にゃんこ包囲網!

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:4〜8lv

難易度:やや易

成功報酬:2 G 88 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月20日〜01月27日

リプレイ公開日:2005年01月28日

●オープニング

 依頼人は、真っ白でふわふわの毛並みの猫を連れていた。
「猫達を捕まえるお手伝いに来て欲しいんですの」
 アンジェというエルフの女性は、猫を連れているのに、そう言った。しかも猫は複数形だ。
「迷い猫ですか? 何匹くらいでしょう?」
「いえ、我が家の別棟の中にいますわ。でも数が分からなくて‥‥二十匹は間違いなく超えていて、でも四十匹はいないと思うんだけど。何匹かしら」
 依頼人アンジェは真剣な表情で猫の数を思い返しているが、それにしても頼りない。そもそも自分の飼い猫なら、もっと細かいことが分かっていていいはずだが、当人はけろりとしたものだ。
「あら、だって飼っているわけじゃありませんもの。飼っているのはこの子と、去年お嫁さんを貰ったから二匹だけだわ」
 春になったら子猫がたくさん生まれるといいわねと同意を求められた冒険者ギルドの係員は、満面に愛想笑いを貼り付けていた。猫がカウンターに乗ろうとすると、さりげなく羊皮紙を丸めたもので追い払うので、どうやら猫と相性が悪いらしい。
 そんなことに気付かないアンジェは、猫についての愛に満ち溢れた台詞を適宜取り混ぜながら、以下のような依頼内容を語った。
 アンジェの家には、別棟がある。その昔、アンジェの夫が子供の頃に住んで二階家だ。台所を含めて部屋数は八つとなかなか広いのだが、夫の父親が商売で成功して、より広い家を建てたので‥‥
「猫の家? え、その家を貸したりしないで、猫に使わせてたんですか!」 
 信じられないと思わず声を上げた係員だが、慌てて口を押さえて辺りを伺った。上役がいたら、間違いなく怒られる対応だからだ。幸いにして、アンジェは屈託なく『誰でもそういうのよね』と笑っている。
 彼女の言い分に寄れば、その別棟は古いし、今住んでいる家とかなり近いので赤の他人に入られるのも嫌だし、なにより少し街から離れているので借り手が見付からないそうだ。
 そうして、現在では猫屋敷。
 わざわざ猫が遊びやすいように部分的に天井板を打ち抜いて、縦横無尽に梁木にもなるような木材を張り巡らせたり、あちこちに毛布を置いたりしてあるらしいが、アンジェの感覚ではその家に住み着いているのは『野良猫』である。餌だって、もちろん彼女やその家族の意向で、使用人が麦粥と肉や魚をあわせたものをあげている。でもやっぱり、『野良猫』なのだ。
「でも干し魚って、塩抜きが大変なのよね」
「はあ‥‥そうですか」
 もしかして、自分よりいいもの食べてる? そんなことを考えている顔付きで、係員はそろそろ愛想笑いの仮面がはげてきた。だから、せっせと用件を尋ねるのだ。
 早くしないと、猫が本格的にカウンター侵略を始めている。
 そして、アンジェの用件はというと‥‥
 長らく猫屋敷と化していた別棟だが、土台が傷んでいることが判明した。それで万が一のことがないうちに壊すことになったのだが、猫にはそんな事情は分からない。言葉で説明したところで通じる相手でもないし、相変わらず居座り続けていた。
 それで、建物を壊す前に別棟を根城にしている猫多数を保護するので、手伝いが欲しいというのだ。
「大工は餌に薬を混ぜたらどうだと言うけれど、とんでもありませんわ。煙で燻し出すのもダメ。もしも可愛いにゃんこ達に何かあったら、どうしたらいいものか」
 手荒な真似は一斉せず、猫達を無傷で、安全に保護する。ただし猫達の正確な数は不明。
 しかも、最後の条件がひどかった。
「捕まえるのは、わたしと息子がやりますから、いらした皆さんにはそのお手伝いをお願いしたいんですの」
「一つお聞きしますが、足場が悪いところを歩いたり、木に登ったり、あちこち飛んだり跳ねたりすることに自信はおありで? あ、もう一つ。ご子息はお幾つなんでしょう?」
「飛んだり跳ねたり? そんなこと、もう百年位してないかしら。木登りなんて、とてもとても。息子はやんちゃで、この間二十一になりましたのよ」
 もう百年もおてんばしていない女性と、人間換算で七つになったばかりのやんちゃ息子を盛り立て、何匹いるのかも分からない猫達を捕まえさせる。もちろん双方に怪我がないように!

