【怪盗と花嫁】潜入調査と一芸と

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 36 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:03月10日〜03月19日

リプレイ公開日:2005年03月18日

●オープニング

 ある依頼に目を留めて、受けてみようかと係員に話しかける。そこまでは普通の依頼だったが、どうやら今回は少し勝手が違うらしい‥‥

 場所はパリ冒険者ギルドの一室。珍しくギルドマスター自らが前に出て、説明を始める。
「大きな依頼です。マント領領主ヴァン・カルロス伯爵からの、ね」
 マント領はパリより約2日、セーヌ川沿いに位置する小さな田舎町である。その閑静な町並みは、貴族や上流階級の旅行先として名が知られている。
 噂によれば、現領主カルロスと前領主の娘クラリッサの婚姻の儀が、間もなく執り行われるというのだが‥‥。
「今回の婚姻は、領内の安定に重要な結婚だということなのだけれど、そこに『花嫁をいただく』という予告状が届いたのよ」
 そうつぶやくギルドマスターが手にしていたのは、一枚の羊皮紙。流麗な文字と華麗な花の装飾のなかには、たった一言の言葉と、そして差出人の署名。
「これを送ったのは、イギリスを騒がせた怪盗、ファンタスティック・マスカレードとなっているわ。
 怪盗は、数名の仲間とともにイギリスを去ったと言われてからは行方知れず。珍しくキャメロットの冒険者ギルドからも注意するように、という連絡が来ていたの。‥‥まさか、パリに来るとは思っていなかったけれど」
 そこまで状況を説明した後、心を決めたように彼女は静かに口を開く。
「怪盗は得体の知れない人物だけど、イギリスでは悪魔の陰謀を暴こうとしていたという噂もあるわ。
 近頃、パリ近郊でも悪魔が関連する依頼が多くなったし、カルロス伯爵は、裏世界に関わっていると言う噂が絶えない人物でもあるわ。そこに、怪盗が関わってきたとなると、大きな裏がありそうな気がするの」
 そうして微笑むと、ギルドマスターは改めて、冒険者たちを見回した。
「ギルドとして、貴族や王室に恩を売っておくのも悪くはないし、大口の仕事ですからね‥‥伯爵より頼まれた花嫁の護衛依頼を掲示しました。幾つかに振り分けてあるので、それぞれの仕事については、係の者から改めて、聞いて頂戴ね」

 花嫁護衛だと言うから、怪盗から花嫁を守ればいいのかと思いきや。
「それは別口。あちらにだって騎士の一人二人はいるはずだし、そんなに多数で護衛なんて不自然だろう? これはどちらかと言うと、うちからの依頼だね」
「うちから?」
 依頼を受けた一人が尋ね返すと、係員は一つ頷いた。『うち』とはパリ冒険者ギルドを指すようだ。ある意味、滅多にない依頼ではある。
「伯爵様は四十代半ば、クラリッサ嬢は十七くらいだったかな。前伯爵のお嬢さんを、跡を継いだ傍流の男が嫁にもらう、よくある話だな。ただお嬢さんは、たいそう嫌がっている。家を飛び出して、修道院に駆け込もうとしたなんて噂が聞こえてくるくらいだし?」
 前伯爵の娘だから、もちろん貴族のお嬢様である。そうした立場の娘が家を飛び出すとは、生半な話ではない。たいそう行動力に満ち溢れているか、そうでなければよほどの事情があるか。
 そして、このマント領は金持ちの旅行先として有名である反面、怪しげな薬が横行しているとか、人買いが跳梁跋扈しているとか、暗い噂が絶えない街でもあった。金が集まるところには、悪党も集まると言ってしまえばそれだけのことだが。
「怪盗なんてのも、ある意味悪党だけどね‥‥以前に国内で色々やってた怪盗も、デビル関係の騒動と縁があってねぇ。このマスカレードもちょっと似てるよね。それにギルドマスターも言ってたろうけど、デビル関係の依頼が増えたのは去年くらいからなんだよ」
 ほうっておくと延々と語り続けそうな係員の話を要約すると、領主の結婚式で人の出入りが多くなっているマント領で、伯爵周辺に犯罪の影があるかどうかを調査してほしいというものだ。
 花嫁の護衛はさておき、ファンタスティック・マスカレードが注目するだろうデビル関係、またはそれ以外の裏世界の動きがあれば、黒幕がどこに潜んでいて、何を目的としているかの一端だけでも掴んで欲しい。あくまで、今回は捕縛が目的ではない。
「相手は、貴族階級に顔の聞く伯爵だからね。何かあっても動くのはブランシュ騎士団あたりだよ。反対に首をとられたら、割に合わないだろ?」
 先走らずに、地道に有力な情報を手に入れてくること。これが依頼だ。
 そして、その方策として、
「えーと‥‥マント領での興行権。これ、うまくすると城の中にも入れるらしいよ」
 なんらかの芸事を披露する一団という隠れ蓑が用意されている‥‥

