ゴーレム機器、新規開発計画 〜新たな船出

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月27日〜01月03日

リプレイ公開日:2010年01月07日

●オープニング

 メイディアのゴーレム工房の一室で、ゴーレムニストのエリカがいつものように荒れていた。この人の場合、気に入らないことがあれば物に当たるのは日常茶飯事なので、周りの人々は遠巻きに様子を眺めているだけだ。
 人に当たるとしたら、鎧騎士のプロコピウス・アステールが相手だが、この人は多少のことでは動じないので平然としている。
 そうしてしばらく後。
「仕事辞めてやろうかしら」
「次のあてがおありなら、止めませんが」
 エリカのやけっぱちの一言に、アステールは慌てなかったが、彼女の下で働く人々は心中で『それだけは止めてー』と叫んでいる。我侭だし、気に入らないことがあると荒れるし、世間一般から見ると男性関係に問題があるし、金遣いも荒いし、人使いはもっと荒いが、工房とは別に給金めいたものをくれる珍しい人なのだ。
 多分、愛人達と何かあった時にエリカに都合がよい口裏合わせとか、色んなことを見てみない振りをする口止め料なのだが、そこさえ気にしなければありがたい上司である。機嫌がよい時には、色々美味しいものを食べさせてくれるし。
 だから、自分達にとばっちりが来ないところで暴れている分にはやり過ごすが、いなくなるとなったら話は別だ。辞職なんてやめてくれいと、周りのそんな心の声が聞こえた様子はまるでないが、
「あてなんかあるわけないでしょ」
 エリカも流石に工房を飛び出しても行くあてがあるわけではなかったようだ。彼女自身、自分の価値の何割かがゴーレムニストであるということを自覚しているらしい。
「サボタージュで行くか」
「業務怠慢はいけません」
「新しい開発計画の検討中よ。ふん、これで二ヶ月は遊んでやる」
 この頃には、エリカのご機嫌斜めの理由が、提出した新たな開発計画が片端から却下されたからだと周りも分かってきた。また誰かと諍いを起こして、そちらとの衝突の余波だろう。
 となると、エリカがあちらこちらに根回しを開始して、自分の計画をごり押しするのにしばらく掛かるのは、もう年中行事である。鉄製ゴーレムシップで、最終的に他の人々が目を剥くような金銭を使っていたのだから、ほとぼりがさめるまでは派手なことはしないほうがよい。周りの人々が、他の派閥から苛められないためにもそうして欲しいものだ。
 だがエリカは、あんまりおとなしくしているつもりはなかったらしい。
「冒険者ギルドから皆呼んで、新しく作りたいものの企画どんどん出させて、あたしのもその中に混ぜ込んでどれかしら通させよう」
「他の方の計画が通ったらどうするつもりです」
 他人を隠れ蓑にしようとしたエリカに、アステールが『馬鹿なことは考えない』と言いたげに問い返している。巻き込んだ他人の企画が通って、また暴れるのなら、そういうことは最初からやらないほうがいいからだ。
 そうしたら、悪びれないエリカは。
「面白そうなら混ぜてもらうわ」
 いけしゃあしゃあとそう言っていた。

●今回の参加者

 eb4637 門見 雨霧(35歳・♂・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 eb8378 布津 香哉(30歳・♂・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 ec5196 鷹栖 冴子(40歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

