【ドラゴン襲来】それぞれの宝
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:4〜8lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 64 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:07月14日〜07月20日
リプレイ公開日:2005年07月20日
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●オープニング
その夜は、少しいつもより騒々しかったかもしれない。
だがいつも通りに明けたはずの朝一番、自宅どころか寝室にまでに踏み込んできた友人の顔を見て、彼はこう呟いた。
「厄日だな‥‥」
「四の五の言うな。仕事の依頼だ。有り難がれよ」
「それなら冒険者ギルドに行け。俺の家は出張所じゃねえ」
友人の持つ生臭い包みは無視して、彼はとりあえず気に入りのシャツに腕を通した。年中長袖なんてと部下に嫌がられたが、半袖など具合が悪い。もう一枚上に引っ掛けて、さてと思ったところで、彼は容赦なく友人を殴りつけた。
「人のもんに手を出すなと、何度言えば分かる」
「俺も、そういうベルト買おうかな。最近、コネがなくても買えるようになったらしいぜ」
「辺境伯でも有力貴族には違いない。注文すれば喜んで売ってくれようさ」
取り戻したベルトを締めながら、シールケルは長年の友人をねめつけた。こいつが関わると、最近はろくなことがないとよく分かっている。いや、以前からずっと、ろくなことはないのだが‥‥その腐れ縁ももう随分と長くなっていた。
その腐れ縁のエイリークが自宅まで訪ねてくるような用件など、もちろんいいものであるはずがない。大体爽やかなはずの早朝に、人の家に何を持ち込んできたものやら。部下を寄越さなかったことからして、面倒ごとの臭いがする。
だが彼の嫌な気分などそ知らぬ振りで、エイリークは布包みを開いた。中から転がりでたのは、なかなかに凝った細工の腕輪が一つと‥‥
「こちらは女か。エルフか華奢な人間か。そっちは男だな」
「女と男は同族の可能性もある。海戦騎士団の奴らがざくざく斬ったんだが、残ったのがこれだけでな」
「逃げられてんじゃねぇ。そもそもどこでそんなことしやがった」
「街外れの厩舎の、フィールドドラゴンのところ」
布包みから出てきたのは、腕輪をした細い女の右腕と、ほとんど全部が斬りおとされた左の耳。腕だけで種族を特定するのはなかなか困難だったが、耳は非常に簡単だった。斬りおとした騎士団所属の魔法使いがパラではないと断言したのだから、ハーフエルフに間違いない。
特徴的な形はこういうときに便利だと、二人は簡潔に思っていた。腕や耳くらいで嘔吐するような気弱な感性は、ずっと前にどこかに置いてきた。互いに、相手は最初から繊細なんて言葉とは無縁だと信じてもいるが。
フィールドドラゴンを襲った二人組の、ハーフエルフの男と人間かエルフかハーフエルフの女は、ドラゴンに重傷を負わせたものの、自分達も耳と腕を残して逃げる羽目になった。街中に逃げ込んだ二人組は、海戦騎士団とその配下や街の警邏が秘密裏に追っている。騒ぎ立てて、人心を混乱させることを避けるとエイリークは言ったが、それだけではないこともシールケルは承知していた。なんにしても、騒いで見付かるならおおっぴらに騒ぐに決まっているのだ、この男は。
「じゃあ、ギルドにはその捜索の手伝い募集か。それだけのことで、大事な証拠を持ち出すなよ。俺が騎士団長に睨まれるだろうが」
大体の話が見えて、すっかり爽やかな朝とは縁遠くなってしまったシールケルがそう尋ねると、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「それより先に、魔法の品物の鑑定が出来る奴か、今までのドラゴン関係の騒動に詳しい奴を集めてくれ。やっとドラゴンのお宝らしいものを見付けたが、それがなにやらさっぱり分からねえ。肝心のフィールドドラゴンも、あまり実のあることは知らないしなぁ」
