【ドラゴン襲来】イグドラシル決戦

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:10〜16lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 82 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月19日〜12月26日

リプレイ公開日:2005年12月27日

●オープニング

 閑散とした通りに面した家の中、主の寝室の片隅で、海戦騎士団に所属するバードのララディは小さくなって座り込んでいた。耳を塞いで、目は膝頭で塞ぐという器用な姿勢だ。
 彼女がその姿になってしばらくしてから、部屋の主が様子に気付いたらしい。もう一人の客人に細い手で指し示してみせる。
「ゲルダ、なんだか奇妙な動物がいるようだが?」
「あんたが意固地になってるから、怯えているんじゃないのよ。バードってのはきっと繊細なのよ」
「繊細?」
 信じられませんと口調に多分に含んだ市井の情報屋キーラは、横になった寝台の上で『いっそう気分が悪くなりそうだ』と嫌味を発している。それを受ける海戦騎士団のナイト、ゲルダはふんと肩をそびやかしていた。
 この二人が、先程まで多種多様な罵詈雑言を、上手に絹で包んだ物言いで駆使して、言い争いを繰り広げていたのが、ララディが縮こまっている原因だ。どちらも自分が悪くないと信じているので、自分の主張を曲げることはないだろう。
 この二人はエイリークの愛人と噂される恋敵だが、これはいつものことである。時には同じ噂のある女性が数人集まって、似たようなことを繰り広げていることもあった。同じくらいに、仲良く話し込んでいることも見掛けられるのだが。
 ともかくも、二人が恒例の挨拶を終えて主題に入ろうかと思ったときに、エイリークの信奉者ではあっても愛人とは噂されないララディが、毎度のごとくに『挨拶』の様子に恐れをなして縮こまっていたのである。ゲルダがぺちぺちと肩を叩いて顔を上げさせ、別室で待っている者を呼んでくるように告げた。
「また喧嘩したら、エイリーク様に言い付けますからね」
「はいはい。あ、剣は回収しましたって、使いを出すのも忘れないのよ」
「‥‥随分連れてきたようだが、何人だ。家捜しでもするつもりか?」
 ララディが扉の向こうで人の名前を次々と呼んでいるのを耳にして、キーラが嫌そうな顔をした。情報屋という仕事柄、不用意に他人に家の中に踏み込まれるのを嫌うのは当然だ。必要なものはまとめてあるのだから、素直に受け取って帰れと言うが、声には力がなかった。そもそも古い友人とはいえ、寝台の上で来訪を受けるというのが体調の悪さを如実に物語っている。
 そんなキーラがまとめた書類や、今回の最大の用件である『剣』を抱えたゲルダは、なんでもないことのように告げる。
「家主の誘拐。色々聞くのに、ここまで来るのも面倒だし、あんたは医者だけの分野じゃなさそうだし、何かあってもいけないし、エイリーク様が見舞うのにも不便だから、うちにいらっしゃい」
 客間はあるから心配するなと胸を張ったゲルダを眺めてから、キーラは戻ってきたララディにこう言った。
「ゲルダが養生しろと煩いので、ララディのところが行ってもいいか」
「あー、あたしの家で喧嘩しないでくれれば」
 誰がエイリークを呼ぶ理由になってやるものかと意地を張ったキーラに対して、ゲルダがとてつもなく冷たい視線を投げ付けたが、それで動じるような女はエイリークの愛人などと噂されない。要するにお互い様だ。
 男どもは『姐さんたちはおっかない』、ララディは『喧嘩するほど仲がいいにも限度がある』と言うが、海戦騎士団であるなしを問わずにエイリークの、ひいてはドレスタットの役に立っているのだから問題はないというのが彼女達の言い分だ。ついでに『ロキなんぞと違って、仲間に裏切られたり、裏切ったりでは忙しくないわ』とも主張する。エイリークがそれを知っているかどうかは別として。
 ただし、結局キーラの『誘拐』には、この後もひと悶着あったようだ。

