川向こうの恋人と

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月05日〜07月10日

リプレイ公開日:2004年07月12日

●オープニング

 その日、冒険者ギルドにやってきたのは、二十歳そこそこと思われる青年の集団だった。中に二人ばかり、若い娘が混じっている。
「冒険者って、祝い事の手伝いもしてくれる?」
「ご依頼があれば、人手は探しましょう。宴会に華を添えるバードでもお探しで?」
 いかにも世慣れた感じの係員の応対に、青年達は勇気付けられたようだ。後方で様子を伺っていた一人と、娘の年上のほうを前に押し出して、まとめ役らしいのが話し出した。
 それによると。
 押し出された男女は、もうすぐ結婚する予定だ。渋る娘の父親を、青年がようやく説得して一月後の式まで漕ぎ着けた。それはそれで、めでたい。くっついてきている、娘の妹もいい話だと頷いていた。
 ところが、その縁談がまとまってから、どうも双方の家をささいな不幸が見舞うようになった。
「最初は、彼女の親父さんが井戸の近くで転んだこと」
「次はこやつの家の軒下で、黒猫が生まれただろ」
「両方のおふくろさんが、針を指に刺したとか」
「あと、なんだっけ?」
 いずれも不幸というのもどうかって感じの、ささいな出来事だ。しかし、である。
「あの、うちのお父さん、ものすごく縁起担ぐんです」
「人様には、お父さんじゃなくて、うちの父がって言うのよ」
 今度結婚する姉とその妹が言うところによれば、非常に縁起を担ぎまくる父親は、最近『やっぱり縁談の相手が悪いんじゃないか』と言い出したそうだ。それで結婚したい男女と、それを応援する友人達は、まず教会でクレリックさまにお祈りしてもらって、他に縁起を呼ぶと言われるまじないやら物品やらをかき集め、父親を安心させるべく手を尽くしてきた。
 ところが、である。
「彼女のお父さんが、イギリスの商人から聞いた幸せになるための行事ってのを実行しないとダメだって言うんですよ。東方の国の夫婦が初夏に毎年やるらしいんですけどね」
 それは男女が川を挟んで向かい合い、男は羊を、女は織物用の糸を用意しておく。川は飛び越えられるようなものではダメで、それなりに幅広な場所を選ばなくてはならない。そうして男女は、それぞれが準備した羊と織り糸を、なんとかして相手に渡すのだ。その具体的な方法は、伝わっていない。
 これを無事に果たせると男女は夫婦になっても幸せに添い遂げられるのだと、娘の父親は聞いたそうだ。
「お父様は、単に娘さんを結婚させるのが寂しいんじゃありませんか?」
「多分。だけど、それで結婚を取りやめるなんて、僕らも出来ませんし」
 ともかくも、父親の出してきた難題を乗り越えて、無事に結婚式を迎えたい。しかしながら、川幅七メートルの場所を指定された彼らは弱り果てて、冒険者に知恵と力を借りに来たのだ。
「一から十まで魔法で何とかしてくれとか、お父さんを騙してくれとは言いたくないんですよ。この二人が頑張って行事を成功させられるように、影ながら知恵と力を拝借したいわけで。俺達も知恵絞ったんだけどどうにもならなくて、もしかしたら東方の国の人なら行事についても詳しいかなーって」
 まとめ役の青年がお代はこれくらいでなんとかと、係員に頼んでいる。もちろん係員は断らない。法に触れるでなし、後は受ける側の気分が報酬額と見合えばいいわけだ。

 そうして、冒険者ギルドに依頼を記した羊皮紙が一枚増える。
『結婚を控えた男女の幸せに手を貸してあげよう! 危険なし、知恵必要、祝い事の手伝いで気分は最高。ただし報酬お安め。詳細は依頼人より説明あり』
 たまには、係員もこんな文章が書きたくなるらしい。

