思い出を取り返せ〜喪われた者との絆
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや難
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:02月22日〜02月27日
リプレイ公開日:2005年03月03日
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●オープニング
今、ドレスタット冒険者ギルドにアンリという少年がいる。今年の春に十三歳になる、声変わり中の少年だ。さほど体格がいいようには見えないが、これでもいっぱしの船主である。小型の荷運び船だが。
そんなアンヌが冒険者ギルドにやってくるのは、もちろん依頼を出すためだ。以前にも一度、開港祭の直後に依頼主になったことがある。
ついでに言うと、彼の長姉で港近くで酒場『竜騎亭』を営んでいるディアヌも、その旦那の船乗りダカンも依頼主になったことがある、割と縁が深い人々だった。そう、彼らは人間だ。
そうしてアンヌは、顔馴染みのドワーフの係員がいるのを目にして、あからさまにほっとしたようにそっと近付いてきた。日頃は物怖じしない元気な少年だがと、係員がいぶかしんでいると‥‥
「おじさん、ちょっと教えてくれる? ここって、きちんとお金払えば、誰の依頼でも受けてくれるのかな?」
「犯罪には加担しない。相手が明らかな犯罪者の場合も同様だ。後は依頼内容が常識はずれでなければ、まあ大抵はな」
「えーとさ、その依頼が、ハーフエルフからでも平気?」
小さな声での質問に、係員はちょっと驚いた。が、アンリは亡くなった父親も自身も船乗りで、義兄のダカンも同じだ。船乗りは信心深い者が多いから、禁忌の存在とも言われるハーフエルフに対する印象は良くないかもしれなかった。
この辺は、一つところに留まらないことでは似通っている冒険者と、大きく異なるところである。船乗りが全員、ハーフエルフ嫌いでもなかろうが。
「問題はないぞ」
至極簡潔な返答に、アンリは彼本来の悪戯っぽい笑みを見せた。それならと取り出したのは、ちょっと古いが上品な作りの小さな皮袋だ。中に入っているのはお金らしい。
「実はさ、昨夜のことなんだけど」
この前夜。アンリの姉ディアヌの店に、怪我人が二人運び込まれた。近くの路地で、複数の男に殴る蹴るの扱いを受けていたのを、通り掛かった常連客達が助けて、手当てのために担ぎ込んだのだ。怪我人は男女で、どちらも頭に何かで殴られた傷があり、当初は意識がなかった。
現在は簡単な手当てが済み、意識も戻っている。ただ発熱はあり、とても身動きできる状態ではない。運んでいく先もないので、そのまま店の奥にある部屋に寝かされているそうだ。
人間なら三十くらいの女と、それより二つ三つ下の男だが、どちらもハーフエルフだったので、助けた常連客達の中には放り出そうと言った者もいたとか。この二人が放り出されなかったのは、たまたまディアヌの連れ合いのダカンがいたからである。
「義兄さんが、一度助けたからには動けるようになるまで世話をするのが当然だって言うんで、姉ちゃんが面倒見てる。一応姉弟だって言うけど、多分血は繋がってないだろうって、これは姉ちゃんが」
女はマリア、男はシモンと名乗ったが、これも本名かは分からない。
怪我をした理由は、以前ドレスタットに来る際に乗せてもらった船の船員に暴力を振るわれたからだ。相手は相当酔っていて、たまたま出逢った二人に難癖をつけた挙句に、骨が折れていないのが不幸中の幸いといった怪我をするほど殴る蹴るしたらしい。
しかも。
「紫水晶の首飾り、マリアさんが弟の形見だって言ってた。それをそいつらに盗られたんだってさ。ハーフエルフが首飾りなんてするなって」
金銭的価値はいかほどかアンヌも聞いていないが、相手がハーフエルフだから持ち物を奪っていいという決まりはドレスタットにはない。少なくとも種族問わずの実力主義の領主殿は、絶対に認めないだろう。