 夕暮れの冒険者ギルド、ギルドマスターの執務室に入り込んだララディは、部屋の主に言付けを伝えていた。
「急いで来てくれだそうです。でも夜になってからでいいからって」
 他人が聞いたら耳を疑うような伝言だが、シールケルはさすがにエイリークの言いたいことが判った。目立たないように来いと言えば済むことだが、素直には言わないのがあの男だ。
 どうせろくな話ではあるまいと予想したシールケルだが、それに先立つララディの報告からして本当にろくでもなかった。
「あと、さっきキーラ姐さんの所に行ったんですけど、前にここに依頼して持ってきてもらった剣、呪われてましたよ。使ったらてきめんです」
「誰がやられた」
「キーラ姐さんは調べるのに随分弄ったんで、しばらく養生しないと。あと、騎士団の見習い十人に抜かせてみたら、何か刺した途端に昏倒したのが二人ばかり。詳しい効果は今、お屋敷で確認してます」
 だから今回の依頼は、気力体力の充実した人がよさそうです。
 使ったら昏倒するような剣がどう役に立つのか分からないが、使わねばならないのなら、確かに使用者は選抜の必要がある。それも複数いたほうがいいはずだ。
 更に。
「相変わらず海戦が得意だの、デビルや精霊が倒せる奴だの言うんだろう。高くつくから用意しておけと言っておけ」
「あ、お金は心配するなとも伝言でした」
 そうして、シールケルが出向いた領主の館では、今度こそロキの首を取らんとしている海戦騎士団のお歴々が彼のことを待ち構えていた。
 もちろん、共にイグドラシルに出向いて、ロキ、その配下、またはデビルや操られた精霊などと戦い、勝利し、ギャラルホルンと呼ばれる宝を取り戻してくれる冒険者が求められている。

●今回の参加者

 ea1919 トール・ウッド(35歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea3738 円 巴(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7211 レオニール・グリューネバーグ(30歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea7891 イコン・シュターライゼン(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea7906 ボルト・レイヴン(54歳・♂・クレリック・人間・フランク王国)
 ea9907 エイジス・レーヴァティン(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

クラウディア・アルカード(ea8653)/ ゲオルグ・マジマ(eb2330

●リプレイ本文

 手綱どころか、捕まるところもないドラゴンの背の上で、イコン・シュターライゼン(ea7891)は両脚に力を込めていた。それでも振り落とされそうになった彼を、同様にドラゴンに跨ったエイジス・レーヴァティン(ea9907)が襟首を掴んで留める。
 けれどそれも、精霊ララディの突撃があるまで。
 どちらも月に属するといわれるドラゴンと精霊が絡み合い、巨大な塔目掛けて墜ちていく。それに逆らうことなど、種族は違えどヒトには出来なかった。
 崩れる塔の中へかろうじて飛び込んだ二人の上に、瓦礫が降り積もる。それでもイコンは駆け寄ってきた友人に語りかけ、エイジスは未だ狂化せぬままにクレイモアを構えた。今にも走り出しそうなエイジスの武器に、イコンがオーラパワーを付与し、
「これが、お前の死神だ‥‥」
 微かな呟きを耳にした。
 彼らがなんとしても滅すると誓った敵までは、僅かな距離だった。

 イグドラシルへの船の上、ボルト・レイヴン(ea7906)は穏やかな声音でスニア・ロランド(ea5929)の言葉に返していた。
「確かに様々な危機がどこかを見舞うことは珍しいこと。ですがそれを驚かずに受け入れられるのは、対する力を持つ者にも難しいことですよ。今まさにそれに向き合わざる得ない人々は、別の言葉を欲しているでしょう」
「依頼を受けた者として、間違いなくロキを倒してみせましょうというような?」
 聞いているのが海戦騎士団の者ばかりでも、そういう心意気は大事ですと、クレリックらしい言葉を述べていたボルトだが、トール・ウッド(ea1919)の言うことにはすぐには頷かなかった。おそらく、あまりに簡潔すぎて驚いたのだろう。
「個人的な恨みつらみはないが、仕事だからな」
 なんにせよ、ロキにギャラルホルンが完全な形で渡れば、それはもはや一地方の危機ではない。自らの意思でどこへでも移動する輩が、その力を振るう場所にどこを選ぶのか分からないからだ。イグドラシルからは、ノルマン以外の国々もけして遠くはない。
 けれども一日では着かぬ船旅の間に、円巴(ea3738)は、ロキのエヴォリューション対策にと皆の武器の確認をしていた。次々と得物を変えるのは面倒で難しいため、同じ武器で攻撃することがないように調整しておくことは有効だ。付与する魔法も選んでおかねば、相手に時間の有利を与えかねない。
「レジストマジックで、その忌々しい力も消せないものかな。まずは試してみないと駄目か」
 それが出来れば苦労はないとばかりに、レオニール・グリューネバーグ(ea7211)が考えている。神聖騎士として前線に立つことに迷いがない彼も、好んで潰しあいをしたいとは考えていなかった。これでデビルの思惑を打ち砕けば聖者と言われるかもしれず、けれど失敗すれば愚者と罵られることは間違いがない。
「テレパシーは任せます。探知もあちらの船の方々が請け負ってくださるということで間違いないですね」
 シルバー・ストーム(ea3651)が確認しているのは、海戦騎士団のララディが相互連絡の任を担ってくれることと、ロキの探知方法を持つ一団の動向だ。そちらから連絡を受けて、海戦騎士団や彼ら冒険者がロキを追わねばならないのだ。最終防衛線として、ギャラルホルンがある塔の部屋にも冒険者達が配置されるが、そこにロキを至らせないことが、彼らの役目である。
「なにやら魔剣を持ち出したようだが、こちらの伝承に相応しい、見返りを求める剣だとか。面倒な剣だが、だからこそ魔剣らしいというのか」
 巴がそれより何より、地道に攻撃を仕掛けることが一番かも知れぬと誰にともなく口にした時、イグドラシルと呼ばれる島の姿が遠く霞んで見えた。

