仮結婚式〜秘密の宴会

■イベントシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:34人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月21日〜01月21日

リプレイ公開日:2010年02月03日

●オープニング

 ある日、冒険者ギルドに張り出された依頼には、珍しいことが書いてあった。
「仮結婚式って何?」
「貴族間の結婚でたまにあるんですよ。特に政略結婚で。片方が子供だとか、他国から花嫁を迎えるとか、そんな時に代理人同士で先に結婚の誓約だけを済ませるような儀礼が」
 新郎新婦が揃って教会で結婚するのがジーザス教白派を国教とするノルマン王国での基本だが、貴族間では何かとややこしい。それこそ片方が赤ん坊だったりする場合に、貴族間で通じる特殊な儀礼で結婚式を行って、正式に夫婦だと認めてもらうことがたまにあるのだ。
 例えば代理人、新郎新婦の親だったり、後見人などが双方で契約書に署名したり、新婦の床に代理人が特定の品物を差し入れたりすると結婚成立としたりするようなもの。多くは世が安定しない時、政略結婚が同盟関係の条件だったり、花嫁が人質を兼ねていたり、持参金品の所有権を速やかに動かしたりする際に行われていた。
 稀に新郎が遠方の新婦を実家に迎えに行き、正式な婚礼は新郎側の実家で執り行なうが、祝いの席を設ける為に行う場合もある。あと、駆け落ちした二人がこっそり駆け込んだ教会で執り行なってもらうことも前例はなくもない。
 いずれにしても、きちんと教会の許可を得て行えば、その二人は神の前に死が二人を分かつまで共にあることを誓った夫婦となるのである。
 そんなことを、冒険者ギルドに依頼してきた人物の名前はヨシュアスと記されていた。
 もちろん、先日は雪合戦など主催した貴族と同一人物である。

 この依頼書の張り出しが行われた頃。
 冒険者ギルドマスターの執務室には、当の自称ヨシュアスがいた。
「二月十四日に婚約披露で、前後して近隣友好国にその知らせと結婚式の招待を送る。その返事を待つのもあるし、色々しきたりもうるさいし、慶事だから華やかな準備も必要で、式そのものは早くて八月。今のところは収穫祭の頃が適当だろうという話になっているよ」
 ちゃんと親族としての席を設けるから、結婚式前後は予定を空けておいておくれとねだる青年を前に、ギルドマスターのフロランスは浮かない顔だ。
「そこまで決まっていて、なんで仮結婚式ですか」
「今更のように文句を言うのが出て来たから、黙らせようと思って。それに城に入る時に、元聖職者よりは内々でも国王の妻の方が周りの対応も違うだろうしね」
「それだけですか?」
 フロランスにじろりと睨まれても、にこやかな笑顔を崩さない神経の持ち主は、他にも幾つか理由を挙げたが‥‥
「一年前だったら、クラリッサと結婚したかもしれないな。彼女でも仲良く出来たと思うよ。フロリゼルかエカテリーナが相手だと、国政に心配のない生活が出来たろうね。代わりに早死にしそうだけど」
 聞きようによっては非常に危険な言葉だったが、そもそもが長生きできないと言われていた青年だ。仮結婚式だって、形式を整えるより前に跡継ぎ問題の解消を考えて実行する事だってありえないわけではない。
 だが、そのあたりは少しばかり違うようで。
「先を任せる相手が出来て、生きる意欲が磨り減るよりは、守る相手がいたら命根性汚く長生き出来そうですか」
 フロランスがかなり危ういところに突っ込んだが、青年はどう説明しようかと考え込んでいる。時折漏らす言葉の断片を聞いていたフロランスが、やってられないとばかりに頭を振ったのは、しばらくしてからのことだ。
「もういいわ。要するに惚れた弱みね」
「あっはっはっはっはっ」
「国事になれば、冒険者は出入りも出来ないことだし、わざわざ場を設けてくれてありがとう」
「‥‥国政を優先すると、跡継ぎ問題が解消したら用なしかと、そんな不安はあったんだ。それを汲んで、今まで待ってくれた皆には感謝しているよ。貴女にもね」
 それならもう少し穏便にことは運べないのかとか、なにやらしばらく執務室は騒がしかったのだが、それは依頼とは関係のない事のようだった。

