●リプレイ本文
問題のウィザードは、名前をアデラと言った。冒険者ギルドでは『あの女性ウィザード』で通じるらしい。本当かどうかは不明だが。
さて、そのアデラ主催のお茶会当日、集まった恐いもの知らずは結構いた。ほとんどが女性で、シフールが三名と目立つ。年齢も一見子供から人生経験豊富なお姐様まで色々だ。
その中の一人、子供ではないが大人とも言い切れないシフールのタイム・ノワール(ea1857)は、おでかけ前に山羊乳の一気飲みをしていた。牛乳が良かったけれど、より安いところで妥協。悪酔いしないように、事前準備である。お茶会だが、悪酔い予防‥‥?
タイムがそんなことをしている頃。すでにエルフのサラフィル・ローズィット(ea3776)はアデラの家に到着していた。お茶請けに自作の焼き菓子を山程抱えている。大半が薬草や香草を混ぜ込んだものだった。
そうして丁寧にアデラと挨拶を交わした後、準備と手伝いと称して台所に入り込んだ。案の定、山と積まれた枯れ葉だかお茶だか不明な草の、一番手前を見て力なく笑った。
「これは悪いものを食べたときの薬ですわ」
口にしたものを吐かせるための薬草を隠して、自分が持ち込んだ普通の香草を置く。ほかのものも全部調べていると、足下から陽気な声が掛かった。ゲルマン語ではない。
「なにしてるのら〜、これを置きたいのら〜」
シフールの身には大き過ぎる荷物を抱えたミーファ・リリム(ea1860)がサラを不思議そうに眺めていた。彼女の荷物は、どうやらパンのようだ。
それをテーブルに置き、更にまだまだ買い物に行きたい気分のミーファこと『ミーちゃんと呼んで』は荷物持ちにサラを誘いたかったようだが、これは果たせなかった。言葉の壁は分厚く、高く‥‥そして。
集合時間がやってきて、やはり山程のお茶と食べ物を持ち込んだミニヨン・マイステル(ea3814)、故郷のお茶持ち込みのシフール、エル・カムラス(ea1559)、美味しそうな匂いを漂わせる椀を幾つも運んできたお姐様アンジェット・デリカ(ea1763)が集まり、アデラがにこやかにこう宣言したのだ。
「お茶請けは、もういっぱいだと思いますの」
彼女の財布で買い物をしたかったミーちゃんだが、食べ物が揃ったので異論はなかった。
後はパラのマート・セレスティア(ea3852)が揃って、お茶会は始まりである。
前評判ゆえか、参加者の手土産には香草や薬草、それで作ったお茶が非常に多かった。薬草を食べ物に仕込んできた者もいる。
そして半数近くは植物やその中の毒草の知識を持ち、毒消しを持参していたりした。何の集まりか、思い悩んでもいいだろう。
けれどもお茶会は、幸いにして主催のアデラが淹れたお茶では始まらなかった。当人はその気だったが、先にラスが持ってきた茶葉を茶器に入れてしまったのだ。理由は明朗。
「このお茶は、お酒を入れて飲むと美味しいんだよね」
彼の手には、タイムが抱えてきた酒が握られている。ラスもタイムも、シフールとしては子供からようやく脱した域だが、なかなかどうして、好みはとっくに大人の感覚。
これはこれで、何があってもしぶとく生き残るだろうからいいとして‥‥なんて思いつつ、アンジェットはミニヨンの前にも出された酒入りのお茶をすかさず自分の前に移動させた。幾ら冒険者でも、さすがにミニヨンは酒を勧めて良さそうな年齢には見えない。タイムの持ってきた酒は、結構強かった。
代わりに酒の入っていないお茶を貰ったミニヨンは、律儀にアデラと南の国のお茶の話をしていた。猫舌だからと、まだお茶には口をつけていない。
「こういう香草入りのお料理をお供に、お茶やお酒を楽しみます。あら、お料理、ありませんでしたか?」
自分の料理やサラの菓子を周囲に勧めていたミニヨンが、テーブルの上を見渡して首を傾げた。確かに今まであったはずの皿が、見えなくなっている。
ぐるりと視線を回すと、アンジェットと反対の隣の席で、マートが皿を抱えて卵料理をむさぼり食べていた。正式の晩餐ではないから、手掴みでも無作法ではないが‥‥
「一人で食うんじゃないよ」
アンジェットの台詞とどつきは、大半のお茶会参加者の意志を代弁していた。すでに料理は半分なくなっているのだけれど。
それを見て、ミーちゃんは慌てて自分用に菓子とパンを抱え込んだが、悲しいかなシフールでは持てる限界が早い。物を言う間も惜しんで、食べてはまた次を取っている。
「あたしの分〜」
