ゴーレム工房〜正念場
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月12日〜12月19日
リプレイ公開日:2009年12月22日
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●オープニング
ウィルのゴーレム工房で、ゴーレムニストのナージと文官のダーニャが多数の木工細工を前に見詰め合っていた。
本来なら睨み合うべきところだが、ナージは他人をねめつけるような気概の持ち合わせはなく、ダーニャは私事であってもそういう上司を脅しつける性格はしていない。よって、見詰め合っていた。
二人の前に広げられているのは、新型フロートシップは含まないゴーレム機器の模型群だ。完璧を求める模型職人が『これいらない』と言ったもので、どこかしら問題があるわけだが、細かいことを気にしなければ稀少品である。元になったゴーレム機器は他国にも輸出されているか、お披露目がされている機密品ではないが、とにかく珍しいものには違いない。
それを、何か珍しいものを見付けると故郷に送りたいナージと、金属と木工両方をこなす細工職人との結婚を控えて退職するダーニャとが買い取って、どう分けるかで意見が対立しているのだ。二人とも、出来れば『全部欲しい』と思っているので話が進まない。
「ドラグーンはぁ、欲しいのよねぇ」
「三体目をどちらが取るかが問題ですね」
同じ風信器開発室で仕事に勤しんでいるゴーレムニスト・ユージスにすれば、『青騎士仕様のストームドラグーンをどちらが貰うかで、またもめるんだろうな』と予測がつく事態だが、下手に口は挟まない。イーグルドラグーンとウィングドラグーンもどちらを引き取るかで話が長引くに違いない。
ただし早く話をまとめて荷造りし、それぞれ送ってしまわないと、模型職人の部屋からごっそりと模型がなくなった事を聞きつけた工房内の好事家達が風信器開発室に押し寄せて、更なる奪い合いになる可能性はあった。ついでに仕事もあるので、休憩時間内に方向性くらいは決めて欲しいものである。
と願われていることなど知らない女性二人は、結局話をまとめられず、
「くじ引きにしてください。後で作ってあげますから」
痺れを切らしたユージスに『くじ引きで決定』と押し切られた。
後刻、ストームドラグーン模型を引き当てたダーニャは、他の自分の取り分共々、今まで一度もしたことがない全力疾走で帰って行った。
ダーニャが全力疾走したのは、模型職人のところから数名の職人達がやってきていると聞きつけたからだが、彼らの目的は幸いにして模型ではなかった。ナージも皆に急かされて、模型を全部仕舞いこんだところにやってきて、
「やっと鉄製で模型が出来たから、実験して、トレーシー計画室に図面引いてもらおう。どういう実験をしたらいいかね?」
だったら直接そちらに行けばいいのだが、トレーシー計画室に行ったら人がいなかったらしい。探すついでに風信器開発室にダーニャを呼びに来たようだが、こちらは帰宅済みだ。
「水流を使って、通常航行や悪天候想定の状況確認だろう? それで姿勢が崩れなければ、拡大すればいいんだし」
後はトレーシー計画室と話を詰めろと言われても、なんだか興奮している彼らは聞く耳を持たない。
「ゴーレム魔法の付与はどうする?」
「小さいものにねぇ、かけてもぉ、使えないわよぅ」
模型の大きさは、これまで大きくても五十センチほど。シップ系は外装のみなので、もっと小さかった。だから模型に魔法付与など誰も考えたことはなかったのだけれども。
「内装も今決まっているもので作ってみたから、大きくなったんだ」
木工専門の模型職人と金属鍛冶師と船大工が、満面の笑みで披露してくれたのは、全長八十センチほどのものだった。シフールくらいなら、もぐりこめるかもしれないが‥‥
「これにフロートシップと同じ魔法を掛けろって?」
ユージスの問い掛けに頷いた面々は、『鎧騎士が乗れなきゃ飛べるか』と怒られている。
●リプレイ本文
トレーシー計画室。ここは責任者のラマーデ・エムイ(ec1984)はじめ、今回は五名のゴーレムニストと一人の文官が開発の中心になる手筈だが、新規開発計画を推進するには微妙に人手が足りなかった。
故に、時々無人。そして用がある人々は、近いのもあって風信器開発室に伝言を置いていく。
「伝言板を作ったのに〜」
「読めても書くのは苦手な人、案外多いものね」
ラマーデがせっかく作った壁面の伝言板を見上げて言うのに、ミーティア・サラト(ec5004)が答えをくれた。横には計画室の人々の予定表と現在地を書き記す板も用意してあるのだが、捜しに行くのと伝言を書くのが面倒な人は多いようだ。