 さあ、にゃんこ達を包囲せよ! ‥‥依頼人が怪我をする前に。

●今回の参加者

 ea1553 マリウス・ゲイル(33歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3892 和紗 彼方(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6137 御影 紗江香(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6905 ジェンナーロ・ガットゥーゾ(37歳・♂・ファイター・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7073 ソニア・グレンテ(25歳・♀・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ea7211 レオニール・グリューネバーグ(30歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea8210 ゾナハ・ゾナカーセ(59歳・♂・レンジャー・エルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

ティム・ヒルデブラント(ea5118

●リプレイ本文

●にゃんこの名前
 依頼人のアンジェの家は、かなり大きかった。男女比六:三、エルフは男女各一名、残りはすべて人間という冒険者一行が出向いても、いる場所に困ることだけはない。
 だが、冒険者の大半は案内された応接間の一角に固まっていた。身の置き所に困っていたわけではなく、そこに彼らを魅了する存在が座っているからだ。
 体を撫でようとして、ゆらゆら揺れる尻尾に手を打ち払われる格好になった和紗彼方(ea3892)は、今度は頭に手を伸ばしている。構われている真っ白な猫は迷惑げだが、御影紗江香(ea6137)が手を出すと熱心に顔をすりつけ出した。当然彼方は不思議そうだ。
 隣でまるごとトナカイさんなる衣装を着たままのジェンナーロ・ガットゥーゾ(ea6905)も、友人の以心伝助(ea4744)の干し魚に反応がないので、伝助共々首をひねっている。
 答えがわかったのは、レオニール・グリューネバーグ(ea7211)だった。
「マタタビか何かだろう」
「ハーブです。多めに用意しておきました」
 ここに出向いてくる前に買い求めておいたのでと、紗江香が自分の荷物を示す。これはかなり役に立ちそうと全員が思っていると、依頼人アンジェがやってきた。
 そうして、全員が名乗るのを聞いて、なぜか喜んでいる。どうやらソニア・グレンテ(ea7073)とマリウス・ゲイル(ea1553)の名前に反応したようだが‥‥
「うちにも、同じ名前の子がいますのよ」
 何人かが、事情を察した。分からない者は、子供の名前かと尋ねていたりする。
「この子がマリウスちゃんで、お嫁さんがソニアちゃんですの。ほうら、マリウスちゃん、マリウスさんにご挨拶しなさい」
 後ほど。
「これで同族だったら、きっとお似合いなんぞと言われたろうな」
 ゾナハ・ゾナカーセ(ea8210)が茶化したが、まったく冗談に聞こえなかったのがある意味空恐ろしい。ソニアはちょっと憮然としていたが‥‥
 それは連れのティム・ヒルデブラントが『それは残念』と呟いたせいだろう。素晴らしい一撃が繰り出されていたことでもあるし。
 しかしこの時、名前が同じだからと猫を抱かせてもらったマリウスが、皆の嫉妬を一身に集めていたことは間違いがない。

