不良神父を更生せよ?

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月28日〜05月31日

リプレイ公開日:2005年06月05日

●オープニング

 この日の早朝、ドレスタットの冒険者ギルドの入り口で、珍しい騒ぎが繰り広げられた。
 見るからに冒険者ではない女同士のつかみ合いなんて、滅多に見られるものではない。しかも片方は服装からしてクレリックだ。
「神父様をどこに隠したのよっ!」
「え‥‥もしかして、ヴィルヘルムのことですか」
「名前で呼ぶなんて、あんた、神父様のなんなのよーっ!」
 痴話喧嘩系なら他所に行ってやってもらいたいものだと思った受付の係員が制止に入る前に、女の数がもう一人増えた。しかも先にいた女と一緒になって、クレリックの髪を引っ張ったり、腕に爪を立てている。よく見れば、クレリックはやられる一方だった。
 ただならぬ気配に、係員や居合わせた冒険者がとりあえず三人を引き離した。屈強な者ばかりが居合わせたわけではなく、引っかかれたり噛み付かれたり、被害も大きかったようだ。しかも聖職者がいると、狙い撃ちで引っ叩かれたりしている。
 普通聖職者にこういう乱暴狼藉を働く者は少ないのだが、クレリック以外の女二人がきいきいと甲高い声であれこれ叫んでいると、通りの向こうから足音も高く走ってくる男が三人ばかり。こちらは冒険者というより、海の男といった感じだが、あまり柄がよろしいようには見えない。
 そうして。
「おまえら、勝手に出歩くんじゃないって、あれほど言っただろうがっ」
「だってぇ、神父様がこの女になんか言われていなくなったんだよぉ」
「早く捜さないと、フランがさぁ」
 よく見れば、そこらのおかみさんとは思えない濃い化粧や肩口があらわな服装の女達は、男達に怒鳴られてしゅんとしている。しかし子供かと思うほど小柄な女性クレリックを指差して、やはりきいきいと文句を並べた。指差すのも、相当失礼な行為である。
 しかし、このときも女性クレリックは立腹した様子を見せなかった。乱れた髪を整えると、被り物は手にしたまま、女達に話し掛けた。
「ヴィルヘルムでしたら、どこか薬草を商っている店にいると思います。義兄が薬代がいるというので、幾らか用立てましたから。ところで」
「やっぱり神父様だわぁっ」
 話を最後まで聞かず、女達は一目散に駆け出した。男も二人がそのあとを追い、一人が残る。一応『ところで』の後を聞くつもりのようだ。
「‥‥ヴィルヘルムは、今度新しく建つ教会に責任者として出向くことになっています。そのための準備を整えて、十日後には任地に出発して欲しいのですが」
「そりゃ、俺は約束できねえし、神父様も分からんと言うだろう」
「それでは、六日後か七日後に、アンリエットが出向くから、いつなら出発できるか教えて欲しいと伝えていただけますか」
 男はしばらく黙っていたが、やがて頷いた。伝言は伝えるということだろう。
 ただし。
「だがな、神父様は多分あんたが思いもしないところにいるぞ」
 言うだけ言って、これまた走り去ったのである。
 もちろん話題の中心のヴィルヘルム神父の居場所は教えないままに。

 そうして、取り残されたアンリエットだが。
 まずは助けてもらった礼を、関わった全員に丁寧に述べた。それから皆に冒険者への仕事の頼み方など尋ねて‥‥
「それは、ご縁がないようです」
 とうなだれた。問題の義兄に金を貸したので、報酬を支払う余力がないのかもしれない。
 ちなみに彼女はドレスタットの地理に不案内なので場所は分からないが、目的地の名前は分かっている。一人で行けば、先程の二人組からのような扱いになる可能性は高いのと、はなから話し合いにもならないので案内と付き添いを頼みたいようだが、世の中先立つものは必要だ。
 なお、目的地は『冬の花』だという。
「義兄のいつもの行動からして、酒場か娼館なのでしょうが」
「神父が借金してまであんな店に出入りしておるのかっ。ええい、それなら来なさい」
 許しがたいという態度で、係員がアンリエットの手を掴んでギルドの建物に入っていった。詳しく話を聞いてやるつもりかもしれないが。
「店の場所、知っているのでしょうか?」
 誰かがぽつりと漏らした通りのことを、居合わせた半数くらいは思っていた。
 しばらくして、アンリエットは自分の教会に戻る迎えの馬車が来るからと、やはり丁寧に挨拶をしてから帰って行った。