そうかと思えば、やたらと追い回されているカルナック・イクス(ea0144)もいる。
「たまにはうまい飯が食いたいんだーっ」
「材料費は貰いますよ、いいですね!」
一年も終わりに近付くということは、寒さも日々厳しくなっていく。よって工房でも風邪引いただの、寒くて力が出ないだのという話が増えて、たまには仕事三昧の生活を見直したくなるらしい。分かりやすいところで食生活改善と、腕前に間違いがないカルナックに注文が殺到したのだが‥‥
「毎回細かく計算していては面倒ですから、一食幾らと決めまして、仕事場への配達料込みでお支払いをお願いします。営利目的ではありませんから、余った分は結婚退職されるお二人の送別会に繰り入れと言うことで」
さっとどこからかやってきて、にこやかな笑顔とさりげなく押しが強い中にも相手の利便性を謳う物言いで、ちゃっかりと商売を始めたのは信者福袋(eb4064)。仕事場への配達って誰がやるんだと思えば、すでに手間賃代わりの食事振る舞いに釣られた雑用係の面々が様子を見守っている。
「皆に変わった様子はないけど、ダーニャさんは退職しちゃうのね。お祝いも考えなきゃ」
一緒になって様子を覗いていたティアイエル・エルトファーム(ea0324)は、福袋のちゃっかり振りに呆れつつも、一安心だ。一人はこういう人がいてくれないと、色々な手続きが大変である。
「皆様〜、実験の前に魔法陣敷設場所の確認に参りましょう〜。あちらも工事が必要そうで、計画推進とは随分大変なものですよ」
ギエーリ・タンデ(ec4600)があちらこちらに散っている仲間を呼び集めて回って、それから工房の端、冒険者ギルド用のゴーレム機器保管庫の隣の敷地に向かっている。
トレーシー計画室が時々無人になるのは、あちらこちらに新規で場所を確保したり、作業をしたり、手順を決めたりという手間が多くて、全員で手分けしないといけないことが多いからだった。なにしろ魔法陣は新規敷設、船体製造設備も大きさが違うので造船工房の一部改築工事が必要、後日の停泊場所だって決めておかなくてはならない。
早急に、雑務担当の職員を工房内から確保する必要があるようだ。大抵は担当場所が決まっているので、引き抜きとも言う。
増員は課題の一つとしても、まずやるべきことは計画推進だ。まずは工房中に触れ回って、水精霊魔法の修得者を集めた。まずは水槽でやって、それから海に出そうということになり、手筈も整えて、準備をする。
「な、なんか、風信器開発室と印象が違いすぎない?」
あちらはもっと上品な感じで、大抵落ち着いていて、皆綺麗な格好しているよねと、息をぜいぜい弾ませながら言ったのはティアイエルだ。水槽に水を入れるところから始まって、その水汲み往復でもう疲れている。ラマーデは疲れ果てて、返事も出来ない有様だった。カルナックとギエーリが結構頑張っているが、もうしばらく掛かりそう。
ここにいないミーティアは、模型船の実験前状況確認に勤しんでいる。関係者が集まって、最後の調整という奴だ。ついでに実験用の綱をぎっちりと結んでいることだろう。
「きっとナージ師やユージス師も最初は苦労なされたのに違いありません。そういう下積みがあってこそ、今のあのお二方の姿があるのです」
ギエーリがもっともらしいことを言ったが、実際のところは少し違っていた。
「だぁってぇ、風信器はねぇ、小さいからぁ魔法陣もぉ部屋に描けたのよぅ」
様子を覗きにやってきて、ついでにクリエイトウォーターで手伝ってくれたナージが言うには、扱うものの大きさの違いが最大の要因らしい。普通の大きさが一辺一メートルに満たない風信器と、全長二十五メートル予定のフロートシップでは掛かる人手も場所も段違いというわけだ。
あちらこちらに飛び回らない分、風信器開発室が落ち着いて見えるのだろうとナージは言うが、ようやく体が休まってきたラマーデの見立ては違う。
「あの部屋は置いてあるものが他の部屋とは違うのよね。だから見た目もいいんだわ」
「ウィルの街に出てくる前は、ナージさんはかなり羽振りがいい家の奥さんだったから」
その頃の家財も持ち込まれているので、ラマーデの目は確かだとユージスは言ってくれた。半ば住んでいるのは問題だが、そういう者は他にもいるので目立たない。
だがそれを聞いて首を傾げたのがカルナックで。
「ナージさんがいいとこの奥さんで、ユージスさんは騎士だろう? ゴーレムニストも何年かすると、他の国の開発事情に詳しくなったりするもの?」
