【ドラゴン襲来】人ならぬ存在との会話
|
■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:9〜15lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 95 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月25日〜12月01日
リプレイ公開日:2005年12月04日
|
●オープニング
海戦騎士団から冒険者ギルドにやってきた女性騎士は、ギルドマスターの執務室の隅で椅子に座ったまま眠りこけている同輩を見付け、深々と溜息を吐いた。
「器用に寝てますわね。椅子の上で膝を抱えて寝て落ちないって、どうなっているのかしら」
「仕事の邪魔だ。持って帰ってくれ」
「お断りですわ。これ以上太い腕はいりませんのよ。エイリーク様はか弱い感じの娘がお好みですから」
バードだが海戦騎士団の一員のララディを挟んで、シールケルと女性の間で不毛な会話が交わされた。ララディは、椅子の上ですやすやと寝ている。たまにもぞもぞ動くが、落ちることなく椅子の上だ。俯いていたのが、いつの間にやら天井を仰いでいる。
「あらいやだ。口から汗出して。ところで、シールケル殿、一つお願いなんですけれど」
「依頼なら受付を通せ。個人的なことは受け付けん。エイリーク絡みなら本人に直接言え」
矢継ぎ早に言い放たれ、ちょっと唇を尖らせた女性だったが、すぐに満面の笑みを取り戻した。
「ひどいですわ、ララディのお願いなら聞いていらっしゃるのに。やっぱりララディと只ならぬ関係って本当なんですのね」
「思ってもいないことを言うな」
「あら、少しくらい動揺して欲しいわ。命の恩人は本当でしょうに。まあまあ、エイリーク様からのお話ですから、聞いてくださいな」
初めて書類から視線を離したシールケルの穏やかではない表情に、女性は両手を上にあげた。それでも執務机に腰を乗り上げるあたり、怖がっているわけではない。下りろとシールケルが促せば、今度は彼が座っている椅子の肘掛に座ろうとするので、シールケルにしたら始末が悪い。
それでも他人の仕事場ですやすや寝入っているのに比べたら、引き際を心得ているだけましなのかもしれなかった。海戦騎士団の女性はとんでもないのが多いと、シールケルが認識を深めたかどうかは別として。
「先日から、こちらで人集めしてもらっていますけれど、それとは別にアイセル湖に向かう船を仕立てます。ロキの手勢が入り込んでいれば排除、それがなくともイグドラシル周辺のドラゴンなり精霊なりに協力を取り付けたいと思います。一口にイグドラシルと言っても広いので、こちらでも交渉事やドラゴン、精霊の情報に長けた者を見繕ってくださいな」
「騎士団からは船が何隻出る」
「二隻ですわ。片方はララディ乗せますので‥‥当人が辞めるとほざいたところで、今はロキと顔を合わせたことがあって、ジニールとやりあったバードを手放すほど、うちも人材が無尽蔵ではありませんから」
それこそ新規に多数入団させようかと話が出ているのに、退職させている場合ではないと女性は憤慨していた。一部上品でない発言があったのは、憤慨がもたらしたものだろう。いちいち指摘すると大変な事になるので、シールケルは黙って聴いている。
依頼内容の基本は、最初に話されたとおりだ。ロキの手勢が入り込んでいるかどうかは不明だが、ともかく精霊かドラゴンと接触して、ロキが来たときの協力を乞うておくこと。大半が人と好んで交わる存在ではないし、ロキがハーフエルフである、またはそうであった事を考えれば『人の手で始末をつけるのが筋』と言われても反論はないが、言うだけ言っておけということだろう。
そもそもロキがまだ半分を所持している『契約の宝』は、不完全でも効力を発揮して精霊を支配下に置くのだ。精霊の存在が色濃いイグドラシルで使われたら、海戦騎士団や冒険者が何人いたところで太刀打ちできるものではない。
「せめて、宝の効力と、盗まれた経緯なり、取り戻すのに関係ありそうな情報は入手しておくべきだろうな」
「そう思われるでしょう? なのに言い出した当人がいきなり辞めるなんて言い出して家出するから、何事かと思いましたわ。ここで見付かったから良かったですけれど」
誰かに苛められたかしら。でもこの子は奥方様とも仲がいいし、エイリーク様が助けて連れ歩いたことがあるから苛めないように、皆で取り決めたのに‥‥などなど、不穏当なことを口にする女性騎士に、シールケルは書き上げた依頼書を手渡した。すぐに掲示できるように、ギルドマスター確認の印が入っている。
