●リプレイ本文
アデラがフォンテーヌ領へと出発する朝、非常に早い時間にマート・セレスティア(ea3852)はラングドック家の台所で目を覚ました。前日から当然のようにやってきて居座っていた彼には、ちゃんと客用寝台が提供されたのだが、どうせなら起きてすぐに何か食べたいと主張して台所で寝ていたのだ。もちろん起きて一番に、置いてあったパンをかまどの種火を起こして、炙って食べている。上にチーズと干し肉が乗っているのは、多分彼にしたら控えめな態度なのだろう。
もはや他人の家だと思っていない所業だが、それは他の参加者の大半にも共通していて、いつもよりうんと早く来たのはサラフィル・ローズィット(ea3776)とリュヴィア・グラナート(ea9960)も同じ。この二人はまだ当日の早朝を選んでいるだけ、まともではある。
ただし二人とも、考えていることはまったく変わらず。
「アデラ様、持っていくものの点検をしなくてはいけませんわ。馬車でということは、荷物がたくさんおありですわね?」
「ジョリオ殿は少しやつれたのではないか? しっかり寝て、食べなくては、身嗜みだけ整えても見栄えはよくないぞ」
勝手知ったる他人の家で、てきぱきと朝食の支度に取り掛かりながら、サラとリュヴィアは家人にあれこれ指示を出している。なにしろ今回はアデラの家で行う普段のお茶会とは違って、国王の縁戚のところに出向こうというのである。アデラが変なものを持ち込まないように、事前の確認は重要である。加えて、この二人は貴族の邸宅を訪ねる時の礼儀作法には疎いが、シルヴィとマリアが同行するなら服装などを失礼がないもので整えておかなくてはならない。
もはや身内も同然とはいえ、ジョリオ以外はアデラまで寝巻き姿で出てきているのだが、来たばかりの二人は気にしない。マーちゃんはもっと気にしない。
まあ、毎度のことである。
そんな訳で、御者も必要とあったので馬の様子を見るのにも、少し早く到着したほうがいいと考えたリュシエンナ・シュスト(ec5115)は、家について早々に庭先でやいのやいのと騒いでいる人々を目撃した。わざわざ見送りに来た兄のラルフェンは、同業で年代も近い気安さかジョリオに様子を尋ねているが、どう見ても木箱を馬車に積むかどうかを女性陣がもめている。
「何が入ってるのかしら。割れ物じゃないといいけど」
御者をする都合、壊れ物は勘弁して欲しいと切実に思うリュシエンナだが、ようやくこじ開けられた中身は見事に割れ物。しかも液体入りだと判明した。お師匠とご意見番に中身を問い詰められてもなかなか白状しないアデラだったが、実は姪のルイザが知っていた。
「この間、エカテリーナ様と一緒に作って喜んでいた染料でしょ? 色留めをちゃんとしないと、草木染は色がすぐに褪せるんだから」
婚約者が染物工房の跡取りのルイザは、叔母が他の地域の人と染料作りなどしていたのは心外だと言わんばかりだが、相手が相手である。ぜひともいいご縁にしてきてねと言い置いて、仕事に出掛けていった。言い置く相手が叔母ではなくその友人達相手なのが、この家の不可思議にして、いつもの光景だ。
ルイザが説明している間に到着した十野間空(eb2456)は、荷物の中身を聞いて身を乗り出し、移動中に確認できるものは見せて欲しいと言い出した。随分な勢いに驚いた者が多いが、アデラが了解すれば誰も文句はない。
いつの間にやらやってきて、マーちゃんと一緒に焼き菓子を摘んでいる紅天華(ea0926)と、その脇でなぜか腑抜けているレイル・ステディア(ea4757)も馬車に乗り込めば、後は出発するばかりだ。マリアとシルヴィも同行するので、全部で十一人の大所帯は無事にパリを出発した。
そして、道中何事もなく、フォンテーヌ領の領主館に到着した。出迎えてくれたのは、エカテリーナが以前から連れている執事だ。エカテリーナは何かと忙しいようで、後程顔を出すという。
執事が一行の中で目を留めたのはレイルで、『傷薬が必要でしょうか』と尋ねたのには、
「自業自得ゆえ、放置して構わぬので」
親族のはずの天華が、断っている。レイルの頭には一際大きなこぶのほか、複数の小さなこぶも出来ていたのだが、誰も構ってあげていない。当人は来た時に増して腑抜けているので、痛いのかどうかも怪しいし。
そもそもはレイルが許婚に家を叩き出されたと天華が連れて来たのだが、理由が『おめでたらしい許婚の歌を聞いていたら寝て怒られた』にある。ちなみに『歌を聴いて寝て怒られた』は、別に他の人々にはどうでもいい。
『結婚前に何をしているのだ』
これである。マーちゃんはさておき、僧侶の天華とジャパン人の十野間も別にして、他は白黒の違いはあってもジーザス教徒。冒険者だろうと聖職者のサラはじめ、渋い顔になってしまう。兄が結婚を控えているリュシエンナは、これまた落ち着かない様子できょろきょろしていたが。
