだ。そういうところは、大抵見晴らしがよく、風が渡るから。
それに、寒さは炎と衣類で防いだとしても、シオンは月の光が性に合わない。ふとした弾みでそちらの輝きが目に入れば、楽しくはない出来事が待っているわけで‥‥月光に照らされた妻の姿が好きな零も、けして長時間は楽しめなかった。
やはり二人共に緊張を解いて楽しめなければ、どんなに美しい景色も色褪せるものだ。抱き寄せたり、抱き寄せられたりする感触は悪くないが、顔が見えないのはつまらないし。
色々語り合うこともあったし、いまだ話題は尽きないものの、風邪をひいてはどうしようもないのでテントに戻ろうかと話し合って、二人でぐるぐると包まっていた毛布を少しばかり外していて、
「あの子達、今頃は寝ちゃってるわね」
「可愛かったよね。無事にと思うと疲れたけど、子供も悪くないね」
夫婦だから、いずれは子宝に恵まれることもあろうかと思ったのは、どちらも。異種族婚だから、生まれればまた苦労も辛さもあるだろうが、きっと笑顔を見るだけで癒されるのだろうと思う。ほんの二日足らず一緒にいただけで、あれだけ強い印象を残すのならば、伴侶と自分の子供はどれだけ愛しいだろうか。
だいたい同じことを考えているなと互いの顔を見合わせて微笑みあい、テントの入口を閉める。先程までと違って、顔を見ようにも暗い中だが‥‥まだ話題は尽きないだろう。
大分悩んで、帰路になって。
「リュフトフェンにしようか」
「ふむ‥‥これからはリュフトフェンだからな」
ようやくクルトが決めた名前を、エレェナはすぐさま馬に言い聞かせていた。まだ反応は薄いが、そのうちに馴れてくれることだろう。
慣れるといえばエレェナの郷里でのクルトも同様で。村の人々との対面に大分緊張していたようだが、エレェナが香草茶を淹れてやったりするうちに、幾らか馴染んだのだろう。村に入る寸前は緊張しきった顔付きだったが、帰る時は村の子ども達とも手を振り合ったりしていた。
久し振りの帰郷で質問攻めにされたりしたのはエレェナも変わらないが、こちらは言葉を操る仕事ゆえに平然としたもので、行きも帰りも様子はまるで変わらない。
だが。
「聞きたい歌はあるかい?」
思い返せば色々と贈り物を受けるばかりだったが、さりとて気の利いたものがすぐに出てくるわけでなし。行きはあれこれ話すことで時間が過ぎたが、帰りは流石に話題も尽きてくる。だからエレェナは歌を贈ることにした。これならいつでも、クルトが望んだものを返せる自信もある。
「今、エレェナが歌いたい歌で」
そういう返事は選曲に困ると言いつつ、エレェナがリュートの弦を確かめる。
やがて他に誰もいない森の外れに流れ出したのは、昔から伝わる恋歌だった。