約束の地を訪う者

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月22日〜12月31日

リプレイ公開日:2006年01月01日

●オープニング

 ブレダの街では、現在領内の端で開拓を進めている。
 しかし、聖夜祭ともなれば、労役の者も技術者も自分の住まいへと戻る。そして開拓地に残るのは、紆余曲折があってここに迎えられたエルフの移住者達と聖職者が二人ほどだ。
「いいですか、聖誕日は仕事をする日ではありません。この日は休まなければいけませんよ」
「家、建たない。お前、寒い、だろう?」
「それでも、この日は仕事はしない日です。代わりにいつもよりお肉や甘いものが食べられますよ」
「働かないと、食えないはず」
「‥‥ええと」
 ジーザス教に感化されていないエルフに、聖誕日のミサについて説明しても、さっぱり伝わらない。とりあえずこの日は大事な日なので、落ち着いて、ゆっくりと過ごすようにと説明している白クレリックのアンリエットだったが、相手が生真面目に言い返してくる言葉にどう返答したものか迷っていた。
 移住者達も『働かざるもの食うべからず』と、聖夜祭で仕事を休むことの折り合いをどうつけるか考えていたようで、しばらくして一人がこう口にした。
「次の日に、二日分働けばいい」
 当初は随分と訛っていた言葉も、冒険者の教育で大分正された。けれども教えられたことがよほど強烈だったのか、言うことが時々突拍子もなかった。
「人が減るから、毎日たくさん働かないと」
 ある意味素直な移住者達は、一日も早く、全員が煉瓦造りの家に住めるようにと気合十分だ。
 この話を聞いた、聖夜祭期間中の開拓地の責任者ヴィルヘルム神父は、こう呟いた。
「冒険者ギルドから、もう少し人を呼ぶか」
 そうして、ブレダの開拓地で様々な作業に携わる依頼が出た。

●今回の参加者

 ea5803 マグダレン・ヴィルルノワ(24歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
 ea5886 リースス・レーニス(35歳・♀・バード・パラ・ノルマン王国)
 ea7141 ヴァルフェル・カーネリアン(41歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea7372 ナオミ・ファラーノ(33歳・♀・ウィザード・ドワーフ・ノルマン王国)
 eb2949 アニエス・グラン・クリュ(20歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb3537 セレスト・グラン・クリュ(45歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 開拓地の技術指導その他の助力を行うために、先から招かれている冒険者達と共に訪れた六名のうち、五名は到着早々に驚かされた。いや、セレスト・グラン・クリュ(eb3537)は自分も驚いたのだと、後で主張していたが。
 もちろん開拓地での先輩に当たる八人も、それぞれに驚いていたようだ。
 理由は、現在の開拓地責任者である神父ヴィルヘルムにある。
「まあっ、あのひねくれ屋が偉そうに神父してるなんて!」
「‥‥おまえ、全然変わってないな」
 セレストの娘のアニエス・グラン・クリュ(eb2949)も呆然としていたが、要するに二人は知人だったのだ。
「へー、お友達なんだぁ」
 リースス・レーニス(ea5886)はむやみと感心し、もう少し世間を知っているマグダレン・ヴィルルノワ(ea5803)やナオミ・ファラーノ(ea7372)はそれでいいのかと思ってしまったのだが、補充の六名のうち唯一の男性であるヴァルフェル・カーネリアン(ea7141)はあっさりとしたものだった。彼も先達の仲に友人がいるし、他の者もリースス以外は同様だ。
 正確には、血縁やそうではなくとも親しい間柄なのだから、縁はどこに転がっているか分からない。それを聞いたヴィルヘルムは一言、
「何しに来たんだ」
 と呟いていたが。
 もちろん、仕事をしに来たのである。この仕事を選んだ理由が別にあったとしても。

 例えばヴァルフェルは、主目的は酒の配達だった。結婚式があるというので、頼まれた酒を運んできたのである。彼と頼んだ本人以外が目を見張るほど、大量に。
「結夏殿からの頼まれ物、確かにお届けした。で、力仕事か木工、木材関係なら得意だ」
 さすがにそれだけで依頼を受けたとは言えないので、愛想のよい笑顔で仕事の割り振りを願う。最初は恐々と遠巻きにしていたエルフの住人達も、力仕事が得意と言うのは聞いただけで納得し、家畜小屋を建てる手伝いをしてほしいと言ってきた。彼らが途中から輸送を請け負った山羊を入れる小屋を、取り急ぎ作らねばならないのだ。
「人手が足りなかったら、私も手伝うわよ。道具の研ぎは任せてちょうだい」
 木製の小屋なら、開拓地の住人も作れるとは言うのだが、職人気質のナオミとしては完璧を期したい。ついでにこの地の気候からして、家畜小屋もいずれは煉瓦造りにしたほうがいいので、その後は納屋に転用できるようなものにしておくべきだとか、色々と思うところがあるのだ。
 しばらくして、地面に図面を引いて相談している彼らと、物珍しそうにそれを眺めている住人の姿があった。