●今回の参加者

ミフティア・カレンズ(ea0214)/ リーディア・カンツォーネ(ea1225)/ リル・リル(ea1585)/ ウリエル・セグンド(ea1662)/ ガブリエル・プリメーラ(ea1671)/ クリス・ラインハルト(ea2004)/ ロックハート・トキワ(ea2389)/ ユリゼ・ファルアート(ea3502)/ シェアト・レフロージュ(ea3869)/ ラシュディア・バルトン(ea4107)/ リュリス・アルフェイン(ea5640)/ セルミィ・オーウェル(ea7866)/ ジュディ・フローライト(ea9494)/ リリー・ストーム(ea9927)/ フルーレ・フルフラット(eb1182)/ ラスティ・コンバラリア(eb2363)/ 明王院 未楡(eb2404)/ 十野間 空(eb2456)/ カイオン・ボーダフォン(eb2955)/ 明王院 月与(eb3600)/ シルヴィア・クロスロード(eb3671)/ 鳳 令明(eb3759)/ リディエール・アンティロープ(eb5977)/ アーシャ・イクティノス(eb6702)/ リン・シュトラウス(eb7760)/ エメラルド・シルフィユ(eb7983)/ 鳳 双樹(eb8121)/ ジャン・シュヴァリエ(eb8302)/ サクラ・フリューゲル(eb8317)/ セイル・ファースト(eb8642)/ ライラ・マグニフィセント(eb9243)/ エフェリア・シドリ(ec1862)/ 桂木 涼花(ec6207)/ マリー・ル・レーヴ(ec7161

●リプレイ本文

 冒険者酒場シャンゼリゼの、たまにしか開放されない大ホールの扉が開かれたのは久し振りのこと。
「貸切の代金はいただきましたけど、私達にも何かいいことがあるって信じていいのですよね〜?」
 銀のトレイを小脇に挟み、一見可愛らしく首を傾げたウェイトレスのアンリを前に、『大ホールを開けてくれよぅ』と頼みに行った冒険者有志は蒼い顔でこくこくと頷いたという。彼女に逆らったら、大ホール開放の前に銀のトレイが歴戦の冒険者でも避けられない速度で飛んでくるのは周知の事実だ。
 誰が貸切代金払ったのかは聞きそびれたが、まずはシャンゼリゼの皆様に差し入れるものを取り寄せるのが先である。

 そうして、大ホールがこっそりと開放された日。
 その前に行われた仮結婚式で立会人を務めたセイル・ファースト(eb8642)が、控え室に用意されていた部屋の前に佇んでいた。どうして廊下かといえば、室内は現在女性の領域だからだ。妻のリリー・ファースト(ea9927)を筆頭に、フルーレ・フルフラット(eb1182)とシルヴィア・クロスロード(eb3671)が、本日の主役のリーディア・カンツォーネ(ea1225)の着替えを手伝っているはず。全然そうは思えないような悲鳴や笑い声がするのだが、いかにセイルとて声を掛けて様子を確かめる勇気はない。
 妻のリリーは身重だし、フルーレは最近どこぞの伯爵夫人になったところだし、シルヴィアはこの直後には主の為に出立すると旅装だったから、訳の分からないことにはなっていないと信じたいが‥‥かなり怪しい。
