●リプレイ本文
この日、アデラにマフラーの編み方を教える集いに足を運んだのは十三人。不吉な数字だった。
そしてサラフィル・ローズィット(ea3776)はじめ、過去にお茶会に参加したことがある冒険者の藍星花(ea4071)、サテラ・バッハ(ea3826)、アニエス・グラン・クリュ(eb2949)、リュヴィア・グラナート(ea9960)と一日だけ都合をつけたマリトゥエル・オーベルジーヌもなんともいえない顔付きだが、こちらはそれぞれに趣が違う。
編み物が習える、またはお茶会が出来ると聞いてやってきたアフィマ・クレス(ea5242)や付き添いのアーデリカ・レイヨン、ラテリカ・ラートベル(ea1641)と指南役のラファエル・クアルト、パラーリア・ゲラー(eb2257)とアニエスの手伝いのクリミナ・ロッソ、操群雷は事情がさっぱり分からず、一様にきょとんとしていた。編み物やお茶を楽しむ集まりだと思っていたら、なにやら奇妙にぎすぎすした感じが‥‥主にサラから漂ってくる。
「そうそう。以前自分で染めてみた毛糸があるから持ってきた。土産だ」
それでもサテラがにこやかに持ってきた包みを取り出したので、自分達も持ってきた毛糸を出した一部の者は、ここで目を疑った。
澱んだ沼に浮いた、腐りかけの藻の色。いうなれば、そんな感じ。
「姪御さんたちの分はわたくしが編みますから、アデラ様はぜひジョリオ様のマフラーに専念なさいまし。せっかくの毛糸、無駄にはいたしませんわよね?」
サラが詰め寄るのに、こちらもきょとんとしていたアデラがこっくりと頷いた。
「珍しい、渋い色ですわね。私、頑張りますわ」
「私も編み物はしたことがないのでな。一緒に覚えようではないか」
リュヴィアが平然としているので、多分編み物開始なのである。
初心者には、ちょっとくらい網目が不揃いでも分からない太目の毛糸が最適。ともかく集中して、網目を落とさないようにして編むべし。
「恋人に編むなんて素敵だよね〜。家族にあげるのもスバラシイよねっ。皆で楽しく頑張ろうね」
パラーリアが掛け声のように話しながら、皆のやる気を煽っている。そのはずがラテリカは何を思い出したか手が止まり、ラファエルに肩をつつかれていた。それだけではなく、人形のアーシェンを連れたアフィマに、
「誰のこと考えてるのかな〜? アーシェンになら教えてくれるよね?」
と、からかわれている。そのアフィマも、専任先生のアーデリカにほらほらと自分の毛糸を示されていたけれど。
「あぁっ、一目足りませんです」
肩をつつかれて我に返ったラテリカが、ようやく編んだ一段の網目を数えて悲鳴を上げた。次の瞬間には、せっせとほどいてやり直し。
その脇では、悲鳴に驚いたアフィマが取りこぼした網目を掬い上げるのに苦労していて、パラーリアはテーブルの上から落としてしまった毛糸玉を拾いに部屋の隅まで走っていた。
初心者組、地道に手仕事中。というには、いささか賑やかだった。
今回のお茶会は聖夜祭目前。パリの街でも窓辺を飾りつけたりする家が目立っている。
けれどもアデラの家にはこれといった飾りつけはされておらず、アニエスは『よし』と気合を入れている。庭に、彼女の背丈ほどのもみの木があるのも確認済みだ。
「リースを作って、皆で飾りますよ」
星花に頼まれた四人姉妹の好みの色も聞いたし、編み物は母親が日を改めて教えてくれるというし、自分の役目は家の飾り付けだと、アニエスはリース作りを始めた。先生はクリミナである。
そうして。
「力加減は一定ですわよ、アデラ様」
「そこまでほどいたら、ほどきすぎよ」
緑色のふわふわ毛糸で、超基本的な編み方を習ったリュヴィアは小一時間もすると、一人でするすると編めるようになった。最初の一時間は、見様見真似で進めていたのでゆっくりだったが、こつを飲み込んでからは問題なく編んでいる。
そして家事全般、そつなくこなすどころかそれで身を立てるくらいの腕前がある星花とサラは、複雑な模様に四人姉妹の名前まで入る予定のマフラーを手馴れた様子で編んでいる。この二人に掛かっては、マフラーの一本くらいは騒ぎ立てるほどのこともないのだ。
けれども、そんな素晴らしい腕前の二人に挟まれたアデラは、一段編んでは力が入りすぎ、ほどいて編みなおせば目の数が合わず、一からやり直そうにも習った編み方を覚えていない。もちろん毛糸は澱んだ沼の腐りかけの藻の色。
「絡まったのが解けなくなってゴミになる以前の問題だったな」
毛糸を進呈したが編み物は苦手だと不参加のサテラが、どうにもならないとばかりに扱き下ろした。そのくらいに、アデラの不器用さは徹底していたのだが、当人は平気だ。
「大丈夫ですわ。お料理だって、二十回もやれば出来るようになりますもの。マフラーも二十本編めば、きっとちゃんと編めるようになると思いますのよ」
