魔法陣の先へ

■イベントシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 17 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月16日〜12月16日

リプレイ公開日:2009年12月28日

●オープニング

 行く先は、魔法陣のその先。

「キエフを囲むように確認されている魔法陣が、だいたいこの位置。その枠の向こう側に、中級デビルが数体確認されている」

 そのデビル達がいる場所は、これまでに捕縛された悪魔崇拝者などの証言を付き合わせると、この魔法陣作成を仕組んだのだろうラスプーチンがいるところではないかと推測される。すでに移動している可能性もないわけではないが、現在最も可能性が高いのはそこだ。
 魔法陣の浄化は実行途上、生贄にされそうな魂は今だ一部が奪還計画中。おかげでロシア王国から出せる戦力も相当分散されてしまっているが、ラスプーチンを平らげれば、かなりの戦闘が終結に向かうだろう。

「緑林、炎狐、鋼鉄からも人を派遣するものの、どれだけ送っても万全とは言い難い。冒険者ギルドでも、可能な限りの人数を集めて欲しい」

 実際にラスプーチンと見えることが出来るかは分からないが、発見出来たら確実に抹殺したいというのが国からの要望だった。


●今回の参加者

デュラン・ハイアット(ea0042)/ 以心 伝助(ea4744)/ エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)/ フィニィ・フォルテン(ea9114)/ 雨宮 零(ea9527)/ ルシファー・パニッシュメント(eb0031)/ ラザフォード・サークレット(eb0655)/ シオン・アークライト(eb0882)/ エルディン・アトワイト(ec0290)/ ジルベール・ダリエ(ec5609

●リプレイ本文

 目的の地域近くまでは緑林兵団が進路を指示する形で進軍。暗黒の国を正規兵で最もよく知る部隊だけに、そのことにはどこからも文句は出ず。
「では、誰が最大功労者かは時の運と言うことで」
 地域特性や予想される敵、妨害の種別に、現地の足場の悪さなどを考慮して、戦闘中の行動は各部隊ごと。つまり冒険者達は彼らだけで行動してくれという話にも、格別異論は出なかった。大人数の行動は狙い打たれるだけとの懸念は確かにあったからだ。
 おそらく緑林は奇襲狙い、鋼鉄は敵を引きつける役、炎狐は何をどうするつもりか判然としないが、彼らの中ではそれなりの役割分担があるだろう。冒険者は味方からも行動予測不能な一団になっているが、作戦の詳細は尋ねられなかった。何かの方法でそれが敵方に漏れることへの警戒ゆえ、冒険者側も正規軍の人々の細かい予定は聞いていない。
「出来るだけ定期的にご連絡しますので」
「返事がなかったら、届く範囲にいないと思ってください」
 相互の連絡役を務めるフィニィ・フォルテン(ea9114)が、炎狐のバードに声を掛けた折には、場違いに華やかな笑顔でそう返された。そのくらい広範囲の移動の可能性の示唆だろうが、これはお互い様だ。
 そうして、ロシアの森の中に幾つもの集団が散っていく。

