海から来た馬

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月03日〜10月08日

リプレイ公開日:2005年10月12日

●オープニング

「馬が流れ着いたんじゃよ」
 冒険者ギルドで、そう言ったのはドワーフの漁師だった。
「それも、二頭」
 漁師はドレスタットから徒歩なら半日ほど離れた漁村の住人である。その漁村の近くの小さな入り江の砂浜に、馬が二頭も現れたのだ。周辺は岩場で、馬が歩いてくるとはとても思えないので、漁師は流れ着いたと言うのである。実際はどうだか分からない。
 ちなみにこの馬、片方が前足に怪我をしている。漁師や仲間が『血の臭いでサメでも寄ったら困るし、どこかの船から落ちたのなら届けたら金になるかもしれないし、なんだかいつ見てもずぶぬれで可哀想だし』という打算と同情を持って近付いたところ、もう一頭がものすごい勢いで威嚇してきたのだという。蹴り殺されてはいけないと、皆で慌てて逃げたらしい。
 だが、馬がいるのは岩場の中の小さな砂浜である。馬が自力でそこから出て行くとは思えないし、それほど遠くまで行かずとも突然深くなる海では最近サメが目撃された。岩場では子供達が貝や海藻取りをしている。万が一にも馬に出会って、追いかけられたら大変なことだ。
 そんなわけで、依頼なのである。
「あの馬二頭を、砂浜から連れ出してくれ。売り物になったら、代金は村と来てくれたお人らで半々にしようじゃないか」
 持ち主が現れたら手間賃交渉もよろしくと付け加え、漁師は帰っていった。

●今回の参加者

 ea4439 ラフィー・ミティック(23歳・♀・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea5886 リースス・レーニス(35歳・♀・バード・パラ・ノルマン王国)
 eb0370 レンティス・シルハーノ(33歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb3537 セレスト・グラン・クリュ(45歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

ジョン・ストライカー(ea6153

●リプレイ本文

 馬を救いに集まってきたのは、シフール、パラ、ジャイアントに人間と種族のばらばらな四人だった。初日限定で、ラフィー・ミティック(ea4439)が同族のジョンを連れてきている。騎乗の才能があるこの友人に、馬が普通のものか精霊かを見定めてもらおうと思ったのだ。
 パラバードのリースス・レーニス(ea5886)が、それを聞いて身を乗り出したついでに、手まで伸ばして二人を捕まえたので、ちょっとばかり時間が掛かったが。
「ケルピーだったら、リカバーで怪我治るの? 治らなかったらどうしてあげたらいい?」
 あいにくとラフィーとジョンも、神聖騎士のレンティス・シルハーノ(eb0370)とセレスト・グラン・クリュ(eb3537)も精霊についての詳しい知識の持ち合わせがない。皆でしばし考え、精霊ならテレパシーで会話が成立するだろうとまずは様子の確認を優先することにした。
 やがて、問題の馬の様子を見て、ついでにテレパシーで話しかけたラフィーが報告するところによれば。
「怪我はサメさんにやられたんだって。でもね、お馬さんでもケルピーさんでもないって言うんだよ」
 そこにジョンが、馬としては体が小さいが、子馬の体つきではないと補足した。
「近付いても大丈夫そうか? 運ぶ前に怪我は治してやりたいもんだぜ」
 馬でもケルピーでもない馬の姿の生き物に、あいにくとまったく心当たりのない一同だったが、サメにやられた怪我が見過ごせないレンティスがラフィーに問いかけた。リーススは、今にも岩場を伝って二頭のところに走り出しそうだ。セレストに襟首をしっかりと握られているが。
「大丈夫、ちゃんと説明するから!」
 ちょっと悩んだラフィーを押し切るように、リーススが繰り返すので、四人は二頭の間近まで行ってみることにした。ジョンは戻って、ドレスタットの競馬協会に持ち主の心当たりがないか尋ねておいてくれるという。
 慣れないと岩場は横切るのに時間が掛かるからと、依頼人が船を出してくれることになって、四人は砂浜を目指したのだった。
 ちなみに船賃が掛かる。
「後で、なんか面白い話をするんじゃぞ。酒がうまくなるようなやつがよい」
 依頼人は、とてもちゃっかりしていた。