今、拳も魔法も飛ばなかったのは奇跡的かもと、皆にお茶を供していたマリが思った程度の殺気が漂ったのだが、星花とサラはまだ理性的だった。アデラの手の中のマフラーのなり損ねを取り上げ、絶妙な手の動きで両脇から引っ張って毛糸に戻すと、星花が綺麗に毛糸玉に巻き取った。その間に、サラがアデラに言い聞かせている。
「二十回やって出来るのならば、とっくに一段は編めているはずですわ。それが出来ないということは、アデラ様は真剣さが足りないということ」
「男はモノより心を大事にするからな。真剣さが足りないようでは、喜んで受け取ってはもらえないぞ」
サテラにも発破を掛けられ、とうとう星花に手まで取られて編み方を教えなおされているアデラを見て、リュヴィアが呟いた。
「要するに、私達が食べた料理は、多大な無駄の後にようやく身に付いたものだったわけだ。聖夜祭には、間に合うのか‥‥?」
料理以外の家事を全部担って、更にリースの作り方も教えているクリミナが、この呟きに溜息を吐いた。経過をマリから聞いた操は、二人で明日の分の食事まで作り始めている。
もちろん他の初心者を教えているアーデリカとラファエルも、明日もサラと星花の助力が見込めないとばかりに、自分の友人に編み方を徹底指導中だ。
やがて二日目。まったく、全然、まともに一段も編めないままに終わってしまったアデラと対照的に、ラテリカはこんなことを言っていた。
「あのぅ、もうすぐ一本出来上がりそうですよ。ちょっと慣れたので、もうちょっと模様が入ったのに挑戦してみたいです」
これを聞いたサラは、感涙に咽んでいたりする。星花は一日ですっかりやせ細ってしまった見本編みの毛糸を抱えて、溜め息しきりだ。
ともかくも、ラテリカは最初の一本と揃いの毛糸でもう一本編むことになり、サラにそれほど難しくない模様編みの仕方を習っている。昨日気合を入れて覚えたので、本日はいい具合に編んでいけそうだ。
「ラテリカ、頑張ります」
小さい声で、編み目を数えながら、ラテリカはまず自分の分を仕上げに入っている。
その横で、昨日基本の編み方は身に付けたパラーリアは、本日は何故かお裁縫をしていた。それも革細工。趣味と言うには手馴れた様子で、小さな小さな熊を縫っているらしい。パラの小さな手で、器用なものである。
「アデラさんの家族のために、贈り物ですよ。後でマフラーにこれをつけさせてくださいね」
自分のマフラーはともかく、星花とサラが編んだものは素晴らしく上手なので、この熊でよければなどとパラーリアは言っているが、余り革を使ったとは思えない出来栄えだ。編んだ二人も喜んだし、貰う四人姉妹をよく知るアニエスも手を叩いて感激していた。多分、四人姉妹も貰えば同様の態度だろう。
「この熊さんにも、マフラー編めますかね」
早く出来上がったら、また編み物に挑戦しようと思っているパラーリアだった。
その頃、同じ初心者組にいたアフィマは困惑に満ち満ちた顔になっていた。先程までは人形のアーシェンを操って、『ほら、編み物が出来る〜』とアデラに示していたのだが、アデラがきゃっきゃと喜んで手元がお留守になるので離脱。現在はリュヴィアが勝手にブレンドしているお茶を覗いて、困惑に満ち満ちた顔。
「刺激的な香りがするんだけど、これがアデラさんの摘んだ葉っぱ?」
「まさか。今回はアデラ殿が忙しいのでね。私が勝手にやっている」
主催者がせっかく摘んだ葉っぱを無視したらいけないんじゃないかなとアフィマは思っていたのだが、今回はどうやらアデラは何にも準備をしていないらしい。リュヴィアやサテラが自分の家のように香草や何かを取り出して、あれこれと合わせているだけだ。合間に星花とサラも同じことをしているが。
当のアデラは延々と編んではほどき、編んではほどきを繰り返していて、お茶を淹れたそうな素振りはない。それでも気になったので、こっそりと尋ねに行ったらば、アデラは林檎の葉っぱを干してある場所を教えてくれた。
もちろん、アフィマはそれを持ち出して、お茶の道具の横にそっと置いたのである。
だが。
「こら。これは飲んでも美味しくないのだが。それにどこから持ってきたんだ」
「アデラさんが、お茶にしたいって言うから」
すぐに見付かって、リュヴィアに軽く怒られたのだが、アデラが用意したものだと言ったらそのままにしてもらえた。やれやれと、アフィマは部屋の飾り付けに向かい‥‥
「自分が選んだ葉なら、アデラ殿も文句は言うまい。特製ブレンドよりましだろう」
リュヴィアが、他の三人が用意した特製ブレンドこと、ちょっと分かる者なら誰も飲みたいとは言わないお茶を見て、呟いたのは知らない。