例によってきょとんとしているナージはさておくとして、ユージスは他国の情勢に詳しいし、時折他のゴーレムニストや職人もぽろりとそんなことを口にする。他国がどんなものを作っているのか気になるのだが、速やかにそれを知る方法があるなら知りたいなというのがカルナックの気持ちだ。
それは当然、珍しいもの、新しいもの、話題になりそうなものが大好きなギエーリ、ティアイエル、ラマーデも同様だろう。目をきらきらさせながら、ユージスを見ている。
だが返答は素っ気無いもので。
「開発事情は当然機密だから、間諜を送って調べてるんだ」
鉄製フロートシップも実験を始めれば、大抵の国は意図に気付くだろうというのが、ユージスの言い分である。新規開発の夢も希望もないが、そのことも頭に入れつつ、仕事を進め、生活を律するのが重要だと、なぜかお説教付き。
そうした報告は工房長の直下で取りまとめている人がいて、調べたいことがあるなら申し込んでみればと言われたが、この忙しい中では興味本位でともいかない。
「それを熟読しても、そのまま英雄譚にはならないのも残念ですねぇ」
「参考にしてねぇ、自分でぇいいものを作るのよぉ」
ギエーリの落胆は、ナージにはあまり理解されなかったようだ。
ゴーレムニスト達がそんなことをしている間、福袋はといえば、経理担当文官達を前に熱弁を振るっていた。卓の上には、ナージに借りてきたドラグーンの模型が鎮座している。
「私が住んでいた日本ではその昔、おそらくもう一つの天界のジ・アースならばジャパンでも、領地や身分の代わりに茶器を与えたりする習慣がございました」
滔々と語るのは、主君から授けられるそうした道具類が名誉を示すものとして大切にされた歴史である。ウィルの国では、やはりどうしても貴族、騎士は領地を得るか、主君から相応の俸禄を保障されるのが『功績に見合うよい扱いを受けた』となるわけだが、勲章は存在するのだから、似たようなものを増やしても良かろうと、そんな計画だ。
端的に言うと、『ゴーレム機器模型を報償として価値があるものに高めて、お金儲けをしましょう』ということである。単純に好事家に販売するか、それとも勲章に準じる扱いまで持っていけるかは今後の課題だが、
「ゴーレムの生産と維持、運用は元々お金が掛かるものですが、我々工房もお金を儲ける事業に乗り出して悪い理由はございません。ぜひとも認可をいただきたく思います」
検討してくれではなく、認可をくれと福袋は強気だ。度々お金のことでは苦労しているのが文官達も、なかなか真剣に聞き入っていた。
でもものがものだけに王城の裁可も必要だとかで、決定が出るのはしばらく先になりそうである。
「見本に出せるようないい物を作ってもらって、準備しておきましょうか」
福袋は、今後自分達が使う予算の増加を狙うのに余念がないようだった。
そして、要の実験用模型の準備をしているはずのミーティアは、
「ちゃんと大事に扱いますよ。壊したりするはずがないでしょう」
「何の魔法をぶつけるつもりだーっ!」
この期に及んで、自分の力作に傷が付くかもしれない実験など駄目だと猛反対する模型職人を前に困惑していた。
そりゃあウォーターコントロールから始まって、ボムなど攻撃魔法系統が結構使われることになるだろうが、壊す目的ではないから直接ぶつけたりはしない。あくまでも水流を作るのが目的だ。と説明しても、模型職人の耳には入らないらしい。
他の人々は『縛って転がしておこうか』とこっそり相談しているが、今後も世話になる事を考えたら出来るだけ穏便に済ませたいところ。
防錆の塗装だけはしながら、さてどうするかと鍛冶工房と造船工房の人々でこそこそ企んでいたところ、準備の進行具合を見に来たゴーレムニスト達と福袋が顔を出した。なぜかギエーリが妙にご機嫌だったのだが、ミーティアの話を聞いて言ったのが、
「壊れても大丈夫ですよ。福袋さんの計画を実行すれば、もっとよいものを幾らでも造れる生活が待っていますとも。その計画というのがですねぇ」
「私から詳しくご説明しますよ。さあ、あちらにご一緒に」
模型職人が目玉をひん剥いて反論しそうな発言から、『幾らでも造れる』の馬の鼻先に人参めいた謎の言葉を繋げ、福袋と二人して、模型職人を両脇から抱えて別室に連れて行ってしまった。
「一緒に行かなくてもいいの?」
「俺はあんまり、ああいうのには執着がないから」
ティアイエルに尋ねられたカルナックは見送る側だが、福袋にギエーリと一緒に男性がよく持っている『少年感性』、福袋言うところの『男の子回路』を揺さぶられているらしい模型職人の感極まった声はしている。
「さっ、邪魔者がいないうちにやるわよ〜」