 一方でマグダレンとセレストは、聖夜祭向けの料理を作るべく、これまた大量の食品を持ち込んでいた。すべて自腹を切っている。だから誰にも文句は言わせない。
 これらを広げて、住人の女性達が知らないものはサラサや美影と一緒になって教え、当日の料理の段取りをしていく。香辛料を使った料理は知らなくとも、女性達も食事作りは日常のこと。この段取りはまったく問題なく終わったが、難問が一つ。
「外ですから、大鍋に蓋をしておけば、焚き火でいいと思いますけれど?」
 せっかくの料理に灰や砂が入ったら嫌だと、石を焼いて鍋に入れることを考えていたセレストへ、この度義妹になることが決まったアンリエットが首を傾げている。その蓋を開け閉めするときが心配だが、どうも住人もまったく気にしないようだ。
「当日の予定を考えますと、それはここで手を打つより仕方がありませんわ」
 マグダレンがこしょこしょと囁いた『予定』に、セレストも頷いている。

 そしてアニエスとリーススは、子供達を集めてリース作りをしていた。祭りという風習は、ヴィルヘルムが子供には聞かないようにと釘を刺したものしかなかったらしい子供達は、家や村内を飾りつけたことがないらしい。小枝やこの時期も緑の葉っぱ、赤い木の実などを組み合わせて作る飾りと、合間にアニエスとリーススが話す聖夜祭の謂れに興味津々で自分達もリースを作っている。皆器用なもので、見様見真似でも配色のよい飾りに仕上がっていた。対して教えていたはずのリーススのほうが。
「あー、ここがどうしてもうまくいかないのっ」
 思ったとおりに曲がらない枝に、ぴいぴい言いながら、周辺を散らかしている。しまいにはアニエスが手伝って、彼女達の身長からすると随分と大きな、立派なリースを作り上げている。
「聖夜祭のお芝居を、皆でやったら大人の人も楽しんでくれると思うのです」
 その飾りも作りましょうと、アニエスは皆を誘ったのだが‥‥まず『お芝居とは何か』を説明するところからはじめることになった。吟遊詩人のはずのリーススもうまく説明できないので、先生役にマリオーネをお招きである。
 練習にこぎ着けるまで、まだしばらくかかりそうだ。

 この依頼の先達達は、何かと細かいところの相談で忙しいが、足りない人手を埋めるために募集された彼と彼女達は、とにかく働くことが大事である。
 しかし、先達らに任された仕事の内容を間近に見て、ナオミはしみじみとその大変さに感嘆していた。
「これでは、ちっとも腰を落ち着ける暇がないはずね」
 家畜小屋用に準備されていた柱を切っていたヴァルフェルが、そんなに忙しかったのかと表情で問いかけてくるので、彼女は指折り数えてみた。
「ドレスタットにいたのは、今月は三日と言うところかしら。帰ってきた翌日に出発したのも合わせてね」
 道理で自分のほうも連絡が取りにくかったはずだと、ヴァルフェルも呆れ顔だ。聞いていた住人は『ここに住むのだから、もう戻らないのではないか』と、のんびり口にしていたりする。ただし勤勉に働きながら。
 元気な者は食べるために働かなくてはならない。そして得られたものは、皆で分かち合うべきだ。正論だが、真っ正直にそう突き付ける住人達には、適度に休憩するという意識もない。疲れ果てるまで頑張って、そこでようやく一息入れる。
 だから、最初にヴァルフェルが言ったことは、なかなか受け入れられなかった。
「そんなに疲れる前に休んだほうが、身体にはいいものだ。試しに今日は我が輩が言うようにしてみようではないか。休みの日と言うのも、必要だからあるのだぞ」
 ここに来る前の生活が大変だったのだとは聞かされていたが、それにしたってこの調子は良くないと彼は散々念押しつつ、でも穏やかで柔和な態度は変えずに言い聞かせた。ナオミも集中力がなくなると危ないからと、ヴァルフェルの意見に賛同したので、住人も試してみることになったのだが。
「神はいつ来るんだ? 目に見えないのに、どうしているのが分かる?」
 休憩時間には、途中から作業に加わったヘラクレイオスともどもこの質問攻めにあって、ヴァルフェルが根気よく『人との付き合い方と同じで、嫌っていたら会うことは叶わない』と言い聞かせていた。

