【王都侵攻】野の花を手折られるな

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:7〜13lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 73 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月27日〜08月30日

リプレイ公開日:2005年09月06日

●オープニング

 日暮れ時を少し過ぎた時間、パリ市街の中流の上と評判を取る食堂に、いかにもこの店にふさわしいといった様子の婦人客が二人でやってきた。片方は気風のよさそうな商人風で四十前後、もう一人は指先の微かなペンだこから公証人あたり、三十と少しと店員は推察する。どちらも、この店では珍しくないお客である。
 そんな彼女達の待ち合わせの相手が、同年代の男性であれば仕事以外の話も考えられようが、一人は百五十に手が届きそうなエルフの男性、もう一人は二十歳くらいの人間の青年だ。後者は白皙の美青年といって遜色ないが、世間慣れしていない様子から商人の見習いあたりだろう‥‥と、彼の顔に注目した店員達は思っていた。
 だんだん賑やかになってくる店のこと、一つの卓にいつまでも注目しているわけにはいかないのだが。

 そして、その卓に着いた年下の黒髪の女性は、青年の顔を見てなんともいえない表情になった。この店には置いていない古ワインと、名物の野菜の酢漬けと甘味を一緒に口に放り込んだら、こういう顔になるかもしれない。
 もう一人の女と、エルフの男は、それぞれに明後日の方向を眺めてワインの杯を傾けている。
「おじさまと言い、お姉さまと言い、どうしてこの方を連れ出すような真似を‥‥」
「私が行くと我侭を通しただけで、この二人に罪はない。どうかな、駆け出し商人風になっているだろうか? ここは一つ、フロランスの忌憚のない意見が聞かせてほしいのだが」
 卓に両肘を着いて、組んだ手の上に顔を伏せた黒髪の女性、フロランス・シュトルームに対して、青年は髪を覆うように巻いた布を直しながら尋ねている。一房零れたのは、豪奢な金髪だ。
「かろうじて。そんなに周囲を伺っていると、パリに出てきたばかりと見られて難癖をつけられますよ。あなたが怪我でもしたら、何人も職を失うのですから注意していただかなくては」
「言ってやってくれ。お嬢の言うことでもなければ、こちらの若人は聞き入れてくれそうにないからな。今頃ヨシュアスが薬でも飲んでおるかもしれん」
「本当に」
 今度は青年が明後日の方向に視線を投げて、自分への言葉を聞き流している。ややあって、周囲を眺めていた視線が卓に戻ったときには、気配が一変していたが。
 年長者三人を前に、まるで臆することもなく、口を開く。
「マント産の花を無理にも貰い受けたいという輩がいて、その手は打ち払った。だが最近庭園の中でも同様の動きがあって、腕利きの庭師達が苦労しているところだ。気に入らないのは、狙われるのが中央の木に連なる者か、その周囲の花というところかな」
「他人の庭から盗んだ花で、どう心が慰められるものやら‥‥それともそこに咲いているのが気に入らないのかしら」
「もっと質が悪い。その花を枯らした上に、毒草を植えるつもりらしい。強い毒を持たせるには、庭園の真ん中に近いものが効果があるということだろう」
 ざわざわと、それぞれの卓で好き勝手な話題が繰り広げられている中での低い声が、他人に漏れる気遣いはない。もう一人の女は平然と店員を呼びとめ、料理の追加まで頼んでいるから、それはごくありふれた商談をしている一行だ。
 そんな中で、フロランスが『ご依頼は?』と問い掛けたところで、誰も不思議には思わない。わざわざ聞きとがめた者がいたとして。
「それなりの経歴の護衛を一組。有名すぎる腕利きは目立つから避けて、手配してほしい」
「‥‥腕利きの庭師がいるでしょうに」
「いや、もしかしたら目立たないかもしれない。人選はそちらに任せよう。今回は白い上着で対応していい相手ではないものだから」
 フロランスの皮肉は気にせず、言うだけ言った青年は最後に付け加えた。
「護衛対象は庭園の中心の木から、唯一庭園外に分かれた花。可能な限り、不埒者は生け捕りで」
「いやね、『これだけは自分が言わないと、まず間違いなくギュスターヴでは断られる! 断られない自信があるのか』って言われて、言い返せなかった誰かが悪いのよ。あたしを睨むのは筋違いね」
「ふん。念のために、家を一軒用意した。自宅以外のほうが安全だろうからな。後の始末はこちらでやるので、好きに使ったらいい」
 青年の押しの強い言葉に、同席した二人からからも続けて畳み掛けられ、フロランスは鼻の頭にしわを寄せた。それが諦めの溜息に変わったのは、青年の最後の一言があってからだ。
「お願いしますよ、従姉殿」
「‥‥せいぜい払いのよいところを見せてごらんなさい」
 親しげな笑みを向けられて、フロランスはもう一度溜息をついた。