 一向に開く様子がない扉の前で立ち尽くしていたセイルが思わず居住まいを正したのは、先程の略式礼装を短時間で外出着に変えてきた御仁が寄ってきたからだ。こちらは平然と扉を叩いて、招き入れられるのが当然の態度でいる。実際、すぐに入れてもらえたが。
「色々お祝いをいただいたのですよ〜」
 大分緊張がほぐれたのか、張り切って盛装してきたと思しきフルーレやリリーと並べても遜色ない略式礼装を纏った新婦が、色々なものに囲まれていた。
「天使様の本物の羽をご用意したかったのですが」
 残念そうなのはフルーレだが、天使の羽はその翼を離れると長いこと姿を保っていられないらしい。夫君の厚意で銀細工の羽をあしらった首飾りに、祝福を授けてもらった贈り物を持ってきたのにやや浮かぬ顔だ。この完成を待って所領を飛び出してきたので、仮結婚式に間に合わなかったのが残念でならぬらしい。
 そうかと思えば、どう見てもジャパンの茣蓙に重箱、その横にちんまりとどらごんのぬいぐるみが置かれていたりもする。
「こちらは、女同士でも御夫君のお許しなく差し上げるのはどうかと思いまして」
 どうぞとシルヴィアが差し出した小箱には、聖護の指輪が入っている。他の色々も彼女の贈り物だが、礼儀正しくも悪戯めいた笑みを浮かべて『茣蓙と重箱はお散歩に、ぬいぐるみはいずれお子様に』と説明している。一部気が早いが、新妻が可愛いと喜んでいるので夫君はとやかく言わないことにしたらしい。
 と思ったのだが、もう一つ置かれていた装丁が妙に凝った書籍を見た途端に態度が変わっている。これはいらないと言い出したのでシルヴィアもフルーレも目を丸くしたし、新妻はせっかく貰ったのにと慌てている。セイルもさっぱり理由が分からないが、贈り主のリリーはころころと笑い転げていた。
「陛下がその本をご存知とは思いませんでしたわ。殿方がご入用な本ではございませんでしょうに」
「一足飛びにこんな刺激が強いものは、妻が困惑する。もう少し可愛げのあるものがあったろうに」
「あら、それは存じませんでしたわ」
 何のことかと思っている四人を横目に、リリーと国王の会話も一時停止した。リリーは必死に笑いを堪えているが、国王は憮然とした様子だ。結局取り上げられた書籍の内容が、新妻の心得のあれこれ、主に私室、寝室等でのことを記したものだと知って、示した反応は皆、色々。気まずく思った人達は、見るからにうきうきとした様子で会場の準備が整ったことを知らせに来てくれたジャン・シュヴァリエ(eb8302)に、かなり感謝したかもしれない。
「今日のところは、まだ無礼講でいいんだよな?」
 それはそれは丁寧に、新婦にも迷った挙げ句に敬称付きで祝いの言葉を述べたジャンに言われた当人や周りがちょっと戸惑い気味なのを見て、セイルが酒場での態度に戻って主役の一人に尋ねた。内輪のことだからそれでいいと言われて、当人が一番ほっとしている。
「お姫様って素敵だと思ったんですけど、今日はリーディアさんでいいんですね」
 それはそれで嬉しいなと喜んでいるジャンに、『お妃様だから』とつまらないことを言う者は流石にいなかった。