 ロキの存在を探知する手段、正確には彼が持つギャラルホルンの位置を示す光を発する石を持つ一行には、ロキの配下が向かったらしい。塔の最上階にいる一団は、神経をすり減らしつつ、その場を動けずにいることだろう。
 そして、ララディからのテレパシーで海戦騎士団の一行と別行動ながらも、同じ方向にロキを追い求めていた彼らは、それらしい姿をようやく木々の向こうに見出した。この期に及んでも脱いでいない紫のローブが、緑の葉の茂る中に見える。さらに先には、ギャラルホルンが置かれた塔も。
 たとえ足を急がせながらでも、シルバーは周囲にロキ以外の人がいないのを掴んでいた。いるとしたら彼と同等かそれ以上に隠密の技に長けていることになるが、ロキの手勢にそうしたものがいた報告はない。油断は出来ないまでも、追いついて攻撃を与えることを優先してもよい状況だった。
 シルバーのその判断を受けて、それぞれが足を速めた。少し遅れるのは回復役のクレリックのボルトと、その護衛を自らに任じているスニアの二人。特にスニアは皆の余剰武器を幾つか預かっているため、もとより前線に出ることはありえない。他の者もそれぞれに二つか三つの武器を持っているので、全速力の疾駆とはなりえない。それでもレオニールが紫のローブに追いつき、足止めの一撃をと振りかぶった途端に、その剣先を掠めたものがある。
「トッドローリィ!」
 精霊に詳しくなくとも、ロキが先からこの精霊を支配下に置いているのは知られている。複数の声が上げた叫びはレオニール以外のもので、彼自身はトッドローリィの猛攻を受けるのに手一杯だ。精霊ゆえの目的があるわけではなく、ただがむしゃらに突っかかってくる人の姿はしていない相手だから、動きの予測がつけにくいのだ。
 その横合いをすり抜けて、巴とエイジスがロキに迫る。だが、ロキもわざわざ足を止めたのには理由があった。手の中に見えたのは、武器ではなく。半ばで断ち切られた角笛だった。
 音が鳴ったかどうか、人の耳が判断つけられぬ間に、周囲の森のあちこちから何とも着かぬ叫び声が上がった。巴が一瞬立ち眩んだほどの、身体に響く、恐ろしげな声だ。揺らいだ巴の背を突き飛ばすように姿勢を正させ、エイジスはロキの周囲を護るように取り囲んだ靄を打ち払った。また、上がる絶叫。
「精霊ですか」
 靄が徐々に子供と見える複数の姿に、イコンが呟いた。精霊が相手であれば、同じ武器の効果が失せることはないはずだ。けれども精霊の相手をしていては、ロキを倒すことは出来ない。また操られているだけの精霊を倒し尽くすのも、彼らの望んだところではなかった。それでも向かってくれば、ただ受けるなどという余裕はない。
 わらわらと小さなアースソウル達が手足を押さえようとやってくる狭間に、トッドローリィが同じ精霊をも傷付ける勢いで爪を振るう。
 その間に、ロキがまた進みだそうとして、不意に飛び退いた。それでもローブの一部と腕を斬りつけたトールが、行く手を塞ぐために立ち塞がる。ロキの範囲魔法を避けるために分散していた彼らの中で、トールは迂回しながらロキの進路に入り込んだのだ。
 ただし。
「二度目はないぞ」
「だったらどうだってんだ」
 傷にはならなくとも、足止めにはなるだろうさと吐き捨てたトールが、言った端からまた槍を振るう。追跡しての攻撃でヘキサグラム・タリスマンは発動できなかったが、彼はまだ攻撃方法を残していた。
 この時、精霊の間を抜けてきた、というより無視してロキを目指してきたイコンとエイジスがデビルスレイヤーとクレイモアを振るう。どちらか片方をロキは避けたが、もう一方で太ももの辺りを抉られた。どちらも実力を十分に発揮するには、人の手の入らない森の中で、精霊の攻撃を受けながらの連携は、予定ほどにはうまく行かなかったようだ。
 それでも、ロキは武器を取るでもなく、魔法を使う様子も見せていなかったが、その理由はすぐに知れた。
「大蛇だっ」
 それ以前から枝を打ち払う音はしていたのだろうが、間断なく上がるアースソウルの叫びや彼ら自身が動く音に紛れていたところもあり、何よりロキを逃してはならないとする気概で、かえって耳に入らなかったのだろう。レオニールが叫んだときには、『それ』は思いのほか間近に迫っていた。彼もなんとか進行を留めようとしていたが、岩のような鱗の十メートル近くあるのではないかと見える精霊を一人で相手取るのは辛い。
 一つだけ良いことがあげるとすれば、海戦騎士団の一行がようやくこの場に駆けつけたことだった。シルバーが一の矢を放ったのに続いて、魔法が大蛇へと振り注ぐ。スニアもすでに数本の矢を大蛇に向けていたが、シルバー同様に弓を下ろした。海戦騎士団に大蛇の対応を願った形だ。
 そして、ロキへとスクロールの魔法が注がれ、シルバーとボルトへ群がるアースソウルはスニアが長巻で打ち払っている。ボルトはそのスニアの指示通りに、精霊を振り払った巴にスニアが運んできた武器を渡していた。ホーリーフィールドを展開したいところだか、ロキとの戦線が移動していくのと、大蛇の尾の一撃でも喰らえばどうなるか分からないので、魔力は温存している。
 武器を受け取った巴は、トールにそのうちの一つを投げ渡した。何度となくロキに足止めのための攻撃を続けていたトールは、そちらに手を伸ばしたが、受け止め損ねる。
「なぜこの距離で落とす」
 思わず口にした巴が、手が空になったトールの前に飛び出しかけたが、それより先にトールが剣を抜いてエイジスと切り結んでいるロキに向かった。アースソウルを靄に返したイコンが、僅かに身体をずらして、トールのための道を開けた。
 そこを通るトールの横合いを、幾つ目かのシルバーの魔法が通り過ぎる。それを受けて揺らいだロキ目掛けて、トールは力一杯拳を振り下ろした。
「邪魔だっ」
「次っ」
 これでもかとばかりに魔法効果のある指輪をしていたトールの一撃が、どれほど相手に効いたかよく分からないうちに、巴とシルバーが必要最小限の言葉を発した。ほんの僅かだが体勢を崩したロキに、イコンの剣が食い込む。こちらが手にしたのが、巴の投げたものだった。
 続いて割り込んだ、巴の小太刀とシルバーのスクロール魔法、冒険者達も互いを傷付ける恐れのある距離で、互いを巻き込みかねない攻撃を続けていた。その彼らの背を護るのがスニアとレオニールだったが‥‥
 わあっと上がった声の半分くらいは悲鳴だった。
 海戦騎士団と戦っていた大蛇が、何かの魔法を放っていた。それに巻き込まれた騎士団の何人かと、周囲の木々が冒険者たちのいるほうに弾き飛ばされてくる。挙げ句に、こちらに転がった誰かを目掛けて、大蛇が落ちかかるように鎌首を落としてきた。
「やれやれ、呼んだ甲斐のない」
 負け惜しみとしか聞こえない声で、ロキが呟いたのが聞こえたが、エイジスが剣を地面に突き立てたときにはその姿は消えていた。
 転移能力。悪魔崇拝者でも誰もが使えるわけではないが、ロキが使うことは分かっていたこの能力を止める術を、誰も持たなかった。それがこの場で止めを刺しきれなかった理由として後に指摘されるが、まだ戦いは続いている。