 砂浜近くまで船を寄せてもらうと、確かにレンティスとセレストが見ても小柄な馬が二頭見えた。波打ち際から離れているのに毛皮が濡れている。あれでは体力が落ちてしまうという心配と、どうして陽光の下でも乾かないのかという疑問を二人が同時に感じた時‥‥早速テレパシーを使っていたリーススが、二人を見上げていった。
「怪我を治してくれるなら、近付いてもいいって」
 よしと、身軽に船から飛び降りたレンティスがゆっくりと波打ち際から二頭へと近付いていく。ラフィーが一緒についていって、言うことをテレパシーで通訳しているようだ。
「火を焚いて、まずは身体を乾かさないと駄目ね。もしサメが近付いてきたら、早めに教えてくださいね」
 依頼人のドワーフ漁師が任せろと請け負ってくれたので、セレストとリーススも船から下りた。リーススは布地を一束、セレストは薪と飼い葉を担いでいる。この倍の量をレンティスが一人で担いできたのだが、二人が持ったのは半分だけだ。必要があれば、また取りに戻ればよい。あまり大荷物では、正体不明の二頭に警戒されるかもしれなかった。
 すでにうずくまった一頭の傍らにしゃがみこんだレンティスは、唯一持っていた水袋の水で怪我を洗ってやっていた。ラフィーがせわしく話しているのは、通訳というより二頭を励ましているのだろう。リーススもそれに加わりたいが、怪我を治さないうちに騒ぎ立てたらいけないとセレストにたしなめられて、じっと我慢している。
「落ち着きなさいな。元気になったら、乗せてくれるかもしれないわよ」
 砂浜で焚き火の準備をしながら、足踏みに忙しいリーススにセレストが声を掛ける。どう見ても、耳に届いた様子はなかったが。
 やがて、傷口を洗ったレンティスが具合を確認して、リカバーを唱えた。一瞬の光に、怪我はしていなかった一頭が危うくレンティスに前足を振り上げかけたが、ラフィーの制止が間に合ったのと、怪我が治った仲間を目にして攻撃にはならなかった。
 そうして、ラフィーとリーススを介した会話がまた始まって‥‥
「ヒポカンプス? 海の中で生活している馬なんかいるのか? それより、だったら金にはならんってことか!」
 あまり馴染みのない、海洋生物の名前を聞かされた四人は、まず依頼人が『珍しいから売ろう!』と言わなかったことに安堵した。
「モンスターにも夫婦の絆があるって素晴らしい姿を見たのに、そんなことを言ったら力いっぱい諭してあげるところだったわ」
 レンティスとリーススとラフィーは、セレストが依頼人を『力いっぱい諭す』ようなこともなくてよかったと思っている。なんかちょっと、怖かったし。
「ねーねー、サメさんはどうするー?」
「おお、ついでじゃから捕まえて、そっちを売ろう。ちっとは金になるはずじゃ」
 ラフィーが『ヒポさん、危なくて海のお家に帰れないよ』と心配したのに、方向性を決めたのはやっぱり依頼人だった。
「はーい、ムーンアローで探してあげるー。ラフィーもねー」
「用意はしてあるし、漁場を荒らされてもいけないし、俺はいいぜ」
「船の上だから、あんまり期待しないでね」
 リーススとレンティスとセレストにラフィーも異存がなかったので、翌日はサメ退治に勤しむことになった。依頼人は大満足である。

