バレンタインのために

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:3〜7lv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:02月27日〜03月08日

リプレイ公開日:2005年03月07日

●オープニング

 ドレスタットの冒険者ギルドには、例年この時期になると一つの依頼が入る。今年もまた、そんな季節がやってきたようだ。
 どのくらいの年中行事かというと。
「やあ、お久し振りです。皆さんお元気ですかな」
「メドック司祭、もういらっしゃるころだと思ってましたよ」
 と会話が始まり、その後天気の話と近況報告を交わし、そこから今年の必要依頼人数を依頼人が述べて‥‥
「では、例年通りによろしく」
「承知しました」
 古参の係員との間では、この程度の会話で終わってしまうほどに、毎年依頼される事柄だ。なにしろ相手はエルフなので、何年前からの依頼なのかは古参の係員でないと分からないだろう。
 そうして張り出される依頼の内容は、こんなものだ。

『教会での読み書き講習 臨時教員募集
 条件 ゲルマン語の読み書きが出来ること
    他人にそれを教えられること
    講習内で知りえた秘密の絶対厳守』

 さりげなくと言うか、明らかに報酬額が書いていなかったりするが、教会だから奉仕活動というわけではない。単に、現金報酬がないだけだ。
「それって、もしかしてただ働きって言わない?」
 毎年、こういう質問が出るそうだが、係員はこう答える。
「行き帰りの旅費と、全日程の食事が出て、寝床もちゃんと準備してくれて、短い間だが先生って言われて大事にされるんだ。それで満足って言う奴が行け」
 そういう善意の人、大募集である。

●今回の参加者

 ea0926 紅 天華(20歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea3776 サラフィル・ローズィット(24歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea4668 フレイハルト・ウィンダム(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea6320 リュシエンヌ・アルビレオ(38歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6505 ブノワ・ブーランジェ(41歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea7400 リセット・マーベリック(22歳・♀・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ea7906 ボルト・レイヴン(54歳・♂・クレリック・人間・フランク王国)
 ea7983 ワルキュリア・ブルークリスタル(33歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

ルイ・マーベリック(ea9800

●リプレイ本文

 依頼を受けた冒険者は八名。種族はエルフと人間だけで、しかもエルフが五人で全員女性。残る三人の人間も女性一人は大道芸人だが、男性二人は白クレリックという、
「今年はまた、見るからに先生らしい方が多いですなぁ」
 迎えに来た男性が、そんなことを口にした一団であった。なにしろ一団の中で、目立つ武装をしているのが神聖騎士のワルキュリア・ブルークリスタル(ea7983)のみ。他に目立つものと言えばリセット・マーベリック(ea7400)が馬に積んでいる長弓くらいだ。
 じゃあこの一団は何だと言われると華国出身の僧侶、紅天華(ea0926)がいて、白クレリックはサラフィル・ローズィット(ea3776)も加えて三人だし、ロバに竪琴を積んだリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)も一緒で、見た目で何とは明言できない。なにより‥‥
「何で知り合いなんだろう? そうした情報は、我々と分かち合おうではないか」
 やけに芝居がかった口調でブノワ・ブーランジェ(ea6505)に詰め寄っている大道芸人フレイハルト・ウィンダム(ea4668)が怪しげだ。迎えの男性とブノワが挨拶していたのを見て取っての言動だが、そうした注意力は行った先でこそ発揮されるべきものである。
 そうはいっても一日がかりの旅の中、ブノワと男性が皆に話して聞かせたのは、街の領主が再婚に至った経過だ。結婚式はまだしばらく先のことのようだが。
「あら、残念ね。貴族の結婚式なんて賑やかでしょうに」
 せっかくだから見物してみたかったと屈託なく笑ったリュシエンヌの横で、フレイハルトは稼ぎどきだからねぇと頷いている。思わずと言った感じで同意したのは、日頃は軽業師として技を披露しているリセットだった。残り五人は基本的に聖職者なので、めでたい話はめでたいと喜ぶに留めたようだ。
 そうして、その領主の再婚相手の屋敷を宿泊先として示された八人は、喜んだり、戸惑ったり、食事を楽しみにしたりしながら、眠りについたのである。

