●リプレイ本文
ほてほて、ほてほてほて‥‥
物珍しい生き物が歩くのを見て、皆が振り返る。あまりに珍しすぎて、何か怪しい生き物ではないかと思うのか、誰も手は出さなかったが‥‥
くるり。ぱたぱたぱたぱた‥‥
生き物は、とある場所でくるりと反転して、慌てて駆け出した。滑稽な仕草と、逃げ出した理由を見て、誰もが『怖いものではないらしい』と思ったようだ。
「宴会を楽しみたいだけであるのだが」
周りからくすくすと笑われてしまったのは、アンリ・フィルス(eb4667)。ジャイアントとしてはさほど大きくもなかろうが、上背がある相手に見下ろされて、珍しい生き物であるところのペンギンは進路を著しく変えることにしたようだ。速やかにもと来た道を戻り、辺りを見回してから、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)の背後に回って立ち止まった。
「どうした、まだ来たばかりではないか」
飼い主の言葉に、ペンギン・ネルソンがどう思っていたかは謎だが、エルンストの要望を叶えるつもりはないらしい。毛繕いを始めていた。それでも、子供が近寄ってきた時には、おとなしく撫でられている。
だが、実は相手は子供ではなく。
「リュミィはどこかしら?」
ちょっとした休暇をのんびり過ごそうとしていたフィニィ・フォルテン(ea9114)が、さっそく迷子になってくれた陽精霊を探して、首を巡らせていた。
聖夜祭前とは思えない、結構な規模の祭りが行なわれている屋敷には、早い時間から人が集まっていた。準備のためだけではなく、やはり祭りの浮き立った雰囲気を楽しみにしている人々が多い。その中には結構な人数の冒険者も混じっていて、一人や友人などと連れ立って、会場を訪れている。時折、募金箱がごとんと重い音を立てるような寄付がなされて、前後にいた人から注目されたりもするが、当の本人は涼しい顔だ。
開門の時間からそれほど経たず、会場の前庭は多くの人が詰め掛けて賑やかになったが、ヴェニー・ブリッド(eb5868)が見たところ、身分がうんと高い人はいないようだ。冒険者ギルドで聞き出したところでも、招待客はキエフに居を構える騎士、貴族がほとんどらしい。
「どっしよっかな〜」
有名人でもいれば、ぜひともあれこれ聞いてみたいことがあったが、祭りの雰囲気を楽しんでいる人々にいきなり話し掛けるのは躊躇われる。それでヴェニーは売られている軽食を覗いて歩き出した。
後で皆に話を聞く際の会話の接ぎ穂にするためで、せっかくなので色々食べて楽しもうとは思って‥‥いるかどうか。彼女の近くでは、ネルソンが単純に魚を丸呑みにするだけで、皆から感心されていた。
そうした光景を見て、感心しているのはユイマ・ハーベスト(eb0088)。冒険者の登録はしていても、考古学者としての研究に打ち込んで仕事は偏るばかり。たまには冒険者へのお誘いも受けてみようと思ったか、それとも単に寄付する気持ちになったか、のんびりやってきて、物珍しいものを色々と眺めている。口は喋るより、食べるほうに忙しいようだ。
「こちらもどうぞだよ〜」
相当寄付の集まりが良かったのか、主催者は自分も太っ腹なところを見せようと子供用の菓子以外に幾らか肴になるようなものも提供してくれた。振舞い酒ともども、それらを勧めて回っているのはうさみみを付けたパラーリア・ゲラー(eb2257)。お代はと問われれば、『その気持ち分、あっちにね』と募金箱を指す。くるくると働く姿は、楽しそうだ。
かと思えば、子供に菓子を配っているエリザベート・ロッズ(eb3350)の顔はいささか引き攣り始めていた。人が多いと、飲食提供に勤しむ人々だけでは、手が足りなくなってくる。ものの弾みで手伝わされることになったが、取り囲まれてどうしようかと心中ちょっとばかり悩んでいた。
「ただ飯食いは気が引けますからね」
