【支援の手】たくさんの人で
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:4
参加人数:4人
サポート参加人数:2人
冒険期間:11月23日〜11月26日
リプレイ公開日:2009年12月02日
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●オープニング
上着なしでは外歩きが辛いというか、着ていない人が歩いていたら思わず振り返ってみてしまうような陽気の今日この頃。
パリの冒険者ギルドももちろん例外ではなく、外から訪れた人々は建物の中に入って一息ついてから自分の用を果たそうと動き始めることが多くなっていた。
普通はそうなのだが、
「おはよ〜うございま〜す〜」
時間とは無関係に、にこやかに朝の挨拶をしてやってきて、停滞なく受付の前まで来たのは、受付の大半が顔なじみのウィザード、アデラ・ラングドッグだった。
「‥‥お茶会ですか」
「今日は違いますのよ」
顔なじみの理由は、彼女がお茶会と称して人体実験‥‥訂正、多くの場合は新作のお茶の試飲会を兼ねるお茶会を開くために、冒険者ギルドに依頼を出すからだ。冒険者とお茶会をしたいとはいえ、いい加減にお友達もいるのだからそこから招待すればよかろうが、彼女は冒険者ギルドを利用する。
それはそれ、ありがたいお客様なので構いはしない。でもいつ被害者が出て、どんな騒ぎになるかとどきどきもののお茶会なので、その依頼でないと聞いて安心する者も少なくはなかった。
という話はさておき、依頼である。
「月道から何か?」
アデラは、月道管理塔にお勤めである。
「違いますわ」
ギルドの人々の安堵は更に広がった。月道からの依頼なんて、大体小難しい話になるのだ。
「教会の司祭様にぜひ行ってきてって言われましたのよ」
「‥‥教会から? なにごとです?」
「んと、おうちに不要な品物があれば寄付をお願いしますって」
デビルの侵攻で、ノルマン各地で様々な被害が出た。ここ数年一時的な沈静化はあったものの何かと事件が多く、そうした災害で疲弊した地域の復興はまだ途上だ。
特に最近被害を受けた地域では、季節の変化で新たに不足しているものが判明したりして、領主の努力だけではどうにもならないこともある。教会ではそうした地域を特に支援しているのだが、金貨の湧き出る泉があるわけでなし、金品ともに不足気味だ。
そうした話を聞いて、家族全員でそれぞれの仕事に見合ったお金を包んで持っていったアデラ達に、司祭が着なくなった衣類なども持ってきてはくれないかと言ったのが最初。
「そういうことなら、人がいっぱいいたほうがいいですものね」
色々アデラが話を転がした結果、冒険者ギルドにも寄付金品募集の書面が張り出されることになったのだった。
●リプレイ本文
月道管理塔からさほど離れていない教会の入口に到着して、美淵雷(eb0270)はほっと一息ついた。月道を通る時には、他の人々と一緒に荷馬車に載せられて一気に通過させられたが、そこから先は自力で運ばなくてはならない荷物が大量だったからだ。これでパリから更に遠くまで行けと言われていたら、ちょっと気分が萎えてしまったろう。
扉は季節柄閉じられていたが、その前に女の子が一人座っていて、用向きを告げた彼を中に案内してくれた。
「生ものもあるんだが、大丈夫かな?」
「うん、平気‥‥‥と思う」
大きなものから小さなものまで、予想以上の魚の量に語尾の調子が変わったが、てきぱきと女の子が指定する場所に荷物を置いて、美淵は教会内を見渡した。昼間だからか女性が多いが、大人も子供も集まって、荷物を置いたり片付けたりしている。中にはどう見ても東洋系の人もいて、その中には見知った顔もいる。
そちらに声を掛けるかとも思ったが、まずは自分の荷物の整理が先かと、魚を捌こうとする女性達を手伝うことにした。魚を入れた箱から、卓の上に持ち上げるのが大変そうな魚が何匹も混じっていたからだ。中には一、二匹、どうやっても主婦では捌けないようなのも混じっているが、そちらは別の対応があるらしい。
「重量制限で月道を通れないかと思ったさ」