 本日の主役達が衣装を変えていた頃。常日頃から忙しいシャンゼリゼの厨房は、普段の何倍もの人が入って更に忙しくなっていた。大半は料理も手馴れた様子の者で、慣れない厨房でもてきぱきと働いているが、たまにそうではない者も混じっている。
 例えば魔剣妖刀の類なら幾らでも扱っていそうだが、包丁とはとんと縁がなさそうなリュリス・アルフェイン(ea5640)が、力任せに羽が毟られた鶏を切断しようとしていたりする。頑張れば膂力でぶった切れるかも知れないが、料理したら大変見栄えが悪い肉片になりそうだ。見兼ねたラスティ・コンバラリア(eb2363)が骨の継ぎ目に刃を当ててと、小声で教えている。せっかくいい鶏を仕入れてきても、一人でやらせたらお祝いに席にふさわしい代物にはならなくなりそうなのだ。
 合間にラスティはあれこれ煮たり焼いたり忙しいかまどの端で炙られている鶏の位置を変えている。なんでだか知らないが、リュリスが買い込んだのは全部鶏なのだ。色々揃えればいいのにとは、他人の意見であろうか。
 だがそれは無用の心配で、食材も飲み物も大量に揃っていた。パンはシャンゼリゼの窯だけでは足りなくて、ライラ・マグニフィセント(eb9243)とエフェリア・シドリ(ec1862)がパリ市街のシュクレ堂と、少しばかり離れているがシャンゼリゼとも縁がある恋花の郷に頼んで取り寄せてある。種類も量もたくさんで食べきれるのかと思うほどだが、一部は厨房の奥、店の人々の休憩室に差し入れられているから帳尻はどこかで合うだろう。代金はシャンゼリゼから支払済みで、まだ請求は来ていない。
 更にライラはノルマンの料理を中心に腕を振るっていて、忘れず本職のお菓子もあれこれと。こちらもやはりノルマンのものばかりだ。
 他の地域の料理となると、明王院月与(eb3600)と明王院未楡(eb2404)の母娘がパン、麺などの主食から、作れる限りの料理と甘味を共同作業で生み出している。その中でもっとも目立つように盛り付けられたのは、新婦と縁が深いシャンゼリゼの復興支援メニューだ。他にも様々な記念日に関係する料理が、所狭しと並べられていく。
 未楡も月与もライラも、他にも何人もが式の準備も含めて不眠不休もどのくらいかと思うような働き振りだが、この頃には目がぱっちりと開いている。肌には疲れが滲んでいるのだが、明らかに興奮が極まって眠いとかいったことは自覚の外だ。たまに『こんなに食べれないな』と思われるような量の料理が出来上がったりしているが、そういう時はアンリがちゃっかり抱えていく。
 それにしたって、当然厨房の作業台には乗り切らなくなってきたわけで、
「そろそろ運んでも大丈夫〜? まだだったら味見していい〜?」
 大ホールに向けて様子を尋ねていると思われたミフティア・カレンズ(ea0214)は、後半は厨房の人達に訊いていた。まだまだ予定はないが、自分の結婚式にもこんなご馳走と大きなケーキがあったら素敵なんて想像してうっとりしていたが、一応仕事は心得ているわけで、会場の飾り付けが終わっているなら温め直す必要がない料理から運んでいく積もりだ。
 でも、ちょっとくらいは味見してもいいのではないかと思わなくもない。一言の断りもなく、すでに味見に突撃しているウリエル・セグンド(ea1662)を見付けて、迷わずミフティアも真似をした。
「大ホールの準備はもう大丈夫で‥‥何をしているんです?」
 卓上のしつらえから、飾る花の手配、教会から持ち込まれた様々な飾りに付けられた香りに料理の匂いが入ることを考慮して、生花と造花の位置を変えたりしていた鳳双樹(eb8121)が、ようやく一区切りといった様子で先程のミフティアの問い掛けに答えて厨房にやってきた。味見という名のつまみ食い真っ最中の二人を見て、あらまあと呆れ顔だが‥‥ウリエルは何事もなかったように配膳を開始し始めた。
「よっしゃ〜、宴会だ。こっちも手を休めて、大ホールに移動してくれよ」
 普段と違う地味だがぱりっとした服装で、ラシュディア・バルトン(ea4107)が声を張り上げた。本職のアンリ達も当然協力してくれるが、通常業務もある。大ホールの給仕と配膳は参加者有志が携わることになっていた。特に取り決めたわけではなく、それが良かろうとなんとなく決まったのだ。内輪のお祝いだから、本職を揃えなくても良かろうという考えもある。
 だから作法は気にせずともよいようだとマリー・ル・レーヴ(ec7161)やジュディ・フローライト(ea9494)もせっせと料理を運んでいた。大ホールでは本日限りの即席楽団が、料理と飲み物と、なにより主役がやってくるのを心待ちに、お祝いしようと手ぐすね引いて待ち構えているのだ。
 祝宴は、乾杯から始まるのが筋というもの。