もちろんマリアとシモンにしたら、弟の形見である。血縁関係はさておき、そう呼ぶくらい親しくしていた者の形見を取り戻したいのは当然だ。しかし当人達はまったく動けないのと、竜騎亭の常連客達でハーフエルフへの嫌悪感の弱い者も自身の仕事があって二人の代理は出来ないのとで、アンリがここにやってきたわけだ。
「二人とも港の役人に頼んでも、どうせ親身になってくれないって言うしさ。どうも役人は嫌いみたいだから、ここに頼みに来たんだ。これ、前金」
ちなみに盗られたのはその首飾りの他に、マリアがしていた腕輪が二つだ。二人とも現金の持ち合わせがあまりないので、それも取り返してくれたら売り払って報酬に足すと言っているそうだ。とにかく大事なのは、紫水晶の首飾りである。マリアが似たようなものをもう一つ持っているので、それを参考にすれば間違えることはないだろうとのこと。
そう言いながらアンリが差し出した皮袋には、銀貨と銅貨が結構な枚数入っていた。銀貨が多いが、それでも冒険者を八人くらい雇うと、一人につき金貨一枚分にしかならない。ちょっと端数があるかもしれないが、あくまで銅貨が何枚か追加程度だ。
「相手は七人くらいいたらしいよ。船の名前は隼号、一時雇いの船員が多くて、港毎に船員をやたらと入れ替えてるらしい。その七人くらいって、隼号に常時乗ってる連中じゃないかな。今、船員の募集しているところだからさ」
ドレスタットからどこかに向かう定期航路の船ではない。アンリが見てきたところ、堅い商売よりは一攫千金狙いで無理もする雰囲気があった。船員も荒くれ者が多かろうと、これはアンリの弁である。
「この船、後十日くらいすると、パリに向かう予定らしい。船員募集がそうなってるからね。んで、首飾りと腕輪を盗った奴が、パリのほうがいい値がつくんじゃないかって言ってたのをシモンさんが聞いてるから、逃げられて、売り飛ばされないうちに取り返してあげて」
至極あっさりと最後を締めくくったアンリは、係員の『どうやって?』の問いかけには、明朗に答えた。
「そんなの、冒険者の人達が考えてくれるよ」
●リプレイ本文
意識のないマリアが落とした首飾りと腕輪を、無骨な手が拾い上げようとした。それを留めるように伸ばされた手は、別の誰かの足に踏みにじられる。
更に別の手が、マリアの金茶の髪を掴んで引き上げようとしたところで、倒れている二人を嬲っていた男達の動きが変わった。非常に速やかな動きで、七人が走り出す。それでも首飾りと腕輪だけは、抜け目なく奪って。
甲板に転がるパンの欠片を鳥がついばんでいる。様々な屑がやたらと風で転がっているあたり、ここの船員は掃除好きではありえない。
これで出港して大丈夫なんだろうかとダージ・フレール(ea4791)は思うが、隼号の船員達は大変なものぐさだった。要するに現在募集中の船員が来たら、そいつを働かせるつもりなのだ。
今日はどこの酒場に行こうかと話している彼らの会話を聞き終えてから、ダージは船から離れた。全員毎日二日酔いみたいな船なので、誰にも見咎められなかったのは幸いだ。
開口一番、依頼人二人と仲間にも二人のハーフエルフがいるにもかかわらず、ヘラクレイオス・ニケフォロス(ea7256)は当然のように言った。
「わしはハーフエルフは好かぬ」
ブノワ・ブーランジェ(ea6505)の神聖魔法で傷を癒してもらったばかりの依頼人マリアとシモン、顔合わせと様々な情報確認に集まっていたカノン・リュフトヒェン(ea9689)、セシル・クライト(eb0763)の顔色を何人かが伺ったが‥‥思いのほか、当人達は平然としていた。
「多勢に無勢、しかも酔いに任せて他人を嬲るのはもっと嫌いゆえ、安心せい」
それは安心していいのかと、傍で聞いていた源真結夏(ea7171)は思ったが‥‥カノンは『正直な分、付き合いやすい』と口にした。セシルも同感らしい。
ブノワは彼らのそんな様子に微苦笑を浮かべていたが、ことさらに説教する気配などなかった。この場でやらねばならないことは、別のことだと承知しているからだ。
実際にヘラクレイオスの装飾品への質問は、大変細かく的確だった。カノンや結夏が盗られたものに似ているという首飾りを観察している横から、ここに傷があるとか紫水晶の色がどうとか言っている。