 さて、実際の依頼初日は、天気の良い暖かな日だった。
 天気のよさに誘われたか、それとも単に初日だからか、教会に集まった老若男女は四十人をちょっと越えていた。対する冒険者は一人欠けて七人。早朝に宿泊先の屋敷に現れた司祭が、畑仕事の人手がいるからと一人連れ去ってしまったからだ。代わりに日頃は畑で働いている青年が二人、この場に現れている。午後からは、別の二人がやってくるそうだ。
 つまり、先生は午前と午後に分かれて現れる人々を相手取ることになる。中には兄姉におぶわれてやってきた、二歳にはならないような子供も含めて。ちなみに街の住人がそうだから、全員が人間である。
「さても皆様お立会い。これより始まりますは毎年恒例、掛け値なし、神様承認のゲルマン語講習。つまりはお勉強会。これを全うすれば、必ず貴方の思いは届きます。さあ、今年の先生方を紹介しよう!」
 突然、どこからともなく持ってきた木箱の上で口上を述べたフレイハルトの名調子に、集まっていた人々は釣り込まれて拍手している。そのまま勢いに任せ、三々五々に冒険者に群がった人々を、群がられた彼女達と彼はせっせとさばかなければならなかった。
 とりあえず、誰がどのくらいゲルマン語の素養があるかを見極めて、翌日からの講座の割り振りを考える必要があるのだが‥‥

 華国、イギリスを経てドレスタットに訪れ、ドラゴンとも会ったことがあると紹介された天華の周囲には男の子が多かった。いきなり歳を訊かれた彼女は隠すことでもないので答えた途端に、どよめかれて尋ねようと思ったことを一度飲み込んだ。
 でも、そんな遠慮もいきなり後ろから耳を掴まれ、霧散した。
「ゲルマン語の勉強に来たのではないのか?」
「うん。バレンタインカードにきれいな字で名前が書けると、いいことがあるから」
 バレンタインに疎い天華と、とにかく街で珍しいエルフと話をしたくてたまらない少年達の間で有意義な情報交換がされる。そうして天華はバレンタインの意味と、この街独特らしい『カードに綺麗な字で名前を書くと幸運に恵まれる』風評を知ったのだった。
 ついでに、全員に名前を書かせてみたら、十二人いた少年達の一人しかまともに書けないことも判明していた。

 吟遊詩人で歌が滅法うまいと言われたリュシエンヌは、年頃の娘達に囲まれていた。どうやら何か習うのなら、少しでも年上の女性がいいと思ったようだ。実際はエルフなら彼女達より年上なのだが、外見というのはやはり影響が大きい。
「まずは文字を覚えて、それを組み合わせて、自分の名前よね。それから家族や友達の名前、普段使っている物の名前。それから文章を書くのに必要な言葉を覚えるものだけど」
 こちらは話の進みが速いので、リュシエンヌは翌日からの講習の進め方まで相談していたのだが‥‥娘達の興味はそこにはなかった。相互でつつきあって、とうとう一番勝気そうなのが代表して口を開く。相談したことは秘密にしてくれるかどうかと尋ねてきたのだ。
「そういう契約だし‥‥ああ、恋文? 私も昔ね」
 つい口を滑らせたリュシエンヌの周囲では、他の人々が振り返るような嬌声が上がった。ここは一応礼拝堂の中なのだが‥‥

 神聖騎士で作法の教師でもあり、ノルドの使い手と紹介されたワルキュリアの周辺には、案外と男性が多かった。中には年寄りに追いやられてきた者も混じっているが、結構年かさの男性が半数ほどだ。彼らが恥ずかしそうに言うには、子供と一緒に名前くらいはと習いに来たものらしい。
「毎年、読み書きを教えるようにと依頼があるようですが」
「そうそう。毎年習うんだけど、畑やってると書かないから忘れちゃってね」
 それは毎年名前だけ習っていると言うことかと、彼女は落胆したりはしなかった。いかなる理由であれ、向上心を持つことは大切だ。なにより。
「あと、今度ご領主様の結婚式があるから、なんか気の利いた飾りつけでもしたいって相談してたんだけど、知恵を貸してもらうのは駄目かね」
 より本領を発揮できる話に、ワルキュリアが喜ばなかったわけがない。