 メイディアのゴーレム工房では、今日も今日とてゴーレムニストのエリカが暴れていた。
「というわけでねっ」
 やっていることは、愚痴の撒き散らし。せっかく依頼に応えて来てくれた布津香哉(eb8378)と鷹栖冴子(ec5196)の二人を前に、延々と同業者の愚痴を述べている。布津も冴子も口は達者なほうだが、これに口を挟むとろくなことにならないのは察せられたので、黙って出された菓子を食べている。
 でも流石に、こんな状態のエリカと毎日顔を合わせているアステール達は哀れに思ったのだが、なにやら書類をまとめているアステールは涼しい顔だ。エリカも散々愚痴って、やっと気が済んだらしい。ようやく仕事の内容を言い出したが、まあ用件はだいたいギルドで聞いている。
「エリカ姐さんの計画のつなぎってことだろ?」
「あたしにとってはそうだけど、その程度の気構えだと何にも通らないで帰されるわよ」
 この機会に自分の計画を実現してやるって気概がないなら、今のうちに帰りなさいと冴子の言い分に対して辛らつだ。嫌味合戦かと、布津が心中やれやれと思っていたら、そこまでは行かなかった。
「手厳しい評価が待ってそうだけど、気合入れてやるとして。説明用に黒板みたいなのがあるといいな」
 まずはエリカに簡潔に聞いて欲しいのだがと申し出た布津に、しばらくして運ばれてきたのは一メートル四方くらいの黒板らしきものだった。彼が慣れ親しんだものと違うのは、木板を何かで黒く塗ってあること。ちょっとぼこぼこしている上に、こちらは石灰を固めたらしいチョークの書き味が悪い。贅沢は言えないが、時折耳障りな音がするのが難点だ。
「鉄製のグライダーを造れないかと考えているんだ。兵装は金属加工の腕がもうちょっとあれば、提示できたと思うけど」
「そんなの、工房の鍛冶師を抱きこんでアイデアが実現可能かどうか尋ねてみたらいいじゃない」
「知識がないと、アイデアって一言で言っても難しいだろ。それに数撃つより、少数を吟味していきたいしね」
 間には卓、それぞれに肘掛付きの結構いい椅子を使って、お上品な茶器で美味しいお茶を飲みつつの話のはずだが、エリカが近くの長椅子に足を投げ出したあたりで場が崩れてくる。他人のやる気をどうこう言う割に、その態度はどうなんだと、目の前の二人より周囲の人が思っているようだ。布津はこういう人だと分かっているし、冴子は呆れるほうが勝って、どちらも腹は立たない。
 それでもちゃんと話を聞いていればこそで、そうでなければただでは済まさないが、エリカも聞く態度は取っていた。二人のアイデアに変なところがあれば突付きまわそうと待ち構えている、ねずみをいたぶる猫のような顔付きをしているのだが。
 なにしろ布津の鉄製グライダーは、最初からこう切り付けられた。
「ここの板金技術は国内でも有数だけど、何メートルも厚さが同じ鉄板なんて簡単には作れないわよ。厚みが違えば、全体バランスに影響するでしょ。どうする?」
 鉄の船が浮くので、鉄のグライダーも飛ぶかもしれないと皆を納得させるのは難しくないだろう。ただし飛ばすものゆえ、原料の吟味や素材の確保が必要となる。それこそバランスに関係する鉄板をどう製作するかに始まり、それ以外の素材も吟味しないといけない。
 だが鉄製ゆえに、魔法付与はフロートシップに対応するものを基本にして、浮遊機関も地上近くを移動させるために付与を検討すべきとの意見には意地悪な意見は出なかった。
 ただ事前に疑問をぶつけられると予想していた、
「機体胴体に乗り込むタイプを考えている。形は絵で説明したほうがいいかな」
「あたしの個人的な資料に天界人の描いた絵がある。使えそうなら持っていけば」
 天界・地球の飛行機については、エリカはおおまかな図を持っていて、話がすんなりと通じた。工房に関係する天界人達がよく飛行機の話をするので、色々書かせたらしい。中には複葉機の図もある。
 ただし。
「ガラスは重いし、割れるわよ。風防に使う大きさだと、レミエラ並みの透明度は実現出来ないし」
 ガラスの確保については、ほぼ無理だと言い渡された。工房で使うレミエラを作る職人と繋がりが深いエリカが言うのでは、まずもって使用は無理だろう。
「そうしたらゴーグルとか‥‥ガラス職人と相談したほうがいいかな。後で紹介してくれないか?」
 ごねられるかと思いきや、案外あっさりと職人を呼んでくれた。あちらの都合もあるから、顔合わせそのものは後でとなりそうだが、礼を言っておく。確かにガラスの透明度は失念していたし、素材については職人に確かめてから計画に盛り込んだほうがより確実そうだ。
 布津も冴子もエリカ以外のコネが工房にないわけではないが、エリカは工房外にも色々と伝手がある。便宜を図ってもらったら礼を言うのは当然だろう。目の前で偉そうにふんぞり返る態度については、布津も大人なので受け流すことにした。一々取り合っていると面倒なのは、よく承知している。
 それでなくともガラスの透明度と強度に大きさ、鉄板の厚みの均等化と、難題を積み重ねられたところだ。金属加工の技術にはまだまだ知識の及ばぬところがある身としては、雑事に構わず改善に邁進したほうがいい。と、メモする内容は多岐に渡る。
 同様に冴子も聞いていた話から自分の計画に関係ありそうなところはメモを取っていたが、そもそも彼女の計画は新規作成をあまり伴わない。
「ゴーレムを土木作業に出すのなら、人が使っている道具を大型化するだけさね。そんなに難しいことはないだろ?」
 これについては、エリカは『一人、すごく疑問に思っていることがある奴がいるから、説得して』とつれない返事だった。
「あたしも同じことは気になってるけど、向こうが先に言い出したことだから本人から指摘してもらってよ」
 それにちゃんと返答が出来れば、エリカは冴子案を応援してくれるつもりらしい。
 後は事前に鍛冶職人などに、目的の代物の形状を作れるかどうかと言ったことを確かめて、他のゴーレムニストや文官、職人達の俎上に乗せられるのを待つばかりだ。