その後、家の中の飾り付けをするついでに、星花に昨日来てくれた友人達が作り置きしてくれた食べ物の説明をしていたアニエスは、見てはいけない星花とサラの秘密のシーンを覗き見てしまった。
怖かった。
サテラは一日、アデラの近くで、
「迷わず突っ走れ。進めば結果は出る。ただし、せめてマフラーと分かるように編め」
と、厳しいことを言いつつ、茶を飲んでいた。
また日が暮れて昇って三日目。
パラーリアとアフィマとラテリカとアニエスは、手持ち無沙汰だった。マフラーも編めたし、熊も縫えた。四人で協力して、家の内外の飾りつけもした。もちろん住人が自分達でやる分は残してある。暇だ。
誰が材料費を払ったのか不明だが、作った人の腕は保障付きの焼き菓子を囲んで、四人はアデラのマフラーの出来上がりを待っている。この後にお茶会があるはずなので、あまりお菓子も食べ過ぎないようにしているし、お茶も一杯だけでお代わりはしない。アニエス以外の三人は、この家のお茶会が初めてなのでお作法などと言い交わしているが、それほどうるさく言われないことは分かっていた。
ただし、お茶会がいつ始まるのか。これがさっぱり分からない。すでに時間は昼を過ぎてけっこう経つのだが‥‥
「おかしいですわねぇ。毛糸さんがご機嫌斜めですわ」
アデラのあっけらかんとした言い様の後に、ぎりぎりと音がするのは誰かの歯軋りだ。あえて誰かと確認する勇気は、この場の誰にもない。
随分前から、正面と背後からアデラを囲んで、手の動き一つ一つを指導中のサラと星花のあたりから聞こえてこようと、それは聞いてはいけない音なのである。
星花が手を添えて、アデラに一目編ませる。サラは毛糸を摘まんで、力の入れ具合を加減してやる。それでも何故か、三目編むと一目は失敗するアデラの進行たるや、ゲルマン語にとても通じたサテラも言い表す言葉がないほどだ。彼女の場合、面倒なので探していない可能性も高いけれど。
リュヴィアが黙々と勧めていたお茶会の準備も抜かりなく整い、後はアデラのマフラーが出来上がるのみとなって、更にしばらくしてから。もう、外は日が翳りだしている頃合になって、ようやく。
サラと星花がぐったりと椅子に座り込んだ。顔色も悪いような気がするが、なにより言葉も出ないほどに疲れているのは間違いない。そんな二人と対照的に、アデラは。
「サラさんと星花さんのおかげです!」
と、得意満面で出来上がったマフラーもどきを皆に示してくれた。澱んだ沼の、腐りかけの藻の色の、不恰好に長いマフラー。編み物にも通じた二人をあれだけ苦労させて、出来上がりはこれかいと口にするような人は、この場には一人だ。
なんにしても、これでお茶会が始められるのである。
お茶会は、サラが星花とサテラと用意した、アデラ用の特製ブレンドから始まった。アデラの用意していた、林檎の枯葉入り。リュヴィアは苦笑しているが、お茶会初心者とアニエスが何事かと思うような臭いが漂うお茶である。
植物に詳しいことを黙って、不味い茶を供していたアデラにも、そのくらいは分かって当然のはずだったが、『まあ刺激的な香り』とおぬかしあそばしたアデラはそれを一気飲みにして、倒れかけたが、すぐ復活した。
「アデラ様、本当に、本当に大丈夫なんですか」
「ラテリカのお茶でよければ、飲んでください〜」
「げ、解毒剤あるけど」
「何かあったら、家族の人が悲しむよう」
挙げ句に慌てふためく四人をさておき、当人いわく『ささやかな』意趣返しを実行したサラに抱きついて、彼女のこめかみの血管がぶち切れそうなことを言い募っている。
「縁談断るときに一服盛った以外は、実験中だったわけね‥‥あの腕で」
一つのことを覚えるのに、最低でも二十回は失敗する、今回のマフラーから見て三十回でも怪しいアデラの、自身を使った実験につき合わされていたのだと悟った星花は、本当に倒れそうだ。アデラがピンシャンしているというのに。
「ああいうのは、一生直らんぞ」
付き合っていられないと口にしたのはサテラだが、様子を楽しげに眺めていたリュヴィアの一言には珍しくも眉を寄せた。星花は、床にのめりこんでいきそうだ。
そうして、あまりのことに驚いている四人と、特製ブレンドを口にしてもいないのに失神しそうなサラを見渡して、リュヴィアが一つ提案をした。アフィマとパラーリアとアニエスは大賛成。ラテリカはちょっと戸惑っていたが、最初の生贄は彼女に決定している。
やがて、リュヴィアが『国に許婚がいるが、生まれたときからの付き合いでは何と言うこともないな』と口にしたので、サテラと星花が会話に参加し始めた。
その頃、ようやっとサラの不機嫌に気付いたアデラが、今更ながらご機嫌取りをしている。多分、もっと怒らせるか、そうでなければどうにでもなれという気分にさせているのだろう。
おいしいお茶と料理とお菓子は、サラとアデラ以外に行き届いていた。