「連れて帰れ。仕事の邪魔だ」
「起こしたら可哀想ですから、後ほど館まで送ってくださいまし。ええ、私だけシールケル殿のお顔を拝んで帰ってきたなんて知れたら、皆に吊るし上げを食いますから」
お夕飯を用意してお待ちしておりますわと、女性騎士はにこやかに言い放っていった。
「そもそもお前が、あの話と聞き違えるから悪い」
すやすやとこの二日程の寝不足を解消しているララディは、『ロキのいるはずの船を襲撃する』という依頼の問題点『他国の影響地域に海戦騎士団は出せない』を自分の提案と結びつける勘違いをして、退職すると言い置いて飛び出してきたのだ。ここまで来て、勘違いに気付いた途端にすこんと寝てしまった。
その直前まで、まったく同じ内容を『依頼する、依頼する、依頼するったらーっ』と叫ばれていたことを考えれば、冒険者ギルドにとってはより支払いのよい依頼人が登場したのでありがたい話になるが‥‥
シールケルにとっては、結局くせのある女性陣に次々と押しかけられた厄日なだけだった。
そんな騒ぎはうかがわせず、依頼の掲示板には『イグドラシル近海でロキ配下の有無調査と、精霊・ドラゴンとの接触を試みるための要員募集』と張り出されていた。
依頼人の意向は、船上戦闘の経験者、精霊・ドラゴンの知識がある者、交渉事に通じている者が望ましいとなっているらしい。
●リプレイ本文
集まった人数こそ少なかったが、漣渚(ea5187)の陽気な挨拶を受け、エイジス・レーヴァティン(ea9907)がいるのを確認したララディは案外とご機嫌だった。イコン・シュターライゼン(ea7891)も以前に依頼でしばらく過ごして、彼女の機嫌がよろしくないときの事柄を知っているので、ひとまず安心した。『人数が足りない』と叫ばれでもしたら、宥めるのが大変なのだから。
こちらも以前の依頼で人となりは承知しているボルト・レイヴン(ea7906)が、防寒服の襟を立てながら、甲板でララディと話し込んでいた。白クレリックと話している場合、ララディはおおむねおとなしい。
広々とした海原にはもう僚船の姿しか見えず、よほどのことでもなければいきなり敵襲を受けることはないだろう。このよほどの場合は、要するにロキに操られた精霊に襲われることだ。
「高位の精霊も操れるとしたら、どういう方法で襲われるのかよく分かりませんね」
あまり乱戦になると、自分の治癒魔法を使うのも大変だと頭を捻るボルトの声が耳に入ったのか、船べりで話し込んでいたララディの横にやってきたのはエイジスだった。今回でララディの関わる依頼を受けるのも三回目とあって、表情は非常に和やかだ。常日頃から、彼はニコニコと笑みを絶やさないのではあるが。
「さっきポーションを見せてもらったけど、あれ、一箱でいいから置き場所変えない? いざって時に使えなかったら困るでしょ」
精霊やドラゴン相手じゃ、魔法が届く前に危険な場合もあるんだしと、本当に心配しているのか分からない様子だが、あまりに笑顔なのでそれは仕方がない。船員も慣れたもので、ララディに『この辺でどうですかー』などと叫んでいる。
と、もう勝手に渚がポーションが入れられた頑丈な箱をそこに設置している。手早くロープで固定している彼女は、こういうときは防寒着も着ていない。寒いは寒いのだが、働いていれば暖かくなるということらしい。後は単に動きが鈍くなるから。
同様の理由でか、イコンも防寒具は着ていない。動きが妨げられるからのようで、ファー・マフラーだけはしていた。甲板は吹きさらしだから、それでもないと今度は体が凍えて動かなくなってしまうだろう。
ちなみにイコンが難しい顔をしているのは、別の一隊がロキの潜んでいると思しき漁村に出向いているからだ。首尾よく行けば、あちらがロキの実力を今以上に明らかにしてくれるだろうが、その結果を受け取ることは、すでに出港してしまったこちらには出来ない。ロキはデビルと手を結んでいるようで、パリでは今年に入ってから二度もそうした者による大規模な争いが起きていた。すでに三度目が起きたことは、さすがに彼らの与り知らぬことだが。
何か来たら、僚船と一緒になって叩いて叩いて叩きまくって倒す。
と、船上では重い武器の一撃より手数で攻めるのが大事と、日頃は水先案内人として船に乗っている渚は言い切ったが、彼女はオーラソードが使えるので何が出てきても叩きようがある。幸いにしてイコンとエイジスもそうした武器の持ち合わせがあり、イコンなど複数ある武器の貸し出しまでしているので、武器が効かずに戦えないということはないだろう。