 乾杯の音頭取りは、参加者の大半の希望でブランシュ騎士団の赤様にとなっていたのだが、直前で緑様に変更になった。当人もちゃんと努める気でいたのに、今まで散々やきもきさせられた反動か、実は意外と感動しやすい質なのか、感極まって言葉が出ないところを緑様に乗っ取られたのだ。
『物好きにも程がある聖女様と、やきもち妬きの王様の、新たな門出に乾杯』
 心の中で悲鳴を上げた者がいたかもしれないが、皆思い当たるところがないわけではなく、笑い飛ばして乾杯することを選んだのだった。


 乾杯というからには、杯は干して当然。本日は非常によい酒と料理と飲んで騒いで祝う理由が揃っている。それでも女性陣の大半は、まずは主役のお祝いに駆けつけ、華やかに笑いさざめく声が響いていた。
 おかげで祝いの一言を掛けに行くのも憚られ、ロックハート・トキワ(ea2389)はまずは飲み食いすることを優先した。流石にこういう時に、女性の輪に入り込むのは気が引けるというか、腰が引けるというか、申し訳ない気がする。
 ロックハートに似たような様子で座ったり、立ったままで歓談している男性陣に料理を勧めたりしていた桂木涼花(ec6207)は、ホールの端で賑やかな輪を眺めている赤様を見付けて挨拶に近付いた。種族は違えど、息子か親族が結婚したような気分であろうと思ったから、お祝いの一言はあってもよいだろう。
「お疲れ様でございました。あちらに加わられなくてもよろしいので?」
 なんでしたらご一緒しますよと、ほぼ全員が女性の輪を示すと、今日はもう良いと首を振られた。
「教会には葬儀の印象ばかりが強くて、自分も結婚より葬儀で縁があるのだろうなどと嘯いていた方が、自ら大司教に談判に行くと言い出して、礼拝堂でああ笑えるとは予想もしなかった。‥‥と、これは内密にな」
 思わず心情を吐露してしまったらしい『じいじい』が、なにやら国王の心中にわだかまっていた事柄を零して、涼花と部屋の隅に静かに座っていた二人に口止めをした。生まれてすぐから幼少時を戦乱の旗印として過ごした、不治の病があると言われる人が、教会は常に葬儀をしているところと感じるに到った詳細は分からずとも、いずれもが深く頷いている。
「騎士たる者、死ぬまでその責は降ろせぬ。領地に対する責は外れても、人に仇なす存在を滅するのも義務の内。私は国王と王国への義務を果たすが、そなたらは別の義務を果たせ。‥‥そなたもどこか仕官したければ、実力を確かめる場を設けるぞ」
 なぜだか二人には顔を向けない赤様の様子を不思議には思ったが、涼花は四方山話がしたいらしい赤様の相手を始めた。二人が次は緑様に縁談をなどと笑いあっている間に、十野間空(eb2456)が想い人のアストレイアと場を後にしていたと気付いたのは、大分経ってからだ。
 ひとしきりお祝いの言葉を掛けた面々が、更なるお祝い気分を盛り上げようと用意を始めたのと同じ頃。