「ムーンドラゴンあたりに聞きに行くか? 接触したのは最近だぞ」
「だから、そういう策が組める奴でもいいから寄越してくれ。よろしくな」
てきぱきと生臭い荷物を包みなおして、エイリークは簡単に言ってのけた。していた指輪を置いたのは、報酬はあとで取りに来いと言うことだろう。引き換えに金銭を渡すように手配が済んでいるものと思われる。
それならわざわざ自分で来るまでもないだろうにと、ちょっと憮然としたシールケルに対して、次に向けられたのは単なる嫉妬深い亭主の言葉だ。また容赦なく殴ろうとしたら、さすがに避けられた。
「なんでてめえの女房に、俺がいちいち流行の指南なぞする必要があるかっ」
「そうか。ずっと女官長が地団駄踏むくらいに質素な衣装や化粧で満足していたのが、お前のところに行ってから、急に色々買うようになったんで、何か吹き込まれたんじゃないかと思ったんだが」
「少しくらいの散財はさせてやれ。おまえの女房だというだけで、他人の何倍も苦労していると思うぞ。だいたい、今までお前が手ほどきしてやらないのが悪い」
女の着る物には詳しいくせにと、色々含めた当てこすりを言われたはずのエイリークは、けろりと言い放った。
「俺の妻は、なにを着ていてもいい女だ。薄化粧のほうが似合うしな」
それまで玄関に控えたままだった海戦騎士団の一員が、思わずシールケルに対して抜刀しかけたほどの勢いで、彼は旧友を自宅から叩き出した。
しかし、ドレスタット領主じきじきの依頼ともなれば、彼は冒険者を集めないわけにはいかないのだ。腹の立つことに。
そして。
はらわたが煮えくり返る思いで、エチゴヤに出向いた十三歳の船主アンリは、ポーションを幾つか買い込んで道を急いでいた。
頼りになる義兄は海戦騎士団の船で遠出していて、まだ十日は戻らない。病気がちの母親に本当のことは言えないし、すでに結婚したり、奉公に出ている姉達を頼っても魔法使いに対抗する術など持っていない。姉の中で一番度胸のある長姉のディアヌは、親切心をあだで返されている最中だ。
散々考えてから、アンリは冒険者ギルドに出向いた。
「誰か教えてくれないかな。このポーション、どっちが怪我が軽くなる奴で、どっちがたちどころに治るっていう奴? 例えば足がサメに食われたときには、どうやって使えば一番いいんだろう?」
エチゴヤで散々使い方は確認したが、親切な係員や冒険者が色々教えてくれるのに頷きながら、アンリは大事な一言を言わないように堪えていた。
姉さんを助けてと言ったのがばれたら、大事な長姉は殺されてしまう。
誰かが自分の顔を覚えていて、姉の店の様子がおかしいと気付いて、助けに来てくれないかと願うのが、彼の今の精一杯だった。
●リプレイ本文
その一言を耳にした漣渚(ea5187)は、自分でもしかとは分からない理由で笑ってしまった。笑われたアンリは、ぶすっとした顔付きだ。
「ああ、悪いことしたやね。でもそうか、アンリも叔父さんかぁ」
「二番目の姉ちゃんには去年子供が生まれたから、とっくに叔父さんだ」
義兄の知り合いに頼まれたというポーションを抱え、忙しなく左右を見渡している少年アンリは、以前に一緒に仕事をした渚が見ると妙に彼らしくない。姉のディアヌに子供が授かったからと、慌てふためくことはないと思うのだが‥‥うわあと突然悲鳴のように声を上げ、手から滑りそうになったポーションの入った袋を抱えなおして、彼は渚にじゃあと手を振った。
「あ、アンリじゃない。お姉さん元気〜?」
「つわりがひどくて、店も最近は休んでるよっ」
やはり渚と同じ仕事をした源真結夏(ea7171)が、自分に向かってくるのも振り切る勢いでアンリは港の方向に走っていく。彼の姉が酒場をやっているのは、確かにその方向だ。だが今、店は休んでいると言わなかったか?