 十人の冒険者は当初は二手に分かれる手筈を整えていた。ラスプーチンの陣を見付けたら、正面から切り込む側と、奇襲を狙う側だ。どちらがラスプーチンに迫れるかは、その時の情勢で違うだろう。他の部隊がより有利な位置にいるのなら、どちらも敵戦力を引き付ける役を負う事になるかもしれない。
 だが戦時の役割がどうなるかは、まず敵の居所を正確に知る必要がある。そのために以心伝助(ea4744)とジルベール・ダリエ(ec5609)が一同に先行して偵察に出ていた。罠の可能性があるから、素早くとは行かない。だが時間を掛けすぎると、後の行動に支障が出る危険性もある。ドラゴンやシムルなど、敵に見付かればrすぐに怪しまれる生き物もいる。いかに知恵があって、姿を隠しつつ付いてきていても、自分達共々発見される可能性はあるのだ。
 石の中の蝶を小まめに見やり、魔法で近くの生き物の有無を確かめ、更に人の生活の気配がないかを探る。デビルだけが相手ではそんな気配はありえないが、人がいるのなら隠し切れない痕跡があるだろう。雪が降り積もっていても、それらを見極めるだけの目を二人とも持っていた。
「この寒さだ。火でも焚いててくれれば、一番簡単なんやけどな」
「こっちの気配に気付かないほど鈍くはないでやしょう。森の民ってのは、隠れられると厄介っすよ」
 相手は自分の庭先に隠れているようなものだ。しかも警戒しているのだから、罠もあるだろう。しかしそうしたものより、人の住んでいる跡を探していた彼らは、しばらくして雪の中にくぼみを見付けた。蛇行しつつ、森の奥へと続いている僅かなくぼみだ。辿っていくと、少し先で違う方向から来たくぼみと合流して、また奥に向かっている。
 ジルベールの弓を借りて雪の中に差し込んだ伝助が、くぼみとそれ以外で柔らかい雪の深さが異なることを探り当てた。二人でなければ気付かないだろうが、数日前にこの道を辿った誰かがいるのだ。踏み固められた下の雪の具合からして、結構な人数が行き来したのか、日常的に使われていた道か。
 それすらも罠の可能性はあるが、他に人の通った痕跡はない。いざとなったらアッシュエージェンシーの分身を先行させられるし、もっと切羽詰ったら魔法で罠も障害も一通り打ち払ってもらうなりして進めばよい。そういう事態は、ラスプーチンの居場所が判明してからにしたいものだが。
 まずはここまでは安全と考えて、待っている八人を呼び寄せることにした。