良く運んできたと世間話の輪に引きずり込まれ、魚の話題でジャパンから来たのだと口にしたら、思いがけず『お国が大変なんだってねぇ』と返された。いかに国交があって、国王のお膝元に暮らしている住人だとて、他国の状況など自分の仕事にでも関わらなければ知らなくても当然だからだ。美淵の前にいるのは、言ってはなんだが、裕福そうでも普通の主婦にしか見えない人達である。
だが当人達は『あら、こういうのは言わないほうがいいんだっけ?』だの『あれこれ聞いたらいけないんだよ』と言い合っている。後になって聞いたところでは、城や月道管理塔に勤める家族を持つ信徒家庭の多い教会なので、幾らかは他所の国の事情も耳にすることがあるのだとか。
あとは先に到着していた人達も、それらしいことを話していたしと、美淵がこちらに出向くきっかけになった一人の明王院未楡(eb2404)やその縁者の十野間空などを示された。
「他にも来てるけど、外に行ってるんじゃないかねえ」
政治向きの話はどこに迷惑が掛かるか分からないからしないようにと神父様は言うけれど、パリに居る間に必要なものは融通するからねと、そんな励ましを受ければ美淵も力仕事には気合が入るというもの。はなから見返りは求めていないが、わざわざ言ってくれた気持ちが嬉しいのだ。
そんな美淵より少し早く来ていた未楡も、お仲間が一人増えたことには気付いていたが、取り掛かった仕事のきりが付かないので声を掛けたりはしなかった。そんなことをする必要はないとも承知しているし、まずはやりかけた仕事を終わらせるのが先だ。
ただ、教会の裏手の台所から時々歓声だか悲鳴だか分からないようなものが聞こえてくるのは気になるのだが‥‥まさか人の背丈くらいありそうな魚を見て、主婦達が騒いでいるとは思わない。後で美淵に挨拶しがてら覗いてみようと思いつつ、山になっている衣類や布地の仕分けに追われていた。
「こちらの袋ははぎれですねぇ。そちらの箱に入れておいてくださいな」
古着類の仕分けは、まず洗濯の必要有無から確認だろうと思っていた未楡だが、いずこの家も汚れたままの服など持っては来なかった。流石に丈や多少の傷みはそのままのところが多いが、代わりに継ぎ当て用の布や糸なども集まっている。それらが混ざってしまったのは、服飾や染色の工房が細々と使うつもりで取ってあったはぎれや糸を大量に寄付してくれた山が崩れたからだ。一度にたくさん集まりすぎて、整理が追いつかなかったらしい。
それらを仕分けて、穴等は繕い、可能なら丈直しも考えていた未楡だが、行き先が決まらないうちに衣類の丈を直すのも難しいので、届いている布や裁縫道具をまとめることにしていた。道具を失くした人がいるかもしれないと、こちらは服飾の工房が幾つか連名で持ってきてくれたものだ。
実際は食品関係の保存なども気を使わねばならなかったところが、冒険者ギルドに話を持って来たウィザードのアデラが『今年はこれを覚えましたのよ』とアイスコフィンで生鮮食料品の余剰を片端から凍らせて保存しているので、これでも少しばかり仕事は減っている。持っていく先が決まれば、その時に適した方法で処理して新鮮さが失われないうちに届けることも出来るだろう。
そうしたものもどこに何がどれだけあるかの目録を作っている十野間にきちんと記録してもらい、未楡は崩れた山を整えるのに忙しい。
冒険者は他に三人ほど来ているのだが、こちらは外回りとなっていた。リンデンバウム・カイル・ウィーネ(ec5210)は未楡が寄付した馬を引き、神父と共にあちらこちらに挨拶回りをしている。教会には冒険者に限らず金銭を寄付した者もいて、急ぎ支援物資を送る先が決まっているところで不足しているものを買い付ける必要があるからだ。
「時には多くの買い物もしますが、普段は兄弟姉妹を頼ってしまうもので、来ていただいて助かりましたよ」
日頃は買い物に出ることも少なそうな神父は、商人ギルドに所属しているリンデンバウムの同行で、買い付ける物や場所をあまり迷わずに済んだことに安堵しているようだ。預かった大切な金銭だから、欲される品物を適切な価格で仕入れるという彼の心掛けにも賛同して、交渉はほぼ任せてくれた。たまに口を出したのは、教会で何に使うのかと問われた時と、リンデンバウムの素性を確かめられた時くらい。
