●リプレイ本文
そのとき、ドンって言う音がして、船はちょっとの間揺れたのでした。
それからごぼごぼごぼごぼ‥‥って。
「うわーっ。沈むーっ」
船に乗っているのは、冒険者の人が八人と船長さん、そうしてちっちゃい子が五人もいます。
大変です! 船が沈んじゃいます!
「大丈夫! こんなこともあろうかと、荷物なんかはお友達に預けてきたし、雨が降らないようにレインコントロールでお天気晴れになるようにしてきたしっ!」
イルカさんを眺めていたカルゼ・アルジス(ea3856)さんが、にっこり笑って言いました。カルゼさん、きっと上手に泳げるのでしょう。
「お〜ほっほっほっほっ! 確かにこのぐらいのこと、ハプニングのうちに入りませんわ。月下の歌姫の名に恥じない、水中の美技をお見せしましょうね」
お子様を相手に歌を歌っていたニミュエ・ユーノ(ea2446)さんも、全然びっくりしていません。ニミュエさんも、きっと泳ぎが上手に違いありません。だって自信たっぷり。
でもでもだけど、アルフレッド・アーツ(ea2100)さんは驚いちゃってもう大変。周りをきょろきょろ見ていますが、偉い人の船は見えません。思わず叫んでしまいます。
「あーっ、助けてもらおうにも、方向が分からないよーっ」
「落ち着けいっ!!」
アルフレッドさんに向かって大きな声を出したのは、ヘラクレイオス・ニケフォロス(ea7256)さんでした。さっきまで船長さんとお酒を飲んでいたのに、けろりとしています。船長さんは船の底にぽっかり空いた穴を見て、やっぱりでっかい声を出していますが、何が言いたいのか分かりません。もしかすると、一番驚いているのかも。
「方向はあっちや。何でこんな穴が開いたかわからんけど、もうすぐ船が見えるから気張りや」
でっかいオールで船の方向を変えているのは、漣渚(ea5187)さんでした。渚さんは、普段から船のお仕事をしているので、海にもきっと詳しいのです。でも穴が開いた理由は分かりません。
その穴を、鑪純直(ea7179)さんと源真霧矢(ea3674)さんが、マントやいろんなもので埋めています。でも穴が大きいので、あんまりうまくいきません。それでも水が入ってくる早さは、ちょっとゆっくりになったかな?
「誰か泳げないものはいないか? 今のうちに体を動かして、水に入ったときの負担を減らすのだぞ」
「おー、詳しいんやなぁ。これやったら、そんなに心配はいらんか?」
純直さんと霧矢さんが頑張っている間に、ミュール・マードリック(ea9285)さんは船長さんとお話しています。岸はどっち? これから来る船の方向は? こういうときはどうするの?
「船長、少し落ち着いてもらいたい。渚嬢のほうがしっかりしている」
そうなんです。船長さんはびっくりしすぎて、お口をぽかんと開けていたのでした。ミュールさんに話しかけられて、やっと帆の方向を変えて、岸に向かうようにしたくらいです。
でも、船はちょっとずつ沈んでいるのでした。
やっぱり大変です!
だけど。
「お姉ちゃん、また飛び込んだら駄目だよ。危ないよ」
「お兄ちゃん、縛り方下手だ。ほどけちゃうぞ」
乗っているお子様たちは慌てず騒がず、飛び込もうとしたニミュエさんを止めたり、カルゼさんのバックパックの口をしっかり縛ったりしてくれています。ヘラクレイオスさんのお手伝いで、空になった酒樽にロープだって結んでくれました。
「ドレスタットは、泳げん子供のほうが少ないんやないの?」
「なるほど。港町だからな」
渚さんとミュールさんが、せっせとオールで船を進めている間にも、お子様たちは大活躍。だけど、甲板でわたわたしているアルフレッドさんを見付けて、声を揃えて叫びました。
「「「「「早く助けを呼びに行ってっ!」」」」」
シフールのアルフレッドさん、真剣な顔で頷くと、船長さんと渚さんが『あっち』と指した方向に飛んでいきました。手にはエチゴヤさん推薦の『エーギルのコイン』を握っています。
同じものを、純直さんも持っているのですが‥‥ご利益より船のぼろさが勝っちゃったのでしょうか。やっぱり船は、ちょっとずつ沈んでいるのでした。
どう見たって大変です!
お子様たちは、ロープでそれぞれの体と、ヘラクレイオスさんが取ってくれた樽と船の扉だった板を結んでいます。ちゃんと一番小さい子は真ん中です。なんて偉いんでしょう。
「服の袖や裾も結んでおくのだぞ。重い上着は着ておらんな?」
純直さんに言われて、お子様たちはせっせと動いています。
そして純直さんも、渚さんやミュールさん、船長さんに霧矢さんと一緒になって、船が少しでも先に進むように漕いでいます。ヘラクレイオスさんは、船の壊してもいいところを切り取って、皆が掴まる板を作っています。捕まりやすいようにロープを結ぶのは、カルゼさんのお仕事です。ニミュエさんの応援メロディー付きなので、みんなとっても元気です。
遠く離れて見えにくいけど、アルフレッドさんも一生懸命飛んでいます。
霧矢さんとミュールさんと渚さんと純直さんと船長さんは、せっせとオールで漕いでいます。ちょっと即席のオールも混じってますけど。
お子さま達は、脱出準備万端で邪魔にならないところにいます。
ヘラクレイオスさんは、せっせと船から板を切っています。
カルゼさんは、せっせとロープを結んでいます。
ニミュエさんは、ご機嫌に歌っています。
アルフレッドさんは、一生懸命飛んでいます。
ミュールさんのわんこのジョンは、釣竿をくわえてうろうろ。ニミュエさんのわんこのハティは、ブーツをくわえてごろりん。
みんなみんな、頑張っているのです。わんこたち以外。
だけどやっぱり船は沈んでいて‥‥もう駄目です、脱出しましょう!
