暑いパリの過ごし方

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:08月20日〜08月27日

リプレイ公開日:2005年08月30日

●オープニング

 夏である。誰がなんと言おうと夏である。
 よその国に比べるとしのぎやすいとか、より暑いとか色々感想もあるパリだが、真夏であるからにはそれなりに暑い。
 それを理由に仕事をしないわけではなく、単に仕事が途切れてしまったのだ。偶然、ひょんなことから、たまたま、七日間ほど。
 財布の中身に不安はあったりなかったりするが、そんなことはまた今度考えればいい。この七日の後、張り切って仕事をすればいいのだから。
 今不安があったって、贅沢しなければいいんだし。


 世間では何かと騒がしいこのごろだが、せっかくの空いた時間、自分のために使ってはいけないだろうか。
 日頃パリにいたって見ていないところはたくさんあるし、一度くらいは行ってみたい店だってある。そうしたところを一人のんびりと巡るのだって悪くはないだろう。
 別に連れがいたっていいはずだ。二人だったらより楽しいところも、きっとあるに違いない。
 それ以上でも、まあ、それはそれで‥‥


 降って湧いた夏の休暇を、あなただったらどう過ごす?

●今回の参加者

 ea1168 ライカ・カザミ(34歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3140 ラルフ・クイーンズベリー(20歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3826 サテラ・バッハ(21歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4111 ミルフィーナ・ショコラータ(20歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 eb3051 斎部 皓牙(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

フェルトナ・リーン(ea3142)/ カルゼ・アルジス(ea3856)/ 藍 星花(ea4071)/ ラファエル・クアルト(ea8898)/ アニエス・グラン・クリュ(eb2949

●リプレイ本文

 ぽかりと空いた暇な一日、天気は悪くない。すると八月でもあり、それなりに暑い。もっと暑い国から来たと称するものは、この程度のことと笑うがノルマン生まれのレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)には十分暑かった。これならアイスコフィンの氷も、一時間ともたずに解けるだろう。
 それでも手近にあったら涼しいのに‥‥そんなことを考えつつ、彼はセーヌ川の岸辺で寝転がっていた少し離れて港があり、そちらの倉庫がいい具合に彼に影を与えたくれている。
 せっかくの休み、あくせくしないで過ごそうと決めた彼は、すでに夢の中だ。

 そうかと思えば、着いて間もないパリの街を精力的に見て回ろうとする者もいる。ライカ・カザミ(ea1168)は、早朝より人気のひいた市場を巡っていた。朝方は生鮮食料品の商いが多かったが、それらが店じまいすると目指すものが見えてくる。様々な織物を扱う生地屋だ。
「緑の布が欲しいのだけれど。そんな渋い色じゃなくて、もっと明るくて‥‥」
 ぜひともこんな色の、出来るだけいい生地で、形はこんなだから長さはこのくらい必要で‥‥と、非常に詳細な野望ならぬ希望を持ったライカを満足させる生地は、そうそう見付からないようだ。

 更に、案内人を得て目当てのところにすぐたどり着いている者もいた。斎部皓牙(eb3051)など、カルゼに星花、アニエスの三人に連れられて、一人だったら絶対に行かない教会に出向いていた。見ごたえのあるステンドグラスを眺めて呆ける間もなく、連れて行かれたのは鐘突き堂の一番上。ここからの景色が最高だと、案内人は鼻高々である。確かに景色も素晴らしい。
 ところが、次に連れて行かれたのはごく普通の民家。多少大きいし敷地も広いが、見物は住人のお茶会依頼人だという。他人を寝込ませたこともある、謎のお茶を淹れる女性と聞いて斎部がどんな風に思い描いたかは不明だが‥‥あいにくと、先方は仕事で出かけていて不在だった。