●ターゲットは野良にゃんこ?
 今回の依頼は、これから壊す予定の建物にいるすごい数の猫を、依頼人とその息子が捕まえる手伝いだ。その猫達は、一応野良だと言われているが‥‥
「それだけのニャンコが一同に揃っているのは、餌が満ち足りているからではないかな」
 ゾナハが指摘した通り、この家では多分三十匹前後の猫に、毎日十分餌をやっていた。でも家の中には入れないから、彼らは野良猫なのだそうだ。
「お世話好きなんだね」
 ここの息子と同い年、もちろん人間とエルフの違いで考えはよほど大人びているはずの彼方は、大口を開けて笑っていた。息子と一緒に床に座り込んでいると、体格は違うが、どちらも可愛らしい。ソニアに『ちゃんと働きな』と念押しされて、息子と一緒にこっくり頷いた。
 ところで、彼らが働く前には幾つか確認すべきことがある。まずは、捕まえた猫をどこに入れてやるかだ。まさかこの寒空の下、外に放り出すような真似はしないだろう。
 なにしろマリウスがジャパンの日用品、猫の飾り付き根付けを贈ったら、さっそく猫のマリウスの首に飾って喜んでいるアンジェである。
 伝助が心配で確認した猫の引っ越し先は、確かにあった。母屋からそう遠くないところにあって‥‥
「これは、立派なもんでやす‥‥」
「そんな話じゃないだろう。うちの七風‥‥あぁ、いや」
 ジェンナーロが『七風海賊団が全員住める』と口走りそうになったくらいに、広かった。ただし細かい仕切りはないから、人間が住むなら部屋を区切らないとならないだろうが。それと猫用の様々な仕掛けを取り払う必要もある。
「ここに、猫と依頼主様方も隔離して、我々は作業に回ればよろしいのでしょうか?」
「それは、かなり違うぞ」
 紗江香の当人無自覚の辛辣な台詞に、レオニールが苦笑しながら返す。もしかするとそれが一番いい方法なのは全員が知っているが、一応依頼は『アンジェと息子が猫を捕まえる手伝い』だ。よって、アンジェ達までこの新しい猫屋敷に放り込んでおく訳にはいかない。
 いざとなったら、それもいいかもと思ったとしても、それは心の中でだけのことだ。
 とりあえずは、依頼人の意向を汲んだ野良猫捕獲作戦を遂行するのだ。

●にゃんこ鑑賞、訂正、確認作戦
 野良猫捕獲作戦の最初は、餌やりだった。紗江香はいきなり猫用のハーブを撒いて反応を見たそうだったが、ゾナハが言ったのだ。餌やりの時間に付き添って、猫の数や外見を確認するのと合わせて、猫にも自分たちに慣れてもらおうと。
 猫に餌やり。この魅力に抵抗出来なかった者は多い。
「このついでに、建物の中の猫用通路の確認をして、塞いでおけば作業が楽だろう」
 レオニールがもっともらしく言うが、すでに皆は餌やり担当の使用人にくっついて、自分好みの猫をかまい倒していた。
 日頃は漁師のジェンナーロなど、いつもの癖で魚の入った籠を肩に背負い、頭上から猫に飛び掛かられている。その位置を確認して、捕獲作戦の時に気を付けるつもりのようだが‥‥その間に、猫は籠の中の魚のほぐし身を噛っていた。
「こういう野性味に溢れたのは好きだなあ」
 そして、その猫をマリウスが籠からそっとつまみ出して、威嚇されながらも撫でている。そのまま抱えて帰りそうな勢いだ。
 そういうのを横目に、ソニアは猫を数えている。もちろん動くものを数えるのだからうまくいかないし、親子か兄弟か、やたらと似ている模様のものがいるから途中で訳が分からなくなる。で‥‥
「ティム! 数えろ!」
「ちょっと無理だ‥‥にゃあ」
 彼女につれ回されているティムが、独特の話し言葉を使うのは、ソニアの指示だったりする。アンジェには『可愛い』と好評だ。
「皆さん、猫がお好きなんですなぁ」
 にこにことしながら口にした伝助の腕にも、すでに満腹した猫が抱かれている。
 結局、誰一人として、猫の数をきちんと確認できた者はいなかった。