●今回の参加者

 ea0508 ミケイト・ニシーネ(31歳・♀・レンジャー・パラ・イスパニア王国)
 ea1560 キャル・パル(24歳・♀・レンジャー・シフール・ビザンチン帝国)
 ea2884 クレア・エルスハイマー(23歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea6561 リョウ・アスカ(32歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea7468 マミ・キスリング(29歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 ea7586 マギウス・ジル・マルシェ(63歳・♂・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 ea7786 行木 康永(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8866 ルティエ・ヴァルデス(28歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

ゼルス・ウィンディ(ea1661)/ ファルド・トラニッシュ(ea5636)/ ナオミ・ファラーノ(ea7372

●リプレイ本文

 マント領マントの街。金のある人間の旅行先、短期の逗留先として人気の街は、現在領主の結婚話で賑わっていた。人の口が賑やかなだけではなく、貴族の結婚式を見物したい人々から、そうした客目当ての様々な商売人、芸人の類が集まって、人出も多い。
「トーション・ドゥ・ルナ? 知らない名前だが、マントは初めてか?」
 芸人関係の取りまとめをする世話役のところに挨拶に出向いたルティエ・ヴァルデス(ea8866)とシフールのマギウス・ジル・マルシェ(ea7586)は問いかけに素直に頷いた。どちらもニコニコと愛想良く笑っていて、ついでにマギウスは黙っていられない様子だ。
「最近、パリで結成したのね。一人ずつだと儲からないからね。今回は初興行で、ここのご領主の幸せにあやかろうと思ってるのね」
 冒険者ギルドの誰が興行の許可を得てくれたものか、すんなりと興行場所の割り当てを受けた彼らは、宿屋探しに奔走していた六人と合流した。ここまでは野宿でも咎められないし、大体が慣れているので問題はない。しかし芸人一座が、いくら護衛を名乗るマミ・キスリング(ea7468)と、武器を所持する行木康永(ea7786)やリョウ・アスカ(ea6561)がいるとはいえ、野宿するのは不思議そうに見られたので学習したのだ。幸いに世話役も幾つか上げてくれた宿の中で、値段もほどほどのところに落ち着くことが出来た。
「ここのお金って、誰が払うのかな〜」
 キャル・パル(ea1560)はまるで他人事のように言うが、もちろん『トーション・ドゥ・ルナ』を名乗る八人が払うのである。
「つまりは、ここの料金だけでも稼がなあかんっちゅーことや。でも稼ぎがよかったら、余った分は頭割りやで!」
 ちゃっかり稼いだ金銭の使い方まで決定したミケイト・ニシーネ(ea0508)の台詞に、クレア・エルスハイマー(ea2884)はマギウスが友人のナオミに作ってもらった小道具を眺めている。
 芸人一座『トゥーション・ドゥ・ルナ』の興行と、まったく別口の依頼とはそこから本格的に始まった。

