●リプレイ本文
●にゃんこは増えています
この猫屋敷に訪れるのが二度目の冒険者は、三名ほどいた。うち一人の御影紗江香(ea6137)の言葉に、和紗彼方(ea3892)とソニア・グランデ(ea7073)は、『気のせいではない』と首を横に振った。
「やっぱり、増えていますか」
紗江香がやれやれと呟いたのもある意味当然。以前、今年の初めにこの猫屋敷に来たときより確実に十匹は猫が増えているのだ。
そして、今回が初めての仕事だというリースス・レーニス(ea5886)が不思議そうに尋ねたことには、誰もが『たまにはこういう人もいるんだよ』と言葉尻を濁したのである。
「お金持ちはすごいねー、こんな大きなおうちを猫にぽんとあげちゃうなんてー」
リーススは無邪気に感心しているが、先の三人は知っていた。この家が、にゃんこのために建てられた特注品であることを。
そして他の四人の冒険者も思っていた。リースス同様に今回が初めて受ける依頼であるメル・エイレン(ea8002)だって、分かっていた。
「世の中には変わった人がいっぱいです〜」
「ですが、そのおかげでこんなに素晴らしい依頼が受けられたのです。ああ、主よ、このような機会を与えていただいたことに感謝します」
「猫と遊んで報酬がもらえるなんていい話だよなぁ」
イサ・パースロー(ea6942)、白クレリックで理知的、かつ冷静沈着な日頃の彼を知る者は、皆揃って一歩引いたが、幸いメルやレンティス・シルハーノ(eb0370)はその驚愕を共有せずに済んだ。せいぜいこの人も猫好きなんだと思ったくらいである。
「イサさんが猫派って意外‥‥でもないのかな」
友人の激変振りにしばし言葉もなかったガレット・ヴィルルノア(ea5804)だったが、少し考えて納得したらしい。このときに頭をよぎっていたのは、イサの恋人のことだが‥‥言えばもっと大変なことになりそうだったので、賢明にも口をつぐむことにした。
まずは皆で荷物を置いて、にゃんこ達を捕まえる準備をしよう。
●いけにえ決定、色々と
今回の依頼はにゃんことたわむれること、の前に、依頼人アンジェの姉の目ににゃんこたちが触れないようにすることだ。この姉はかなり白っぽい銀髪で、歳は約百二十歳。その夫の職業は葡萄農園とワイン醸造所の主で、アンジェの夫がワインを売る商人で‥‥
「もしかして、竪琴職人で、名前はオリンピアさん?」
彼方が度々依頼を受けている商家の奥方だった。今回の依頼人アンジェも結構無邪気で不思議なところがあるが、そのはるか上を行く不可思議にして思い込みの激しい犬好きだ。にゃんこの姿が見えたら、迷わず走り回って追い散らすことだろう。
そんなわけで、その姉オリンピアが庭に出てきそうな時間帯は、彼方が飼い犬の遙と一緒に外で見張り番をすることになった。万が一にもにゃんこ達が逃げ出しても、オリンピアに見付からないうちに連れ戻すのだ。
「ちえ、にゃんこと遊びたかったのに」
「依頼だが、そりゃあ依頼なんだが、なんで俺まで」
あなたは体が大きいから、いざとなったらオリンピアの前に壁のように立ちふさがること。と、他の面子にお願いという名の強制をされたレンティスも、彼方と一緒になってぼやいている。
なにしろ『お願い』と言えば聞こえはいいが、皆がにゃんことたわむれている間に外にいろということなのだ。彼方の場合は別口の依頼人相手なのである程度諦めもつくが、レンティスにはいただけない。でも誰も代わってくれようとはしなかった。
もちろんレンティスだって、シフールのメルやパラのガレットとリースス、自分以外で唯一の男性だがやや細身のエルフのイサに、ジャイアントの自分の代わりが出来るなんて思わない。思わないが切ないものは切ないのだ。