『依頼:不良神父を見つけ出し、任地に向かうまで見張ること。
 年齢三十五歳の人間、男、黒髪に緑の目。女好きのする顔立ち。
 身長は一八〇前後で体格もよいが、武術の心得はない。
 合わせて、この不良神父が妹御から借りた金貨五枚も徴収するように。
 居場所は娼館の『冬の花』近辺』

 誰よりも憤慨している係員のドワーフ親父は、小声で言っていた。
「報酬は、六人で金貨二枚と銀貨四枚じゃ」
 それは、等分に割ると40Cということである‥‥

●今回の参加者

 ea3892 和紗 彼方(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6505 ブノワ・ブーランジェ(41歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea6942 イサ・パースロー(30歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea7256 ヘラクレイオス・ニケフォロス(40歳・♂・ナイト・ドワーフ・ビザンチン帝国)
 ea9901 桜城 鈴音(25歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb0826 ヴァイナ・レヴミール(35歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

●情報収集するも‥‥
 白クレリックのアンリエットから、同業の義兄ヴィルヘルムがいる娼館『冬の花』への案内を頼まれた冒険者は六名。当のアンリエットは自分の住む街に一度戻って、またドレスタットに出向いてくることになっていたのだが、もう一人、同じことをしている者がいた。和紗彼方(ea3892)は、ヴィルヘルム探しの前に受けた依頼がアンリエットの住む街でのものだったから、すでに一週間ほど一緒に過ごしていることになる。
「でもやっぱり、何回聞いてもいい人だよね。神父様に帰ってほしくないって、閉じ込められてなきゃいいけど」
 ドレスタットに戻ってすぐ、案内のためにいつもの着物をノルマン風の服にしている彼方の言葉に、アンリエットは『そういうことはないと思う』と思いがけずはっきりと言った。それなら大丈夫だろうと、彼方は簡単に納得したのだが。
 中には、同じことを心配している者が他にもいたのである。港近くの酒場『竜騎亭』にやってきたブノワ・ブーランジェ(ea6505)とヴァイナ・レヴミール(eb0826)は『冬の花』について聞きこみ中だ。
「えぇっとぉねぇ、そぉの通りのお店はぁ」
 ただ、店主のディアヌから話を聞くとなると、ものすごい時間が掛かる。そのことを重々承知しているブノワは、地理に不案内ゆえに連れてきたヴァイナに申し訳なさそうに会釈した。対してヴァイナはといえば。
「‥‥いい目だな」
 話は話で聞きながら、自分の趣味も幾らか楽しんでいるようである。ハーフエルフながら、ロシアの出身といったところ普通に扱われたので、案外気に入ったのかもしれない。でも食べたものの代金は、ちゃっかりブノワにつけていた。
 そうして冒険者ギルドでは、アンリエットから話を聞いたドワーフの係員に、ヘラクレイオス・ニケフォロス(ea7256)とイサ・パースロー(ea6942)、桜城鈴音(ea9901)が話を聞いている。実際には鈴音がいるので細かいところを聞きにくいし、係員も話しにくいのだが、鈴音は微妙な空気に気が付かない。
 挙げ句にイサの『新しい教会の責任者が素行不良とは思えない』、ヘラクレイオスの『アンリエット殿の義兄がそうした場所に出入りするとは意外』という意見を振りかざして、一言断言した。
「おっちゃんの早とちりでしょ?」
 この『おっちゃん』とは係員のことだ。確かにイサもそう思わないでもなかったし、ヘラクレイオスも言われればそんな気もするのだが、鈴音に断言されると係員の肩を持ちたくなる。
「きっとさ、フランさんって言う人が病気か怪我で、看病してるんだよ」
 言い負かされた係員に助け舟を出すように、イサが一つ補足した。アンリエットはリカバーの呪文が使えるので、怪我人ならば彼女を『冬の花』に連れて行くはず。
「つまり、病人の可能性が高いわけか」
 これについては、ブノワやヴァイナ、彼方にもちろんアンリエットも思ったことである。
 皆であちこちから聞いていたところによれば、『冬の花』とは本当にはやらない娼館であるらしい。娼婦が人間なら二十代後半からそれ以上の年齢といささか董が立っているので、常連客以外はほとんど寄り付かないそうだ。
 まず女将がドワーフの老女で、全部で十五人前後の女がいる。種族はハーフエルフも含めてノルマンで見られる種族全部。係員が嫌ったのは、女将が同族であるとことと、娼婦の半数がとっくに年季明けしているはずの女達だからだ。よほど悪辣な手段で、いつまでも働かせていると思っていたのだろう。
 そうした場所に聖職者が出向いて、歓迎されているとなればそうそう簡単に返してくれるとは思えず、さてどうしようかと全員合流したところでほとんどの者が頭をひねっていると。
「みんな、何してるの? 行くよー」
 と、鈴音が飛び出していった。言われるままに、アンリエットも一緒だ。
 時刻はちょうど午前が半分過ぎた頃。海戦祭の賑わいがまったく届かないかのように人気のない通りに一足早く辿り着いた鈴音は、追いかけてくる他の六人を待たずに声を張り上げた。
「ヴィルヘルム神父さんに会わせて欲しいのーっ」
 彼女の目の前には、仏頂面もここに極まれりといった表情のドワーフが出てきている。