アンリの様子がおかしいと思ったのは、結夏と渚だけではなかったようだ。顔を知らないこともないイサ・パースロー(ea6942)が丁寧な物腰で二人に話しかけてきたのである。イサは、アンリにポーションの使い方を懇切丁寧に教えたうちの一人だった。
「少し待ってくだされば、一緒に行きますとお伝えしましたが、それは大変迷っておいでの様子でした。いささか様子が変だと思ったのですが‥‥」
「明らかに変よ」
「変やな。アンリらしゅうない。店は休んでる言うたけど、後で行ってみよか?」
まずは依頼人のところに出向いて、速やかに外に出る許可をもらわないと。たまたま同じ依頼を受けていた三人は、今回の依頼の集合場所に指定された領主の館のすぐ脇にある建物に足を向けた。
その際に、友人のラフィーを連れたマギウス・ジル・マルシェ(ea7586)と同道し‥‥彼らが、やはりあまりに様子がおかしいアンリにテレパシーで話しかけて応えてもらえなかったことを知った。もう一人の友人ガレットは、アンリの後を追っているようだ。
そうして、アンリが。
「人の頭の中を、魔法で覗くなーっ!」
『竜騎亭』と看板のかかった店に入りざま、そんなことを叫んだのをガレットは耳にしている。
全部で八人の手配を頼んだはずが、十二人がやってきたことに対して、依頼人エイリークからこの件を委任されたという海戦騎士団の女性は不機嫌さを隠そうともしなかった。名前はララディと名乗る、二十台半ばの人間だ。
「そこに積んだのが、関係する冒険者ギルドの報告書の写しと海戦騎士団の書類、これがドラゴンを襲った賊の身に付けていた腕輪、そっちの箱はアイスコフィンにした腕と耳ね。賊が使ったのは風と地の精霊魔法、トルネード、ストーム、ウインドスラッシュ、グラビティキャノン、クエイクよ。現場の細かい見取り図はそっちの石板にあるから確認して。それから問題の物はこれね」
矢継ぎ早に広いテーブルに置かれた物品の説明をして、最後に手にしていた『ドラゴンの宝』を掲げて見せたララディは、リュリス・アルフェイン(ea5640)とシュタール・アイゼナッハ(ea9387)の要望にさらに不機嫌になった。依頼人代理がこうまであからさまに態度が悪いとやりにくいが、北のアイセル湖の遺跡に入ったことがあるはずのミールが領主の館で静養中である以上、見てもらうのが方策の一つなのは間違いがない。
「聞いた話では、ミール殿はあまりご様子がよくはないようだ。今日でなくとも、来ていただける日にお願いできれば有難いが、それも難しいのであろうか?」
礼服はともかく、派手なマスクをして、マスク・ド・フンドーシ(eb1259)と名乗ってから、明らかに邪険にされているマスクが、扱いをまったく気にしない様子でララディに持ちかけた。幸い、これが良かったようだ。
ミールは今日は明らかに体調が悪いので、明日以降早い日に来てもらえるように手配する。それが妥協点だと悟ったか、リュリスは連れてきた友人のラスティにデュアラブルセンサーのスクロールで材質を確認してもらい始め、他の者は置かれている報告書や道具を手にする。
そして、実は鍛冶師の目利きで『ドラゴンの宝』の材質をして見せるつもりだったナオミ・ファラーノ(ea7372)は、一枚の書類を取り上げて、豊かな髭をしごいた。
「材質は、どうしてだか角と骨って出るのよ。リヴィールマジックなんか、まるで虹だそうよ。正確には六色だけど‥‥」
「調べつくして、でも結果がまとまらない?」
ナオミの指摘に、ララディは無作法に足を組んでそっくり返ることで、自分の機嫌を示して見せた。
ただ、これが確認された時に不在だったミールにはまだ見せてないそうだ。だからその時に、これがどんなものかを把握しておく必要はあると、角か骨か分からない、形状は角笛の半分に見えなくもない筒を様々に扱おうとする一団の横で‥‥
結夏が、警告の声を発した。
過日フィールドドラゴンを襲い、代わりに腕や耳を斬られた賊は、使用する魔法からして以前に同じドラゴンを飼い主宅で襲った二人と同じではないか。ララディの説明と現場の見取り図などを見比べたイサの意見は、誰の反論も受けなかった。同じ証拠はないが、違うそれもないのだ。可能性は十分にある。