ただイコンと、その話を聞いたボルトは『デビルと手を結んだ者が起こす事件の多さ』に考え込みそうだったのだが、ララディはあっけらかんとしていた。
「また世界の命運を一身に背負ったような顔をして。どうせ身体は一つなんだから、心配も一つでいいわよ。精霊とドラゴンとロキの手勢をいっぺんに相手にすることだけはないんだから」
「全部が顔を揃えよったら、どういう組み合わせになるやろな。うちらはドラゴンと、ロキが精霊操って‥‥あかん、仲間のドラゴンに潰されてまうな」
なんて縁起が悪いと船員達が顔をしかめたりはしたが、イグドラシルと呼ばれる島が見えて、そこの入り江に入るまで、ロキの手勢と思しき敵とは遭遇しなかった。
他のルートは精霊やドラゴンが常に棲んでいるわけではなさそうだから。
そんな理由で、海戦騎士団のゲルダが船を入れさせたのは、これまで島に入った調査の面々が訪れたことのないところだった。海からアイセル湖に入り、島の周囲をぐるりと回って反対側だ。暗黒地帯と呼ばれる陸が、案外と近くに見える。
「精霊やドラゴンと友達になれたらいいよね」
先に陸に下りて、特に怪しげなものがないのを確認したエイジスが続いて降りてきたララディに言う。渚に手を貸してもらって、小船から濡れないように降りたララディが、いざというときには通訳になるからだ。以前にあったジニールは、先日この島を訪れた者達にもゲルマン語で話し掛けたというが、すべての精霊がそこまで親切だとは限らない。ドラゴンはムーンドラゴンがテレパシーを使ったそうなので、人語は語れないのだろう。
しかし、闇雲に降りたところで何かに出会えるのかと、ララディと多少似通った雰囲気のゲルダの判断にイコンが頭を悩ませていると、ふいと日が翳った。今日は風が冷たいながらも、空に雲は少なかったのにと空を見上げて、同様にしたゲルダとエイジスが、それぞれララディと風のウィザードのリィを抱えるようにしてその場から飛び離れた。ナイトのウィルはポーションが入った袋を抱え、渚はボルトを担ぐようにして、やはり入り江の奥、波打ち際から離れた方向に走った。
たまたま波打ち際に取り残される格好になったイコンは、しこたま砂を被ることになったが、幸いにして舞い降りてきた銀色の鱗を輝かせるドラゴンに踏み潰されることだけはなかった。話に聞いたムーンドラゴンとは、明らかに違う姿だ。
ドラゴンが啼くが、もちろん何を言わんとしているのかは分からない。目が合っているイコンは、敵意がないことを示すために武器から手を離した。種類は違うが、ドレスタットを襲ったドラゴンのようにブレスを吐いたら、自分が助かる可能性は十中八、九ない。武器に固執したところで無駄な足掻きだろう。
これが相手に通じたかどうかは分からない。しばらくして、渚がこちらに来いと大声で呼んでくれた。ドラゴンも了解しているという言葉を疑う理由もない。
そうして人を八人ばかり前に据えて、小山のようなドラゴンは彼らを見下ろした。表情は分からないが、かもし出す雰囲気は非常に厳格な感じだ。いきなり襲い掛かってくるような気配はないが、これはこれで居心地が悪い。
だが、相手が精霊でもドラゴンでも、とにかく自分達が敵ではないと示すことが今回の目的の一つだ。ララディは味方してくれるとありがたいなぞと船上で口にしていたが、冒険者達はおおむね『ロキの始末は自分達でつけるので、了解しておいて欲しい』というあたりだ。いきなり味方をしてくれといっても、彼らの感覚でロキだって人ではないかと返されたら話がこじれるからだが‥‥この判断は正しかったらしい。
『ギャラルホルンが持ち出されたのは、そもそも人の手によって。我らに力を貸せというなら、すべて焼き払っても取り戻すまでだが、自分達でやると言うのだな?』
ララディの、合間にぶつぶつと愚痴が入る通訳で時間が掛かるが、ドラゴンは彼らの目的を聞いた後にこう返してきた。不用意に『協力してくれ』などと言おうものなら、前足で踏み潰されそうな厳しい啼き方である。精霊魔法と同じ属性にドラゴンも分かれるというが、この性質は何から来ているのか分かるほど詳しい者はいなかった。
「せや。見ててくれたらそれでええ。あんたらが出てくると、うちらもやりにくい」
それでも話が通ったことで、渚がようやく緊張を解いて軽口を叩いた。ララディがどこまで通訳したか不明だが、大きいなぁと感嘆しているところまでだったら、これはこれで反応が怖い。ボルトがたしなめているが、果たして効果があったかどうか。
