ゴーレム工房〜実験進行

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:6 G 64 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月17日〜02月01日

リプレイ公開日:2010年01月26日

●オープニング

 ウィルのゴーレム工房の一室で、任官式が行われていた。
「出世したーっ!」
 握り拳を天に掲げて喜んでいるのは、元雑用係のソージーだ。風信器開発室の雑用係に雇われて二年と半年。合間に勉強を重ねて読み書きを憶え、複雑な計算も出来るようになり、この日めでたく文官見習いになったのである。更に見習いが外れれば、工房以外の国の施設で働くことも夢ではない。
 ただし彼の場合には、専門性が高い仕事になったことで上がる給金の方が問題で、
「この給金なら、後半年で借金が完済だ」
 駄目な親が遺した借金を返すのに大変だった生活からの脱出に目処が付いて、職場だと言うのにあからさまに一安心している。さっそく上司に頭を叩かれた。
「ほら、仕事だ。これの調整して、書類を作って来い」
 本来は各部署の調整は先輩の仕事だが、ソージーは工房での下積み生活があるので、一緒に任官された人々より使えると思われたのだろう。一つ余計な仕事を付けられながらも、彼の文官生活が始まった。
「ええとトレーシー開発室の模型の魔法付与が済んで、実験場所の使用申請か。あと木製模型の換装実験って、こっちはこれから魔法付与で魔法陣の使用申請が先と。この魔法陣作成用の塗料って、普通のでいいのか?」
 しばらくして、どうにも魔法陣用の塗料の種類がわからなかったソージーが、古巣の風信器開発室に飛び込んでいく姿が目撃されたのだった。

●今回の参加者

 ea0144 カルナック・イクス(37歳・♂・ゴーレムニスト・人間・ノルマン王国)
 ec1984 ラマーデ・エムイ(27歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)
 ec4600 ギエーリ・タンデ(31歳・♂・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)
 ec5004 ミーティア・サラト(29歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

 トレーシー開発室が進めている鉄製フロートシップの船体製作は、困ったことに少しばかり遅れていた。国事優先なので致し方ないし、状況を見れば予定より十日程度という状況を考慮したらまだましな遅れではあるのだが。
「うーん、困ったわねぇ」
 ゴーレムニストと金属鍛冶師を兼任するミーティア・サラト(ec5004)が眉を顰めるのは、進行のことばかりではない。やる気十分のラマーデ・エムイ(ec1984)やギエーリ・タンデ(ec4600)からしたら、十日の遅れも大事件だが、彼女が考慮しているのはもっと未来のことだ。
 鉄製の船を水ではなく空に浮かべるのだから、右舷と左舷で鉄板の厚みが違って傾くなんてことはあってはならない。ただし素体段階でも十メートルを越える船体だ。各部分の鋳型を作るのにも大騒ぎしたが、厚みが合わないと作り直し。これが誰がやっても同じように成功したり失敗するかといえばそんなことはなく、やはり腕がいい鍛冶師の方が綺麗に仕上がる。この辺りは溶けた鉄の扱いへの慣れが響くものらしい。
 将来的に鉄製フロートシップを量産するのなら、鍛冶師の腕前の優劣で出来上がりに差が出ることなどあってはならないのだが‥‥試作機はそこからすでに検討課題となるようだ。今まで誰も作ったことがないものを作るのなら、当然熟練者が先頭に立つのは仕方のないことでもあるし。
 この難問解決には、まず一隻組み上げる過程を経て、いつどういう技術が必要なのかを漏れなく確かめることが必要そうだ。何かやって、出来上がりが間違いないのか確かめて次に進む現状では、手法を整理するにも手間が掛かる。
 後は多忙を極めている鍛冶工房の人々が、無理をし過ぎないように注意を促したいところだが、これは鍛冶工房ではかなり後輩のミーティアが言うのも角が立つ。という訳で、多分カルナック・イクス(ea0144)の出番になるだろう。
 ちなみにそのカルナックは、仕事の合間に相変わらず料理の腕を振るっていた。人は食べ物に釣られやすいのか、カルナックが休養を勧めれば結構聞いてくれるのだ。当人がそこまで自覚しているかは別として、あちこちへの食事の差し入れは顔繋ぎにはいいらしい。
 そうして工房内での好感触を得たカルナックは、この日はお得意様の風信器開発室で食事を作りつつ、ナージにあることを相談していた。これが開発話とはまったく違い、工房内に食堂を作りたいというもの。もちろんナージは大賛成だが、
「そんなことしたら、本格的に工房内に住むのが出るから止めておけ」
 まったく外部と接触しなくなったら、それはゴーレム機器を作る者として問題だとユージスは反対している。そう言っている彼からして、家にあまり帰らないナージに付き合って月の半分は工房に住んでいるのだが。
「でも今回みたいな時は、食うや食わずはよくないと思うんだよなぁ」
「じゃあねぇ、オーブル様にぃ訊いてきてあげるぅわぁ」
 まったく料理はしないナージが、出来上がった料理を入れた籠を抱えて、ちょろちょろと出掛けていった。工房長に訊いたら、『ゴーレムニストはその仕事をしろ』と返されるだろうとは、残された方は分かるのだが‥‥カルナックの希望は噂になって、そろそろと広まっているようだ。