そして、賊が腕にしていた腕輪を『金細工のいい品だよ』と確認したナオミが、結夏に渡した。人魚の浮き彫りがされた男物らしい無骨な腕輪だ。賊の女も二の腕にしていたらしい。結夏は、それを以前に見たことがあった。
「これ知ってる。大変、ディアヌとアンリが巻き込まれてるかも!」
「ララディさんのお仲間に、ダカンさんっておらん? 船乗りだって聞いとるけど。その嫁さんと弟のことやわ」
以前、そのダカンの妻ディアヌの経営する酒場『竜騎亭』にハーフエルフのマリアとシモンと名乗る男女が怪我を負って助けられ、ならず者に奪い取られた腕輪と首飾りを取り返す依頼を受けたことがあると説明しながら、結夏と渚は入室した際に解いた武装を付け直している。それが目立たないように着物を直して、今にも飛び出していきそうだ。面識のあるイサとマギウスも、同行するつもりでいる。
「あ、でも、ドラゴンに話を聞いてきてほしいのね。今の話で心当たりがあるかどうか。それとガレットさんと合流しないと」
テレパシーで、今度はきちんと仲間だと分かってもらわなくてはと、一人でその様子を作り上げているマギウスはさておいて、そういうことならと十二人全員が飛び出しそうな勢いに、ララディが待ったをかけた。
「行くなら生け捕り。ちょっと、港の衛士と自警団の詰め所に一番早いの走らせて。あなた達には一人つけるわよ、現場で不審者に間違われたくないでしょ」
本当はミールやフィールドドラゴンと話をするためについてきてもらったのに。そんな呟きもなくはなかったが、最悪の場合は妊婦と少年が人質になっているのだ。
ここで力の出し惜しみをする者など、いない。
時刻は夕暮れにももう少しあるため、『竜騎亭』はもちろん、近隣の他の酒場も店を開いてはいなかった。それでも他は仕込みをしている気配がするし、開かれた窓から人の姿を伺うことも出来るのだが、『竜騎亭』だけは鎧戸が少し開いているだけだ。
近くの店の者に何気ない振りを装ってマギウスが聞きこんできたところでは、アンリが昼過ぎに店に入ったのは確からしい。ディアヌのつわりがひどいのも事実のようで、知らずにやってくる常連客のために店番をしているのだそうだ。たまにディアヌは調子がいいと出てきて、簡単な肴を作っているとか。
ただし数日前から、店はほとんど閉めっぱなしだ。出入りしているのもアンリだけ。
そして合流したガレットが、まだ人気のなかった頃合だから叫んだのだろうアンリの言葉を聞けば、中に非友好的な関係の魔法を使う者がいるのは多分間違いがない。
「いきなりテレパシーはあかんで。アンリは魔法には慣れとらん。相手に気付かれたら、姉ちゃんが危ないさかい」
今にして思えば、渚と話していていきなり声を上げたのは、テレパシーで話しかけられたからだろう。慌てて帰ったのは、冒険者ギルドに寄ったのがばれたと思ったのかもしれない。ガレットの話からすれば、おそらくマリアとシモンの二人も異変に気付いているはずだ。賊がこの二人だとすれば。
そうでなくとも、以前にもフィールドドラゴンを襲った二人と同じなら、かなりの力量の持ち主である。ロキの事情にも通じているかもしれなかった。
「中の四人が驚くようにすればいいんでしょ。いきなり魔法が飛んでこないことを祈っててよ」
結夏が思い切りよく言うと、店の扉の前に立った。ものすごい勢いでがんがん叩きながら、声は普通を装っている。
「アンリー、いないのー? おねーさんのお祝い持ってきたわよーっ」
一応物陰に隠れている一同が驚いたほどの勢いだったが、ちょっと止めてはまた叩くのはもちろんテレパシーが使いやすいようにだろう。マグダレンとラフィーがアンリとディアヌに向けて魔法を放つ。
だが、様子を見守っていた他の者達は開いた扉の向こうに現れた人影に、身構えた。結夏も身のこなしが、すでに臨戦態勢だ。
「確か、ユカ? 一人で来たわけじゃないだろ? 仲間を呼んだらどうだ」
アンリがおかしなことを言うから、きっとここを誰かが突き止めると思っていた。以前は結夏が見なかった穏やかな笑みで語るシモンは、蒼ざめた顔で眠っている様子のマリアを抱えて、ゆっくりと扉から出てきている。
そして、店から離れて広くはない通りの真ん中に立った。
「ディアヌとアンリは?」
皆が店の中の確認や、シモンの背後を取るための時間稼ぎにと結夏が発した質問の答えは、再び開いた扉から現れた。アンリと、その後ろからディアヌが顔を覗かせて、少年が外に放り出したのは皮のバックパックだ。