 同じくアデラを訪ねようかと思い、今後の楽しみのために方針転換したサテラ・バッハ(ea3826)は、日頃行くのとは違う、ちょっと店構えもお値段もいい飲食店にいた。あくまで中の上であって、高級なところではない。あまり堅苦しいのは煩わしいし。
「こういう時期にこそ、冷菓を食べたいよねぇ」
 氷でも浮かべたような冷たい水、凍る寸前まで冷やした果物、等など並べた彼女に、店員は苦笑混じりに応対していたが‥‥やがて、一度奥に引っ込んだかと思うと店主かそれに類する責任者と思しき者を連れ出してきた。
 サテラが含み笑ったのを見咎めた者はいない。

 どんなに暑かろうが寒かろうが、時間にも関係なく開いている冒険者の酒場にも、幾らか空いている時間がある。その頃合を見計らって、シェアト・レフロージュ(ea3869)は友人のラファエルとミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)と共に店を訪れた。半日以上、色々な店を見て回ったシェアトは、大分お疲れ気味だ。
 そんな彼女を思いやってか、ミルは早速最近入った冷たい料理中心に、色々と頼んでいる。半分くらい、自分が食べたい気持ち込みかもしれないが。そうでなければこんなに頼まないだろうという量の注文だった。
「この時期なら、ストールのいいものが出ているかと思ったんですけれど」
 どんどんと並べられる料理に少し元気の出たシェアトが、しかし諦めきれないように口にした。せっかく友人のラファエルに見立ててもらおうと思ったのに、これという品物に出会えなかったのだ。とっかえひっかえ、あれもこれもと見るのは楽しかったが、結局気に入ったものが見付からなくて疲れてしまっている。
「元気出しましょうね〜、また別の日にご一緒してもらえばいいのですよ」
 これは自分が考えた蜂蜜のクレープだと同席の二人に差し出したミルは、何とはなしに赤い二人の顔を見上げて、すきっ腹にワインはよくなかったかなと悩んだ。しかし個人の好みもあるから、勝手に注文を変えるのもよくないかも‥‥
 二人の顔が赤いのは全然違う理由だったかもしれないことには、気付かないミルだった。

 最近、冒険者といって人々が思い浮かべるような仕事はしていないと自らを振り返りつつ、この日もマリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)はそれらしい仕事はしていなかった。冒険者ギルドで依頼を受けていないから、のんびりと吟遊詩人の仕事をしている。彼女の場合、歌うより奏でることがほとんどなのだが。
 何箇所か、吟遊詩人として出向いている場所を巡って、竪琴を奏でながら耳を澄ませていると、時折聞きたいことが入ってきた。例えば最近話題の、デビルに関する話など。
 ただ、酒場で声高に話されるような事柄に、彼女が本当に知りたいと思うようなことはない。あってもギルドで聞いたことばかりで、マリは演奏に専念することにした。
 楽しそうに聞いている客に、適当なものを聞かせるわけにはいかないからだ。

 パリにやってきたのは最近、冒険者らしく行くところはものすごく限られていた。しかしいつまでも街に不案内なのはいけないと、こちらの生まれの義妹フェルに案内を頼んだラルフ・クイーンズベリー(ea3140)は思っていた。朝の段階では。
 しかし、朝は市場、昼はあちこちの店、途中でフェルの家に寄り料理を手伝うと称して眺め、更に街中を散策する頃合には少しだけ疲れていた。でもフェルが嬉しそうに、今度は公園に案内してくれるというので、つられて笑顔になる。
「へえ、珍しいものなんですか。じゃあ、それに」
 だから、途中で立ち寄った装飾品の店で、ものすごく珍しい限定品と称されたブローチを買い求めたのは、彼女にもっと笑顔でいてほしかったからだ。
 確かに珍しいが、別の店で買えば三分の一だったと知っても、彼は多分怒らない。