 十人もいれば雪道を歩き慣れない者もいるが、そういう者は行軍の中程に入れて跡を追ってきた八人と偵察の二人が合流するまでにはたいした時間は掛からなかった。足跡を追ってくるだけだから、そこから外れなければ罠の危険もないのが分かっている。またキムンカムイが先頭で雪かきの役目を負ってくれていた。
 流石にエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)のブレスセンサーとエルディン・アトワイト(ec0290)のディテクトアンデッドに頼ることにはなるが、今のところはまだ敵に見付かっていないらしい。これはフィニィが小まめに連絡を取っている他の部隊も同様だ。
 ただ。
「この先が怪しいけど‥‥回り込む経路がありそう?」
 冒険者の指揮官になっているシオン・アークライト(eb0882)が、偵察の二人のみならず森に詳しい者達に問い掛けた。
 更に進んで、追っていたくぼみに別経路のもう一本が合流し、その先二キロくらいのところに五メートル程度の聳え立つ岩が三つか四つあるのが判明している。ラスプーチンはもはや寒暖の差も苦にならなかろうが、人は風を凌げる場所があるに越した事はない。ラスプーチンがいるかどうかはやや怪しいが、蛮族や悪魔崇拝者がいる可能性は高かろう。
 問題は、そこに至る道を直進する予定の者はいいとして、搦め手で行く者達が速やかに動ける道がありそうかどうかということ。岩の並びを正面に見やって、右側は雪面が大きく波打っていることから、足場が不安定なことを示している。風の吹き溜まりか、地面の凹凸かも窺えない場所を行くのは、もちろん危険。エルンストのキムンカムイも顰め面をしたところを見ると、足場は不安定だ。
 ならば左側となると、今度は鋼鉄の部隊が進んできていることが分かっていた。あちらは二十人ばかりいるので、こちらが二手に分かれて似た地域に行く必要性は薄い。それならこちらはわざわざ分かれず、両者で連携したほうがいいだろう。
「あちらは直接戦闘が得意だろう。ならば私が敵を驚かせて集めてもいいが」
 それ以外にも役割は十分ありそうだが、好んで前線に立ちたがる様子のデュラン・ハイアット(ea0042)の言葉に、多少なりと驚いたのはエルディンのような面識が少ない者だけ。大言壮語にふさわしい実行力はあるので、シオンは分割と一斉行動のどちらがよいかを真剣に検討している。フィニィが鋼鉄の状況を確かめ、それを聞かされたシオンとデュラン、雨宮零(ea9527)の三人が全員で行動しようかと考えをまとめ掛けた時に、新しい知らせが入った。
 緑林と炎狐の混成部隊が岩の左斜め後方に回っていて、そこに氷漬けで放置されている多数のエルフを発見したというものだ。ロシアで蛮族といえば大抵がエルフで、戦線に出てくるのは男性ばかり、氷漬けは女性や子供ではないかとあちらの偵察は言っている。
「魔法陣の話があったろう。生贄にされたのではあるまいな」
 過去形で話してから、魔法陣がいまだ発動途中のはずと気付いたルシファー・パニッシュメント(eb0031)が生贄の確保かと呟いた。単に食料が乏しいからというのなら、いかにジーザスの洗礼を受けぬ人々でも家族は風雪の当たらぬ場所に置こうとか考えるに違いない。そも蛮族に魔法使いは滅多にいないから、デビルの意向が絡んでいると見て間違いはなかろうし。
「それならば、敵を減らす役には立つのではないか。家族は後で返してやると言えば、戦線離脱する者もいよう」
 デビルだけ相手に出来れば重畳と、ラザフォード・サークレット(eb0655)は少し楽観論を述べた。
「皆さんの魔法でその人達まで巻き添えを食うことはありませんか?」
 雨宮の心配は、ウィザード等のきっぱりとした『ありえない』発言で解消させられた。悔しいほどに硬い氷だから、大抵の攻撃魔法は効果がない。炎魔法は少し話が違ってくるが、延焼しない限りはどうなるということもなかろう。
 つまりはデビルが人質にするにも向かないと分かって、ここはシオンが決断した。
「まず偵察。デビルの存在を確認したら、鋼鉄に時機を合わせてもらって、こちらも正面から行くわよ。奇襲班は魔法陣を見付けたら破壊して」
 行動は一緒になるかもしれないが、目的は別に。ついでに可能なら緑林と炎狐には、鋼鉄に先んじて遠距離攻撃を担当してもらいたいが、元々魔法陣破壊を目的としているようで、魔力の問題から緑林だけになるかもしれないと返答があった。
「向こうも動いたっすよ」
「方向からして‥‥多分、炎狐の発動光やな」
 これまでまるで気配を感じさせなかった岩の周囲に、ざわざわと人の気配が立ち上った。同時に岩肌に張り付くように、黒っぽい点が飛び交っている。距離を考えれば、下級デビルが飛び上がったのだろう。人の気配は緑林と炎狐がいる方向に向かっているようだが、黒い点は全周囲に散ろうとしている。
「狙うなら雑魚ではない奴ですが」
「まったくだ。見付けたら、そちらの退治に入る」
 雨宮とルシファーが目を凝らして曇天の空を見上げつつ、近くの立ち木を蹴りつけた。靴に幾重にも結んだ荒縄の、その間に挟まって固くなった雪が落ちる。他の者も足を軽くして、ジルベールが作って分身の走る後ろを進み始めた。全力疾走とは行かないが、最初に雪を掻き分けて進んでくれる存在があるだけ、体力は戦闘に振り向けられる。
 魔力の回復はすでにしてあるが、途中で更に必要とされるだろうアイテムは各自で取り易い場所に。武器を使う者はすぐに抜けるような姿勢で利き手を懐にしたまま、道を急ぐ。途中、岩の方角で上空に炎が散ったのが見えた。
「ああいうのは私の役目なのだが」
「余裕ですねぇ。デビルの反応があったら、最初にお知らせしますよ」
 デュランとエルディンが場違いにのんびりした会話を交わしたが、気を紛らわせる効果はあったらしい。白っぽい光景に目が眩みかけていた何人かが、頭を振って正面を見据えなおした。
 進むことが目的ではなく、その先でラスプーチンを倒し、魔法陣を破壊する。目先のことに捕らわれないように、気合を入れ直した。ジルベールはあちらこちらとの連絡に忙しいフィニィの手を引いてやり、二人の前には伝助が道を踏み固めて進んでいる。
 ややあって、左方向でも鬨の声が上がった。デビルと鋼鉄とかかち合ったのだろう。魔法武具で身を固めた者ばかりだからデビル相手でも心配はないが、
「なんなの、あの嬉しそうな声」
 シオンが呆れた声色を隠さなかった様に、やたらと楽しそうな叫び声が多々混じっていた。雪中行軍に飽き飽きしていた彼らが、思う存分暴れてやると上げた声だと知るのは、大分後になってからのこと。
 十人の冒険者は、魔法で感知されるデビルの気配も近付かない限りはやり過ごして、ようやく岩まで半キロの地域まで辿り着いた。
 そこで、分身が何かに当たって消えていく。