せっかくだから、異国の歌でもお聞かせしましょうと用意をしていたタイムも、泣き出しそうな声で訴えている。が、マートとミーちゃんは聞いていない。給仕役を買って出たサラがせっせと彼女の分の食べ物の確保に努め、アンジェットが困ったちゃんの二人を交互に叱っている。
だが、しかし。
「まあ、おなかがすいてますのね。では、こちらもいかがですかしら」
アデラが自作の野菜煮を勧めたので、アンジェットとサラは手を止めた。マートとミーちゃんの手は止まらない。
そうして、ミニヨンとラスとタイムは自分達も野菜煮を勧められつつ、イケニエ二人の様子を見守っていた。サラとアンジェットは、すでに何か起きたときのために身構えている。
なのに。
「これ、おいしいよっ。もっと貰っていい?」
「ミーちゃんもほしいのら〜」
飲み食いにまったく躊躇しない二人は、結構熱そうなそれを掴み、迷いなく口にして‥‥続けて、また手を伸ばした。
がつがつと、むさぼり食べている彼らの様子に勇気付けられたというより、興味を引かれて、ラスも小さく切られた根菜を摘んで口にした。
驚いたことに、野菜煮は普通に美味しかった。香草も程よく使われていて、味の染み込み具合も悪くない。
「大丈夫、美味しいよ」
ある意味非常に失礼な発言をしたことにラスは口にしてから気付いて、空中で静止するという荒技を披露した。すっかり皆の行儀の先生と化したアンジェットが、そんな彼の額を指でこつんと突いている。
サラとミニヨンは、アデラが怒ったらなだめなくてはと、そちらの様子を見やっていたが、当人はけろりとしていた。
「そうなんですの。みなさま、料理は悪くないと誉めてくださるのに、お茶は失敗策ばかりだっておっしゃいますのよ」
「じゃあ、去年のお茶会って」
思わずそう言ってしまったのは誰だったか。何人かの声が重なっていた気もする。
「あれは、ちょっとした間違いですわ。ブレンドを思い違えましたのよ。あら、使う葉っぱでしたかしら」
とにかく自分も飲んで、一番重症だったのだそうだ。三日三晩、寝込んだという。でも今回は大丈夫なので、そろそろ自信作を飲んでいただきたい。
とうとう切り出されたその言葉に、二人の例外を除くと、後は大半が呆れた表情を隠さなかった。今回もアデラが間違えかけたことを知っているサラは、それを通り越して顔色が蒼い。危ない茶葉は全て隠したが、当人は今回もやっぱりお客に変なものを飲ませるつもり満々だったのだ。
自分も飲むだけ、まだましか。そう一瞬は思ったのはアンジェットだ。去年のお茶会は、きっと他人だけひどい目を見舞わせたのだと思っていたので。ついでにブレンドして、味を調える努力もしてはいるようだ。ならば少しでも植物に対する知識を蓄えてもらえば、当人の目指す茶道楽に近付けるだろう。
アンジェットのそんな解釈は、あまりに好意的に過ぎた。彼女自身、そのことを今痛感している。
「茶葉っていうのは、そうやって握るもんじゃないだろうがっ」
「ま、煮立てるんですか? それは違うお茶の作り方では」
「あ、あの、私、お湯を注ぐ時は、葉に直接かけないようにすると聞きましたけれど」
サラとミニヨンも痛感している。手掴みで干した雑草類を適当に混ぜ合わせ、ものすごく適当な量を茶器に入れる。その前は鍋に山盛りで入れて、煮出そうとした。お湯を注がせれば、これまた茶葉にどぼどぼと注ぐ。
「僕の生まれた国では、お茶っ葉は蒸してから湯を入れるんだ」
「そんなこと聞かれたら大変だよ。この後は、お酒飲んでようかねぇ」
酒好き達が逃避行動に走ろるくらいに、アデラはとんでもない茶道楽だった。びしびしとアンジェットに、サラには気遣われながら指導され、ミニヨンが見兼ねて励ましているが、三人が気を抜くと勝手なことをし始める。
だがしかし、それでも彼女のお茶が出てくるのを待っているマートとミーちゃんがいるのが、不幸中の幸いなのかなんなのか。もしかすると彼らは、食べ続けている合間の飲み物が、なんでもいいから欲しいだけかもしれなかった。
ともかくも、アデラお手製のお茶が全員に配られた。と、途端にミニヨンは、
「しばらく熱くて飲めないので、間に何かご披露しましょうね」
彼女をずるいというなかれ。処世術と言うものだ。皆が心の中で、何をどう思おうと、処世術。
けれどもアデラは譲ってくれなかった。
「駄目なんですの。わたしのお茶はせえのって、一緒に飲むって、上司が決めてしまいましたから」