こうなったら、せめてにゃんこを捕まえる間だけでも、十二分にたわむれておかなくてはなるまい。
●そして事態は混乱する
紗江香は前回、この猫屋敷で経験していた。
「猫も動物ですから、追えば逃げます。ですから追いかけてはいけません‥‥」
イサは五十匹超の猫を餌の時間に一網打尽にすればいいのではないかと考えていた。
「お聞きしたところでは、その時間にはほとんどの猫が集まるそうですが‥‥」
自称馬派のガレットは、そんな二人に突っ込んだ。
「今更無駄ね。これ組み立てるのを手伝ってくれる?」
彼と彼女達の前では、にゃんこを追い掛け回して幸せいっぱいのリーススと、逆ににゃんこに追い掛けられ、慌てて逃げる最中に木にぶつかって落下するメルと、手にした魚のほぐし身を撒くより先ににゃんこたちにしがみつかれたレンティスとがいた。ソニアと彼方はにゃんこ用別棟の出入り口を塞いでから、餌やミルク、キャットニップをあたりにおいて、捕獲準備万端だ。確かに今更どうこう言っても無駄だろう。
すでににゃんこ達は、周辺に逃げ散ったり、集まったりと無秩序な動きをしている‥‥そして餌の時間までは、まだしばらくあった。
「これは、どういうものでしょう?」
「猫は木登りなんかも好きでしょ。建物の中でも飽きないように作ってもらったの」
「なるほど。それは素晴らしいですね。ほら、遊ばせてもらいなさい」
三人は、それでも片手には捕まえたにゃんこを抱えて、別棟の中でしばらく作業をすることにした。ガレットが持ち込んだ猫用家具の組み立てだ。
さて、餌の時間まで難しいことは考えずににゃんこ達を追い回すことにした中の一人、リーススは、なぜかメルを捕まえてしまった。メルが目を回してふらふらしていたので助けてあげたともいう。現在は二人で魅惑のにゃんこを手にするべく、共同戦線中‥‥だが、リーススの口は止まらない。
「私は猫も犬も大好きだけど、アンジェさんはどうしてかたっぽしか好きじゃないのかなー。アンジェさんのお姉さんも、犬しか好きじゃないなんてもったいないよねー」
「そうですね。あ、いました、いました。ふにゃっ」
彼女達を魅惑するにゃんこは、リーススの引っ張るキャットニップ入り人形に目もくれず、木の上で背中の毛を逆立てていた。パラとシフールとはいえ、二人がかりで追い回されたので気が立っているのだろう。でも右目が金色で、左目が青色のにゃんこなんてほかにはいないので、二人は頑張って追いかけていたのだが、メルは木の上でにゃんこの尻尾に叩かれてよろよろと落下中。
びっくりしたリーススがぴいきゃあ言いながら受け止めたが、その間に他のにゃんこ達に人形は持ち去られてしまった。多分、もう戻ってこないだろう。
そして、つんと澄ました魅惑のにゃんこはといえば。
「アル、あんたまでうろうろするんじゃないよ。ほら、こっちおいで」
なんと、ソニアの飼い猫だったことが判明した。ソニアも二人に『抱っこさせて』とすがりつかれて驚いたが、気前よく愛猫アルをリーススに抱かせてやった。メルの場合は抱きついているようだとは、思っても言わないのが親切というものだ。
この頃、レンティスは見事ににゃんこ達の包囲網を自分の周囲に築いていた。魚のほぐし身は撒く、それを焼いたときの匂いが服に染み付いている、ついでに紐の先にわら束を結んで放り投げては引っ張るを繰り返していたから、にゃんこ達がうろうろと離れないのだ。更にリーススとガレットの二人を足したよりもう少し高い身長と、イサと彼方とソニアと紗江香の四人分より少し軽いだけの体格はにゃんこ達が挑戦するにふさわしい山となってそびえていた。
