【怪盗と花嫁】デビルの尻尾を掴め!
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 88 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月24日〜03月31日
リプレイ公開日:2005年03月30日
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●オープニング
彼が彼女に最初に会った時、目をやったのは思い切り胸元だった。
彼女にしたらいつものことなので、あまり気にしない。手でも伸びてくれば、痛い思いをさせてやるところだが‥‥
「個人の趣味にとやかく言うのは野暮だけど、この季節にそれは寒くない?」
「‥‥ほんとに、野暮ね」
「エルフじゃないので、すごいなーとは思っても、魅力的だとはなかなか。ああ、先日はうちの連中に手心加えてくれたそうでありがとう。でも手紙に名前は書くなと、うちの上司が。責任もって処分させていただきますんでー」
どういう『処分』だと彼女が内心舌打ちしたのを感じ取ったか、男はもとから愛想の良かった表情を満面の笑みに切り替えた。
「お姐さんの名前が入った手紙じゃ危ないんで、今頃は暖炉の中だと思うよ」
本当かと思った彼女に、男はニコニコしたまま続ける。
「では、我々はそちらの要望どおりに人を差し向けます。残念ながら、人数の変動があってもそちらにお伝えする方法がなさそうなので、その点はご了解ください」
「それは仕方がないわ。ところで、そんなことを言いに、わざわざ来たの?」
「当方は、基本的に書簡での依頼は受け付けていません。よって依頼人が書簡にあった人物に間違いがなく、依頼内容も記されたものでよいのか、確認する必要があるので依頼受け付け担当の俺が出向いてきました」
確認できたので手続き終了ですと笑った男が、一度も『冒険者ギルド』と口にせず、自分や彼女の名前も言わなかったことに、彼女は気付いたが‥‥当然かと頷くだけに留めた。
ただ、それだけではないだろうと詰め寄ることは忘れない。ここで彼女が言わなかったら、男は素知らぬ顔でパリに戻るだろう。
「いやー、こちらも危ない橋を渡っているから、せいぜいあちこちに恩を売れる情報がほしいなぁと画策しているところ」
「こちらの依頼以外にも、街中で動く人がいるということね」
「なに、デビル探しをするだけだから、そちらの邪魔にはならないよ。きっと」
デビルと伯爵の繋がりを探してくれるのなら好都合と彼女は思ったが、思っただけで詳しいことなど尋ねなかった。なにしろ彼女には、それより何より手の掛かる仲間がいる。
「そう。まあ、お互い頑張りましょうね」
最後までニコニコしていた男は、彼女の少々投げやりな挨拶に手を振って、その場を後にした。
●リプレイ本文
その依頼を受け、師事した、または懇意にしている司祭のところに飛び込んだ冒険者が三名いた。白の教会にクレリックのマリー・アマリリス(ea4526)、神聖騎士のゼフィリア・リシアンサス(ea3855)、そして黒の教会へはフランシア・ド・フルール(ea3047)の女性三名だ。
それにパラのウィザード、ミカエル・テルセーロ(ea1674)が加わって、四人はマント領主の城を訪れていた。デビルの力を借りる怪盗相手の騒動に、聖職者も力添えしたいとの『紹介状』を携えている。ミカエルは怪盗の仲間のウィザードへの警戒と称して、ゼフィリアの付き添いだ。
怪盗が現れて以降、当然ながら城周辺の警備は強化されている。もちろん出入りも制限されていて、祝い事があるはずなのにバードのニミュエ・ユーノ(ea2446)は門前払いだった。中には誰も入れないことになっているようだ。おかげで今頃は源真結夏(ea7171)と一緒に、最近まで城勤めをしていた人々を訪ね歩いているはずだ。結夏も前回受けた依頼の報告にと城に出向いて、すでにギルドから連絡は届いていると追い返されたのである。
しかし、何があろうとよもや聖職者達を追い返すことはするまいと考えていた一行だが‥‥
「これまでの報告からすると、ここら派遣された御者と、クラリッサ嬢の護衛の騎士がアレだった。これを姫君が証言してくれれば、それなりの効果があるだろうな」
「それは、他の者が出向いているはずやな」