 国からの依頼では、森の損害は問題視しないとあった。
 だがここまでの被害を想定していたかどうかは分からない。
 ストームで吹き飛び、薙ぎ倒された雪や木の枝が、しばらく視界を遮った。その向こうに何がいたか分からないが、すぐに攻撃してくる存在がなかったのは、問答無用でライトニングサンダーボルトも続いていたからだろう。
 デュランとエルンストが初撃を劇的に決めたことで、上空にひしめいていたデビルの群れが一斉にこちらを向いたようだ。良く見えなくても、気配だけはびしばしと伝わってくる。
 続いての一撃はラザフォードのグラビティーキャノンだった。空のデビルは放置して、更に先の通路を開けるのに放たれた魔法が、今度は湿った土くれまで巻き上げた。
「道は出来たけど‥‥」
 全部こちらに来るんじゃないかと、誰かが呟いたが‥‥その間にも、今度は全員が叶う限りの速度で走り出した。石の中の蝶も羽ばたき出し、デビルの姿も間近に見える。
「鋼鉄が中級デビルと思しき二体と交戦中。緑林と炎狐の第二部隊が応援に加わるそうです」
 速度は他に少し劣るが、呼吸は案外としっかりしているフィニィが小声で皆に知らせる。なんだ、こちらに来ればいいのにと嘯く声もあったが、やはり小声だ。
 今の状況から、走れる足場を確保した自分達がもっとも素早く敵陣の真ん中に到着するだろう。鋼鉄はすでに進軍を止めて、確保した場所での戦闘に切り替えているようだ。相変わらず景気のよい声が、少しずつ遠くなっていた。岩を挟んで反対側の緑林と炎狐の一団は、やはり魔法攻撃に切り替えたらしい。炎や雷、雪、水がもはや無節操に舞い踊っている。
 当然音もすごいもので、少し崩れた三列横隊くらいの十人でも、声が届かないことが出てきた。それぞれの役割はすでに話し合っているし、戦場ではよくあること。
 岩の下、雪が綺麗に取り払われた辺りに黒衣の集団がいるのを見て取れる場所まで駆けて、先頭の列にいたシオンが軽く手を振って合図した。直後に彼女と一緒にだっと飛び出したのが数名。雨宮とルシファー、少し離れて伝助は横合いに回りこむ。残りはエルディンのホーリーフィールドの中に入って、それぞれに戦闘準備を整えている。
 エルディンが姿勢を正して、朗々とした声で魔道書のゴエティアを朗読し始めた。周囲に群がるデビルの羽音にかき消されそうだが、堂々たる態度には微塵の揺るぎもない。その傍らで雨宮に借りたヘキサグラム・タリスマンを持って祈っているのはフィニィだった。彼女のシムルは、すでに向かってくるデビルと戦っている。
 上空のデビルはホーリーフィールドに取り付こうするとジルベールの矢で射られる。それを掻い潜っても、デュランにエルンストと魔法が繰り出されて結界に辿り着くどころではなかった。
 ただし、その結界に効果時間があり、
「少しは知恵が回るのがいるらしい」
 その時間切れを狙って、一斉に押し寄せてきたデビル達は、デュランにストームで舞い上げられ、姿勢を戻したところでエルンストの祈りの聖矢をジルベールと手分けして連続で浴びせられ、結界が消えても続くエルディンの声とフィニィが祈りきったタリスマンの力で万全の動きは叶わない。それでも向かってくるが、皆が受ける怪我は行動不能になるほどではなく。
 挙げ句の果てに、
「この位の魔術はきついな」
 三度目か四度目かの詠唱でようやくアグラベイションを成功させたラザフォードのせいで、多くは余計に動きが鈍ってしまった。デビルにしたら空中に逃げられるものは態勢の立て直しを図りたいところだが、この時とばかりにエルンストのドラゴンが小物を次々と地上に叩き落している。
 そして、アグラベイションの効果は前衛と切り結んでいる者達にも及んでいて、
「小細工を弄する必要もないか」
