お年寄りを大事にしましょう
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:1〜3lv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:9人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月11日〜07月16日
リプレイ公開日:2004年07月19日
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●オープニング
この日の冒険者ギルドは、小さなならず者で埋め尽くされていた。
依頼を掲示する板に手を伸ばし、羊皮紙を奪い取ろうとする者。扉をくぐった冒険者の足にしがみつく者。むやみと走り回り、奇声を上げる者。置いてある椅子を巡って、掴みあう者。
そうして、ギルドの係員を掴まえて、おいおいと泣き崩れる老婆が一人。
「なんだい、あんた。こんな年寄りから金を奪い取ろうって言うのかい」
「冒険者に仕事を頼むときは、いくらか包むって決まってるんですよー。そんなこと、俺が言わなくもご存知でしょうに」
「そんな金があったら、この歳まで働いちゃいないんだよっ」
「働くのが好きなくせに‥‥まて、お前ら。俺はばーばをいじめてるわけじゃないぞ。ばーばとお仕事の話をしているだけだ」
暴れまわっていた子供達に見詰められ、まだ若い係員は慌てて老婆に同意を求める。
しかし老婆がふんと横を向いたので、哀れな彼は子供達持参の木の枝で突付きまわされる羽目になった。
いたずらな子供達は老婆や係員と同じ人間が半数、他にエルフ、ドワーフ、パラ、シフール、そうしてジャイアントの子供が入り乱れていた。その数、ざっと二十人余り。さすがにジャイアントは一人だけだが、木の枝をやたらと持ち歩いていたのはこやつだ。
やがて、嵐が過ぎ去ったようなギルドの中で、哀れな係員が先輩達にぶつぶつ言われながら、掃除に勤しんでいた。
「子守のマリーばあさんが、一日仕事を休みたいって何事だ? だいたい、ばあさん一人で、なんであんなに子守が出来るんだろう?」
「ばーばは飯食わせるのが仕事で、子供の面倒は年上の子供が見るんですよ。弱いもの苛めすると、ばーばの平手が飛んでくるけど」
小さなならず者の親分は、マリーばあさんという。冒険者街の近くの通りに住んでいて、昔から近所の子供達の子守を仕事にしていた。今も現役で、バリバリと働いている。愛称はばーば。婆あと呼んでも、やっぱり平手。御歳六十二歳のはず‥‥
このマリーばあさん、最近ひ孫が生まれたので、ちょっとばかり顔を見に出掛けたい。ところが預かっている子供達の親は仕事を持っていて、一日だってマリーばあさんに休まれると困ってしまう。
仕方がないので、マリーばあさんは冒険者ギルドで一日子守を雇うことにしたのだ。なぜ冒険者なのか? その答えは簡単だ。
「くそー、お祝いだからって、なんで俺が報酬の肩代わりなんか! みんなから、かき集めてやるっ」
この若い係員は、その昔、マリーばあさんに子守してもらった一人なのである。人脈は有効に使わねばなるまい。
そうして、マリーばあさんに子守してもらった人々からの出資で、一日子守の依頼が出た。
「いい話だろ。モンスターも出ないし、盗賊も出ない、危険なんかこれっぽっちもない。ちょっと郊外まで行くだけで、昼飯付きのこの金額。決して悪くないと思うよ」
先だって、別の誰かが似たような言い回しで冒険者をかき集めていたが‥‥
子供好きな面々を、切実に求めている人がいるのは間違いない。
●リプレイ本文
●子守当日、その前に
冒険者に対する依頼としては変わり種の『子守』を受けたマリー・アマリリス(ea4526)とウェルス・サルヴィウス(ea1787)は、事前にマリーばーばのところを訪れていた。
「あたしゃ、字は書けないんですよ」
白クレリック二人を前に、マリーばーばはちょっと恥ずかしそうだ。子供達の名前や様子を教えてほしいと頼まれて、何かに書かねばと思ったらしい。
「今教えていただければ十分です。お忙しいところに押しかけたのはこちらですし」