 即席楽団祝い隊は総人数が判然としない集まりになっていたが、その一角では楽器にしては不可思議な音がしていた。それもそのはず、アーシャ・イクティノス(eb6702)が手にしているのは楽器ではなく彫刻刀。贈り物に加えてもらおうと、幸せそうな二人の姿を象っている最中だった。いや、予定ではすでにほとんど完成しているはずだったのだが、
「ど、どこを写せばいいのか、選べません‥‥っ」
 アーシャがあちこち木材を削りつつ、どうにもこうにも迷っているのは、まさにこの点。友人と抱き合って乱れた新婦の髪を新郎が手櫛で直してやっているところか、何の内緒話か背伸びした新婦が屈んだ新郎の耳元に囁いているところか、この後あるはずのダンスの様子か、それとも‥‥
 迷いに迷っている人はさておき、大ホールには簡易の舞台が出来ていた。最初はガブリエル・プリメーラ(ea1671)などが吟遊詩人ギルドからも人を呼ぶつもりでいたが、『正式発表はまだよ』と冒険者ギルドマスターに釘を刺されて、ギルド職員とシャンゼリゼ店員、冒険者の有志で組み上げた舞台である。だから本当に内輪だけの宴会になっている。
「リーディアどにょとヨッシ〜にょ結婚をお祝いするにょ〜♪」
 おかげで自称の名前は使わなくてもいいはずだが、司会の座を最初に奪い取った鳳令明(eb3759)はそんな風に叫んでいる。『第一声は自分が』と思っていたかどうかは分からないが、きっと気の利いた言葉を用意していただろうリル・リル(ea1585)とクリス・ラインハルト(ea2004)がちょっぴり悔しそうだ。
 だがしかし。
「さあ、いつだか知らないけれど本番まで祝い倒す気持ちで歌いましょうか」
 ユリゼ・ファルアート(ea3502)の掛け声で、一気に何種類もの楽器が音を奏で出した。なにしろ即席の楽団で、即興というよりは嬉しさの余りに動き出したものだから、音が見事にばらばら。互いに目と目で語り合い、しばし後にパリの祝い事の席によく歌われる歌曲から始まった。
 この時に、数名が大ホールから出るのに気付いた令明が、そちらに飛んでいこうとして‥‥新婦の自称養父殿に捕まった。この盛り上がる時に行かせてやれとは納得いかないが、まあ、そのうち戻ってくるかと歌の輪に。
 そんなことをしている間に、司会の座はクリスとリルが乗っ取って、次々と皆が歌いやすいように声を掛けて回っている。
「踊れる曲は後程ですよ、後程っ。後で踊ってもらわなきゃいけませんからね!」
「一芸も途中で入れるから、着替える人は今のうちよ〜♪」
 相変わらず細かい相談などないが、大体の流れが決まれば途惑う者はあまりいない。誰かが奏でた曲を知っている者は皆して声と音を合わせるし、お祝いの席を盛り上げるにいい曲の流れは承知しているからだ。
 たまに、
「歌は自信がないから舞いの一つもと思ったが、いつなら良いのだろう?」
 あんまり慣れていないエメラルド・シルフィユ(eb7983)が、近くにいたガブリエルに囁いて、そういうのはいつでも平気と舞台に押し上げられたりしているが、それとても賑わいのうちだ。舞が加われば、サクラ・フリューゲル(eb8317)の連れて来た精霊、妖精も飛び出してきた。
「お祝いの人数が多いのはいいですよね」
 人じゃないけどと呟いたサクラの連れて来た精霊は他にもいて、滅多に見ないアルテイラの姿に、吟遊詩人に限らず興奮がいや増してくる。祝う気持ちと同時に、自分の嬉しい気持ちを表現するのにも忙しいようだ。
「リュートでも笛でも三味線でもなんでも来いだー☆」
 実際にそれらの楽器を抱えているカイオン・ボーダフォン(eb2955)が勢いよく宣言して、周りから『じゃあ、これも』『あれも』『いっそ全部一度に』などと多様な楽器を押し付けられていた。それをまた、ほとんどを器用にこなして小曲を幾つか奏でて喝采されたが、一番はやはり得意の三味線をかき鳴らす弾き語り。
「他の皆さんが守ってくれたから、どこに行っても怖くはなかったのです。でも‥‥皆さんに行けって言わなきゃいけないのは、きっと‥‥」
「それは私の義務だからね。貴女に肩代わりさせようとは思わないよ。誰かに代わって欲しいと考えるのは、もう止めた」
 会話に耳を立てることはしないが、なにやらしんみりしている夫婦の様子に、シェアト・レフロージュ(ea3869)がまったく違う明るい弾んだ曲を奏で始めた。カイオンもすんなりと音を譲り渡して、そちらに同調する。今まで演奏には加わっていなかったユリゼも、一大決心でもしたような面持ちで横笛を取り出していた。
 即興で合わせた歌と曲とが数曲続いて、段々と緩やかな音の流れになってきて、ノルマンでなら誰でも知っているだろう踊りの曲になった。宮廷舞踊ではなく庶民の踊りだから、もしかしたらブランシュの二人は知らないかもと心配する向きもあったが、年の功だかよく知っているらしい。
 だが主役達が動く気配がないものだから、誰も踊りだすことなく‥‥最初に出てきたのは男の子と女の子の水で出来た人形だ。リディエール・アンティロープ(eb5977)が精霊に頼んで、うまい具合に踊らせている。女の子が花嫁衣裳っぽいのはご愛嬌だろう。リディエールはそ知らぬ振りで歌に加わっている。
『リーディア、一緒に踊ろう』
 呼ばれた当人がきょろきょろと周りを見回したのは、隣から掛けられた声ではなかったから。他の人々の陰に隠れて、セルミィ・オーウェル(ea7866)がバクバクいっている胸を押さえているのだが、彼女の声真似だ。一芸ならこういうのが出来ると先に言っていたのを思い出した数名に、『絶対怒られないから言うのよ』とやらされたのである。つまみ出されたらどうしようとか、ちょっとばかり心配だが‥‥
 苦笑一つで収めてくれた新郎が、新婦の手を引いて出てきたくれた。安心して、竪琴をかき鳴らす。
「こうでなくては、ジャパンから駆けつけた甲斐がないというものです」
 リン・シュトラウス(eb7760)が呟いたように、主役は真ん中で幸せそうにしていてくれなくては、周りも幸せな気分にはなれないのである。
 ぱらぱらと踊りの輪に加わる人達が出て、大ホールの賑やかさはいや増している。