●再会は賑やかに
 件の『冬の花』の前に辿り着いたのは、鈴音が最初。次は彼方だった。ドワーフのヘラクレイオスは走るのが得意ではないし、他の四人は宗派の違いはあってもクレリックばかり。やはり瞬発力には欠ける。それでも黒の使徒のヴァイナが他より少し早く到着した。
「ジャパンの子供に、ハーフエルフの神父かね。おまえさんがアンリエット嬢かい?」
 早く早くと急かしている鈴音は無視して、女将と思しき老女が声を掛けたのは彼方だ。ジャパン人の彼女は何で間違われるのかと思ったが、他の二人ともどもすぐ気付いた。
 ヴィルヘルムは黒髪碧眼で体格がいいらしい。彼方も黒髪碧眼で背が高いから特徴としては似ているのだ。
「ううん。アンリエットさんは、こっちに走ってきてるあの人」
 警戒心露わな相手の様子に、彼方も困惑の表情で返事をする。きっとこうなるから搦め手で行こうと思ったのに、鈴音が飛び出したので色々仕込んでくる暇もなかった。ヴァイナも憮然とした様子で、女将の後ろに現れた男達を眺めている。
 ただ、騒ぎを聞きつけて出てきたのだろう男達も、若い娘二人にハーフエルフの聖職者という取り合わせには驚いたらしい。ようやく到着したアンリエットとブノワ、イサ、ヘラクレイオスを見て、一人が女将に何事か囁くと、多少態度が軟化したが。
 それでも仏頂面の女将が何か言うより先に、アンリエットが謝罪した。『早い時間に申し訳ありません』と聞いて、鈴音と彼方が太陽の位置を確認しているが‥‥事情を察した男性陣もいちいち説明してやるのは避けたようだ。冒険者でも、娼館の用心棒でも、言うに言えないことはある。
 ちなみに用心棒の数は、確かにやたらと多かった。十人は数えられる。
「まだ皆様お休みでしょうが、ヴィルヘルムの手が空いているようでしたら、少し話をさせていただけませんか」
「そんな客はいないよ」
 予想通りというにはいささか異なる反応に、冒険者はそれぞれの気分に従って表情を変えた。幸い好戦的なのが鈴音だけなので、娼館側の男達が力に訴えようという気配はないが‥‥彼らも女将の対応にはいささか不満があるらしい。この中で最も動じなかったのは、不思議とアンリエットだった。
「客の素性を明かさないが流儀と心得ておりますが、義兄の居続けの代金が不足するようなら立て替えるつもりで参りました。なんとか都合していただけませんか」
 この女性は、ここがどういうところかやっぱり分かっていないのでは。そう心配したのがブノワとイサだが、そんな二人だって本当に分かっているのだろうかとヘラクレイオスはさらに心配げだ。相手は聖職者とは一番縁が遠そうな職種の取りまとめである。
「いないもんには会わせられないよ。それにあんたみたいな女の入るところじゃないからね。娼館なんざ、入ったことないだろ?」
「じゃ、夕方に出直してきたら、入れてくれるものか?」
 自分ならどうだと言い返したヴァイナに、鈴音と彼方が『夕方かぁ』とどこかずれたことを呟いている。と‥‥
「昔、いたことならありますが」
 それならいいですかと切り返したアンリエットの横で、血の気の引いた顔のブノワが立ち尽くしていた。ヘラクレイオスはその横顔を見上げ、イサはアンリエットの後姿を見下ろしている。彼方と鈴音は互いに顔を見合わせ、ヴァイナは首を巡らせてあちこち眺めていたが、ふいに声を上げた。
「止まれっ。その針を使うに相応の理由があるのかっ」
 大きな縫い針を抱えてアンリエットの頭上に飛んできたシフールが、ヴァイナに向かった唾を吐いた。誰にも当たらなかったが、相変わらず針を抱えて飛んでいるので、イサがアンリエットを傍らに引き寄せた。まだ立ち尽くしているブノワは、それにも気付いていないようだ。
 そのころになって、『冬の花』の中でざわざわと複数の女が言い交わしている声が聞こえ始めたが、内容はさすがに分からない。さらにアンリエットが誰にとっても予想外のことを言ったものだから、女将や用心棒も毒気を抜かれたようになっていた。
 不意に、二階建ての『冬の花』のひさしから声が降ってきた。
「おい、他人を傷付けるのは止せ。俺の妹はそれでなくても体が丈夫じゃない。ばばあ、階段に女どもが張り付いて下りられねぇぞ。フランが寝てる間に、飯食わせてくれ」
「でも、でも神父様、この女嘘吐きよ。娼館にいたなんて言うんだから」
「あー、いたのは間違いねェな。生まれたのがそこだから。病気がちで、ちっとも大きくならないんで、母親が死んだときに一緒に捨ててあった」
 慣れた様子で二階のひさしから降りてきた男は確かに黒髪碧眼で、同族でなくても整っていることを認めるのにやぶさかではない顔立ちだった。クレリックがよく着ているローブに十字架のネックレスをして、その外見を裏切る口の悪さだが。挙げ句にシフールをわしづかみにして、針を取り上げている。
 そんなにしたら可哀想でしょと、鈴音が今度はこちらに食って掛かるのを横目に、女将は入口に集まっていた男達を中に戻した。すると中から数人の女が出てきて、女将にきいきいと何か訴えている。離してもらったシフールも、懲りずにその仲間入りだ。
 そうして、通りに取り残された形の一行は‥‥
「アンリエット、お前道案内にこんなに連れてくるなよ。こういう時に頼りに出来るような仲の男はいねぇのか」
「あいにくと」
 やはり固まっている一人と、あらぬ方を見やった四人、相変わらずヴィルヘルムを怒っている一人で、再会した兄妹を囲んでいる。