 シェアトと別れた翌日、ミルはお茶会依頼で何度か顔を合わせたアデラの家を訪ねていた。以前に使わせてもらったシフール用の調理道具がとても使いやすかったので、それを譲ってくれたという家を紹介してもらおうと思ったのだ。
 もちろん目的は、自分も同じものを手に入れること。この際特注品でも構わない。お金なら稼いでみせようという心意気で出向いた彼女は、アデラの姪から衝撃的な言葉を聞いた。
「おばちゃんはお仕事で、しばらく帰ってこれないって。月道を探しに行ったのよ」
 あいにくとアデラにシフール用の調理用具をくれたのは職場の同僚だそうで、訪ねたいシフールの家はその同僚しか分からない。もちろんこちらもアデラと一緒に遠方に出かけたようだ。
 アデラが帰ってきたら、どこに頼めばシフール用の調理道具が買えるか聞いておいてあげるとは言われたが、ミルはあまりの衝撃で飛ぶ姿にも力がない。
「おなかすいてるなら、パン食べる? チーズもあるよ」
 今は自分一人だから、他のものは作れないけどと、十歳くらいの姪に誘われたミルの目が不意に輝いた。姪が作れなくても、自分なら作れるのだ。ここにはあの素敵な道具もあることだし!
「私がお夕飯の分も作りましょうか。おやつだって、作れますよ」
 この休みの間に、ぜひとも調理道具の注文をして、時間が余ったら道具屋を巡って自分用の衣類や装飾品でも見繕ってみようと思っていたミルだったが、彼女は冒険者であると同時に料理人だ。目の前に材料はあっても、パンとチーズしか食べられない女の子がいて帰ることなど出来はしない。
「え、この干し肉も使っていいんですか。卵もあるのに。畑の野菜、どれなら採ってもいいのか教えてくださいね」
 悲鳴のような喜びの声を上げた更に翌日には、アデラの姪達と一緒に郊外の畑に泊りがけで出掛けるミルの姿があった。
「あちらにいる間は毎日おいしいものを食べさせてあげますからね」
 彼女のバックパックには、ちゃっかり借りた調理道具が納まっていた。

 何気なく始めた商売の二日目、サテラはちょっと忙しかった。
「もっと早くから始めても良かったか?」
 クリエイトウォーターで綺麗な水を、フリーズフィールドでその水やその他諸々のものを凍らせたり冷やしたり出来る空間を、なんと銀貨一枚でご提供。特に水気のある果物を一時間も入れておくと、素敵な食事の後の冷菓として最適です。
 と、そんな懇切丁寧な売り込みはしなかったが、涼を求める客に応えたい飲食店は少なくなく、値段がそれほど高くないこともあって、サテラはちょっとだけ忙しかったのだ。
 炎天下を目的地まで移動する時間以外は、ほとんど最初に売り込んだ店の中で、食事まで提供されてのんびりしていたのだが。

 やはりのんびりとしていたといえば、レオンスートも。
 昨日は昼寝をして、目が覚めたら食べたいものを食べ、また呑気に一人の時間を過ごしていた彼は、本日も一人だった。さすがに寝足りたので、今日は日に当たりつつ聖書のページを繰っている。
 川面を渡ってくる風は涼を含んでいて、彼は現状に大変満足している。

 昨日に引き続き、色々苦労しているのはライカだ。昨日は一日かけて、ようやく色と質の気に入る布地を見付け、仕立て屋に注文を出した。おかげでパリに来たらぜひ見ておかなくてはといわれるようなところは回れていない。
 今日はそういう見物もしながら、ぜひとも自分用の買い物を楽しみたいところだったが、大まかなところを見て終わってしまいそうだ。それに恋人に贈るローブを頼んだので、自分も新しい服をと思うが、古着は気が進まない。するとやはり仕立て屋に頼むことになるが、この後の予定を決めていないからこったものを頼むわけにもいかず、だ。
 結局買い物は見て楽しむだけだったが、上品な白の服が似合う彼女を邪険にする店はなく、それで随分と時間を過ごしたことにライカ自身は気付いていない。
 彼女がコンコルド城を眺めたのは、翌日になってからのこと。なかなか優美な建物だとは思ったが‥‥
「でもキャメロットのほうが、歴史を感じさせるかしらね」
 素直な賛美の言葉は口にしなかった。バードとはいえ、それともだからこそか、自分の生まれた国のほうをひいきにしたくなったらしい。それでいて、詩にするならどんな感じかと悩んでしまうのは、やはりバードの性だろう。

