【交渉人】お花畑の攻防戦
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月23日〜08月30日
リプレイ公開日:2005年09月02日
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●オープニング
その日、冒険者ギルドにやってきたのは可愛らしいお客様だった。
「あのねぇ、あたしたちのお花畑をとりかえしてほしいの」
十歳にもならない女の子ばかり十数人、ぞろぞろと連れ立って言うのはこればかりだ。依頼受け付けの係員が苦労して聞きだしたのは、こんな話である。
彼女達はドレスタットから二日ほど離れた修道院で、行儀見習い中の女の子達である。ある程度裕福な商人や貴族が娘を預けて、色々な教育をしてもらい、どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘にしてもらうわけだが‥‥なにしろまだ子供。
どうやら修道院近くに花畑があり、彼女達のいい遊び場だったらしい。ところが最近になって、そこに囲いが出来て、怖いおじさんが『入るな』と脅かすのだそうだ。おかげで目の前に花があるのに、花冠も作れず、指をくわえて見ているしか出来なくなった彼女達は、揃って自宅へ戻った今回、冒険者に頼むことにしたようだ。
でも子供なので依頼料の準備もなく、親の了解も取り付けてきていないので、やんわり断って彼女達にはお帰り願ったが、話はそれでは終わらなかった。
この翌日、女の子達に『怖いおじさん』と言われた花畑の所有者がやってきて、正式に依頼を出したのだ。
女の子達が『お花畑』と言っていたのは、この依頼人の所有する香草畑で、花は薬にしたり、香料を取ったりする貴重な商品なのである。これまでも毎年女の子達が花摘みには来ていたが、小さな花束を作ると満足して帰り、修道院で匂い袋にしたりしているので咎めることはしなかった。
しかし、今年になって誰かが作り方を広めたらしい花冠が流行り出したから大変だ。香草が根こそぎ取られかねない勢いで、花摘みを始めてしまったのだ。教会の修道女も繰り返し注意してくれているのだが、効き目が薄いので囲いを作ったのである。
「どうせ週に一回しか外出はしないんだから、一人一束の花なら文句はない。セーラ様への供え物にしてもらえば、こちらもありがたいさ。でも根こそぎやられるのは困るんで、それを言い聞かせてくれないか」
自分が行くと、女の子達は怖がって逃げる。修道女達も言い聞かせてくれているが、今ひとつ効果が薄い。よって赤の他人に任せてみるつもりになったらしい。冒険者を選んだのは、色々な職種の人がいると聞いたからだ。
お花畑が他人のもので、大事な商品だから根こそぎ取って花冠にしてはいけない。
これを全部で十二人の女の子達に、警戒心を持たれずにきちんと教え込んでほしい。荒らさなかったら、一人一握りの花束は作っても構わないから。
種族、性格色々の女の子十二人に、『花は商品なので、花冠は作ってはいけない』と教えてくれる冒険者を募集中。
●リプレイ本文
依頼人の香草畑の前で、ヴェガ・キュアノス(ea7463)はこめかみを押していた。ここに来るまで大変に賑やかだったリースス・レーニス(ea5886)とレオン・バック(eb3299)も黙ってしまっている。
彼らの前ではあまりの衝撃に泣き出している女の子が十二人ほどと、手に引き抜かれた髭を持って苦笑している小丹(eb2235)がいた。
「自慢の付け髭じゃが、ちょいと着け方がようなかったようじゃ」
「そういうものを、不用意に触らせるとは何事じゃ」
パラの男性三十歳、エルフの女性七十九歳、種族も体格も性別も職業も違う小とヴェガだが、口調だけはなぜか似ていた。声が全然違うので、さすがに取り違えることはないが。
だからそれはいいのだが、小の付け髭を知らずに軽く引っ張った女の子が、ずるりと外れたのに悲鳴を上げたのが、四人の冒険者のつまずきだった。わざわざ女の子達の外出の日に合わせて到着したのに、これでは会話にならない。修道女も付き添ってくれていたが、あまりのことに放心している。
「困ったねぇ」
『困りましたね』