●花枯れの夜
 紆余曲折はあったものの、彼らとアンリエットはそのまま夕方まで『冬の花』とその近辺にいた。病人の看病なら手伝うと何人かが申し出たこともあるし、同じ通りの別の娼館から『また神父が来た』と様子を伺っている女達がいたせいでもある。
「よく寝てるなぁ。でも、こういうのっていけないんじゃないの?」
「男は幾つになっても子供なのよ。見逃しておあげ」
 普段は昼過ぎまで寝ているという女達が部屋に引き上げてから、鈴音は建物内部の掃除に取り掛かっていた。女手がある割には、ここは清潔とはいえず、とりあえず一階の廊下の隅に積んであった毛布の埃を叩いて日に当てる。台所のかまどの灰もかき出して、建物裏に置く。廊下の埃もせっせと掃きだした。
 鈴音がそんなに働いている間、ヴィルヘルムがどうしていたかといえば、店のエルフ女の部屋で膝枕をしてもらいながら爆睡中だ。部屋の扉が開いていたので、廊下を歩いているといやでも見える。寝るなら一人で寝ろと、至極当然の感想を抱いた鈴音だった。それでも、一応ずり落ちそうな毛布を直してやる。
 ただそれだけのことで、エルフ女の表情が和らいだので、鈴音は気になっていたことを尋ねた。フランという病人がいるのは、皆の様子とヴィルヘルムの説明で分かった。折角彼女が抱えてきたポーション類は役に立たないが、どんな病状かと問うても誰も教えてくれなかったのだ。
「フランさんって、どこが悪いの? いつごろよくなりそう?」
 ヴィルヘルムがあまり間をおかずに、新しい仕事にいけるといいねと続いた鈴音の言葉に、『冬の花』では皆から姐さんと呼ばれる女は目を細めた。
「真正面から聞きに来たことといい、神父様がいい人だって察したことといい、あんたはいい子だね。でもねぇ、神父様はさ‥‥」
 よく見れば、目の下の隈が色濃い男は、まだ深く眠っている。