 精力的に見物に時間を費やす同胞がいることなど知る由もないラルフは、冒険者街をふらりと散策していた。義妹と連れ立って出かけた後、これといって行きたい所も、見たいものも思いつかなかったのだ。
 歩き疲れると適当な飲食店で一休み、それから昨日も行った公園でぼんやりと過ごし、夕方に立ち上がろうとしてめまいを起こした。危うく倒れずには済んだが、自分が血の気が足りないと性格ではないところでよく注意されることを、彼は忘れていたらしい。
「夕飯は、しっかり食べないと」
 そう呟いた彼が向かった店は、これまた昨日義妹に教えてもらった食堂だった。

「種族が違っても、目に楽しい美人に案内してもらえるのは嬉しいな」
「随分と口の回りそうな人ね」
 友人の頼みで斎部の案内を引き受けたマリは、開口一番の台詞に苦笑した。黙っていれば、同族からはそれなりに美男だともてそうだが、どうにも言葉尻が荒っぽいのだ。しかも立て続けに色々話すので、すれ違った何人かは二人を不思議そうに振り返っていた。エルフの美女と、ジャパン人の青年では、確かに不思議な二人連れだろう。
「昨日は教会に入れてもらって、硝子を見た。あれは珍しいものらしいが、城にも使ってあるのか? 城なら、また素晴らしいだろうな」
「あたし達が見えるところにはなかったような気がするわねえ。きっと奥にはあるんでしょうけど」
 それは残念と斎部は口にしていたが、実際に城に行けば何かと物珍しいようで、マリの簡潔な説明にも感心して一々頷いている。たまにシフールが通り掛ると目で追うので、マリも最初は何かと思ったのだが、ジャパンでは滅多に見ないと聞かされれば納得した。群れ飛ぶシフールはパリでも珍しい。
 ただ、城の周辺を時に十人近くで飛びまわっているシフール達が何をしているのかは、マリもさっぱり分からなかったが。
 他には斎部の行きたいところに案内をと思ったマリだが、冒険者に必要なところは昨日の内に案内されたらしい。荷物も持ちきれないほどあるのでは、至急必要なものもないだろう。となると‥‥
「こっちのワインも美味いと思ったよ。このチーズがまた、ワインによく合うな」
「それは熟成に時間を掛けているのよ。こっちはそうでもない分柔らかくてね」
 食べ物談義に花を咲かせることになった。互いに故郷の名物を自慢したり、ノルマンの様々な料理を実際に味わったりして、たまにパリでよくある依頼の話など。
「お茶会と片付けの依頼? デビルの噂で持ちきりなのに、それしか聞いてないの?」
 マリが呆れたのは、斎部が聞いていた話を耳にしたからだ。

 前日、食後の気分のよさに一曲披露したシェアトは、この日はパリの郊外に出掛けていた。歌はとても気持ちよく歌えたのだが、友人から譲ってもらった竪琴が今ひとつ手に馴染まなかったのだ。もらったばかりで、楽器のくせを掴みきれていないらしい。
 それで郊外に広がる畑の中、川に沿って歩きながら、木陰を見付けては竪琴を爪弾いていた。畑にはぽつぽつと人がいて、見慣れない彼女にも気さくに挨拶をしてくる。竪琴を弾いていると、いつの間にか寄ってきて採ったばかりの果物をくれたりもする。
 彼女がいい気分で竪琴を奏でていて、我に返ったのは夕焼けの色が空から消え去ろうとする頃合だった。花を眺めて歌うのは楽しかったし、星や月を見るのも大好きだが、さすがに夜道を一人で歩くのは問題だろう。依頼の時だって誰かしら仲間がいるものだ。一応イチゴと名付けた仔猫はいるが、仔猫なのである。
「どうしましょう‥‥」
 セブンリーグブーツを持ってきていたから、あれでとにかくパリまで戻ろうと、荷物をごそごそやりだしたシェアトは、突然背後から声を掛けられて悲鳴を上げた。