何人もが城を解雇された者を訪ね歩いては目立つし、教会から派遣された者も同様。ましてや体格のよいロイド・クリストフ(ea5362)と遊士璃陰(ea4813)では、他人の記憶にも残りやすい。
そんな事情で、他六人が仕入れる情報を待ちつつ、城の周囲など巡っていた二人は、各所で出会う警邏の様子に目を光らせていた。多くは彼らからすると、パリで見かける同業の者とさほど変わらない。しかし時にロイドの、または遊士の警戒心に触れる輩もいた。身のこなし、足取りが明らかに他と違うものが何人か。いずれも目の配り方が普通の警邏とは違う。
これは単純に城に潜り込むとしても、見付かれば厄介なことになると二人は思っていたが、城内は更に面倒なことになっていた。
話し言葉がたどたどしくても、歌は文句なしにうまいので、二ミュエはどこに行っても笑顔で迎えられた。もちろん仕事で歌っている同業者の迷惑にならないよう、長く歌うことはしない。要するに会話の切っ掛けをつかめればいいのだ。
そうして同行している結夏と二人、先日の依頼で分かった『最近城を解雇された者』を訪ね歩いている。総じて彼らは領主への遠慮なりなんなりから口が重いが、結夏とニュミエも何人か当たっているうちにコツが掴めてくる。第一印象はニュミエの歌でよくしておいて、結夏がもっともらしく言うのだ。
「教会のお手伝い? ああ、お城を襲った悪人はデビルの手先だって話ですものね」
デビル退治のお題目はフランシアとゼフィリア、マリーが得ているから、これは嘘ではない。ということにして、二人はそれなりに詳しい城内の見取り図が作成できそうなほどの情報を一日がかりで手に入れることが出来たのだが‥‥
城内で、『紹介状が本物でも、持ち主が本物とは限らない。先日はこちらの用意した御者がデビルとすりかわっていたくらいだから』と散々待たされ、その上で細かく素性を尋ねられていた四人は、ようやく最初に通された部屋から出ることが出来た。部屋にいる間も、四六時中誰かしらが傍にいるので、デティクト・アンデットを使うことも出来ない。素性確認の最中に魔法を使ったら、それがどんな魔法でも、さすがに怪しまれるだろう。
というか、相手に無作法だと突っ込む隙を与えてしまう。しかし。
「あら、私、馬を預けたままなのですが」
「どこの厩か分かれば、そのまま預かるように誰かに伝えに行かせましょう」
ゼフィリアの困惑も、マリーやフランシアの教会への挨拶云々の不満も上品な笑顔でかわした年配の侍女が、城内の案内に立った。もともと城にも神聖騎士などがいるのだが、もちろん伯爵とクラリッサの護衛にかかりきりになってしまうので、それ以外のところを四人に見回って欲しいということだ。
そう言われれば単なる分担だが、疑いを持ってみれば行動を制限されたとも言える。まして伯爵のカルロスにも、クラリッサにも、四人は目通りがかなっていない。招かれたわけではないからある意味仕方のないことと割り切っても、教会からの使者に挨拶がないのではカルロスの芳しくない評価を更に下げることにもなるだろう。
直接会ってもいないのに、伝聞だけですべては評価できないとするフランシアも、こちらの事情は無視して『このまま城内に逗留を』と言われては、多少は勘繰りたくなるというものだ。
なんにせよ、怪しまれずに城内を巡る身分を手に入れるためには、四人は外部との連絡を絶つ必要に迫られていた。ここで無理に外に出ても、その際には尾行の者がつくだろうことは想像に難くない。
対する城外の四人も、ミカエル持参のこれまでの情報から作った城内見取り図を補完する情報も、街中の警邏の様子も、他の依頼で街の中に潜入している冒険者達の大まかな動きも伝えられず、状況も分からずでじりじりと時間を過ごす他なかった。
その翌日、曇天の下。
城内の四人は、複数の侍女と一緒に任された区域を巡っていた。もちろん固まっている必要はないので、マリーとフランシア、ゼフィリアとミカエルに二手にわかれ、それぞれに案内と身分保障を兼ねた侍女が付き添っている。四人だけでは不審者に間違われてはいけないとの配慮だろう。
しかし、マリーとフランシアに二人、ゼフィリアとミカエルに一人付き添った侍女達のいずれもが、最近雇い入れられ、揃って身寄りらしい身寄りがないという。この侍女達は口を揃えてカルロスはよい領主だと語った。どこへ奉公するにも、身寄りという後ろ盾がないのは大変なことなので、わざわざ手を差し伸べてもらったと思っているらしい。