どんな上司か、それは。と尋ねるのもはばかられた。より正確には、それほど危険なら『飲ませるな』と決めればいいのにと、大半が思ったからだ。
更に、ミニヨンが地面に卵をおいて、果物をお手玉しながら、その間を通り抜けてみましょうと口上を述べたら、マートとミーちゃんが反対した。
「もったいないよ、食べ物は粗末にしたら駄目なんだ」
「それなら、ミーちゃんが食べるのら〜」
ある意味もっともで、でもミニヨンには随分と失礼なことを言った二人に、なぜかラスとタイムが食って掛かった。彼らはバードで、種類は違えど芸事を披露する仕事なのは同じだからだろう。
「そんなことぉ言ったら、いけないんだよぉ」
「成功しない芸なんかねぇ、しないもんなんだから、黙ってなさいっての」
ただ、どう聞いても酔っ払った口調なのはいただけない。
そして最後に、タイムが叫んだ。
「そんなに食い意地が張ってるならっ、お茶飲みなさい! ひぃっく」
当人は酒瓶を抱えて、かなりいい気分である。受けて立つミーちゃんやマートは、もとより色々考えてはいない。たくさん飲み食いが出来ればいいなあと思っているだけだ。
よって‥‥
「あ、飲みますの? あらあら、まだ冷めてないけど、じゃ後で‥‥せえのっ」
タイムの勢いに釣られたアデラの掛け声のもと、タイムにせっつかれた二人と、付き合いのよろしいサラ、もとより一口だけ嘗めるつもりだったアンジェットが器を口に持っていった。直後、何人かが噴き出した。
「「「「まっずい!」」」」
お世辞でも宣伝でも、もう一杯とは言えないほどにお茶はまずかったらしい。
「失敗ですわ。新しいのに変えましょう」
「その前に、あんたは他の者に習って、真っ当なお茶の入れ方を覚えな!」
ミーちゃんまでが捨てに走ったお茶について、アンジェットがアデラを一喝した。彼女がやらなければ、似たようなことを誰かが言ったかも知れないが、まずは最適の人物からとなっている。サラはテーブルに突っ伏して、まだ咳き込んでいるし。
その脇で、指につけたお茶を一嘗めしたタイムが、まったりした舌触りながらピリピリする味に、気付けの一杯をあおったところだった。そんな様子を見て、ラスやミニヨンは冒険はしなかった。いくら冒険者だって、彼らは無理無茶無謀無策と揃ってはいない。
「異国のお茶の話ぃ」
そもそものアデラの要望は、サラが給仕してくれたお茶を前に披露された。アンジェットが作ってくれたこちらも美味しい香草入りの野菜煮を食べつつ、ラスはお茶ではないビザンチンの塩味乳飲料のこと。もっと熱が入る語りのワイン、ついでに羊肉の料理の話は、
「こんな大きな串に刺して焼いて、外側から削って食べるんだよ」
マートとミーちゃんのよだれを誘った。
ミニヨンは柑橘類を切ってお茶に浮かべ、上品でさっぱりした味わいのお茶の現物を披露する。果物の皮を乾燥させてお茶に入れてもいいと教えてあげたが、残念ながら皮までくわえて食べ尽くしたマートのおかげで果物は余らなかった。
「とりあえず、あんたは自分の国のお茶の作法を覚えるところから始めな」
レンヌの生まれだと言うアンジェットは、美味しい野菜煮の作り方を皆に教えてあげながら、今度はアデラを励ましている。
この間に、タイムとラスはしこたま飲んで、片隅のクッションの上で眠りこけていた。
そうして、夕暮れ近くなって。
「わたし、これから精進いたしますわ。ですから、次もいらしてくださいましね」
お茶会がなんとかようやく終わりそうになって、アデラはにこにことそう『お願い』した。
「もちろんだよ。絶対に誘っておくれね。あとお土産ありがとう、みんな」
大半が固まった『お願い』に、マートは余った食べ物を勝手に包んだ上で、元気よく返事をした。タイムが分かっているのかどうか、釣られたように『おー』と拳を振り上げてもいる。返事はしていないが、ミニヨンも勝手にお土産を作って抱えていた。
一応病人もでなかったし、まずいお茶は一杯だけだったし、食べ物はどれも美味しかったのでいいかなぁと、皆は思って帰ることにした。ちゃんとお礼も包んでもらえて、決して悪い気分ではない。
もう一度来たいかどうかは別として。
そして三日後。
マートは冒険者ギルトに顔を出した途端に腹痛に襲われていた。
「おねーさんちのが‥‥」
彼が、三日前の野菜煮を置き忘れていて、朝方平然と食べてしまったからの腹痛だったが‥‥ギルドでアデラがどう噂されるかは、マートがこの後になんと言ったかに掛かっているだろう。