「書くから待ってよ」
「早口が過ぎるぞ」
結夏とカノンに文句を言われつつ、ヘラクレイオスが観察したところとマリアの説明によれば、首飾りと腕輪はこうしたものだ。
首飾りの材質は金で、留め具だけ銀が使われている。紫水晶は金鎖に釣られた飾り部分に三つはめ込んであり、かなり凝った細工だそうだ。ヘラクレイオスの見立てでは、金貨十枚くらいはしてもおかしくないとのこと。
腕輪も金だが、こちらは大分銀が混じっているはずだという。模様は二つ揃いで、マーメイドの姿が浮き彫りになっている。実際は男物なので、マリアも二の腕に留めていたのを首飾りともども奪われたのだそうだ。
この時の様子については、ブノワが友人のヴェロニカに頼んで、魔法で確認してもらっていることと変わらない。その内容は居合わせる全員が聞いているので、大体の様相は伝わっただろう。
後の問題は、マリアとシモンに不都合がないように、いかなる方法で首飾りと腕輪を取り戻すかだが‥‥
これらの情報を携えて、近くの教会に向かったディアルト・ヘレス(ea2181)は司祭と複雑な表情を見合わせていた。盗品を取り戻す際に、言葉だけでも教会が関わるとしてよいかの許可を求めに行ったのだが、話し合いは実のあるものではなかった。ただしその理由は、ざっくばらんな司祭にはない。
「本人達が来れば、受けていただけるわけか」
「アンリから話は聞いてるよ、ものすごい教会嫌いらしいね。関わったら、気分を害するだろ?」
確かにマリアとシモンは、ブノワに『貴女方には味方がいるんですよ』と諭されて、『それは知ってる。少なくともあんたではないけれど』と聖職者嫌いな面を見せた。ディアルトも、『役人だって、強く言えばそれなりに動くのでは』と言ったセシルに、シモンが詰め寄らんばかりなのを目にして、当人達には教会の話はまだしていないほどだ。
そうでなくとも、依頼人達は他の冒険者に対しても『きちんとお金は払うから』と一線を引いた姿勢を崩さないが、神聖騎士のカノンやディアルトに対しては、ブノワへと同じく目も合わせない。
「その二人じゃない誰かが、そいつらを訴えるというなら協力するけど、何かいい案はあるかい?」
そういう方向性でも考えてみるかと、一旦ディアルトは教会を辞したが、その間に二つばかり新しい情報が届いていた。
顔合わせにちょっと遅れた桜城鈴音(ea9901)が何をしていたかといえば、酒場への潜入調査だ。ダージが聞きつけた酒場の名前から行きつけの店を探し出し、店員から日頃の船員達の様子を聞きだしてきている。
「絶対に近付いたら駄目って言われたの。酒癖と女癖が悪いからって。そんな奴らなのに、宝石運搬していたって話してたらしいけど、本当かな?」
場所は竜騎亭。まるで店員のように給仕を勤めているブノワと、スカート姿の結夏の調べでは、マリア達を助けた常連客も相手の顔ははっきり見てはいなかった。人数も確認していなかったくらいだから、証人としては役に立たない。聞き取りには、嫌な顔もせずに応じてくれたのだが。
ちなみに鈴音が聞いた宝石運搬の話は、どうやら本当らしい。ただし、現在は遠方に出掛けた船主の最近の仕事がそれだというだけだ。こうした仕事は信用があって出来るものだから、それで吹聴して歩いているのだろうとのシモンの意見だった。
ついでに、マリアが鈴音や結夏、このときばかりはカノンにも言ったことには。
「女なら何でもいいって連中だから、近付かないほうがいいわよ」
しかし、鈴音がいざとなったら娼婦の真似をと考えていたと知ったら、果たしてマリアが止めたかどうか。結夏が『もしもの時には殴ればいいかな?』と口走ったのには頷いている。
この間、カノンとセシルは店の裏手で待っていると言ったのだが、これには店主のディアヌが頷かなかった。一番奥のテーブルに目立たないように座っている二人は、基本的に会話には参加していない。耳はしっかり隠していて、でも会話は聞いている。
ヘラクレイオスはそんな二人が視界に入らないテーブルで、ダージとディアルト相手に酒を飲んでいるが‥‥単に一人で飲む酒は味気ないというだけのようだ。ダージはディアルト相手に、いかに隼号が汚くて見苦しいかを語っている。