 何の因果か『冬の花』の鎧戸を直すことになったヘラクレイオスと彼方は、女将相手に四方山話をしていた。女将はアンリエットのことを知りたがるが、二人ともに依頼で何回か顔を合わせたのみで、個人的なことは何も知らない。生まれについてはもちろん初耳だ。
 それでも人となりの幾らかは説明が出来るので、差しさわりがない範囲でそれは伝えようとしてみたのだが‥‥
「お堅くて、不義にうるさくて、頭がいい? そんなのにフランの看病をさせて大丈夫なのかい。もう一人もなんだかぼうっとしてるし」
「あ、でもね、子供やお年寄りのお世話するのは好きだし、小さい子の面倒見るのは上手なんだよ。だから心配ないよ、ね?」
「責任感のある真面目なお人じゃ。あの神父殿が任せたのだから、疑うものではない」
 今ひとつ、警戒心の残る女将との意思疎通はうまくいき難い。ヴィルヘルムが数日中には任地に出発できるだろうと、本人に尋ねる前に女将が請け負ってくれたのだが、こうかみ合わないことが続くと本当に大丈夫かという気持ちになる。
 挙げ句に女将は、彼らが冒険者ギルドから来たと知ると言ったものだ。
「それで六人もついてこなくたっていいだろうよ。痛くもない腹を探りにこないだけいいが、それにしたって他の神父様達も僧服くらい着替えてきたらいいのに」
 その件については色々事情がある、と言うには説明が難しい二人だった。今にして思えばアンリエットも気が急いていて、鈴音と一緒に飛び出したのだろうが、下手に色々画策するよりは印象がよかったらしい。
 ただ、ヘラクレイオスにしたら、自分がここで女将と話をしているのは、話しているだけなのでまあいい。きっとパリにいる彼の心の星も、事情を話せば笑って済ませてくれるだろう。受けた依頼を完遂しなかったときの反応のほうが恐ろしい。
 しかし、一番の目的であるアンリエットとヴィルヘルムの再会が叶ったというのに彼方と鈴音が娼館にいるのは、非常にいただけなかった。当人達はまったく気にしていないうえに、彼方などなんと。
「前に仕事で裏通りに行ったら、店で働いたら売れっ妓になるよって誘われたんで、着物は着替えてきたんだ」
 ジャパン人なのに着物でないのはどうしてだと訊かれ、あっけらかんとそんなことを答えている。このときばかりは女将とヘラクレイオスの意見が完全に一致した。
「堅気の娘に不埒なことをいいおって」
「坊やの言うとおりだよ。だけどさ、うちの女達だって好きで入った世界じゃないからね」
 ヘラクレイオスは『あたしの半分くらいしか生きてないだろうが』と坊や呼ばわり、彼方は大きな嬢ちゃん、鈴音は小さい譲ちゃん、イサがエルフの神父様、ヴァイナは黒の神父様、ブノワは神父の坊や、アンリエットは最初以外はお嬢さんと徹底して名前は呼ばない女将は、直し終わった鎧戸の具合を確かめながらぽつりとそう口にした。
「どれ、お礼に秘蔵の古ワインでも飲ませてやるかね」
 秘蔵の古ワインってと、彼方は苦笑したのだが‥‥いかにそうしたものを美味しく飲むかというヘラクレイオスと女将の熱い会話には、呆然とするしかなかった。
 昼も過ぎて大分経つこの頃合になって、ようやく店の人々は本格的に起きだしてきたようだ。

 ところで、この時分にヴァイナは『冬の花』から二軒隣の娼館で、複数の女に囲まれていた。種族は様々だが、彼と同族はいないようだ。案内でついてきた『冬の花』のシフールが、憮然とした表情ながらも手馴れた様子でぼろぼろの聖書を引っ張り出してくる。
「黒の神父様を見るのは、十年ぶりくらいよ。読んで」
 ヴァイナがつれてこられたのは、ジーザス教黒の洗礼を受けたり、生まれた地域では黒信仰が一般的だったという女ばかりがいる店だ。ドレスタットでは白信仰が広まっているが、黒の信徒だけと銘打って一応商売になっているらしい。
「読むのは構わないが、きちんと座れ。それからだ」
「堅物ね」
「あいにく、女性とは縁がないもので、喜ばれるような物言いは知らないな」
 椅子を並べさせて、ごく簡単な形式だが、きちんと作法に則ってタロンの教えをとく。ヴァイナにしても故国を出てからは滅多にしないことだったが、女達と店主の男は神妙な顔付きで話に聞き入っていた。
「ねえ、神父様。白の神父様がちゃんとお祈りしなさいって言ったの。それで大丈夫?」
 何をもって大丈夫かと、自分でも質問の意味がよく分かっていないほどに教えに疎い相手に、ヴァイナは応える言葉を捜した。その間にシフールが、唇を尖らせて反論する。
「姦淫するなかれって聖書に書いてあるんだから、無理じゃない? それにあたし、借金もうちょっとだけど、返し終わっても行くとこないし、今更他の仕事なんか出来ないよ」
「‥‥自分で限界を定めてしまえば、祈っても大いなる父には届かない。服従は今の状態にではなく、大いなる父に対するものとしろ。向上を諦めれば、救いは遠くなる」
 シフールはまだなにか言いたげだったが、ヴァイナに髪を撫でられて口をつぐんだ。
「俺はハーフエルフを選んで生まれたわけではない。だが安穏と暮らせるロシアを出たのは自分の意思だ。だから目的を達するまでは足踏みしない。ささやかな目的だが、そこを目指す。そういうことでもいいのだろうさ」
 誰もが世界を救いえる力を持つ必要はない。ただ新王国の住人に足るべく、怠惰や卑屈に染まるなと語り終えて、ヴァイナが浮かべた表情の意味は女達には分からなかった。