 そして翌日。
「一番近いサメに当たれーっ!」
「‥‥返ってこないから、近くにいるんだよ」
 依頼人の村の子供達が集めた海草を『ヒポさん』二頭に食べさせ、サメ退治に乗り出したリーススとラフィーだったが、
「「いってらっしゃーい」」
 沖に出る気はさらさらなかった。ムーンアローが届く範囲にサメがいるとちっちゃい身体を張って確認した後は、お留守番である。正しくは、『ヒポさん』とお話をしているので、後はよろしくという状態だ。レンティスもセレストもこれには苦笑を禁じえなかったが、レンティスの場合は更に吹き出すのを堪えねばならなかった。
「うちの娘も、たまにああいうところがあるわ。今は十歳なの」
 セレストの十歳の娘と同列の扱いをされたリースス二十五歳、ラフィー三十六歳だった。人間とパラとシフールだから、種族的な差異はあって不思議ではないが、ジャイアントとドワーフは結局二人が『ヒポさん』に向かったところで笑っていた。
 けれども楽しいのはそこまでで、沖に出たらレンティスは海神の銛を手に水中を透かし見始めた。依頼人と、念のために付き添ってきたもう一隻の漁師達が結構手馴れた様子じゃないかと感心すると、彼は視線だけは動かさずに返事をする。
「結構得意だぜ、こういうの。案外おっさん達よりうまいんじゃねえの?」
「あら、じゃあ早速期待しちゃおうかしらね」
 村で絞めてもらった鶏の首を切り、海上に血を流し始めたセレストがからかう口調で言いながら、ナイフを拭った。それからスピアに持ち替える僅かな合間に、海中にゆらりと現れた影がある。
 程々だなとレンティスが呟いた影は、彼の身長と同じくらいの長さがあった。これでかとセレストは思ったが、舵を握る依頼人も、少し距離を置いたもう一隻の漁師達からも少し小振りだと感想が漏れる。ついでに、
「これだと、たいした稼ぎにはならないのう。馬だったら売れたのに」
 相変わらず、依頼人は損得に厳しかった。出来ればもう一匹とは続けないでほしかったが。なにより、言葉につられたように出てこないでもほしかった。二匹目は背びれのあたりに抉れたような小さな傷があるから、ムーンアローに当たったものだろう。
「これ以上はいないでしょうね」
「餌がいれば、幾らでも出てくるもんじゃん。そういうとこは陸地の獣と変わらないぜ。一匹倒してみれば、すぐ分かる」
 仲間の血で、近くの奴らは全部集まってくるだろうから。なかなか物騒なことに続けて、レンティスはセレストにどこか掴まれと言い放った。次の瞬間には、船の間近を通り過ぎようとしたサメに海神の銛を突き立てている。
 ドンと下から押し上げられ、セレストは危うくスピアを取り落としそうになった。船に慣れない彼女が何かするより先に、依頼人が船の位置を変えている。さすが本職だけあって、多少の揺れでは足元はまったく危なげなかった。
 そしてレンティスも、突いた傷を抉りつつ銛を引き戻すと、潜ろうとするサメに向かって今度は投げつけた。括ったロープを掴んで、深く潜らせまいとする。もう一匹も同様に、漁師達に突付きまわされているところだった。海面が赤黒く染まるが、幸いにして他のサメが現れる気配はない。
 しばらくセレストが揺れに耐えていると、レンティスが力強くロープを引いて、船尾にサメの身体を寄せた。依頼人と二人掛かりでサメを引っ張りやすいように括り、晴れ晴れとした笑顔になる。
「久し振りに漁で汗かいたな。‥‥船酔いか?」
「あたしも浜で待っていればよかったわ。船って、馬より難しいし」
 神聖騎士の愚痴に、なんとはなしに嬉しそうな依頼人が遠回りして帰ってもいいと言い出したが、さすがにそれでは『ヒポさん』と残った二人のことが気になるレンティスとセレストは丁重に辞退した。セレストの場合、しばらく船はいいという気分でもあったし。