 ルシファーが間合いを惑わせるためのミミクリーの使用を止めて、技量で目の前の男を切り伏せた。人間だから悪魔崇拝の道を選んだ愚か者だろう。ざっと辺りを見回したものの、エルフの姿はない。揃いの黒衣だから、蛮族は別で戦っているようだ。岩を挟んだ向こう側での音は、大分静かになってきていたが。
 その中に、目の前に戦闘も仲間が切り捨てられたことも我関せずの風情で、野戦用の折り畳み椅子に座っている男がいた。
「今度こそ、息の根を止めてやる!」
 少し裏返った声はシオンのものだ。その傍らを離れずにいた雨宮が、彼女の二の腕を掴んで何か耳元に言っている。魔法使いとて敵に囲まれた中では平常心を保つのに集中力を削られるのだから、直接敵と切り結ぶ者なら、ハーフエルフの狂化を抑えられるかどうかは運が大きく関わってくる。特にラスプーチンはデビルを使って、ハーフエルフを狙っての撹乱を仕掛けてきたこともあった。
 だが今回は様々な方法で行動に重石をつけられ、身を守るのに汲々としている輩の多いデビルはあまり役に立たなかったようで、シオンのぎりぎりのところで持ち応えていた。エルンストとフィニィも無傷ではないが、目の色は変わっていない。
「なるほど。どこまでも私の邪魔をしたいのですね」
 至極当然のことに納得したように、ラスプーチンは頷いた。
 その背後の岩の向こう側で、おそらく蛮族が総崩れになって、戦闘を放棄しているらしい。デビルだけ相手にしろと、そういう声が何度も聞こえる。それでもラスプーチンは表情一つ変えなかった。物憂い表情に変化はない。
 いや、かなり訛りのあるゲルマン語があることを叫んだ時に、なぜか会心の笑みを浮かべた。
『俺達は家族を守りたかっただけだ』
 おそらくは蛮族の誰かの言葉。他の黒衣の誰も気に留めなかったそれが、ラスプーチンには待ち焦がれていたものだったらしい。
「一枚岩ではない国の中に、異教徒どころか神を信じぬ者の恨みが加わる。そんなロシアを立て直せるほど、あなた方の正義は強いものか」
 問い掛けるような言葉の頃には、後方から残る冒険者も声が届く範囲まで近付いていた。デビルの行動が阻害される範囲にラスプーチンを入れることは叶わないが、加勢を防ぐには役立つだろう距離。
 そんな至近距離で九人の冒険者を前にしたラスプーチンは、エルディンに負けずとも劣らぬ張りのある声で『神の正義を信じるのか』と畳み掛けた。
「この世に全き正義などない。力が正しいこともある」
 誰よりも早く、神聖騎士の立場にそぐわぬ答えを返したのがルシファーだった。
「国など知らぬ。だが目の前の獲物を逃すこともしない」
 一瞬、ラスプーチンも、睨みあっていた冒険者と悪魔崇拝者も虚を突かれたが、最初に立ち直ったのは信じる神の違いがあっても聖職者のエルディンだった。
「確かに我らは国に仕えず、神の威光であまねく世を照らすための僕なれば‥‥デビルと正義について語る口は持ちません」
「そうやって我を通すとよい」
 僅かな身振りの後に、ラスプーチンとエルディンそれぞれが魔法の発動光に包まれた。高速詠唱のデビルの魔法の何かと、ホーリーフィールド。この僅かの勝負は、エルディンの勝ち。
 その間に、シオンと雨宮はそれぞれに目の前の剣士に躍り掛かっている。行動不能にすることすら、この時は考えていない。ただ進路から引き倒し、ラスプーチンへ到達するのが目的だ。後方からはその意図を正しく汲み取った魔法の援護があるが、残り数名のところでしぶとい抵抗を見せる。
 かろうじて雨宮が目の前の敵を蹴倒し、ラスプーチンに駆け寄ろうとして、倒れた敵に足を掴まれた。武器を飛ばしたのに、靴の上から噛み付いてくる。それに止めを刺したのはルシファーで、自分の相手を後方に突き倒したシオンが夫の後を追いかけた。