●今回の参加者

 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1671 ガブリエル・プリメーラ(27歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3047 フランシア・ド・フルール(33歳・♀・ビショップ・人間・ノルマン王国)
 ea3852 マート・セレスティア(46歳・♂・レンジャー・パラ・ノルマン王国)
 ea4791 ダージ・フレール(29歳・♂・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea5506 シュヴァーン・ツァーン(25歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 eb0953 竜胆 零(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

水鳥 八雲(ea8794

●リプレイ本文

 パリ市街の裕福な者が家を構える区域の外れ、今回の護衛依頼の場所と指定された屋敷で、相手の女性を見てマート・セレスティア(ea3852)はこう口にした。
「ねえちゃん、誰だい?」
「知らないの? ホントに?」
 今回の依頼には八人の冒険者が集められている。思わずといった感じで声を上げたのはガブリエル・プリメーラ(ea1671)だが、他の六人も程度の差はあれ思いは同様だ。
「フロランス・シュトルームよ、パリ冒険者ギルドのギルドマスターをしているわ」
「ふうん、偉い人か」
 マジかよと呟いたのはクロウ・ブラックフェザー(ea2562)だ。それがニコニコと笑いあっているマートとフロランスのどちらに向けられたものかは分からない。
 フランシア・ド・フルール(ea3047)が事前に許可を得てつれてきた友人水鳥八雲と、フロランスの付き添いの男女数人があれこれと運び込んでいるのを横目に確認しつつ、フロランスに問いかけた。護衛であるからには侵入者を防ぐことはもちろんだが、相手の目的や正体が分かっている範囲で知らされていなくては困る。僅か三日間の護衛など、明らかに襲撃があるのを見越しての囮だと考えるのが自然だからだ。
 同様に、すでに監視の目があることを考えて、マートの荷物に入れてもらってきたダージ・フレール(ea4791)もいざというときに使用する魔法の都合上、そのあたりのことは説明を受けたい。護衛にしくじって、怪我人をアイスコフィンで氷漬けは彼の美意識にも反する。
「三日なのは、あなた方の顔を知られると対策を練られるからよ。この間に来なかったら、もちろん次があるわ。相手は私を誘拐して、その後生贄にしたいでしょうから急いでいると思うけれどね」
 生贄という言葉に激しく反応したのは、黒クレリックのフランシアと神聖騎士のニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)だった。
「敵は生け捕りと承りましたが、それほど物騒なお話では守りを固めないわけにも行きません。生け捕りに腐心して、あなた様を危険な目にあわせるわけには参りませんが」
「まったくだな。これ、今から渡しておく」
 シュヴァーン・ツァーン(ea5506)の懸念に大きく頷いた竜胆零(eb0953)が、服の隠しから身代わり人形を取り出した。さすがに効能が分かっているようで、フロランスも受け取って、とりあえず抱えている。
「ちょっと捨て身過ぎていただけないが、仕事は仕事だ。全力尽くすから、ご協力よろしく。先に注文は聞いといたほうがいいんじゃねえのかな」
 生贄と聞いて、今現在シュバルツ城で起きている騒動を思い浮かべつつ、クロウがフロランスに尋ねた。護衛する側はもちろんフロランスにあちこち移動されるのは好まない。その点では、彼女は素直な護衛対象だった。書類が書ける場所なら、どこにいるのでも構わない。寝る場所も決めてくれというのだから。
 家の中をフロランス到着までに確認していた一行は、何故か寝室の奥にある書斎を日中の、寝室を夜間の主要な居場所と定めた。彼女が書斎にいるときは、寝室に男性の出入りもあるわけだが、こちらもまったく頓着されなかった。
 その間に、応援の水鳥とギルド員達はせっせと足音が消せないように庭に砂利をまき、窓際に鉢植えや大きな置物を置いていた。後はこっそり、クロウが屋敷の周囲に鈴のついた糸を巡らせている。家の中の家具も、幾つか配置が変えられた。
 それが済んでから、夜間の護衛になったニルナ、シュヴァーン、零、クロウは仮眠を取りに客間に向かったが‥‥その直前、用事を済ませて帰るギルド員の一人が姿を変えていることに気付いた。

