【怪盗と花嫁】狂宴の裏側

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:7〜11lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 14 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月18日〜04月25日

リプレイ公開日:2005年04月25日

●オープニング

 この日、冒険者ギルドの奥、日頃冒険者達が伺えない領域ではいつもと違う空気が流れていた。
「なんですか、どうしたんですか。なんだか偉い人達で会議してましたけど」
「今回の後始末の相談でしょう。さて、あたしは帰るわよ。約束があるから」
「ああ、書いても書いても終わらない〜」
 受付に座っている面々とは異なり、心身と身だしなみ全てが大分くたびれた様子の係員達は、それでもてきぱきと仕事を終えると休憩や帰宅を始めた。特に帰宅を急ぐ者は、何か振り切るように帰っていく。
 いつまでも残っていたら、何をさせられるかわかったもんじゃないと背中が語っていた。
 そして、それが賢明な判断だったかもと思わせたのが‥‥
「なんだ、裏切り者。今は受付担当だろうが」
「だって可愛い娘を置いて、パリから離れられないしー。って、あれほど言ってるのに、最近外回りの機会が増えたみたいでさー」
「人手が足りないというから、急いで戻ってきたぞ」
 滅多にギルドで見掛けない同業者と、受付に方向転換したはずの元同業者を見て、彼らは一様に嫌な顔をした。つい先程まで、大変な仕事をこなしてきたばかりだというのに、どうやらギルドはまた彼らを働かせるつもりらしい。
 もちろん給料に見合った仕事はする。場合によってはそれ以上に働いている自覚もある。
 しかし。
「あの街の依頼、首謀者の身柄確保と陽動、お宝の確保は人員募集してるんだけど、上がもめててね。それだけで依頼を受けた連中の安全確保に十分かってさ」
「見合った力量の奴を探せ。まさかと思うが、俺達に」
「そう。人手が足りなかったら、我々ギルド勤めで一組組んででもって、息巻いている御仁がいたりして」
 大きな依頼に、複数の組に分かれた冒険者が一度に向かうことは珍しくない。しかし、それにギルドの係員達が一団を組んで加わったことなど、多分前例はないだろう。冒険に出る為に日夜鍛錬したりしているわけではないから、そんな話はされても困るだけだ。
 だが、えてして偉い人はそういうことを度忘れする。挙句に前例がないから駄目とは言わず、作ってしまえと言いそうな御仁がいるのを、彼らはよくよく知っていた。
「冗談じゃないぞ」
 一人が苦々しく吐き捨てると、情報を持ち込んだ『裏切り者』がしたり顔で頷いた。
「そうだよね。今日の受付は彼女で、夕方には交代で明日は休み。自分も仕事明けなら、食事くらい一緒に行って、雰囲気盛り上げる絶好の機会。邪魔されたくない気持ちはよく分かる」
「そうなんですか、じゃあ、協力しますよ。一緒に行きましょうって誘って、途中で約束があるからって帰ればいいんですよね。任せてください!」
 同年輩に逆襲され、後輩にきらきらした瞳で『頑張って』と訴えられ、先輩にはニヤニヤと眺められた青年は、むっつりと黙り込んでしまった。ややあって、こう呟く。
「とりあえず、帰って着替えたい」
「あ、そうですよ。綺麗な格好のほうがいいですから。じゃあ誘っておきますから、今のうちに着替えてきてくださいっ」
 お仕事があったら、代わりにやっておきますと意気込む後輩の姿に、尚更むっつりした青年と、大爆笑している人々がいる頃、別の部屋では‥‥