かたや、エイジスも。
「ロキはハーフエルフだから、同族としては捨て置けないと思ってるけど、ドラゴンにしたら種族はあんまり拘りがないんだね。人とはやっぱり感覚が違うや」
ここまで違うと付き合い方も一々考えて大変と、これはララディに聞こえないように呟いていた。聞こえると、何でも通訳されそうだ。ドラゴンの目が、発言者に向かって動くのも迫力だし。
しかし、それが決定的になったのは。
『いらぬ。人は神を信じると口にする。その口で我らに誓われても信用できぬ。我の前で神に誓われたところで、それはお前だけの言葉だ。速やかにあの慮外者を殺し、ギャラルホルンを持ち帰れ』
イコンが、自分達の気構えを示すためにもと、また言わずにいたが大事な人を守るために、必ずやロキを倒して世界を救うと精霊とドラゴンに誓おうとしたところで、皆が耳を押さえるほどに啼いたのだ。ようやっとララディが通訳してくれたのはしばらくしてからだが、その間中ずっとドラゴンは首を伸ばして彼らをねめつけていた。
それでも、待ってくれるだけいいのだとボルトは言うが、聖職者特有の善意的な解釈ではなかろうかと渚が思ったくらいに、怒りの気配を周知に発散している。これが人なら、無表情に怒っているところだろうか。リィなど、とっくにゲルダとウィルの背後に隠れて出てこない。
ここで謝っても逆効果だろうとイコンも判断して、急ぐことを告げたが、彼は更に質問を一つ続けた。昨今とみに激しく、この地も巻き込んだデビルの動きを知っているかどうか。答えてくれるかしらと懐疑的ながらもララディが通訳したところでは、返事はそっけないものだった。
『あれは人をたぶらかすが身上。時に騒ぎ立てるくらい、当然ではないか。我らの前でも何かしたがるが、その時は人の手でさせる。結局は人があれらに付け込まれるからだ。オーディンはそれを憂いていたが、結局実になることではなかったな』
「オーディン?」
何人かが口を揃えて尋ね返した精霊信仰に出てくる名前に、ドラゴンは長い首をもたげた。その先には、巨木にも見えるイグドラシルの塔がそびえている。そこにいるということか、他の何かを示しているのかは、ちょっと判断がつかなかった。
『ギャラルホルンを揃えよ。後はオーディンが為すだろう。いずれ必要が来るものだとしても、それは今ではない。あれが真実響けば、人の世は確かに崩れ去ろうよ』
謎掛けめいた言葉を残して、ドラゴンはまた唐突に飛び去った。人の迷惑など知ったことではないという態度なのか、単にそんなことには気付かないのか分からないが、八人は舞った砂が目や喉に入って痛い目を見ている。品のない悪態をついたのが何人か。女性のほうが多かったが、この面子では当然かもしれなかった。
「そうそう。都合よく来るから何でって聞いたら、船が来るのが見えたから、ロキの手下だったら殺そうと思ってきたんだって。確認してくれて良かったわよね」
「それで最初に、あんな愚痴っとったんか」
「喧嘩売っているのかと思ったよね」
船に戻って、服の砂を叩きながらララディが笑うのに、脱力していたのは船員ばかりだった。何しろ渚とエイジスが言うとおりに、ララディときたら合間合間にうるさくあれこれ言うのだ。テレパシーが通じているのではないかと、彼らだって気にしていたのである。ボルトはセーラ神に感謝の祈りを捧げていた。
「協力願えれば、ロキの持つギャラルホルンの力を封じられるのではないかと思いましたが‥‥残念です」
イコンが心底残念そうにいったのに対して、エイジスが簡潔に返した。手の中で何かの卵を転がして、ドラゴンがもっと友好的なら見てもらいたかったのにと言っていた直後だが。
「吹く前に殺す」
「真っ二つやな。ドラゴンも言うてたし」
「そうそう。それが簡単よ。ところでオーディンって人の名前かしら。精霊では聞いたことないけど」
渚とララディが簡単に、難しいことを続ける。しかし、真っ二つかどうかは別にしても、他に方法がないのは確かだ。今まで誰も二つに割れたギャラルホルンの直した方を考えたものはいなかったが、それを為す者がいると知れただけでも収穫ではある。
「謎が増えただけという気もしますが」
「目の前の道は示されています。見えもしない道のことを思い悩んでは転びますよ」
聖職者らしいボルトの言葉に、イコンはほのかな笑みを浮かべた。
ロキが真実デビルに魂を売り渡し、変わらず政令を従えていることを彼らが知るのは、船がドレスタットに戻ってからのことだ。