しばらくして、ユイマがその様子に腰を上げた。子供慣れしているようには見えないが、まあ楽しそうに鼻歌など歌いつつ、やんちゃな子供達に追いかけられている。だがそれで、子供達の波が収まったわけではなく、
「並べない子にあげるお菓子はないの! さ、一列になりなさいっ!」
あちらこちらで、お菓子を持っている人が追い回されかけている中、びしっと教育的指導を喰らわせたのはリュシエンナ・シュスト(ec5115)だった。傍らでハティ・ヘルマン(ec6747)がまるごとわんこ着用だというのに、仏頂面で佇んでいる。こちらは怒っているのではなく、緊張で固まっているだけ。実態はそうなのだが、見た目は怒っているようにしか見えない。おかげで効果は上がる。
ようやく子供達全体にきちんとお菓子が配られて、そこここに座って食べ始めた彼らを楽しませるのは、緊張から解放されてへたばり気味のわんこではなく、こういう場にはつきものの吟遊詩人や踊り手達。
それ以前から、色々と希望を受けては曲を奏でていたチャイ・マグナドーム(eb0090)は、シャリン・シャラン(eb3232)から頼まれた歌謡を奏で始めた。曲は知っていたからいいけれど、歌詞は今ひとつだ。ついでに彼女は歌うほうはあまり得意ではない。
シャリンは歌がなくても気にしないと、連れてきた精霊を率いて、一番目立つところに出て行った。体が小さいが、ふわふわと一緒に飛んでいく精霊がいれば、人目を引きつけることこの上ない。
「さー、皆で楽しむわよ〜」
揃いの衣装に身を包んだシフール一人と精霊二体。音楽に合わせて、揃っているのは見た目ばかりではない踊りを見せ、多くの人の目を惹きつけた。最初は飛んでいる精霊に興味を示していた子供達も、口を開けて見上げていたり。
そこにフィニィとエレェナ・ヴルーベリ(ec4924)が更なる音を添え、きりがよいところから歌が加わった。キエフの人々には聞き慣れた歌謡だが、卓越した技量の演奏では耳の心地よさが違うようだ。
そこに踊りの眼福が加わって、ちらほらと菓子を取り落とす子供がいて、リュシエンナとハティが補充に回っている。きゃらきゃらと甲高い子供の笑い声がうるさいほどに響いても、この場では誰も顔をしかめたりすることはなかった。
太陽がその姿をほとんど隠して、そろそろ庭の奥、建物の中に明かりが灯される頃。冒険者の中にはそちらに向かう者もいれば、そうせずに前庭で他の人々と一緒に招待客達を覗き見て楽しんでいる姿もあった。中には見知った顔もあるし、身内もいたりするのだが、わざわざ声を掛けることはしない。
その招待客の中に兄と婚約者の姿を見付けたリュシエンナは、赤い衣装にフライングブルームを担ぐようにしている姿は見られないように、他の人達に紛れた。妹のお転婆ぶりに、兄が困惑の表情でも浮かべたら、その婚約者に申し訳がない。ついでに先程彼女が披露した空から現われる隠し芸に興奮しきりの子供達から、フライングブルームを守るためでもある。
だが姿勢を変えた時に、傍らのハティがほろほろと涙を落としているのに驚いて、少しして納得した。
「種族も違うのに、おかしいですね」
ロシアでは理由にならないことを口にしたハティが、それでも安堵の表情で二人を見やっているので、リュシエンナもあれこれは言わなかった。ハティの頭を撫でようとしたが、思い直して手を握る。
「また何かやってくれるかね」
「食べたばっかりだから、少し休ませてよ」
ねえとシャリンに同意を求められたユイマは、食休みが必要なわけではなかったが、踊り手の意見は尊重する。だがなにくれと皆に話題を振って、見知らぬ者同士の会話を繋いでいたアンリの申し出をまるきり無視するのも悪い気がした。
それで聖夜祭によく歌われる歌謡の、月や星が出てくるものを選んで奏で始めた。皆が幸せであるようにと、そういう願いがこもった曲を。
前庭からの楽しげな声や音楽が漏れ聞こえてくる中、仮装舞踏会にふさわしく着飾った男女が集まっていた。奇抜な仮装の者もいるが、大半は顔を隠す仮面を付けたり、薄いヴェールを被るなどして、申し訳程度に顔を隠している程度。それでも服装は様々で、他国の者もかなりいるように見える。