「仮にこれだけの人材を派遣して、出費がこの程度とし、各方面に売れる恩とそこから上がる収益をこれくらいと見込めば、成立しますな」
 冷静かつ沈着に数字を示した一人に、別の一人が鼻の頭にしわを寄せた。これだから冒険に出たことがない者はと言いたげだ。
 それを、また別の者がなだめるように口を挟んだ。
「一部ですが教会の協力は取り付けました。街の住民の安全確保に相当数の派遣をしていただけるようです。となれば、相手に行動を気取られる危険なく動かせる人数を向かわせるのが適当でしょうな」
 大きな卓を囲んだ壮年かそれ以上の年齢が多い一同の間で、もうしばらく論議が交わされ、それが落ち着くと‥‥
「我々は上の方々の走狗ではありませんが、デビルなどに膝は折らないということでよろしいのでしょう? ギルド構成員とて、同じ気持ちかと思いますが」
「気概だけで勝てる相手ではない。その辺をわきまえた者に話を持っていってほしい」
 ギルドマスターと受付の責任者が頷いたのを見て取り、集まっていた人々はそれぞれの持ち場に戻っていった。そんなに長い時間ではなかったはずだが、今頃は各自の机に種類雑多な書類が積み上がっていることだろう。

 そうして、マントの街への依頼が一つ追加される。
 事件の首謀者との対決、地下遺跡の探索と聖遺物の確保、これら作戦のための城内での陽動ときて、こちらでは街の中での陽動と住民、ならびに冒険者達の安全確保を担うことが求められている。

●今回の参加者

 ea0351 夜 黒妖(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1681 マリウス・ドゥースウィント(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea1819 シン・ウィンドフェザー(40歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3415 李 斎(45歳・♀・武道家・ドワーフ・華仙教大国)
 ea3484 ジィ・ジ(71歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea4426 カレン・シュタット(28歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・フランク王国)

●サポート参加者

ティアラ・ノート(ea6119)/ フィラ・ボロゴース(ea9535

●リプレイ本文

 以前も現れた大蛙に、マントの街の人々は顔色を変えた。城の中であれこれと騒動が起きていても、住民が直接危険にさらされたことは少ない。が、この大蛙ばかりは話が別だ。道の真ん中をぺたぺた歩いていようと、自分に向かってきたら踏み潰されてしまう。
 わあっと通行人が逃げ散り‥‥大蛙こと大ガマのギューを操る夜黒妖(ea0351)も苦心惨憺していた。人を避けようと動かしているのに、そこに慌てた子供が飛び込んでくるのだ。
「あっちの通りのほうが広いんだよね」
 黒妖が記憶に叩き込んだ地図を思い起こしつつ、計画に沿って走り出した。単なる住民を慌てさせるのは本意ではないから、忍術も使いどころを考えないといけない。今大事なのは、城内に侵入する人々が速やかかつ安全に目的を達せられることだ。
 その城の、いまだ修復工事が進まない場所では、護衛士が右往左往していた。城壁のすぐ外に沿って、怪盗らしき男が馬を走らせている。かと思えば近くの家屋の屋根に現れたりする。怪盗が魔法を使うことは承知している護衛士も、実際に見えるものを放っておくことは出来なかった。誰が行くの行かないのと騒いでいると、今度は湖にそれらしい怪しげな人物が現れたとか。
「思ったより、つられてくれないな」
 正門が派手な戦闘に入った様子を伺わせる物音を聞きつつ、マリウス・ドゥースウィント(ea1681)が小さく呟いた。同じく家影に立つマリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)も様子を伺いながら、次の手を悩むように細い眉を寄せた。
「でも、危険な所に行きたくないという感じかしら? 伯爵に心酔している者ばかりではないのね」
 マリが思ったことを、城壁沿いに動いていたシン・ウィンドフェザー(ea1819)も察していた。城の護衛士だから真面目で職務熱心とは限らない。仕方なく、追っ手が掛かった際の支援についているニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)に合図を送る。その意味を正しく理解したかどうか、ニルナはシンの馬の前に飛び出す格好になった。
 どちらも仲間だと分かっているマリウスとマリも、一瞬ぎょっとした。城内の護衛士は尚更だろう。ばらばらと何人かが城壁を乗り越えて、その勢いでシンを追いかけ始めた。馬に対して徒歩だから、追いつかれる心配はない。
 残る護衛士がニルナの様子を確認に近付いたところで、彼女とマリウスが一人ずつに当身をいれ、マリもスリープで一人眠らせる。
 そうして一度人気がなくなった城壁跡を、結構な人数が通り過ぎて行ったのはすぐのことだった。
 城内に雪崩れ込んだ者が地下遺跡を目指している頃、ジィ・ジ(ea3484)はカレン・シュタット(ea4426)を伴って湖のほとりにいた。怪盗らしく変装していれば、それなりに人目をひきつけられると踏んでのことだが、カレンが同行したことで大分信憑性がましたようだ。顔は見えないようにしていても、金髪のエルフ女性に散々してやられたことは、護衛士達の記憶に留まっているのだろう。
 ただこちらも、ジィがスクロールの魔法を目立つように使って見せても、警戒しているのか城壁から外には出てこない。
「一か八かで行ってみるといたしましょうか」
「では手筈どおりに」
 カレンがローブを翻らせて、木々が茂った方向に向けて走っていく。ジィは直後にウォーターダイブのスクロールを使用して、湖の中に飛び込んだ。目指すは以前に沈んだ指輪である。
 そうして、大ガマのために多少の混乱が見られた街の中では、李斎(ea3415)が白教会司祭の渋い顔と対面していた。冒険者ギルドがどう手を回したか協力を取り付け、教会も『デビル掃討のためなら』と人手を出したから、街の住民に被害が出るような真似は好ましくないというわけだ。
 それでも、有事の際には住民を教会に集めて、状況次第では街の外に出す段取りは出来た。ただ城壁に籠もって戦うのが普通の感覚だから、その延長で教会に立て籠もられる可能性も高い。それで守りきれるかどうかは、いささか心許なかった。
「船が見付かったら連絡が来ます。それまではこちらの手伝いをお願いします」
 しかし、今のところデビルが出た気配はない。場合によっては城の正門あたりで活動しているのかもしれないが、街中に散った教会関係者が気付けば合図がある。
 まずはこの騒ぎについて、城に状況の確認に行くという司祭の護衛をしつつ、李は一緒に移動することになった。
 どうやら城の正門前で、インプらしいものが目撃されたと知らせが入ったのは、街の大通りを歩き始めてすぐのことだった。
 そして、次には。