「この恩知らずーっ!」
バックパックを拾おうとするかのように、女性一人を抱えてしゃがみこんだシモンを飛び出した冒険者が囲む。その右手をリュリスの鞭が絡め取り、『竜騎亭』の入り口はマスクが壁になるように立ちふさがる。手にしたクリスタルソードは、シュタールが魔法で作り出したものだし、リュリスが鞭とは反対の手に構えたダガーにもナオミのバーニングソードが付与されている。見た目で圧力を与え、魔法を使わせないようにする苦肉の策だ。
だから渚も小太刀をオーラソードに持ち替えていた。マギウスやイサも、姿を見せて、でも同じ方向に広がらないようにしている。
「へえ、あの旦那の人徳か。それとも坊主か」
片手は戒め、もう片手は仲間を抱えている。これなら高速詠唱も使えまいと踏んで、取り押さえるべく動き出そうとした冒険者達だったが、少なくともマスクはその歩みを止めることになった。
「‥‥血の臭いぃ」
げっと何か吐き出すような音に喉を鳴らしたディアヌが、へたへたと倒れこんだからだ。自分の安全は無視して走りよったイサも、確かにその臭いは捉えていて、慌ててマスクに抱えられたディアヌとアンリの様子を伺ったが、どちらも怪我はない。
「さすがに、店の中で人死にが出たら悪すぎるからな。俺達はどうせハーフエルフだが」
腕に覚えのある面々に引き倒されたシモンの左手には、ナイフがあった。
そして、シュタールやナオミ、マギウスがくるまれていた毛布から引き出したマリアと呼ばれた女は、首筋から流した血でその服を染めて、すでに事切れていた。
「どうして、こんなことを」
さすがに口調が固くなったシュタールの問いかけともつかぬ呟きに、シモンはおとなしく手を縛られながら微笑んだ。
「お互いの幸せのためだな」
頃合を見計らったように、事実見ていたとは後ほど聞いたが、ララディが自警団と騎士団をつれて現れて、周辺の店の者達をうまく言いくるめてくれた。騎士団員はシモンの手を指まで固定する形で結びなおし、マリアの骸は毛布で包みなおして担ぎ上げる。
アンリとディアヌも保護されて、集まった近隣の者に労わられつつ、差し向けられた馬車に乗せられた。結夏とイサが付き添う。当然の顔をして、ララディも乗り込んできた。
「騎士団で事情を聞かせてもらうわ。産婆も呼んで診てもらったほうがいい?」
「‥‥えぇっとぉねぇ、それよりぃ」
体の具合は大丈夫か、どこか痛んだりしないかと確かめていた結夏やイサの心配は杞憂で、ディアヌもつわりが落ち着いたし、アンリは見るからに元気だった。だが二人とも何から話したものかと迷う様子を見せて、やがて姉の言葉を遮るようにアンリが言う。
「あのマリアって女の人も、おなかに赤ん坊がいるんだって言ってたんだけど‥‥」
それはおかしいんじゃないかと、声が揃ったのはララディとディアヌの二人だった。
アンリ達やシモンから話を聞くのは騎士団がやるからと、体よく追い払われた感もある冒険者一同はドラゴンから話を聞く者と『ドラゴンの宝』判定に取り掛かる者とに分かれた。中にはアンリ達が気になって仕方のない者もいるわけだが、騎士団の建物にいて危険があるとは思えない。あの気の強そうなララディが、変なことを言わなきゃいいと思うだけのことだ。
それでも、フィールドドラゴンのいる厩舎に案内してもらったころには、もう日も暮れていた。件のドラゴンは、すでに半ば夢見心地だったらしい。不機嫌そうと、テレパシーの通訳を頼まれた二人が頬を引きつらせた。だが襲撃者が捕まったことを伝えると、その機嫌も幾らか直ったようだ。
テレパシーでの仲介を通じて、リュリスやマギウス、イサが尋ねたところをまとめてみると。
そもそもフィールドドラゴンは『宝』を今まで見たことはない。だが見せられた『宝』が本物であることは分かる。そして、力が欠けていることも察した。
ただしそれは『力が失われている』ということではなく、『幾つかに分かれている』の方がしっくり来るものらしい。ただ幾つにかは分からない。
そして何より、自分が狙われた理由については、まったく心当たりがないということだった。あまり賢くもないので、推理することそのものが出来ないようだし、今回は賊の姿を見ていないので尚更だったようだ。