 要するにプレゼンテーションだからと、結構大掛かりなものを考えていた冴子と布津にしたら、集まって人数は二十数名とさほど多くはない。工房全体で働いている各種職業と比べたら、少数だ。だがこの程度の人数を納得させられなければ、全体を動かすことなど無理なわけで。それにどうやら、案を持ってきたのは彼らだけではないらしい。
 ただ他の人々はドラグーンの強化だとか、人型ゴーレムの兵装など、現在のゴーレム機器から離れた新規開発や用途設定ではない。侃々諤々と是非が検討されて、いずれもが計画として不足している面を指摘され、再検討となった。
 ようやく二人の番になって、最初に口火を切ったのは冴子のほうだ。
「今までも言った事はあるんだけどね、ゴーレムの土木運用を実行したい」
 敬語を使う必要はないので、冴子はいつも通りに話し出した。気風よく、要点をまとめててきぱきと説明するので、皆も聞き入っている。流石にこの席にはお茶の用意もなく、仕事にはいい感じの緊張感が漂っていた。説明するほうも、気分がいいものだ。
 だが、当然のようにゴーレム機器を扱えるのは基本鎧騎士という壁やら、なんで賦役で賄っているものにゴーレムを出すのかと言う意見が出て、冴子は用意の意見を述べた。
「牛や馬に引かせる方が安上がりって言うのは分かるさね。でも高いところへ建築物資を運ぶのは無理だろ?  人型ならひょいと持ち上げるだけで済むじゃないか。国防専門の運用部隊なら、採算面でも融通が出来るんじゃないかね」
 ランニングコストを言われると正面から打破する名案はないが、人型ゴーレムは有事以外は工房で眠っているようなもの。平時の活用の場を持たせるべきだというのが、冴子の言い分である。
 さて、誰が『ご指摘』をくれるのだろうかと思ったら、ゴーレムニストではなく職人だった。
「なんで、人型ゴーレムじゃなければならないのかね」
「‥‥人の作業を代用するには、人型が便利だろう?」
 予想外のことを尋ねられて、冴子がちょっとだけ手間取ったが返答すると、職人はますます首を傾げてしまった。
「おまえさん、さっき牛馬に引かせるほうが安上がりだと言ったろう? 運搬も含んで、人型でって事だと思うんで言わせてもらうが‥‥それならフロートシップやチャリオット、あんたがたの開発したサドルバックを活用した方がよかないか?」
 その職人は船大工の一人で、つまりは人型ゴーレムとは縁遠い。人型ゴーレムには力があって、大規模工事をするのに便利だろうとは分からなくもないが、例えば造船現場で神経を使う何メートルもの木材をたわめる作業が出来るとは思えない。そういうことはやはり職人の仕事だし、大量の貨物を運ぶなら人型より船の方が便利のはず。
 たまたま冴子が例示した荷の上げ下ろしならば、彼女と布津が開発に関係したサドルバックを活用した方が便利ではないかと船大工は考えていた。小型化してくれれば、造船工房で使えるのではと、結構本気で思っているようだ。
 エリカが言葉を添えたのは、冴子のアイデアは人型に拘りすぎて、目的とする工事の現場の多彩さに対応していないということ。例えば河川、森林、沼地、高低差の激しい谷など人型ゴーレム活用が困難な場所は多々ある。土木工事活用を謳うなら、そうした場所に対応する案もあってこそ検討し甲斐があると言うわけだ。ゴーレム機器には色々とあるのだし。
「天界の土木工事は人型の機械でやっているわけじゃないでしょ?」
 どうしても土木作業にというなら、適した新型機器の開発も視野に入れるくらいの気持ちでやらねばと、そう冴子の案は差し戻された。人型だけをあげたのが、かえって労力を要する運搬や条件劣悪地域での運用には無駄が多いと判断されたようだ。それを補うものも合わせてこそ、検討する意義があるという話になっている。
 不思議とまるきり駄目だというのではないが、そういうところにも持ち出すならもっと効率よく作業出来なければ費用の無駄だというのが大勢だった。