 この夜、一日歩き回った疲れでぐったりと疲れ果てたラルフは、早々にベッドにもぐりこんで眠っていた。正確には、めまいがひどくて気を失ったのである。
 翌日も、一日寝たり起きたりの生活をしていたのは、義妹には絶対秘密だ。

 すっかり仲良くなった四人姉妹と、彼女達の叔母アデラが所有する畑とその管理人のところに辿り着いたミルは、シェアトと再会していた。結構神経が細いくせに、昨日は手に入れた竪琴に夢中になってパリに帰りそびれたとか。
「朝から新鮮な野菜が食べられてうらやましいです!」
 ミルの意見は何か違うような気がシェアトにはしたが、友人のそのまた知り合いに世話になったと知って安心したところなので、言い返さなかった。ちょっとどころではなく、かなり緊張していたのだ。
 そして、こちらも友人がいて気が楽になったミルは、畑仕事に出掛ける管理人家族と、その脇で真似事をする四人姉妹を送り出して、爽やかに笑った。
「‥‥にんじんの皮むきくらいしか出来ませんけれど」
 さあ料理をするのだとミルに促されたシェアトは、『これを捏ねて』と差し出された小麦粉の山に沈黙した。
 だが、やがて台所ではバード二人の即興で歌われる景気のよい歌が流れてきて、おいしそうな匂いも漂い始めた。料理の仕上げをするミルの横で、シェアトが竪琴を鳴らしたりもしている。
 結局二人は予定が空いている間、四人姉妹と一緒に滞在して、歌って演奏して料理して、最後は持ちきれないほどの野菜と果物と香草を買い込んで、当初の予定とは幾らか違う日々を過ごした。
 でも、ミルが『これできっと、調理道具が手に入ります!』と喜んでいたので、シェアとも満足だった。毎日夕飯の後、曲を披露できたことでもあるし。

 ふと思いついてセーヌ川を下る船に乗ったライカは、周囲の景色と涼しい風に機嫌よく竪琴や横笛を奏でていて、あることで困ってしまった。ライカが乗れるのだから、もちろん船には他にも客がいる。たいていは仕事か用事で乗り合わせた客だが、彼らはライカの見事な演奏に小銭を渡すことをケチらなかったのだ。
 もちろんライカも楽士なので、演奏の料金として金銭を受け取ることはよくある。しかしそれも同業者のギルドにきちんと話を通してあればこそ。勝手に稼ぐと後日面倒なことにもなりかねない。
「仕事ではないのよね、どうしたらいいかしら」
 大金持ちではないが、一人分の船賃くらいの金額で楽士の風上にも置けないとは言われたくない。かといって、善意で渡してくれたものを返して歩くのも失礼だ。こういうときは土地の者に知恵を借りようと、演奏に惜しみなく拍手を送ってくれた船長に相談したライカは、『じゃあ教会に寄進したら』と言われた。
 日程の都合で、河口まで行かずに途中の町で折り返す彼女だが、どこにでも教会はあるから帰りの船を待つ間に持っていったらいいと言うのだ。後日難癖をつける輩がいたら、ちゃんと説明もしてやると請け負ってくれた船長は、別れ際に『手の怪我には気をつけるんだよ』とまで声を掛けてくれた。船の乗り降りでどこかにつかまる時は、木のささくれなどに注意しろとそういうことらしい。
 ただ、そんな親切な船長も、ライカがパリに戻って挑戦したローブへの刺繍で、針をぷすぷすと指先に刺すことになるとは思わなかっただろう。彼女だって思わなかったのだが‥‥
「やると決めたからには、やり遂げてみせるわ」
 と、仕立て屋の一員になったかのように座り続けて、なんとか刺繍を完成したのだった。