ちなみにこぶは、馬車の中でサラに説教されているのに身が入っていないとアデラに小突かれたのと、途中の悪路で一人だけ転がったのとでこしらえている。当人は怒られたせいでか、余計にうな垂れて呆然としているので、痛いのかどうかよく分からない。
当人が一応話したところによれば、許婚の振る舞いがあまりにいつもと変わらず、控えめに言ってものすごくお転婆なので心配で仕方ないらしいが、そういう相手を怒らせて叩き出された挙げ句にここに来ちゃうってどういうことだと、皆は親身になってくれない。天華など、
「新作茶の味見役にちょうどよい。アデラ殿、扱き使っていいぞ。大兄も大姐と結婚したくば、腹を括ることだ。まずは機嫌の取り方でも考えておけ」
ばっさり。
そんな様子でも、道中は何事もない部類だろう。少なくとも事件と事故はなかった。単にレイルが『新作茶毒見役決定』となっただけである。
それはさておき、到着したからには色々とやることがある。
まず、マーちゃんに食べ物を与えて、通された部屋から勝手に出ないように言い含める。ふらふら出歩かれたら、屋敷の人々に大迷惑である。今のところ、食べ物に囲まれた当人はご機嫌だ。たまに手を出そうとする天華を威嚇しているが。
サラはお茶会のための料理であれば自分も手伝いたいと申し出て、一緒にやりたいと言うリュシエンナも、客間近くの炉がある部屋に案内された。材料は必要なものを言付けて持ってきてもらい、人手が足りなければ厨房から料理人が来てくれると、至れり尽くせりだ。食器類は、差し支えなければ食器室で選んで欲しい、と。
「アデラ様の人脈って、時々不思議ですわね」
依頼で知り合われたのかしらとサラは呟いたが、そもそもアデラは冒険者ではない。故にもっと不思議だが、詮索など失礼だ。
「でも意気投合って言うのは、なんとなく納得。フロリゼル様もたまにお茶目なことするし」
エカテリーナのことはあまり知らないが、その姉妹とは何度も面識があるリュシエンナは一人頷いていた。アデラを考えるとお茶目で済むのか怪しいところはあるが、彼女はお茶会とは今まで手伝い程度にしか関わりがないので、多分アデラをまだ理解しきっていない。
しかし、二人ともに何が縁で知り合って、挙げ句に染料の開発じみたことをしていたのかはさっぱり分からない。まあ、お茶会で分かるかもしれないので、まずは食料庫の余剰を教えてもらい、作るものを相談し始めた。お願いする食料が十人増しくらいあるのは‥‥マーちゃんの様子を見ていたらしい執事がさらりと流してくれたのでありがたい。
なにやら新作のお茶は胃の清涼感を異様に上げる効果があるだろうと、リュヴィアが見立てている。人によっては食欲が増すそうだから、その分まで見込んで作る必要がある。
リュシエンナはともかく、サラが頭の痛いことだと作る料理の量を確かめていたら、材料を届けがてらに料理人がやって来てくれた。材料のあまりの多さに、追加の客人の有無を心配して、でもここまで来る途中でマーちゃんを見て納得したらしい。
せっかくなので土地の料理もご指南いただきつつ、温かい料理中心に献立が決まったのはしばらくしてからのこと。二人とも料理人の助けがなくても作り上げられる腕前はあるが、エカテリーナの好みなど教えてもらいつつ、一緒に作業をすることになった。
ちなみに今回の料理担当が料理人と和気藹々と作業を進めている頃、リュヴィアはマリアとシルヴィを連れて、書庫を訪ねていた。アデラの荷物の中に植物が色々あったので、栽培方法を記した物を作っておいた彼女は、その知識を見込まれて書庫の中の関係書物を探しておいてくれるように頼まれたのだ。エカテリーナは熟知しているらしいが、いちいち主にお伺いを立てるのは効率的ではない。だがあいにくとそれに割ける人手もないようで、こちらにお鉢が回ってきたというところ。
「「きゃーい」」
「シルヴィ殿、マリア殿。素敵なレディはそのような声を上げたりしないものだ」
書庫にそびえる書棚を見て、姪二人は歓声をあげている。リュヴィアも年長者の立場として嗜めはしたが、心中は似たようなもの。これを全部読めたら、いかに幸せだろうかと思ったりするが、まずは頼まれごとが先だろう。
特にやることがなさそうな天華とレイルも引っ張ってきたので、五人がかりで作業そのものは早く進むはずだったが‥‥静かだと思って見たら、二人ともすでに自分の興味をひく書物を書見台に運んで、熱烈読書中だった。
同様の誘惑に駆られたリュヴィアだが、目録を発見したのでその中から薬草学やパリにあまり出回っていない農作物について書かれたものを探し始めた。