男女同伴の決まりはないから、一人だけで来ていたり、三、四人が連れ立ったり、もちろん二人で来ていたりと、人それぞれだ。男女二人の来客も、恋人や夫婦とは限らない者が多い様子。
そんな中で、楽器を預けたエレェナは会場に入る手前でやんわりと屋敷の使用人に止められていた。冒険者ゆえに入場そのものに問題はないのだが、『仮装舞踏会でございますので』ということだ。一つ頷いて、携えていたマスカレードを着用してから改めて進む。
「服装だけで、十分『仮装』なのだけれどね」
日頃男性的な衣服が多いので、今回のドレス姿は久方振りの淑女の装いだ。それだけですっかりと仮装を終えた気分になっていたが、肝心の仮面がなくては話にならない。色々装身具も着けていて、どこかに置き去りにしてこなかっただけよしとしようと思っていたら、似たような人は他にもいた。
同じような言葉で止められている人がいると振り返ってみれば、良く知っている顔で‥‥エレェナは少しばかり両目を大きくしたが、後は笑顔だけで挨拶に代えた。ユリゼ・ファルアート(ea3502)もこれまた珍しくドレス姿で、濃青のショールに同色の仮面で仮装としたようだ。お互いに『こんなところで』と目で語っていたが、入口のこととて会話はしない。本日のユリゼのエスコート役のラシュディア・バルトン(ea4107)も、仮面を着けて、後は同様だ。話がしたければ、もう少し場が崩れてからでいいだろう。
仮装というからには、ここにいるのは誰とも知れない人物で。他人の素性など知っていても口にはしないのが礼儀というもの。まあ、親しげに談笑している人々もいるけれど、まずは雰囲気を楽しむべきだった。
そうやって三々五々に、会場のあちらこちらに人が散って、名前を挙げない挨拶が交わされている中でも、人が集まるところというのは出来てくる。特に若い女性を一人で佇ませておくのはよくないと考える者が多いのか、同伴者がいない女性に声を掛ける男性が多いようだ。
「旅行中で紹介を受けましたの。ロシアは寒いのですね」
話しかけられて、うっかりと名前を告げようとしたマリー・ル・レーヴ(ec7161)は、最後まで言う前に相手に仕草で止められた。でもちゃっかりと名前は聞き取っていて、『他の人には内緒で』と笑みを向けてくるのはややこしい。
こんなことなら、ちらりと覗いた前庭の方に混ざっていればよかったかしらと思いつつ、供されている酒や料理の説明に耳を傾けた。そういう話は興味深いから、ついつい惹き込まれてしまう。
他にも他国の方には珍しいことが色々ありますよと話す相手が、こちらにどうぞと手を差し出したのでついて行こうとしたら、給仕の少女がなにやら飲み物を差し出してきた。
「これから音楽も始まりますから、どうぞ広間にてお楽しみくださいませ」
他にもあちこちの談笑の輪に声を掛けている少女の言うように、踊るのとは違う音楽が始まって、マリーは別の男性に椅子を勧められた。
少女が声を掛けた先々で似たような光景があって、幾人かの青年が思惑が外れたとこっそり舌打ちしているのを、気付いていたのは僅かな人数だ。その中の一人、クルト・ベッケンバウアー(ec0886)は、一夜の恋を求めているような輩への妨害をわざわざ仕掛ける性格ではなかったのだが、本日ばかりは頑張っていた。なぜといえば、ここにいるはずの恋人がいまだ見付からないからだ。楽士の中に紛れていると思ったのに、いないものだから多少気が急く。そんな様子を、給仕に身をやつしたというか、仕事が楽しいパラーリアに観察されているとは考えてもいないだろう。