「そう言ってもらえると‥‥」
どうも非常に信心深い様子のマリーばーばは、同名のマリーに非常に愛想が良い。ウェルスに対しても、とても丁寧な物腰だ。
しかし、二人にまとわりつく子供達への対応は『失礼だろっ』と、びっくりするほど怒りんぼだった。ローブが汚れたら申し訳ないとでも、思っているようだ。
そんなマリーばーばを宥めながら、二人は当初の目的である『子供達の顔と名前や子守の時の注意点』を教えてもらったのだが‥‥この間、なぜか半日近く掛かっていた。
ちょうど同じ日。ナイトのオフィーリア・ルーベン(ea1845)は当日の下見に出掛けてきていた。事前にギルド係員から子連れで遊ぶのに適した場所は聞いたが、やはり下見は欠かせない。
「お嬢様。それほど熱心にお調べにならなくとも危険はないと思われますが」
今回は体よく『市民の子供を預かるから』と実家の使用人を案内に使ったオフィーリアだが、その言葉を素直に信用はしなかった。一通り自分の目で現地を確認してから、ようやく馬の手綱を取る。
「では、当日は頼みました」
目茶苦茶偉そうな『お嬢様』相手に、荷馬車を操ってきた使用人は汗を拭き拭き頭を下げていた。
依頼の前日、パリの市場や店舗では、いつもより小麦粉や干し果物が多く売れたかも知れない。
ウィル・ウィム(ea1924)は明日持っていく為に、今から小麦粉を焼き菓子用にこねている。これまた白クレリックの彼は、料理も決して嫌いではない。
その横では、ナイトのフェリシア・ティール(ea4284)が首を傾げていた。
「もう少しこねないと、ぼそぼそしてしまいます。お疲れではないですか?」
「ああ、そうなの。力なら、あなたよりあると思うわよ。任せて」
こねた生地がまとまらなくて不思議がっていたフェリシアだが、ウィルに教えられて、再度力を入れて生地をこね出した。実際の腕力はともかく、力の使い方は心得ているナイトのこと。こつを掴むと、後はウィルが口を出すまでもなく作業は進んでいく。
おかげで、結構大量の生地が出来上がるまで、もう少しだ。
「ねぇ、季節柄もあるし、行った先で体を動かす前に何か口に入れさせたほうが安心だし、少しは焼いたほうが良くないかしら?」
フェリシアが買い込んできた干し果物を刻んでいたマリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)が、ウィルとフェリシアの作業の様子を見ながら口を挟んでくる。彼女達三人は、依頼を受けた直後の顔合わせで『おやつを作ろう』と意見が一致したので、集まって作業していたのだ。
子供はこまめに食べさせて、水分をたっぷり摂らせないと、暑い時期は体調を崩してしまう。そう年配のギルド係員が教えてくれたこともあって、三人は干し果物を適当に混ぜ込んだ焼き菓子を程々の量、準備しておいた。
「ウィザードがいたら、凍らせてもらうのに」
ちょいと唇を尖らせたマリトゥエルはバード。今回の依頼を受けた冒険者には、残念ながらウィザードは一人も含まれていなかった。いたから確実に、彼女の考える魔法が使えるわけでもないが‥‥
「今回、偏ってるわよね」
九人のうち、マリトゥエルがバード、後は武道家の相 樹樹(ea2893)、ジプシーのサーラ・カトレア(ea4078)、それからナイトのフェリシア、オフィーリア、アルシャ・ルル(ea1812)に白クレリックがウィル、ウェルス、マリーと、確かに偏りはあるかも知れなかった。
でも、当日の朝、マリーばーばは『うちの子達のために、わざわざ』とナイトと白クレリックを拝んだ上、マリトゥエルや樹樹、サーラに対しても『こんなにいろんな人の話が聞けたら、子供にも身になります』と有り難がっていた。依頼人が上機嫌なのは、彼らにとってもいい話であろう。
●さて、当日
子供達の人数は、なぜか三十人を超えていた。理由はこうだ。
「冒険者の人の話が聞けるから、お父ちゃんに頼んで、お家の手伝い休んだ」
「うちは妹を三人も預けてるから、手伝ってきなさいって」
「せっかく遠くに行けるしー」