例え当人が座っているだけでも、特に子猫にとっては挑戦し甲斐があるのだ。時々動いて驚かせてくれるところが、微妙な猫心をくすぐるのかもしれない。どんな猫心かは、おそらく猫にしか理解できないだろうが。
しかし、彼は小さくて可愛い生き物が好きだった。メルなどもさぞかし可愛く見えているだろう。だから何をされても、ちょっとくらい爪を立てられても全然平気。にゃんこがどこからか紐のついたぼろ布のようなものをくわえてくれば、それを投げてやってにゃんこ達をめろめろにしている。
「なんだ、腹がすいたか?」
まさか自分が手にしているのが、リーススのキャットニップ入り人形の成れの果てだとは欠片も思わないレンティスは、大変に上機嫌で‥‥周囲に酔っ払ったにゃんこの山を築いていた。
ところで、餌やミルクやキャットニップでにゃんこ捕獲に一応真面目に取り組んでいた彼方とソニアだったが、そろそろあることを感じていた。
「ねえ、もしかしてボクらって」
「言うな、それだけは。あたしも気付いてないわけじゃない」
「やっぱり〜? 中もなんだか賑やかだし‥‥」
彼女達は、炎天下にかなり頑張っていた。にゃんこが満足した頃合を見計らって捕まえ、最初に決めた入口から別棟の中に入れる。中のにゃんこが逃げないように、二人で息を合わせて素早く入れるのだ。後の面倒は、中でなにやら組み立てていた三人が見てくれているはずだ。
暑いから、当然木陰でにゃんこが来るのを待つ。でもレンティスやリーススがキャットニップで酔わせたにゃんこは、木陰から出て救出に行くのだ。炎天下でにゃんこがうだってしまったら可哀想ではないか。他にも餌の時間が近くなったので出てきて、早く何か食べさせろとばかりに鳴きたてるにゃんこに餌の皿を寄せてやり、満足したところでまた捕まえて別棟へ‥‥
当然だが、五十匹以上いるにゃんこが一匹たりとも欠けないように、数だって数えている。ソニアと彼方だけが。
「こういうのって、立ち回りが下手っていうのかなぁ」
「真面目に仕事をしているといえっ」
日暮れ時になって、にゃんこ達のための豪勢な餌を持った使用人を従えて、アンジェが様子を見に来たときには、この二人はすっかりやさぐれてしまっていた。
なにしろ、別棟の中ではとっくの昔ににゃんこ用遊具を組み立てた三人が、優雅ににゃんこ達の毛を梳いてやっていたのである。風通しを考えられた、涼しい建物の中で。
「でもこれだって、イサさんの別人振りを見てると結構大変なのよ」
「行きの道中とは、確かに別人のように猫にほお擦りしていましたね」
幸せいっぱいの表情でにゃんこの蚤取りに精を出しているイサと、その様子にやや引きつった笑みを浮かべて言うガレットと紗江香の表情を見たって、彼方とソニアの気は晴れなかった。
レンティスは自分の戦果である懐きまくったにゃんこ達を別棟に率いてきて、その後にはにゃんこと同化してのびのびと横たわっていたリーススとメルを改めて担ぎ込んできたのだから、どうしたって晴れるはずはなかった。
仕事の割り振りは、きっちりやろう。
●にゃんこと堕落する一日
多分これで全部ではないか、と依頼人のアンジェからして曖昧な数のにゃんこを別棟に集めることに成功した一同だったが、『多分』では安心できない。それににゃんこの気配は極力消しておいたほうがと、庭の掃除をしていた昼過ぎ、問題の姉オリンピアがやってきた。彼方が挨拶に出向いたら非常に喜んだらしいが、実は彼方より愛犬遙にめろめろだったようだ。