「宝の力を使うのに、ドラゴンの生贄、例えば血や肉が必要なわけではないのね?」
『ない』
「ドラゴンが何頭もいないといけないということは?」
『ない』
この会話を最後に、厩舎の警備を担当している衛士がドラゴンの限界を告げた。リュリスが興味深く眺めている間に、衛士と厩舎員とが人の入った跡を整えてドラゴンが伏せやすいようにしてやっている。
足も3本もがれて魔法治療を受けたというフィールドドラゴンは、大儀そうに伏せると寝入ったのか動かなくなった。
その間、『ドラゴンの宝』の鑑定を再度開始したシュタールやナオミは、手立てを尽くして、海戦騎士団の調査以上の成果を見出せないでいた。
「見るからに、壊れた角笛って感じだものね。わたくしは材質も角だと思うけど」
「どちらにせよ、これだけで用を成すこともないだろうが‥‥角笛だとしても、ドラゴンがどうやって用いるのだ?」
円筒形の角か骨か分からず、魔法の目で見ると精霊魔法全種の反応が表れるという代物を前に、ウィザードの二人は頭をひねっている。ナオミが『宝』に羊皮紙を巻きつけて、上から木炭でこすることで特徴的な文様でも浮かばないかと試してはみたが、それも収穫なしだ。規則性も特色もない凹凸が表われただけだった。
ナオミとシュタールが『宝』現物を扱っている間に、苦労しいしい報告書の写しなどを読んでいたマスクは、壁にぶち当たった二人にひどく簡単に言った。
「この壁画の報告など見ると、その角笛はドラゴンを操る契約の品‥‥でよいのかな? しかし楽器らしからぬ姿から見ると、吹き口は別にあるのであろうな」
やはり報告書の読解に難渋していた渚と結夏が、マスクが手にしている報告書を奪って覗き込む。ドラゴンを操るなんてとんでもないと、言うことは同じだ。
そしてシュタールは、友人が出逢ったドラゴンの話を思い返して。
「北での調査ではムーンドラゴンとララディが現れたことから、月にゆかりの深い品物ではないかな。だが精霊魔法全種か」
ララディって、席を外している姐さんの名前と誰ともなく口にしたのに、『宝』の管理を代行している騎士と吟遊詩人らしい二人連れが吹き出した。
「ララディとは、月の精霊の一つで、翼のある大きな蛇の姿をしているそうですよ。当方のララディ殿は、その月精霊にあやかって名付けられたそうですが」
あいにくと精霊に詳しいものはいなかったので、聞かされた話にへえと頷くのみだ。それを見た騎士が、やや皮肉っぽい表情を浮かべて口を開く。
「ドラゴンを操るは、新しい意見だ。我々は精霊のほうに眼が向いていたから。だが、ムーンドラゴンとララディだけで月と判断するのはいかがなものかな?」
「変なとこだけ上役とそっくりやね」
本気で感心している渚に拍手された騎士は黙り込んだが、遠慮なく笑っている吟遊詩人はしばらくしてから、シュタールに指折り数えて見せた。
「ムーンドラゴンは最近ですが、例えばリバーとフィールドドラゴンは水と地の属性でしょう。ウィング、ウォータードラゴンとも一戦交えておりますよ」
ゆえに月とばかり縁があるとは言い切れないのではないか。そう問われれば、確かにその通りで。
後はフィールドドラゴンの話を聞いた三人の報告とあわせても、めぼしい話は浮かばず、翌日にミールと面会できることを期待して、彼らは一日の仕事に区切りをつけた。
翌朝、なんとかミールをつれて来れそうだという話の後、ララディは前日の冒険者の調査や推測を事細かに尋ねていた。マスクの『ドラゴンを操る角笛』にはしばし何か考え込んでいたが、口は開かない。
開いたのは、シュタールの『月にゆかりの深い遺跡ではないか』にだ。
「ミールと一緒に遺跡に出向いた冒険者の報告だと、植物の茂り具合と風が尋常ではなかったという話よ。月に限らないわ。ただ月の属性と言われるドラゴンや精霊は友好的だし、人語をよく解するから出向いてくるのかもね」
火の系統はドラゴンも精霊も好戦的で出会えば大変なことになる。どうも両方に知識の深いララディだが、場の雰囲気を読むのは得手ではないらしい。そうでなければ、わざと無視しているのかだ。結局、マギウスが前日捕らえたシモンのことを尋ねて、ようやく昨日から今朝まで行われていた尋問で明らかになったことが知らされた。