●今回の参加者

 ea1812 アルシャ・ルル(13歳・♀・志士・エルフ・ノルマン王国)
 ea2600 リズ・シュプリメン(18歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea2860 エレンディラ・エアレンディル(22歳・♀・ジプシー・エルフ・イスパニア王国)
 ea3826 サテラ・バッハ(21歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea3856 カルゼ・アルジス(29歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea3892 和紗 彼方(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4251 オレノウ・タオキケー(27歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4472 アルジェント・ディファンス(31歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●お父さんのご意向は?
 川の流れは、緩やかだった。歩いて渡っても、足を取られて溺れる可能性は低そうだ。
 しかし、水の色を見た和紗 彼方(ea3892)は言う。ついでに絵を地面に描く。
『中程で、色が濃くなっているのは深いからだよ。危ないから、歩いて渡るのは駄目』
 残念ながら、彼女の絵はさほど上手くない。
「徒歩は無理だと言ってるようだな」
 しかしながら、サテラ・バッハ(ea3826)が意味は汲み取ってくれたようだ。双方ともにノルマン式の『駄目』の身振りをして、頷きあっている。
「通訳を忘れてきたのは、痛かったよね」
 本当に困っているのかと疑いたくなるぽわわんとした笑顔で、カルゼ・アルジス(ea3856)が口にした。
 そう。彼ら冒険者の一行は、彼方とエレンディラ・エアレンディル(ea2860)がゲルマン語を片言すら操れないのに、通訳を雇い忘れたのだ。冒険者ギルドや酒場では、シフール通訳なり誰かがいて、会話が成立していたのが失敗の原因だろう。
 代わりに、物珍しいよその国の人を見ようとか、話題の二人を応援しようと、暑い日にも関わらず見物人は多数繰り出していた。そんな人々は彼方とサテラの様子を見て、きっとすごいことを考えているのだろうと期待に目を輝かせている。
 そうして、そんな村人達を見て、アルシャ・ルル(ea1812)は満足げに頷いていた。彼女の計画には、人手が必要だからだ。
 ところで、この依頼の中心である男女はと言えば。新郎予定がシャルル、新婦予定がジャンヌというのだが‥‥
「お父さん、ここで破談になったらどうするのよぅっ」
「それはないけど、でもですね、お義父さん」
「おまえのような息子なんぞ、持った覚えはないーっ!」
 見物人がまた始まったと呆れ顔で様子を伺う中、娘とその婚約者を相手に頑固っぷりを発揮していた。
『いかにも、娘を手放したくないご様子で』
 一緒になって眺めていたエレンディラが、村に居着いているというシフール相手に溜め息を吐いた。彼女はシフール共通語が少し出来るので、周囲とまったく意志疎通が出来ない訳ではない。ただ今の発言は、見ていれば誰にでも分かることなので、シフールと反対側にいたリズ・シュプリメン(ea2600)も通訳なしで頷いていた。
 そんな彼女達の目の前で、ジャンヌの父親は頑固に言い放っていた。
「とにかく、魔法なんか使うのは駄目だー!」
 この台詞には、せっかく魔法で色々と渡河の方法を考えていたサテラが、形の良い眉を寄せて不機嫌な顔を作った。顔立ち全体が派手なので、非常に目立つ。
 気付かないのは、問題の父親くらいだった。

●ところで、どんな行事なの?
 今回執り行なわれることになった東方の行事について、リズはこう語る。
「東方のセンニン、魔法を使うそうなので、ウィザードですかしら。その方が身分違いで親の反対を受けた男女のために編み出した、結婚成就のための秘儀タナ・バッターのことでしょう」
 この行事では、川を越えられない境界線に見立て、それを乗り越えることで、仮に何かで二人が遠く離れようとも、想いは永遠に一つであることを誓いあうのだそうだ。クレリックのリズが厳かに語ると、聞き入る人々はちょっと感動しながら納得したのだが‥‥とぢらもエルフのオレノウ・タオキケー(ea4251)とアルジェント・ディファンス(ea4472)は首を傾げてしまった。
「タナ・バッター? そんな名前だったろうか?」
「そうです。これを邪魔すると、馬に蹴られて死んでしまう呪いがかかるとも聞きました」
「確か、二人が川を渡るためにかささぎや鴉が橋を架けるのよね」
 オレノウはどうも内容に納得がいかないようだが、リズは断言している。アルジェントが鳥の橋のことを持ち出すと、これにはこっくり頷いたから、まあアルジェントは色々言わないことにしたようだ。
 しかしオレノウは、特別な木を神の贈り物に見立てて、それを用いて橋を架けるのではなかったかと考え込んでいた。
 これでは何が本当やら分からないのだが、最終的にはジャンヌの父親が納得すればいいと話がまとまる。
 ちなみに、この行事について最も詳しく、また正しい話を知っているだろう彼方は、言葉の壁に阻まれながらもジャンヌとシャルルに日本の特殊職忍者の水上歩行の技を示してみせ‥‥残念ながら、断られていた。
 とりあえず、タナ・バッターは親に結婚を反対された男女の幸せを約束する行事に間違いはないようだ。と、その場にいた人々は思ったのである。