 病人のフランはエルフだという。同族の男には遠慮してほしいと言われて、イサはパン粥を作ることにした。ブノワが持っていた病人向けの味付けの書付をもらって、台所で他のものも作りながら立ち働いている。時間があれば、薬草摘みにも出掛けたいところだったが、あまりにも片付いていない様子に、今日のところは諦めた。
 途中、誰かの娘かと思えばパラの女が現れて、イサの作業を手伝い始める。よく見れば、台所は彼女の領分であるらしく、様々なものが彼女の手の届く場所に置かれていた。
「あ、たまご〜。ヤギじゃなくて、牛乳だ。これ、どうしたの? 神父様?」
「後から来た茶色の髪の彼ですよ。フランさんは、どういうものがお好きでしょう?」
 なにかあれば作るし、食欲がないようなら果物もあるのでそちらでは。丁寧に問われたパラは困ったような顔で悩んでいたが、棚の奥から小さな壷を取り出してきた。中身は蜂蜜だ。『内緒よ』というのは、誰かがつまみ食いするのを警戒しているのかもしれない。
「牛乳をあっためて、これを入れてあげようね。あぁ、エルフの人はほっぺた治ったの? うちのにひっぱたかれたでしょ?」
「いえ、それも茶髪の彼です。そうそう、彼にも謝っていただかないと」
 手馴れた様子で小さな鍋をかまどに置いたパラは、後で連れてくるよと言った後、ぷっと吹き出した。何かと思えば、にやりと笑ってひどいことを言う。
「あの茶髪の人、あんまりぼんやりしてるから避けられなかったんじゃないの?」
 友人は、いつもと違う様子がここの人々には印象づいてしまったようだと思いつつ、イサはあえて訂正はしなかった。他人の細かい事情を勝手に語るのは、彼がクレリックである以前の礼儀の問題だ。
 不意に、パラが手に触れてきたので何事かとそちらに視線を向けると、彼女はやはり人の悪そうな笑顔で、言う。
「エルフの人は、いい人がいる? ドワーフのおじさんは別にして、茶髪の人も黒の教えの人も、近寄ると居心地悪そうなのにあんたはもうちょっと慣れた感じがする」
「我らが母の教えには、よき家庭を作ることも含まれていますからね」
「うわぁ、からかい甲斐のないっ。あ、これ持って行ってくるぅ」
 手早く温めたらしい牛乳を器に入れて、匙を添えて運んでいくパラが、パン粥については何も言わなかったことにイサは気付いた。気付いて、嫌な気分になる。
 誰も、フランの容態を説明しないことには、とっくに気付いていたのだけれど。