 大半の人が歌い奏で、または踊っている中で、静かに座っている妻の横でセイルは竪琴を抱えていた。彼がしばらく休憩しても良さそうなくらいに、皆は興が乗っている。身重の妻が、この熱っぽさに当てられていないかと心配だったが、そんなことはないようで。
「リーディア、踊りは大丈夫かしら。色々憶えないといけないわね」
「‥‥その前に、自分の心配をしてくれ」
 どうしても友人のことが気になっているリリーに、セイルは安心していいのか、心配するべきかと迷っている。
 続いて、着替えて出てきた友人達には、はっきりと『待て』と思ったのだが。
 こちらも休憩で適当な卓に着いた新郎は、下を向いて笑っていた。
『ロックハート、行っきま〜す☆』
『まじかるらしゅも一緒で〜す』
「待てっ、俺はそんな声は出ない!」
「私も、パリキュアさん、なのです」
 誰かが面白がって化粧を施したのだと思いたいが、本人達が自分でやった可能性も否定しきれないロックハートとラシュディアが、踊り子の衣装やらパリキュアスーツで踊っている。やたらと可愛い声付き。正確にはロックハートは身軽さを活かして飛んで跳ねて回り、なおかつまったく音がしないという高等技術を無駄に披露。ラシュディアはその動きに翻弄されてじたばたしているだけだが、なにしろ服装があれ。
 唯一普通に衣装が似合うエフェリアは、新郎新婦に何か渡しているところ。新郎は笑いすぎてあまり言葉が出ないようだが、一言二言でエフェリアは満足したらしい。彼女をよく知っていればまた絵を描いたのだろうと分かるし、貰った二人の様子から出来栄えも上々と予想できる。後で見せてもらえるかは‥‥独占欲の強い新郎次第か。今なら簡単に見せてもらえるかもしれないが。
 この様子を見ていたマリーが、ぽんと手を打った。
「皆様で祝福の言葉を書きとめて、お二人に贈呈したらいかがかしら」
 庶民ではそもそも書いてもらっても読めない、書けないといった話になるところだが、冒険者や貴族であれば話は別。ちょうど皆も踊り疲れてきたところで、疲れ知らずの精霊達に賑やかしを任せて、何か書こうとか、絵を見たいとかとざわめきだした。
 なにしろお祝いの言葉は幾ら言っても尽きないのだが、言われるほうは二人だけでそれはもう大変なのである。ばっちりと印象深い言葉を書いて、後々まで思い出してもらいたいものである。
「筆記用具持ってるよ〜」
 クリスが持ち出してきたのをはじめ、エフェリアと言いだしっぺのマリーが必要なものを持ってくる。ついでにあちこちからブタさんペーハーウェイトが出てきて、皆が順番に書くことになった。多くは書くことに迷って、月並みではない言葉を探しているが。なんとはなしに一番手になってしまったジャンも、ペンを片手に天井を睨んでいる。
「お茶とお菓子はいかがかな、ご両人」
「この間のお茶会の時のものも持ってきましたよ〜」
 精霊達と一部のペットは変わらず浮かれ騒いでいるが、音楽も歓談を妨げない程度になって、しばらくはお茶やお酒の時間になりそうだ。
 ライラとユリゼが幾種類ものお茶の葉を用意して、もちろん摘めるお菓子も軽食もいっぱいで、まずは主役の二人に好みを訊いている。それからブランシュの二人に回る。
 それ以外の人々にも、未楡と月与がやはり色々なものを用意してくれた。流石に本日はシャンゼリゼといえども古ワインだけはないのだが。誰かが欲しいと言っても、アンリが許してくれないだろう。もしかすると、上等の貴腐ワインと交換してくれるかもしれないが、それはそれで勿体無さ過ぎる。
 その間にも、なかなか皆の祝いの言葉は書き溜まらず。
「語彙が少ないのが悔やまれます」
 リディエールがそう呟いて、同様に困っているエメラルドが頷いているが、実際のところは少し違う。祝う気持ちも言葉も溢れるほどにはあるけれど、どう言えば、書けばいいのかまとめられないのだ。結局二人とも、書いた言葉は一行だけ。おめでとうの言葉にこもった思いが伝わるようにと願いつつ、名前を記している。
 それで段々と気負いが薄れて、今度はぱらぱらとペンを取る人が増えて、短いけれど万感籠もった言葉が綴られていく。
「恋した人が王様で、紆余曲折の後に結ばれたなんて‥‥本当に物語みたいで、将来子どもに語っても信じてもらえないかも」
「そういえば馴れ初めをうかがっていませんね」
 多分一人は確実に『いらぬことを言ってくれた』と思っていただろうが、なにしろ周りには吟遊詩人はじめ、主役達のことならなんでも肴にしたい人々が集まっている。フルーレとシルヴィアの思い付きも大反響で、『聞きたい』の声の大合唱だったがそ知らぬ振りが一人と、そんな話題に不慣れなのが一人。