●さて、それでどうしよう?
 ジャンヌの父親は、本当に頑固だった。
「魔法は駄目だ。そんな、川の水が割れたり、一発で橋が掛かったりするんじゃ、本人達の努力がいらなくて、儀式にならないだろう」
 高名なウィザードに来てもらって申し訳ないが、そういうわけで見ていてほしい。その申し出に、高名ではないウィザードの面々はちょっといい気分になったり、面はゆい気持ちになったりで、魔法を使わないことを約束した。もちろん依頼人達も、魔法の使用が理由でまたごねられては困ると納得した上でのことだ。
 となると、あとは皆で知恵を出し合って、なんとか安全に羊と織り糸を交換させなくてはならない。
『荷物だけなら、両岸に紐を渡して、それに滑車をつけて物を送るのがいいよね』
 彼方は相変わらず、せっせと地面に絵を描いている。だんだん周囲も慣れてきたし、依頼を受けた仲間同士はある程度気心も知れているから、意志疎通は随分と良く出来るようになってきた。
 おかげで、ほとんど同じことを考えたアルジェントは、彼方の案に加えて荷物を入れるのは大きな籠がいいだろうと、やはり絵を描きながら話している。
 ただし、羊を籠に入れて無事に送れるかで、二人は悩んでいた。
「筏を組んで、川底が深くなるぎりぎりまで距離を詰めるように出して、羊と織り糸を交換するのはどうでしょう?」
「それならロープを渡して、シャルルだけ筏で川を渡ってもらえばいいんだよ。ロープ伝いなら、流されないよね」
 そこに言葉を添えたのはアルシャとカルゼだ。カルゼはついでに、いざとなったらアルシャの馬で引っ張ってもらえばいいと考えつき、ご満悦である。
 かささぎがいいんなら、馬だってきっと問題ない。それどころか。
「いざとなったら、わたくしたちが支えればいいのでしょう?」
 アルシャもにこにこと言葉を添えるが、さすがに村の子供に混じって違和感のない年齢の彼女が川に入ったら、間違いなく流されるだろう。カルゼにアルジェント、ついでになんとなく事情を察した彼方にまで駄目だと身振りで示されて、アルシャはちょっと悲しそうだった。
 さて、悲しそうなのはもう一人いる。
 シャルルとジャンヌ、その友人達と物見高い見物人の大半は、川のあっちとこっちにまずはロープだけでも張ろうかと、あれこれ立ち動いていた。例外はジャンヌの父親と、その話し相手を努めるオレノウだ。先程まではエレンディラもいたのだが、川を渡るときに羊がおとなしいようにと餌やりに行ってしまったので、ただいま二人きり。
「式が一月後と聞いたのだが」
「あと、二十三日だ。ジャンヌは前の女房の忘れ形見でな。他の娘達と似てないから、色々気に病んだこともあるんじゃないかと」
 オレノウはちょっと水を向けただけだが、父親は怒濤のごとく話し始めた。どうやら娘ばかり五人もいて、ジャンヌはその長女、しかも他の四人とは母親が違うらしい。妹達も川の周囲でなんやかやしているところを見ると、姉妹仲は非常に良さそうだが。
 とにかく、父親はまだ話し続けている。この調子だと、オレノウが尋ねなくても、ジャンヌの生い立ちを全部語ってくれそうだ。いつまで続くか、それが問題なのだが。
 この時になって、向こうの木陰で羊とたわむれているエレンディラとのんびりしているサテラが逃げたのに気付いたオレノウだが‥‥いまさらどうしようもなかったのである。
 父親の話は、今ジャンヌ四歳にさしかかったところ。
 ちなみにオレノウにちょっと恨まれたエルフ女性二人は、羊にせっせと鎮静作用があると言われる香草を食べさせているところだった。羊が暴れて川に落ちたりしないように、彼女達なりに気を使っているのだ。木陰に入る前に、エレンディラはジャンヌや他の女性達にレジストサンズヒートの魔法を掛けてやっている。
 サテラは『高名なウィザード』なので、父親の手前、何も魔法は使えないのだった。おかげで羊に草を差し出すくらいしか仕事がない。だって高名だから、村人も何もされてくれないし。
 同じウィザードのカルゼは、適当な石に糸を括り、川向こうに投げて‥‥籠の準備を手伝っていた同業のアルジェントに危うくぶつけるところだった。
 皆が色々話し合い、シャルルとジャンヌの意見を聞いて、結論はこうなった。
 川にロープを張り、筏を組んで、シャルルがそれに羊を乗せて、ロープを伝って対岸に渡る。さすがにジャンヌにお転婆なことはさせられないし、なにより川に落ちでもしたら恥ずかしいではすまない。それにロープを伝って移動するのは、結構な力業だ。
 筏を二つ作るよりは簡単だし、羊だけを滑車や何かで送るのも危険だから、そういうふうに纏まったわけだ。橋を作るには、川底に杭を打ったりが大変だという意見もあったらしい。
「いざとなったら、人で橋を作る方法もあるけどね」
 アルジェントが含み笑っている向こうでは、リズが作業を手伝う友人達に、生真面目な顔で祝福を与えていた。
「さあ、頑張りましょう。馬に蹴られて死んでしまわないように」
 リズの言うことはまたまたずれているが、彼方は明後日の方向を向いていたので、その気配すら気付かなかった。言語の壁は、厚くて高い。
 せっせと用意が進んでいく間に、オレノウが聞かされている話は、ようやくジャンヌ七歳、三人目の娘誕生の場面を迎えていた。