 挙げ句に。
「マリウス、ソニア、ご飯だよー。今日は鶏肉の湯通ししたのだってー」
 彼方は同年齢のお子様と一緒になって、飼い猫二匹を手懐けるべく、餌やりをしていた。
 お子様の護衛役どころか、遊び仲間である。

●にゃんこ包囲網!
 翌日、猫の朝のご飯をちょっと遅らせてもらい、その間に建物の中の猫用通路を塞いでいく。二階の窓も、閉められるものは全部しっかりと閉めた。
 それから、餌をやるのだが‥‥
「これほどとは‥‥」
 そもそも野良猫とはいえ、あまり警戒心がない猫達だ。いつも通りに餌をもらうと、人が傍に居ても食べ始める。
 そんな猫達の餌皿に、紗江香がハーブを仕込んでいくと、腰が抜けたように座り込む猫続出だ。中にはふらふらと歩きはするものの、明らかに千鳥足になっているものもいる。
「マタタビを用意したけれど、これなら必要ありませんか。このハーブ、なんていうものです?」
 マリウスが感心したように問いかけたが、紗江香は難しい顔になった。彼方やソニアにも怪訝な顔をされたが、紗江香が言うにはブレンド品なのだそうだ。
「三種類くらい混ぜてあるそうで‥‥猫を捕まえるにはこのくらい強くしろと」
 それはあまり食べさせると良くないのではと、誰かが呟いた途端に、様子を眺めていたアンジェと息子が飛び出した。慌てて息子は伝助と彼方が、アンジェはジェンナーロとマリウスが追いかける。
「近くにいるのから、捕まえるでやすよ」
「暗いんだから、走ったら駄目だよ」
 そう。二階の窓を閉め切り、一階も窓が全開になっているわけでもない建物の中は、とても薄暗かった。護衛を買って出るような面々は多少なりと、夜間に歩き回った経験はあるが‥‥アンジェと息子がそうした経験に恵まれているとは誰も思わない。
 当然のように、アンジェが足を滑らせた。
「うむ。護衛の鑑」
 勝手に手近の猫を抱き上げているゾナハが、倒れ込んだアンジェを抱きとめたジェンナーロを賞賛している。そうしながら、さりげなく二匹目の猫を抱き上げて、アンジェに渡していた。
 見れば、レオニールもひときわ大きな猫を抱えている。それは入り口近くにおいて、また次の猫を連れに行く。
「捕まえるのはわたしですわ」
 アンジェが当然の苦情を申し立てると、レオニールは平然とこう口にした。
「しかし、こんな状態のまま置いていては、猫も体を壊すだろう。こういうときには、せっかくの人手を使わなくては」
「そうそう。戦場のような騒ぎになるかと思ったが、ニャンコがばたりでは彼らも寒かろう」
 レオニールとゾナハに言われて、アンジェはちょっと考えが変わったらしい。ジェンナーロは彼女が無茶さえしなければいいので、何を聞かれてもご自由に、だ。
 更にマリウスは、こう言った。
「中は暗いですから、外でこの状態の猫の世話をしていただくのは?」
 やはり慣れた人が世話してやるのがいいでしょうと、腰の砕けた猫を示されて、アンジェは言いくるめられた。
「なんだかなぁ」
 嬉しそうに猫を運び出してくる男達の様子を、ジェンナーロは呆れつつ眺めている。

 その頃、紗江香はと言えば。
「さあさあ、お食べなさい」
 餌を食べにやってくる猫達を見付けては、せっせとブレンドハーブを皿に持っている。
 彼女の足下には、そのハーブに骨抜きにされた猫達が、すでに六匹ほど腹を見せて転がっていた。