 窓の外に鷹のラファガを放し、フランシアと共に書斎に篭ったガブリエルは、山積みされた羊皮紙にいささか呆れていた。
「これ、全部に目を通すの?」
 机の上には、山積みの羊皮紙。更に横には大きな木箱が四つ。筆記具も何揃いもあって、まっさらの羊皮紙も一山準備されている。覚書用の石板は、なんだか使い込まれたものだ。
「単なる整理よ。こういうときでもないと、手が回らないから」
 見てもよいと言われて、フランシアと二人で覗き込むと古い報告書だ。ガブリエルは最初から整理しておけばいいのにと思ったが、フランシアは事情に心当たりがあって、一束持ち上げると日付順に並べだした。ダージとマートが寝室側で警戒に当たっているので、ガブリエルも同様に手伝う。いかにも警戒しているより、こちらのほうが囮としては適当なはずだ。
 すでに、ここにいるフロランスと先程帰ったフロランスの、どちらが本物なのかは二人とも分からなくなっていたが。
 そしてその頃、寝室側で窓から見えない位置に陣取ったダージは、マートの買い込んできたおやつに、三日分には多めに準備された果物の食っちゃ寝をとがめるのを一番の仕事にしていた。レンジャーのマートが昼寝をするなど、もってのほかだ。マートはあまりに怒られて反省したのか、散歩と称して庭に出て行った。罠の位置は把握しているから問題ないはずだと、ダージが一安心していると‥‥
「い、悪戯をするんじゃないわよ!」
 ラファガに石を投げられたガブリエルが、窓から下を怒鳴りつけているのが聞こえた。
 幸い、一日目の日暮れまでの一番の事件はこれである。

 夜間の護衛は寝室中心だろうと、この時間帯の担当になった四人は考えていたが、けしてそんなことはなかった。
「まだお休みにならなくてもよろしいんですか?」
 最初とは言葉遣いから改めて、貴族の侍女のお仕着せ風の服に着替えた零が問いかけたが、常日頃から真夜中まで仕事をするのが普通の生活らしい。
「普段はどうあれ、今回は何かあったら自分の足で走ってもらうこともありえるんだぜ。体力は温存しておいてくれると、ギルドマスターのためにもなるんじゃねーかな」
 俺らも助かると、クロウの正直な意見に納得はしたらしいフロランスだが、仕事だから頑張りなさいとつれなかった。ギルドマスターに言われると、なかなかせつないものがあったりするのだが。
 まあ、四方山話には応じてくれて、その具合からして無理をしている訳ではないのが分かったから、ニルナやシュヴァーンは本人の生活に合わせることにしたが‥‥狙われているのに平然としているのは、さすがに不思議だ。
「生贄とは許されざる行為ですが、ご自分が狙われる心当たりはおありですか」
「ヴァン・カルロスに煮え湯を飲ませた冒険者の頭だものね。私が死んでも崩れる組織ではないけれど、示威行為としては効果があるのではないかしら」
 そんな他人事みたいにとシュヴァーンが渋い顔付きになったが、ここにいるフロランスが本物かどうかとは訊かなかった。せっかくなので、過去の報告書に目を通して、気分転換をしながら時間を過ごす。
 さすがにフロランスが寝室に引き上げて後は、灯りが点っているのは不自然だからと、四人は寝室の中と外で侵入者の気配がないかと感覚を研ぎ澄ませていたが、何事もなく夜明けを迎えた。