本日の大好物が恋の噂のパラーリアは、自分に楽しい出来事が起きるのを待ってもいるが、話のほうはヴェニーに聞きだすのを一任していた。相手は招待客の一人で冒険者ギルドマスターのウルスラだ。主催者と懇意にしているようで、困ったことが起きないように観察しながら、必要があれば人を使って、混乱防止を図っている。パラーリアはお遣いのご褒美で、ヴェニーは本人の気持ちの赴くままに恋の噂から現在の街の様子、果ては招待客のあれやこれやを聞いている。本人の恋話が聞けるかどうかは、これからの二人の頑張り次第だろう。
そうした会話の大半は、おめかしをしてきょろきょろと辺りを見回している精霊を傍らにしたフィニィやどうしても端の方が安心してしまうチャイなどの演奏で、多くはその輪の外にいる人の耳には届かない。聞かれても構わないような会話は時に声が高くなって、周囲の耳目を集めることもあるが、親しげなに交わされる囁きやなにやら思わせぶりな相談などは、奏でられる曲に紛れて消えてしまう。
そうした中で、あちらこちらから視線は投げられていたが声はあまり掛けられていなかったフレイア・ケリン(eb2258)は、音楽の変化と共に幾組もの男女が踊り出したのを見て、笑みを唇に乗せた。妹のジークリンデ・ケリン(eb3225)のドレスとねこさんキャップの取り合わせがいいのか悪いのか考えてしまい、なかなか落ち着かなかったが、礼儀正しそうな青年に誘われて踊りだしたので一安心だ。落ち着いてよく会場を見渡してみれば、時折何を模したのかと思うような奇抜な仮装もいるし、猫とうさぎは多数いたから、不自然なわけではないようだ。
ごく当然の光景として、異種族同士で親密な囁きを交わしている男女も多いし、四割くらいはハーフエルフ。他国では見ない光景だと思って眺めていると、涼やかな声がした。壁の花を決め込んでいるのを気にしたのか、年配の女性が自分達の会話に混ざらないかと呼びに来ている。談笑の輪には年代の広い男女が集まっていて、主に酒を楽しんでいるようだった。
「踊りはあまり得意ではないのですけれど」
後程一曲と誘われて、他の人々が踊っているのを眺めている間は知らない曲ばかりだったと思い至ったフレイアだが、次の曲なら一度見れば大体分かると促されて広間の中央に目をやった。
その視線の先では、ジークリンデがかなりたどたどしいながらも、なんとか踊っていた。当人はこんなことなら前庭の踊りの方が性に合っていたと思っているが、今更言っても仕方がない。まったく踊りが不得手というわけではないから、なんとか相手の足を踏んだり、他人にぶつかったりはしないで済んでいた。相手の技量も相当のようで、うまい具合に合わせてくれている。
しばらく踊るほうに懸命になっていて、曲の区切りで足を止めた時には幾らか疲れていて‥‥
「見ていれば簡単なことなのに‥‥こんなにただ踊ることに悩んだのは久し振りです」
ならば次は楽しむためにいかがと問われて、ようやく肩の力が抜けたジークリンデは微笑み返していた。
楽士達がいる一角には、主催者から頼まれたらしい、会場内に目配りする年配者達からあまり酔いが回り過ぎないように少しゆったりした曲をと要請があって、フィニィがチャイに次の曲の最初の音を知らせている。今度は歌い手も加わって、踊らなくてもよい曲が選ばれていた。
おかげで助かったのはエリザベートだ。しつこく踊りに誘われていたが、その前に口当たりがよい酒を飲んでいたから、あまり動きたくない。彼女に限っては酔いが回るのを心配するのではなく、単にもっと色々出てくるのではないかしらと期待してのことだ。華国の男性貴族の礼装を纏ってきたから動くのに不自由はないけれど、人それぞれ好みというものがある。
「こんなに美味しいものがあると、動きたくないわ」
非常に素直な発言だったが、少しばかり赤らんだ顔で言われた側は都合よく解釈したらしい。後程何かいい展開があるのではと期待したのか、更に珍しい酒を勧めてくれるようになった。話題も豊富で、お洒落についても詳しい相手に、装飾品を眺めて楽しんでいるエリザベートは場を満喫している。
多分、相手が酔い潰れるまで続くだろう。