ぷかぷか、ぷかぷか。お空はとっても綺麗です。
ちゃぷちゃぷ、ちゃぷちゃぷ。偉い人の船が見えます。ちょっと遠いです。
冒険者の人七人と船長さん、お子様たち五人とわんこ二匹は波間に漂っていました。船はおなかを上にしてちょこっとだけ見えていますが、そろそろ沈んでいきそうです。さよなら、お船。
「いかだが作れたらよかったのに」
「ちょっとの間やし、この季節やからな。戸板があるだけましや」
ちょっと残念そうなカルゼさんに、霧矢さんがのんびりと言いました。きっと今頃、アルフレッドさんが偉い人の船にたどり着いているに違いないのです。そうしたら助けがくるから、それまで我慢我慢。
でも‥‥
「わたくし、よく考えたら足の立たないところで泳いだことはなかったんだわ」
「なんやっ、水中の美技いうんははったりやったんかっ。うちの隣から離れるんやないで」
エルフのほそほそ体型のニミュエさんが、いきなりとんでもないことを思い出してしまいました。それを聞いて、冒険者の人の誰かは思い出したのです。ニミュエさんのもう一つの名前が『トランス女王』だったって。
「渚殿、その犬はわしが担ごう。ニミュエ殿を頼むぞ」
ヘラクレイオスさんが、渚さんが背負っていたわんこのハティを預かりました。ついでに大事なブーツも一緒です。ヘラクレイオスさん、自分の斧のほかにブーツも首に掛けました。
ミュールさんは自分のわんこと釣竿と大事な剣を抱えています。それでも上手にお子さま達の掴まっている板が傾かないようにしていました。
純直さんは、ナイフを片手に周りに変なものがいないか見張っています。その横にいるイルカさんは、さっき純直さんにもたれかかって危うく溺れさせそうになった困ったちゃんです。だけど離れてくれないので、純直さん大ピンチかも。
そのころ、頑張って飛びに飛んだアルフレッドさんから話しを聞いた偉い人の船では、みんなを助けるためにせっせと近くへ向かっているのでした。
アルフレッドさん、頑張りすぎて、背中の筋が痛いみたいです。
やがて。
色々あったけど、みんなは無事に偉い人の船に助けてもらえたのでした。
でも、本当に色々なことがあったのです。
お子様たちは、最初に助けてもらって、元気いっぱいでした。このときは。
だけど、ニミュエさんは偉い人の船から来た小船に引っ張りあげてもらう時に、うっかり手を滑らせてぼちゃんと落っこちました。慌てて渚さんが助けに行きましたが、気を失っています。大丈夫かな?
その渚さんは、偉いの人の船のジャイアントさんにものすっごく怒られていました。やっぱり褌にさらしだけで泳いでいたのははしたないと思われたみたいです。
なのに本人が『服着てたら泳ぎにくいやん』と言っちゃったので、
「あんたらも、止めるかなんかしておけ―っ」
と、同じジャパン人だからって理由で純直さんと霧矢さんが怒られています。二人とも、『そんなこと言われても』とこっそり思ったのは内緒です。ジャイアントの女の人は大胆だなぁって思ったのも、もちろん秘密。
ちょっとだけ反省したお顔は、本当なのです。
それから全員で偉い人の船に移って、わんこのジョンとハティが走り回ってあちこち濡らすので、二匹分ミュールさんが謝って歩きました。ニミュエさんが気を失っているので、仕方がありません。わんこ飼い主仲間同士ですから助け合わないと。
カルゼさんはアルフレッドさんと無事を喜んでから、ずっと側を泳いでいたイルカさんたちに二人で手を振ったりしています。でも、船員さんに『あれは食べるとなかなかうまい』と言われて、ちょっとげんなりです。
「友達が大好きなイルカさん捜してって頼まれたんだけど‥‥」
「大丈夫っ。お友達になるような賢いイルカさんなら、捕まったりしないから」
かーなーりーショックのアルフレッドさんに、カルゼさんがニコニコと言いましたけど‥‥カルゼさん、その調子で『大丈夫』って言ったのに、あんまり泳げない人だったんです。ほんとに大丈夫かな?
だけどなにより、アルフレッドさんにはイルカさんの見分けが出来ないので、話題のイルカさんがどうなったかは闇の中なのでした。
このころ、着付けにどうぞってお酒をもらったヘラクレイオスさんが、飲んでみたそうにしているお子様たちに味見させたら、一番小さい子が目を回してしまって大騒ぎなのでした。
「うーむ、わしの親戚の子供は、もっと小さくてもぐいぐい飲んだが」
ヘラクレイオスさん、相手は人間のお子様なのです。ドワーフさんではないのです。
そして。
「ふむふむ、婚約者に歌の途中で寝られてまうから、今度は最後まで聞かしたいんやな。で、今度っていつなんやろ? 港に迎えに来てたりするん?」
「う〜、今度は今度ですわ。こんなところで溺れるわけには‥‥あら?」
「ニミュエはん、目ぇ覚めたでぇ」
気を失っていたニミュエさん、寝言で何か言っていたのを渚さんに聞かれて、ついでに色々尋ねられちゃったみたいです。あんなにお歌が上手なのに、婚約者さんはどうして寝てしまうんだろうってみんな思ったのでした。‥‥みんな?
何はともあれ、こうしてみんな無事に助けてもらい、ドレスタットまで送ってもらったのでした。
でも、どうして船に穴が開いちゃったのでしょう?
それは今も謎なのです。