 さて、トレーシー開発室だが。
「スコット号の素体出来てない〜。バージルジュニアの素体の魔法付与はゴーレム生成が済んだ。スコットジュニアの実験は明日〜」
 石板に書き付けてあった本日の予定の内、ラマーデが済んだものに横線を引いて消している。スコット号の素体については、フロートシップやゴーレムの久し振りの多数出陣があったから、予定表をこれから書き換えなくてはならなかった。
 それが済んだら、模型から導き出されるスコット号の自重を計算して、スコットジュニアの実験で輸送量限界が計測出来るはずと意気込んでいる。ただし模型は一体型で成型して、スコット号は船体主要部分と浮遊機関など各部分ごとに成型したものに別々にゴーレム生成を掛けるので、自重の計算がずれるかもしれないことにも気付いて、いささか表情が引き攣っているのだが。こういう時には知恵を寄せ集めるのが一番だが、あいにくとフオロからの依頼で人手が駆り出されて、工房全体が人手不足だ。トレーシー開発室も例外ではない。
「状況が落ち着けば、皆さん戻っていらっしゃるでしょうし、その時に恥ずかしくない働き振りでなくてはいけませんな」
 黙って仕事は出来ないギエーリがあれやこれやと言いながら、まずはスコット号の魔法付与計画を計算し直している。幸いにしてトレーシー計画室のゴーレムニストの使える魔法だけで足りるから、実際に付与して浸透期間がずれても何とかなるのが幸い。他の仕事とかち合わないように、ある程度余裕を持たせておかねばならないが、今からなら十分に融通は利かせられるだろう。
 本当はソージーの任官祝いに詩の一篇も作ってあげたかったのだが、当人から丁重に辞退されたのでまたの機会に。まあ暇もないので、詩作に励むことも出来ない。
 なんにしても、魔法付与の予測日が書き換えられた石板が壁に掲げられた。バージルジュニアの魔法付与は変更がないので、しばらくは変わらず忙しいことだろう。