 身軽に地面を転がって、ホーリーフィールドの内部に入り込んできたシルバーに、ボルトはすかさずリカバーを使った。ロキがいる間は使わずにいたが、転移で塔に向かった現在、ここに精霊を足止めする必要がある。それで結界を張って、彼が治療に専念できるようになっているのだが。
「魔力は大丈夫ですか」
「これを預かりました」
 スクロール魔法を使うシルバーを気遣ったボルトに、渡されたのはソルフの実だった。海戦騎士団が大盤振る舞いしたものと見えて、小さくはない皮袋に詰められている。その中からシルバーは一掴み取り出すと、また結界の外に飛び出した。
 そして、結界の外ではトールが幾つ目かのポーションを飲み干したところ。結界まで行って戻る間を惜しんで、巴もレオニールも同様の状況になっている。スニアは海戦騎士の予備の矢筒まで借り受けて、大蛇に射込み続けていた。何本打ち込んだか、当人ももう覚えがない。
 それはアースソウルと大蛇と戦っている巴やレオニール、トールも同じ事。ムーンドラゴンが向かった先で塔が崩れたのを横目に、操られた精霊達との戦いを続けていた。操られているとは分かっていても、手を抜く余裕などない。
 ロキが倒されねば、あらゆる場所でこうした無意味な争いが起こるのかと、疲れた頭がそんなことを考えたあたりで、ふと目の前にアースソウルが掻き消えた。