それに追加して、リンデンバウムが今後パリで同様の買い付けをする際の参考にと、相手方に色々尋ねている時に、口添えをしてくれた。おかげでパリ市内と近郊地域での価格差や流通物資の季節ごとの違いなど、細かい話も聞けている。リンデンバウム個人にもこれまでの仕事で得た人脈はあるが、ここで更に状況を聞ける相手が増やせることは喜ばしい。
予定の買出しも順調に済んで、それを馬に載せる際にも後で確認しやすいように心掛け、神父と並んで帰路に着く。その途中で合流したのは、同様に荷物を満載した馬を連れ、自分も色々提げている玄間北斗(eb2905)とシルフィリア・ユピオークだった。または、まるごと狸を連れたお姉さん。
「優しさのおすそ分けなのだ〜」
玄間達は教会の信徒から紹介された商店や工房などを回って、寄付の呼びかけを行っていた。後で街中でも呼びかけをするつもりでいたが、着古しの衣類でも、埃を被った道具でも、ちゃんと手直しするからよいとの言葉が効いたのか、一つ二つの品物も山となるほどに集まっていた。出掛ける前に作った祈り紐も、また後で作り直さなくてはならない。作ったのは玄間でも、シルフィリアが結んでやったら喜んだ工房が事のほか多かったのだが。
もちろん二人は紹介者の名前を出して、怪しい者ではない旨を前置きしてから、寄付の話をしたのだが、それを信用してしまいこんでいた品物を出してくれるのは非常にありがたい。中にはお駄賃のように焼いた栗をくれたり、飲み物を分けてくれた人もいて、非常に頭が下がる思いだと‥‥どう説明するものか、玄間が考えているうちに教会に帰り着いてしまったが。
まあ、そうした話は仕事の手を止めなくても出来るのだけれど。
「仕分ける人手が、更に必要ですな」
神父が呟いた通りに、細々したものが大量に届くというのは、仕分けが大変ということになる。
初日は、応援二人がいたから、荷物を開いて、分けて、その先の帳簿付けまでが順調だった。途中から衣類の修繕は後回しにして、仕分けに集中したのもよかったのかもしれない。生ものは、とりあえずアイスコフィンの状態で仕分けした。
しかし、翌日は信徒の人々も少しばかり減ってしまい、新たに寄付品を募る余地はない。まず集まっているものを、今度はどう倉庫に収めるかが悩みの種だ。なにしろ教会の倉庫とて、広くはないのである。
「木材はテントの布を被せておけば、屋外でもよいのではないか?」
「そうしよう。これを中に収めて、また出すのは手間も掛かる」
薪や修繕木材にはなるだろう代物も、使い道が定まらないうちは保管場所を明朗にして、濡れないようにしておく必要がある。美淵ならどんどん運んでくれるから安心だが、結構年配の神父やいつもいるわけではない信徒の人々の利便を考えながら進めないといけない。
そういうのはリンデンバウムも商人として慣れたことだし、腕の見せ所でもあるから、考えるのは苦にならない。
などと思っていたのだが、彼以外の冒険者達は品物を入れた箱につけた中身を示す札をほとんど読めない。教会の神父達はいいが、信徒も半数以上が読めないという。王城などに勤める人は大半が読み書きも達者だが、家族までそうとは限らないようだ。そこも考慮して、誰が運び出す際にも苦労しないように工夫しなくてはならなかった。
「絵を描いて示すのも、間違いの元だしな」
「目印を付けるといいのだ。小さいものは‥‥どうしたらいいのか迷うなぁ」
美淵が持参したレミエラのような、数日中に売却して、その利益で必要物資を買い整えるものはよい。そうではない小さな品物は、見付けるのも分かりやすく、持っていく時にも便利な方法で仕舞っておかないと、また昨日のようにひっくり返して‥‥となりかねない。
「裁縫道具は袋を作って、分けることにしましたから。まだ仕舞わないでくださいね」
さてと男三人で迷っていたら、未楡が裁縫道具の入った箱を捜しに来て、目印に先にこしらえた袋の緒を結んでいった。似たような木箱に入っているから、そうでもしないと後で分からなくなるのだ。
「こういう袋に中の品物を一つ入れておけば、いちいち中を覗かなくても確認できるか」
「それなら箱に穴があってもいいものは、簡単に中が覗けるようにしておけばいいだろうよ」
「色分けも目印には役に立つのだ」
教会ですることだから、手伝いは子供かもしれないし、字が読めるとも限らない。ついでに美淵ほど大きな者は少なくても、大人も子供も老人もいる。倉庫の棚に木箱を納めるとして、重さや中身の確かめやすさも考慮して、ついでにだいたいの品物の分類で色分けもしてみてはどうか‥‥と、なった。