当然、デビルを使うとされていることも合わせて、怪盗への心情は穏やかではないが‥‥、ここで気になることを聞いたのはマリーとフランシアだった。
「怪盗はまた城にやってきて、衛兵の方々に捕らえられたのですか? 一人で?」
「ええ。仲間の居所を言わないから、ええと、あの塔に閉じ込められているって」
「あら、あちらよ。本当なら地下牢なんでしょうけれど、このお城、地下がないから」
案外と無邪気に窓の外を指した侍女達と共に視線を巡らせた二人の視界、城を囲む城壁の上に立つ人影を見出したのはどちらが先だったか。怪盗だと、困惑を含んだ声がどこからか上がっている。
始まったと思ったのは、二人同時のことだ。
地下室はないと聞いて、首を傾げていたのはゼフィリアだ。こうした城には様々な目的に使われる地下室があるはずで、場合によっては使用人の部屋も地下に設けられている。湿地帯に盛り土でもしていれば話は別だが、彼女とミカエルの案内をする侍女は地下がないのは珍しいと聞いてもきょとんとしていた。
「お部屋が地下室なんて、ちょっと嫌ですよね。あ、あれがこの間、悪者の仲間が壊した壁です。なんだか、外がうるさくないですか?」
城仕えの侍女としては言葉遣いのなっていない娘を叱るでもなく、一緒に歩いていたゼフィリアとミカエルは城壁外の騒動に耳をすませた。確かになにやら悲鳴のようなものが聞こえるが、それよりもっと近い城壁内でも怒声が上がったのが聞き取れる。
「ゼフィリアさん、こっちだよ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
魔法を掛けなおして、それから走り出したゼフィリアの後ろから、侍女もスカートの裾をからげて追ってくる。『おいてかないで』と聞こえたが、もちろん二人は構っていられない。とはいえ、格別足が速いわけでもないので、しっかり追いつかれたが。
怪盗が、と聞こえたのは、手近の建物に辿り着き、飛び出していった騎士達をやり過ごしたときのことだ。
街中に、大きな蛙が現れた。
これを見て、ジャパン人の結夏は行儀悪くも舌打ちした。こともあろうに城から離れたときに陽動が始まるとは、だ。とはいえ、ニュミエをつれての城内突入など出来る相談ではないから、こうなったらやることは別にある。
『あら、わたくし、ああいう蛙のことを知っている気がするわ』
ふふん、と誰にともなく自慢するようなニュミエに当然だろうと頷いて、結夏は周囲の様子に視線を走らせた。冒険者の中には、実物目撃の有無は別としても、あれが忍法の産物だと知っている者が多い。知らないマントの住人は右往左往していて、その人垣を掻き分けるようにして警邏や騎士が蛙退治に駆け回っているようだ。
『魔法で寝ていただきましょうか?』
『それが駄目なら、強制的にね』
イギリス語で物騒な相談を手早くまとめ、結夏が周囲の様子を伺いながら、二ミュエを先導して移動を始めた。目標は、蛙に向かっていく警邏の二人だ。
それから先、彼女達の行く先々には倒れ伏す男達の姿があった。
城壁に怪盗の姿が見え、街中に大蛙が現れ、更に城内から慌しい気配が漏れてくる中で、ロイドと遊士は以前の襲撃で壊された城壁の近くにいた。内部に潜入したいのは山々だが、入り口から入るわけには行かず、城壁を乗り越える算段もしていなかったため、崩れているところはどうかと伺っていたところに、陽動作戦の開始だ。隙があれば一気にと思った遊士の目が、ひょいと現れた人影を見咎めたのはその時。
「おい、あれは」
ロイドも気付いて、思わずといった感じで声を上げたが、相手は気付きもしなかったようだ。軽く手を振るようなしぐさで、城壁が再度崩れるような魔法の一撃を食らわせる。居合わせた警備の者が吹き飛ばされたが、死んではいないらしい。
ただ、次の瞬間には疾走の術で飛び込んだ遊士に当て身を食らわされて、今度こそ昏倒する羽目になった。後に続いたロイドも、遊士にはかなり及ばないが音を抑えて、もう一人の警備の者を強制的に眠らせている。
エルフの美女がその横を通り抜けたのは、それからのことだ。艶っぽく片目をつむってみせると、『ありがと』の一言を告げていく。彼らもその後を追ってもよかったが、どうせ目的が違う。
「さて、中の四人と合流出来るやろか」
「遊士なら、邪魔者はどこに留め置く?」