 この日の日暮れ前、夕飯を楽しみに三々五々に散ろうとしていた男達は、不思議な騒ぎを見付けた。飾り物作りと、なにやら諳んじるのに夢中になっていた子供達と、女性が寄り集まってざわめいているのだ。
 騒ぎの中心に陣取ったマグダレンは説明するのも惜しいとばかりに、前に座らせたアンリエットになにやら仕掛けていて、あれこれと広げたセレストが皆にもそれの説明をしている。合間にリズが口を挟むのにも、皆が熱心に聞き入っていた。
 だいたいの予想はつけたヴィルヘルムが、『清貧を旨とする』と言いに行ったのだが。
「女性の一世一代の晴れ舞台ですのよ!」
「男の出る幕じゃないわ」
 と、すげなくあしらわれ、あまりの発言に呆然としたナオミとアニエスに苦笑を向けて去っていった。リーススはそれらには我関せずで、自分の獣耳ヘアバンドを皆に着けて回っていた。
 彼女達が何をしていたかといえば、それは『皆が休む口実にぴったり』とセレストが押しに押し捲り、弟とその婚約者であるアンリエットが頷かないうちに結婚式の準備万端整えているのである。
 最初から結婚式だと聞いていたヴァルフェルは酒の配達をこなし、ナオミは祝いの品を準備し、リーススもちょっとばかり奮発して小物を買い整え、アニエスは叔父の結婚式のためにとパリから馳せ参じていた。なによりマグダレンは商売道具一式を馬に積み、ほぼ出来上がりの衣装も持参。他に特製のオイルと香草水と化粧道具も一式揃えた彼女には、誰も逆らえなかった。
 それどころか、冒険者も込みで『ちょっと試してみたいな』という女性陣が周囲を取り囲み、セレストとマグダレンが作ったという衣装やレースを眺めては目の保養をしている。それでも冒険者は案外と目が肥えているのでいいが、レースなど見たこともなかった住人は暗くなっていく空にそれを透かしては、どうなっているのかと首をかしげることしきり。
「ねえねえ、セレスト。こういうのって、私にも出来る?」
「おんなじことの繰り返しが多いからね。じゃあ、今度やってみましょうか」
 リーススの無邪気な発言に、起用実を示した女性は両手の指で数えてもまだ足りない。マグダレンが刺した刺繍も、何人かで押し付けあった挙げ句に、一人が教えてくれと口にした。発音はまだたどたどしいが、家族にいいものを着せてあげたいという心根は感じられる。
 ただ。
「あたしは長逗留できないのよね」
 そう言ったセレストの横で、マグダレンは澄まして口にした。
「たまにはいらっしゃいますでしょう? その間はわたくしが僭越ながら」
 ここに住むんですかと、アニエスを驚かせている。