 そういう話の後で布津の鉄製のグライダー計画は、地上攻撃用に鉄球を胴部に収めて、レバー操作で蓋を開けられるようにすればというのと合わせて、何人かが身を乗り出した。鉄球落下装置については実現可能かが話題になったが、跳ね橋の巻上げと同じだろうと落ち着いている。それが布津の考えていた速度と同等かは別問題だが、まったく出来ないことではない。
 ただし鉄球など大量に入れたら重量で速度が落ちそうだとか、そもそも機体の内部に操縦者が入るのでは現在の騎乗技術も腕に幾らか関係する操縦方法とひどく異なると、今度はゴーレムニストや鎧騎士から意見が多数出た。
「前方確認が難しそうだと思うんだが」
「今のグライダーだって何とかなっているのに、風除けは必要か?」
「もっと速度が上がったら必要になるわよ。まあそれは眼鏡の変形でなんとか出来るかもしれないけど」
 布津が一言言うと、他の者が畳み掛けてきて、それにエリカが口を挟み、別の誰かが言葉を被せてくる。説明用に広げた図面はなぜか取り合いになり、布津の説明はなかなか進まない。
 大人しく聞けないのかと冴子が啖呵を切りそうになったが、全員にとって幸いなことに、飛行機の絵を眺めていたゴーレムニストの疑問で、皆押し黙ってしまった。
「この形の機体だと、今のグライダー操縦桿で動くのか? それとも制御胞が必要なのか?」
 尋ねられた布津も、そこまでは考えていない。というか、制御胞が飛行機の機体に載せられるとは思ってもみなかったというのが正しかった。仮に制御胞に出来れば、外部視認は出来るはずだが、人型ゴーレムの『目』に入る情報を写している制御胞の造りが、違う形の機体に入っても稼動するかなど、誰も知らない。
 大きさと形も合わないしと、返答に窮した布津が視線を泳がせると、真剣に悩んでいる様子の冴子と、卓を指先で叩いているエリカが見えた。他の人々は頭をひねっているが、これまた本物の飛行機を知らない人々には今ひとつ想像もしにくいらしい。妙案は出てこない。
 しばらくして、
「今のグライターの操縦席周りに囲いがついたと思えば‥‥制御胞はいらないか?」
 実際は大分違うけど、アトランティス人だとそういう思考になるのかなと布津が思う考えを、最初に疑問提起したゴーレムニストが搾り出した。皆もその設計は苦しそうだと思うのか、かなり悩ましい顔をしているが‥‥まあ、理解はしたらしい。納得したかどうかは別。
「この形で重心移動がちゃんと出来る機体が出来るかが問題なら、やっぱりバランスと板金技術だから‥‥まずは金属鍛冶の皆さんに協力してもらわないと駄目かな」
 素材の優劣が出来栄えの大半を左右しそうな状況で、布津は出席していた鍛冶師達に頭を下げている。求められる具体的なものが分からない鍛冶師達は難しい顔付きだが、相談に乗ることに文句はない。よくよく相談して、それから改善点を見出していかねばならないだろう。冴子の場合には、人型以外のゴーレム機器も含めて、どう幅広く活用していくかの検討だ。
 二人とも、それで残り期間は忙殺されると考えていたのだが、時期は年越しの日を含んでいて‥‥相談相手が皆、自宅に帰ったり、仲間同士で街に繰り出したりしてしまった。
「行くあてがなければ、遊びに連れてってあげなくもないけどぉ」
 非常に恩着せがましいことを言うエリカに二人が同行しなかったのは、きっとそれぞれに一緒に過ごす相手のあてがあったからだろう。
 計画については、また近日に検討となっている。