 パリの街角では、サテラがぼやいていた。
「やめとけばよかったか」
 どうも最初に縁を結んだ店が、彼女の魔法を他所に紹介して、ちょっぴり料金も上乗せした額で受け取っていたことは知っていた。サテラの取り分が魔法一回銀貨一枚、店の取り分は銅貨五枚。たいしてあこぎな話でもなく、そういう商魂たくましいのもけして嫌いではないし、なにしろ朝から晩まで飲食の面倒を見てくれるのだ。文句も言わずにおいたのだが‥‥最初に『一日三十回限定』と宣言していたのがまずかった。
「これなら、アデラの家で毒茶を出さないように教育するって名目で、ただ飯をもらうんだった」
 でも本当にやったら今後の楽しみがないし‥‥と、名を口にした相手の不在を知らずに、サテラは愚痴を零していた。
 いつの間にやらお得意さんが出来て、彼女の財布には銀貨が一日十枚近く貯まっていく。出て行くことがないので、貯まる一方だ。
「店は儲かってるかい?」
 何気なく店員に尋ねた彼女に、その店員は満面の笑みで答えた。
「それはもう。なにしろ商売敵もちょっとはいますけど、凍る寸前まで冷やした水が飲めるって言うだけで、お客が寄ってきますから」
 この店にも、商売敵とやらにも、フリーズフィールドを提供しているサテラは、体が冷えると熱い香草茶を飲んでいた。
 もちろん、薫り高くておいしい、某所で飲むのとは段違いの味のお茶である。
 毎日、こんな感じ。

 昼寝も読書も、禁断の愛の書とやらの解読にも飽きた。そもそも最後の本は何度眺めてもさっぱり意味不明だ。分かってしまっても、それはそれで何か問題かもしれないが‥‥
 ともかくもしばらく怠惰に時間を過ごしたレオンス−トは、自分の馬に水をやっているときに鼻面でぐいぐいとたくましい二の腕を押された。走らせろということらしい。怠惰な時間に飽きるのは、馬のほうが早かったようだ。
「そうねぇ、今日はちょっと涼しそうだし、遠乗りに行こうかしらね」
 黙って立っていれば神の威光を広める神聖騎士にふさわしい体躯の持ち主で、技量も相当だろうと感じさせるレオンスートだが、言葉遣いはこんなである。可愛いものも好きだから、今日は愛馬のたてがみを梳いたついでに三つ編みにしてやった。
「俺ったら、なんて器用なのかしらぁ」
 ここにリボンがあれば、嬉々として結わえ付けるだろうがあいにくとない。おかげで道を行く人々は、郊外の森へと遠乗りに出かける普段着だが勇壮な雰囲気の神聖騎士を感心して眺めることが出来たのだ。これがたてがみにリボンを大量に揺らしていたら、まったく別の意味で他人の目を引いただろうが。
 でも本人は、きっと気にしない。
 結局郊外に出ても、久し振りの仕事ではない遠乗りに満足した様子の馬の世話をしてやり、休ませる間に自分はまたのんびりと聖書を開き、夕方にパリへと戻る。それからまた馬の足の調子を見てやり、毛並みを整えて‥‥
「何か可愛い飾りがあったらいいんだけどぉ」
 と悩んでいた。鞍を外された馬は、至極ご機嫌だ。自分がどういう姿で思い描かれているかも気にはならないだろう。
 こうなったら、ちょっと街中に買い物に出掛けて、愛馬を飾るリボンの一つも手に入れようかしら。そんなことも考えたレオンスートだったが、人ごみの中に出かけていく気がしなかったので、それはまた後日となったのだ。
 気が向いたら遠乗りをして、別の日にはのんびりと趣味に時間を費やす。仕事にあくせくしている人々からしたら、憎らしいほどにうらやましい時間をレオンスートは過ごしていた。