リーススとレオンも呟いているが、二人の間に難しい会話は成立しない。一時も黙っていられない性質らしい二人は、ここまでの道中も身振り手振りを交えてなにやら語り合っていたが、リーススはゲルマン語、レオンはラテン語しか解さないのだ。その割には、会話の内容は噛み合っていることが多いと、クリレックゆえにどちらも話せるヴェガは不思議にも思っていた。
なにしろ、互いに何を言っているかはさっぱり分からないはずだが、依頼人の意向はどちらにも正しく伝わっているものとみえて、『ちっちゃい花束にしなさいって言おうねー。それで野原のお花使えばいいんだよ』と『花をあまり使わないで済む花冠を教えればいいでしょうね』と話はまとまっていたのだ。ここまでは、レオンの言葉を女の子達が分かるかどうかは別にして、順調だった。
依頼を受けるのが初めてのレオンと、二度目のリーススのやり取りとしてはもはや完璧。更に小が何かというと口を挟み、やはり適当に通じて笑いあっている。三人のあまりに矢継ぎ早の会話に、ヴェガが加わる機会は少なかったのだが。
しかし、女の子達同様に小のひげが付け髭だと知らず、呆然としてしまっている後輩達を前に、事態の収拾の取っ掛かりを作らねばならないのはヴェガだった。パラのせいか、女の子達の中に埋没して違和感のないリーススや、今回初めての仕事で言葉も通じないレオンに、いきなりこれを何とかしろというのは酷だろう。
いや、初対面の十二人の女の子、それも興奮状態の相手に立ち向かうのは、ヴェガであってもなかなか大変なことだが。元凶の小はと言えば。
「ほっほっ、これは困ったのぅ。わしは子供を泣かせて楽しむ趣味はないのぢゃ」
「笑ってる場合じゃないのーっ」
『なんかやってみてください、泣き止むかも』
リーススとレオンに詰め寄られて、後ろにのけぞったかと思うと、そのままトンボを切った。小は冒険者以外に軽業師の顔も持っていると道中で聞いたし、実際に色々見せてくれもした。
甲高い声で泣いていた女の子達も、日頃はまず見られない軽業に目を奪われたらしい。一人二人は動きの速さに怖がる素振りをしたが、ヴェガが差し出した手を握り締めて安心したようだ。中にはリーススと一緒になって、間近で注目している子もいる。
「わしは軽業師なのぢゃ。こちらは旅の仲間じゃな」
「私達ねぇ、ドレスタットから来たのよ」
リーススが小に続いて言うので、女の子の一人が近くの修道院から来たと説明してくれた。エルフでこの中では年嵩だから、彼女達のまとめ役なのだろう。今日は外出してきたばかりのところで、花畑の前で休憩していた四人と出会い、挨拶をしているうちに最年少が小の付け髭をむしってしまったわけだ。
お互いに名乗りあうまで、随分とかかってしまった。レオンはヴェガに通訳してもらって名乗ったが、修道院にいるだけあって何人かは片言のラテン語が使えたから、リーススや小とよりは普通の会話が進むようだ。
そうして、ようやく『お花畑』に話題が移る。実際に手を引かれて、これがまた冒険者一人に二人から四人ひっついて歩いて到着した香草畑は、彼らが思っていたよりよっぽど簡素な柵に囲まれた広い畑だった。
「これだけあったら、ほんとにお花畑だねぇ。すごいねぇ」
リーススが感心して言う通り、子供の足なら反対端まで辿り着くのに一時間はかかると思われるほど広い。もしかするともっと掛かるかもしれなかった。
『これなら、小さい花束は作ってもいいとおっしゃるわけです』
レオンも、香草畑の広さにはいたく感心したようだ。小さい花束とはいえ、十二人分なら結構な量だろうにと、前の晩に話題になったのを思い出したのだろう。依頼人は、けしてけちではないらしい。
それはヴェガも『セーラ様に供えてくれるなら有り難い』と鷹揚な態度だったという依頼人の話から感じていたことだが、さもありなんと納得をした。それにしても、押したら倒れそうな簡素な柵である。しかもよく見ると、畑の半分も囲っていない。修道院から続く道側だけだった。
「ここで、皆は何をしていたのじゃ? 見れば、随分と見事な畑のようじゃが」
花と畑が結びつかないらしい女の子達が、きょとんとヴェガを見返した。お花畑とは言っていても、それを誰かが育てているとは考えていないらしい。実家が農園を営んでいるような者もいるだろうが、行儀見習いで修道院に入れられるような女の子は、基本的にお嬢様だ。修道院でも畑仕事などは、ほとんどしないのだろう。
『こういうのは、誰かがお世話をしている畑ですよ、きっと』