 この間、バード二人が『ヒポさん』達と何をしていたかと言えば。
「海の中って、そんな風なんだー。いいなー、行ってみたいなー」
「冬になったら水冷たくない? 息継ぎどうするの?」
 二人掛かりで『ヒポさん』達を質問攻めにし、しまいには返事をしてもらえなくなっていた。それでも、二人の口は動く。
「ごめんね、ごめんね、静かにするね。だから怒らないでー」
「ごはん食べる? お水いる? どうしよー、嫌われちゃったら乗せてもらえないよー」
 声は違うが、言うことと口調が似ているので、サメを退治した報告に戻った神聖騎士二人がとっさにどちらが何を叫んでいるのか分からなくなったほど、二人は騒がしかった。しまいには互いに互いを怒ったり、謝りあったり、嘆いてみたりと忙しい。
「あれ、明らかにうるさくて嫌がってるじゃん」
「誰でもそうなると思うわよ、あれなら」
 テレパシーの使えない二人にも、この時ばかりは『ヒポさん』の気持ちが如実に伝わってきたのだった。
 帰るのは明日にしてという二人にわがままに『ヒポさん』達が同意したのは、絶対にこの叫び声から解放されたいからに違いないと神聖騎士達は思った。彼らにテレパシーの魔法が使えれば、それが正しかったことを『ヒポさん』達が力いっぱい証言してくれたことだろう。

 ところで、この夜のこと。
 『ヒポさん』がヒポカンプスという海のモンスターであることは、依頼人の村にも知れ渡っていた。エルフほどではないが長寿なドワーフが大半の村では、このヒポカンプスを知っている者が何人かいたのである。
「しかしだな、親父に聞いた話では、マーメイドが連れているのは頭が馬で身体が魚という怪物なんだ」
「「なるほどー」」
 馬頭魚身なら、あれはやっぱり違うのでは。それだったら二頭一緒に買ってくれるところを探そうとか、持ち主を見付けたら依頼人達が漁に出られなかった分の補償も考えてもらおうとか考えていたレンティスとセレストは、リーススとラフィーの声にくらりとした。吟遊詩人が他人に語られて、感心している場合ではないだろうと思ったのだ。
 ただ、ドワーフの老爺の話にわくわくとした顔付きで聞き入っている二人は、周囲からもにこやかに眺められている。そんな二人を子供達が取り囲んで、歌えや話をしろと口々にせっついていた。ラフィーは竪琴が上手だし、歌もなかなかだ。リーススは楽器はいささかおぼつかないが、聞いた話を皆が楽しめるように組み立てなおして話すのがうまい。で、どちらも子供達に人気があった。
「ま、可愛いんでいいか」
「そうね、子供だものね」
 ついでに、仲間の二人にも。ただし、その認識はいつの間にかなり誤っているが。
 でも、村人も皆間違っているので大丈夫。そもそもラフィーとリーススは気が付いていないし。
 そうして、サメを煮込んだスープがメインのささやかな宴会は、ほのぼのと終わったのだった。
「これ、筋ばっかりなんだけど‥‥」
 依頼人は、相変わらずちゃっかりしていたのだが。

 あけて次の日。
 言うことを聞いておいたほうが後々追い回される心配はないと思ったのか、単に根負けしたのか、リーススの『ちょこっと乗せて』を叶えてくれる気になった『ヒポさん』は見送りと野次馬に来た村人の前で海に飛び込んだ。
 途端によく見る馬の姿が消え、上半身が馬で下半身はイルカのように見える不思議な動物が現れる。これがヒポカンプス本来の姿なのだろう。下半身は海中に沈んでいるので、端から眺めると馬が泳いでいるように見えなくもない。こんなに巧みに海を泳ぐ馬はいないだろうが。
 きゃあだかわあだか言って、リーススが船べりから『ヒポさん』に手を伸ばした。ラフィーは先にその近くまで寄っている。
 そして。
「うわぁんっ」
 乗馬の経験もろくにないリーススは、船から『ヒポさん』に乗り移れずに海面に転げ落ちた。ご丁寧にラフィーもろともだ。幾らパラでも、シフールには支えきれないのに腕を握られたラフィーは大迷惑。
 そんな二人をレンティスが予想していたとばかりに引き上げて、様子を窺っているヒポカンプスに手を振った。セレストにも促されて、二頭は海中に没する。しばらくは沖に進む姿が透かし見えていたが、やがてもっと深くに潜ったか見えなくなった。
 気の済むまでそれを眺めていたリーススとラフィーが、いい歌を思いつく前に風邪をひきかけて毛布に包まる羽目になったのは、冒険者ギルドには内緒らしい。