 シンが扮した怪盗は、途中で追手との間に大ガマが割り込んできたことで、予定通りに姿を消した。この後はいつになるか分からない。城内に入り込んだ冒険者達の脱出を待って、適宜人目を集める陽動を繰り返す予定だったのだが‥‥
 まずは仲間と合流し、必要なら正門の援護に行くべきかと考えていた黒妖、マリウス、シン、ニルナの四人が予定の場所と少しずれた地域に向かったのは、何人分もの悲鳴が聞こえたからだ。それぞれがいた位置から駆けつけた四人が見たのは、両手から血を流した神父と、その背後に庇われた少年少女が三人ばかり。
 あとは、その怪我を負わせただろう存在として、梟の頭部と天使の羽根を持つ人影。明らかに人ならぬ身で、手にしたレイピアが血に塗れていた。
「おぉ、加勢が到着したようだ。どこまで役に立ってくれるかな」
 梟の嘴から発される声はゲルマン語だった。しかし、どう贔屓目に見てもデビルの姿に、黒妖がキューッピットボウに矢を番えて放つ。デビルが冒険者達を振り返り、その間に少年がふらつく神父に肩を貸して僅かでも逃げようとした。少女が二人、泣きながらそれに付き従う。そちらにはニルナが駆けつけて、神父を預かった。あとはマリウスにオーラパワーを付与してもらったシンが前に入って、デビルとの間に立つ。デビル相手に真っ向から戦うのは愚の骨頂だが、さすがに怪我人を見捨てていくわけには行かない。
 マリウスも日本刀にオーラパワーを付与するが、飛び込んでいくようなことしなかった。黒妖も矢は番えているが、放つ時期を計っている。
 と、デビルが哄笑した。
「二本きりの腕で、何をどれだけ支えるつもりなのだ? 出来もしないことをして、無能さをさらすが好みなら止めぬが」
 繰り出されたレイピアを、シンは盾で受け流すことが出来た。こちらも日本刀で一撃加えるが、その様子に眉をしかめる。わざと当たられたように感じたからだ。背後からのマリウスの刃は、ぎりぎりといった感じだがかわしているので尚更に。
 そうして、黒妖の二の矢は当たれども、何の痛痒も感じさせない動きで地に打ち捨てられる。挙句にニルナがリカバーでの手当てを終えた神父を目の端に留めると、笑う気配を滲ませた。梟の表情など、誰も窺い知ることは出来ないが。
「神の僕の力の程、とくと見せてもらおうか」
 神父より先にニルナが険しい表情でデビルを睨み付けたが、その視線の先でデビルは姿を消した。皆が周辺の気配を探っても、攻撃が来る気配はない。
 ただ、デビルが見えなくなった途端にくたりと倒れた少女達が、緊張がまるで澱んだ水のように粘度を増していた空気の存在を気付かせてくれた。
 しかし、事態はここから始まる。