 日がな一日寝ているのは同じでも、血の気が足りなくてなかなか起き上がれないラルフは、また別である。
 今日は出かけた食堂、これまた義妹と一緒に行ったところで、初物のちょっと酸っぱい葡萄を少し冷やしたものを食べたので、少し元気が出た。この後、何を食べようか悩んでいる。

 二日程引き続いて、マリに昨今のパリの情報を仕込まれた斎部は、どこもかしこも物騒な話に事欠かないと思いつつ、様々な店を覗いていた。さほど所持金があるわけではないし、これといって欲しいものが決まっているのでもないが、品揃えが違うので眺めるだけでも案外楽しいものだ。市場の露天を覗けば、見たこともない野菜や魚が並んでいることもある。
 中には、こんなものを食べるのかと思うような不思議なものもあったが、マリに聞いたら実はすでに口にしていたことが分かっただろう。姿が変われば、美味しかったりする。ただ。
「こういう魚は酢でしめると美味しいよな」
 ジャパン人には好意的な者が多いのか、魚を商う好々爺と話し込んでいた斎部だったが、それはどういう料理かと聞かれて生魚を酢で味付けすると説明した途端に、それはそれはぎょっとされてしまった。火を通さないなんて料理ではないと、買い物していた人々まで言うのだからたまらない。
 まあ、そういう話はジャパンでも他国から来た冒険者が口にしていたことがあるから、それほど驚かないが。無用に他人様を驚かせてしまったと、ちょっと反省する斎部だった。
 ちなみにその後、冒険者の集う酒場で酸い『古ワイン』を口にした斎部は、これでは魚の酢漬けは美味しく作れないかもと納得した。美味しくないのなら、料理にはなるまい。そう思っている彼が、その古ワインの味になじむかどうかはまだ分からない。
 更に味わい深く作られた、こちら風の酢にいつ出会うかも、今のところはまだ謎だ。
 なにより、買い物する前に荷物を何とかしなくてはならない。

 斎部と別れたマリは、セーヌ川沿いに郊外へ出て、めいっぱいのんびりとしていた。出かける前に、新鮮な果物やミルク、パンとチーズを買い込んできたので、夕方まで遊んでいられる。
 もちろん水遊びをする前に、皮袋の口を固く閉じたミルクと薄い布袋に治めた果物は川の水につけておく。ちゃんと日陰を選んだので、さぞかし気持ちよく冷えるだろう。パンとチーズは、風通しがよい木の枝に下げておくが、こちらは乾燥しすぎると美味しくないから布袋は厚めだ。この時期、食欲が多少なくてもしっかり食べておかなくてはと思っているマリは、細かいところにも気を配っていた。
 しかし、川に足を浸して思う。
「街の案内なんていって、案外あちこちの店に寄ったし‥‥もしかして結構食べてるかしら」
 だとしたら、しばらく仕事らしい仕事もしていないし、その割に色々物騒な話は聞くし、いざというときのためにも体が鈍って重くなっているなんてことがないようにしなくては。バードだからいざ戦うことになっても、相手と直接切り結ぶわけではないが、他の仲間に迷惑を掛けないことも重要だ。
 そしてなにより。
「服が合わなくなったら、物入りだものね。それはいただけないわ」
 そこまで考えて、マリは川の浅瀬をひょいひょいと歩き始めた。いかにも涼しげな姿だが、当人はもしかするととても真面目なのかもしれない。

 ラルフは五日間くらい体調が今ひとつだったが、ようやく元気を取り戻した。
 何か食べて、美味しいと思うのは素敵なことだ。

 そうして。
 今まさに動き出したいというときのために、元気を蓄えておくのは、とても大事なことだろう。