 しかし、ハーブで酔っ払った猫ばかりではない。なにしろ早くにアンジェと息子が飛び出したので、全部の猫がハーブでふらふらになったわけではないのだ。
 元気な猫は二階に集中していて、現在は息子と彼方、伝助に追い回されている最中だ。正確には、猫を追いかけているのは少年だけで、伝助と彼方は少年を追っている。
 長いこと空家で、猫が住み着いていた割には綺麗な建物だが、さすがに何人もが走り回ると埃が舞う。しかも薄暗いので時々少年は転ぶのだが、結構元気に跳ね起きて、また走り出した。
 どうやら、猫の中でもすばしこい白猫がお目当てのようだ。どうにも白猫の好きな親子である。
「何か使っておびき寄せたほうがいいよぅ」
 彼方が追いかけながら助言するのだが、聞いちゃいない。伝助が追いついて餌を差し出すのだが、とにかく自分の手で捕まえることにしているようだ。
 いくら人から餌を貰っていても、追いかければ逃げるのが野良猫の習性だ。思い切り逆効果である。でも、聞きゃあしない。
 と‥‥そこに、やたらと大きな猫(?)を連れて。
「ほら、これでどうだい」
 ソニアが現れると、何かを追いかけっこ最中の猫とエルフと人間に放った。連発するくしゃみ、腰砕けになる猫、目が真赤なエルフの少年と人間が二人。いや、三人。
 特に猫は二階にいたものがわらわらと集まってきて、挙句に次々とふらつき始めるおまけつき。こともあろうに、ソニアはブレンドされた猫用ハーブを一掴み貰い受けて、追いかけっこの最中にぶち撒いたのだ。
「だって、あんな効率の悪いことをしていたら、いつまでたっても終わらないじゃないか」
 後ほど、鼻をかみながらぶーたれた彼方に対して、ソニアはあっさりと言い放った。それはもう楽しげにだ。彼女はいいが、巻き込まれた伝助はその場から少年を助け出すのに苦労したので、何か一言あってもよいだろうに‥‥ソニアも伝助自身もそれどころではない。
「ほら、ちゃんと相手しておやり」
 ソニアは猫らしいのやや不恰好な着ぐるみ姿のティムをつつきまわして、少年に猫に近づくための忍び足を教えている。役に立つか分からないが、少年は真剣だ。アンジェも息子が楽しんでいるので、機嫌がよい。

 この間に、冒険者達はせっせと建物中を走り回り、確認した部屋は一つずつ封鎖していって、夕暮れには中にいた猫を全部捕獲することに成功した。ついでに今まで猫達が使っていた毛布なども移して、新しい家に運び込む。
 取り壊す建物はきちんと締め切ったから、猫が入ることないだろう。

●さあ、にゃんこと戯れタイム?
 翌日、冒険者一行は至福の時を過ごすはず‥‥だったが。
「いいなぁ、この誇り高い孤高の姿が猫の魅力だよ」
 レオニールが、手を引っかかれてこんなことを言っているうちは良かったが、アンジェが息子に猫の移動用に設えてある木の枝を登らせようとした辺りから、一気に怪しくなった。
「おかしい。依頼と違うところで護衛だな」
 ジェンナーロは悠然と構えているが、ソニアは少年をけしかける。そして彼方と伝助が走り回り、その様子を原因を作ったアンジェが紗江香とハーブ茶を飲みながら眺めている。一緒にいるのはゾナハと、猫を欲しいといって『子猫が生まれる頃なら考える』と本日は断られたマリウスだ。猫のマリウスも同席している。
 彼らの会話は猫のことから、餌の話になり、弾みでドラゴンの騒動に及んだが、アンジェは町の噂以上のことは知らなかった。ただ商人の妻らしく言うには。
「昨年末に、随分と宝飾品を手放した方が多かったようですのよ。あれかしら、ご主人の仕事が影響を受けて、仕方なく売りに出したのかもしれないわね」
「それは、売る方もさぞかし残念でしょう」
 紗江香が相槌を打っている間に、新しい猫屋敷のほうで悲鳴が上がる。
 お茶をしている卓から見ると、屋根の上で少年が転げ落ちそうになっているのを、伝助が捕まえたところだった。もちろん、しばらく後には皆の尽力で無事に降りてくる。

 冬にしては暖かい日のこと。猫達も前日のことなど忘れて、気ままな生活をまた繰り返していた。