今ひとつ彼らにまとまりがないのは、どうしたら最も簡単かつ穏便に依頼を果たせるかの意見がまとまらないためだ。さすがに誰も隼号に忍び込んで盗もうとは言わず、何とかして返還させられないかと考えていたりするので、具体的な方向性が定まらない。なにより肝心の首飾りと腕輪を船から持ち出させねば、話は進まないのだ。
当初はヘラクレイオスがアンリの紹介で隼号に入り込めないかと口にしたのだが、姉のディアヌに人の仲介は専門の者がいるので、勝手をすると後が大変だといわれては引っ込むしかない。
だが、結局は物を持って、陸のあがってこさせなければ意味がないわけで‥‥あれこれ言い合っているうちに、ようやっと決まったことがある。
その翌日、ヘラクレイオスは隼号の甲板で掃除をしていた。ダージが言葉通り、非常に汚い。仕事を探していると言っただけで、誰の紹介がなくても甲板に上げてくれたのは船員達も嫌気がさしていたのかもしれない。
ともかくも目立つ屑を集めたところで、打ち合わせどおりにダージがやってきた。さも探したような振りで、『いい仕事があるよー』と大声を出す。何事かと船員が一人顔を出したが、ダージは頓着しなかった。
「ジャパン人のお姉さんからの仕事。ドワーフなら細工物に詳しいだろうから、装飾品を探す手伝いして欲しいって。パリに帰る前に港町ならではの首飾りとか欲しいんだって」
そういうものを持っている人を探して、ついでに物がいいかを見てやれと言う話に、ヘラクレイオスも興味深く頷いている。
「いい話だが、飾り物なんぞ、それを扱う店があるじゃろう」
当人達が、ものすごくわざとらしかったかなと思うような会話だったが、相変わらず酒の抜けきっていない船員は不自然さを感じなかったようだ。儲け話じゃないかと、ひょこひょこと出てきた。ダージは物怖じせず、胸を張ってみせる。
「そう、儲け話だよ。なにしろ金貨さん三十枚用意して、お買い物したいっていうお姉さんだもん」
日頃と違う口調で、ちょっと舌を噛んだりしたが、ダージは反り返ったままだ。更に船員にそういうものを持っている人を紹介してくれたら、手数料を幾らか回してあげると言い出した。
この夜、ヘラクレイオスは『あてがある』と言った隼号の船員を竜騎亭に飲みに誘い、ダージは結夏と鈴音をつれて店で待っていた。店には女店主と帽子を被った店員が働き、客が二人、楽士らしい一人を伴って奥に座っている。まだ早い時間なので、ヘラクレイオスと三人の船員が入っても余裕があった。
「あらぁ、きょおうはぁ、新しいぃお客ぅさんがぁいっぱぁいねぇ」
船員三人が胡散臭げにディアヌを見たが、笑い返されて、品なく笑み崩れる。ディアヌはディアヌで『今日の客は知らない人』と宣言したので満足げだ。
もちろん、冒険者側も後日店に危害が加わらないように、初めての来店を装っていた。店員に成り済ましているブノワもヘラクレイオスとは友人だが、店では働き始めたばかりだと言ってみたりする。
そうして、髪型を変え、服も富裕な娘らしくして、ついでに姉妹を装った結夏と鈴音がダージに教えられてヘラクレイオスに近付いた。わざわざ姉妹を装うのは、幼げな少女がいれば、不埒な真似は働かないだろうとアンリが口にしたからだ。鈴音も見所を外すつもりはないようで、結夏にくっついている。
ブノワが用意しておいたワインを、結夏がせっせと男達に飲ませ、ヘラクレイオスは勝手に手酌で楽しんでいる。様子を見守っていたディアルトが、思わず見入った飲みっぷりで、釣られて船員達も結構な勢いで杯を重ねている。
鈴音が見るところ、ヘラクレイオスは多少顔が赤らんでも、言葉はしっかりしている。それに引き換えて船員達は、すでにろれつが怪しくなっていた。先程から結夏はしっかりはねつけているが、何度も胸に手を伸ばしている。この調子だと、首飾りとは別のことで叩きのめすことになりかねない。