そりゃあもちろん、目的のものから遠いところ。そう当たりをつけた二人は、ホリィ・チャームが向かった方向とは直角にある遊歩道に飛び込んでいった。
絹を裂くようなとはこういうことかと、そんな高級品と日常的な付き合いはないミカエルは顔をしかめた。これまでゼフィリアの魔法にデビルが引っかからなかったのは、当然向こうが自分たちを避けているからだろうと、担当区域ではない建物に飛び込んだら『いた』のだ。デビルの種類に詳しくはないが、何かデビルらしいものが。しかも騎士の鎧を身に付けて。
それを目にした途端に、侍女が金切り声を上げたのでミカエルは渋い表情になった。が、ゼフィリアは『あらまぁ』と口にして、クルスソードに手をかけた。緊張感があるのかないのか、やや不明な声色だ。もちろんミカエルも人の顔をしていない騎士の姿を見て、魔法を唱えようとはしたのだが‥‥後ろから侍女にしがみつかれて息が詰まっている。
一方、デビルも威嚇しても怯えない二人を伺うような間合いから動かない。双方共ににらみ合ってしばらく、攻撃は窓の外からやってきた。幸いにして、ゼフィリアとミカエルには味方に当たる二人の、駆けつけざまの一撃だ。
「騎士様がデビルに食べられちゃったーッ」
何だこれはと言いたげな遊士とロイドに細かい説明をする時間を惜しんで、ゼフィリアは鎧を脱ぎ捨てて逃げたデビルを追って階段を駆け上がる。さすがにか弱そうな侍女に当て身は出来ず、遊士が眠らせたのをロイドが抱えて、ミカエルと共に後を追った。
しかしながら、デビルも『お荷物』があるとはいえ四人を相手取る不利は悟ったらしい。ゼフィリアが呪文を唱えるのを聞いてか、窓から飛び出した。羽があるところからして、インプあたりだろうか。
そう、四人が考えるのは、もう何人か警備を叩きのめして、この場を逃げ出してからのことだ。
この騒ぎの中、フランシアとマリーは伯爵がいるはずの部屋に向かっていた。伯爵に心酔している風の侍女達もせっせと追ってくるが、幾らか距離が離れている。それでも伯爵の居室に繋がる階段はどこだと、切れ切れの声が届く程度の距離だった。
たまに誰何の声を掛けられるが、デビルが現れたのでこちらに向かうと言い返して、マリーとフランシアは通路を急ぐ。どちらも法衣姿だから、見るからに信憑性のある台詞だ。二人が自らの虚言に心を痛めていることは、この際問題ではない。少なくとも、今この場では。
しかし。
「これは‥‥デビルの姿を模したものでは」
伯爵の私室があると言う階まで来て、二人は廊下に置かれた石像に眉を寄せた。そもそもこんなところに石像があるのも不自然だが、その姿も異様だ。そしてなにより、伯爵の私室があると言うのに静まり返った廊下の様子も‥‥
「誰もいないなどということが、ありえますか」
フランシアが辺りを伺うように視線を巡らせつつ、もう一歩踏み出した途端に、石像が動いた。それに声を上げたのは、ここまで必死に追いかけてきた侍女の二人である。息が上がっているのに、大変な悲鳴だった。
それでも、誰かが階段を上がってくる気配はない。
「もぬけの殻なのではありませんか。だから」
伯爵との面会も叶わなかったのではないか。そう口に仕掛けたマリーだが、それより先に石像から逃げることになった。案外と石像の動きが鈍いのと、階段を下りてまで追ってはこないのとで戦うことはせずに、とにかく逃げる。自分達より若い、冒険者でも騎士でもない侍女達を連れているのだから踏みとどまる必要はなかった。
二人はそれぞれに放心状態の侍女の手を引いたまま、人気がないほうに駆け続けて‥‥途中、聞こえた異国語の歌声に進路を変えた。
「怪我人だよ、教会に運ぶから通して!」
最初に見たときより更に崩れた城壁の間から、結夏が二人に手を振る。野次馬もいたが、あれこれ詮索はせず、結夏に言われるままに道を開け、六人ほどの女性を通した。その前には、男女五人がここを同様に通っている。
後刻、二ミュエが呪歌の出来栄えに胸を張ったが、それを咎める声はもちろんなかった。
そうして、虚言を弄することに良心の呵責を憶えない者があれこれと理由をつけ、三人の目撃者をマントの街から連れ出したのである。あまり平常心ではない三人が、教会に行きたいと泣きついたのを利用したとも言う。
とりあえず、パリの教会に預けられた三人は、仕事のことも心配していたが‥‥冒険者達には礼を言っていた。