それぞれ家庭や当人や、その他の事情で集まってきたらしい。子供の年齢層は人間で三歳くらいまでが十一人、六歳までが十四人、八歳までが五人、十歳までが六人だった。年長者はそれぞれによちよち歩きの子供を背負ったりしている。
そんな一人が、アルシャを見て言った。
「おまえ、騎士様のお付き? やっぱり女の騎士様には女の子が付くの?」
アルシャは御歳三十歳、ただしエルフなので外見も内面もまだある程度子供だ。きちんと叙勲は受けているが、騎士見習いに見えても不自然ではない。
しかし、このエルフの男の子の失礼な質問に、拳骨を食らわせたのはオフィーリアだった。愛想とは縁遠い彼女が怒ると、大変な迫力がある。
「アルシャ殿は見習いでもお付きでもない。以後、気を付けるように」
口調までもがいつもより硬いので、子供達の『恐い人一等賞』に一時輝いた彼女だが‥‥行く道すがらを馬に乗せてやると言い出したのと、この一言で人気を大分回復した。
「いい子にしていたらご褒美を用意してあるから、楽しみにしていなさい」
代わりに悪い子にはあげないから。これでマリトゥエルのバックパックから覗く竪琴に手を出したり、樹樹の武道着を引っ張る子供がいなくなったのは確かだった。
でも。
「ですから、ここに足を掛けて‥‥」
体格の近いアルシャの乗馬教室は、各所で馬に乗る子供が変わる度に続いていた。
本日の屋外子守会場には、近くに用水路がある。これを見て、樹樹は言った。
『これは農地用の物やから、大人数で入り込んで荒らすんは問題になるで』
「はいはーい。そこの川は、農家の人の物だから、勝手に石を積んだりしないでねー」
通訳はマリトゥエルだ。子供達はゲルマン語の話せない樹樹に興味津々で‥‥やがて、いかにも悪戯っ子の男の子集団が背中を蹴ると草っぱらを畑のないほうに逃げていった。
『こぉらぁっ!』
追いかける樹樹を、更にアルルが追っていく。何も彼女でなくともと誰もが思ったのだが、他にも子供達は二十人以上いるので、まずはそちらに対応しなくてはならない。
「悪戯した子にはおやつはなしね」
フェリシアが持参した焼き菓子を取り出したので、彼女は一躍人気者になった。続いて彼女も子供達を馬に乗せてあげたので、周囲からは子供の姿が跡絶えない。
とりあえず子供を二人、馬に乗せる。一人は年長で、もう一人は年少だ。年長の子供は弟妹分を抱えるようにして、馬具に掴まる。それをフェリシアとオフィーリアが転げ落ちない程度の速度で、手綱を操って馬を歩かせる。自分を中心に円を描いて馬に歩かせるから、どちらもほとんど疲れない方法だ。
子供が全員乗馬体験をしたところで、今度はもっと乗りたいと希望する子供達を相手にするのだが‥‥それだけで、もしかしたら日が暮れるかも知れなかった。
世の中、活発な子供達ばかりとは限らない。どちらかと言えばおとなしい子供達を集めて、マリトゥエルとウィルは散歩をしていた。中には『子供の遊びはしないの』なんてお澄ましさんな女の子も混じっているが、幼児を嫌がらずに面倒見てくれるのはありがたい話だ。
さて、子供達に手が掛からないからと言って、ただ散歩するのは芸がない。ウィルはクレリック、マリトゥエルはバードで、どちらも冒険者。植物やその他諸々について語るのは、職業柄結構得意だ。
「この花で爪をこすると、色が付くのよ」
マリトゥエルの説明に、お澄ましさん初め、女の子達が群がっている。爪を染めるつもりが指先全部が真っ青になっていたりもするが、当人達はご満悦だ。
この間に、ウィルは遠目に見えた野兎の習性をおおむね男の子に語り聞かせている。ただ、捕まえ方を尋ねられて悩んでもいたけれど。さすがに彼も、猟師の経験はない。
「山羊の飼い方なら、教会でも飼っていたので少しは分かるんですが」
いくらパリっ子でも、山羊は見たことがあるらしい。これはあまり喜ばれなかった。
結局、『これはお茶風に飲むと美味しいですよ』と何気なく口にした野草の採集に、ウィルと男の子達は勤しむことになったのだった。
「ばーばにおみやげ」
こう言われては、ウィルだって一生懸命だ。
ちなみにこの頃、女の子達はやはりマリーばーばへの土産に摘んだ爪染めの花を、いかに美しく包むかに盛り上がっていた。