 忙しい事の第一弾は、スコットジュニアの実験だった。
「跨って操縦した時点で、グライダーみたいだな」
 埒もないことだけどとカルナックが零したように、見た目は大変おかしな形のグライダーのような様子である。ついでに実験を担当してくれる鎧騎士はグライダーには乗れるが、フロートシップの操船経験はなかった。ゴーレム機器ならば起動は可能、浮かせることも出来るだろうが、全速力がどのくらい出るのかを試すのは自信なさげだ。グライダーと違って人が乗るように出来ていないものに無理やり跨っているので、ある程度は仕方がない。
「あら、これだととてもじゃないけど強度実験は厳しいわね」
 ミーティアは可能なら起動状態で防御力制御の効果を見てみたかったようだが、それも厳しい。それにスコットジュニアなら魔法も一度で掛かるが、全長二十五メートルの船全体に防御力制御の魔法を付与するのは困難だ。全体ではなく、重要箇所に限定しないと魔力浸透の時間を待つだけで何ヶ月も掛かるかもしれない。
 それでも、ちゃんと船体が浮いた時には見物していた船大工や金属鍛冶師からも歓声が上がった。そろそろとだが動いたときには拍手まで。
「重りを載せたいんだけどいいかしら」
 ラマーデが砂袋を背負ってもらおうとしたら、それは断られた。フロートシップの重心が上にいくことなどありえないから、出来るだけ船体に近い部分に寄せたほうが良かろうと言うのだ。グライダー乗りの経験とスコットジュニアの乗り心地から甲板部分に砂袋を鞍状に盛り上げて、今度はもう少し速度を出してみる。
「グライダーなら半分くらいの速度の感覚だけど、近いくらい出たかな?」
 ひたすら直進することだけに集中した鎧騎士の体感速度が、だいたいグライダーの八割強と言うところで、もう体勢が保てないと判明した。流石に怪我人を出すのも幸先悪いので、後は船体に砂を流しいれて、どのくらいの重さまで浮くかを試すことにする。
「グライダーは小型フロートシップとだいたい同じ速度でしたな。スコットジュニアがグライダーの半分の大きさ‥‥ええと?」
 全速が出せる状況にないのでギエーリの計算も途中でこんがらがってきたが、とりあえずフロートシップとして飛ぶことは分かった。仮にグライダーの八割の速度だとしても、中型フロートシップ程度に速い。きちんと操船すれば、より速度が出せるのではないかとはフロートシップ船員達の意見だ。
 ラマーデは実験で判明したスコットジュニアの搭載量限界から、スコット号の最大搭載重量を計算しようとしていたが、これは船大工に意見された。
「そうじゃなくて、ゴーレムなら何体乗れるって言ってくれたほうが分かりやすいよ。貨物運ぶとしても、船倉をみっちり荷物で埋めるなんてことは出来やしないんだしさ」
 コンテナとか言う箱詰め荷物にしたところで、固定と船倉に出し入れするため人が動く空間が必要で、スコット号はそもそも甲板に貨物搭載は考えられていない。安全航行のためにこれ以上は乗せたらいけない重量が判明していて、それが分かりやすいもので示されれば航行は出来るのだ。
 それに運ぶならある程度価値が高いものか緊急性があるものという目的からすれば、今予想される最大の貨物は人型ゴーレムだろう。みっちりきっちりやりたいラマーデはちゃんと計算で数値を導き出したいのだが、ここで拘っても話が進まないのでまずは分かりやすい方を考えることにしたが‥‥
「この大きさだと、一体しか乗らないわよね」
 計算するほどのこともなく、結果は導き出された。船倉の大きさを考えると、二体は押し込めないのである。一体ならキャペルスも余裕だが、それを越える重量物は滅多にない。作り上げたら、実際にゴーレムを借り出して他の資材と載せた方が実際に運べるものも分かって良さそうだとなった。一応ラマーデの計算では、キャペルス二十体くらい載せてもまったく問題ないと出てはいるのだが。