よく通じるように、ゆっくりと発音しているレオンも、告げることはたいして変わらない。まずは目の前の花々が、畑で育てられている他人のものだと教えようとしているのだ。
小とリーススは、ちょっと違う。柵の前に座り込んで、植えてある香草を一掴み、自分に寄せていた。パラ二人が混じって、女の子達が柵の前に半円を描いて座っているように見える。
「ヴェガー、これって、おなかこわしたときに飲むのでしょ? あっちは風邪のひき始めにお茶にして飲むやつ。あっちはいいけど、これは苦いよね」
「嬢ちゃんが飲んだのと違う? こういうのは、乾かして壷に入れておくからのう。修道院にも薬草をしまっておく部屋があるじゃろ? あれの元じゃよ」
目の前にあるのは、単に綺麗なだけの花ではないのだと、いささか拙い知識をせっせと披露した二人だが、『じゃあ、あれは?』と尋ねられて沈黙した。分からないものは、全然分からない。レオンも『あれあれ』と示されたが、こちらはもともと植物にはそれほど詳しくなかった。
三人が揃って、ヴェガを見る。
「それは煎じて熱さましに使うのう。修道院でも育てているところが多いものじゃが」
少なくとも、干したものが間違いなく置いてあるぞと説明されて、女の子達は柵越しに匂いを嗅いだりし始めた。リーススが匂いは乾かしてもよく似てるのがあると言ったからだ。行った本人も、率先してあれこれ嗅ぎまわっていた。
その間にヴェガが聞いたところでは、依頼人であるこの畑の持ち主はたいそう信心深く、修道院で必要とする香草、薬草の類で自分の畑にあるものは、十分な量を保管用に加工してから寄進してくれるのだそうだ。そのため、修道院では葡萄園と野菜畑の世話に重点を置いているらしい。女の子達が香草を見慣れないのも、ある意味当然だ。それに日頃使うときと、畑に生えているときでは印象も全然違う。
だが、しばらく柵越しにひねくり回しているうちに、『これは誰かが育てている』ことは女の子達も納得したようだ。花が綺麗に咲くには、手をかけてやらねばならないということは知っているのだろう。
ついでに、明らかに他人のものと分かるものには手を出してはならないというのは、彼女達も重々承知している。だから柵越しに眺めたり、掴んだりはするが、抜き取りはしない。ぐるりと回って、柵のないところから中に入ろうともしなかった。この間までは入れたので、柵があるのにはとても不満顔なのだが。
ただし押せば倒れそうな柵なので、あまり不用意に近付いた女の子はレオンがせっせと止めている。間違って一緒に倒れこんだら大怪我をしかねない。『危ないからダメ』はラテン語が分からない相手でも表情で伝わっていた。
かと思えば、リーススは小に手伝ってもらって、畑以外のところの草を摘んで小さな籠を作り出した。やや不恰好だが、それなりのものが出来上がったようだ。ヴェガが手伝ってやって、もう少し形が整う。
「花冠もいいけど、緑のはっぱでもこういうのが作れるの〜。冠も作れるのよ」
尊敬のまなざしを集めて、ご機嫌のリーススが麦穂に似た雑草を探し出して、冠を編み始めた。小とレオンが来た道を戻って探した花を時々編みこんで、いささか地味だが可愛らしい冠を作る。レオンがヴェガに尋ねて、切ってきた蔓草もあるので、色々な冠と籠が出来たようだ。ヴェガと修道女が仕上げを手伝って、うまい具合に花も飾られている。
『あ、くれるんですか。ありがとう』
「おお、わしにもか。いや、髭に花は‥‥まあ、付けてみるかの」
実家に帰るのも年に数回、外出するのは週に一度とあって、女の子達は物珍しそうに男性のレオンや小にまとわりついている。冠も唇を尖らせたリーススや、苦笑混じりに眺めているヴェガを通り越して、ほとんど二人に行ってしまった。最後のほうで、あまりに哀れに思ったのか、女性二人にも一つずつ小さい冠が回ってきたが。
その際に、もうちょっと飾りたいからと手近に残っていた花を摘もうとした女の子に、小がこんなことを言った。
「全部はいかんのじゃ。全部摘んだら、来年は花がのうなってしまうからの。果物も花が咲いて実がなるじゃろ? 草も花が咲いて、種になるんぢゃよ」
種が出来なかったら、来年は花の咲く草がなくなってしまうよと果物に例えられて、半分くらいの女の子は意味が分かったらしい。ヴェガにも『四つ花が咲いていたら、半分残しておけば来年はもっと増えるかも』と言い添えられて、『とにかく全部抜くな』は理解したようだ。