夕方から始まった宴は、前庭の賑やかさが失せた後にも続いているが、その頃には最初とはまた違う人々も混じっているようだった。落ち着いた年配の人々が増えてきて、男性には明らかに城勤めだろう服装に申し訳程度の仮面だけ着けた様な者が多数混じっている。剣は預けるか、それとも儀礼用を元から差して来ているか。
反面、伴われてくる女性達はじっくりと時間を掛けて準備したものか、華美とはいかないが、凝った仮装をしている者が多い。寄付を募るものだから派手にならない程度に、楽しみを満喫しているといったところか。
色使いは華やかだなあとそれらを眺めて感心したのは、ユリゼだった。料理を盛りつけた皿は、残念ながら色々見て目が肥えてしまっている彼女には味はよいが、少し地味なものに映ったけれど、季節を考えたらある程度は仕方がない。
最初の頃にやってきた人々の仮装を目で楽しんで、踊りも満喫し、音楽や歌にも満足した。知り合いが時々に混じっているのには驚いたが、あちらこちらで顔を合わせるのも冒険者にはよくあること。
ただ。
「なんで一人なの?」
軽く挨拶に来たにしては、少しばかり機嫌が悪そうなエレェナに尋ねると、傍らでラシュディアが止めればいいのにという顔をした。先程までは紳士然として、彼女の気晴らしに心を砕いてくれていたが、今はのんびりした様子だ。ユリゼが楽しんでいるので、こちらも満足したらしい。それでも二人分の酒杯を求めて、彼女達に差し出してくれた。
続いて肴でもと少し離れていった彼が、しばらくして戻ってきた時にはもう一人を連れていた。仮面を着けているのに疲れた様子が伺えるクルトは、ユリゼがあらまあと笑いを零したのに気付かない様子で、一言言った。
「探した」
「はいはい、また踊りが始まるみたいだから、二人で行ってくれば?」
楽士の控え室から、前庭に出たりと忙しく見当違いのところを探していたクルトと、一向に姿を見せない彼に内心やきもきとしていただろうエレェナを部屋の中央に送り出して、こちらは恋人同士ではないラシュディアとユリゼは小さく笑い声を漏らした。
明日になれば、またそれぞれに目指すもの、容易ではないものに向かって進まねばならないが、そんな気配がかけらも漂わない場所でしばし楽しんだことで、英気は十分に養えたようだ。
それでも夜が明けるまでにはまだ随分とあるから、もうしばらくは現実を忘れて笑っていてもいいはずだった。
明け方近くに、いささか過ぎてしまった酒を醒ますのと、少しばかり宴の喧騒から逃れたくなって、ラルフェン・シュスト(ec3546)は婚約者のルネ・クライン(ec4004)と庭に出た。前庭はとうに人気もなくなり、妹も帰ってしまっただろう。
明け方はとても冷えるから、足元が凍えないうちにお戻りをと、彼らの左手を見て扉を開けてくれた使用人が言う通りに、吐く息は真っ白になる。ルネが寒くないかと見れば、彼が仮装で付けた狼風の尻尾を引き寄せて、なんだか嬉しそうだ。毛皮を着せているから、寒くはなさそうだが、
「俺より尻尾が好きなのか?」
「え、いやその‥‥なくても好きよ」
答えた後で、何か違うだろうと自分で思っている風情のルネが鼻の頭に皺を寄せたので、ラルフェンは人差し指でそれを伸ばした。軽い冗談なのだから、笑い返してくれればよいのだと伝えようとして、自分も彼女も手袋は置いてきた事に気付く。
慌てて取った手に自分の手を重ねて、どちらも思いのほか冷えていたのに驚いた。先程まであったぬくもりがないことで、なんとなく何かが失われていったような、そんな不安にかられてしまう。
何か思い出しているようなラルフェンの頬に、ルネが冷えた両手を当てて、また相手の手に包み返されて‥‥そんなことをしているうちに、二人ともなぜだか可笑しくなってきた。笑い交わして、その忍び笑いが途絶えたのは、ラルフェンが少し屈んだから。
宴の華やかさは夜明けと共に消えるけれど、消えない想いは幾つも集められて、また人々に運ばれていくのだろう。