 将来は、有名な学者になって植物を研究するらしいと、いささか頼りなさげな紹介をされてしまったリセットだが、家事のやりくりをつけてきたらしい女性と年寄り数人に取り囲まれていた。しかし、雰囲気は和やかだ。
「基本的に、相手の名前と愛してます結婚してください、それからいいよと嫌よを書けるようになるのが目標です」
 でも子供にはちゃんと読み書きを教えておくれと言われたリセットは、この講習に来られない人はいないのかと尋ねた。一人欠けても七人も先生がいれば、自分が怪我や病気で来られない人のところを回ろうかと考えていたのだが‥‥多少の怪我人なら誰かが背負ってくるし、病人は風邪っぴきでうつるから行かないほうがいいと言われてしまう。
「しかし、あんたも若いのに親切だねぇ。これ、お金出ないんだろう?」
 いい心掛けだよと頷く老婆は、リセットが胸の中で『9日分の食費が浮く!』と計算高かったことは知らない。目指せ、研究所設立なのだ。

 礼拝堂の外では、サラが小さな子供達を相手にしていた。子供好きの話し上手、しかも白クレリックと言われたせいか、兄姉に「あのお姉ちゃんのところに行け」と送り込まれてきたのだ。中には読み書き以前に、言葉を話すこと自体がままならない幼子が混じっている。冒険者として依頼を受けているとき以外は子守で生計を立てているサラには、いつもの出来事である。場所が違うだけだ。
 そう思って、ふざけあうのに夢中の子供達の様子を見守りつつ、眠そうな一人をあやしていると、変なものが見えた。
 まず、ブノワがとても小柄な女性、おそらくはこの教会のクレリックであるアンリエットと挨拶を交わしていた。これは良い。挨拶は他人との友好的な関係の第一歩だ。ところが直後に数名の老人が、アンリエットと別れたブノワを取り囲んで、礼拝堂の裏手に連れ去ってしまったのだ。
 挙げ句にその様子をどこから見ていたものか、フレイハルトが後をつけている。講習はどうしたのかとサラは思ったが、フレイハルトもさぼった訳ではない。単にエルフが珍しい住人達に、彼女は振り返られなかっただけだ。同族の若い女性にはみだりに近付けないと、後で男性陣は語ったりするが。
 それはそれとして、抜き足差し足のフレイハルトに釣られて、同様の足取りで子供達も引き連れて後を追ったサラは、覗き見たものにたいそうほほえましい気持ちになった。
「そうか、おふくろさんは亡くなったのか。普段、仕事は何をしてるんだね」
「ワイン作りをしていますが、なかなかこれと言うものにはなりませんねぇ」
 以前別の依頼で顔を合わせているからか、老人達はブノワと話し込んでいるのだ。やたらと家族や日頃の仕事のことを尋ねられているのは、前回訊けなかったからだろう。と、判断してほのぼのしているサラの横で、フレイハルトは『そうか?』という顔をしたが‥‥結局構わないことにしたらしい。
 ちなみにブノワも、まったく、何にも気にしなかったようだ。