●さあ、川を渡ろう!
 結論から行くと、シャルルはなんとか川を渡りきり、対岸で待っていたジャンヌと羊と織り糸を交換することが出来た。
 しかし。
「きゃー、羊がーっ」
 エレンディラとサテラがせっせと鎮静作用のある草を食べさせたにも関わらず、羊は筏の上でうろうろし始めたのだ。もしかすると、段々に草が利いてきて、ふらついていたのかもしれない。それをシャルルが押さえると、羊が抵抗する。するとそちらに手を取られたシャルルがロープを伝うどころではなくなって、筏は川のど真中で立ち往生してしまった。
 さて、どうするか。と、大半が女性の冒険者一行が表情を曇らせるまでもなく、友人達が川縁に集まった。
「鳥の代わりでいいだろー、おじさーん」
「あ、女の人は、出来ればあっちを向いていてくれると」
 タナ・バッターのいわれをきちんと聞いていた青年達が、ズボンの裾をたくしあげるとさっさと川に入っていく。アルシャが手伝う余地はなかった。
 まあ、彼方がロープを投げたのをシャルルがなんとか受け取って、それを友人達が筏に結びつけて、彼方とアルシャの馬が引いたら‥‥恋人達は無事にそれぞれの品を交換することが出来たのである。
 この間、オレノウは慌てるジャンヌの様子に飛び出そうとする父親を止めていて、サテラは青年の何人かが鑑賞用に持ってこいだとこっそり喜んでいた。後は一応、手に汗を握って、様子を見守っていたのである。

●ところで‥‥
 これで無事に結婚式と喜ぶ恋人達とその友人達を横目に、オレノウは父親に言ってみた。
「あれだけの人に祝福されて、悪い縁談ではないと思うが」
 父親の周囲に集まった冒険者一行も、それぞれに頷いている。ここで父親に納得してもらわないと、依頼完了にはならないからだ。
「この人も、ジャンヌを幸せに送り出してあげると、皆も幸せになると言ってるよ」
 本当はもっとお洒落な言い回しだったが、シフール通訳に掛かるとエレンディラの台詞はこうなってしまう。
「お父様の協力があれば、あのお二人ももっと幸せになれましょう?」
 末の娘と同い年のアルシャにまで諭されて、父親はがっくりとうなだれた。
「嫁に行ったら、毎日顔が見れないと思うと寂しくて‥‥」
 そんなことだろうとは、皆思っていた。
 当人達は好き合っているし、身分云々の難しい話もなさそう。心配する友人達があれだけいて、見物と言いつつ村人も様子を見守りに来る。これだけ恵まれた縁談に反対するのは、手放すのが寂しいからだ。
 でも結婚しても娘に変わりはないでしょうと、誰かが言ってあげようとした時に、ジャンヌの妹がやってきた。そうして言う。
「お父さん、もういいでしょ。結婚したって、シャルルお兄さんの家は畑挟んでお向かいなんだから。歩くと五十歩だったわよ」
 そんなことだろうとは、思っていたのだ。娘を手放すのが寂しいから、父親はごねているだけだと。でも、だけど。
「お向かい?」
「歩いて五十歩?」
 誰かと誰かが呟いたが、応える者はいない。

 とりあえず、恋人達が幸せになれるのだから、それでいいと思おう!
 依頼は無事完了したのだ。