 冷たい、視界の開けない水のおかげで指輪を拾い損ねたジィと、カレンとマリが合流して教会前に辿り着いとき、その周辺は怪我人でごった返していた。宙を飛び、突然姿を現したり消したりするデビルのために傷を負わされた人々が担ぎこまれてくるのだ。怪我人の大半は聖職者で、デビルに怯えた人々は怪我人を運んでくると共に教会に庇護を求めている。
 ウォーアックスに銀の短剣などを手にし、身に付けた李が、司祭と共に魔法の使える聖職者をかき集めて、怪我人の治療に振り分けている。魔法が使えない者は、人々の気持ちを落ち着かせるために言葉を尽くしているが、どちらにせよその数は少なかった。
「街中に兵士の姿はないけれど、これではもっと始末が悪いわね。他はどうなの?」
 マリが竪琴を取り出しながら、首を巡らせる。マリウスとニルナの姿がないのは、馬で街中に異変と、聖職者には狙われていることを教えるためだ。梟の頭のデビル、名前をアンドラスということを知る者はいないが、それと正面きって戦うことは今は想定されていない。
 領主がどうあれ、マントの街はごく普通にジーザス教徒の住む場所ゆえに、ほとんどなす術もなく聖職者達がデビルに打ち倒されていく姿はいっそうの恐怖心と無力感を掻き立てる。万が一にも聖職者達が多数殺されでもしたら、統制が取れなくなった人々が一斉に動き出して傷付けあう羽目にもなりかねない。
「万一の時には、魔法の付与はいたしましょうぞ。今は何を手伝えば?」
 両手を怪我人の血で染めて、シンの隣に陣取ったジィは言われたとおりに止血を始めた。マリのメロディーが人々のささくれた神経を慰撫する中で、カレンは教会に保存されていた薬草を必要なところに運び、黒妖はキューピットボウ片手に周囲の警戒をしている。実際にはデビルに効果があるか怪しくなっているが、魔法の弓を持っていると知らせれば人々を落ち着かせる役に立つとマリに言われたのだ。同じ理由で、シンも李も目立つ武器を携帯している。
 そうして、街の大通りを巡ったニルナとマリウスは、それぞれに馬に一人ずつ怪我人を乗せて戻ってきた。やはりどちらもが聖職者である。
「片端からクレリック狙いです。住民には、出来るだけ大きな建物の中で固まっているように伝えました。ご無事なクリレックの皆様が付き添っています」
 有事にも助けやすいように手を打ったニルナが報告している間に、マリウスは簡単な応急手当がされただけの怪我人を待ち構えていたクレリックの手に委ねた。手当てされる側もする側も聖職者だ。それ以外の怪我人は、逃げようとした弾みに転倒したり、聖職者へのアンドラスの攻撃に巻き込まれただけである。
「こちらを使ってください。足りなければ、あちらの荷物の中にもあります」
 マリウスがポーション類を司祭に渡し、他の者もそれに続いた。予備に自分達の分を幾つか持つ。
『人を殺し絶やすは易しい。だが、我はタロンと同様に、人に試練をくれてやろう。そしてセーラと同じく慈悲も垂れてやろう。一撃で殺さぬのは、試練であり慈悲だ。無力で無能な神の犬どもよ』
 アンドラスが聖職者の一人を、肩に刺したレイピアで吊り上げ放り捨てた際に言い捨てた暴言に、司祭は唇をかみ締めて教会の中に戻っていく。常とは違い、血に汚れ、疲れ果てた面持ちの人々が祈っている礼拝堂の扉は、けれども閉められなかった。
 初めて八人揃ってマントの街を駆けようとする冒険者と、城内外でデビルを相手に全力を尽くしている他の仲間達へ、扉は開かれている。