結夏は叩きのめしたいと言っていたし、態度がそう語っている者は他にもいるが、首飾りと腕輪を見ないうちにはまずいよなぁと、これまた穏便ではないことを鈴音が考えていると‥‥、結夏がたまりかねたか『首飾りか腕輪が欲しいの!』と船員達を一喝した。というわけで、鈴音も口を開いてみた。
「そんなこと言って、パリに帰る旅費まで使わないでよ? 人魚の模様なら、頼んで作ってもらえばいいのに」
ブノワがおやという顔付きで彼女を見たが、この発言は酔った船員達の耳にも届いたようだ。ダージの話で儲かると踏んで、品物を持ってきていたらしい。単純な相手だと、大変に助かるというものだ。
ヘラクレイオスが意味ありげに頷いて、出されたのが探し物に相違ないことを皆に知らせ、何気ない様子で船員達に尋ねた。もちろん品物の出所をだ。その間に、鈴音と結夏は勝手に首飾りと腕輪を着けていたりする。ジャパン女性にしては大柄な結夏には、腕輪もさほど大きすぎずに収まった。
そして船員達は、ヘラクレイオスの言葉など聞いていなかったようだ。結夏に首飾りと腕輪が似合うといい、『やっぱり人間の娘が最高だねぇ』とおだてている。仕方なさげにヘラクレイオスが『ま、ハーフエルフなんぞじゃ駄目だな』と口にする。
その後は立て板に水だった。カノンやセシルがため息をついたのは、同族に良くある話だからだが‥‥彼女や彼がそれに納得している訳ではない。そして、こんな開けた港町でハーフエルフだからと迫害したのを吹聴するほど酔っ払った船員達に対する呆れも、多分に含んでいただろう。
やがて、ディアルトがカノンを伴って、船員達に近付いた。二人共に帽子を被って、顔はあまり見せないようにしている。それでもカノンのクルスロングソードは目に入ったようで、船員達は口をつぐんだ。今更と、誰もが思ったのだが。
「教会か、港の管理する役人のところに一緒に出向いてもらおうか。その話、聞き逃してはおけない」
「ちょっと大げさに言っただけで、別に後ろ暗いとこはねえよ」
「それならそうした届けが出ていないことを確認しようではないか。そちらの娘御も、今の話を聞いては買い物できまい」
立会人代わりに付き添ってやると、とっさのことながらも筋を通した二人の言い分に船員達は一度顔を見合わせた。それを見たセシルが、ブノワと小声で話し始める。もちろんちょっとは聞こえるように、この間の事件が云々といかにも怪しんでいる風にあれこれと。
「そういえば、盗られたものも人魚の模様の腕輪だって、目撃した人が言ってましたよ」
正確には、魔法でのぞき見た友人の言葉だが、ブノワの一言がかなり効いたようだ。船員の中でも兄貴風を吹かせていた男が、何か思い当たったかのように舌打ちした。その上で、困った振りを続けている結夏に言った。
「そいつは、俺らのまあ親分だな、そのお人のもんだった。それを性悪なハーフエルフどもが巻き上げやがったんで、見つけて取り返したのさ」
「そういうものを売りつけようとしたわけ?」
結夏が柳眉を逆立てると、船員は下卑た笑顔で『あげるよ』と言った。一瞬店内に疑問符が漂った隙に、連れの二人を立たせて、その兄貴分は続けた。
「あいつらは親分に上手に取り入っててね。俺らなんか奴隷扱いさ。その憂さでやりすぎちまったのは確かだが、あいつらのために役人に会うのは真っ平ごめんだよ」
懐から銀貨を取り出してテーブルに放り、船員達は先程までの酔いが嘘のような足取りで店を飛び出した。ディアルトとカノンが追ったが、満足に明かりもない中、深追いはせずに戻ってくる。
「どちらの話が本当かは、それをお返しすれば分かると思いますよ」
予想外の話を聞かされて困惑している結夏やヘラクレイオスに、ブノワがそう告げる。人は立場や見方で、同じことをまったく別に言うとの弁には、二人ならずとも納得したものが多いようだ。
差し出された首飾りを抱えて泣き出したマリアと、あれほど無視していたカノンとディアルト、ブノワにも丁寧に礼を言ったシモンの態度に、いかほどの信用を寄せたかは各人による。
ただ、報酬の追加を払うための売り払われた腕輪を、ディアヌが二の腕にして見せてくれたことに安堵した冒険者は、案外多かったかもしれない。
セシルが奏でたオカリナの音色に、マリアが初めて微笑んだことにも。