レオンが、もらった冠でも十分立派だと、修道女に教えてもらいつつ片言のゲルマン語を口にしたので、なおいっそう。
でも。
「一つだけくださいってお願いしたら、ダメかな?」
リースス、それをおぬしが言ってどうする。と、ものすごく強烈なヴェガの視線を食らったリーススだが、女の子達の絶大な支持を取り付けた。
「今まで勝手に取っちゃったから怒られたんでしょ。だから、それはごめんなさいして、もうしませんってお約束して、一つだけ〜」
いつの間にか、冒険者三人、女の子十三人に勢力図が変化して、実年齢二十五歳の万年少女は『仲間』の支援を背に、冒険者三人と修道女の大人四人に立ち向かっていた。
「まず、今までのことを謝るのは大事じゃな。では、皆、行儀よくするのじゃぞ」
散々騒いでいたので、少女達が来たのに気付いたらしい依頼人が、様子を見にやってくるところだった。ヴェガはともかく、まったく知らない男性が二人もいるので、冒険者が来たと察したらしい。修道女への挨拶も丁寧だ。
それから、服装からクレリックだろうと判断したヴェガにも、やはり丁寧に名前を名乗ってくる。順々に紹介された冒険者にも口ぶりは丁寧だったが、最後のリーススを見て不思議そうな顔になった。
「修道院のお嬢さんが増えたわけではないんだな」
「違うの、でもね、今一緒にこんなの作ったのよ」
本日の成果である籠と冠を示したリーススに、依頼人はなんとも微妙な顔をした。花冠とは縁遠い、緑の葉っぱの冠に違和感を覚えたらしい。
「それはまた、地味だな‥‥」
「そうなのよー、それでね」
「これ、順序が違うではないか」
教師然としたヴェガの横槍に、リーススがえへへと頭をかいた。自分の後ろに引っ付いている女の子の集団を、よいしょと前に押し出す。レオンと小にも促されて、女の子達はずらずらと一列に並んだ。
やっと並んで、最年長のエルフの女の子が最初はごにょごにょと、ヴェガにたしなめられてやっとはっきりと、謝った。
「お薬なのに、取っちゃってごめんなさい」
どうやら彼女達は、薬草を散々摘んだことについて反省したらしい。薬は大事だと、いつも言われているのだろう。続いたごめんなさいの声は、口々だったので個別には聞き取れなかったけれど。
「ちゃんと謝ってくれたし、今度から全部とらないと約束できたら、一人この籠に入る分の花は摘んでもいいぞ」
依頼人の畑の持ち主は、いかつい顔をにっこりとほころばせてそう言ってくれた。ヴェガが丁寧に、畑に入るときの注意点など尋ねた際もにこにことしていたが‥‥
女の子の最年少がえぐえぐと泣き出し、何人かがそれに釣られてリーススの後ろに隠れている。場合によってはレオンにしがみついていた。
『別に怒っていらっしゃるわけではないですよ、泣かないで』
レオンが慰めても、言葉が通じないのでどうにもならない。小が同様のことを言っても、女の子達は全員が逃げ腰だ。
なぜか。
「俺は笑った顔のほうが怖いんだそうだ。自分の顔は見られないが、そうなのかね」
「左の唇が上がるのが、なかなか迫力かも知れぬのじゃが」
言いにくいことをけっこうはっきり、でも正直に『八重歯でめちゃくちゃ迫力増し』とは言わなかったヴェガの返事に、依頼人は左頬を撫でている。そうしていると、単にいかつい顔のおじさんだ。それだって、女の子達にすぐ懐かれる顔つきとは言い難かったが。
でも、ヴェガは折角の申し出に対する礼をせずには済ませなかった。また並んで、今度は。
「どうもありがとうございます」
なのである。
そうして。
「私も、私もお花もらっていいですってー」
さっき皆で作った籠七つを手に、女の子達と一緒に畑の中の道を守って、花摘みに駆けていくリーススの姿があった。正確には、籠を持っているのはレオンなのだが。
やがて、どの花を摘もうかと悩んでいる十三人の女の子を眺めていた依頼人が言った。
「あんた方、もしも時間があるならうちに泊まっていかないかね。そのな、怖がられない笑い方というのを教えてもらえるとありがたいんだが」
代わりに簡単なものでよければ、食事は出そう。けして悪くはない話だったが、ヴェガと小は顔を見合わせた。
依頼人に怖くない笑い方を教えるって、どうしたものじゃろう?
二人とも、そこに悩んでしまっている。
後から聞いたリーススとレオンも、それはそれは悩んで、でも頑張ることにしたのだった。
一週間後、依頼人が女の子達とちょっとは仲良く出来るだろう。