そして、冒険者達はにゃんことの一日が始まる。
メル、下手に床におりるとにゃんこに羽根を引っかかれるので、空中で紐をふりふりしながらにゃんこを引き回している。何匹もの愛らしいにゃんこを手玉に取る快感といったら、もううっとり‥‥たまにうっとりしすぎて、壁にぶち当たって落下し、にゃんこに踏み潰されるのはご愛嬌なのかなんなのか。
ソニア、昨日の鬱憤を晴らすかごとく、結夏に転がっているにゃんこ達の喉を撫でている。愛猫アルは、にゃんこ達に混じって天井の梁の上で昼間の真っ最中だ。
「夕方になったら鬼ごっこでもしようかね。少しは暴れさせないと喧嘩するし」
だからにゃんこに合わせて、今はソニアも昼寝中。
レンティス、リースス、別棟二階のおとなしい年寄り猫ばかりの部屋で、昼間は爆睡中。夜行性のにゃんこの夜の世話を引き受けたから、今はよく寝ておかなくては。周囲でにゃんこものびのびと、みんなで仲良く眠っている。
ガレット、持ってきたにゃんこ用遊具の好評ぶりに満足しつつ、別棟の中の掃除に念を入れている。イサも同じく掃除中。
「ねえ、クレリックでも結婚できるなら、早くしちゃえば? それで猫飼えばいいよ」
「猫ですか、大きな『猫』がもういますから」
「いいかい、シロ。今のを世間では惚気と言うんだよ。そりゃ、あの人は猫っぽいけどね」
軽い世間話兼ちょっと困らせてやろうと、女性とでも司祭になれるかと訊けば『セーラ様も女性ですから』と返ったところまではよかったが、『クレリックは結婚できる?』でのろけ話に突入され、すっかり白猫相手に愚痴るガレットだった。
紗江香、昨日にゃんこ達を酔わせた香草各種を取りまとめ、しっかり隠した後に、自分達用の香草茶を入れている。幾ら日が差さない屋内で、風通しは良くしてあっても、にゃんこと冒険者がいればそれなりに暑い。お菓子もしっかり用意して、お茶会の準備場万端だ。周り中にゃんこだらけのお茶会なのが、今回の醍醐味である。
彼方、愛犬遙をオリンピアが現れた時のために外に繋ぎ、屋内で昨日は出来なかったにゃんこの毛並み梳きをやっている。彼女がお相手しているのは、『仕方ないわね、ほら、毛づくろいさせてあげるわよ』とでも言いたげな態度のでかいにゃんこである。どう見ても、彼方があごで使われている感じ‥‥当人が幸せなので、それでもいいのだが。
そして夜、体力を温存したレンティスとリースス、途中まではソニアが加わって、別棟の中ではにゃんこ三十匹くらいが走り回る鳴き声が長らくしていた。ついでにリーススの『きゃっほー』という声も、絶えることがなかったらしい。
翌日昼過ぎ、オリンピアは遙と遊んでご機嫌に帰っていった。
●にゃんこと暴れるそれから
依頼人アンジェは、至極ご機嫌であった。なにしろ姉はにゃんこを見ることもなく、ご機嫌で帰ったし、他の招待客も同様。これで不機嫌だったら不思議だろう。
もちろん、八人の冒険者もかなりご機嫌だった。ちょっと昨夜寝られなかった者もいたけれど、にゃんこが騒いで賑やか過ぎただけなら日頃の依頼とは雲泥の差だ。
そして、二日間も屋内に閉じ込められていたにゃんこ達は、すでに走っていた。それぞれお気に入りの昼寝場所に向かって、一目散なのである。
「みなさん、今日は猫と遊んでいかれますでしょ?」
お夕飯は元気が出るものを用意しますからと言われて、もう帰ると言う者はいない。
その後、歌声が響いたり、悲鳴に変わったり、なんだか分からない声が上がったり、木の枝が折れる音がしたりしたが、猫屋敷のにゃんこ達はいつもとたいして変わらない一日を取り戻したようだった。
暴れん坊には、さぞかし満足のいく一日を。