 その後、アンドラスとの遭遇は三度あった。
 一度使った魔法は効かない、魔法の武器も一撃しか痛打を与えられない。それとて効果を発し、当てることが出来ればだ。ただし、当たれば負傷させられずとも、衝撃は伝わる。矢も動きを妨げる役には立つ。
「普通は、仕留めても食べられないものは射ないんだけどねっ」
 弓手としてはこの中で随一の腕を持つ李が、黒妖から借り受けたキューピットボウで次々と矢を放つ。カレンがライト人グサンダーボルトを使い、ジィにバーニングソードを付与されたマリウスとシンが間合いを計って踊りかかる。
 または建物に逃げ込んだ人々を襲っているアンドラスをマリがシャドウボムで振り向かせ、その間に黒妖が呼び出した大ガマを盾にニルナが襲われていた人々の元に走る。皆と武器を融通しあったシンやマリウス、李も加わってアンドラスと睨み合う間に、ジィとカレンがニルナと共に襲撃をされていた人々を建物から裏手の道に誘導した。黒妖は弓手に戻り、マリはムーンアローでアンドラスを牽制しようと努めている。大半の攻撃は軽くいなされるが、アンドラスが冒険者達の相手を面白がっている間に怪我人も教会へ向けて送り出せた。
 あとは大ガマをアンドラスに向け、建物の影でシャドウボムを爆発させ、速やかに撤退を始める。ニルナにリカバーで傷を癒してもらい、ソルフの実を適宜使用して、またアンドラスを追って走り出す。馬が使えればいいのだろうが、駿馬でさえ最初にアンドラスと向き合った際に落ち着かず、かえって危険なので避難する人々に使わせたままだ。

 合間に、城壁の近くで大きな箱らしきものを抱えた同業者とすれ違う。通りの先から届いた破壊音に向けて走りつつ、李が声を張り上げた。教会が派遣してくれたクレリックが、聖遺物を運ぶための船は確保してくれているはずだ。
 見送る暇さえ、このときはなかったけれど。

 最後にアンドラスを彼らが目撃したのは、インプを伴った姿だった。そのインプは彼らを見ても敵愾心も見せず、おどおどした様子でアンドラスの周囲を飛び回っていて‥‥手を振られると速やかに飛び去っていく。
「千客万来だが、面白いほどに皆、力を出し惜しんでいる。まだ宴は準備の段階。これからを楽しみとしようか」
 人の姿ならおそらく他人を魅了するような笑顔だったろう声色で告げて、デビルは黒い狼にまたがって城のほうに向かっていった。後に残ったのは、直前までなんらかの魔法で崩されかけた建物の中から、彼らの様子を伺う人々だ。
「怪我を治しましょうね」
 土埃や汗で汚れていても、ニルナににこりと笑いかけられた人々は、へたりと床に腰を落としたのである。

 結局、デビルが後一歩まで追い詰めたカルロスを連れて逃げたらしいこと、聖遺物が冒険者達に確保されたことも気付いていたことを八人が知ったのは、その日の夜半になってからだった。街の中に隠れていた人々の無事を確認して歩き、怪我人の治療を手伝い、人心を落ち着けて歩くのにそれだけの時間が掛かったのである。
 派手に陽動をやった面子も自分や住民に出来る範囲の手当てを施してから逃げる算段を整え、城の護衛士達の追及も司祭の『逃げていくのは見たが、それどころではなかったので止めなかった』という説明になし崩しで終了したらしい。確かに『それどころではない』のだ。日暮れ前になって、誰の判断か城勤めの侍女達が結構な人数で手伝いにきた。
「代わりますから、お休みになってください」
「‥‥みんなそうしたいけど、気持ちが昂ぶって落ち着かないのよ。あんなデビルが出るとはね」
 同じバードの女性の申し出に、弦を爪弾き続けて血のにじんだ指を眺めながら、マリが呟いた。

 その心情は、深夜になっても動き続けている人々に、冒険者や聖職者の区別なく共通した思いだったのである。