 二日目の日中も、相変わらずマートがダージに『見苦しい』と怒られつつ、屋敷内の各所で飲食に勤しんでいた他は、何も起こらなかった。夕方になってクロウが庭に出て、マートに『罠を増やしたなら言え』と怒っただけで。
 零も花瓶の水を捨てる素振りで外に出て、他の皆に『玄関以外出られませんから』と告げた。『絶対』と追加もされる。
 日中の担当四人が眠りについてすぐ、屋敷の周辺で幾通りもの怒号が響いた。フロランスをニルナのホーリーフィールドで囲い込んでから、クロウが窓を少し開けると‥‥
「全部生け捕りは絶対無理だぜ、スクロールを使ってる暇もねえじゃんかよっ」
 窓といわず、壁といわずに体当たりをしてくるデビルの群れが、クロウの開けた窓にも向かってきた。お仕着せを脱ぎ捨てて、身軽な服装に戻った零が駆け寄り、入り込んだ毛むくじゃらの腕に銀のダガーを突き刺す。相手が怯んだ隙に、窓を閉めた。
 それでも、ものすごい音が書斎といわず、寝室といわず、屋敷のあちこちから響いてくるのだが。庭から幾つか悲鳴がするのは、侵入者が罠に引っかかっているのかもしれない。となれば、空を飛ばない相手もいるということだ。うかつに窓を開けて確認することも出来ないけれど。
 シュヴァーンが廊下を確認して、招き入れたガブリエル、ダージ、フランシア、マートの四人も、予想外の大量の相手に一人以外は険しい顔付きだ。マートだけは、窓に耳をつけて、地を行く侵入者が五人以上はいると笑顔付きで報告してくれた。
「何でそこで笑顔なの。うわ、ギルドマスターも応えるし」
 ガブリエルがたまらないといった感じで叫んだが、マートと零、クロウが揃って何かに反応したので口をつぐんだ。ダージやフランシア、シュヴァーン、ニルナ同様に、いつでも魔法の印が結べるように身構える。
「つまらないところで、律儀な方ですこと」
 玄関の扉が開いたと聞かされ、シュヴァーンがあらまあと呟いた後にそう口にした。だがニルナは、玄関からの一言で気付いたことがあったようだ。
「カルロスならば、確かに侵入はしないでしょう。正面から堂々と来るはず」
 なぜなら貴族らしい振る舞いにこだわりをもっていたと聞くから。デビルに魂を売って、何が貴族の矜持かと何人かが鼻で笑ったが‥‥相手が寝室までやってくるのをのんびり待っているわけには行かない。ここもいつ窓が破られるかわからないのだ。
 寝室の扉を開けて、するりとクロウとマートが外に出た。扉の前にはニルナと零が付き、フロランスの傍らではフランシアがホーリーフィールドの展開を引き継いでいる。ダージとシュヴァーン、ガブリエルの三人も、もしもの時には中に飛び込めるような場所にいる。ガブリエルのテレパシーが、クロウと繋がっていた。