 渋る鈴音と彼方を、ヘラクレイオスにつれて帰ってもらい、ブノワはヴィルヘルムとパン粥の夕食を取っていた。卵が落としてあるのは、作ったイサか手伝った女の心遣いだろう。先に食事を済ませたアンリエットは、女将と一緒にフランの看病をしている。
「辛気くせぇ面だな。他人に心配されないでも、借りた金はちゃんと返すさ。半年くらいかかるけど」
「それはアンリエットに言ってください。先程は我らが貴婦人の下、誰もが家族だとおっしゃったのですから、皆さんの前では他人と言わないようにしませんと」
「おう。ところで、おまえ、何でジャパンの嬢ちゃん達はさん付けなのに、アンリエットだけ呼び捨てるよ」
 最後の一匙を口に運んだところで止まったブノワを見て、ヴィルヘルムは鼻の頭にしわを寄せた。なにやら毒づいたが、ブノワは聞いていない。聞こえていないというほうが正しいのか。
「色々反省しているんです。彼女が花街のことを知らないだろう、貴方がしていることもよく分かっていないだろうと勝手に判断していたので。でも、ご領主への態度には、きっとご自身の辛い思い出が関係しているだろうと、あの時はちゃんと察せられたのに‥‥」
「自覚がないのは怖いねぇ」
 何がだと言いたげに顔を上げたブノワに、ヴィルヘルムは肩を竦めて首を振った。皿を下げに来たパラの訝しげな顔に手を振ると、ブノワを促して二階に向かう。
 階段の途中で振り返ったのは、ブノワが『ひとつだけ分かっていることがある』と口にしたからだ。
「彼女があの街を支える一人であるのと同様に、貴方がこの通りの人々に信心を取り戻させた人だということは、よく分かりましたよ」
「やる気を出させてくれる奴だな」
 あまりに堂々とした言いっぷりに、ブノワが何か言い返してやろうかと思案したところで、二階の扉の一つが開いた。顔を覗かせたアンリエットの表情に、ヴィルヘルムが二段抜かしで階段を駆け上がり、妹を押しのけて部屋に入る。続いて駆け上がるブノワの足音に、建物中のあちこちで扉が開いたり、誰かの名前を呼ぶ声が起きた。一階に控えているイサとヴァイナも、これには気付いたことだろう。
 様々な音を背後に聞きながら、ブノワが入った部屋には相変わらずのすえた臭いが満ちていた。中に大麻の甘い匂いが混ざって、息苦しいような気がする。
「おまえのことは、きっとマグダラのマリアが迎えてくれる。俺はこれでも聖職者だから、約束は守るぞ。フラン、心配するな」
 寝台の脇にひざまずいて、まるで睦言のようにエルフに囁きかけるヴィルヘルムの背中を見ながら、ブノワは自分の十字架を握った。
 彼の祈りに唱和する声が傍らに一つ、廊下に一つと増えていき、やがて寝台の脇からも同じ聖句が唱えられるまでには、それほどの時間を要さなかった。

●祭
 翌朝、まだ夜が明けるかどうかという時分に、『お見舞いに』と彼方が買って、鈴音と一緒に抱えてきた花は思っていた用を為さなかった。昨日騒がせたお詫びも含めての大量の花は、半分が棺に入れられる。担ぎ手は、『冬の花』の女達の客で恋人でもある男達だ。ただ、女達の半分は店に残っている。
「どうして? みんなで送ってあげないの?」
 自分達も行くのにと、残った花の運搬係にされた鈴音が姐さんに問いかける。女将が憮然と『変なところが義理堅い』というが、それだけでは鈴音にはよく分からなかった。借金返済中の女は勝手な外出が許されないのが花街の当然で、女将がいいと言おうと他の店の手前も残ったのだとは、説明されても納得できたかどうか。
「どこで祈っても、それはちゃんと届くものです」
 納得いかないと表情で物語っている鈴音を横目に、聖句をつむいでいたアンリエットが言葉を添える。その際に、彼方が今にも地面に転げ落ちそうなシフールを支えようとしているのに気付いて、彼女の持っている花を代わりに抱えた。
 彼方の腕に抱えられて、シフールは羽ばたくことをやめて泣き始めた。人間とは寿命が違う種族ゆえ、長いことフランと一緒だったのかもしれない。慰める言葉がなくて、彼方は彼女を抱えてひたすらに道を急いだ。なぜか葬送の列は早足だ。まるで太陽に高くから見下ろされるのを避けるように。
 薄々その事情を察したヘラクレイオスが、供え物にと持参した酒の樽を手にイサを振り返ると彼は『話は通っています』と短く返した。教会と墓守が娼婦の埋葬を公に認めているとは思い難く、この葬送は彼らが気付かぬうちに終わったと体裁を整えなくてはならないのだろう。それにしては、ドレスタットの市街から大分遠い。
 担ぎ手を途中で交代させ、延々と歩いた先にあったのは墓地と呼ぶにはお粗末な土の山が連なる広場だった。最近誰かが手を入れていたと見え、幾つかはそれらしく整えてあるが全体には及ばない。
「白黒区別はなさそうだな。分かる範囲で教えろ」
 男達が穴を掘っている間に、ヴァイナはシフールを連れて広場を巡りだした。きちんとした葬送で送られていない黒の使徒達に対して、せめて祈りを捧げてくれと頼まれたからだ。ただ祈ることで救われる教義ではないが、それで少しでもタロンの威光を思い起こすのならばいいだろうと彼は頷いたのだ。
 ただもう一人の黒の使徒であるヘラクレイオスは、これには協力していない。ハーフエルフ嫌いは多いので誰も気にしないし、穴掘りをしてくれているので文句もない。そもそも冒険者の彼らが来てくれたことに、憎まれ口ばかり叩いていた女将が『申し訳ない』と泣いていた。
 まるで戦場か旅の途中の葬送でもあるように、儀式はごく短時間で終えられた。ただその後もイサもブノワも祈りの言葉は続けていた。遠慮して広場の外にいる彼方と鈴音が抱えてきた花を撒いて、その姿は不思議なものだ。
 そうしたすべてが終わったのは、太陽が中天に掛かろうかという頃だった。港の沖では賑やかに祭りのゲームが行われているだろう。最後まで彼ら以外の人を見ることはなかった。
「時々出てきて、また世話するからな」
 だから教会の奴だって毛嫌いするなと、ヴィルヘルムに肩を叩かれた女が二人、ブノワとアンリエットに過日の無礼を詫びたのは『冬の花』に戻ってからのことだ。