「あの二人と、以前の襲撃で死んだハーフエルフの三人は仲間で‥‥話題のロキの情婦とその間男でいいのかしらね?」
「それは瑣末な話ではないかと思います。ロキの配下だと言い切ってください」
一体どこへ話が転がっていくのかとリュリスやイサが悩み始めそうな言い出しで語られたところによれば、シモン達三人は確かにロキの意向を受けて動いていた。いつからとは言わないが、それは『随分昔のことだから、思い出すまで待て』という返答だったそうだ。拷問するまでもなく、非常に素直に答えているらしい。
フィールドドラゴンを襲ったのは、最初は『宝』を見つけ出すために必要だったから。今回はドレスタットの政情悪化を狙って。その中には、当然エイリークの権威失墜も含まれている。
「ロキの目的や『宝』については、何か聞き出せてないの?」
マギウスに問われたララディが、鼻の頭と額にしわを寄せた。シモンがあまりに素直に答えるので、どこまで信用していいものか悩むのだとか。一つだけ、ほぼ間違いないのが。
「ハーフエルフだってことね」
後は『ドラゴンの宝』の能力を引き出して、世界を混乱に陥れるくらいはためらわずにする。それでは混乱が目的かと訊けば、シモンもしかとは返事が出来ないようだ。なかなかの秘密主義でもあるらしい。
そして同族に優しいわけではないが、大変な能力と求心力を持つのでシモン達のように心酔しているハーフエルフは少なくないそうだ。実際にハーフエルフが加わった謀略は格段に増えている。何かと虐げられる種族なので、何かロキに期待するものがあるのだろう。
とはいえ、シモン達は『宝』の強奪には関わっておらず、その力がどう発揮されるものかはよく知らない。現物も見たことがないため、こちらにある品を見せてもどのくらい欠損しているかは分からない。しかし、その強奪に加わったはずの配下とは、以降一度も顔を合わせておらず、ロキの側近も顔ぶれが変わっていた。それだけ入手するのに大変だったことは間違いがないだろうと、シモンは考えているそうだ。
「その場所がアイセル湖の遺跡に間違いはないのだろうか」
「多分ね。船で北方に出向いて、十日足らずで戻ったそうよ。季節に合わせて航路の確認をさせてるけど、その日程で行ける中に他に目立つ場所はないでしょうし」
随分と自信ありげだとシュタールに指摘されて、ララディはいきなり含み笑いを漏らした。同席している騎士と吟遊詩人が驚かないところを見ると、喜怒哀楽の振幅の幅がとにかく大きい女性らしい。
「エイリーク様とシールケル様が、今まで行ったことがある地域は以前に確認してあるもの。あのお二人でも知らなかったら、そうそう遺跡なんかないと思うわ」
「ふむ。以前は名うての海の男だったというしな。しかしララディ君を見ていると、ロキの配下も同様にロキを信頼しているのだろうと分かりやすい」
そういう引き合いを出すかと、周囲はマスクに冷たい目を向けたが‥‥ララディは一つ頷いた。
「あたしもそう思うわ。エイリーク様のほうが確実にいい男だけど」
奥方がいる男に入れあげてどうすると結夏と渚が目いっぱい呆れ顔をして見せたが、ララディは気にしない。ナオミがあ、と口を開いたのに、なんだと顔を向けたが。
「奥方様とご領主の馴れ初めはなんだったのかと思って。奥方の元の許婚殿がいれば、ロキが唆しに行きそうだよね」
「いない。奥方は母御と市井で長くお暮らしだったのを、先代がエイリーク様を後継ぎに定めると周囲を押し切るのに、便宜上の婚姻相手として館にお連れになったはずだ」
それは側室に生ませた子供をほったらかしておいて、いきなり必要になったから呼び戻したってことかと、女性三人は揃って憤ったのだが、海戦騎士団の三人には周知のことすぎて今更感慨はないらしい。ララディに代わって答えた騎士も、たまたまその時の事情に明るいので口を挟んだだけのようだ。
「あと、ロキの隠し財産の一部を預かっていたと言うから、今回収に行かせてるわ。それがあったら、多少は事実を話しているんでしょうね」
あまりに素直すぎて、どこまで本当か分からない。依然捕らえたロキ配下の盗賊団の一員は、それはもうすごい嘘吐きだったようだから。何気ない呟きの中の過去形を聞きとがめて、マギウスが唇を尖らせる。減刑をネタに話を引き出す方策もあるはずだと、わざわざ恩人を脅しても生に執着したのだからそれは有効ではないかと、もっともな意見に初めて海戦騎士団の三人の表情が揃って歪んだ。