 やがて聖誕日の夕暮れが来て。
 祭りの題目は果たしたから、もう用はないとばかりにヴィルヘルムと結夏に新郎新婦が退席させられた後のこと。
「神様ってお友達って聞いて、それでもいいよって神父様に言ってもらったのはじめてー。私、今日は頑張るからねー」
 リーススがマグダレンに髪を整えてもらいながら、満面の笑い顔だ。何か言う度に左右を向くので、ヘアバンド一つ付けるのにも大変な騒ぎである。
 そして、自分の白いマントに羽飾りを背負ったアニエスは、他の寸劇参加者の準備の手伝いにおおわらわだった。開拓地にある装飾品、主に冒険者の私物を借りられるだけ借り出して、子供達全員を飾り立てているのだ。確かリーススの羊とマリオーネの御子の役を入れても十人もいれば足りるはずだった劇は、子供どころか少年少女も総出の大掛かりなことになっていた。
 受胎告知と、救世主聖誕と、東方三博士礼拝だけなのに。配役と人数が噛み合わないので、告知天使は五人もいる。三博士は三倍に膨れ上がり、中にはグレートマスカレード姿も混じっていた。他にも東方だからと、ジャパンの衣装を気前よく貸してくれた御仁もいて、先程までの礼拝や結婚式の荘厳な雰囲気とはまったく別物。
 いかにも祭りらしいとヴァルフェルが手を打って喜んでくれなかったら、アニエスはこれまで見たことのある聖夜劇との落差に母と叔父を含めた聖職者の顔を見られないところだった。一番気にしていたのは、そのうちの一人の義父だったりするのだが。
「あのねぇ、みんな。間違えても平気なんだよ。こんなに一杯いるからね。でも、他の人に当たらないように気をつけようね」
 演奏も歌もすっかりサラサに一任したリーススが、唯一の羊役の獣耳ヘアバンドで皆に触れ歩いている。歳はともかく、いかにもパラらしい前向きな発言に、ほんの二日前まで見たことがあるのはマリオーネの一人寸劇だけだった皆が、声を上げて笑っている。その様子も実は大人に丸見えで、生まれて初めて劇を見るという人々が何が始まるのだろうかと待ちかねている。
 そんな中を、ナオミが何人かの女性と忙しく給仕に勤め、セレストは劇の内容を噛み砕いて皆に語り聞かせていた。
「指す方向はあちらです〜」
 結局劇は、告知天子の登場で数人が長い裾に足をもつれさせて転び、台詞は度々すっ飛び、羊飼いが三博士にジーザス生誕の地を示す際には全員がばらばらの方向を指し、アニエスとリーススが出番を無視して走り回って、何とか最後までこぎつけた。それでも着飾って喜び、その姿を見て喜びで、まあ、それなりにそれなりの展開だったようだ。
 その晩、興奮してなかなか寝付けない他の子供達と違って、リーススとアニエスは魔法に掛かりでもしたように深く深く寝入っていたけれど。

 でも、一晩の騒ぎが終わると、また開拓地は日常に戻っている。
「移住者、追加二名。仕立て屋と鍛冶師?」
「今は、装飾品を主にやっているけどね」
「教会の落成式は、しかとこの目で見させていただきますわ」
 昨日結婚した二人より幸せそうな顔をしているのではないかと思われるナオミとマグダレンが、仏頂面のヴィルヘルムに含み笑いを向けている。ついでにマグダレンが彼の衣服の衿を直そうと持ちかけたが、なぜだか遠慮されている。
 同じ頃、ヴァルフェルは自分の呼び寄せた友人の、いつ果てるとも知れない愚痴を聞かされていた。種族が違うので、男の彼でも愚痴の相手になったのだろうが‥‥ここまで聞いていいものか、呆れ顔にならないように引き締めた表情の下で悩んでいる。
 リーススは、昨日の劇の内容をあちこちで尋ねられ、色々うまく答えられないので、自分が見たことのある絵画をうろ覚えながらもファンタズムで再現し、なおいっそう人だかりを増やす悪循環に陥っていた。頭が破裂しそうだ。
 それより少し後、セレストもヴィルヘルムのほつれた衿に気付いて、見苦しいと注意したついでに、昔話に突入していた。
「相変わらず、お母様と同じ黒髪の女を追いかける癖が直ってないの?」
「その後、髪の色問わずの年上好みに移行した」
「それ、根っこは同じじゃないの。男って、みぃんな揃って甘えんぼなのね」
 この会話は、たまたま彼女の弟も聞いていたが、一言も口を差し挟まずに逃げていった。
 そんな大人の会話は露知らず、アニエスは叔母の仕事を手伝いながら、にこにことこんなことを言っていた。
「アン叔母様と私の髪の色、似ていませんか? 私は父譲りですけど、これだとほんとの叔母様みたい」
 実際はかなり濃淡の違いがあるが、母が金髪なので、アニエスにしたら茶色の髪は似たような色だ。特にアンリエットは叔父とあまり色味も違わないので、親しみやすい。だが。
「わ、私、何かおかしいこと言いましたかっ」
 ぽろぽろと突然泣かれてしまい、それが嬉し涙だと分かるほどの経験がないアニエスは、しばらく倒れそうなほどに緊張する羽目になった。

 それでも。
 何があっても、日々の仕事は続けられ、すぐに形になるものとならないものが積もり行く。
 そうして、彼と彼女達の依頼の期間が過ぎる頃には、頑丈な家畜小屋と幾つもの模様も入った木製の食器、基本の刺し方を繰り返したたくさんの布と、
「今度はいつ来る?」
 という言葉がたくさん、たくさん積み重なっていた。