まだ歩くのも覚束ない幼児から、ようやく物心付いたような年齢まで、十人ばかりが残ってしまった最初の場所では、ウェルスが木の合間に布地を張り渡していた。地面にも敷いてあって、子供達はその中で遊んでいる。日除けの下では、マリーとサーラが子供達の面倒を見ているが‥‥
先程あげた焼き菓子を舐め続けて、口の回りがべたべたになっている子。さっきからサーラの胸にしがみついて離れない赤ん坊をようやく脱した子。マリーの髪の毛を容赦なく引っ張る子。その他諸々で、子供達はわあきゃあ騒ぐこと、他の年齢に勝るとも劣らない。
「お昼の用意もしたほうがいいのですけれど‥‥、これで火を使ったら」
「誰かが火傷します」
どちらも優しげな声と口調で、二人がため息をつくと、いつのまにやら別の子供のおしめを変えていたウェルスがにこにこと笑った。
「フェリシアさんとオフィーリアさんがかまどを作ってくれていますから、大丈夫でしょう。おや、おねむですか」
おしめを変えてもらった子供が、大きなあくびをした。すると釣られたように、サーラにしがみついている子供もあくびをし始める。
かと思えば、明らかにお腹をすかせて不機嫌な子供もいて、三人はその対応に追われたが‥‥お昼を食べた子供達の大半は寝入ってしまったので、大変だったのは午前のうちだけだ。
さて、いきなり追いかけっこになってしまった樹樹とアルシャは、大分離れた用水路のほとりで一休みしていた。更に彼らを捜しに来たシフールの子供二人が、それぞれの頭の上に乗っかっている。
『まったく、可愛げのない奴らや。お嬢も大変やったな』
樹樹が板切れで何やら作っていたと思ったら、それは風車だった。なんだかいびつで、回るには回るが、非常に動きが遅い。せっかくくれたのでアルシャも受け取ったが、なんとも言えない複雑な表情になった。なまじ言葉が通じないから、なんと言っていいものか悩んでいるようだ。
しかし、その風車の出来映えに呆れた顔を隠さない悪戯っ子どもは遠慮しなかった。
「下手くそー。大体人間が、エルフの女の子に贈り物なんかするなよ」
次の瞬間にはアルシャの手から風車が取り上げられ、またまた失礼なことを言ったエルフの男の子の手に渡った。しかし彼が自前のナイフを使うと、風車は『まだまし』な状態になって戻ってくる。
「俺の家、細工もの作ってるんだ」
「一人でいいカッコしやがって」
「そうだっ、おまえってばいつもそうやって」
わあっと男の子達が掴み合いに発展したので、アルシャは呆然として制止の言葉も出なかった。が、樹樹はまったく遠慮がなかった。
『その歳で色気付いてるんやないでっ』
男同士、何か通じるものがあったようだ。
結局男の子達と樹樹とは、お昼を食べに戻るまでの間、延々と角を突き合わせて騒いでいたのだった。
そんなこんなの騒ぎや出来事は、結局皆でお昼やおやつを作っている間も、その後の午後から夕方まで、延々と続いたのだった。
でも、怪我人が出なかったのはめでたい。
そうして、遊び疲れた子供達はオフィーリアが手配した荷馬車の荷台でごろごろと転がってパリに戻り、それぞれの親に引き取られて帰っていった。それを見送って、アルシャは思わず『良いですね、家族は』と呟いていた。彼女の家族は、復興戦争の折に他界している。
『なんや、また会いたかったらばーばに頼んだらええやん』
「‥‥それ、全然違うと思うわ」
そんなアルシャの頭を撫でた樹樹に、マリトゥエルが大袈裟に肩をすくめてみせたが、何しろゲルマン語が彼は分からない。
何か間違えたかなと思っている彼に救いの手は来ず、マリーばあさんに挨拶を済ませたサーラが複雑な顔付きで出てきただけだ。
「他の皆さんは?」
「しばらく‥‥相当長いこと、戻られないと思います」
ジプシーで良かったかもと苦笑しているサーラの背後、マリーばあさんの家の中では、アルシャ以外のナイトとクレリックの皆様が、ひ孫自慢を聞かされているところだった。
「こんなこと、皆様に言うものでもないんですけれど」
でも話し止めない上に、言葉を挟む余地もなくしゃべり続けるばーばの家から、運良く脱出した四人は‥‥近くの食堂で、仲間の帰りを待っていた。
皆が出てきたのは、夜もとっぷり暮れた、アルシャがまぶたを押し上げ押し上げし始めた頃だった。