そんな明朗に言ってはいけないが、誰も咎めない程度に進行妨害していた模型職人へのラマーデの一言は、即座に実行に移されたのだった。
実験の結論。
おおむねうまくいった。
何箇所か明らかに水流、フロートシップになれば気流に引っかかる点があったものの、そこは福袋の計画とギエーリの長々とした成功予測物語にすっかりと丸め込まれた模型職人が直してくれて、姿勢制御に必要な翼部の角度も分かってきた。木製模型で色々試して、必要性がないものはそぎ落とす作業も順調だった。
予想外だったのは、ラマーデ以下何人かが、水中から実験経過を観察するのだと必要な魔法を幾つか掛けてもらい、頑張って水の中に入ったのは良かったが、水流を起こした途端に流されて事故になりかけたこと。重傷者が出なかったからいいものの、危うく人的、物的被害が出るところだった。
他は時間こそ掛かったものの問題なく進み、ラマーデとティアイエルがミーティアの鍛冶知識を借りつつ、最終図面を起こしている。その間は他の人々は暇かと言えば、そんなことはなく、魔法陣を描いたりするのに忙しいが、もう一つ。
「あの模型を飛ばすって‥‥誰も乗れないだろう?」
実験用の鉄製模型にフロートシップ用の魔法を付与して、きちんと飛ぶと確かめたい。この計画を相談されたユージスは操縦者がいないと予測された答えを述べたが、ものは考えようだ。パラの鎧騎士なら、跨って起動できるのではなかろうか。
「というわけで、ぜひともそういう計画に同意していただけそうな方を紹介していただければと思いまして」
ギエーリが紹介さえしてくれれば交渉に行くからと申し出たところ、ユージスにも一人、二人は心当たりがあったらしい。だが。
「今から魔法付与を始めても、全部終わるのに二週間は掛かるぞ」
鉄素体は魔力浸透に時間が掛かるので、短く見て二週間。下手をすれば三週間は掛かると指摘されて、ギエーリはものすごい衝撃を受けたような顔になった。そこまで見越して計画しろと、少しばかり呆れられている。
だがユージスも、同じ頃に福袋が模型職人を捕まえて、木製模型で貨物部換装型のフロートシップ模型作成計画をまとめていたのを知って、似たような表情になるのだが。
とにもかくにも、本使用分の魔法陣はまだ描きあがらないので他のを借りて、鉄製フロートシップ模型にゴーレム生成が掛けられたのは実験終了翌日のことだった。
そうして、一部ゴーレムニストの依頼期間最終日には、ダーニャと婚約者の送別会が行われた。二人とも二十日までは工房に籍があるが、その日は挨拶回りがあるのでこの日に決行。カルナックの宴会料理を期待していた人々の策謀もあったらしい。
「でも二人とも退職だなんて、新居は遠くなの?」
なんとか時間をひねり出して、ダーニャを含めた風信器開発室一同が揃った絵画を書き上げたラマーデは、目の下が蒼い。眠そうだが、視線は忙しく本日の主役と料理の間を行き来している。問われた側はどこかの街の名前を挙げたが、ラマーデが知らなかったので、『馬車で一日かかる』と言い直した。婚約者の実家の装飾品工房が規模を広げるので、二人ともそちらで働くことになったのだ。聞いたミーティアは、
「将来の商売敵かもしれませんね」
と、そんなことはかけらも考えていなさそうな笑顔で婚約者に話しかけている。彼女からの贈り物は、ダーニャの横顔を彫り込んだコイン。ティアイエルはこの季節に自分で育てた生花を持ってきて、貰う側のみならず皆から感心されている。
「育てるコツって何?」
『ダーニャさん、商売にするつもりですね』
更に魔法で人形を喋らせているように見せて、なぜかダーニャと丁々発止のやり取りを続けていた。
「あの様子ではいい奥方になられますねぇ」
「工房には痛手だろうけど」
笑いを含んだ会話は、こういう時に落ち着いて座ってはいられない福袋といまだ調理に忙しいカルナックのもの。カルナックが次々と作り足す料理を福袋が運んで、あちらこちらに話しかけては人脈作りに余念がない。カルナックも見習いたいところだが、なにしろ手が空かなかった。
後で手が空いたら、まずはダーニャ達にお祝いを言わねばと思っているカルナックと別に、ギエーリはあれこれ言いたくてうずうずしている。最初のうちは黙っていなさいとダーニャに命じられたので、仕方なく黙っているが‥‥そろそろ限界。
と、大分場が崩れてきた頃になって。
「あたし、一度この人がどのくらい喋れるのか聞いてみたかったのよね」
ダーニャが『好きなだけ喋ってよし』と言った。いい具合に酔っていた人々も、それは面白いのではないかと囃し立てて‥‥
夜明けぐらいまで、ギエーリの語るお祝いのあれこれを聞かされていたらしい。