 マントの街に到着したのは夕方近く。幾ら賑やかな街だとはいえ、その時間から興行を始めることはない。それで八人は食事と『仕事場』の下見に行くとして、三々五々に宿を後にした。行く先は、たいていが酒場だ。
 キャルはマミにやや離れて付き添ってもらい、幾つかの酒場から同族が飲食しているところを見付けて入っていった。シフール共通語で色々尋ねてみた彼女だが、残念ながら相手は普通にゲルマン語で返してくるので、密談にはならなかった。
 マミはマミで、仕立て屋を営んでいる老人から愚痴を聞かされて、それはそれは大変だったらしい。しっかり手を握られて、涙ながらに語る老人を振り切るのは、なかなかに骨の折れることだ。
 それに比べれば、クレアとミケイトは平和に食事も出来た。いかにも話し好きそうな人間のおじさんたちに、マントの町の自慢話を拝聴し、一応は一座の宣伝もする。ただし相手は気持ちよく酔っていたので、どこまで会話を覚えているかは謎だ。
 対して店から叩き出されたのは、リョウと康永の二人だった。たまたま入った店がちょっと場末で、季節を無視した露出の高い服装のお姐さん達が何人かおり、西洋と東洋の雰囲気が程よく混じった風貌の二人がかなりもてただけのことだ。須永は話し上手だし、リョウは歌や楽器を齧っていて、女性に対して失礼な振る舞いに及ばなかったところがよかったのだろうが‥‥もちろん他の客は面白くない。

 この間に、ハーフエルフで酒場での情報収集は早めに切り上げたルティエと、一緒に領主の城を眺めに行ったマギウスは、皆の報告を聞いたついでに、リョウと康永の顔を見てため息をついた。
「顔に傷がなくてなによりなのね。でも、こんなに同じ話が出てくるのも困ったことなのね」
「いかにも政略結婚の様子だからね」
 全員がまず耳にしたのは、前伯爵の娘で今回の婚儀の花嫁、そして怪盗ファンタスティック・マスカレードが盗むと予告したクラリッサが、婚礼を嫌がって逃げ出したことがあるということ。もちろん伯爵側も緘口令は敷いたのだろうが、人の口に戸が立てられた者はいない。話は案外有名なようだ。
 それから花嫁衣裳や指輪などの宝飾品が遠方で仕立てられて、マントまで運ばれてくることに対する不満を、これはおもに女性陣が聞いてきた。街は貴族や富裕な商人が立ち寄る名所だから、もちろん仕立て屋も宝飾職人もいる。そうした人々は自分達が無視されたと思うようで、愚痴を彼女達に漏らしたものらしい。
 他には、代替わりしてからの伯爵は色々贅沢品を取り寄せているらしく、遠方から大きな荷物が届くことが増えたとか、城の使用人がよく変わるようになったとか、この辺が悪い噂だ。
 対して、遠方から伯爵を訪ねてくる客が増え、大枚を落としていってくれるとか、辞めた使用人の何人かはそうした客の従者に見初められて嫁いだ娘や、後ろ盾を得て住まいを移した芸術家などが含まれているから、人使いが悪いわけではないという者もいる。女癖が悪いと噂されるのは、クラリッサと結婚しようとしているからだが、それとて必要なことだと、こうしたことを言う人々は割り切っているらしい。
 後は、そのクラリッサが結婚式の前には城内の古い屋敷にこもる慣習に従って、城にはいないはずだとか、実は閉じ込められているんだとか、まあそんなところ。幸いにしてクレアとミケイトが屋敷の大まかな場所を聞いてきていた。ある程度分かれば、キャルが遠くから確認することも出来る。
 それで。
「なんで叩き出されたんや。乗り込まれたりしたら大変やで」
「芸の種にデビルの話を聞きたいって言ったら、いちゃもんつけられただけだぜ。俺が悪いんじゃねーや」
「名前も言っていないので、まず会わないとは思います」
 憤懣やるかたない様子の康永と、相手の下品さに愛想が尽きたという風情のリョウを見て、キャルが囁いた。
「きっとお店の女の人に愛想良くしすぎて、他の人、怒らせちゃったのよね〜」
 まさしくその通りなのだが、クレアとマミは品よく口をつぐんでいた。
 残念ながら、こうした事情ではデビルの話に反応したのか違うのかが分からない。もうひとつ康永が残念なのは、せっかく友人のゼルスが一座の名前をパリで広めてくれたはずなのに、だれも自分達のことを知らなかったと皆が声を揃えたことだ。そんなものなのねと、マギウスはニコニコ気にした様子もないが。
 日が昇れば、見えてくることがあるのかどうか。