同じ頃に十野間はアデラと一緒に地下に向かっていた。そこには前領主のアストレイアが氷棺の中で眠っている。アデラが絹の造花を持っているのに胸が痛んだが、十野間は頼まれた荷物をジョリオと無言で運んでいた。三箱あったうちの二箱で、中身の染料は抜いていたから、何が入っているのかよく分からない。
「大分お痩せになられましたわねぇ」
アデラの印象は、おそらくアストレイアがアデラの元でお茶会修行をした時のものだろう。その頃を思い返して十野間が切ない気分でいる傍らで、アデラはてきぱきと箱を積んで、上に造花の花束を乗せている。献花台のようで十野間は穏やかではないが、言うのも悪い気がしてただ眺めていた。
だがジョリオは立場上、箱の中身を確かめる必要性を感じたらしい。下手なものを置いていったら、責は三人全部に及ぶからだろう。
ただ。
「こけ?」
多分、問い返した十野間の声は裏返っていたに違いない。
「ええ。以前にアストレイア様がお作りになろうとした苔茶。あの斬新な発想はぜひとも実現したいと思いまして、準備していましたのよ」
ついでに結婚するなら使ってもらおうと花束も用意したが、しばらく先になりそうなのでまとめて凍らせておきましょうと、アデラは魔法を使っている。本人の希望が聞ければ作った染料で色もつけたが、それも後日実現するつもりらしい。
苔茶の段階で、サラとリュヴィアがいれば制止とお説教が入っただろうが、虚を突かれた十野間とジョリオはそういう役には立たず。割れ物を運ぶための詰めものかと思われていた苔は、氷の中で保存されることになった。
こういう間中ずっと。
「皆、いないから、これは全部おいらが食べておくからねっ」
マーちゃんが、一人で幸せを満喫していた。
さて、晩にエカテリーナと顔合わせして、お茶会そのものはその翌日。
リュシエンナとサラと料理人が腕を振るったご馳走が大きな卓二つに一杯に並び、マーちゃんは今にも飛び上がりそうなところを十野間とレイルとジョリオに押さえ込まれている。それでなくとも昨晩、『このねーちゃん誰』に始まり、アデラのお茶会作法をべらべらと素晴らしい庶民言葉で飾らずに説明し、エカテリーナに『リーナ姉ちゃん、わかった?』とやってしまった後である。十野間やジョリオほど作法を気にしないレイルも、流石にまずいと思って結構必死だ。
エカテリーナはそれに目くじら立てる様子もなく、『あら面白い』の一言で片付けたので、やはりアデラと意気投合するだけはあるとサラやリュヴィアに納得されていた。リュシエンナはフロリゼルがいなくてちょっと残念、新作茶の味を兄に報告する必要があるのでちょっと緊張している。
だがしかし、今回のお茶会の主役はアデラではなかった。
「堅苦しいお作法は抜きにして、一時楽しみましょうね」
エカテリーナがマーちゃんにはとてもありがたいことを述べ、真っ黄色も極まった新作茶を飲んでみたら、口から喉へ通って胃に到達するのが分かるくらいに清涼感溢れる飲み物だったが味は悪くなかった。おかげでお茶会のご意見番やアデラのお師匠も一安心でのんびり出来るかと思いきや。
「エカテリーナ殿は高位ドラゴン派だと耳にしたのだが」
ずずいと天華が身を乗り出したのだ。
そこから先は、余人には分からぬ『高位ドラゴン派』のめくるめく世界。
「何をお話しているのでしょう?」
「‥‥あいにくと俺にもわからん」
「私は馬派‥‥わんこ派、でもこの時期は雪だるまも捨てがたい」
「家畜派、かな。重要だと思うのだが」
「食べられればなんでもいいよっ」
「あの方とあれほどドラゴンで語れる方がいるとは思いませんでした」
途中でリュヴィアが持って来た香草茶に切り替え、皆は料理を楽しんだり、世間話をしたりしていたが、『高位ドラゴン派』は。
「勇猛さの中にある、異形なる体躯の美というべきものは、間近で見ていると堪らない‥‥」
「羽を休めている月竜の表情には、詩的なものが感じられますわね」
止めなければ、三日くらいは語り明かす勢いでどっぷりと趣味の世界に浸っていた。天華がドラゴンを複数飼っている事をエカテリーナが褒めちぎったので、常々『飼い過ぎ、バケモノ屋敷』と思っているレイルは渋い顔付きだったが‥‥割って入ったら視線で射殺されそうだ。
アデラはご機嫌だが、大半は『次は自宅でいつも通りに』と思ったのだった。
「アデラ姉ちゃん、今度のお茶会はもっと早くやってよ。年越しは?」
「年越しはいつも通りに致しましょうね」
マーちゃんの願いが、珍しくも皆を安堵させたのは、やはり‥‥
「ドラゴンに乗って空を飛翔するというのはのう‥‥」
「素敵ですわぁ。いずれは自分でも飼ってみようかしら」
どこまで行ってもついていけない、『高位ドラゴン派』の話がすごすぎたからだろうか。
おかげで作法もさほど気にせずに済んで、楽が出来たと思っている者も少なくはなかったのだが。
そう考えると、全員がそれぞれに満足できたのかもしれない。
「全部食べるよ〜」
特に食欲魔人が。