「そういえば、マリアという女性の遺体はどうなさいました?」
自分はロシアの生まれで、ハーフエルフにも忌避感はないのだと昨日はなしていたイサが、やや詰問調にララディへ言葉を向けた。
「アイスコフィンで固めてあるわよ。シモンに知っていること話さなかったら、その死体を切り刻んでやるって脅した手前、腐ったら効果がないから。それでちゃんと白状したら、処刑した後に一緒に埋めてやるって条件で、今の話が出てきたの」
「けったくそ悪い」
リュリスが吐き捨てたのに、騎士が一瞥くれたが、ララディは微笑んだ。
「半年前に寝た男の子供を身ごもってるって、平らなおなかで信じてる女が、腕がなくなってもそちらばかり心配するんで、あの店に運んだそうよ。怪我が塞がれば、子供も大丈夫だと安心して寝入ったんで、そのまま死なせたかったと‥‥そりゃあ、一緒に埋めてやるのが親切だわ」
それでロキの正確な情報が手に入れば、こちらはちっともかまわない。どうせ処刑はするんだからと言い切る様子に、減刑や助命を聞き届ける気配はかけらもなかった。また、冒険者が口を出すことではないとも三者三様に態度で示している。
ちょうどミールがやってきたと知らせが来て、話は一度そこで途切れた。
ミールに会ったことがあるのは、この中の半数にも満たなかった。北の遺跡イグドラシルで、自失して以降ほとんど会話もせず、領主の館で静養しているシフールだ。仲間のスィエルが常に世話を焼いて、同行している。
「ララディとは何か話していたんですけど、内容は分かりません。こうなってからは、あの時以外は何も話さないんです。理由も全然分からなくて」
丁寧な言葉を選んでいるのか、それとも別の理由でか、なんとなく歯切れの悪い話し方をするスィエルの申し訳なさそうな態度に、イサやナオミ、渚、結夏が気にするなと慰めの言葉を向ける。マギウスは自分が借りていたクッションを指して、座っているように促した。
「シフール共通語なら分かるし、全然分からない言葉のときはこちらのバードさんが何とかしてくれるというからね」
でも心配でと、結局ミールの隣にいるスィエルの前にも、『ドラゴンの宝』が示された。彼は見たことがないと、首を振っている。
だが。
「契約の品、見出せり。急ぎ正しき位置に戻させよ。我らの元に持て」
はっきりとしたゲルマン語で、ミールが言葉を紡いだ。表情はなく、他人に言われた通りの言葉をなぞっているような抑揚のない声だが、確かに話している。
「これは、何をするためのものなんだ?」
「戻せ。最後の時はまだ遠いはず」
「それがロキの目的なのか」
リュリスが身を乗り出して尋ねるが、返答はない。ただ、ただ言葉を紡いだミールは、すうっと目を閉じるとずるりと崩れ落ちた。
そして、その日ミールが目覚めることはなかった。
おそらく『ドラゴンの宝』はイグドラシルから持ち出されたもので、見た目からして二つ以上に分割した角笛と思われ、至急戻すことが必要。それは分かったが、そもそも推測されていたことでもある。
ならばと、シュタールの発案でソラチと名前のあるリバードラゴンを探しに出るも叶わず、いきなりイグドラシルへの船は出せない。
「壁画のある洞窟の剣は、とうに手は打ってあるわね。黒の教会の書簡も担当者が探しているけど、さらに急がせるしかないと」
いつも一番知りたいところに手が届かない結末に、苛立ちのある冒険者達だったが、ララディが羊皮紙に小さな字であれこれと書いては消し、皆に打つべき手を提案させていたが、シュタールの一言は書きとめもしなかった。
「ロキらしい男が、確かにユトレヒトで目撃されたわね。でもそれを逮捕する権利はノルマンにはないの。戦争する気なら話は別だけど。滅多なことは口にしないで」
後はムーンドラゴンをもう一度会話の相手に呼び出せたらと、実現の方策が見付からないことを話していた一同は、リュリスの言葉に頷いたが‥‥それを完璧に成し遂げる方策は、やはり見出せなかった。
「遺跡に行けば、これを置く場所があるんだろう。ミールも、急いで戻せと言ったしな」
そのとき、誰かが口にした。
『我らの元に持て』と言う、『我ら』とは何者なんだろう?
答えはまだ、不完全な形でしか揃っていない。