 庭での戦闘ならアースダイブの利用も考えていたクロウだが、まさかデビルが群れ飛ぶところに飛び出すわけにもいかず、階段下を伺っていた。階下から声を掛けられたのはその時だ。彼に対してというわけではなく、様子を伺っているだろう誰かに聞かせるためのものらしい。
「扉を叩いたが応答がないので、無作法ながら入らせてもらった。フロランス・シュトルーム殿さえお越しいただければ、他の者には手出ししないがいかがかな」
 そういう話は信じられるかと、クロウが胸の中でだけ毒づいたとき、階段の一段目に足をかける音がした。まず、一人。
 などとテレパシーで会話しているクロウの正面で、マートが顔を突き出した。
「おじさん、一人で何しに来たのーっ」
 マートの叫びに、扉をいつでも開け放てるようにした寝室では、皆が本当に一人かと視線を交わしていた。零は先程から床に耳を当てているが、他の足音は捉えられないようだ。窓に体当たりする音のせいもあるのかもしれないが。
 挙げ句にマートは奇声を上げながら、階段を上がりきったあたりを走り回っている。カルロスはそれに明らかに気分を害した様子で、踊り場で足を止めた。
 そんなマートとまだ気配を潜めたクロウの狭間を縫うように、白っぽく輝く矢が飛来していく。屋内の敵と指定されたムーンアローは、確かに男に当たった。それほどの痛みを受けているようには見えなかったが、本当に一人だとは確認できたのだ。
 ただ、ガブリエルが送り込んだ偽のフロランスの幻影には、囚われなかったらしい。
「ふん。外の騒ぎは聞こえているだろう。助けは来ないぞ。素直に女を渡せ」
 ゆっくりと階段を昇ってきたカルロスの声を、フロランスの前に陣取ったダージが鼻で笑った。一人とはいえ、外では大変な騒ぎになっている。こういう汚い真似を平然とやる輩は、彼が嫌うものだ。そもそも助けを当てにしているわけではない。護衛を請け負ったのは自分達八人だ。
 ただフランシアは外の騒ぎに耳を澄ませて、フロランスに小声で尋ねていた。
「我々の他に、誰か控えているということはありますか?」
「私は知らないけれど、ありえない話ではないわ。ブランシュ騎士団かウィザードか、教会から派遣してもらったか。全部かもしれないわね」
 聞いた誰もがなんだそれはと思わないでもなかったが、廊下の二人はまさにカルロスと睨み合っている。一人は相変わらず走り回っているにせよ。
 外のことは、叫び交わす声や呪文の詠唱、時にデビルのものらしい唸りや悲鳴が聞こえても、窓に体当たりする音が減ったのでよしとする。
 しかしカルロスが魔法の効果をそれほど受けていないと知らされた零は、疾走の術で扉を蹴りあけカルロスへ銀のダガーの一撃を食らわせた。とにかく相手の隙を生んで、そこに魔法を打ち込んでもらえばいい。どれかが効けば自分達に有利のはず。確かにカルロスは彼女を避けるために、階段の手すりに捕まって身をひねった。そこにクロウが牽制の一撃を加えようと小太刀を振るい、素手で掴みあげられて瞠目する。素手で刃を掴んで一筋の血も流れなかったからだ。
「ホントに、人間やめてんじゃねーよっ」
 クロウは小太刀を離して飛び退り、直後開いた扉の向こうから、呪文の詠唱の時間もなく、幾通りかの魔法がカルロスへと飛んだ。ホーリーとブラックホーリー、ムーンアロー、ウォーターボム、シャドウバインディングと取り揃ったそれの幾つが効果があったのかは分からない。少なくともカルロスは動いていたし、目立つ傷が出来たわけでもない。だが予想以上の速度で紡ぎだされた複数の魔法は、彼にしても計算違いだったようだ。
 そして、次の瞬間にはクロウと零が銀の刃を振るう。こちらはカルロスが抜いた剣を避けることに集中していて当たらないが、マートも相変わらず足元を走り回るので、カルロスの刃も目標を捕らえない。うかつに時間を過ごすと、また魔法が飛んでくる。
 合わせたように、階下から人の声が幾つか乱入した。
 カルロスが品のない舌打ちをして、クロウ達の応援に飛び出たニルナに大振りに剣を振った。避けて下がったニルナの前で、その姿が崩れる。
「その鳥を捕まえろっ」
 零が鳥に変化したカルロスの向かった階下に叫んだが、こんなところにいるはずのない猛禽の姿に瞬時に反応できたのは、シュヴァーンのムーンアローだけだった。それとて一撃で落とすことは叶わず、どこまでも追っていくわけにはいかない。
 そもそも多数のデビルにカルロス当人の襲撃までは予測していなかった八人も、空を飛ぶ相手を追い捕まえることまでは叶わなかった。それでも。
「庭からの侵入者七人、今にも死にそうだけど捕まえられたよ。しかし、陛下への報告が先かな」
 通常間近で見ることはない真っ白な、今は様々なもので汚れたマントを羽織った女性に、依頼の一応の達成を告げられたのだった。
 カルロスが飛び去ったのが、シュバルツ城方面だということと一緒に。