その前に、裁縫道具のように一揃いがだいたい決まっていたり、保存食のような一つずつではなくまとめて配る品物は、袋分けして入れておけば、組み合わせたり、数える手間も省けるだろう。
「全部をそうすると、端数が出た時にも困るから、揃いで使うもの以外は半分くらいかな。使った分だけ、また小分けにすればいい。食品は‥‥避けておくか」
リンデンバウムが神父と相談して、まずは品物分類ごとの色を決めた。実際に箱に色を塗るのはすぐには無理だから、玄間が持っていた祈り紐用の布を使う。覗き穴は、木箱を寄付しに来てくれた木工職人が、翌日開けてくれることになった。
「皆が気前よく、出来ることをしてくれて、いい街なのだ〜」
「こうやってあちこちの人に気持ちが広がれば、そのうちに江戸や京都にも巡って戻ってくるだろうしな」
たまたま生活に余裕がある人が多いからではなく、街全体に他者への思いやりがあるのだと感心しきりの玄間と美淵に、ジーザス教白派の神父は穏やかな笑みを向けていた。慈悲の心を大切にする教義ゆえ、それが自然と実行されていることが喜ばしいのだろうとノルマン人のリンデンバウムは考える。
そうやってやるべき事の形が決まると、また忙しいながらも仕事ははかどるのだが、この日は夕方近くなって、アデラがお土産を持参した。
「新作のお茶ですのよ〜」
差し入れの軽食と共に出された香草茶を見て、神父はなぜか表情を厳しくした。他の手伝いの者は、大半が用事があると席を外す。冒険者の四人には、アデラの噂を知っている者も、知らない者もいたが、わざわざ『冒険者の皆さんに』と言われたのを断る無作法者はいない。更に、
「味が良ければ、いつもお茶を扱っている商店で買い上げてくださるそうですの」
売上げは寄付するからと言われれば、飲んで感想を言わねばなるまい。神父が味見はしたのかと尋ねたら、当然のように『まだ』と返答されたお茶であっても。
「あんたの寄付にとやかく言う立場じゃねえが、子供が希望を持てるような使い道を頼みたいもんだな」
「娘も来たがっていましたけれど、どうしても外せない用事で他に行っておりますの。それとは別にジャパンでの被災者支援もしておりますので、機会があればご助力くださいませ」
淹れられたお茶はびっくりするほど真っ黄っ黄の、染料みたいな色をしていた。匂いは悪くないが、あまりにはっきりした色に美淵と未楡が口にした言葉は、内容はともかく口調がまるで遺言のようだ。毒でも飲まされる心境かもしれない。
「う〜ん、目が覚めるような色なのだ。よし、いただいてみよう」
玄間が皆を励ますように元気良く言って、一番最初に口を付けた。犠牲者は一人でよいと、ちらりと頭をよぎったのかもしれない。
茶器を手にも取らなかったのはリンデンバウムだが、それは警戒や嫌悪ではない。
「どちらの商家か、紹介していただくわけにはいかないだろうか。薬草を扱っている店を探しているのだが」
こちらも自分の目的に気を取られていただけ。アデラに明日連れて行ってもらう約束をして、満足気だ。
その間にお茶を飲んだ玄間は、しばらくすーはーすーはーと呼吸を繰り返して。
「ものすごくおなかの中がすっきりする感覚だぁ。‥‥胃の悪い人には、辛いかも知れないのだ」
「そうなんですのよ。お腹の調子が悪い人は駄目な薬草が入ってますの」
そういうことは先に言いなさいとアデラが神父に叱られている間に、他の三人も口にしてみて‥‥清涼感溢れる味に目を見張る。もう少し配合は調整したほうが良さそうだが、味そのものは悪くない。
感想を取りまとめたアデラは、翌日また配合を変えたお茶を持ってきて、今度はよい感触を得た。それを抱えて、リンデンバウムと玄間と一緒に目的の商家に行き、商品化検討の返答を貰って帰ってくる。玄間の売込みが良かったそうだ。
そうして。
「売り出されたら、そのお金を貯めてジャパンに行ってみたいですわ」
その時は案内してくださいませと申し出られて、目をしばたたかせた四人だが、
「お土産をいっぱい持っていきますわね」
と重ねられて、『機会があれば、ぜひ』と返した。
その後も、夕暮れまで作業は変わらず続き、笑顔で終了したのだった。