●蝋燭と燭台
 義理の兄妹でも、金銭の貸し借りにはきちんとした形式でと言い出したのが誰だったかは、もはやよく分からない。『出稼ぎに行ってくる』と身も蓋もない言い草で『冬の花』を辞したヴィルヘルムに、会話の弾みで誰かが言ったのだ。ヴァイナが『書かないなら右目を寄越せ』と口にしたものだから、ヘラクレイオスは非常に不機嫌だったが、当の本人達は借用書を交わすことに同意した。
 そうして、アンリエットが情にほだされないようにというわけでもなかろうが、六人が同席する中で借用書を書くことになったヴィルヘルムは、先に余ったからと金貨二枚をアンリエットに返している。
「これで借りたのは三枚だからな。間違いねェな」
「ありませんから、さ、皆さんに迷惑にならないように早く書いてください。はい」
 アンリエットが荷物から出したのは、大分古びた羊皮紙が一枚。端が擦り切れていたり、裏になんだか不明なシミがついていたりするものだ。丸めた癖が強いので、イサとブノワが端を押さえるのに協力し、どちらも目を丸くした。
「なんですか、これは」
「借用書。ええと、今日の日付でいいか。二千年五月三十日、金貨三枚借用。署名っと」
 あまりに細かすぎて鈴音やヘラクレイオスには読み取るのも難しかったが、それは長らく使われてきた金銭貸し借り表らしい。声も手も震えているブノワの横からヴァイナが覗き込んだところでは、一方的にヴィルヘルムが借りている記述が続くが、いずれも一年以内に返済が完了していることもアンリエットの手で追記されていた。ちゃんと返していれば、ヴァイナに文句はないが、それにしたってよく貸してくれるものだと感心する。
「なんか、情けないなぁ。何にそんなにお金がいるの?」
「まったくじゃ。アンリエット殿にも迷惑になるぞ」
「義兄には、違うところで助けてもらっていますから。今の街に赴任することが決まってからも、繰り返し自分のいる街に変えろとおっしゃる方を諭してくれましたし」
 何で、どう諭したのか気になった彼方とヘラクレイオスだが、あえて聞くのは止めておいた。アンリエットは言葉通り諭したと思っているようだが、ブノワに胡乱な目で見られたヴィルヘルムはこそっと握り拳を作って見せている。
「やっぱり、誤解している‥‥」
「若いな」
 ヴァイナの言葉が誰に向けられたものか分からないが、ブノワはいたたまれないような様子で、ヴィルヘルムはまったく動じなかった。彼方と鈴音とアンリエットは種族の違いを超えて、『ヴァイナがそんなことを言うのはおかしい』と笑っている。
「ここまで来たら、出発前の準備もお手伝いしますよ。色々と揃えるものがおありなのではありませんか」
「蝋燭と燭台。聖書と十字架と誰でも祈る人間がいれば聖地だが、この二つはあったほうが便利だからな。形だけ飾っても仕方ない」
 イサがあまりに簡潔な言い分にため息をついたが、これから開拓を始め、教会の位置も決まらない場所に赴任する者の合理的な考えと容認したらしい。そうしたものを商っている店まで案内した。
 そして、そこでまた見てしまったのだ。六人とも。
「お恥ずかしい。支度金は充分いただいてるのですが」
 店で、聖職者とは思えない相変わらずの口調に硬軟取り混ぜた物言いを駆使して、壮絶な値切り交渉に入った義兄を見て、アンリエットは赤面したが、六人は素直に思っていた。
 今回の依頼は、色々珍しいものを見せてもらった、と。
 それはただ楽しいばかりではなかったけれど、
「皆さんのおかげで、角も立たずにすみました。ありがとうございます」
 こんな素直な謝辞を受けるのは、けして悪くない。
 ドレスタットの祭りも、もう終わり。また日常が帰ってくる。