 ラスプーチンまで、あとほんの数歩。その位置で、二人の足元から炎が吹き上がる。誰が仕掛けたものかファイヤートラップが、二人の足を何秒か止めた。それだけあれば、高速詠唱は十分効果を発揮する。
 この時、ラスプーチンも何か用意していただろう。だが白い光と共に、ラスプーチンが背にしていた岩の陰から速やかに滑り降りてきた影がある。
「大将を落とせば‥‥終わりでやんす」
 岩の上にはシムルが、神々しくも満身創痍で佇んでおり、ラスプーチンの背後には伝助がいた。前線に向かったときにはなかった傷があちらこちらに付いているが、自分の足で立っている。
 両手に一本ずつ握られた小太刀は、両方ともがラスプーチンの背に突き立っていた。このおかげで、ラスプーチンの魔法は完成せず、
「二度と‥‥」
 続く言葉がなんだったのか、雨宮がシオンの武器を拾い上げた。どちらも周囲にトラップの勢いで武器を手放して、先に我に返ったのが雨宮で‥‥何か魔法を唱えようとして、背後に張り付いたまま刃を手放さない伝助のために動けないラスプーチンの胸に突き立てる。貫通して、伝助も縫いとめるかという勢いで。
 そのまま動けなくなった雨宮の姿にシオンが仰け反るように叫びかけたが、ルシファーに押し退けられた。転がった彼女にフィニィとジルベールが駆け寄り、瞳に正気の色が残ったまま跳ね起きたのに安堵する暇はない。まだ襲ってくるラスプーチンの配下が二人ほど。
 いまだ敵対の意思を見せる二人は魔法が打ちのめしたが、ルシファーの一撃はラスプーチンが腕一本を犠牲に直撃を避けている。雨宮がよろけて、少しばかり動きが自由になったラスプーチンは一歩前に踏み出して、直後に苦悶の表情を浮かべた。
「これで、終わりにしやしょう!」
 岩との間に挟まれて、こちらも動きがままならなかった伝助が、抜けた小太刀を振りかぶって、ラスプーチンの背にもう一度突き立てる。しばらくは骨に当たり、肉に咬まれた感触があったが、それが徐々に緩んでいき、塵の山と黒衣が残る。
『この国に平穏など来ない』
 蛮族は食いつなぐための行動で自分達が狩られる原因を招いたと理解しても、感情で納得せず、今後も関係の改善など望めまい。それは開拓の失敗を意味して、いずれ国が崩壊する。力だけが生き残る手段の国が出来るのだ、と‥‥
 そんな遠大にして不確定な未来をラスプーチンが語っていたと知るのは後日のことだが、本人の心中には他の計画もあったのだろう。実行される機会はもう巡っては来ないだろうが。
 まだ残っていたデビルは慌てたように戦線を離れようとして、多くは魔法で狙い打たれて、逃げ延びることは叶わなかった。誰かが今ひとついい活躍の場を得られなかったと八つ当たり気味に魔法を放っていたゆえ、逃げられる場所もなかったのだろう。


 敵味方の別なく、魔力切れや負傷による失血、なにより気力の枯渇で回復薬を飲んだだけでは動けなくなっていた彼らが、緑林の人々に見付けられたのは一時間ほどしてから。追いついてきた鋼鉄の面々は中級デビルを合計三体倒したと自慢してのける体力を残していて、羨望の眼差しを向けた者もいる。
 炎狐が誰も見えないと思ったら、騒々しく魔法陣の魔力が変わったのではないかと言い立てて確認中だと聞かされると、座っているのも馬鹿馬鹿しくて立ち上がった。もっと落ち着いた場所で、ゆっくり休んでもいいはずだ。そんな気がする。
「報酬も度外視でこれほど活躍するなんて、冒険者はなんと働き者か」
 あながち間違いではないことを言うのを耳にした緑林の部隊長が、ならば今出せる報酬でと飴をくれた。後はキエフで、補充出来る消耗品は渡してくれるとか何とか、丸め込まれた気もしなくはない。
 子供の駄賃かと皆で呆れたり、笑ったりしながら含んだ飴は、けして不味くはなかったけれども。