 翌日。もちろんその筋に話を通したからには、『トーション・ドゥ・ルナ』は興行をしなくてはならない。マギウスが近隣の芸人や一座に挨拶回りをして、その間に残る七人で宣伝をしたり、芸を披露する場所に舞台らしきものを作ったりする。二日、三日の練習にしては、それなりの舞台が組めた。時間は掛かったが。
 この日からせめて二日間は芸人としての評判を上げることに集中しようとしていた八人だが、なにしろ新顔だ。マントの街に馴染みの一座に比べたら場所は悪いし、狭いし、人通りも忙しそうな地元の人々ばかり。
「ここでやる予定じゃなかったけど、仕方がないのね。お客が来ないと駄目なのね」
 日差しがあるのをこれ幸いと、マギウスが呪文を唱えだした。冒険者の一団は慣れているから、別に騒ぐでもなく様子を眺めている。たまたま発動の瞬間に輝いたマギウスを見た子供が、口を開けて立ち尽くしていたが‥‥
「下からだと、さっぱりなんだか」
 誰かが苦笑したが、ラッパを吹き鳴らす天使の姿が二つと、剣を掲げた天使が一つ、遠方からは確かに見えていた。真下でなければ、全員にも多少は見えただろう。
 そして興行一日目。彼らはそれなりにお客を集め、投げ銭をもらい、食費と宿代の捻出はしたものの‥‥街の中での魔法の使用はご法度だと警邏の役人に叱り飛ばされる羽目になった。食費と宿代しか稼げなかったのは、許してもらうのに幾らか使ったからである。
 ちなみにこの日、剣を持った天使の像が効いたのか、マギウスが行うクレアが入った箱に剣を刺していくも傷一つ付かないという芸と、リョウの剣舞の評判が非常によかった。
 これにはキャルとミケイトが、『弓矢を持った天使にしてくれれば、明日は自分達が』と息巻いていたのだが‥‥

 興行二日目。
 魔法は使うなと言われたにもかかわらず、マギウスは懲りていなかった。クレアのバーニングソードでリョウに剣舞をさせ、街中なのにミケイトにバンバン矢を射らせる。軽業師を名乗るキャルは、たまに的をさせられた。マミが通りを張っていて、警邏が来るとすかさず康永の漫談に切り替える。この漫談、モンスターになじみのない街の人々には、単なるジャパンの話のほうがよく分かってもらえるという嫌な展開もあったが、康永はへこたれない。
「おらおら、書いてもらいたい奴は並べ。横入りするんじゃねぇ」
 いつの間にやら子供を集めて、面倒見もよく相手をしていた。合間にデビルの話を聞きだしては、ジャパンの魔よけだといって、ジャパン語を手に書き付けてやったりしている。
 時々、大人が覗き込むとルティエがやってきて、ものすごく上品そうに、貴族相手でもいるかのような口上を述べることで笑いを取ったりしていた。
 この日の大収穫は、警邏の役人と仲良くなったことだ。魔法は駄目だと念押しに来たのだが、クレアがしおらしく謝ったところ、少し態度が軟化した。素直に謝ってくる芸人は、珍しいらしい。
 でも今日も、稼ぎの大半は持っていかれたが‥‥これで『城に入りたいなら、友人が働いているから口を利いてやる』といったのを守らなかったらどうなるかは分かっているようなので、一応は大収穫なのだ。