 スコットジュニアが予定の実験を全てこなしたとは言い難いが、少なくとも鉄製でもきちんと飛ぶのだと証明した。それでトレーシー開発室の面々は、魔法陣を仕上げつつ、次なる実験のバージルジュニアへの魔法付与を開始した。こちらは木製だから魔法浸透時間が短いが、ゴーレム生成から始めているから完成までは結構掛かる。
 それがようやく完了してまたパラの鎧騎士に出向いてもらって、まずは浮くかどうか。引き続いて移動もこなしたが、バージルジュニアの実験はここからだ。
「換装部を外しても飛ぶのか、別の装備に変更してすぐに飛ぶか、飛ばなければ必要な魔法の確認というところですねぇ」
 ギエーリが手順を確かめている間に、こちらは木工細工師達が船体の一部を取り外して、別の設備を付けている。彼らによると船倉内にゴーレムを載せるものと騎馬を乗せるものとを考えて作った部品だ。この違いはカルナックやラマーデでないと、説明してもらわなければ分からないが、早い話が『ものすごく凝った造りだ』となる。
 これが一部を取り替えてすぐに飛べば良かったが、あいにくとそうはならなかった。交換部分を外しただけでも、もう飛ばない。人型ゴーレムの手足・外装が破損した場合の応急処置でも、元の形にしてからゴーレム生成などの付与が必要だ。それを真似てみれば飛ぶが、当然魔法の浸透時間が必要となる。
「そんな緊急時の使用がちょくちょくあるとは思えないけど‥‥鉄製だと時間掛かるのよね〜」
「その前に、全速力で飛ばした場合に不具合がないかを確かめる必要がありますが‥‥どうしたものやら」
 現状ではスコットジュニアもバージルジュニアも全速移動は叶わない。だがバージル号は完成してから実験などと言ったら、作成資金が出ないだろう。はてさてとラマーデとギエーリが悩んでいる横では、各部の留め具合を確かめていたミーティアがなにやら考え込んでいる。カルナックは鎧騎士と乗り心地など話していたが、どうやったところでフロートシップ模型を素体にしては今以上の速度や操縦は出来ないと確認したのみだ。
「いっそ、グライダーで試してみたらどうだ?」
「私もそう思うわ。チャリオットなら作ったことがあるけど、飛ぶほうがいいものね」
 換装可能機体なら木製素体でも試せるなら、フロートシップにこだわる必要はない。人型ゴーレムは制御胞があるからこうした実験は難しかろうが、グライダーやチャリオットなら可能だ。それに操縦者にも事欠かない。
「そうすると〜」
「また他所との調整がありますな。今回は私が励んできますとも」
 ラマーデは変わらず希望している黄金素体の人型ゴーレムの研究室を立ち上げたい夢に邁進したいが、世の中はそれほどすんなりとはいかないようだ。実際にグライダーやチャリオットで実験するかを決めて、素体作成や魔法付与などで新たに手を借りる必要があるところに依頼をしなければならないが‥‥夕食時にちゃっかりとカルナックの料理を食べに来たナージが『風信器でぇやったらぁ?』と言い出した。余計にややこしいが、魔法付与が一番簡単なのは風信器だ。一応検討課題。
 翌日になって、トレーシー開発室の予定表の隣に、どういういきさつだか『アナハイム計画推進室』と書いた木札が下げられたが、なんだか走り書き。カルナックが何かと尋ねたら、ミーティア提案のラマーデの夢の研究室名らしい。
「その前に、量産化計画を作るだけであと一年くらい掛かりそうだけどね。軌道に乗せるのには」
「それは言ってはいけません。いつか必ず叶うと信じることが、今日の活力になるのですよ!」
 実験そのものはほどほどに進んだが、進んだ分だけまた確かめることが出てきたりしている。それを更にこなして、鉄製フロートシップを実用、量産化するには確かにカルナックが言うくらいの期間は掛かりそうだが‥‥ラマーデは耳を塞いで聞こえなかった振りだ。ギエーリの言葉通り、今日の活力のためには、一年先より『あとちょっと』と思うほうがいいらしい。
「カルナックさん、これ注文したでしょ?」
 ミーティアが鍛冶工房から持ってきたのは、なぜか鍋。そんなものを頼んだ彼には記憶はないが、食堂開店祝いでこしらえてくれたようだ。
「食堂を使って、協力者をどんどん捕まえるってどうかしら!」
 工房長から当然許可は出ず、でも鍛冶工房の横に新たな小屋がこっそり建てられているのを知ったラマーデは、まずはトレーシー開発室の影響力拡大を狙って気勢を上げていた。
 当然他の三人もその根性を見習って、今日もまた開発に取り組んでいる。