 翌日から、ゲルマン語講習は本格開始となった。本日も七人の先生方の意見は、おおむね一致していた。習いに来る住人を少人数に分け、まずは名前から始めて、少しずつ読み書きできるものを増やしていく。後はブノワが毎日課題を出して、それを最も達成できた一団に何か賞品をと提案したのが採用された。
 とりあえずの発奮材料は、『来年のバレンタインカードに、名前を綺麗に書くために』だ。
 今朝がた司祭が話していたところでは、毎年この時期だけは字を習う人が大量にいるので集中して名前だけでもと教え込む。毎年やっていれば、大人も少しずつは覚えるし、子供には本格的に習わせてみようかと考えるようになるそうだ。
 ただし、毎年光景はこんなである。
「皆さんが読み書きできるようになったら、一番喜ぶ人は誰ですか」
「えーとね」
 ここで子供が親をあげているうちはいい。家庭環境その他で祖父母やそれ以外の人でも、とにかくいい。
「はい、この文字はなんと読みますかー? あら?」
「しっこ、でた」
 先生の誰か一人は、必ずといっていいほど子守を引き受ける羽目になる。なぜなら、普段は子守をしている兄姉が勉強にかこつけて、弟妹の世話から逃げ出すからだ。
「わー、せんせー、すごい! それおしえてー」
「遊んでいないで、さあ、もう一度書きましょう。わたしは文字を教えに来たんです!」
 子供は大抵集中力が続かなくなって、横見をしたり、ふざけあったり。なぜか必ず技を披露して叱る冒険者がいて、子供達の興味がそちらに移ってしまい、苦労する羽目になる。
「そもそも贈り物は、気持ちがこもっていてこそ。とはいえ、礼儀は大切ですわ」
「なにしろご領主様の結婚式を祝うのは、久し振りだしねぇ」
 大人が真面目かといえば、生活の様々な悩み事に『街の者には言えないけど』という相談事を聞かされたりして、まったく違う講習になることも多いそうだ。
「これは数字、これを覚えておくとたくさんの数を考えるのが楽になるからね」
「うち、羊が百五匹いる。山羊が三十匹だから、全部で百三十五匹? こんな字?」
 たまには飲み込みがものすごくよい子供がいて、本人が望むと司祭が親を説得して勉強を続けさせる。努力次第では領主の傍で働けるので、親も滅多に反対はしないようだ。
「えーと、教えて欲しい言葉があるんだけどー、そのー」
「お母さんありがとう? それとも貴方が好き? 言ったらいいさ、秘密は守るよ」
 少し日程が進むと、それでも自分の名前は書けるようになった人々が、あれやこれやと書きたい言葉を口にし始める。もちろん聞いたことは、誰にも言わない約束だ。
「うまく書けないんだけど、それじゃあ駄目よね‥‥」
「文字に心がこもっていることが伝わればよい。恋文は丁寧に書くことが一番だ」
 しまいには読み書き以外のことを講習し始めたり、食事や酒に誘われたりするのもよくあること。たまに昔話をしたりされたりもするようだ。
「今まで? 四十年はやっているが、一週間で手紙がすらすら書けるようになった者は片手の指で足りるかな?」
 何事も、習いはじめに楽しい思いをすれば、結構長く続くものだから。
 一週間目。司祭はしれっと口にして、全員の苦労をねぎらってくれた。これからは畑も忙しくなるので、それにつれて毎年読み書きを習う人数は減ってくる。それでも、たまに顔を出してくれるように、一番やる気のある時期に楽しい講習をしてもらうために依頼するのだというが‥‥
「現金報酬がないというのは、じゃあ、もしかして」
 リセットが思い付いたように口にしたのに、司祭は茶目っ気溢れる笑顔で答えた。
「そりゃあ、報酬なしでこんなに熱心に教えてくれると思えば、皆も感じ入るものがあるからだよ」
「まあ、そんなに深いお考えがおありだったのですか」
 サラは素直に感動し、ワルキュリアを一緒に頷かせたりしているが。
「しっかりしていることね」
 リュシエンヌの呟きにこそ、フレイハルトと天華は感じ入っていたようだ。
 ちなみにブノワが提案した目標達成競争は、日によって出て来る人数が違うために、競争そのものが成立しなかった。それで持参してきた賞品のワインとビネガーは、教会に寄付することにした。アンリエットが丁寧に礼を言って受け取るのを、物陰から観察していた老人達と、近くでしみじみ眺めやっていた司祭と冒険者七人。肝心の二人は、ものすごくいつもの調子だった。
「ご領主の結婚式、何か依頼はないものかね」
「稼ぎ時ですか‥‥」
 ぼそりと誰かと誰かが呟いたが、それを咎める声はなかった。

 翌早朝、まだ夜も明けやらぬうちから見送りに出てきた人々に手を振られて、八人はドレスタットへの道を戻ったのである。
 用意してもらったこの日の弁当は、なんだかとっても豪華だった。