 見るに見兼ねたか、カイオンがそうした辺りのことを含めたのだろう可愛らしくて勇気のある女の子の歌を紡いで、馴れ初めやあれこれを知る人々は懐かしさに浸っている。歌っている当人が、もう歌うことはないだろうなと思っているなどとは知らずに。
 この場にいる人々も自分の言葉と調べで、この日のことを歌い継いでいくのだろうが、それは巡っていくうちに少しずつ形を変える。それが嫌な訳ではないけれど、変えたくない気持ちもある。
 それを聞いて感極まった様子のジュディが、ぽたぽた涙を落としながら新婦に何事か話しかけていた。それを傍らで見ていたラスティに、二人まとめて抱きしめられていたが、これは何度も繰り返されてきた光景だ。その度に相手が違うのが、祝う人の多さを示しているのだろう。
 一緒になって祝っているうちに涙まで伝染した令明が、これまた一緒に抱きついているが‥‥ひょいと引き剥がされている。じたばた抵抗しているが、今回引き剥がしたのは涼花だった。新郎だと摘んでぽいだからかも知れない。
「周りの皆様がご心労で倒れたりなさらぬ程度のお散歩であれば、いつでもお付き添いいたしますので」
 その際にはぜひお声掛かりをと微笑みかけた涼花に、周りが自分も一緒に散歩すると賑やかになった。
 クリスが様子を伺ったらやっぱり聞こえていたらしいブランシュの二人が苦笑というには困った様子の強い表情だったので、とっときの一発芸『グリフォンの鳴き真似』を実行。なんでグリフォンと、皆が首を巡らせたところでまた音楽を。幾ら嬉し涙でも、やっぱり湿っぽいのは似合わない。
 妖精もつれて、アンクレットベルの音も軽やかに踊りだしたミフティアが新婦の手を取って、踊りを促し、ついでにお祝いのキスを頬に贈ろうとしたら、
「お祝いなのに〜っ」
「ついうっかり」
 新婦の頬に手を置いた新郎の台詞に、この時ばかりは鋭い突込みがあちらこちらからあがったが‥‥新婦の自称養父殿が一番ろくでもないことを言った。でも無礼講だから、きっと不問だろう。そうでないと、色々大変なことになりそうだ。
 ともかくも、一休みもしたことだし、まだお祝いの言葉をどう書くか悩んでいる人もいるけれど、
「お祝いの歌を、これから作るの〜♪」
 リルが宣言して、サクラと交互に歌いだした。時々言葉に詰まっても、それはそれ。時には他の人から合いの手が入り、段々と広がって、立って、座ってしている人々が順々に演奏や歌を繋いでいく。
 もう隊長なんて呼ばなくてもいいように、ずっと平和が続くように。
 皆が楽しい気持ちで、祝えるように。
 リルとサクラの後に、皆が続く。歌が不得手でも、とにかく言葉を挟んだり、手拍子を打ったり。
 またこっそりと、一緒に遊びたい。
 こんなに賑やかにお祝いできるのが嬉しい。
 かしこまっては言えないことを今のうちに。
 もっと華やかな式では、こんな近くにいられないからこのときを大事に。
 あれもこれもと出てくる言葉に、アーシャとセルミィが新婦の近くで旋律を添える。少しするとその人も変わって、双樹の精霊達の魔法に華やいだ場に、あれこれの精霊、妖精が加わってくる。
 忘れないで、忘れないから、小さな小さな小さな灯り。
 この地に灯した 君の灯り。
 幸せ願う心 祝う歌。
 束ねて貴女の手に花束を。
 リンとシェアトで一巡りした歌は、せっかく涙を振り払ったはずなのに新婦を思い切り泣かせていた。今までだったら、皆が寄り添うところだが、彼女の傍らには一番にその役を果たすべき人がいるから‥‥
 どれだけ一緒に嬉し涙を流したくても、皆は笑って歌って踊り、飲んで食べて、また祝うのだ。


 このまま夜明けまで歌い踊る時間が続くのではないかと思わせる大ホールの片隅で、のんびりと皆が踊る様子を眺めていたウリエルは、隣に当然のように座ったガブリエルへと果汁を差し出した。彼と彼女が並んで座って、ふと重なった手を握り合っても誰も咎めないのは、こうした場所でだけ。
 でも目の前の幸せな花嫁を見ても素直に祝福できるくらいに幸せを感じているのは間違いがない。いつかどこかに旅に行っても、帰ってくるのはこの花の都だろう。
「今思ったんですけど、私はウィルって呼んでいるのに、普通に名前で呼ばれるのってちょっと寂しいです」
「じゃあ‥‥リディかな?」
「それ以外がいいです」
「‥‥‥‥考えるから」
 次に会う時に、この二人が一体どんな名前で自分達の前に現れるのか、それを楽しみにするのも悪くはないだろう。