 ところが三日目から、街の様子が変わった。表向きはいつも通りだが、警邏の人々の動きが違うのだ。荒事にも慣れている冒険者だから気が付いたともいえるが、困ったことに顔見知りの警邏の役人も駆り出されているのか見当たらない。
 これでは事情も分からないが、代わりに魔法は目立たないように使えば問題がない。警邏に魔法使いが数えるほどしかいないのは、すでに聞き取り済みだった。
「ああ、パリでこんなにお客に待たれたことはないのね。でも私は二つの顔を持つ男なのね。だからここは魔法を使うのね」
「一人でしゃべってないで、はやくやってよ〜。マミさんにも頑張ってもらってるんだから〜」
 所々床が抜けそうな即席舞台の上では、マミとリョウがバーニングソードを掛けた木刀で模擬戦をやっている。木刀だが巻いた布に油をかけて燃えているように見えるので、観客はわあきゃあと声をあげながら目を放せないでいた。もちろんマミへの声援が多い。
 その後には、助手専任のクレアの伸ばした手が持つ的目掛けて、ミケイトが弓の腕を披露することになっている。予定外にやたらと腕の立つ一座になってしまったが、これはこれでよそと重ならないし、模擬戦は毎日同じことなど出来ないので、評判は悪くない。
 この間に、マギウスはサンワードを使って、怪盗の動向を確認しようとしていた。予告状にそう名乗るくらいだから、ファンタスティック・マスカレードを率先して名乗る者』で指定の仕方は間違っていないはずだ。他に幾つかの質問を重ねて‥‥
「お城にいるのね!」
 それでなくても語尾が奇妙に上がったり下がったりする口調が、ひっくり返った。次の演目に移ると伝えに来た康永が思わず耳を押さえたが、舞台で客に向き合ったルティエが耳を押さえたのは別の理由だ。
 どおんと、何かが砕け散る音。というか、爆発する音が街中に響く。それが城砦の爆破された音だと皆が知るのは、もうしばらくしてからだった。まずはうろたえ騒ぐ人々を宥めたり、泣く子供をあやしたりと、後刻『柄じゃねぇ』と康永が呟いた事柄に手一杯だったから。まあ、おかげで。
「お前さんたちがこの場にいたのは、証人がたくさんいるから調べるのも簡単にしとくよ」
 と、警邏に言われたのでありがたい話だ。魔法使いが複数いるよその一座など、一日がかりの取調べでも帰って来れない勢いだというのだから。
「でも、城には入れねぇなぁ。期待してたんだぜ」
「阿呆。相手はデビルを使う一味だぞっととと」
 警邏の役人が口を滑らせたのに、水を向けた康永が食いついた。挙句にミケイトとキャルが尻馬に乗り、ルティエはそっと包みを握らせる。マギウスが『みんな、このまま食べていけるかも』と内心で感動に打ち震えていたのは内緒だ。マミとクレアは仲間と役人のどちらを心配しているのか分からないような表情で、リョウは『あまり困らせるなよ』と言うだけは言っている。
 それらのどれが実を結んだものか、役人がここだけの話と口を開いたところでは。
 怪盗がクラリッサの居る屋敷に忍び込み、護衛の騎士を打ち倒したが、クラリッサは無事だった。しかしその際にデビルが現れたとの証言があり、それらを合わせたところでは怪盗がデビルを操っていたようだと結論付けられた。もちろん城壁で爆発が起きたのも怪盗の仲間の仕業だし、実は花嫁衣裳の輸送中にも何か事件があったらしい。
「デビルを使う奴に、仲間がいるなんてとんでもない話だ。きっと全員、デビルを拝む異端なんだろうな」
 それは違うのではないかと、口を開こうとしたキャルの顔を、ミケイトとマミが押さえた。口だけ塞ぐには、ちょっと体格が合わなかったらしい。ルティエとマギウスは、デビルなんて恐ろしいと言いつつ、役人をねぎらっている。
「景気付けに毎日書いていた文字を書いてあげたらどうですか。またの機会に世話になるかもしれません」
 デビルという言葉に表情が冴えない役人を指して、リョウが康永に言う。康永もおまじない程度と言いつつ、幾つか腕に文字を書き付けてやった。
「ところで、あれはなんて書いてありましたの?」
 ちゃっかりお茶を飲んでから帰った役人の腕に七つも並んだジャパン語を見て、クレアが問いかけた。その返答に、渋い表情になったのは、何も彼女一人ではない。

 ギルドに報告して、護衛をしていた冒険者の目撃談と今の話を照らし合わせる必要があるねと誰かが言い出したのは、しばらく経ってからのことだった。