 闇色の結界を挟んでの攻防を、イコンはアルマスを杖代わりに見ていた。ムーンドラゴンが塔に突撃した際、エイジスを無理に庇った彼の左肩は、多分折れている。一度は意識を失い、それでもまた剣を手にした彼の目の前で、エイジスのクレイモアともう一人の魔剣とがロキを刺し貫いた。
 崩れる体と、塵に変化する流れた血。
 自分を振り返ったエイジスの瞳が赤から青に戻っていく途中の微妙な色彩を目にして、イコンは再度意識を飛ばした。
 だから彼は、他の誰も狂化していたとは思わず、また戦闘に入る寸前までは確かにそうだったエイジスの瞳が赤く染まっていたのを確かに見たかどうか、しかとは言い切れない。最終的には彼より重傷で、ボルトの手を借りる前にもポーションが必要だったエイジスが覚えているわけもなく。
 けれども二人共に、ロキが消えた後のローブの広がり具合だけは鮮明に覚えていた。

 アースソウルが掻き消え、大蛇が首を一つ振って、皆を置き去りにもと来た方向へと戻っていった後。
「おや、これは綺麗ですね」
 精霊が撤退したと聞いて結界から出たボルトが、周囲を見渡して呟いた。色とりどりの子供のシフールのようなものが、あたりをふわふわと漂っている。人が近付くと逃げるように離れるが、そこかしこに現れたそれらを避けるのは人側にも苦労なことだ。
「終わり、だろうな」
 そうでなかったら、もう付き合いきれないと苦笑交じりに呟いた巴の視線の先で、ポーションを持てるだけ担いだララディが、漂うシフールらしいものにテレパシーで何か話しかけている。
 ボルトの治療を受けていたトールや、ポーションを渡されたが封を切る握力が失せたシルバー、自分での治癒を試みたが息切れして呪文が唱えきれなかったレオニールが巴同様に座り込んでいる中、塔のほうを眺めやっていたスニアが口を開いた。
「誰か分からないけど、手を振っているわ」
 これと、ロキが倒されたのは間違いないとのララディからの発言も受けて、その場に倒れ込んだ騎士と冒険者が何人か。
「聖者はともかく、勇者見習いくらいはいけるか?」
 レオニールの軽口が、ロキとの長い戦いの終わりを告げた。

 彼らがまともに動けるようになるには、多くの魔法とポーションと、戦勝祝いに戦闘中の消耗品をほぼ補填してもらうといった、あらゆる手当てが必要だったけれど。